(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第167話

 

 

ヤマトたちはベーコンと卵がやける美味しそうな匂いと音につられて、キッチンに顔を出した。足音とドアを開ける音に気づいたらしいお母さんがおはようっていいながら、笑ってくれた。

 

「2人とも、昨日はよく眠れた?」

 

「うん!」

 

「ああ」

 

「そう、それはよかったわ。冷めないうちに食べてね」

 

朝食がすでにできている。ヤマトたちは席に着いた。お母さんが牛乳を注いで渡してくれた。

 

「おかあさん、今日お仕事だっけ。お昼からでかけるんだよね?」

 

「え?ああ、その予定なんだけどね......」

 

それなら外で食べてくるから、と出かけられるからちょうどいいな、と考えているヤマトとは裏腹にタケルはどこか不安そうな顔をしている。

 

「おかあさん」

 

「タケル、どうかしたの?」

 

「あの、おかあさんて、好きな人がいるの?」

 

「え?」

 

「だって......」

 

タケルはカレンダーをみた。8月3日はタケルの誕生日だからわかるが、今日ランチの予定が入っているのだ。しかもフレンチである。何度目になるかわからない仕事の打ち合わせなのはわかっていたが、最近ずっと同じ人とばかり予定を入れていることなどタケルはわかりきっているのだ。

 

「今日会う人って、何回も会ってるでしょう?」

 

「違うわ、仕事の打ち合わせをしているだけよ」

 

「ほんとに?」

 

「タケル、母さんはルポライターなんだ。自分で全部しないと仕事がもらえないの、知ってるだろ?」

 

「ちがうでしょ?お母さん。出版社の人でもないし、お父さんみたいにテレビの人でもないよね?僕知ってる」

 

「どうしてそう思うの、タケル?お母さん、なにかタケルに不安にさせるようなこと、しちゃってる?」

 

「最近のお出かけ、その人と食べたところと同じとこばかりだもん」

 

「美味しかったからいってるだけよ、タケルにも食べてもらいたくて」

 

「だって......だって、」

 

「タケル?」

 

「おかあさん、お仕事じゃないでしょう?だっていつものカバンじゃないもん。あのとき、僕がみちゃダメだって怒った新聞記事がたくさん入った本とかいっぱい入れていくの、見たことあるし」

 

「......みてたの」

 

お母さんの顔がこわばったのがわかったタケルはいよいよ泣きそうな顔をする。

 

「かあさん」

 

「ヤマト」

 

「タケルもさ、オレもだけど、思い出したことがあるんだよ。だからさ、正直に話してくれないかな。そうじゃないとオレたちもこれからのこと考えられないと思う」

 

「お兄ちゃん!?」

 

「光が丘テロ事件のことなんだろ、かあさんが調べてるの。とうさんと仲が悪くなったのも、光が丘テロ事件のせいなんだよな?」

 

両親の不仲の背景がようやくわかったヤマトは、お母さんが言葉を濁す必要はもうないのだと告げる。

 

「オレたちを傷つけちゃいけないから、隠してくれたんだよな?」

 

「え、え、ええ......ほんとなの?ほんとなの、おかあさん?僕たちのために......?」

 

「......ヤマト......タケル......おもいだしたの?」

 

「え?あ、うん、そうだよ!御堂の中でみんなでおしゃべりしてたらね、みんな、光が丘にいたことがあってね、それでね!」

 

「ほんとうなの......?」

 

「かあさん?」

 

「よかった......よかった......ほんとうによかったっ!!」

 

ふいに引っ張られる。引き寄せられて、お母さんの胸に頰があたった。腕が背中に回り、強く抱きしめてくる。ヤマトとタケルの頰にお母さんの、体温と鼓動が伝わる。次の瞬間にはヤマトもタケルもお母さんに抱きしめられていた。

 

その両腕には、目の前にいるか弱い者をかばおうとする、いたわりがあふれていた。子供がこんなふうに抱擁されるのは、たぶん幸せなことだった。

 

「お母さん」

 

「おかあさん」

 

