(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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最終章
第178話


 

 

現実世界の1分がデジタルワールドの1日だ。現実世界の1時間は60分だからデジタルワールドの60日。1日は24時間だから、24時間×60日は1440日。さらに5時間分追加すると、29時間×60日は1740日となる。デジタルワールドも1年は365日だから、1740日は4年と280日。だいたい4年半くらいだろうか。

 

仕方がないとはいえ、選ばれし子供がデジタルワールドを離れてから4年半近くもたってしまっている現実に、大輔たちは焦燥感ばかりが湧きあがってくる。

 

ピーターモンたちが夢見た結晶世界が実現するまで時間がない。デジタルワールドを蔓延る暗黒の力との決着をつけないかぎり、逆さまのデジタルワールドの蜃気楼は空から落ちてくるばかりなのだ。

 

本音をいえば、家に帰って家族と話して、デジモンのことを話して、朝仕切り直しといきたいところだったが、それではさらにデジタルワールドの年数を重ねてしまうことになりかねない。それに1日たったら、それだけ結晶世界と化す国も出てくるだろう。そうなればいよいよ世界の終わりも近い。

 

ゲンナイさんたちに拉致されていた人々のことを任せてある。ヴァンデモンの居城だった光が丘のネットワークはデジタルワールドのセキュリティシステムが総動員で最適化を進めている。それが完了するのは1時間後。ヴァンデモンたちがいなくなった東京はようやく電波障害から解放されたため、交通機関は復旧し始めている。ただ、お台場から光が丘に行くには、3回も乗り換えなければならないと八神兄妹が全力で止めてきたため、準備をしたらすぐに及川さんたちが迎えにきてくれることになった。

 

「30時間ってことは、えーっと、1740日に60日足して、365日でひいてくんだっけ」

 

「4ねんと340にちだね、だいしけ。5ねんとあんまりかわらないよ」

 

「5年......5年かぁ......光が丘テロ事件より時間がすぎちゃったのかぁ......みんな、大丈夫かなあ」

 

「だいじょうぶだよ、きっと。だって、がんばってオレたち、デジモンたち、かえしてあげたもん。ダークエリアか、デジタルワールドに。あんこくのちからは、がんばってつよくならないようにしたもん。あっちがどうなってるかはわからないけど、オレたちはできることをやったよ」

 

「うん、そーだよな!へへへ、なっちゃんたちも頑張ってるみたいだし、こっちのこと任せて、今度は俺たちががんばろーな!」

 

「おー!」

 

大輔はただいま、サマーキャンプでお役御免になったはずのリュックの中に、ありったけの荷物を詰め込んでいるところだった。

 

あっちでは今度は何日過ごすことになるのかはわからないが、夕ご飯までには帰ってきたいなあと思う。

 

デジタルワールドの1日が現実世界の1分と知った今、浦島太郎になることはない安心感から、根拠もないのに大輔は楽観的に考えていた。

 

「大輔、入るわよ」

 

「うえっ!?」

 

チビモンはわたわたしながら大輔がひっつかんでベッドに放り投げる。チビモンはタオルケットを掴むとそのままかぶった。ドアが開く。大輔はジュンとの約束通り、ゴーグルを外して横においといた。

 

ドアが開く。大輔がゴーグルをおいていることを確認したジュンはどこかうれしそうだ。

 

「アンタもやればできるじゃない、大輔」

 

「うん?うん」

 

「で?お母さんがハンバーグつくってるのに、なにやってんの、あんた」

 

「え?え、えーっとぉ......」

 

ジュンはためいきをついた。チビモンが潰れやしないか大輔はひやひやしたのだが、不自然にもりあがっている塊はさすがにジュンにはバレバレだったようで、ふーん、というだけでいつもみたいに座らなかった。

 

「アンタのおかげなんでしょ、電波障害が直ったり、通り魔の事件が起こらなくなったの。ううん、八神くんたちのおかげ?」

 

「なんで?」

 

「なんでって......あのねえ、大輔。まあいいわ、聞いた方がはやいと思うから。はい、電話。火田さんとこから」

 

「火田......え、伊織んちから!?」

 

「なに驚いてんのよ。化け物たちから飛行機守ったの、伊織君たちが乗ってるからじゃないの?」

 

