(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第175話

 

テレコムセンター駅での集団昏睡事件の被害者は、最寄りの病院である昭和大学江東豊洲病院 に緊急搬送された。頭の先からつま先にいたるまで調べ尽くされたが体に異常はみられず、誰もが化け物をみた、襲われた、と証言したことから、今東京に現れている正体不明の化け物に襲われた人々が集団ヒステリーに陥り、そのまま倒れたのだろうということになった。大事をとって入院した人々は、無事退院できることになった。

 

クラブチームの友達の面会を終えて、階段を降りていた治がふと賢に声をかけた。

 

「賢、結晶世界って読んだことあるか?」

 

「なにそれ、漫画?小説?」

 

「小説。僕の本棚にある海外の小説」

 

「うーん、言われてみれば、見たことある気がするけど......難しそうだから読んだことないや」

 

「そうか、読んでたら話ははやかったんだが」

 

治はそういって、小説の内容を教えてくれた。

 

それはJ・G・バラードというイギリスの小説家が書いた初期のSF作品だった。すべてのものが、少しずつ光り輝く結晶へと変化してゆく世界であり、「時間」が凍りつく場所でもがく人々の話だという。

 

「......それって」

 

賢は階段をかけおりると、踊り場から外を見た。おくれて治もまた景色をみる。

 

「兄さん、その結晶世界って......」

 

治はうなずいた。そしていうのだ。

 

「もし、同じなら、このまま結晶世界が広がることになる。まずいな、とても」

 

「昨日といっしょだ......」

 

「また濃霧か......」

 

昨日の今日だ、化け物に襲われて、なんの気まぐれか攻撃が止まった隙に逃げ出したことを思い出した一乗寺兄弟は顔色が悪くなる。

 

昭和大学江東豊洲病院の周りは濃霧につつまれてみることができない。だが真上の空には逆さまの蜃気楼がある。見たことのない光景だった、はずだった。真上の空に見たことがない黒い輪が広がり、そこにデジタルを思わせる入口ができた。

 

「!!」

 

昨日、テレコムセンターあたりでみたバケモノが現れた。たくさんの幽霊みたいな奴も現れた。次々に人を襲い始めたのである。

 

周りにはまたたくまに結晶化していく。気づけばあたり周辺は治がさっき教えてくれた光景が再現されてしまう。濃霧が病院にまで入り込んでくる。次々と人が倒れていく。また昨日のように一乗寺兄弟だけが取り残されてしまうのは時間の問題といえた。

 

「......同じだね、あのときと」

 

「......そうだな。隠れるぞ」

 

「......うん」

 

2人は足早に階段を降り始める。

 

「やっぱり、4年前と同じだな、賢」

 

「4年前?」

 

「なんだ、不思議そうな顔して。お前が昨日いってたじゃないか、思い出したって」

 

「光が丘のこと?」

 

「暴れてる奴らは違うけど、全部ぜんぶ結晶化したのは覚えてる。あのときと同じだ、きっと」

 

賢は治とともに正体不明の化け物たちから逃げるべく病院内を走ったのだった。

 

「あいつも思い出してるかもな」

 

「あいつ?」

 

「遼のことだよ、秋山遼」

 

「遼さんもだったの?」

 

「賢と一緒で覚えてなかったけどな」

 

「遼さんも......だとしたら」

 

そんな彼らの会話を遮るものがあった。真上の窓を突き破り、なにかが侵入してきたのである。ガラスがたちまち結晶化し、化け物の周囲は結晶化した風景にかえられていく。賢はたまらず治の後ろにかくれた。治は賢の手を引いて階段をかけおりる。

 

「どちらがお前のパートナーだ、ディノビーモン」

 

「......」

 

「隠しても無駄だ......いや、わからないのか?光が丘のころのように、心のつながりがある子供と進化を促す子供がちがう?パートナーがふたりの状態だとでも?そんな馬鹿な話があるか、お前は光が丘のあとに生まれた個体だ。そんなエラーが起きるわけがない」

 

「......」

 

「私の霧が効かないのは、この子供にもいずれ選ばれし子供たりうる資質があるからか。ホメオスタシスが手を回したか」

 

「......」

 

「この世界だと思ったんだが、どうやら違うようだ。今までとは明らかに異なる事象が散見していたから、期待したんだが、どうやらこの世界もまた私が求める世界ではなかったらしい」

 

「......」

 

「一乗寺は2人もいらない。そうだろう、なぜ才能が兄にあり、弟は凡人なのだ。これでは天才少年の一乗寺賢が生まれないではないか。そもそも一乗寺はひとりでいいはずなのだ」

 