お母さんがゆっくりうなずいた。嬉しそうに、心をこめたうなずきかたで。そして久しぶりに、まだみんなで暮らしていたときのように笑った。

 

そこからヤマトとタケルは、お母さんから長い長い昔話を聞くことになるのだ。

 

それは大人からみた光が丘テロ事件であり、記憶障害に陥った子を持つ被害者からみた光が丘テロ事件であり、また、マスコミという業界にいながら光が丘テロ事件というセンセーショナルでありながら未解決に終わった事件について、当事者としてひたすらに振り回された女性からみた光が丘テロ事件だった。

 

「友達のお子さんも記憶障害だから力になりたいって、光が丘テロ事件のことを個人的に調べてるっていう人がいてね。その人から定期的に情報提供をしてもらっていたの。誤解させたならごめんなさいね、そういうつもりじゃなかったのよ」

 

そういってお母さんから差し出された名刺をみたヤマトとタケルは驚きのあまり顔を見合わせるのだ。それは及川さんの名刺だったのである。世間は狭いというか、及川さんの顔が広いというか。

 

2人の反応に不思議そうな顔をするお母さんである。

 

ヤマトたちは、太一の一人暮らしのおばあちゃんが熱中症で倒れているところを見つけて、救急車を呼んでくれた人なのだと教えてあげた。

 

「そうだったの。世間は狭いとはいえ、太一くんのおばあさんが無事でよかったわね。ああでも、及川さんから仕事が忙しくなったから、この約束は延期になったの。安心してね」

 

「ああ、うん、及川さんならよかった。安心した」

 

「よかったね、お兄ちゃん。お母さん、及川さんだったら僕たちもご飯食べにいってもいい?」

 

ほんとは10人目の選ばれし子供を探すために、光が丘テロ事件の記憶障害になった子供たちを調べてくれているのだ。なるほど、すべての被害者家族を一度取材をしたことがあるなら、その家族と知り合いなのかもしれない。

 

及川さん自身、有名企業から省庁に出向して光が丘テロ事件を教訓に電波障害に強い都市づくりに深くかかわっているプログラマーなため、信頼されているのだとヤマトたちは初めて知った。

 

当時のことを知ろうとしてくれる人がいるなら、被害者家族は態度が軟化するのだ。

 

及川さんだと知った瞬間に警戒心を解いたヤマトたちをみて、お母さんは笑うのだ。

 

「しってるみたいだけど、あの人は被害者家族に話を聞いて回っているみたいだからね、私もその一環よ。気持ちはわかるわ、私も少しでも情報が欲しくて必死だったから。でも、最近は必死になりすぎていたのかもしれないわね。ごめんなさいね、ヤマト、タケル。お母さん、ちょっとお母さんじゃなくて仕事の方ばかり頑張りすぎていたかもしれないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤマトが太一たちと遊んでくるといったとき、御堂の中で記憶を取り戻した仲間だと話したためだろうか。お母さんは快く送り出してくれた。通り魔がいるからあんまり遅くならないようにね、という言葉に頷いてから、2人はマンションを後にしたのだった。

 

ドアを閉める直前、お母さんが誰かに電話をかかようとしているのが見えた。相手が誰なのかはいうまでもないだろう。

 

「みんな、港区にいるんだね」

 

昨日、太一からの電話で選ばれし子供だと思われる小学生たちの住所を聞いていたヤマトたちは、全ての家族が港区にいるのだと知って驚いた。

 

お母さんによれば、1995年は大規模な地震があったばかりである。そちらの自治体の取り組みを参考にした結果、仮設住宅からはやく生活を取り戻すためにタワーマンションに対する優先度があげられ、結果として被害者家族が港区に集中したのではないかという。

 

生活に余裕がある家族はそうでもないが、ほとんどがローンを組んでマンションを購入した家族ばかりだったから、東京都の政策は渡に船だったというわけだ。

 

「......ヴァンデモンたちも光が丘から港区に向かってるみたいだな」

 

「そうだね」

 

