「大予言ははずれたと思ってたのに、まさかあんな雪が降るとはなあ」
「先生、大予言ってなんですかぁ?」
「ノストラダモスの大予言だよ。聞いたことないか?1999年の7月、とっくに過ぎちまったが、世界が終わるとかなんとか、物騒な予言が先生が子供のころにはやったんだ。まあ、おまえたちになにもなくてなによりだ。ま、そんなことはどうでもいいか。もう家は目の前だが、気を付けてまっすぐ寄り道せずに帰れよ。お父さんやお母さん、ご家族の方が心配してるぞ」
「はーい」
大きなバスが2台、お台場に到着した。お台場小学校五年二組の担任をしていて、子供会の役員をしている藤山市郎先生は八神兄妹、石田兄弟以外の子供たちが荷物を持って整列していることを確認した。行きよりも帰りの方が荷物が増えている子供たちが紛れ込んでいる事には、子供会の大人たちはもちろん、同じ学校に通う子供たちも気付かなかったのだった。
「じゃあ、解散」
さようならー、という声を最後に、子供たちは臨海公園の駐車場を後にしたのだった。
「光子郎はん、もう大丈夫でっか?」
光子郎のカバンの中からモチモンの声がする。
「もうちょっと我慢して、モチモン。まだ人がいるんだ。僕の家まで待ってて」
「そんな殺生なぁ」
モチモンは涙目である。しーっと人差し指を当てて沈黙を促す光子郎は、きょろきょろとあたりを見渡した。さいわい同じ方向の子供たちで光子郎とモチモンの会話を聞いた人はいないようだ。つぶれてまうぅ、と情けない声を出しているモチモンである。
どうしてもカバンに入らないところは、光子郎が持ってきた電子機器によって押し込まれているのだ。バスの屋根にしがみついて移動すると言ったが、2時間も誰にも見つからずに出来るのかと詰め寄ったら、がっくりしたモチモンはカバンに押し込められる方を選んだ。
上手く身を隠すにはものがなさすぎる。看板にぶつかったら落ちてしまう。バスから落っこちてんじゃないかとひやひやするのはごめんだったのは秘密だ。ぬいぐるみのふりをしたええんとちゃいまっか、ともっともらしい意見があったのは聞こえないふりをした。
光子郎はぬいぐるみを抱きかかえて、連れて歩く男の子にはなりたくなかったのである。抗議の涙目にふたをして、光子郎は先を急いだ。
とにかく今日はいったん家に帰らないといけない。モチモンたちは疲れているし、うちの人を心配させるわけにはいかない。さいわい、ヴァンデモンたちが派手に暴れているニュースは、まだネットに流れていないことは確認済みだ。
デジモンが原因だと思われる出来事は濁流のように速報としてネットを騒がせているが、10人目の仲間を見つけられそうな出来事は見つけられなかった。これからどうやって10人目の選ばれし子供と光ちゃんのパートナーを探し出すか、行動するのは明日だ。
「ただいま」
泉と書かれているプレートの先は、あかるかった。がたっという席を立つ音、ぱたぱたとスリッパを走らせる音が聞こえてきて、靴を脱いでいた光子郎は顔を上げた。お父さんとお母さんに出迎えられた光子郎は、もどりました、とつぶやいた。お母さんの瞳には赤いものがおびていて、まだ込み上げてくるものがあるのか、手を当てている。お母さんの肩に手を当てたお父さんが光子郎をみて、心の底から安心した顔をして笑った。
「おかえり、光子郎」
光子郎は瞬き数回、あ、はい、とうなずいた。光子郎たちが3時間にわたって豪雪のキャンプ場で遭難したことが子供会から連絡されたことは聞かされていたが、無事だったという連絡も受けているはずだ。
いつも家にいるお母さんはともかく、仕事で忙しいはずのお父さんまで早く切り上げて帰ってきているとは思わなかったのである。無事でよかった、といつもは涙ひとつ見せない人がうっすら涙ぐんでいるのを見てしまうと、光子郎はいよいよかける言葉が見つからなかった。
「ケガはないか?」
「大丈夫です。心配かけて、ごめんなさい」
「いや、本当に無事でよかった。光子郎にもしものことがあったらと思うと、いてもたってもいられなくてな、ずっと待ってたんだ」
ぽんぽんと頭を撫でられて、光子郎は小さく頷いた。複雑な気分だった。素直に無事だったことを喜んでくれるお父さんとお母さんの気持ちを邪推してしまう自分が嫌になってしまう気分だった。
