(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第156話

 

逆さまになっている高層ビルの摩天楼をかき消しながら、イッカクモンはゆっくりと進んでいった。はるか遠くを着陸する飛行機のランプは、まるでホタルのように輝きながら東京湾の海上に浮かんでいる。

 

いくつもの遊覧船や運送船がレインボーブリッジ下をくぐり抜けているのがわかった。デジタルワールドでは見たことがない幻想的な光景にイッカクモンは目を奪われているが、丈から言わせればパレットタウンの観覧車が休業しているせいで魅力は半減である。

 

それでも、東京の街並みとレインボーブリッジの遠くに東京タワーがみえる夜景はとっても魅力的であることにかわりはない。ナイトクルージングとしゃれ込んでいる船を避けて、その船の影になるようにこっそり海上を進んでいるイッカクモンは、今のところ海上レーダーを狂わせている気配はない。

 

転覆でもされたらとんでもない修羅場である。一定の距離を保ちながら、イッカクモンは進んでいった。先導してくれるのは、レインボーブリッジも真下をくぐり、お台場の夜景を眺めながら摩天楼の港南エリア天王洲へ戻る2時間のナイト・クルージングである。

 

陸上からは絶対に見ることができない、遮るものの無い夜景パノラマが鑑賞できるのはうれしい。これから敵のデジモンとの戦闘が待っていなければ、もっとよかった。はあ、と丈はためいきである。

 

 

お台場は、東京都によって開発された、世界でも有名な観光地である。バブル期にレインボーブリッジや白い砂浜を空輸して人工的に海浜公園を造ったことでも有名だ。「踊る大捜査線」など、たくさんの映画やテレビのロケ地にもなっており、フジテレビ本社・アクアシティお台場・デックス東京ビーチ・パレットタウン・船の科学館・大江戸温泉物語・日本科学未来館・東京みなと館・テレコムセンターなどの施設がある。

 

お台場の名前は、海の上にある砲台跡地、「台場」が由来になっている。現在は第3台場、第6台場が残っており、第3台場は、お台場海浜公園の一角として、砲台のレプリカなどがあり、実際に訪れ見ることができる。交通手段は、無人で運転される新交通ゆりかもめでレインボーブリッジを渡ることが一般的だ。

 

 

夏休み中であることも手伝って、真っ暗な東京湾にかかるレインボーブリッジは、なにかのイベントでもやっているのか、鮮やかな色にライトアップされている。ゆらゆらと水面に映るレインボーブリッジの光のアーチをかき分けながら、イッカクモンは丈を乗せて、まっすぐにその光源へとむかっていた。

 

千葉方面および神奈川方面から都心へ向かう交通を分散させ、慢性的な渋滞緩和と開発の進められているお台場とすでにある23区を結ぶために建設された橋は、とてつもなくおおきなものだった。

 

だから、どんどん近付いてくる巨大な橋に海とビル群の夜景を遮られてしまい、視界に暗闇が落ちる。周囲の警戒を怠らないように、細心の注意を払いながら、イッカクモンと丈達は、さっきから警告音と振動で敵襲を知らせてくれるデジヴァイスを頼りに、辺りを見渡していた。

ちゃぷ、ちゃぷ、と波音が静かに響いている。

 

 

車の往来の激しさはこちらからでもうかがい知る事ができるが、50キロくらいの速度でとろとろと走っているはずのゆりかもめはさっきから一度も併走する路線を走っていない。

 

レインボーブリッジを走る車は、平気でゆりかもめの2倍以上の速度を出すから、どんどん追い抜かれるはずのゆりかもめに気づかないほど、鳥目になった覚えはない。

 

やっぱり止まってるみたいだなあ、お母さんの言う通りだ、と丈は思った。いつもだったら、深夜まで列車は運転されていて、平日・土休日とも5分間隔での運転である。ゆりかもめは車両が小型で乗車定員がすくないから、夏休みなんかの大型連休期間は、臨時で電車の本数が増える特別ダイヤが組まれていたはずだ。

 

