(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第163話

銀座から脱出した光子郎がまずしたことは、デジヴァイスの機能をコピーしてパソコンでプログラムを展開し、結界をはることだった。これで万が一ヴァンデモンたちと鉢合わせしたとしても、身を隠して、安全に作業をおこなうことができる。

 

そして、電波障害から解放されたパソコンをインターネットにつなぎ、光子郎はゲンナイにメールを送った。すぐに返信されたメールに添付されていたアドレスをクリックすると、光子郎のパソコン画面が大きなスクリーン画面に切り替わる。

 

認証を求めるデジ文字が並べられる。予め知っていたパスワードを入力した光子郎を待っていたのは、また別の認証画面だ。光子郎はパソコンのUSB端子にデジヴァイスを接続し、選ばれし子供であることを証明した。

 

デジヴァイスの画面が発光し、点滅する。データを認証した巨大なスクリーン画面には、鉄の扉が表示された。ゲンナイたちネットワークセキュリティが急ピッチで構築を進めているデジタルゲートである。

 

ここをくぐればインターネットの回線に潜り込むことができるのだ。そして、迷路のように入り組んだネット回線を進んでいくと、ゲートポイントという球体の空間に出ることができる。

 

そこは銀座エリアのすべてのインターネット画面が閲覧できる場所であり、バケモン達が銀座の人たちを引きずり込んで拉致している可能性が極めて高い場所だった。

 

銀座は電波障害が発生していて、インターネット回線を捕捉することができないので、どうしても隣の区角から侵入することになったのである。光子郎のパソコンから突入するとなれば、現実世界に入り口を確保しておかなければならない。

 

さすがにパソコンを置き去りにしてデジタルゲートが開いたままの状態にしておくことはできない。完全体に進化することができるのはテントモンとピヨモンだが、大輔はまったくパソコンに詳しくないのでナビゲータ役は不可能だ。

 

そうなると自動的にバックアップは光子郎という流れになる。お母さんが誘拐されてしまっている、という異常事態を前にして、冷静でいられるほど空はつよくない。

 

ピヨモンも空の精神に引きずられて、コンディションはいつものように保てる保証はないから、空たちだけを送り込むことなんて出来るわけがない。だから、大輔たちがいた方がかえって空は万全を期すことができるのだった。

 

少なくてもバケモン達がいるのは事実だ。一人より二人の方がずっといい。それに光子郎がそちらにいけないだけであって、テントモンが同行できない、というわけではないのだ。アトラーカブテリモンに進化できるようになってから日数にして60日である。

 

完全体の状態を長時間にわたって維持できるのは、ピヨモンもテントモンも同様だった。万全を期すならデジモン達が完全体、成熟期になってからデジタルゲートを潜り抜ければよかったのだろうが、さすがに3体も一度に受け入れてフリーズしないほど光子郎のパソコンはハイスペックじゃなかった。

 

アトラーカブテリモンでさえ、砂時計が何度かくるくる回り、あきらかに動作が重くなる不具合が発生し始めている。ここに空と大輔を送り込むのだ。最低限の進化しかここでは出来なかったのである。

 

 

「空さん、大輔君、気を付けて。何かあったらすぐに連絡してください」

 

 

わかったわ、と空はうなずいた。いきましょ、空さん、と大輔は先を促す。空の手には渡された携帯電話がある。さすがにテレビ電話は容量が重すぎて、光子郎のパソコンでも同時進行で展開は出来ないが、メール機能を使えばそのかぎりではない。

 

こんなことなら姉ちゃんのPHS持ってくればよかった、と思いながら、大輔は空に促されてデジタルゲートのまえにたつ。

 

 

「しっかり捕まっててや。ほな、いくで!」

 

 

赤いフォルムは、特別の証だ。カブテリモンよりも飛行能力が少し退化したかわりに、高い筋力を獲得した完全体は、頭のてっぺんににある角は巨大化している。そして全体を覆う装甲は硬質化していて、高い防御力を発揮する。

 

デジモンアナライザーでは、青いはずのフォルムは、カブテリモンから継承されたものだが、全体的に大きくて丸く、太くなっている。どっしりとした身体に乗り、空たちは駆ける。

 

そして、四角い光を潜り抜けてインターネットの世界にとびこんだ。

 

真っ白な世界に包まれる。空たちの体が1と0のデータに分解され、変換され、そして再構築される。気付いた時には、空たちはインターネットの中にいた。

 

 

