本宮大輔は悩んでいた。怒られたり、迷惑に思われずに思いっきり甘えるためには、守られる側じゃなくて守る側に立つ必要がある。そのためには上級生たちに認められたい、対等に扱われたいという明確な目標ができた。
そこで、8人の子供たちにとって「役に立つこと」、小学二年生の大輔でも「手助け」できること、「活躍」は一体なんだろう、と必死に考え続けているのだが、全くもって思いつかないのである。
まず、限られた貴重な食料であるお菓子は、タケルや大輔が運んでいる形になってはいる。果物は8人全員で持っている荷物の重さを考慮して、それぞれが持てる分だけ分担して運んでいる。ピョコモンの村で新たに給水したペットボトルや水筒は、熱中症にならないようにという配慮から一人1本以上は必ず持っている。
しかし、実際にそれらを管理する主導権を握っているのは太一である。いつ、どこで、どうやって、休憩をするのかを決めるのは、メンバーの様子を見ながらの小学校5年生以上のメンバーが多数決状態で決めていた。
つまり、大輔もきちんとみんなの食料であるお菓子や果物、水を運ぶという与えられた仕事を与えられており、こなすことがまず求められている。この世界にきてから、決して太一は誰も特別視することなく、最年少の大輔であろうともメンバーの一員として参加できるよう気を配ってくれている。さすがだと思うし、嬉しいと思うし、頑張ろうと思って今も必死で広大な砂鉄の砂漠を歩き続けている大輔とブイモンである。
でも、それでは駄目なのである。それが分かっているから、大輔は焦燥感ばかりが募り、現状に不満と疑問を覚え、ずっとずっと心だけが急いている。そのままでは、大輔が求める対等な立場として認められるという目標を達成することができない。
思いついたときは簡単だと思ったのに、思った以上に現状では小学校2年生の大輔ができることなんて、殆ど無いのだと改めて感じてしまう。無力な自分が嫌になってしまうばかりである。なんで俺、まだ8歳なんだろう。もっと大きかったら、こんなことで悩まなくってもいいのに、と。
太一達からお菓子と果物と水を預かっているという使命感と義務感、前回からますます自覚した責任感から、自分の好き勝手な判断で使うことが駄目なことは大輔も分かっているし、そんなことでメンバーのみんなを困らせたくない。それ以外のこと、と早々に結論に達した大輔は必死で考え続けていた。
今までここまで真剣に人の役に立ちたい、人に頼られたいなんて考えたことがなかった大輔は、必死で考えていた。いっそのこと聞いてみようか、考えるの苦手だし。そう思ってまわりを見渡してみる。
太一、空、丈、ヤマトはメンバーの中でも決定権をもつ発言権のある人間である。朝発つ時、彼らは大輔に我慢しないこと、無理しないこと、疲れたらすぐにいうこと、その上で遅れないように付いてくるよう言っている。なんにも心配要らないからな、と太一に肩を叩かれたのはまだ記憶に新しい。
きっと何か出来ることはないかと聞かれても同じようなことを言われるだけだろう。自分たちが率先して守ってやらなきゃいけない、と思っている立場の最年少の大輔が言ったとしても、却下されるのは眼に見えている。実際に自分もなんかやりたいと手を挙げているのに、未だに採用の気配がないからさすがに大輔も分かりつつあった。
じゃあ、と考えてみる。最後尾を務めている光子郎はどうだろう?相変わらずメンバーと少し距離を置いて歩き続けている。
先輩たちよりは話しやすいかもしれない。あんまり話したことはないけれど、サッカー部の先輩だし、名前を読んでもらえるくらいには知ってるみたいだし、きっと太一から聞いたのだろうけれども。
でも、大輔はすぐに無理だと判断する。さっきからデジモン博士のテントモンと光子郎は、この世界についてとか、進化についてとか、デジモンたちについてとか、大輔が聞き耳を立てているだけでも目が回りそうなくらい沢山の難しいことを話しているのだ。
