(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第161話

 

編集長に肩を叩かれた高橋さんは、ダメっすね、とやや疲労をにじませながらため息をついた。やっとつながった出版社が派遣しているスタッフからは、心待ちにしているスクープは得られなかったのだ。

 

デスクは緊張感に包まれて、みんなピリピリしているのを肌で感じて、こっそりため息だ。きゅぽ、と油性マジックのふたを開けた右手が、ホワイトボードに簡単な東京の地図を描く。

 

練馬区光が丘、と横書きで書かれたところに、12時26分、と書きこまれ〇で囲われる。携帯電話が通じない、TVやラジオに受信障害が起きる、電子機器が故障する、謎の結晶体が至る所に発見される、と箇条書きで付け足された。

 

隅の方に、1994年の光が丘テロ事件と類似性が散見、と書かれている。その情報のいくつかのタレこみ元であろう本宮家の家庭事情に詳しい編集長は、ちょっと眉を寄せて、やめとけと一言いって、他にもいくつか書かれていた当時の被害者だけしかしらない事実を黒板消しで塗り潰してしまった。

 

公にはできない情報である。情報規制がひかれている、協定に引っかかる、面倒なことになる、と首を振った。オレの個人的な意見ですけどね、とイコールで結ぼうとした高橋さんだったが、編集長がまだ確証が得られていないから、と隣に疑問符を書き加える。

 

そして、まるで吸血鬼に噛まれたように、首筋に2本の針で刺され、瀕死の状態になるまで過剰に採血された女性が発見されたのは15時ごろと書かれる。一人目、と追記された。

 

「まだなんにもっすよ、ったく。あんときとは比べもんになんないくらい、範囲が広がり過ぎて、どこから手を付けていいものか困ってんですってさ。練馬だけかと思ったら、北は埼玉、南は品川、東は銀座、西は荻窪。どうします?」

 

東西南北に位置する大体の場所に地名が書かれ、〇で囲われる。そして光が丘からそれぞれ一方通行の矢印で結ばれた。うーん、と編集長は困り顔である。

 

「このスピードだと、お台場に来るのも時間の問題だな。で、アイツらにはなんて?」

 

「一応、一番被害が大きいのは光が丘なんで、そっちに向かうよういいましたけどね。とにかく何でもいいから、何かつかめるまで帰ってくんなって言ったら、マジっすかって泣いてましたね。あーあ、オレ知らね。ここまででっかい違法電波だと、ぜってえ拠点があるはずなんすけどねえ、一体どこに隠れてんだか。ここまで見つからないとなんか怖いっすよ」

 

「そうだな、全くだ。こっちは昼からぶっ通しで捜してるっていうのに、手がかりすら見つからないなんておかしい。テレビ局の連中はヘリまで飛ばしてるっていうのにな」

 

先を越されたら台無しだよ、このやろう、と編集長はため息である。恨めし気にデスクに設置されている大きなテレビモニタを眺めていると、呼びかける声がある。

 

振り向けば、さっきダメ出しを食らって、やり直しを命じられた新人が決められた文字数で文章の塊を打ち直してきたらしい。お願いします、といわれ、号外の構成を埋めるために躍起になっているライターがあげてきた原稿に目をやった。

 

あ、すんません、ちょっと、とポケットに入れている煙草に手を伸ばすふりをした高橋さんに、ああ、わかった、と頷いた編集長は新人の指導に向かった。

 

高橋さんは煙草とライターを掴むと、喫煙所に向かった。10年ほど前に同じ千代田区内の今の新社屋に移転してから、自分のデスクで煙草が吸えなくなったのが高橋さんをはじめとした喫煙者にとって大不評である。

 

でも、喫煙者以外には大好評だから、肩身が狭い。これが時代の流れなのか、と思うとどうしようもなかった。独身者だからとやかく言われることはない高橋さんだが、全面ガラス張りの見世物小屋なデザインの喫煙所は勘弁願いたいところである。

 

今のご時世になると、社屋の入り口で煙草を吸っていると嫌な顔をされることが増えた気がするので、大人しく入るしかないのが悲しい所だ。どのみち真夏の熱帯夜である。

 

外に出るのはごめんだった。どうせならクーラーが効いている社屋内ならどこだっていいのだ。結局のところ。お、と高橋さんは声を上げた。めずらしく先客がいたのである。白い煙をくゆらせて、ふう、と吐き出した本宮さんがいたのだ。

 

「よう、本宮。珍しいな、お前がここに来るなんて。タバコやめたんじゃなかったっけ?」

 