お父さんもお母さんも光子郎が養子であることを知らないと思っている。実の子供ではないことを知らないから、こういう態度をとっているんじゃないか、とうがったものの見方をしてしまう性質は、変化を拒む心理状態に傾いていく。
離れて行ってしまうんじゃないか、といういつも抱えている恐怖と孤独を半年ぶりに思い出してしまった光子郎は、せめてふたりにおいていかれないように、リビングに帰っていくあとをあわてて追いかけたのだった。
「なにか冷たいものでものむ?」
「ええ、でもあとでいいですか?これ、先に片づけてきます」
「わかったわ、いってらっしゃい」
早足で光子郎は自分の部屋に入った。そして、鍵をかける。はあ、と息を吐いた光子郎は背中から降ろしたノートパソコンのカバンからモチモンを救出したのだった。泉家はこのマンションの一階にある。
パレットタウンが一望できる海岸沿いの窓の向こうには、小さいながらもお母さんが丹精込めて育てている家庭菜園専用の庭がついている。そっと窓を開けると、鉢植えの間から飛び上がったピヨモンがずっと上の階に住んでいる空の部屋に向かうのが見えた。
空の家はお父さんが京都大学で考古学を教えている先生だから単身赴任状態、お母さんは銀座の華道の展覧会に出ていて誰もいないからできることである。空のことを聞いたお母さんは、今日の予定を早めに切り上げて帰ってきてくれるらしいので、たとえそれが深夜であろうとも空には嬉しいことにかわりはない。光子郎は窓をしめて、クーラーをつけた。モチモンは大きく伸びをした。
「いやあ、ホンマかないませんわ。死ぬかと思ったんでっせ、光子郎はん」
「大丈夫だよ、モチモンはスライム型なんだから」
「だからってあんな無理に押し込まんでもええやないですか」
胴体の下のでこぼこを使ってよちよち歩いてきたモチモンは、その伸縮性の高いピンク色の身体を大きく膨らませてみせた。見た目からは考えられないくらい高い知能を持つ幼年期に、ごめんごめん、と光子郎は笑いながら謝った。
「とりあえず、待ってて。なにか持ってくるよ」
「そんな急がんでもええですやん。あんな美人なママはんとおっとこ前なパパはんがいはるんでっせ?今日一日のんびりしたって罰当たりませんがな」
「ありがと、モチモン。じゃあ、そのあいだ、このパソコン見ててくれる?」
「わて、光子郎はんと違って機械はからっきしでっせ?変なとこ触って壊してもうたら怖いんやけど」
「大丈夫だよ。データの取り込みがちゃんと出来てるか、ダウンロード出来てるかどうか、見ててくれるだけでいいから」
「まさかバスの中でも調べてはったんですか、光子郎はん。いつまで調べてはるんですか。熱心でんなあ」
光子郎はパソコンを立ち上げると、モチモンに画面を向けた。
「さすがに全部チェックで来た訳じゃないよ。ゲンナイさんが入れてくれたソフト、早く使いこなせるようにならないと意味がないしね。いったいどういう機能があるのか、慣れておかないといざというとき大変なことになるだろ。明日はもっと忙しくなるんだ。今日中にチェックしておかないと」
「今日中でっか!?んな無茶苦茶な」
大したことないよ、と光子郎は笑った。パソコンにはいくつかのソフトがダウンロードされている様子が映っている。ようやく落ち着いてネットにつなげることができる環境が整ったので、ノートパソコンはフル稼働だ。ゲンナイさんと連絡が取れるよう、メール環境が新しく整備される。
デジタルワールドと現実世界では勝手が色々と違うのだ。そして、お台場のゲートポイントにデジタルゲートが設置されているところだ。構築にはまだ時間がかかりそうである。光子郎はカバンからデジヴァイスを取り出して、ケーブルにつなげたパソコンに接続させる。
せめて寝る時間は確保せなあきませんで?と心配そうに見上げているモチモンに、光子郎はわらってうなずいた。デジヴァイスの画面が急に明るくなったので光子郎とモチモンは目を向けた。画面の中では光の点がひとつ、タクシー乗り場に向かっていくのが分かる。光子郎は窓を開けて確認する。その点はやがてマンションの一つ目指して方向を変えて移動を始めた。
「誰でっしゃろ?」
