深紅の瞳が咆哮する。その決死の覚悟が、腕の中に抱かれている大輔の耳に、はっきりと届く。大輔をだく、エクスブイモンの腕の力が強くなる。そのとき、大輔は右手に違和感を覚えて、視線を落とした。
ほのかに温かい。握られ続けて、ぬくもりがうつったのかと思ったが、それにしてはあまりにも右手に握られているものたちが熱を帯びていた。
強がりでしかないじゃないか、と死神が指摘すると、うるさい、とエクスブイモンは怒鳴りつける。大輔はそっと右手を開く。それでもなお立ち向かおうとするなんて、滑稽だねえ、おまえ!と死神は甲高く声を震わせる。
だまれ、とエクスブイモンは嘲笑する死神に向かって、叫んだ。大輔は、手のひらにあるデジヴァイスと紋章を見つめる。熱を帯びているのは、デジヴァイスではなく紋章だった。
黄金色に輝いている、奇跡の紋章だった。デジヴァイスと紋章を、強く、強く、大輔は握り締める。エクスブイモンと大輔の心の中にある力が、溢れ出すのをはっきりと感じることができた。
黄金色の輝きは、小さな少年の右手という小さなものから、次第に直視できなくなる。強烈な眩さをおびていく。あまりにも鮮やかな光は、やがて世界を金色に塗り潰した。
タグから解き放たれた紋章は、大輔とエクスブイモンの負担を軽減するために、想いのチカラを制限して開放する。
そして、リミッター付きとはいえ、解放された想いのチカラは、あまりにも美しいものだった。
神々しい光をおびながら、奇跡の紋章が大輔とエクスブイモンに降り注ぐ。あまりにも眩しい光に阻まれて、死神は大輔たちに近づくことができない。呪詛のような言葉を吐きながら、大きく後退した。
奇跡の紋章に守られながら、真っ白なデジヴァイスが、光沢を帯びるデザインにかわっていく。奇跡の紋章とおなじ色に染まったデジヴァイスは、今までにない振動をもって大輔の手のひらで暴れ始める。
あまりの衝撃に右手だけではささえきれなくなり、両手でしっかりとデジヴァイスを包み込んだ。すると、ディスプレイが発光し、四角い光が、金色に染まっている霧の世界をまっすぐに貫いたのである。
突き抜ける光。凄まじい速さで銀座のネット回線を通り抜け、デジタルゲートをくぐり、となりの町にあるゲートポイントに到達する。大輔たちの安否を心配する光子郎、現実世界にいるデジモンたちの送還に尽力するなっちゃんは、流れ星を見た。
デジタルワールドに転送された光は、セキュリティシステムの関門を突破し、エクスブイモンの進化ツリーが存在しているデジタルワールドの中枢にまでたどり着く。
そして、ようやく、行き詰まりを見せていたエクスブイモンの進化ツリーは、新しい進化経路を切り開く。ダウンロードされたデータが飛び去る光景を目撃したゲンナイは、デジタルゲートの構築作業を再開した。
四角柱の光が走る。目の前にあふれてくるデジヴァイスの光とは、比べ物にならないほど猛々しいきらめき。まるで流れ星のように光の粒子を振りまきながら、まばゆい光の尾を引いて飛来する。
そして、その光は一直線に大輔のデジヴァイスに降り注ぐ。デジヴァイスの振動と熱が最高潮に達する。ディスプレイからはじき出されたデータのかけらたちは、まるで花火のように、わずかな時間、宙を舞う。
しかし、あっという間に消えてしまった。残されたのは、大輔の手のひらの中で、あふれんばかりの光を産み出し、振動を続けているデジヴァイス。
ディスプレイには、すべてのデータがそろった、ダウンロードを開始する、という英文が踊っている。大輔はエクスブイモンを見上げた。エクスブイモンは黄金色の世界の中心で咆哮する。大輔の目の前で、エクスブイモンはデジヴァイスの光に包まれた。
ジョイントプログレス、という英単語が表示された。エクスブイモンとデジヴァイスの中にデータのみ存在するスナイモンが融合しはじめる。