「え?え?あれ、そうだっけ!?っつーかなんで姉ちゃん知ってんの!?」

 

「火田さんから電話だっていってんでしょ、パニクリ過ぎ。聞いたに決まってんじゃない」

 

ジュンはニヤリと笑う。

 

大輔はただヤマトたちが戦っているところだったから合流しただけであり、及川さんの亡き親友の家族が乗っているとしか聞いていなかったため、よくわかっていなかった。

 

言われてみれば、京と同じマンションに住んでいて、一緒に遊ぶようになった弟分はお父さんが亡くなったとかでサマーキャンプを急遽キャンセルしていたような気がしないでもない。

 

もしかして、もしかするんだろうか。及川さんの親友ってまさか、伊織のお父さん?そういえばヒロキって......。

 

そこまで考えて受話器を受け取った大輔を待っていたのは、今にも泣きそうな声をした弟分の声だった。

 

「もしもし、大輔さんですか!?」

 

いつもなら伊織は声が小さくてよく聞こえないから、受話器を強めに押し当てる癖がついていたのがあだになった。伊織には珍しく大きな声なものだから、大輔はたまらず電話から離れた。

 

「き、聞こえてるからぁ!そんなおっきな声だすなよぉ、伊織!」

 

「だって、だって、あの、その、大輔さんたちのおかげで助かったのに、大輔さんたち、みんな空の向こうに消えちゃって、それで......!心配になって、やっと繋がったら、帰ってきてるっていうから!!」

 

うわあん、という泣き声に変わってしまう。あー......、と大輔は時計を見た。あのときはたしかにヴァンデモンたちをなんとかしなくちゃ、とみんな頭がいっぱいで、及川さんたちがあとは任せてくれといってくれたから、デジタルゲートに飛び込んでそれきりだった。帰ってきたら、飛行機の不時着と乗客乗員全員無事というニュースが大々的に流れていたから、安心しきっていたのだ。

 

化け物がどうとかいう話もあったのだが、なにせ映像が残っていない。証拠もない。ただ激戦の記憶が成田空港の敷地内に残るのみだが、伊織の反応を見るに大輔たちの素性がわかったのはおそらく伊織一家だけのはずだ。

 

大輔は伊織が泣き止むのを待っていたのだが、ようやく安心したからか、伊織は一向に泣き止まない。困っていたら、電話がかわる音がした。

 

「もしもし、火田主税(ちから)です。伊織が泣き止まないから変わってもらったよ、すまん」

 

「あ、伊織のおじいちゃん。こんばんは」

 

「はい、こんばんは。大輔君。いつも元気な挨拶をありがとう、君の声を聞いているとわしまで元気になるよ。いつも伊織と遊んでくれてありがとう」

 

「えへへ、はい!」

 

「それと、ありがとう」

 

「はい」

 

「本当にありがとう、ありがとう。なんと感謝したらいいか。あの墜落の仕方は今思うに全員生存したのは奇跡としかいいようがない。あの時は本当に死を覚悟したんだ。どうか、きみの素敵なお友達にお礼を言わせて欲しい。もしよかったら、一度会わせてくれないか」

 

「あー、はい。ちょっと俺、これからでかけるんで、また今度でもいいですか?今すぐはちょっとむずかしいかも」

 

「今から?こんな時間に?」

 

「えーっと、そのぉ......うーん......」

 

大輔はどういったものか考えていたものの、思いつかない。だから、いおうと思った。今なら、信じてくれそうな気がする。

 

「外、ずっとへんですよね、空」

 

「ああ、たしかに。飛行機はあれに触れたから墜落したんだと及川君から聞いたんだが......まさか、まだ、おわっていないのかい。なにも?」

 

「あれをなんとかしないと、だめなんです。みんな、結晶になっちゃうんだ。だから、俺たち、これから行くところがあるんです。絶対に」

 

「そうか......」

 

しばしの沈黙が降りた。

 

「わしは及川君とヒロキに、本当にひどいことをしたんじゃな......。だが、及川君は親友の家族が乗っているから助けてくれといったと、小さな少女がいっていた。及川君は警察の現場検証の証言にいってしまって、まだちゃんと話ができていない。話してみるよ、色々と。デジモン、じゃったか。わしらの命の恩人について」