「あっちのマンションだとと丈さんですね。誰か迎えにきたのかな?」
「そろそろ行かんと怪しまれまっせ、光子郎はん」
「わかってるよ」
緊張した面持ちで去っていく光子郎にモチモンは疑問符だ。あんな美人なママさんと物静かで淡々としているけれどカッコいいパパさんがいるのに、どうして光子郎はあれだけ緊張しているのか、イマイチわからない。
第三者からいわせてもらえば、お互いがお互いに気を遣いすぎて、その距離の掴み方を図りかねて、戸惑っているじれったさしか感じないのだ。後ろから思いっきりどーんって押してやりたい気分になる関係性である。家族っていうのはいろいろあるんやなあ、とデジタルワールドやデジモンには無い概念について考察してみたりするモチモンなのだった。
しばらくして、不自然な関西弁交じりの光子郎の一人芝居と大笑いする大人の声が聞こえてきたのは別の話である。結局、モチモンがご飯にありつけたのは、一時間以上たったあと。あいかわらずデジヴァイスは、いくつかの点滅を続けている。範囲が拡大し、お台場全体に選択肢が広がった画面は、今の選ばれしこどもの現在地を教えてくれた。近くてたいぶん重なってしまっているのは、同じマンションに住んでいるからだろう。
いつまでたっても明かりが消えない光子郎の部屋。今日の出来事をネットの知りあいに心配されてメールがたくさん届いたから、返信する作業に追われているのだとしれっと伝えた光子郎に、お母さんは夜食を用意してくれた。冷たい麦茶と夜食をもって帰ってきた光子郎に、モチモンは目を輝かせたのだった。
「あんさんのママさんは料理上手でんなあ、わて、ここまで美味しいの食べたの初めてでっせ?」
あっという間に平らげてしまったお皿を光子郎に渡しながらモチモンは言う。そうかな、と光子郎は少し照れたように笑った。僕も実はそう思うよとこっそり光子郎はつぶやいた。
「どう?おわった?」
「よくわかりまへんけど、表示されてた画面はもうないでっせ。今あるのはデスクトップだけ」
「ありがとう、大丈夫そうだね。じゃ、はじめるよ」
光子郎はパソコンに向かうためのローラー椅子を引いたのだった。
「もしもし、本宮ですけど、どちらさまですか?」
『もしも、え、あ、あれっ!?すいません、あの、だいす、本宮さんのお電話ですか?」
「はい、そうですけど。あ、もしかして、【こうしろーせんぱい】?」
『は、はい、そうです。お台場小学校4年の泉光子郎っていいます、けど、その』
「ああ、それね、PHSに大輔が勝手に登録してたみたい。ディスプレイにでてるのよ。大丈夫、間違えてないわ。大輔に用があるんでしょ?ちょっと待っててくれる?あいつ、今着替えてるところだから。今、脱衣所にいるみたいだし」
『あ、そ、そうですか。それならかけ直しますけど』
「あー、だめだめ、今、うちの固定電話、お母さんが使ってるから。子供会の役員サンと電話してるみたいだから、結構かかると思うわ。また取り次ぐのも面倒だし、渡してくるわね」
え、あ、ちょ、という言葉を置き去りにしてお姉さんの声は聞こえなくなってしまった。携帯電話をきるに切れなくなってしまった光子郎は、そのまま待つことにした。PHSには保留できる機能がないのだろう、大輔のお姉さんと思われる人がスリッパで移動する音がする。ああ、びっくりした、と光子郎は息を吐いた。
すっかり忘れていたけど、大輔君のPHSはお姉さんから借りたものだったっけ、と今さらながら思い出したのだ。借りたものは返すのが普通だ。持ち主は6歳も年の離れた、まったくこちらの事情を知らないお姉さんである。PHSをずっと借りっぱなしにできる理由は大輔でも思い付かなかったに違いない。
これじゃあもうこの番号で電話を使わない方がいいだろう。携帯電話越しに聞き耳を立てながら光子郎は大輔を待ちわびた。軽いノックオンがする。だいすけー、とお姉さんの声がする。いきなりお姉さんに呼ばれて吃驚したのが、どたばたびたんと忙しない音と悶絶する音がする。滑ってこけたのだろうか、思わず光子郎は笑ってしまった。
「なんだよ、姉ちゃん!いきなり」
「なによ、失礼ね。泉光子郎君から電話よ、大輔。PHSからね」
「えっ、光子郎先輩から!?」
「入ってもいい?」
「ちょ、ちょっとまって、マジで待ってっ!」