エクスブイモンは現代種に進化しているとはいえ、純粋な古代種の生き残りである。そしてスナイモンは、ブイモンと共通の祖先をもつ古代種から枝分かれした派生種をサンプルに作られた人工デジモンの末裔である。
遥か昔。共通の因子と共通のルーツをもつデジモン同士でのみ可能だった融合は、鋼の帝国の失われた技術によりサンプルから生まれた人工デジモンとの融合でも成功することが実証されている。
だからこそ、可能となった進化だった。これはエクスブイモンとスナイモンが、外見や種族、属性が違うにもかかわらず、同一の種だからできるのだ。
ジョグレスの前の個体が同じだからこそ、ジョグレス後の姿も原型をとどめており、拒絶反応を起こさない。拒否反応は起きなかった。
2つのデジコアに存在するデジゲノムはすべて新しいデジゲノムとして1つに統合され、スナイモンでもエクスブイモンでもない全く新しい種のデジモンを作り出す。
エクスブイモンがスナイモンのデータをロードし、優先的に取り込むことで、エクスブイモンを基盤にしたより上位の進化段階に進んだ。
竜としての特性、昆虫としてのスピードと防御力を兼ね備えた、龍人型デジモンが、今ここに降臨する。本来、このデジモンにはウィルス種は存在しないとされてきた。
しかし、融合の基盤となった上、融合するうえで優位な立場にいるエクスブイモンはウィルス種である。スナイモンがウィルス種に対して、排除本能と対抗手段を持つウィルスバスターの因子を持っているとしても、ロードされる側に過ぎない。
2体のデジモンの融合において、主体はエクスブイモンだった。そして、どちらも現代種のデジモンだったことがイレギュラーを巻き起こす。
進化ツリーは規則的な進化から派生に分岐する。ウィルス種でありながら、ウィルス種に対して、排除本能と対抗手段を持つウィルスバスターの性質を持った融合体が、誕生した。
それは、漆黒の竜人だった。
黒いドラゴンの肉体をベースに、スナイモンの甲殻をまとい、顔は赤い角が印象的な兜をかぶっている。まるでテクニカルジャケットのような兵装を身にまとい、腰のあたりには巨大な重機関砲がのぞく。
猛獣の爪を模したような、フック状の武器が手甲からのびている。どうやら手甲にも仕込みがあるようだ。大輔を片時もはなさないように、しっかりと抱きしめる鋭利な鉤爪は優しい。完全体のウィルス種は空を舞った。
「大輔」
響き渡るのは、エクスブイモンのときよりも、さらに重厚になった男の優しい声だ。大輔は顔を上げた。優しそうに目を細める赤い瞳が、赤い甲冑ごしから伺える。
チビモン、ブイモン、エクスブイモンと共通してきた、大輔がよく知っている相棒の眼差しは健在だった。ゲンナイによればロードしたスナイモンは、ダークエリアの海に漂っていたデジゲノムだという。
スナイモンは、生きている個体ではない。データとして回収し、プログラムに組み込んだにすぎない。
だから、融合したとはいえ、このデジモンの主人格はエクスブイモンと考えてよさそうである。かっけえ、とつぶやいた大輔の顔は、きらきらと輝いている。
「すっげえ!かっけえ!かっけえよ、お前!やっと進化できたな!完全体だっけ、おめでとう!」
嬉しそうに、相棒はうなずいた。
「ありがとう、大輔。大輔のおかげで、オレはここまで強くなれたんだ。まだまだ、オレは強くなる。だから、これからもそばにいてくれ」
「おう!」
大輔は力強くうなづいた。
パイルドラモン、それが新しい相棒の名前である。
白い霧が漂う空間が黄金色に染まる。白く光る球体から円を描くように、光の波紋が幾重にもひろがっていく。黄金色の光はオレンジ、黄色、と次第に色味を失っていき、遠ざかるほどに霧にとけていった。
すべての輪郭が曖昧になっている世界は、まるで朝日が昇る霧の日に似ている。神秘的な光景で浮かび上がるのは、その輝きを刈り取ろうとする死神の巨大な鎌の影だけである。