「......」

 

「この世界でも、このままでは、私が生まれないではないか」

 

「......」

 

こちらに近づきながら交わされる2体の会話、ただしくは一方的な会話の意味を2人はまるで理解することができなかった。わかるのは、激昂している化け物たちがこちらを殺そうとしていることだけである。切羽詰まった絶望感が爆発的な殺意に変わる瞬間を2人はたしかに目撃したのだ。そして駆け出すのだ。このままでは殺される。沈黙を守っている方の化け物の鋭い刃が操り人形のようなぎこちなさでこちらに振り上げられた。

 

「やめてください、ヴァンデモンさま!」

 

踊り場の姿見から突然、白い猫が現れた。一乗寺兄弟はなんだと足を止め、そっと上を見上げる。

 

「誰かと思えばテイルモンか。ようやく私を抹殺する気になったか」

 

「違う、ちがいます、これはそういう意味じゃない!」

 

「何が違うというのだ」

 

「それはこちらの台詞です!一乗寺兄弟にここまで執着する理由はなんですか、それも直接殺そうとするなんて!!それは本当にあなたの感情なんですか、記憶なんですが、ヴァンデモンさま!!」

 

テイルモンの言葉にしばしの沈黙が降りた。

 

殺人犯に自首を説得するような誠意を持って、テイルモンはまっすぐにヴァンデモンを見て、淡々とひと言ひと言語った。

 

一乗寺兄弟に攻撃がこないよう、戦闘態勢はくずさないまま、じっとヴァンデモンを見上げていた。2体の会話をよくわからないまま聞くしかない一乗寺兄弟である。2人は顔を見合わせる。

 

よくわからないが、テイルモンと呼ばれている白い猫はヴァンデモンと呼んでいる吸血鬼みたいな男の部下らしい。ただ、話を聞くかぎり、なんだか事情がありそうだ。まるで操られているかのような問答が続く。

 

治はずっと沈黙を守っている怪物がこちらから一瞬たりとも目を離さないことに気づいて、賢の手を握る力を強めた。

 

「にいさん?」

 

賢がそれに気づいて顔を上げる。

 

「あいつ、ずっとこっちを見てる」

 

「......あ、昨日、襲ってきた......」

 

「......なんだ?なんであっちのやりとり無視してこっちを見てくるんだ?」

 

「......わからないよ、兄さん」

 

「......だよな。よくわからないが、離れよう、賢。このままだと昨日みたいにまた襲われかねない」

 

「うん......」

 

「きになるか?」

 

「うーん......」

 

「賢」

 

「なに?」

 

「もしかして、あれか」

 

「あれ?」

 

「光が丘と同じ感じがするのか?悪い奴じゃない感じが。あの化け物から」

 

「......あ、そうかも」

 

「やっぱりか」

 

「やっぱりって?」

 

「光が丘のあれをみた次の日、お前遼とずっと盛り上がってたんだよ。おっきなきょうりゅうさん、おっきなとりさん、かっこよかったねって。ぶじにかえれてよかったねって」

 

「───────え、遼さんと?」

 

「なんだ、そこまで思い出したわけじゃないのか?あいつと同じ幼稚園に通ってたじゃないか。光が丘でみたこと、ずっと話してただろ。僕にはなにもみえなかったけど。それ話したら、絶対にいたって2人して癇癪起こしたみたいに怒ってさ。そのわりにある時を境に記憶が抜け落ちたみたいに引っ越した理由まで忘れてたんだぞ、お前」

 

「そうなの?」

 

「そうだよ」

 

「そうなんだ......」

 

治はためいきをついた。

 

「いつもそうだな、お前らは。僕だけほっといて、2人でばっかり盛り上がる。僕にも信じて欲しいっていいながら、僕がもしかしたらって思ったら忘れる。綺麗さっぱりだ。ここまでいうのに思い出せないのか?あれだけ仲良かったのに」

 

 

「......?」

 

「ぴかぴかの泥団子、あれだけ一生懸命練習して作ってたのに、忘れるんだもんな、お前。遼と賢みたいにはなかなかできなくて悔しくて練習してやっとできて、見せたら、さすが兄さんって言われた僕の気持ち、少しは考えてくれよ。教えてくれたのは、お前だったんだぞ、賢」

 

「え、うそ、だってあれは......あれは、兄さんが僕に教えてくれたんじゃ?」

 

「だから、違うっていってるだろ。その様子だとまだみたいだな。まあいいか、そのうち思い出すだろ。とにかくわからないことが多すぎる、今は離れよう、賢。あいつらだってなにもできない僕たちがいたら、戦えないだろ」

 

