すっかり干上がってしまっている湖は、まるでボウルのようにぽっかりと口を開けて、ピョコモン達の先導で必死で逃げてきた子供達を待っていた。急激な坂となっている岸辺から一気に底の部分まで駆け下りれば、遠方からでも確認できた沈没船が、その巨体の全貌を明らかにする。真っ二つに折られた船体の半分が、まるで湖の底に突き刺さっているかのように大きく船体を傾けて、先端を空に向けて立ちふさがっていた。
湖の底に沈んでいたのかと見まごうほどの光景は、近づいてみると、どうやらもう半分が長年の泥や砂の蓄積により埋まってしまっているらしい。氷山の海に沈んで多くの犠牲者を出したことで知られる、ハリウッド映画でも有名なタイタニック号を連想させる光景だが、長年の月日が流れた影響か、すっかり老朽化しサビつき、泥と藻に覆われている船体は赤く黒ずんだ船名の入ったロゴすら読ませてくれない。
ぬかるんでいて滑りやすくなっているため、急勾配の坂と化している船体から直接登るのは難しい。立ち往生する大輔達。どんどん避難してくるピョコモンたちの姿が膨れ上がり、足元は一面ピンク色に覆われていく。わらわらわらと所狭しと密集していくピョコモン達。早く避難できる場所を探さなければ、ピンク色の輪が広がりすぎては攻撃から守り切ることができない。
しかし、この巨大な沈没船に入るための場所が見つからない。
ロープで上がることも提案されたが、ピョコモン達は発達した指を持たないため、何百匹、何千匹もいるピョコモンたちを引き上げては、子供たちがメラモンから放たれる炎から逃れることができなくなってしまう。どこか他に入る場所がないかと必死で探し回っていた太一達は、沈没船の側面に大きな切れ目があり、大きな穴がいくつも開いていることに気づく。
それは大型の船舶に見られる構造上の特徴である。長期の航海において、バランスを安定させることは安全な航海を支える上で不可欠である。そのため、この沈没船も右側と左側に重しとなる海水を貯めこみ、巨大な船体を水平にするために設置されている巨大な貯水タンクがあったのだ。
丈の知識によりそれを確認した太一たちは、なんとかそこから安全に船の上に逃げ込めるルートを確保するため、無理やり穴を空けることにした。アグモンのベビーフレイムとガブモンのプチファイヤーにより、急激に熱せられた箇所が赤みを帯び、強固に設計されている開閉部分を緩くする。
なんとかそこから蹴破ろうとするが、デジモン達、そして今この場にいる子供たちの力を合わせても、びくともしない。せめてパルモンがいれば、その自在に収縮するツタの指でひかっけ、強引にこじ開けることができるかもしれない。
大輔やタケル、光子郎、ミミ達はピョコモンたちと逃げながら、迷子にならないように付き添い状態のため、まだこの場に到着していない。思わぬ問題に直面した太一たちは、何とかパートナーデジモンを進化させようと先程からデジヴァイスをかざしてみたり、パートナーデジモンも何とか気合を入れたりしてみるものの、一向に兆候は訪れない。
まずいまずいと一行が焦りだした頃、ブイモンに後ろから支えてもらいながら、ずささささと降りてきた大輔がその勢いに任せて太一達のところに合流する。事情を聞いた大輔は、何かを思いついた様子でブイモンを見た。大輔の言いたいことが分かったのか、ブイモンは大きく頷いて、煌々と熱せられている船体から距離をとる。
「オレに任せとけーっ!どりゃあああっ!」
デジモン達の中で唯一、接近戦向けの物理攻撃を得意とするブイモンの必殺技が遺憾なく発揮された瞬間である。豪快な打撃音が響いた。通常ならば、えぐれる程の大きなくぼみが形成されるだけだが、アグモン達の支援で一部の金属はどろどろに溶けており、柔軟さと強固さを誇る金属も一部だけが異様にもろくなっていた。開閉部分を中心に、船体の一部が轟音を立てて内側に破片を飛び散らせて、大穴があいた。おおおっ!と太一達の歓声が上がる。
ひゃっほーう、やったー!と嬉しそうに飛び上がったブイモンが大輔のもとに一目散に駆け寄った。やったぜ、ブイモン!ナイス!とハイタッチした大輔は、船体の塗料と泥が付いていることに気づいて拭ってやった。