あまりの輝きに近づくことすらできない死神は、標的をとらえるために攻撃態勢に入る。鎌のシルエットが、どんどん大きくなっていく。より鋭利に、より禍々しく、膨大なエネルギーを放出する。
弓なりに放射しているエネルギー波の鎌を高々と掲げた死神は、どんな装甲だろうが盾だろうがすり抜けてしまう機械音で世界を満たし始めた。これでこの鎌の射程範囲に入ったが最後、どんなに強靭な武装もすりぬけて、確実に標的のデジコアを刈り取ることができるのだ。
たとえ相手が完全体に進化したとしても、この死神が今の姿に進化してからの年数ははるかに凌ぐのだ。普通に考えて、こちらのほうが格上である。
そう、サイボーグ型デジモンは判断した。ただしくはこの個体にエネルギーを供給している異次元の住人は、一部始終をこの死神の目を通して、判断した。
死神は魂に飢えているのだ。この光の先にいる、選ばれし子供のパートナーに奇襲をかけるべく、死神は空間いっぱいに巨大化した鎌を振り下ろした。
しかし、その矛先が標的に届くことはなかった。
黄金色の煌きからワイヤー状に伸びるいくつもの刃が、死神の鎌に襲いかかったのである。
見上げるほど巨大な鎌のシルエットが空を切る音が木霊する。ぴたり、と死神の鎌はその動きを静止した。
放射しているエネルギー波をものともせず、幾重にも絡みつくワイヤー状の鉤爪が得物と死神の動きを封じているのだ。懸命に振りほどこうともがく死神は、自らの判断が致命的なミスだったと悟ることになる。
「デスペラードブラスターッ!!」
突如、黄金色の光から出現したのは、漆黒の影。凄まじい轟音と衝撃。漂い始める硝煙の匂い。それに伴って発生した爆風が、すべてを吹き飛ばす。
黄金色のきらめきも、白い霧も吹き飛ばし、シャッターが並んだ歪曲の壁と床を出現させた。ここが薄暗いインターネットのトンネルの中なのだと教えてくれる光景は、次第に広がっていく。
そして、発射された無数のシルエットは、まるで雨が降っているようだった。音速をはるかに超える速度で発射された弾幕が、死神めがけて降り注いだのである。はるか上空からの狙撃であるにもかかわらず、エネルギーを供給しているコアめがけて、弾丸がいくつも命中する。
被弾する。もし、この死神が生身の体を持っていたら、痛みを感じる前に死んでいたに違いない。すでにデジコアを侵食するほど機械化されているサイボーグ型デジモンは、痛覚などとうの昔に破棄されている。
異常音が鳴り響き、不自然なところから火花が散る。砕け散っていく装甲、そして引き裂かれていく真っ黒なマント。唯一攻撃を防げたはずの鎌を封じられてしまっていた死神は、無防備な姿を弾丸の雨に晒しながら、その驚異的な破壊力の前になすすべなく砕け散っていく。
被弾し続けたコアは、ぱりん、と乾いた音を立てて砕け散る。エネルギーを供給する異次元の住人の目となり耳となっていた機械仕掛けの死神は、巨大化していた鎌を放棄した。
悪魔が彫刻された杖が鉤爪に巻き上げられていく。役目を終えたワイヤーがものすごい勢いで巻き戻り、パイルドラモンの仕込み装甲の中にすべての鉤爪が収まった。
かちん、という音を立ててはじかれた杖が宙を舞う。2つの重機関砲は、容赦なく死神の鎌だったものに牙を向いた。あっという間に食われていく。自由自在に浮遊する義手と胴体をつなげていた電気が足りなくなり、ばち、ばち、というわずかな静電気を残して、電気が流れなくなってしまった。
まるで両腕を切断されてしまったように、支えを失った義手が落下する。重々しい金属の砕け散る音がした。そして、すっかりボロボロになり、蜂の巣になってしまったマントを翻しながら、死神はなすすべなく地面に沈んだ。
気づけば、あたりに立ち込めていた霧は、すっかり晴れている。広がるのは、薄暗いトンネルだけだ。
新手の出現を警戒していたパイルドラモンは、しばらくのあいだ、戦闘態勢を崩さなかった。しかし、バードラモンやカブテリモンたちが他に潜んでいたであろう敵を一掃してくれたのか、敵意を持つデジモンの気配が感じられない。