 

「はい!それがいいです、だって及川さん、俺たちよりずっとずっとデジモンのことに詳しいんですよ、ほんとに!」

 

大輔の嬉しそうな声を聞いて、主税はまた伊織と変わった。どうやらようやく落ち着いたようだ。

 

「大輔さん、また、いっちゃうってほんとですか?ちゃんと帰ってこれたのに?せっかく話せたのに?」

 

「大丈夫だって、伊織。夕ご飯、ハンバーグだからさ。それまでには帰ってくるからさ、心配すんなって」

 

「ほんとですか?」

 

「ほんと、ほんと」

 

「約束、してください」

 

「約束?」

 

「はい、約束です。僕、お父さんは守ってくれなかったから、あんまり好きな言葉じゃないんですけど」

 

「うん」

 

「及川さんはお父さんとの約束守ってくれたから、僕たちは助かりました」

 

「うんうん」

 

「だから、大輔さんも約束してください、ちゃんと夕ご飯までに帰ってくるって。そしたら、僕、約束って言葉、また好きになれそうな気がするんです」

 

「わかった、約束な。絶対帰るから。そんでさ、伊織にも会わせてやりたいやつがいるんだ、楽しみにしててくれよな!」

 

「はい!」

 

電話を切った大輔は、ずっと真横で聞いていたジュンに気づいて、あ、と声をあげた。

 

「ほんと単純よね、あんた」

 

ジュンは笑っていた。

 

「はい、これ」

 

「これ......」

 

「帰ってきたら、すぐ電話しなさいよね。約束よ」

 

ジュンのPHSだった。

 

「終わったら、教えてくれるんでしょ、ぜんぶ」

 

「うん、全部話す。約束したもんな」

 

「なら、それまで我慢するわ。絶対に帰ってきなさいよ、夕ご飯までに」

 

「うん!」

 

「じゃあ、大輔にお使い頼むってお母さんに伝えるから」

 

「ありがとう、姉ちゃん!」

 

大輔はジュンに見送られて、こっそりうちを後にすることになる。

 

「あーあ、ジュンと話してみたかったなあ」

 

「全部終わったらって約束したんだ、俺だって我慢したんだからチビモン抜け駆けなしだぞ」

 

「わかってるけどさー」

 

リュックの隅っこから顔だけ出したチビモンのリュックを揺らしながら、大輔はエレベーターではなく階段を降りていく。

 

「終わったら、ゲンナイさんのかくれがに姉ちゃん連れてくんだ」

 

「いおりとか、おいかわとかは?」

 

「約束したけど、最初はやっぱ姉ちゃんだよ」

 

「そっかあ」

 

「そうだよ。だからな、チビモン」

 

「うん」

 

「がんばろ」

 

「おー!」

 

夕日が落ち、暗くなるばかりのタワーマンションの真下には、今日一日お世話になっているレンタカーがすでに止まっていた。大輔の住んでいるマンションだけ他の子供たちより距離があるから、大輔が一番最初らしい。

 

運転手はやっぱり銀河鉄道999に出てくる車掌みたいな格好をした無口のデジモン、及川さんが提供したテクスチャを組み込んだ完全体のデジモンだった。

 

ロックを外す音がした。乗れ、と手で促される。はーい、といいながら乗り込んだ大輔は、リュックを肘の上に乗せた。

 

「あー、やっぱりリュックのそとがいいよう、だいしけー!せまあい!」

 

車のドアを閉め、シートベルトをしている最中、リュックの隙間から無理やり身体を出そうとしてくるチビモンにあわてて大輔はリュックをあけた。

 

「だって仕方ないだろ!大人のひと、たくさん帰ってくる時間なんだから!」

 

外には帰宅ラッシュのために駅から自宅を目指して歩く大人がたくさんいる。今日一日電波障害に化け物騒ぎ、通り魔、いろんな事件のせいでようやく家に帰る人だらけのようで、いつになく人の数が多いのだ。

 

「ほんとだあ。電車じゃなくてよかったねえ」

 

「そうだなあ。絶対近所の人に見つかって怒られるって。今の時間にこっそり出ていったらさあ、目立つよすっげえ」

 

「だねえ」

 