『どんな感じですか、あたりの様子は?気を付けてくださいね、何があるかわかりませんから』

 

 

不思議な反響があたりに木霊する。まるで頭の中に直接話しかけられているような、錯覚に襲われる。ふりかえれば、四角い画面の向こう側で心配そうに空たちを見守っている光子郎がいた。

 

まるでテレビに映る人間みたいだ。でも、それは光子郎からみても同じことがいえるのだろう。空たちは注意深くあたりを見渡した。

 

 

「暗いわねえ」

 

「そうっすね、やっぱネットにも夜ってあるのかな」

 

「ううん、そんなはずないわ。だってここはデジタルワールドじゃないのよ、大輔君。インターネットの回線の中なんでしょう?だったら、私たちがアメリカのゲートに転送されそうになった時に、ゲンナイさんたちが助けてくれたときに放り出された空間とおなじところじゃないとおかしいわ」

 

 

そこは空たちが知っている、デジタルワールドと現実世界を繋ぐネットワークのトンネルとは、ずいぶんと雰囲気がさまがわりしていた。この空間を訪れるのは2回目だ。

 

今から5時間ほど前、選ばれし子供たちがアメリカのデジタルゲートを開いて、現実世界に放り出される寸前に、緊急転送されたのは臨時のゲートポイントだった。

 

ヴァンデモン勢力に乗っ取られた光が丘のゲートポイントから追い出されたなっちゃんの活動拠点である。そこからサマーキャンプがある信州地方のネットワークに転送されて、現実世界に帰還するはめになった空たちは、ゲートポイントからデジタルゲートまで距離があったからしばらく歩かされたのだ。

 

信州地方にあるインターネットのトンネルはとても明るかった。インターネットを利用しているパソコンの画面から利用者の部屋がのぞけたし、インターネットサービスを行っている会社のたくさんの画面がトンネルにたくさん張り出されていたからである。

 

巨大な円形にくりぬかれたトンネルは、上も下も四角いディスプレイが表示され、そこからいろんな人達の生活がのぞき見えたのは記憶に新しい。インターネットを利用していないディスプレイは鋼色の鉄格子が降りていて、頑丈なシャッターが封鎖してしまっている。

 

そして巨大な錠がかけられていた。空たちが移動した時には、発光する四角い世界がならんでいるなかに、ぽつぽつとシミがある程度の認識だった。しかし、空たちが今いる空間は、発光している四角い世界はたったひとつしかない。光子郎がいるディスプレイしかないのだ。

 

他のたくさん並んでいるディスプレイは全てシャッターが閉められ、錠がかけられ、鉄格子が降りている。ちょっとやそっとじゃびくともしない。まるで深夜のシャッター街のように、不気味に静まりかえっている。

 

光源が光子郎のいる画面しかないせいで、不自然なまでに薄暗いインターネットのトンネルが広がっている。これから大輔たちが向かうトンネルの先は、なんの光もない、真っ暗な世界が広がっていた。

 

それを事細かに報告する大輔たちに、そうですか、と光子郎は口元を結んだ。

 

 

『なっちゃんが光が丘のゲートポイントから追い出された時と似たような状況ですね。すべてのデジタルゲートが閉じられていて、巨大な密室空間が広がってるってところでしょうか。

 

現実世界にデジモンたちが現れていないかばかり注視していたせいで、すっかり忘れてました。僕が考えていた以上に早いスピードで、ヴァンデモンたちは東京に勢力を拡大してるみたいですね。

 

気をつけてください、空さん、大輔君。きっとそこにいるのは、ヴァンデモンの配下、直属の部下クラスのデジモンに違いありません』

 

 

「気を引きしめていきましょう、大輔君」

 

「無理せんといてや、大輔」

 

「はい」

 

 

大輔はしっかりと頷いた。そして、アトラーカブテリモンを先頭に、大輔たちは敵が拠点をはっている銀座エリアに続くトンネルを進むことにしたのだった。

 

 

それに気づいたのは、銀座エリアに広がるインターネットに突入したときだった。なんだろう、これ、と大輔は首をかしげた。まるで雲の中にでもいるみたいだった。視界は最悪だ。灰色がかった霧、もしくはもや、煙に覆われている世界は、どこまでも広がっている。

 

息苦しさは感じないから有害なものではないと思うが、感覚的に感じるものはなにもないため、自然現象ではなさそうである。どうみても人工的に発生しているものだ。

 