「あ、高橋さん。参ったな、一番見られたらいけない人に見られちゃったなあ、はは」

 

困ったように本宮さんは笑った。一応子供が生まれてから控えるようにはしているものの、こうやってイライラが募ってくるとどうしても手が伸びてしまうから、デスクにこっそり常備していると白状である。

 

煙草の匂いがする、とスーツを受け取るたびにお母さんは苦笑いするのでバレている気配がするが、たばこが充満してる仕事場なんだ、という言い訳はいよいよ通じなくなってしまった。

 

困ったものである。家に帰ると、子供がいる手前、なかなか吸えないから会社にいるときくらいしか、気軽に吸えないのに。休憩か?と聞かれた本宮さんは、とりあえずひと段落ついたので、と笑った。

 

営業部も編集部も今日は一日修羅場である。まあ無理もないか、と高橋さんは思った。電波障害が目と鼻の先まで迫りくる恐怖に、出版社の街は戦々恐々としているのだ。

 

電話が通じなくなるのはもちろん、パソコンをはじめとした電子機器に異常が出始めると業務に支障が出る。大損害は目に見えている。

 

だから朝からぶっ続けでバックアップデータの確認と保管、重要な書類は急ピッチで完成させ、なんとか最悪の事態になったとしても仕事が続けられるように、デジタルからアナログに延々と転換作業を続けていたのである。

 

顧客データや個人情報などが万が一流出でもしたらエライことになる。どこもかしこも不慣れな作業に追われている。

 

「ったく、なんだってこんな暑い時期にサイバーテロなんて起こしやがるかね」

 

「ホントですよ、困ったもんだ」

 

はあ、と二人はため息だ。練馬区から始まった電波障害は、時間を追うにつれてその規模を拡大している。日没を過ぎたあたりから、一気に活動が活発化し、拡散状態で被害が右肩上がりに増加しているのだ。

 

違法な電波を発生させる装置を乗せた車が練馬区を起点に、一斉に都内全域を走り回っている、それが今のところ有力視されている犯人グループの犯行方法である。

 

でも、本宮さんは違和感を覚えているようで、あまり大きな声では言えないが違うと考えているらしい。まあ、違法に改造された車を誰も発見できていない、という事実をみると高橋さんも否定できない。

 

警察やテレビ局、他の出版社よりも先に、その車や犯人を見つけ出すことに本宮さんたちの会社も躍起になっている。最優先の課題を達成する気配すらないまま、手がかりもないまま時間ばかりが過ぎている。

 

「違法電波が発見されてるのは、どこも子供たちがいる所ですよね。遊園地、テーマパーク、夏休みのイベントをやってるところ。結構人が集まってるところばかりでしょう?その人混みに混じってる可能性はないんですか?」

 

「そりゃあ、普通に考えりゃ人混みにいるだろうなあ、犯人たちは。でも信号機も壊れちまうレベルだろ?無理無理、持ち歩けるような大きさじゃねえって。どんだけオーバーテクノロジーだよ」

 

「………ここだけの話なんですけど」

 

「あ?なんだ?」

 

「光が丘の爆弾テロ事件で使用された爆弾は、素材である金属が今の科学では再現不可能な素材で出来てるんですよね。それ考えたらありな気がしますけど」

 

「………んなあほな。未だに非公開の情報じゃねえか、それ。どっから入手したんだ、本宮」

 

「まあ、企業秘密ということで」

 

「………聞かなかったことにするわ、オレ。まだ死にたくないし」

 

「まあ、その方が無難ですよね。僕も言わなかったことにします」

 

はは、と笑った本宮さんは、胸ポケットに入れていた携帯電話が鳴ったのに気付いた。すいません、と軽く会釈して、携帯電話を取り出すと、ぴ、とボタンを押して高橋さんから距離を取る。

 

だれだ?奥さん?と口ぱくで聞いてくる高橋さんの興味津々なまなざしに苦笑いしながら、画面を見ると見たことがない番号だ。公衆電話ではない。携帯電話である。

 

誰だ、と眉を寄せた本宮さんに、高橋さんは不思議そうに見つめている。電波障害の影響を受けて回線が込み合っているのか、固定電話でさえつながりにくくなっている東京都内である。

 

大輔がサマーキャンプ先で豪雪に巻き込まれ、遭難しているという連絡を受けたまま、一向に繋がらなくなってしまったお母さんの電話を心待ちにしていた本宮さんは舌打ちした。

 

なぜか一発で通じてしまった電話である。もしかし、てもしかするのか、と警戒しながら、もしもし、と本宮さんは口を開いた。

 