「う、うん......」

 

賢は治に手を引かれて、病院の一階に向かった。自動ドアは結晶化の影響で半端なところで止まっていて、力を込めれば簡単にあいた。ぱらぱらと手についた結晶を払いながら、2人はどこか隠れられそうなところを探す。

 

病院敷地内にはきれいに整備された生垣がある。その先には中庭がみえた。病院内からみえてしまうが、コンクリートとのあいだには隙間がある。あのあたりなら子供がかくれられそうだ。2人は息を潜めながら、そちらに隠れることにする。

 

しばらくして、濃霧がさらに濃くなってきていた。人々の悲鳴が、激しい物音が、2人を怯えさせたが、必死で耐えた。昨日と違って見つかったが最後、あのトンネルの向こうに拉致されているのだ。昨日のあれは下見だったのかもしれない。なによりも、よくわからない理由ながら首謀者たるあの吸血鬼みたいな男はたしかに一乗寺兄弟を殺そうとしたのはたしかだ。それが余計に2人を慎重にさせた。

 

様子をうかがうために、時々2人は茂みの隙間から空を見上げた。

 

「ゴーグルの、ひと、か?」

 

「兄さん?」

 

「賢と遼がいってたのは、あれか?あれなのか?お前たちがみてたのは。僕がみれなかったのは」

 

治に促されて空を見上げた賢は、太一たちがヴァンデモンの配下から病院の人々を守ろうとする姿を最前線で目撃することになる。それは未だに朧げだった4年前の出来事を思い出すには充分すぎるほどのトリガーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

メタルグレイモンの攻撃力は核弾頭一発分に匹敵する。バケモンたちはその一撃を受けると跡形も残さず消滅する。上空のデジタルゲートを妨害する形でシンのパソコンに構築されたデジタルゲートにデータの残滓が転送されていく。現実世界とデジタルワールドの境界があいまいだからこそ、転生システムが生きている限りはダークエリアに送ることで結果としてデジモンたちを助けることができていた。なんとも皮肉な話だ。

 

逆さまのデジタルワールドの蜃気楼に、デジタルゲートにもう少しで届く、というところまで突入しかかったとき、無数の真っ赤で毒々しい棘が襲い掛かった。

 

周囲の環境との結びつきを喪失させるような錯覚がメタルグレイモンを襲った。肉体から離れ魂だけとなり浮遊する感覚、宇宙空間をさまよう、幼年期のころの記憶の想起など、頭の中がどんどんぐちゃぐちゃになっていく。あまりに強烈で現実的なため実際に自分が肉体を離れたと思いはじめてしまい、飛行能力が極めて不安定になっていく。

 

その毒性は即効性の幻覚剤に似ていた。太一は驚いてメタルグレイモンに呼びかけるが、体内に毒が回ってしまったメタルグレイモンは運動神経を蝕まれてしまい、太一も捕まるのがせいいっぱいなほどぐらついていく。そのまま地上に落下してしまった。

 

「太一、危ない!」

 

「メタルグレイモン、大丈夫?」

 

助けに入ってくれたのは、ガルダモンに乗った空だった。なんとか落下は緩やかになり、攻撃する隙を狙っているバケモンたちはガルダモンが放った必殺技によって一掃された。

 

「メタルグレイモン、大丈夫か?動ける?」

 

太一はデジヴァイスのウイルスバスターを起動してみるが、メタルグレイモンは解毒する気配はない。どうやら暗黒の力由来の能力ではないようだ。ほっとしたものの、メタルグレイモンは全身が麻痺してしまったようで、思うように動けないようだ。

 

「デジタルゲートの向こうに誰かいる、気をつけてくれ」

 

「わかった」

 

「でも、向こうに連れて行かれた人のことを考えると、ここから攻撃することはできないわ。どうなっているのかわからないもの」

 

「そうなんだよなー、だからさっきメタルグレイモンやられちゃったんだ。くっそ、卑怯なやつめ」

 

太一は悔しそうに空を見上げた。

 

「バケモンたち、倒しても倒してもデジタルゲートから出てきてるもんなあ。ヴァンデモンの手下だから、きりがない。あーもう、くっそ!どうすりゃいいんだよ!」

 

しかし、ヴァンデモンの軍勢は待ってなどくれない。

 

「大丈夫?私にまかせて」

 

迫り来るバケモンたち。リリモンが治癒の魔法をかけたおかげで、ようやくメタルグレイモンは動くことができるようになった。近くまできていた軍勢を撃ち落とす。

 

「ねえねえ、太一さん。もしかして、メタルグレイモンが刺されたの、みんな刺されてるのかな......」

 