かろうじて。今、空たちは大きな円柱が横たわっているような空間にいることがぼんやりとしている輪郭でなんとなくわかる。光子郎のパソコンから空中に放り出される形で到着した空たちは、ここでブイモンたちを進化させ、それぞれのパートナーに身を寄せた。

 

そのまんなか辺りを飛行しているアトラーカブテリモンは、こっちや、と豪快に羽音を響かせながら移動を開始した。その視線の先には、NEXTという新設の看板が表示されている。びゅうびゅうと強風にあおられながら、大輔はエクスブイモンの背中にしがみつく。

 

空はバードラモンから振り落とされないように大きな蹄に捕まった。どうやら光子郎が道案内してくれるようだ。気を付けて、とバードラモンが言う。油断しちゃだめだよ、とエクスブイモンは注意を喚起した。

 

 

「なんか、なんか変だよ、大輔」

 

「なにがだよ?」

 

「オレ、これ嫌いだ。なんかやな感じがする。あちこちにデジモンの気配がするのに、全然分かんないんだ」

 

「隠れてんのかな」

 

「それもあるけど、迷い込んだやつを外に出さないようにしてるんだよ、きっと」

 

 

ネット回線の途中途中には、ゲートポイントに向かうための看板や文字列が表示されていることが多いのに、こうも濃霧注意報では目印を確認することができない。

 

銀座エリアのネット回線マップを照合しながら、大輔たちを誘導してくれる光子郎がいなかったら、間違いなく迷子になってしまったに違いない。

 

似たような光景が広がる円柱の空間は、時々枝分かれしたり、合流したりを繰り返しながら先へ先へと大輔たちを進めていった。誘拐された銀座の人たちが運よくゲートポイントから脱出できたとしても、パソコンの中に拉致されたなんて誰も思わない。

 

どうやって現実世界にかえるのか、全く知らない以上、普通の人間は脱出すること自体不可能だと言っていい。なんてタチの悪い、と空は顔をゆがませた。

 

 

「ねえ、空。この霧は2種類あるわ」

 

「2つ?え、どういうこと?エクスブイモンが言ってる、迷い込ませるための霧だけじゃないの?あと、ひとつは?」

 

 

確認を取ろうとした空たちを待っていたのは、危ない、逃げてください!というホログラムの絶叫だった。ほんの数十メートルすらろくに見えない空間の中で、目と鼻の先である。あまりにも巨大な、鋭利に鈍色に光るシルエットが大輔たちを刈り取るために待ち構えていたのだ。

 

間一髪だった。アトラーカブテリモンが急上昇を開始する。エクスブイモンは真っ白な翼を広げて水天直下。バードラモンは大きく曲線を描いて急激な方向転換をよぎなくされた。

 

振り落とされそうになって、あわててしがみついた空は、びっくりして前を見つめる。さっき避けたはずの敵の影が攻撃を回避した方角に突然出現したからである。さっきの影とはまた違うデザインのシルエットが浮かび上がる。

 

もう攻撃を回避するには時間がない。煙を突き破って現れたのは巨大な鎌を持った死神だった。間に合う!?じりじりじり、と蓄えていったエネルギーを一気に爆発させる。バードラモンは、超至近距離で死神目掛けて、必殺技を打ち込んだのだった。

 

 

 

風が咆哮する。薙ぎ払われた白いもやは、かきわけてもかきわけても真っ白なまま、世界を染め上げている。まるで真っ逆さまに落っこちていくように、背後からせまりくる驚異から逃げる真っ黒な竜にまたがりながら、大輔は必死でしがみついていた。

 

紐で括りつけてあるデジヴァイスと紋章が、ばたばたばたと風に煽られて暴れている。エクスブイモンが突然の奇襲から逃げ延びるために急な方今転換をしたとき、まるでエクスブイモンの軌道を先読みしていたかのように、待ちかまえていた新手。焦りばかりが先走る。

 

どうしよう、どうしよう、と気がすっかり動転している大輔を背中に乗せて、エクスブイモンはひたすらに一番下を目指す。エクスブイモンは、一気に加速した。

 

 

ごおお、と白いもやが横になぎ払われる。不気味な目が装飾されている黄金色のペンダントが、鎖のきしみとともに不気味に揺れた。真っ黒なシルエットがエクスブイモンのまえに立ちふさがる。巨大な鎌を振りかざした死神に、エクスブイモンは青い雷撃をたたき込んだ。

 