やるなあ、ブイモン!とヤマトたちが声を掛け、えへへ、と照れたようにブイモンははにかんだ。その調子で頼むと言われるがまま、ブイモンはアグモン、ガブモンと共に早速中にはいっていって、船の上まで駆け上がるための穴をあけるために、薄暗い空洞の中に消えていく。
大輔はピョコモンたちがケガをしないように、飛び散った破片をかき集める。この時ばかりは、サマーキャンプで罰としてマキ拾いを命じられたときに、つけていくよう言われて面倒くさがりながら、はめた手袋が役に立っていた。
人生なにが起こるかわからないものである。備えあれば憂いなしを痛感する大輔だった。やがてたくさんのピョコモン達の雪崩に巻き込まれるようにして、タケルや光子郎、ミミたちが追いついてきた。
ピョコモン達を守りたいと村に残ろうとしていたタケルとパタモンだったが、空にピョコモン達の無事な避難を手助けして欲しいと頼まれてしまったので、こうして辿り着いた訳である。
上の方に逃げろと叫ぶようなヤマトの声が奥のほうからする。
太一と空は穴の前でぎりぎりまでピョコモン達を招き入れている。大輔もそろそろ上に行こうかと考え始めた頃、突然後ろから空の大声がした。
「ピヨモンはっ?!ねえ、太一、ピヨモンは?」
「え?あ、そういやまだ来てないな」
「えっ、嘘でしょっ。もうすぐメラモン来ちゃうのに、なにやってるのかしら、あの子!」
「空さん、ピヨモンは湖のほとりっすよ!飛んで逃げられるピヨモンは大丈夫だから、先に行けって」
大輔の言葉に反応した空が、ピンク色の列をつくっている崖の先を見上げた。そこにはピョコモンたちを沈没船に誘導しているピヨモンの姿が、ちっぽけな姿ながら見えた。ピョコモンはピヨモンの進化前である。
ピョコモンの村において1番住人たちと馴染んでいて、なおかつ話が弾んでいたのはピヨモンだった。誰ひとりとして仲間を犠牲にしたくはないという意識が、自分の生命の危機をそっちのけにして、ピヨモンをそこに留まらせている。空は怒ったようにつぶやいた。
「あのバカ、仲間を助けてるんだ、そんなに空を飛ぶの早くないくせに、苦手なくせになにやってるのよ!」
パートナーデジモンの目前に迫る危機に、居ても立ってもいられなくなったのか、空が跳び出してしまう。ピヨモンと、大きく名前を呼びながらかけ出した。甘えん坊な面を疎ましく思っていたけれど、こんなデジモンと仲良く出来るのかと不安に思いもしたけれど。
危なくなったらアタシが空を守るのと、ピョコモン達に得意げに話していたその言葉を信じられなかったけれど。友だちになったピョコモンたちを守ろうとするあまり、自分の危機を忘れ、大丈夫まだ大丈夫とギリギリまで踏みとどまっている姿が、頼もしく見えたのだ。
頼れるところもあるんじゃないと見直した。無鉄砲さをみては。やっぱり自分がいないと危なっかしくてみていられない、と強く思った。頭の中ではピヨモンたちを守らなければという強い意志がみなぎっていた。
メラモンが迫っているであろう中、逆走して目の前に迫る危険に自ら飛び込もうとする空の行動に、船上からそれを目撃した子供たち、太一、大輔たちがあわてて戻るよう叫ぶが、聞く耳持たず、どこ吹く風。一直線に空はピヨモンの元に走った。
やがて長い長い列を作っていたピョコモン達のピンク色の列が、沈没船のところにまで吸い込まれていく。ほっとした様子でそれを見届けたピヨモンは、自分も逃げようと立ち上がる。
その背後に、真っ赤な巨体が現れて、空は無我夢中で叫んだ。
「ピヨモーンっ、後ろよっ、逃げてええええっ!」
空の叫びも虚しく、大きく振りかざされた腕がピヨモンをなぎ払う。激しく岩壁に叩きつけられたピヨモンがぐったりとした様子で落下。ごろごろごろと無防備な体が投げ出され、転がっていく。空はいやああっと悲鳴を上げて、ピヨモンのもとに一目散に駆け寄ると、その小さな体が叩きつけられる前にピヨモンを抱え上げる。ピヨモンを庇って地面に転がった空は、ボロボロになったピヨモンに呼びかける。
「ピヨモン、大丈夫?痛くない?」