コンビニで買った新聞を読んで、通り魔や化け物騒ぎの場所が一夜にして変化していることにヤマトたちは気づいた。

 

昨日までは埼玉の一部にまで拡大したはずの電波障害が一夜にして東京23区内までおさまり、今は光が丘を含む練馬区が最も酷く、そこから西側にむかって電波障害が広がっているらしい。板橋区、豊橋区、千代田区まで迫っているというのだ。

 

「ミミさんがテレコムセンターでデジモン見たっていってたよね」

 

「丈はレインボーブリッジでデジモン撃退したらしいしな。昨日まではお台場まで来てたんだ。でも今はいない。ゆりかもめも動いてるらしい」

 

「ヴァンデモンって吸血鬼だから夜だよね?どうしてみんなのところに行かなかったんだろう?」

 

「10人目の選ばれし子供を優先してるのか、ほかに理由があるのか。うーん、わからないな。俺たちが三軒茶屋にいることもわかってるだろうになにもしかけてこなかったからな......」

 

「光ちゃんのデジヴァイス、とられちゃってるもんね......」

 

「ああ、10人目は紋章もパートナーもだ。探知機能でバレてるのになにもしてこなかったんだ、よほど自信があるのかもしれないな」

 

「みんな、大丈夫かな」

 

「はやく合流しないとな」

 

「うん」

 

とはいえ候補の子供が住む最寄りの駅すら14キロはあるのだ。どう考えても一時間近くかかってしまう。駅についてみたが、やはり昨日に引きつづき原因不明の電波障害により電車が止まっている。

 

「バスでいくか」

 

「そうだね」

 

ヤマトたちは渋谷行きのバスを探した。コンビニで買った時刻表によれば、東急バスで渋谷駅までいって、そこから新橋行きの都営バスに乗り換えれば45分で待ち合わせ場所の東京タワー前にいけるはずだ。

 

「ちょっと時間があるな......電話かけるから、タケルはツノモンたちにご飯あげといてくれるか」

 

「うん、いいよ、わかった。どこに電話するの?太一さん?」

 

「いや、父さんに」

 

「お父さん?」

 

「ああ、怪獣騒ぎのこと、結構大きなニュースになってるみたいだし、今の時点でどこでデジモンが暴れてるのか教えてもらおう」

 

「あ、そっか、そうだね!お父さん、テレビの人だからわかるよね!」

 

タケルはヤマトが電話を終えるのを待ちながら、ツノモンたちにコンビニで買ったパンをあげるのだった。

 

そして、いつもの時間にいつも通りやってくる幸福に一安心しつつ、2人はバスに乗り込んだのである。

 

 

 

 

 

今日8月2日月曜日の朝、関東地方は濃い霧や低い雲に覆われている。東京都心では日付が変わってから朝9時すぎまで、最小湿度100%の状態が続く予報が出ている。

 

この霧の要因は、晴れる日の朝によく発生する「放射霧」とは少し違い、複合的な要因だったとみられる。

 

放射霧の場合は、晴れた夜に地表付近の空気が放射冷却によって一気に冷やされることで、気温と露点温度が近づくことで発生する。

 

要因のひとつは昨日までの不安定な天気。この雲により空気中にはたっぷりと水分が含まれている状態で、露点温度が高い状態となる。

 

そして夜間に気温が低下して露点温度と近づいたことで内陸部で霧が発生しはじめ、南西からの風が弱まったことでこの霧が都心や千葉などにも流れ込んだものと考えられる。

 

このため、今日は内陸からの北風が吹き始めるまでは霧が解消しづらい状況で、霧が解消してもいつものようにすっきりと晴れることはない見込みである。

 

都会で霧が起こるのは湿度が高い大気があるところに夜間雲がなく放射冷却で気温が下がったり、湿度が高い大気があるところに冷たい風が吹き込んだり、海でできたきりが風で流れてくるときだから、今回は後者というわけだ。

 

デジモンのことをなにもしらなかったなら、バスに乗り込む前に読んだ新聞の天気を信用したに違いない。

 