死神に直撃したようにみえたが、たいした手ごたえもなく正体不明の死神は霧の中に四散して消えてしまう。ゆらゆらと真っ黒な布地のシルエットだけ残して、たくさんの粒子状になった光は霧の中に解けてしまった。

 

エクスブイモンは舌打ちをする。まただ、とのつぶやきに、大輔はエクスブイモンがいらつき始めていることに気がついた。手応えがまるでないんだ、とエクスブイモンは言う。このあたりに存在しているデジモンの気配は、あきらかに成熟期以上の存在を放っているくせに、エクスブイモンの蒼雷にあっさり退却する。

 

その気配はまちがいなく、何度も何度も執拗に襲いかかってくる死神からくるクセに、姿を現したやつは肩すかし。あきらかに遊ばれている。成熟期のエクスブイモンにとっては、あきらかに格上の相手であるにもかかわらず、あっさり倒されてしまうほどあの死神は弱くないはずだ。

 

エクスブイモンは不満げにあたりを見渡す。デジモンの気配がするのに方角がまったくわからない。まるでホエーモンに飲み込まれてしまった時のように、四方八方からデジモンの気配がするのだ。これじゃあ落ち着けない。

 

大輔にデジモンアナライザーで死神の正体を突き止めて欲しい所だが、無防備なところに奇襲でもかけられたらひとたまりもない。空中戦は、四方八方が危険域だった。

 

警戒態勢を維持したまま、エクスブイモンは大輔が体勢を立て直すためにその場に停止した。突然の垂直移動だった。あやうく振り落とされるところだった大輔は、ようやく平行になってくれたエクスブイモンにほっとする。

 

 

「ごめん、大丈夫か?大輔」

 

「オレは大丈夫だけどさ」

 

 

大輔はもやに閉ざされている上空を見上げた。

 

 

「それにしても、結構下の方に来ちゃったなあ」

 

「空たちと離れちゃったな、大輔」

 

 

きょろきょろ、とあたりを見回す大輔の目の前には、さっきよりもずいぶんと薄くなっているもやが広がっている。ほんの少し降下すれば地面に辿り着くに違いない。

 

徒歩で移動するには不便すぎるので、エクスブイモン一択なのは変わらないが、地面の部分はずいぶんともやが薄い。まるで上に行くにしたがって濃くなっていくようだ。

 

ネット回線を移動するのは下の方がよかったのかもしれない。これなら、さっきみたいに視界不良の白もやに乗じて奇襲をかけられて、分断されてしまう、ということもなかったのではないだろうか。

 

どうしよう、はやいとこ戻って、空さんたちど合流した方がいいんじゃないかって考え始めたときだった。依然としてあたりの警戒に神経をとがらせているエクスブイモンは、目のいろを変えた。

 

 

「まあ、それが、こいつの目的なんだろうけどさ!」

 

 

「え?」

 

 

まっしろいもやの広がる上空が下に、かろうじてみえる歪曲の壁が上に、ぐるん、と回転した。反転する世界。大輔が見たのは、ハザードマークが刻まれた真っ赤なフードを被った真っ黒な影からのぞく真っ青な目。

 

バケモンのようにボロボロに翻る灰色の布地。首飾りには、真っ赤な眼孔がぎょろぎょろと動き、顔を引きつらせた大輔を歪んで写す目玉が収められている。

 

じゃらじゃら、と不気味な目の彫刻があしらわれた重石が空中を踊る。黄金色の大きな鎌が大輔の頭すれすれをかすめた。ごおお、と風が産み落とされ、エクスブイモンは一気に上昇し、ようやく姿を現した本体と距離をとる。大輔はようやく元に戻った世界に、あっぶねえ!と叫んだ。

 

間髪入れずに轟々と燃えている砲弾が死神に向かって打ち込まれる。燃えるかに思われた布地は大きく翻り、かわりに乾いた金属音が辺りに反響した。切り裂かれた炎はあっさりと歪曲している壁に直撃して燃え尽きる。

 

どんどん上昇していくエクスブイモン。雷撃も火炎技も効いていないとなれば、相手は間違いなく完全体である。バケモンと似た風貌をしている死神は、きっと進化系列に名前を連ねているに違いない。

 

一言も言葉を口にしないのは、たんなる寡黙なのか、それとも本気を出すに値しないおもちゃだから遊んでいるにすぎないのか、さすがにエクスブイモンには分からない。

 

わかるのは、なんとかしてここを切り抜けなければ死ぬと言うことダケだった。平然としている死に神にたまらず大輔は声を上げる。

 