丈がイッカクモンとともに不気味なほど静まりかえっているレインボーブリッジ下に繰り出してから結構な時間が経っているというのに、さっきから一本も車両が通らないのはおかしかった。

 

ゆりかもめは無人運転や高架軌道であるにも関わらず、大荒れの天気に強いことが知られているから、他の交通機関が運休するような天気でも運転するような路線なのだ。

 

それならば、ゆりかもめが運転を中止する理由はただひとつ、電気系統のトラブルがあった場合である。万が一列車が高架上で完全に停止してしまったら、乗客が閉じこめられてしまう。

 

車両の窓が大きいゆりかもめでは、きっと室温の上昇が早いだろう。はやいところ、レインボーブリッジに居着いているデジモンにはご退場願わないといけない。

 

あいにく、今はパソコンを持っている訳ではないから、追い払うのが先だろう。自分より強いやつの縄張りだと分かれば、大人しく退散するのが野生のデジモンの掟だとイッカクモンがいうから。

 

ヴァンデモンの部下でもないかぎり、執拗に狙ってくるとは考えにくかった。

 

 

 

もうすぐレインボーブリッジにさしかかる。先を行くクルーザーから、たくさんのフラッシュがたかれている。なにもしらない観光客が滅多に見ることができないレインボーブリッジ下から見える東京湾の夜景に夢中でシャッターを押しているのだろう。丈はデジヴァイスと紋章を握り締めた。

 

 

「来たぞ、丈!しっかり捕まっててくれよ!」

 

 

「ああ、任せたよ、イッカクモン」

 

 

イッカクモンがうなりを上げる。勝手に縄張りとして陣取っている航路に突撃してきたクルーザーを敵の挑発だと勘違いした黒い影の気配が一気に急上昇を始めたのだ。

 

東京湾の夜景に不自然な黒い影が映り込む。ずぶずぶと不自然なところから海流がわき上がってくる。

 

イッカクモンは攻撃態勢に入った。大きく海面が揺らぐので、丈は振り落とされないように毛皮にしがみつく。

 

大きな水しぶきを上げて黒い影が姿を現した。このままではクルーザーがひっくり返ってしまう。

 

そうはさせるか、とイッカクモンは先手を打った。

 

 

「ノーザンライツッ!」

 

 

イッカクモンからはき出された冷気が、一直線にその黒い影目掛けて直撃する。真っ白な触手だった。先端には得物を水中に引きずり込むためのまがまがしい黒い蹄が3本あり、吸盤が真後ろについているのがわかる。

 

きっと串刺しにして吸着し、そのまま補食するために発達したものなのだろう。まさしく深海の白い悪魔と呼ばれるだけはある、凶悪な生態がかいま見えた。黒い影にまとわりつく海水が瞬く間に氷結して、その表面をあっという間に凍り漬けにしてしまった。

 

水は常に動き続けていると凍らない。波しぶきに阻まれて、海上に突き出された一部分だけが凍り付いた。ぴしぴしぴしと水の体積が膨張し、ひび割れが走る。氷の塊となってその一部分に裂傷を生む。

 

今まで聞いたことのないカイブツの声が響いて、クルーザーから驚いた観光客の悲鳴がこだました。いきなり重くなった体を持ち上げることができなくなったそいつは、ざぶん、と大きなしぶきを上げて体の一部分毎海面に叩きつける。どうやら氷を破壊するつもりのようだ。

 

イッカクモンはそのために海上に出現する表面を徹底的に凍り付かせていった。動きがだんだん鈍くなっていく。使い物にならなくなった触手が海中に沈む。ようやくイッカクモンがクルーザーとそいつの間を確保できる距離まで詰めることができた。デジモンアナライザーを起動させている丈は、こいつが電波障害の原因だと確信した。

 

 

「残念だけど、ここは君の縄張りじゃない。さっさと出てってくれないか!」

 

 

「話を聞いてくれるような輩じゃないよ、丈。こういう奴には、きっついお灸をすえてやんのが一番さ!」

 

 