大輔は難しいことに延々と頭を使って考えることが苦手だ。じっくり問題と向きあうと眠くなってしまうような性分である。興味本位で首を突っ込んだところで撃沈するのは眼に見えていた。そもそも、微塵も興味がない話で盛り上がっているあの和の中に入っていく勇気はない。
大輔はもっと、こう、誰の目からも見える分かりやすいことをしたいのだ。上級生にアピールしたいと目的ありきの行動は、やはり現金なものに限られてくる。例えば、手を引いてあげるとか、荷物を持ってあげるとか、そういった具体的な行動を伴うことがしたいのだ。
そしてふと、大輔よりもずっとずっと背が高くて、外国人みたいな外見をしていて、自己紹介で光子郎のクラスメイトだといっていた、4年生の太刀川ミミの姿が眼に入る。そういえばあの人、何かと小2組である大輔とタケルと一緒に一括りにされていることが多いと気づく。
上級生の中では、自分と置かれている立場が近いことに気付いた大輔は、早速ミミとパルモンのところに向かうことにした。
「オレもいこーか、大輔?」
「え?あ、いや、とりあえずミミさん達に聞いてくるな。ブイモンは待っててくれよ」
「りょーかーい。がんばれー」
「おう、まかしとけ」
用事があるかどうか聞くだけの簡単なお仕事である。聞いてくるだけならすぐに終わるだろうという算段で、ブイモンは列の先頭に残ったまま、大輔を見届けた。大輔は無意識のうちに、今まで直接話したことのない太刀川ミミという少女に対して、話に行けるほどどこか親近感を持っていた。
それは、太刀川ミミという今なお新婚夫婦の一人娘として大切に育てられ、何不自由なく育てられてきた天真爛漫で純真無垢な女の子が持つ、不思議な魅力に、知らず知らずのうちに感化されているからだった。
野宿は嫌、ふかふかのベットで眠りたい。入浴剤の入ったお風呂に入りたい。暖かいシャワーを浴びたい。新しいお洋服に着替えたい。テレビがみたい。パパ、ママ、お友達と会いたい。美味しいご飯が食べたい。走ったり、歩いたり、疲れるようなことはしたくない。
みんなに聞こえるような大声でこぼしているわけでは無いけども、みんなが心のどこかで思っていること、言いたくても我慢していること、みんなにも同じ思いを思い出させて辛い気持ちにさせたくないから、とあえて心のなかに閉まっていることをミミはぽんと口にだす。
わがままをいって困らせているわけではない。もしミミが言わなかったら、きっと誰かがこぼしているだろうことを彼女はきっと無意識に率先して先に口に出してしまう。
そうすると、いつだって上級生組が便乗する形でみんなそうなのだと肯定した上で、それとなくやんわりと我慢するように諭している。そして理屈の上では理解しているけれども、どうしても我慢を知らないミミは、分かったと口には言いながらも。
その恵まれた可憐な容姿をほんの少しだけ不機嫌そうに、残念そうに歪ませながら拗ねるのだ。それは4年生という上級生にさしかかりの年齢でありながら、まるで子供のような仕草であり、どこか微笑ましさを同居させている。年下であるはずのタケルが、いつもニコニコして、守られている側である立場を一生懸命努め、泣き言、わがままひとつも言わずにいること。
大輔が上級生メンバーの中に混じって何かしたいのだと積極的にアピールしているということ。これらも尚更比較対象としてミミの幼さを強調させており、ミミが言うならば仕方ない、という緩やかな寛容さがメンバーの中に生まれていた。
もしミミが自らをお嬢様とプライドを高く持ち、自分は何もしていないにもかかわらず、わがままの好き放題をいって、駄々をこねたり、すねたり、大声で何かを言ったりという迷惑行為をもって、同様のことをしていたら、間違いなく嫌われていた。
しかし、彼女は、植物であるがゆえに灼熱地獄が苦手でへばっているパルモンに、テンガロンハットを貸してあげたり、果物集めをしたり、といった行動をとっていることをみんな知っているのだ。