大輔たちの話を聞きながら、運転手は車を走らせ始めた。目指すは少し離れたタワーマンション群である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

選ばれし子供たちが予言の書より7年も早く帰還することを察知した暗黒の力は、四聖獣たちの封印を完了する前という状況に危機感を抱いた。デジタルワールドの全てのデジモンを抹殺して糧にする準備段階の最中だったのだ。このままでは、と思ったのだろう。螺旋の鎖が四方八方に展開されていく。はるか上空に鎮座する深淵から、選ばれし子供たちのゲートポイントめがけて、必殺技が放たれた。

 

「ダークネスゾーン」

 

絶対零度の冷たさがあたりに広がっていく。暗黒の空間が生成され、そこから無限に広がる闇がうまれる。そして、選ばれし子供たちをその空間に閉じ込めようと誘い始めた。その空間に闇に包まれたものは、全方位の方向感覚を失い、消滅していく運命となる。そうなれば最後だ、全てを無に返してしまう。その恐るべき必殺技が放たれた。

 

太一たちは空から黒いなにかが迫り来るのがわかったが、それを阻むようにあらわれた光が打ち消してくれた。東西南北から飛来した光が四つから一つにあつまり、その必殺技を無効化してくれたのだ。

 

それは四方を守護するデジモンたちの加護だった。それは選ばれし子供たちを守るように展開される。それはただでさえ、暗黒の力の侵攻をこう着状態を維持するのが精一杯だった四聖獣の力を奪うことにもつながってしまう。そして、均衡が崩れた。世界の崩壊の始まりである。

 

太一たちは、世界の果ての東西南北の端が煌めいたのを目撃した。それは四聖獣たちが封印されたことを意味していた。

 

以上が太一たちがやってきたデジタルゲートを表示している古いパソコンの映像から聞き取ることができた事実だった。ゲンナイさんがなにかいいかけたときだ。

 

「ぐうううう───────!!」

 

いきなり苦しみ始めたゲンナイさんをピッコロモンが支えてやる。

 

「ゲンナイさん、大丈夫!?」

 

「いきなりどうしたんだよ、ゲンナイさん!?」

 

あまりの痛みに話すことすらできなくなったゲンナイさんの代わりにピッコロモンが教えてくれた。

 

前話したとおり、ゲンナイさんはデジタルワールドのセキュリティシステムを代行する末端であり、エージェントである。暗黒の力の襲撃から紋章とデジタマを守りながらファイル島にいく途中で、暗黒の力の種子を埋め込まれてしまった。暗黒の種子の効果は、選ばれし子供た地は既に知っているはずだ。黒い歯車、黒いケーブル、あるいはヴァンデモンの中を満たしていた粘着質な液体というかたちで。それゆえに、その影響から逃れるために隠れ家という隔離された空間から出ることができない。

 

今まさにデジタルワールドは暗黒の力が活性化しているため、隔離された空間にいるにもかかわらずゲンナイさんへの干渉が強くなっている。暗黒の力のデータ改竄という脅威に対してゲンナイさんを構成するプログラムが必死で防衛しているために、痛みとなってあらわれているらしい。

 

暗黒の種子の発動条件は、情緒の不安定さ。本能と理性と感情とがバラバラになってしまうくらい、感情がぐらついたとき。今のゲンナイさんは、思考のリズムがどことなく不均一で、それが部屋の空気をのばしたり縮めたりしている。自分で自分の感情の振れ幅についていけていないように感じる。

 

いくらテンプ湖底の結界で心が乱されないよう鍛錬してきたとはいえ、目の前で四聖獣たちが封印されたことを知ったゲンナイさんの衝撃はすさまじいものがあったようだ。

 

そうしているあいだにも、ゲンナイさんの支援を妨害しようとしているのか、ゲンナイさんの背中から煙が上がり始めた。なにもないのに燃え始めたのだ。ゲンナイさんはもう我慢できないようで、画面の外から消えてしまう。ピッコロモンがあわてて抱き起こそうとしたところでデジタルゲートは真っ暗になってしまった。

 

「ゲンナイさん、大丈夫かしら......」

 

「なんだよ、ゲンナイのじーさん。そんなにやばかったんなら、もっと早く教えてくれたらよかったのに。そしたらもっとはやく......」

 