「………空、ピヨモンのこと助けに来てくれたの?もう、怒ってない?」
「ばか、もう怒ってないわよ。ピヨモンはアタシのパートナーだもの、当たり前じゃない」
ぎゅうと抱きしめた空に、ピヨモンが擦り寄った。しかし、目を開いたピヨモンは、空のてから離れてツバサをはためかせる。
「空、危ない!」
「え?」
「今度は、アタシが空を助けるの!みんなが危ないのに、こんなところで負けてなんか、いられないんだからっ!」
空にべったりで甘えん坊でしかなかったピヨモンが、守られる側から守る側へと、改めて明確に空を、子供たちを、ピョコモンたちを守るのだと強い意思をひめて、覚悟を決めた瞬間だった。空のデジヴァイスが光りに包まれる。ピヨモンが3体目の成熟期へと進化を遂げる瞬間がやってきた。
ピヨモンの進化に必要なゲージが振り切って、メーターを押し上げ、条件を満たす。進化ツリーの中から確定している路線へと光の渦は流れ込み、その先にあるデータを、デジヴァイスがダウンロードする。そして、螺旋状となった新たな進化経路がピヨモンに降り注ぐ。
鮮やかな紅の炎を身にまとい、巨大な火の鳥がメラモンを立ち塞がるようにして現れた。バードラモンであると名乗った火の鳥は、風を生んだ。インターネットのファイヤーウォールから生誕した、不死鳥のような神々しい姿を持つ巨鳥は、
大きな翼をひろげて気持よく大空を駆けることが大好きで、戦うことはあまり好まない。しかし、自ら守ると決めた存在のためならば、向かってくる敵に容赦はしない。
大空に舞い上がる鮮やかな尾をなびかせ、バードラモンが同じファイヤーウォールの性質を持つメラモンと対峙する。幾度も打ち込まれる炎の弾丸だが、同じ性質を持つ攻撃はバードラモンには通じない。無効化され、威力が増大する。バードラモンのメテオウイングが炸裂し、周囲に炎の矢が打ち込まれる。逃げ場を失ったメラモンに、バードラモンは滑空した状態から一気に体当りした。
空や他の子供達、デジモン達、ピョコモン達はその姿に圧倒されて確認することができなかったし、バードラモンはその衝撃を受けて火の威力が落ち、メラモンが倒れたと判断したが、実はメラモンの体内に食い込んでいた黒い歯車が、勢い良く地面に叩きつけられた衝撃で破壊された。
らメラモンが正気に戻ったのを確認したバードラモンは、ゆっくりと羽ばたきながらピヨモンへと退化し、空のもとに戻る。
ピヨモンと空が抱き合いながら、お互いの無事を祝っているのを確認して、ほっとした太一達は、あわてて空たちのもとへと駆け寄ったのだった。
「すげえ……」
甘えん坊だったピヨモンが、勇猛果敢に空たちを守るべく立ち上がり、そして進化するというドラマのような一連の光景を目の当たりにした大輔は、今までのアグモンやガブモンとは違った意味で、感動と衝撃を持って、その様子を受け止めていた。
気分が高揚しているのが分かる。すっかりほてりきった体のまま、ブイモンと合流して、大輔は大量のピョコモンと共に空のもとに向かう。このぽかぽかした感じは、覚えがある。暖かくなった心は、しっかりと憶えている。そうだ、これは守られる側として、守ってくれる人たちの背中を見つめ続ける祈りを待つ、弱い自分じゃない。
サイバードラモンを黒い歯車から解放するために、エアロブイドラモンと秋山遼のために、自分が、自分自身が使い捨てカメラのフラッシュという打開策を考えて、提案して、受け入れてもらえて、実行して、サイバードラモンを正気に戻すために役に立てた、守る側になれた強い自分と出会った瞬間の思いだ。
すっかり忘れてしまっていたけれど、あの時、秋山遼はなんと言っていた?笑顔でありがとうと言ってくれたのだ。よくやった、とか、やるなあ、という守る側の立場の人間から守られる側の人間に。
思わぬ助力を得たときの言葉ではなくて、ただ純粋に助けてくれたコトに対する感謝の気持ちと、対等な相手に掛けられると大輔は判断した、ありがとうの言葉を。対等だと認めてもらえる気がして、歯がゆくて、恥ずかしくて、それでもとっても嬉しくて誇らしくなった気持ちを大輔は思い出した。