ミミの言葉に太一たちはは否定することができない。ガルダモンはデジタルゲートから展開される無数の毒の矢の雨からリリモンを守るように必殺技を放った。一瞬にしてあたりは焼き尽くされていく。その爆炎を突き破り現れたのは、無数のナイフだった。

 

その切先には先程の毒の矢と同じ毒々しい赤が塗られているのがわかる。

 

ガルダモンの必殺技を突破して降り注ぐナイフの雨。冷たく光る刀身は、加速度的に落下していく。たちまち大気中の蒸気を表面に集めるが、早すぎて結晶化する物質すら置き去りにして落ちてくる。

 

このままではまずい。メタルグレイモンが胸部の発射口から高熱のエネルギー波ジガストームを噴出させた。焼き尽くしてしまえば問題ないと踏んだのだが、発射された光線を縫うように避けたナイフは、一本もかけることなく太一たち目掛けて落ちてくる。どうやら追尾機能があるか、誰かが遠隔操作で操っているようだ。

 

太一たちはあわててデジヴァイスの結界を起動した。迫り来るナイフたち。3人分の結界はかなり強固なようで、10メートルほどの空間をあけて、まるで終盤の黒髭のように四方八方がナイフにとりかこまれてしまった。

 

「あ、あっぶねー」

 

「少しでも遅れてたら、私たち今頃......」

 

ミミは怖くなってきたのか、空にしがみついた。がん、がん、がん、と明確な殺意をもってナイフたちが結界を突破しようと叩き始めるものだから、ミミはひい、と声を上げた。光もさすがに目の前で自分たちの心臓を狙っているナイフがずらりと並んでいるのだ、青ざめていた。

 

「わあああっ!!」

 

その時だ、病院の中庭から少年の声がしたのは。太一たちが反射的にそちらを見ると、ナイフたちもいっせいにそちらを向く。そして、いっせいにとびかかった。太一たちの視界が開ける。結界の先には、2人の少年たちがいた。どちらも、見覚えがある。あってはならない事態だった。

 

「一乗寺、逃げろ!!」

 

「あんなところに隠れていたの?!」

 

「いやああああ!!」

 

子供たちの悲鳴が木霊した。───────そのときだ。

 

羽音が聞こえた。場違いなほど大きな羽音だった。それは大きいだけでなく、衝撃も放射状に広がっていき、ナイフもろともメタルグレイモンたちまで吹き飛ばしてしまう。ナイフの操作を妨害する効果もあるのか、あれだけ自由自在に飛びかっていたナイフはただの無機物となり、あたりに乾いた音をたてて転がっていった。

 

そして、無防備な少年たちの前に、太一たちの見慣れた光が現れた。デジヴァイスの光だ。

 

巨大なハウリングノイズは太一たちもふくめ、聴覚を完全に麻痺させてしまう。くらくらして、立っていられなくなってしまう。太一たちがみたのは、かろうじて見ることができたのは、みたことのないデジモンが一乗寺賢にデジヴァイスをさしだすところだった。すでに結界は展開されている。間違いない、あのデジモンは賢のパートナーデジモンだ。

 

そして、バケモンたちが身動きとれなくなったのを見計らって、襲い掛かったのである。

 

「あ、あれ......もしかして、昨日の......?」

 

テレコムセンター駅の集団昏睡事件を発見して、通報しているミミを待ちながら、デジモンの臭いがしたことをリリモンは思い出す。

 

「しってるのか?」

 

うめきながらメタルグレイモンはきく。

 

リリモンはうなずいて、朝話したテレコムセンター駅で突如デジモンアナライザーから消失したデジモンではないかと話すのだ。

 

「あれが、賢君のデジモン?」

 

「テイルモンみたいに、進化してる......あれが、ディノビーモン?」

 

「かもしれないな」

 

光は死の舞踏をじっとみていた。あのデジモンが光がなっちゃんからもらったお守り、ホーリーリングで延命している一乗寺賢のパートナーデジモンなのだとしたら。メタルグレイモンたちを助けてくれたのだ。自分の力を制御してくれていたお守りを手放すのは怖かったけれど、こうして味方になってくれたのなら、よかった、と思うのである。

 

「なんか、あれだな。大輔のパイルドラモンに似てんな、あれ」

 

「そうね......」

 

あれだけ苦戦していたナイフと毒矢をただの置物にかえるノイズはずっとひびいている。メタルグレイモンたちはだんだん慣れてきたのか、持ち直した。

 

「これならいける!」

 

メタルグレイモンたちはデジタルゲートに潜む敵を引き摺り出すべく、ふたたびとびたったのだった。

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