「僕らに心配、かけさせたくなかったんですかね?」

 

「たしかに現実世界のことで手一杯だったからなあ......」

 

「つまり、ここからは俺たちがやるしかないってことだな、太一」

 

「そういうことだな」

 

「こっからほんとに孤立無援てわけだね」

 

見上げる選ばれし子供たちを嘲笑うかのように、世界は崩壊し始めていた。重しをするように四聖獣が司る方角の聖地の真上から世界は再構成され始めたのである。そのエリアに住むデジモンたちの虐殺が始まった。

 

はるか上空の空が、すべてが次々に空へ舞い上がる。太一たちは呆然とそれをみていることしかできなかった。目の前で起こっていることを選ばれし子供たちは、誰ひとりとして理解することができなかったのだ。

 

地平線の向こう側では、逃げようにも逃げる先がない天変地異が起こっていた。すべてのエリアで発生している大災害である。

 

それは奇しくも古代デジタルワールド期と同じ状況を形成していく。かつて先代の選ばれし子供たちはこの大災害を経験したのだと思い知る。予言の書の碑文にかかれていたことが今まさに再現されている。

 

何が起こったのかは、きっと古代デジタルワールド期を生き残ったデジモンたちしかわからない。

 

だから、予言の書について、知っている選ばれし子供たちは、なおのこと絶句するのだ。パートナーデジモンたちも思い知るのだ。まさか、目の前で、古代デジタルワールド期の戦争時の状況を今ここで再現されるなんて誰が思うだろう。平和になったはずの世界が、再び崩壊していく様を彼らは見ていることしかできなかった。遥か彼方では巻き上げられたすべてが渦を巻き、次第に肥大化していく。ある法則に従って4つの物質に分けられて、無数の手のように絡み合う。円錐状の禍々しい物体が作り上げられていく。

 

 

太一の立っていたあたりがぐらぐらと揺れだした。ぼこぼこと土の塊が引っこ抜かれ、空に吸い上げられていく。お兄ちゃん、と今にも泣きそうな顔をした光が抱きついてきたので、太一は必死でその手をとった。慌てて子供たちは大きな木にしがみつこうとしたが、その木々も地面から根こそぎ引き抜かれた。ものすごい勢いですべてが上昇し始める。悲鳴があがる。振り落とされないように、木の根っこにしがみついた子供たちは、あまりの衝撃に目を開けられない。どんどん高度をましていく大木の風圧に耐えるのに必死で、なにもできない。周囲は振り落とされた名前も知らないデジモンたちの悲鳴がこだました。何も聞こえなくて、よかったのだ。がれきに押しつぶされたり、データの分解にまきこまれたり、一歩間違えれば自分がそうなっていたとわかってしまうから。

 

 

ようやく太一が目を開けると、崩壊の一途をたどる世界がそこにあった。どうやら崖付近に倒れていたらしい。落ちないように下がってから、また崖が崩壊しやしないかはらはらしていたがそれもない。ようやく息をはいて、もういちど崖下をみた。無数の穴が生まれ、その向こうには真っ黒な空間が広がっている。海ではない。海すら空に吸い上げられてしまい、今、眼下に広がるのは闇だけである。東西南北に出現した巨大な螺旋の柱に再構築されていく世界を見渡して、太一がいた木はエリアにデータごと編入されたらしい。傍らには死んでも離すまいと抱きしめていた光がいる。ほっとした太一だったが、みんながいないと気づいて血の気が引いた。みんなの名前を呼んでみるが、返事はない。まじかよ、と太一はつぶやいた。

 

 

なにもない平原に太一と光はいた。太陽が沈んで、雲のない西の空に夕焼けの名残の赤がぼんやりと残る空が広がっている。すぐの黄昏時。何があるのかはぼんやりと確認できる。太一たちは仲間を探すために歩き始めた。

 

 

「デジタルワールドに一体何が起こってんだよ」

 

 

くそ、とデジヴァイスを握り締める手は白む。お互いを探知できるサーチ機能を便りに、ひたすら太一たちは前を進むしかなかったのだった。

 

「お兄ちゃん、あれ!」

 

 

「あっ」

 