まずは本体を引きずり出さないとなっ!イッカクモンは、反対方向から出現した触手目掛けて集中砲火を浴びせた。軟体型の成熟期デジモンは、ウィルス種に分類される深海のデジモンだ。目の前に現れたのがワクチン種であるイッカクモンである以上、本能的に標的をクルーザーから変更したらしい。

 

たくさんのしぶきを上げて、たくさんの触手がイッカクモン目掛けて襲いかかる。ああもう、めんどくさいな、さっさと出てコイよ!イッカクモンは苛立った様子で冷気の風を産み落とす。広範囲に渡って吹き抜けた風が、あっという間に白い魔の手を凍てつかせて、海面に打ち落とす。

 

デジモンアナライザーによれば、知性は高く自分のテリトリーの外にいるデジモンにまで

危害を加えることはしないらしい。しかし、勝手にレインボーラインの高架下をテリトリーに定めてしまったせいで、不法侵入してきたと難癖つけて、怒り狂う鬼神のごとく襲いかかってくるのだ。

 

僕が気づいてよかった、と丈は思った。眠いとまぶたをこすっていたプカモンに釣られてベットに潜り込んでいたら、朝目覚める頃には一体何隻の船が犠牲になっていただろう。考えるだけで寒気がする話である。

 

ヒットアンドアウェイ戦法を得意とするとしても、出てくる触手を片っ端から使い物になら無くさせられては立つ瀬がない。攻撃手段の猛攻が時間の経過に連れて減っていく。

 

イッカクモンに進化でいるようになってから、幾度も連戦は戦い抜いてきたのである。ドクグモンやフライモンたちの集団に襲われて、すべてなぎ払ったこともある。そんなイッカクモンにとって、同格である成熟期クラスのゲソモンは、大した敵ではなかった。

 

広範囲の攻撃手段を持つイッカクモンとは初めから相性が悪かったといっていい。体力の消耗に耐えきれなくなったのは、ゲソモンの方が先立った。

 

とうとう最終手段にでたイカ型のデジモンが大きな波しぶきを上げてイッカクモン達の前に姿を現す。体の至るところにパイプが走っているのは、普通の巨大イカとは違う、カイブツなのだと教えてくれる。 

 

形勢逆転を狙った最後の特攻がイッカクモンに襲いかかった。動きが鈍いイッカクモンは避けることができない。粘りけのある真っ黒なスミがイッカクモンの視界にぶっかけられる。視界が一気に暗闇に落ちたイッカクモンは、自慢のミスリル製白亜の毛皮が真っ黒に染まってしまう。

 

うわあっと声を上げたイッカクモンに、丈はあわてて粘着性のある視界不良の原因を取り除こうと手を伸ばす。周りが見えなくなってしまったイッカクモンは、ライオンのような咆哮をあげた。あまりに大きく振りかぶるものだから、丈は振り落とされそうになって必死でしがみつく。

 

ずれかけのメガネをかけ直した丈は、一体全体どうしたんだい、とつぶやいた。

 

 

「ああああもう、むっかつくなあ!オイラの毛皮になんつーことすんだよ、このイカやろう!」

 

 

動きが鈍くなったイッカクモン目掛けて、数少ない触手による攻撃をしかけてきたゲソモンである。ちょこまかと動きまくる触手にイライラしていたらしいイッカクモンは、堪忍袋の緒が切れたのか、全く見えない視界の中で、思いっきりうなりを上げた。

 

 

「ふっとんじまえっ!ハープーンバルカンッ!」

 

 

いくらイッカクモンの視界が機能しなくても、自動追尾機能が付いているミサイル相手には、

全く意味がないことをゲソモンは悟るのだ。本体が海面に姿を現した時点で全ては終わっていた。

 

次々と出現するミサイルが白煙を上げて発射されていく。自動転送の速度はどんどん速くなっていく。海面に逃げ込もうとした白い巨体を容赦なく一角獣のミサイルが八つ裂きにした。

 

 

立ち上ったのは、水しぶきだけである。

 

 