 

「なんでだよ、おかしいだろ。なんで全然効いてないんだよ、何度も直撃してんのに!」

 

 

いくら完全体の性能が成熟期10体分に相当するとしても、エクスブイモンの繰り出してきた攻撃のダメージが全く現れないのはいくら何でもおかしすぎる。

 

規格外にも程がある個体なのだろうか、さすがに大輔にはそこまで分からない。大輔の切実な叫びに、エクスブイモンは首を振った。ぎょろぎょろとした赤い目のペンダントがエクスブイモンたちを見つめている。

 

 

「ちがう、あいつは一度もオレの攻撃は当たってないよ、大輔」

 

「えっ、嘘だろ。さっきの雷、絶対当たったって!」

 

「でも炎は壁に当たって消えたんだ。明らかに避けられてるよ」

 

「あんな至近距離で打ったのに?!どんだけはえーんだよ!」

 

 

エクスブイモンは滑空する。迫りくる追っ手を牽制するために放たれたX字の光線は、あっけなく白いもやの向こうに消えてしまった。あーっと大輔が叫ぶ。

 

びゅおん、と空を切り裂く鎌をかわしたエクスブイモンが空を舞った。しかし、鎌は軌道を変えてエクスブイモンをまっぷたつにしようと執拗に狙っている。

 

なんとか避けきっているが、ここまで理不尽なまでに先読みをされると恐ろしくなってくる。神出鬼没で動きが読めるほど単純な行動をしていない死に神。やっかいにもほどがある相手にエクスブイモンは頭からがぶりと噛み付こうとした。

 

しかし、いつのまにか脱出してしまった死に神はふたたび大きな鎌を振り上げる。真っ赤な目は執拗にエクスブイモンたちを追い続けていた。

 

 

「ちがう、避けてんじゃない!すり抜けてんだよ、あいつ!雷も炎も、あいつを素通りしちゃうんだ!」

 

「なんだって!?」

 

「なんだよ、あいつ!わけわかんねえ!鎌持ってるってことは、実体化してるってことだろ!?何で攻撃が通んないんだよ!これじゃまるで幽霊じゃねーかあっ!」

 

 

すっかり涙目な大輔に、エクスブイモンは、何かに気づいた様子で顔を上げた。バケモンと逢ったことがある空の話を思い出したのである。黒い歯車に操られていたバケモンたちがたくさんあつまって、一体の大きなバケモンになって、空たちに襲いかかってきた。

 

未だに空と丈は巨大なバケモンを撃退できたのか、当時はさっぱり分かっていなかった。でも、デジモンがどういう存在なのか分かっている今なら、ある程度予想はたてられるというものだ。

 

バケモンは幽霊のデータから生まれたデジモンだったから、浄化する作用があるデジヴァイスの光や空や丈のお葬式の真似事に弱かった。弱体化してしまったところに、ワクチン種であるイッカクモンとバードラモンの猛攻、ウィルス種であるバケモンには効果が抜群、あっけなく倒れたのではないか、と空たちは考えた訳である。

 

デジヴァイスの光はプログラムを正常化させる機能があるのだ。たったひとつのコンピュータウィルスから派生して発展してきたデジモンは、先祖の性質を一番受け継いでいるウィルス、それに対抗するためのデジゲノムを組み込まれたことで生まれたワクチン、そのワクチンのデータで身を守る性質を持つデータ種という種類にわかれた。

 

だからコンピュータウィルスと限りなく似たデータ構成をしているウィルス種にとって、デジヴァイスの光は天敵中の天敵なのだ、しかも浄化という作用も不随する。利用しない手はない。エクスブイモンは声を張り上げた。

 

 

「大輔、デジヴァイス!」

 

「えっ!?」

 

「だから、デジヴァイスっ!いいからあいつに向けてみるんだ、急いで!」

 

 

訳が分からないままヒモをたぐり寄せてデジヴァイスを掲げた大輔は、死に神に浄化の光が降り注ぐのを見た。耳をつんざくような絶叫が響き渡る。大輔のデジヴァイスから放たれた四角い光は、鮮やかな閃光となって死に神を貫いたのである。 

 

まぶたの裏に残る残像をしばしばさせながら大輔がみたのは、真っ赤なマントと灰色の布きれに豪快に開けられたまん丸に開いた空洞である。そこには見たこともない澄んだ色をしている球体が浮かんでいた。

 