だから、彼女がお腹すいたといえば、それはある意味みんなの心の中の総意を正直に体現しており、ミミのいったあとならとタケルや大輔は弱音を吐ける面もある。そういうわけで、ミミの発言は本人の預かり知らぬところで、半ばみんなの行動の決定を柔らかく促す判断材料となりつつあるのであった。
「あれ?どうしたの、大輔君」
いつも太一や空達先頭組に混じって歩き続けている小さな背中が振り向いたかと思うと、一直線にこちらに向かってきたのである。自己紹介したし、みんなが呼んでいるのは聞いていたりするから、ミミもパルモンもすっかり大輔の名前は覚えていた。しかし、この男の子は自己紹介以外では、今まで直接ミミとパルモンとお話しする機会はなかったはずだ。
ミミと大輔は純粋な意味で、この世界で初めてあった者同士の全くの赤の他人であった。同じ小学校に通っているとはいえ、ミミはサッカー部に所属しているわけではないし、小学4年生だから学年も違うし、しかも女の子である。知り合う機会が無いのは当たり前で、唯一の接点はサッカー部に所属している光子郎のクラスメイトであるという共通項しか、ミミと大輔をつないでいるものは存在しない。
そういうわけで、大輔に関する情報が皆無に近いミミは、大輔がこちらに来る理由が全くわからない。パルモンと顔を見合わせて首をかしげたミミは、どうしたの?と見上げてくる小さな少年を見た。
「どうしたの、大輔。パルモン達に何か用?」
パルモンも同じらしく、首をかしげている。おう、とはっきり笑った大輔は、ずっと身長が高いミミに顔を上げて、聞いたのだ。
「なんか、困ってることありませんか?もしなんかあったら、手伝いたいなーって思って」
むしろ何でもいいので手伝わせてください、と期待とやる気に満ちた眼差しを向けられる。さすがのミミもパルモンも青天の霹靂で、ぽかんとした顔でぱちぱちと瞬きをしていたが、大輔は本気のようで、早く早くと無言の圧力とも言うべき気迫が感じられて、ますますミミ達は困惑してしまう。
「え、え、あの、何で?」
「どうしたのよ、大輔」
「だって、俺もなんかみんなの役に立ちたいのに、太一さん達なんも手伝わせてくれないし、光子郎先輩たち、なんか難しいこと喋ってて聞きづらいんすよ。ミミさんなら聞きやすいかなーって」
「そっか、だからパルモン達に聞きに来たのね、大輔。えらいじゃない」
「へへ、まあな」
正直に答える大輔は、歩みを進めながらも太一達や光子郎たちに視線を走らせながら、はあ、とため息を付いてがっくりと肩を落としている。
その表情からは不平と不満がありありと浮かんでいる。そういえば、この本宮大輔という少年は、何かと自分でなんでもやりたがる少年だと数々の行動を見て垣間見てきたミミ達は思い出す。
なるほど。有り余る元気とやる気を何かみんなの役に立つことに向けたいこの少年は、小学2年生であるという最年少の立場である。
ミミよりもずっとずっと小さい体格、そして光子郎のように知識や思考といった、ある方向で突出している面がない普通の男の子である。みんな微笑ましいと思って見守る立場であるものの、なかなか大輔の求める自分だけに出来ることを提供することができないのだろう。
大輔はまだまだ幼すぎる。
持っている荷物を誰か持ってくれないかなーと考えることもあるミミだが、さすがに2歳も年下の男の子に、体格よりも大きくて重くて大変な荷物をお願いできるほど図々しくはなれない。
大輔ならきっとわかりましたって二つ返事で返してくれるだろうが、ミミでさえ重いなあと感じながらも肩から伸びる紐の高さが重さを分散しているのだ。大輔にとってみれば、重さがそのまま直撃してしまうだろう。ずるずる引っ張りそうだ。
女の子は男の子に守られるべきではあるが、立派なレディは男の子に恥はかかさないものだ。やる気と意欲が空回りしているのだ、かわいそうに。んー、と人差し指を口元に添えてミミは考える。
「どうする、ミミ?」