深い霧は都会の子供にとっては何かロマンチックで神秘的で不思議な気持ちにさせてくれるはずだ。

 

 

だが、昨日の今日だ。銀座の騒動を聞いていたヤマトたちは、港区に近づくにつれて濃くなってきた霧の原因がどうしてもただの自然現象だとは思えなかったのである。

 

ヤマトたちの不安をよそにバスの向こう側の景色はどんどん濃霧に覆われていき、前方の視界がどんどん悪くなったかと思う と、大渋滞に巻き込まれ、そのまま立ち往生という事態に遭遇した。原因は濃霧による通行止めで、結局その場で 足止めされてしまった。

 

ヤマトたちは降りることを選んだ。

 

この濃霧は気温の関係で自然的に発生したものというよりは、デジモンの活動により放出されるガスや煙などの人為的に発生したものが相交わって、深刻な濃霧を発生させていると思われた。

 

経験したことがない深い霧に包まれた一寸先は闇という言葉のようにすっぽりと霧に包まれてまったく前が見えない状態に陥いる。ヤマトたちは恐怖感すら覚えた。

 

朝焼けの中、高層ビルの街が雲に覆われている。雲のようだが、霧かもしれない。遠くに見えるのは、東京タワーだろうか。雲海から突き出て、ひときわ高くそびえている。

 

「お兄ちゃん......」 

 

タケルは思わずヤマトの袖をひいた。

 

「あれは......」

 

つられて見上げた東京タワーのあたりに巨大な黒い翼が見えた。それを取り囲む無数の黒い点、点、点、その全てがデジモンなのだと気づいたヤマトは顔を引き攣らせる。中央に鎮座する翼の持ち主が腕を振る。その方角に一斉に点が飛翔した。

 

ヤマトたちはあわてて近くにあったバス停の中に隠れる。まさかと思ってデジヴァイスの味方の探知機能を起動してみた。

 

「......あれが、ぜんぶ、敵なのか......」

 

ちょっと顔を出してみたが、すでに東京タワーのあたりは濃霧に阻まれて敵の陣営を再び見ることは出来なかった。

 

だが、あたりが一気におかしくなっていく。電波障害が発生したのか電光掲示板は真っ暗になったし、信号機や街灯はアトランダムに点灯し始めたし、行き交う人々は電話が通じないとかなんとかいいはじめるのが聞こえてきた。

 

猛スピードでたくさんのデジヴァイスが移動しているのが表示されている。あの全ての黒い点がヴァンデモンの手下であり、昨日帰したパンプモンたちのようにデジヴァイスと紋章のレプリカなのだとしたら。ヤマトもタケルも考えることは同じようで、顔色が悪い。

 

ヤマトはデジモンアナライザーを起動した。この周辺にいるデジモンの中にヴァンデモンの姿はない。じゃあ、あの中央にいたのは陣営の幹部クラスのデジモンなのだろうか、と眉を寄せた。

 

「あれ、全部完全体なの、お兄ちゃん......」

 

あの無数の黒い点が全て完全体なのだと知ったタケルは不安そうに不明瞭な空を見上げる。

 

「そうみたいだな......ヴァンデモンも10人目が港区にいることに気づいたのかもしれない。あれは、本気だ。見つからないようにしないとな」

 

「でも僕たちもデジヴァイス持ってるから、これ使われたら、バレちゃうよ......」

 

「最悪バレてもいいんだ、やり過ごせればいいんだから」

 

「え?」

 

「ほら、教えてもらったデジヴァイスの機能があるだろ、結界。あれは暗黒の力を封印するためにあるから、俺とタケルが2人で使えばなお強力になるはずだ。これで周りから姿をかくしながら進もう。これだけデジヴァイスがいるんだ、逆に俺たちがどこにいるのか、相手はわからないはずだ」

 

「そっか、そうだね!」

 