ああ、チビモンと一緒にお風呂入ってたんだろうなあ、と光子郎は思った。これから光子郎もモチモンを風呂場に連れて行く仕事が残っている。お母さんやお父さんに怪しまれないようにしないといけないなあ、と冷や汗をうかべた。マンションについているお風呂場と脱衣所を隔てる壁はそうとう薄いのだ。脱衣所とリビングなんて目と鼻の先である。
最悪の場合、会話がつつぬけなんてこともあり得るだけに、光子郎は大輔のテンパリ具合に同情したのだった。しばらくして、扉が開く音がした。はい、と渡されたPHS。大輔の声が近くなる。大輔は大慌てで移動しているらしく、何かを抱え上げる音とぱたぱたという音がした。ばたん、がちゃん、という光子郎も聞き覚えがある音がして、ようやく大輔は出たのだった。
「もしもし、光子郎先輩ですか?すいません、待たせちゃって!」
『あー、うん、いいよ。いきなり電話してごめん。もう話しても大丈夫?』
「はい、大丈夫です。今、オレの部屋なんで!」
すぐ近くの方で、ひどいやだいしけえ、と涙目になっているチビモンの声が聞こえる。PHSから音が漏れ聞こえる。仕方ねえだろ、バレたらめんどくさいことになるんだから、こうするしか無かったんだよ、と大輔はたしなめていた。どうやらバスタオルかなにかでチビモンをくるんで、大輔の部屋についたら鍵をかけるためにベットに放り投げたらしい。いたい、という悲鳴が聞こえていたから間違いないだろう。しーっ、静かにしろよって声が聞こえていたから。
「いきなりどうしたんすか、先輩。もしかしてなんかあったとか?」
『ううん、ヴァンデモン達が攻めてきたとか、そう言う切羽詰まったのじゃないんだ』
「あ、そうなんですか?よかったあ」
『そうだなあ、10人目の手がかりになりそうなものを太一さんが明日持ってきてくれるんだってこともあるんだけど。あとは、やっとゲンナイさんと連絡が取れるようになったんだ。ゲートポイントとデジタルゲートの環境が整ったんだ。デジモンアナライザーのデータを更新できると思うから、明日持ってきてくれる?』
「はい、わかりました!そっか、じゃあ、こっちの世界にきてるデジモンもデジタルワールドに返せるって事ですね」
『うん、そういうこと。まあ、それは明日の話だから、あんまり関係ないよ』
「え?じゃあ、なんで電話なんて」
『実は気になったことがあって、ちょっと調べてたんだ。大輔君のデジヴァイスと紋章について』
「え、オレの?」
『空さんとミミさんから聞いたんだけど、トノサマゲコモンを止めようとした時に、超進化の徴候が見られたのはチコモンだったのに、進化したのはパルモンの方だったって聞いておかしいなと思ったんだ。古代種と現代種だから進化条件の難易度は桁違いだとは思うよ?でも、パルモンとブイモンじゃ進化する条件はブイモンの方が整ってた筈なのにって。ウィルス種に進化しても暴走しないところをみると、もしかしたらチコモンは進化ツリーが一本化してないんじゃないかと思って、ゲンナイさんにメールしてみたんだ。やっぱり、チコモンは古代種の生き残りだったから、そういうことはできなかったみたいなんだ』
「えーっと、すいません、よくわかんないんすけど」
『あー、ごめん。わかりやすくいうと、デジモンは何度も生まれ変わることで強くなるんだ。でも、テントモンたちは、生まれ変わらなくても進化と退化を繰り返すことで、短い間に強くなることができるんだ。そのかわり、進化できるデジモンがきまってて、それ以外のデジモンに進化することができないんだよ。でも、チビモンは違うんだ』
「え、なんでっすか?」
『チコモンが世界でたった一匹しかいない古代種のデジモンだからだよ。古代種は潜在能力が高くて爆発力がある代わりに、オーバーライトの関係で寿命が短いだろ。それを補うために大輔君のデジヴァイスはほとんどの容量を食ってるらしいんだ。チコモンがブイモンになっても、エクスブイモンになっても、大輔君のパートナーでいるためには、すごいエネルギーを代用しないといけないからね。だから、進化を一本化するプログラムまでは入れられなかったらしいんだ』
「でも、こいつがセトモンに進化した時、アグモンみたいなことになりましたよ?」