言い合いの声が聞こえた光が指さす先には、奇跡的に生き延びたらしいデジモンたちがいる。種族も属性も世代もばらばらだ。突然わけのわからない世界に投げ出されたらしく、みんなボロボロだった。これからどうするのか相談していたら、喧嘩になったらしい。仲裁しようと近づいた太一の足を止めたのは、突然黒い煙が発生したからだ。あぶない、逃げろと叫んだけど遅かった。あっという間にデジモンたちは飲み込まれてしまう。いそいで駆け寄ろうとした太一を制したのは、懐かしい声だった。

 

「デジヴァイスをかざせ!」

 

はじかれるように顔を上げた太一と光は、あわててデジヴァイスをかざす。鮮やかな閃光が迸り、デジモンたちを包み込んだ。黒い煙はかき消されるようにして、跡形もなくなくなってしまった。どうやら、あの黒い煙は、暗黒の力が気化したガスのようだ。太一たちは背筋が寒くなる。もう少し来るのが遅かったら、あのデジモンたちは。

 

我に返ったらしい彼らは、あたりを見渡している。そこに守護デジモンがいると気付いて助けを求め始める。避難区域であろう転送装置がまだ生きているからいけ、といわれた彼らは、我先にとこの場を後にした。

 

「レオモン、久しぶ......あれ?」

 

よくみればそこにいたのは、声こそ似ていたがレオモンではなかった。肉体が機械化しているではないか。

 

「久しぶりだな、太一。無事に現実世界から帰ってこれたのだな。また会える日を夢みて頑張ってきた甲斐がある」

 

「えーっと、レオモンだよな?」

 

「ああ、お前たちが旅だってから5年になるんだ。進化もするだろう。今の私はグラップレオモン、敵に機械型のデジモンが多くてな、取り込むデジゲノムもまた機械の因子が強かったんだろう」

 

「あー、なるほど。普通のデジモンはそういや進化先って決まってないんだっけか」

 

「まあ、太一のデジヴァイスの光の影響もあってか、ワクチン種にしか進化しないようだがな」

 

「へー」

 

そこにいたのは、様々な格闘ゲームのデータを取り込み、オリジナルの奥義をもって敵を打ち砕く、格闘系獣人型デジモンである。ワーガルルモンと違うところは、やはり全身を機械化していることだろうか。本人曰く、両腕・両足のタービンを高速回転させて変幻自在の技を繰り出すことができるらしく、タービンはデジコア(電脳核)から発する気合を一気に吹き付けることで回転させており、並大抵の精神力では続かないらしい。百獣の王レオモンのデータを受け継ぐグラップレオモンだからこそ、その正義への強い意志がタービンを究極まで高速回転させているようだ。

 

仲間たちと離れ離れになってしまった今、グラップレオモンと会えたのは不幸中の幸いとしかいいようがなかった。

 

「いきなり、世界がこの有様だ。一体何が起こったか、知らないか」

 

太一はゲンナイさんから聞いた話をグラップレオモンに伝えた。グラップレオモンは深刻そうな顔をしている。

 

「そうか......いよいよ暗黒の力が侵攻を開始したのだな」

 

「グラップレオモンはなんでここに?」

 

グラップレオモンは、ここにくるまでの経緯を教えてくれた。

 

さっきの黒い煙が、あちこちから吹き出す事件が続発し、原因を探るためにグラップレオモンはどんどん深刻化する現場を回っているうちにこのエリアまでたどり着いたところだったらしい。

 

まるで生きているようにデジモンたちを飲み込んでしまった黒い煙。無防備なデジモンたちの目の色はかならず攻撃色に変わる。太一はゾッとした。それは明らかに黒い歯車やケーブルに操られているデジモンたちがしていた目だ。グラップレオモンが呆然とみている目の前で、彼らの言い合いは殺し合い寸前まで発展して、みんなケタケタ笑って、血の臭いに興奮している地獄絵図となるらしい。

 

「デジヴァイスの聖なる光でなければ駆逐できないようだからな......私にできるのは暗黒の力に食われるまえに殺すことだけだった。あの煙に飲まれた時点でどうしようもなくなるのだ。だからといって、殺し合いして、最後の勝者が笑いながら死ぬところをみるわけにもいかない。さいわい、まだ予言の書と違って、まだ今のデジタルワールドは転生システムが死んではいないからな。こうでもしないとみんな暗黒の力の糧になってしまう」