タケルはデジヴァイスを出して、憶えたてのコマンドを入力する。ヤマトも結界を展開する。デジヴァイスが発光し、うっすらとした結界が展開した。2人分だからか、1人の時より半径が広がっているように思う。これならパートナーを出しても問題なさそうだ。2人は幼年期のパートナーを成長期にまで進化させ、いつでも進化できる準備を万端にしてから、目的地の港区方面を目指して、歩き始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

はるか前方から女性の悲鳴が聞こえた。あわてて走り出すと女性が腰が抜けたのか上を見ながらなんとか逃げようと這いつくばりながら後ろに下がっているのがみえた。女性の反応につられて空を見上げた人々が悲鳴をあげる。振り返ると空からたくさんの点が落ちてくる。いや、違う。黒い翼を持ったデジモンの軍勢が急降下してくる。そして通行人たちを拉致すべくその禍々しい槍を振り下ろそうとした。

 

「スカルサタモン、俺たちが相手だ」

 

「関係ない人を巻き込むのはやめろ」

 

ワーガルルモンとエンジェモンがスカルサタモンの軍勢に立ち塞がる。

 

「今のうちに!」

 

「早く逃げてください!東京タワーから離れて!!」

 

よくわからないものの、何メートルもある槍を振りかざす化け物たちから助けにきてくれたモンスターと現れた少年たちの言葉は、恐怖のあまり立ちすくんでいた人々に正気を取り戻させるには充分だった。

 

通行人たちは我先にと東京タワーを背にして逃げていく。それを追いかけようとするスカルサタモンたちをワーガルルモンの蹴りが邪魔立てする。

 

今回の敵は闇に属する勢力、かつウイルス種だ。格下ではあるがエンジェモンにとって相性はいい相手である。たとえ完全体と成熟期の格差が10倍あろうとも、人々の危機に助太刀というこの状況下、タケルのやる気も満ちている。エンジェモンはその期待に応えるべくホーリーロッドを高々とかかげたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「キリがないな」

 

「まったくだ」

 

「どういうこと?」

 

「手応えがないんだ、タケル」

 

「え?」

 

「どんなデジモンも死を前にしたら逃げるものだよ。誰だって死ぬのは怖いから。だが、このスカルサタモンたちは知性が高いにもかかわらず、私達に突撃してくる」

 

「相手がやられてるのをみてるのに、同じようなやり方ばかりだ。まるで操り人形みたいだ」

 

「それにウイルス種特有の黒いデジコアが露出しているにもかかわらず、そのデジコアを守ろうとすらしないのは明らかにおかしい」

 

ワーガルルモンとエンジェモンの話を聞いたヤマトはもしやと思い、ヴァンデモンについて調べ始める。

 

「もともとコンピュータのデータを吸収しては破壊する凶悪なコンピュータウィルスで、破壊したデータを悪質なコンピュータウィルスとして復活させる能力を持っていた......まさか、こいつら全部ヴァンデモンに復活させられたデジモンたちなのか!?」

 

「それは本当か、ヤマト」

 

「ああ、吸血鬼ならそれらしい能力があるって聞いたことあるし、ヴァンデモンも持ってるかもしれない」

 

「なら、倒しても倒してもキリがないということだな」

 

「そうだな、このままではジリ便だ、どうする」

 

「どうするもなにも、戦うしかないだろう。まだ逃げきれていない人がたくさんいる」

 

「そんな......」

 

「タケル?」

 

「そんな......じゃあ、せっかくデジタルワールドに帰してあげても、またヴァンデモンに呼び出されちゃうってこと?戦いたくないのに、何度も復活させられるってこと?あの中には、ワーガルルモンたちと戦ったスカルサタモンがまた混じってるってこと?そんなの......そんなのひどいよ。ヴァンデモンはこっちの世界で死んじゃったデジモンは二度と復活できないって知ってるんじゃないの!?」

 

「それが、そうか......それが狙いなのか?」

 

「え?」

 

「幽霊になれば二度と転生できなくなる。でもヴァンデモンに殺されれば復活できる。もうデジタルワールドには帰れない。そんな事態になったら、もしかしたら......」

 