いくぞ、大輔、と告げたパイルドラモンは、はるか遠くに沈んでいった死神を追いかけて、再びトンネルの道に降下した。
どおおおんっという爆発音が響き渡った。
驚いて降下を中止したパイルドラモンは、昇る白煙と砂埃を吹き飛ばす。その先にあったのは、不自然なクレーター。爆発四散したのは、どうやら死神の頭蓋骨だったようだ。
いったいなにが埋め込まれていたのか、今となっては見当もつかない。とりあえず、証拠隠滅の先手を打たれてしまったことは事実だ。あの死神の頭蓋骨から見えた謎の光、そして声の正体をしることは、これでできなくなってしまった。
舌打ちをしたパイルドラモンは、そのクレーターのすぐ近くに大輔をおろす。ようやく降ろしてもらった大輔は、息を飲んだ。デスペラードブラスターの威力は凄まじい、のひとことにつきる。
歩くことすら億劫になるほどの瓦礫を量産する大惨事になっていた。ずたずたに切り裂かれた表が黒で裏が赤の布地があたりに散乱し、未だに静電気や火花を散らしている機械類が縫い付けられている。
そして、不自然にできあがったクレーターがある。その傍らで佇むパイルドラモンは、大輔を見下ろした。
「不思議な気分だよ、大輔。古代種を滅ぼした帝国で生み出されるはずだったデジモンに、今、オレが進化したんだ。ゲンナイさんが言ってたよな、オレの進化先は指定されてないって。オレと大輔、そしてみんなの旅路が、オレの進化経路を切り開いていくんだって。オレにとって、最もふさわしい姿がこの姿なら、オレは受け入れる」
だから、とパイルドラモンは言葉を切った。まっすぐ見つめる瞳に、大輔はしっかりとうなずいた。大輔ならきっとわかってくれると思ったよ、と嬉しそうにパイルドラモンは笑う。その声が震えていることに気づかないふりをして、大輔は死神の末路を目に焼き付ける。忘れないように。
「なあ、パイルドラモン。やっぱ、お前さ、怖いの?」
「ああ、怖いよ。大切なものが奪われること、これだけは二度とごめんだ。強がって立ち向かうことすら、できなかった。譲れないものを守るために、とどまることも許してもらえなかった。逃げてくれって、背中を押された。今でも夢に見るよ、なんで逃げちゃったんだろうって。でも、だからこそ、思うんだ。今がそのときじゃないかって。誰でもない、オレの番なんだって」
「そっか、初めて聞いたなあ、それ」
「え、そうだっけ」
「楽しかった思い出はたくさん教えてくれるけどさ、悲しい思い出はナノモンのところで、話してくれたきりだろ?うなされてる時に、泣いてるチビモンになんにもできないの、結構やなんだけどなあ」
「・・・・・・。ごめん、大輔」
「しっかたねえなあ、いつか教えてくれよ」
「うん、わかった。・・・・・・そんなつもりじゃないのにさ、古代種として生きてたころを、すっごく引きずってるんだ、オレ。だから超えるんだ、この場所から。そこから、新しい、本当の始まりがある気がする。その何かがつかめるまで、一緒にいてくれるとうれしいな」
「なにいってんだよ、パイルドラモン。当たり前だろ、オレはお前のパートナーなんだから!」
からりと笑った大輔に、パイルドラモンは嬉しそうに笑う。そして、大輔は薄暗いトンネルを見上げた。バードラモンとアトラーカブテリモンの声がしたからである。ここです、って居場所を知らせるべく、大輔は思いっきり声を張り上げた。
そして、バケモンたちを蹴散らし、空のお母さんを始めとした銀座の人々が幽閉されていた光が丘手前のゲートポイントにたどりつく。ヴァンデモンの直属の部下たちがいないのが幸いした。その隙を狙ってゲンナイさんの力を借りて、みんなを現実世界に返すことに成功する。
すっかり遅くなった帰宅時間である。お姉ちゃんにじとめで玄関前で仁王立ちされていることなど大輔は知る由もないのだった。