 

グラップレオモンの言葉に、うなずいたのはテイルモンだった。

 

「進化の否定。それが暗黒の勢力の目的なのは間違いないらしいな」

 

「おまえは......ああ、そうか。見つかったんだな、よかった」

 

「紹介するよ、グラップレオモン。俺の妹で」

 

「八神光、です。よろしくお願いします」

 

「私はテイルモン、光のパートナーだ」

 

「そうか、こちらこそよろしく」

 

「ヴァンデモンさまを正気にすることは叶わなかった。だが転生できるだけのデータチップは守り切った。今はゲンナイさんの隠れ家にある」

 

「そうか......だが、デビモンのように餌になる末路を辿らなくてなによりだ」

 

「お兄ちゃん、デビモンって?」

 

太一はアグモンと一緒に、ファイル島の冒険を話しながら光に説明してやった。

 

「あ、そうだ、グラップレオモン。俺たち、今すぐファイル島に行かなきゃいけないんだよ。どうやっていったらいい?まだ転生システムが生きてるなら、ぜったいに暗黒の力は攻めてくるはずなんだ」

 

太一の言葉にグラップレオモンはうなずく。ファイル島はまだ世界再編のたつまきに巻き込まれていないから、真下の狭くなってきた海の中央に取り残されるように浮かんでいるという。今、太一たちがいるのは、四つの塔のうちのひとつ、かつ真上である。進化して真下に降りていくのは、世界が再構成されている途中だから、まきこまれでもしたらひとたまりもない。太一たちもろとも0と1のデータに分解されて、いしのなかにいる、ならぬ塔の中にいる、なんてことになったら目も当てられない。

 

さいわい、さっきデジモンたちを案内したデジタルゲートが生きているから、そちらに行こうと提案された。うなずいた太一たちは、先を急いだのである。

 

「あっ!」

 

「デジタルゲートが!」

 

あと少し、というところだった。

 

デジタルゲートが表示されたパソコンが忽然と姿を消したのだ。いきなり大地を裂くように発生した亀裂が大きくなり、その隙間にパソコンが落ちてしまったのである。太一たちは急いで覗き込んでみるが、そこにはすでになにもなかった。何百メートルもの深さの亀裂があるだけである。

 

「塔はまだ作られている途中だ。データの分解と再構成にまきこまれたのかもしれん」

 

「うっそだろー......どうやっておりたらいいんだよ」

 

「がんばって、おりる?」

 

「進化すれば飛べはするが......」

 

「うーん、どうしよう?」

 

途方に暮れる太一たちをあざ笑うかのように、目の前の亀裂がまた大きくなり始める。落ちないように後ろに下がり始めた太一たちは、毒ガスがまた噴射してこないよう祈りながら、デジヴァイスを構えていた。

 

黒い煙の代わりに、巨大な亀裂から、黒い霧のようなものが噴き出してきた。どんどん霧がその濃度を増していく。霧は生き物のように蠢き、どこからか、低い笑い声がした。10分もしないうちに霧は強度を増し、ほとんど固体といえるほどになってしまう。

 

真っ黒なににかが飛び出してきた。

 

「な、なんだあ!?」

 

思わず声を上げた太一たちの前に現れたのは。

 

「ヴァンデモン!?太一たちに倒されたのではなかったのか!?」

 

深紅の裏地のマントをはためかせ、翼のように大きく広げたシルエットはヴァンデモンその人だった。

 

「お前たちは全ての世界を暗黒で染め上げるための貴重な糧となるために集められることになるだろう」

 

だが、そこから放たれる言葉は、暗黒の思想そのものだ。その目が赤い光を放ち始める。

 

「わたしの結界からは誰しも外に逃れることは許されない」

 

それに、シルエットが次第に姿を変えていく。それは明らかに人の姿ではなくなっていく。

 

「ぐっひっ、ひっ、ひひひいいいいい!」

 

知性が、理性が、吹き飛ぶ瞬間を太一たちは目撃することになる。

 