そして目の前には、思いっきり空に抱きついて、大好きだと素直に思いを伝えて、甘えているピヨモンがいる。空が、空お姉ちゃんが、ピヨモンに大好きだと返して、抱きしめて、甘えてくるピヨモンを本気で可愛がっている。その姿を見て大輔は思いついたのである。
そうか、なるほど、対等な存在に認めてもらえたら、甘えてもいいんだと。迷惑じゃないかとかいろいろ相手の立場にたって考えて、苦手で分かりもしない相手の気持ちを考えてドキドキして、相手の様子を伺わなくても、思いっきり甘えても怒られないんだと、むしろ甘えさせてくれるんだと思った。
素敵な思いつきのように感じられて、大輔はきらきらとした目をして、決意の拳を作る。対等な立場だと認めてもらいたいという意識と、甘えたいという意識が、いつも対立して葛藤の苦悶を抱えていた大輔は、それらが簡単に両立して、なおかつ達成することができる方法をようやく見つけることが出来た気がした。
「いいなあ、ピヨモン。オレも空飛べるようになりたい」
なー、大輔、と顔を上げたブイモンは、今まで見たことのない大輔のキラキラとした表情を見つけて、何かいいことでもあったのか、と首をかしげた。興味津々でしっぽを揺らしながら、背伸びして、大輔の袖を掴んで呼びかけると、大輔はにかっと笑った。
タケルと喧嘩したり、ヤマトに相談したり、太一に秘密がバレたり、波乱万丈な展開が怒涛のように押しかけていたせいか、なかなか心の余裕が出来ていなかったせいで、悪夢を見たり、心あらずな様子を見せていた相棒が、こんなに嬉しそうな顔をして自分に笑いかけてくれたことがあっただろうか!
つられて笑顔になったブイモンに、大輔ははっきりとした口調で言ったのだ。
「空なんか飛べなくってもいいぞ、ブイモン。それより、船の穴をあけた時みたいにさ、みんなの役に立つことしたほうがかっこいいんじゃねーかな?」
「かっこいい?オレ、かっこ良かった?大輔」
「おう、すっげーかっこ良かったぞ、ブイモン!
アグモン達も頑張ってたけど、あれはブイモンがいなかったらできなかったことだろ!だからさ、俺達でしかできないこと探しまくってやるほうが、いいかもしれないって思いついたんだ。そしたら何時できるか、わかんねー進化を待ってるよりも、ずーっと良くねえか?」
そしたら太一さん達も、もっと俺達を頼りにしてくれるかもしれない!という大輔の提案にブイモンは即座に反応した。
大輔のパートナーデジモンであるということで、ブイモンも一括りにタケルや女の子たちと共に庇護の対象となっているという現状は、大輔の1番になりたいと考えているブイモンにとって、目の上のたんこぶとも言える現状である。
さっき太一達に褒められて嬉しかったことも考えると、大輔だけじゃなくてみんなに褒めてもらえる上に、大輔の1番になれるのが今よりずっとずっと早くなるかもしれないのである。
それに大輔の発言からするに、ブイモンと共に頑張りたいと大輔はいっていることになる。拒否する理由など皆無だった。
さんせー、と即答したブイモンに、大輔はよっしゃ、頑張ろうぜ、と本来のお調子者の一面を取り戻したかのように、得意げに頷いたのだった。
もともとすれ違い気味だった大輔とブイモンのお互いの考え方が、本格的にずれ始めたのはこのころからである。大輔が対等に扱って欲しくて、甘えたい相手は上級生に限定されている。もちろんその最終目標はジュンお姉ちゃんである。
一方で、ブイモンはずっと大輔に認めてもらいたくて、対等でありたい相手は大輔一筋である。微妙にずれた思考回路をたどりながら、表面上は全くすれ違うことはなく、大輔とブイモンは大きく頷いたのだった。
メラモンが正気に戻ったことで暴走していた炎が姿を消し、水が元に戻るというピョコモン達の発言を受け、太一の呼びかけで大輔とブイモンは慌てて湖からピョコモンの村へと移動することになる。この夏最大の決心を胸にひめ、大輔達は、ミハラシ山に帰っていったメラモンを見届けて、一息つく事になったのだった。
ちなみに、謝礼にとピョコモン達がご馳走してくれたのは、肉でも魚でもなく、穀物らしきものを細かくくだいた正しく鳥の餌だったのは言うまでもない。