『もしもし、お父さん?』

 

「えっと、その声は、大輔?!大輔なのか!?」

 

『え、あ、う、うん』

 

「見たことない番号だったから、誰かと思ったじゃないか。驚かせないでくれ。はああ、よかった、無事だったんだな。今、どこにいるんだ?サマーキャンプ?」

 

『ううん、今はお台場にいるんだ。サマーキャンプ、中止になっちゃったからさ、帰ってきたんだ。今は光子郎さんの携帯借りてるんだけど』

 

「帰ってきてるのか?そっか、そうなのか、とりあえず元気そうでよかった」

 

『今、忙しくない?仕事中みたいだけど、電話しても大丈夫だった?』

 

「ああ、大丈夫。今、ちょうど休憩中だからな。お母さんと連絡が取れなくなって、ずっと心配してたんだ、大輔の声が聞こえて安心したよ、これで仕事に集中できそうだ。えっと、泉君の携帯を借りてるんだったか、凄いな、泉君の携帯。こっちはお母さんと全然つながらなくてやきもきしてたのに、あっさりつながるなんて。よっぽどいい携帯を使ってるんだろうな。あとでお礼をするんだよ」

 

『うん、わかった!あ、そうそう、お父さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?』

 

「ん?」

 

『今、どこらへんで電波障害が起こってるか、知ってる?』

 

「え、なに、場所を教えろだって?知ってどうするんだよ、大輔」

 

『え、あ、いや、その……空先輩が、あの、えーっと、えーっと、何て言えばいいんだろ、先輩』

 

「武之内さんに何かあったのか?」

 

『うーん、なんていうか、そんな感じ?』

 

「泉君がいるのか?」

 

『あー、うん』

 

「ちょっと代ってくれるか?」

 

『わかった』

 

お願いします、と大輔は光子郎に泣きついた。本宮さんは苦笑いである。頭の中にあることをまとめて、相手に分かりやすい言葉で的確に伝えることが大の苦手な大輔に付き合っていたら、いつまでたっても話が進まないのはいつものことだ。

 

いつもなら、延々と長くなる代名詞ばっかりの説明を最後まで聞いてやる余裕があるのだが、いかんせん内容が内容である。

 

のんびり構えていられないと判断した本宮さんは、いつになく真剣な様子で携帯電話に出た小学校4年生を待った。

 

『もしもし、大輔君のお父さんですか?』

 

「ああ、そうだよ。泉光子郎君だったかな。いつも大輔にかまってくれてありがとう。携帯電話まで貸してくれたみたいで。お礼はまたさせてもらうよ」

 

『いえ、気にしないでください。それより』

 

「なにかあったのか?ずいぶんと切羽詰まってるみたいだけど」

 

『実は、その、武之内空さんと連絡がつかなくなったんです。こんな時間にゆりかもめに向かうのが窓から見えたので電話したんです。さっきまで電話してたんですけど、いきなり通じなくなって、どこにいるのか教えてくれたんですけど、上手く聞き取れなくて、何度電話しても通じなくて。ほら、女性ばっかり狙った通り魔事件があるでしょう?ちょっと心配なんです』

 

「お家には電話したのか?」

 

『はい、一応電話したんですけど、留守番電話でした。お母さんは華道の先生をしてるから、家には誰もいないって空さんが言ってました。お父さんもまだ帰ってきてないって』

 

「ああ、そう言えば京都の大学の先生だっけな」

 

『急に電話が通じなくなったので、電波障害が起こってる場所にいると思うんですけど……』

 

本宮さんが目くばせすると、高橋さんは大体の内容を把握したらしく、頷いて見せた。辺りを見渡すが、喫煙所に悠長に時間を潰している人間なんて2人しかいない。

 

「なるほど、たしかにこんな時間だと危ないな。わかった、ちょっと待っててくれ」

 

本宮さんは携帯片手にポケットから手帳を広げる。営業部にあるまじき情報量が書きこまれている今日の違法電波事件のニュースに目を走らせた。空が乗ったというゆりかもめの路線と照らし合わせて、本宮さんは言った。

 

「電波障害自体は、都内に円形に広がってるんだ。埼玉、品川、銀座、落窪って感じでね。でも、今、電波障害が特に酷いのは、光が丘全域、銀座通り、吉祥寺周辺、ってところだな。もしかしたら、武之内さんは銀座に行ったんじゃないか?8丁目には武之内さんのお母さんがやってる華道の事務所があるんだよ」

 

『そうなんですか、わかりました。こっちで連絡を取って見ます。ありがとうございました』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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