ぶくぶくぶく、と大きなあわを混ぜ返しながら、真っ白な巨体は沈んでいった。息を飲んでその影が水面から見えなくなるまで、固唾を飲んで見守っていた丈は、はあ、と大きくため息をついたのだった。丈の安堵のため息とお疲れさまという言葉で、真っ暗な視界のまま、

 

イッカクモンは完全勝利を収めたことを知る。

大丈夫かい?と丈が粘りけのあるスミを払おうと、悪戦苦闘するのだが、はがれ落ちるには一日かかってしまうと言うボンドのような粘りけにはなすすべがない。まだデジモンアナライザーには表示されているデジモンがいるけど、肝心のイッカクモンがこれでは万全の体制で戦うことができない。

 

仕方ないが、戦略的撤退だ。

 

とりあえず、ゆりかもめの運行を妨げるレベルの電波をハッするデジモンは、すくなくてもレインボーブリッジ付近にはいない。明日の朝一番にまた確認する必要が出てきてしまったが、仕方なかった。ばしゃばしゃと海水で洗ってみるものの、全く前が見えないというイッカクモンである。

 

頼りは丈の誘導になりそうだ。きっとここまで大きなカイブツが出現したとなれば、マスコミが押し掛けてくるにちがいない。うっかり鉢合わせしてしまったら最後、とってもややこしいことになるのは目に見えていた。さっさと逃げよう、と丈は思ったのだった。

 

 

 

「でも、あんな大きなデジモンは、一体どうやって東京湾まで現れたんだろう。光が丘のゲートからここまで結構距離があるのに」

 

 

「そりゃあ、決まってるよ。河から海にきたんだ」

 

 

「君たちの世界じゃあるまいし、ここは東京ど真ん中だよ。河の水深は浅いし、あんなに大きなデジモン、一発でばれちゃうに決まってるじゃないか」

 

 

「でもさあ、ゲソモンは水深深くに住んでるデジモンなんだぜ?丈。オイラみたいに陸上でも生活できるような奴じゃないよ」

 

「そうなのか?ううん、ますますわからないなあ。普通に考えたらイッカクモンの言う通り、河から海に来たんだろうけど・・・・・・まさか移動している間に進化しちゃったなんてことはないよね?」

 

「オイラ達が時間経過で進化できるのは、成長期までだって。それは野生のデジモンでも、オイラ達でも変わんないよ」

 

「ってことはやっぱり光が丘からここまで移動してきたのかあ。ますますわかんなくなってきたぞ。あんなおっきなデジモンが移動できる場所なんてあったかな」

 

 

うんうん唸りながら、丈はイッカクモンにこれから上陸すべきところを誘導することにした。

さいわい、腹ごなしをすませたおかげで、イッカクモンの姿を維持するのはまだまだ余力がある。

 

それでも、プカモンに戻ったら、またお腹すいたの大合唱が待っているにちがいない。3日分の食料を調達したつもりだったけど、足りなくなるかもしれないなと丈は思ったのだった。

 

 

人目を避けて、海岸に上陸したイッカクモンは、あっという間に光に包まれて幼年期にまで退化する。あいかわらず目つぶしは効いている。丈のリュックに背負われて、プカモンは大きな欠伸をしたのだった。

 

 

「明日、ここまで追っ手が来てることをみんなに知らせなくっちゃね」

 

 

「そうだねー」

 

 

「さてと、そろそろシン兄さんが帰ってくる頃かな、タクシー乗り場に行くよ、プカモン」

 

 

「ふあい」

 

 

もう船を漕いでいるプカモンに苦笑いしつつ、丈はタクシー乗り場に急いだのだった。レインボーブリッジを走る車は大抵、速度オーバーの100キロ近くで走っているため、国道に降りる螺旋付近でパトカーに捕まることが多い。

だから丈はイッカクモンとゲソモンの戦闘は誰も見てないとばかり思っていた。

 

しかし、朝から続いている謎の妨害電波事件の余波を受けて、速度制限がかけられていたために、レインボーブリッジの下で繰り広げられていた戦闘をシン兄さんに目撃されているなんて

この時の丈は思いもしなかったのである。

 

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