あきらかにのたうち回っている死に神は、大きな鎌を持つ力すら出せないのか、得物をはなしてしまう。ひゅんひゅん、と回転しながら沈んでいく大きな鎌。乾いた金属音が遠くで聞こえた気がした。

 

 

「これデジコア?」

 

 

「違う、こいつはデジコアじゃない。デジヴァイスの光に反応するならウィルス種だ。ウィルス種のデジコアは真っ黒に滲んでるのが普通なんだよ、大輔。なのにこいつのデジコアは澄みすぎてる。ガラスみたいだ。ワクチン種だって、データ種だって、ここまできれいなやつはないよ。今まで生きてきた魂の軌跡が刻まれてるデジコアがこんな空っぽな色をしてる訳が無いじゃないか」

 

 

もちろんエクスブイモンはデジコアをみたことがあるわけではない。でも、デジモンとしての本能が叫ぶのである。ぞっとするほど美しい、マガイモノみたいにきれいなデジコアを持っているこいつはなんだ。

 

ほんとうにデジモンなのか?少なくてもエクスブイモンとしての本能は、目の前の死に神をデジモンだと認めることを拒否した。だいたい、構成するデータすら粉砕されるほどの攻撃をくらったら、本来なら傷が入ったり、粉砕痕が残ったりするのが普通だ。

 

そしたらかつてのナノモンのように不具合が発生するはずである。とても五体満足ではいられない。それなのに、目の前の死に神は構成しているデータを再構築し始めている。体が復元され始めている。あたりに四散したはずのデータがゆっくりと本来のあるべき所に戻っていこうとしていた。

 

亀裂すら入らないデジコアなんてあってはならないのである。それはこのデジモンが絶対に死なない個体である証だ。アンデット型のデジモンだっているとはいえ、弱点にさらされれば容赦なく消滅するのが世の節理なのだ。

 

でも絶対に壊れないデジコアがあるとしたら理論上はデジモンは何度でも復活できることになる。さすがにそれはデジモンではない。もはやべつのおぞましい何かだった。

 

こいつは危険だ、ガンガン警鐘を鳴らしてくる本能に従って、エクスブイモンは容赦なくさらされているデジモン全ての弱点目掛けて一撃必殺を放ったのだった。

 

 

X字のレーザーに貫かれた死に神は、なすすべなく歪曲している壁に打ち付けられ、ずるずると沈んでいった。エクスレイザーの通った後がトンネルのようにクリアになる。

 

やがて空気の流れによって世界は白いもやに包まれ始めた。エクスブイモンは視線を外さない。警戒を強めたまま、戦闘態勢にはいる。大輔はまだ何かあるのかと息を飲んだ。

 

 

「・・・・・・」

 

「どうしたんだよ」

 

「どうかしてる」

 

「え?」

 

「本当にどうかしてるよ。暗黒の力に魅入られると、ここまでおぞましいことができるんだな」

 

「?」

 

「初めからそういうデジモンだったら、オレはなんにもいわないよ。思うところはあるけどさ。オレたちが生きてた頃とはもう違うんだ。鋼の帝国に造られたデジモンも、普通のデジモンとして生きてるのが今のデジタルワールドなんだから」

 

 

エクスブイモンの視線の先には、デジヴァイスの光によってオブラートを引きはがされ、あるべき姿に構築し直された死に神が姿を現した。表側は真っ黒で裏側は真っ赤な、ぼろぼろのマントをなびかせて、そいつはあらわれた。

 

大輔は息を飲んだ。肉がはがれ落ち、頭蓋骨だけになったそいつは、異様な姿をしていた。頭蓋骨から伸びる首の骨、そこにはむき出しの真っ赤な球体がある。

 

さらに下の方には、エネルギー源である機会で覆われたデジコアがあった。両手の部分は骨すらなく、眩しい光によってボルトがむき出しの義手が繋がっている。

 

死神のような体を全身機械化したサイボーグ型デジモンだった。エネルギー状の鎌は、異様な怪奇音を響かせながら妖しげな光を放っている。

 

 

「こいつは初めからこの姿じゃないよ、大輔。あとからサイボーグ化したんだ。無理な改造をしたもんだから、デジコアに亀裂が入ってる。これじゃあ、しゃべれるかどうかも怪しいよ。理性を構成してるところがぶっこわれてる。よく見といて、大輔。あれがウィルス種のデジコアだ」

 

 

それは黒真珠のように輝いていた。

 

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