「うーん、何でもいいのよね?大輔君」
「はい、なんでも」
「そーだ、大輔君、お話相手になってくれない?」
「へ?」
「お話相手。みんな歩くのに夢中でおしゃべりしてくれないの。パルモンばっかりで退屈してたから。ね?いいでしょ?」
素敵な思いつきをしたと微笑んで提案してくるミミに、思わぬ変化球をくらった大輔は大いに面食らっていた。あれ?なんか違う。自分が求める役に立つこととは、かなりズレているではないか。もっと、荷物を持って欲しいとか、手を引いて欲しいとか、そういったことを予想していた大輔は驚くしか無い。
おはなし相手、つまり暇つぶしにいろいろ喋りたいとミミはいっているのである。確かにみんな暑い最中、新たな脅威がないか警戒したり、いろいろ方針を話し合ったり、思い思いに移動している。
ただのおしゃべりはしにくい空気であることは事実だ。でも、だからってそれは無いだろう。おしゃべりなんて誰とでもできるではないか。話しかけたのは失敗だったかもしれない、と今さらながらに後悔しつつ、自分から提案した手前引っ込めるわけにもいかない。
男の子に二言はないのよね?とピョコモンの村をガリバー冒険記の小人の王国と評した、意外と博識なミミがこれまた難しい言葉を使って逃げ道をふさいだ。分かりました、としぶしぶ大輔は頷く。これで暇が暫く潰せそうだとミミとパルモンは嬉しそうに笑った。
「大輔君って2年生なのよね?好きな人っている?」
じゃあさっそくとばかりにミミは前のめりになって、思わず後ずさる大輔の顔を覗き込む。そして、単刀直入でミミは今現段階で自分が興味を持っている話題をいきなり大輔にぶつけてみる。不幸にも大輔は、ミミがサマーキャンプでは、キャンプの中でみんなと恋愛話をするのをなによりも楽しみにしていたことを知らない。この世界に来てから、他愛もない話をする機会に恵まれず、ミミは非常にこの手の話題に飢えていた。
このメンバーの中で唯一女の子は空だけであるが、空は上級生組で何かとみんなを取りまとめる立場にいることが多く、なかなか会話の機会に恵まれない。そこにやってきてくれたのが、本宮大輔というわけだ。2歳も年下の男の子である。滅多にお話しする機会なんてない。そういうわけで、哀れにも大輔は不慣れな恋愛話に付き合わされる話になったのだった。
「えー、好きな女の子って言われても……」
「誰かいないの?気になる子とか」
好きな人と言われて、真っ先に家族を連想しない時点で、ミミはこの話題を続行することに決める。なんか面白そうだから。
ミミの目からすれば、大輔は小学校2年生にしてはずいぶんと大人びた印象がある男の子である。低学年はまだまだお子様だから、あんまり話題は弾まないだろうことは分かっているが、そもそもライクとラブの違いすら分からないのが、普通の小学校2年生である。おませな女の子のほうがこういった話題は食いついてくるものだ。
その困っている様子ながら、ミミが聞きたいのが恋愛話だと理解している時点で、大輔は恰好の餌食である。合掌。不本意ながらも、早過ぎる思春期の兆候が見え始めるほど早熟な大輔の知識の入れどころは、もちろん思春期真っ盛りのジュンである。よく友達との長電話がゲームをしている大輔の部屋まで聞こえるほど、大声で喋っているからいやでもそういった話題は理解してしまう。
誰が告白したとか、付き合ってるとか、好きだとか、ぺちゃくちゃしゃべっては盛り上がり、下手をすればオールナイトな姉である。いやでも恋愛話には耳年増になってしまうのだ。しかも熾烈なチャンネル争いで、姉はアイドルのコンサートやドラマの恋愛話に目がない。
どこかミーハーな気配がある母と一緒に、朝の芸能ニュースで一大事があると食卓は大輔の肩身が狭くなるほどの大討論に突入する。まともに落ち着いて会話に参加できるのは、父親がいる時だけであるという弟の立場の辛さであった。でも、だからといって恋愛に興味が持てるお年ごろであるかといえば、そういうわけにもいかない。