「ひどいよ......そんなのあんまりだよ......ババモンから始まりの街の守護頼まれてるようなデジモンが、どうしてそんな、酷いことっ!いったい何が目的なの、ババモンだってなんでだってどうしてって泣いてたのに!!」

 

「そうだ、タケル」

 

「え?」

 

「私たちはこんなところで足止めをされている場合ではないんだ。私たちを身を呈して逃がしてくれたババモンのためにも、私たちは知らなければならない。先代の子供たちの味方だったデジモンがなぜ寝返ったのかを。なぜ人間に危害を加えようとしているのかを。今の私たちはなにひとつ知らないのだから」

 

エンジェモンの言葉に何度も瞬きをしたタケルだったが、だんだん実感が湧いてきたのか、うん!と力強く頷いた。

 

そのときだ。

 

どれだけ願っても、どれだけ待っても、一向に輝く気配すら見せなかったタケルの紋章が光り輝き始めたのは。タケルは驚いて紋章を見る。タグという増幅装置によってタケルが抱いた現状を憂い、誰よりも悲しみ、何とかしたいと最後まで悩み続けていたタケルの抱いたたしかな希望が形となって花ひらいた瞬間だった。

 

希望の紋章の力が解放され、エンジェモンに新たなる進化経路に必要な全てがデータとして転送され、デジヴァイスが紋章と同じ色に輝いた。エンジェモンの姿が一度分解され、追加されたデータを核に再構築されていく。

 

あまりにも神聖な光は、エンジェモンを囲う光は、スカルサタモンたちにとって致命的なダメージを与えるようで、あれだけたくさん群がっていたスカルサタモンたちがどんどん退いていく。

 

光を突き破って現れたのは、輝く8枚の銀翼を持った大天使型デジモンである。

 

ヤマトの持っているデジモンアナライザーが更新された。

 

「ホーリーエンジェモン、か」

 

「ホーリーエンジェモン......それが新しいお名前なんだね」

 

デジモンアナライザーによれば、ホーリーエンジェモンは、デジタルワールドでの使命は法の執行官であり、多くの天使型デジモンを監督監視する役目を持っている。

 

さらに、デジタルワールドの秩序を保とうとする“光”の意識の代弁者であり普段は神官の姿をしているが、“闇”の意識がデジタルワールドを覆った時、戦闘形態(バトルモード)に変化し悪を討つ。また、ホーリーエンジェモンは神官形態の時は優しく慈愛に満ちた性格だが、戦闘形態の時は厳格な性格へと変貌する。

 

今のホーリーエンジェモンは、そのバトルモードとなっていた。

 

左腕にはビームシールド、右腕に装備された聖剣エクスキャリバーがある。

 

必殺技は二度と戻ることはできない亜空間への扉を出現させて敵を葬り去る『ヘブンズゲート』。

 

普通のホーリーエンジェモンとの唯一にして最大の違いは、自我が変貌することはもうないということだ。

 

「たしかに、私とお前たちは相容れない存在であることにはかわらない、スカルサタモンよ。いずれ闇と光の決着をつけるときはくるだろう。だが、今、この時ではない。この世界は相応しくない。ゆえに私はお前たちを眷属の輪廻から解放しよう」

 

ホーリーエンジェモンの真後ろに巨大なゲートが出現する。タケルたちは驚くしかない。どこをどうみてもデジタルゲートである。その余波を受けてか、一気に電気が食い尽くされ、いよいよ周辺は真っ暗になってしまった。

 

「この試練をのりこえた暁には、剣を交えることもあるだろう。さらばだ。ヘブンズゲートッ!!」

 

なにが起こったのか、タケルたちには一瞬わからなかった。ゲートが開かれ、真っ白な光が溢れ出し、視界が完全に遮られたその先で。気づいたら、タケルの腕の中にはトコモンがいて、ヤマトの近くにはまたエネルギーを根こそぎ奪われたのかツノモンがいて、あれだけ沢山いたスカルサタモンたちが誰もいなくなっていたのである。

 

濃霧だけが広がっている。

 

気を取り直して、ヤマトたちは先を急ぐことにしたのだった。

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