『あれはセトモンがああいうデジモンだってこともあると思う。ウィルス種に進化することでオーバーライトを押さえ気味にしてたのが、古代種に進化したから、オーバーライトが大きくなったせいで、自我を保つプログラムとケンカしたんだと思うよ。ほら、オーバーライトって感情の爆発からくるデータの消耗らしいし、自我を保つプログラムはオーバーライトを押さえる役目もあるみたいだから』
「ってことは、エクスブイモンから進化するには、普通のデジモンみたいにデータをたくさん食べなきゃダメってことっすか?」
『普通なら、たくさんの時間をかけて、経験を積まなくちゃいけないんだけど、さすがに無理があるだろ。だからナノモンのデータチップを完全に復元するくらい強力なエネルギー体の紋章が用意されたんだと思うんだけどね。でも、進化できなかった。使われるはずだった想いの力は行き場を失って、チコモンと同じ気持ちだったパルモンに流れ込んで、リリモンになる手伝いをしたんだ』
「まだ足りないってことっすか」
『うん、そうなるよ。だから、大輔君を呼んでくれってゲンナイさんに言われたんだ。ホメオスタシスが生まれるずっと前に絶滅した種族だから、予測できる範囲を超えてたみたい。ゲンナイさんが応急処置をしてくれる事になったんだ』
「え、ほんとっすか!?」
『うん。ホメオスタシスによれば、進化ツリーはもう更新されてるらしいんだ。そのデジモンになるには、構成するために必要な種族のデータだけたりないみたいだし、そのデータを大輔君のデジヴァイスに用意することにしたみたいだよ』
大輔と光子郎の会話を聞いていたチコモンは、目を輝かせた。いやったーとベットで飛び跳ねている。しずかにしろってば、と大輔に黙らされる。
『ホントなら今から出てきてって言いたいところなんだけど、さすがに今日はもう遅いし、明日にしようか』
「えええっ、そんああ!」
「そうっすよ、光子郎先輩の家ってすぐそこじゃないっすか!オレ、行きますよ、今から!」
『え、いや、でも、大輔君の家は××階だろ?!一階の僕はともかく、どうやって抜け出すんだよ』
「大丈夫っすよ、もうみんな寝てる時間だし、窓から降りたってばれませんて」
『え、ちょ、大輔君!?』
「じゃ、行きますね!」
PHSを切った大輔は、大慌てで着替えると部屋の鍵を開ける。ろくに髪の毛も乾かさないで飛び出してきた大輔は、ジュンにPHSを返却した。
「なんの電話だったの?」
「明日、7時にみんなで集まってあそぼって約束したんだ」
「へえ、昨日の今日で元気ねえ、アンタ」
「へっへー、いいだろ」
「って、ちょーっと待ちなさい」
「うえっ!?なんだよ、姉ちゃん」
「何もクソもないでしょ、なあに勝手に人の入浴剤つかってんの!勝手に使わないでって言ったじゃない!浴槽泡だらけにしといて、オレじゃないは通用しないわよ」
「げ、あ、ごめん」
チビモンがぶくぶくするお風呂に入りたいとごねて、勝手に入れてしまったことなんていえるわけもなく、大輔は軽くこづかれるのを受け入れるしかなかった。取り上げようともみ合ったせいで、結局中身の半分くらいをぶちまけてしまったせいで、今、お風呂は大惨事になっている。さすがに下の階の人にまで迷惑をかけることはないようだが、片づけが大変そうだ。チビモンの馬鹿野郎、と心の中で叫びながら大輔はお風呂掃除は後でやるから、と逃げだそうとする。でもご立腹のお姉ちゃんは放してくれない。
「アンタがなにに巻き込まれてるのかは知らないけどね、あんま心配させないでよ」
「お姉ちゃん、ごめん」
「ごめんっていうくらいなら、そのアザがなんなのかくらい、説明しなさいよね」
「あ」
「遅いわよ、馬鹿大輔。武ノ内さんから借りたバンダナじゃないと隠しきれないようなアザじゃない。なにがあったのよ、ほんとに。サマーキャンプで一体なにがあったのよ、もう」
「ごめん、ほんと、ごめん、お姉ちゃん。おわったら、ぜんぶおわったら、話すから。それまで待っててよ」
はあ、と大きくため息をついたジュンは、わかったわよ、と不満そうな顔で手をどけた。
「おいで、大輔」
「え?」
「え、じゃないわよ、どっか出かける格好してるクセに。せめて隠してきなさい、そのアザ。化粧で隠してあげるわよ」