濃霧から姿を表したのは、獣の下半身と甲虫のような外殻の上半身を持つ魔獣であり、闇の王ヴァンデモンの進化した真の姿。秘めたるパワーを解放したヴェノムヴァンデモンにあるのは破壊と殺戮の衝動だけであり、本来、紳士的に振るまい、理性や知性を保っているヴァンデモンは、この醜い真の姿をさらすことを嫌っている。デジモンアナライザーが反応した。

 

「ヴェノムヴァンデモン!?」

 

「なんでヴァンデモンが!?」

 

ヴェノムヴァンデモンはゆっくりと歩みを進めながら、体のあちこちから異様な色彩の光線を発射した。それは粘度ある塊になり、少しでも触れたものをそこから腐食していくのが見えた。

 

「まさか......」

 

「テイルモン?」

 

「まさか、回収しきれなかったデータで?」

 

「どういうこと?」

 

「ウォーグレイモンが奪還してくれたデータチップは、転生に必要なギリギリのデータ量しかなかったんだ。ということは......」

 

太一たちは空を見上げた。

 

「さすがですねえ、おわかりになりましたか」

 

不意に拍手が聞こえてきて、太一たちはあわてて後ろに振り返った。

 

「い、いつのまに!?」

 

「お前がこの塔の主人か!?」

 

「はじめまして、選ばれし子供たちよ。そして守護デジモンよ。吾輩はダークマスターズが1人、ピエモンと申します。どうぞ、お見知り置きを」

 

それは、奇抜な姿と神出鬼没な、全てが謎に包まれている魔人型デジモンだった。デジモンアナライザーによれば、魔人型のデジモンは謎の部分が多く、悪魔系やアンデット系とはまったく別次元的な存在で、正体はまったくの不明である。何の為に出現したのか、その存在目的も不明であり、それを解明する手段も現時点では無い。しかし、その力は強力無比であり、ピエモンと出会ってしまった場合は、己の運命を呪うしかないだろうとのこと。

 

ピエモンの背後には、おそらくウイルス種と思われる完全体のデジモンたちが控えている。ピエモンは恭しくお辞儀をした。

 

「よろしければ、吾輩たちのお相手をしていただけませんかな?」

 

「究極体が相手なら、おまえの相手はぼくだ!」

 

アグモンが進み出る。

 

「わかった、他の奴らは私たちでなんとかしよう。グラップレオモン」

 

「ああ、わかった」

 

エンジェウーモンとグラップレオモンは闇の軍勢に向かっていく。アグモンがワープ進化して、ウォーグレイモンになる。

 

「あなたが吾輩のお相手ですかな?どこまで楽しませていただけるかわかりませんが。どうぞよろしくお願いいたします」

 

「そうはいくか!」

 

ウォーグレイモンが牽制とばかりにガイアフォースを放った。

 

「やれやれ、いきなり必殺技とは礼儀を知らない」

 

ピエモンは呆れた様子で剣の一本を引き抜くと、一刀両断してしまう。

 

「ですが、あなたがそのつもりならば、付き合おうではありませんか。トランプソード」

 

ピエモンの四本の剣が消え失せる。次の瞬間、ウォーグレイモンの移動先の目と鼻の先に剣が現れたかと思うと、すごいスピードで襲い掛かってきた。

 

「あぶない!」

 

太一の叫びにウォーグレイモンは慌ててブレイブシールドを盾にする。なんとか攻撃は免れたが、ピエモンは当然だとばかりに笑っている。

 

「これはどうですかな?」

 

剣が消えた。

 

「太一、危ない!」

 

ウォーグレイモンはピエモンの視線に気づいて、太一に叫ぶ。その刹那、ウォーグレイモンの前にあったはずの剣が太一と光のところに出現し、八つ裂きにしようと現れた。

 

「うわあ!?」

 

「きゃああ!」

 

デジヴァイスの結界のコマンド入力が間に合わない。にたり、とピエモンが笑った。

 

「ホーリーアロー!!」

 

闇の軍勢目掛けて放たれた白羽の聖天使の矢が剣をもろとも貫通して吹き飛ばした。

 

「エンジェウーモン、ありがとう!」

 

うなずくパートナーに光たちはほっとしつつ、デジヴァイスの結界を展開した。ここからは常時発動していないとあぶない。パートナーの足手纏いになってしまう。

 

「戦いの最中に余所見はよろしくありませんねえ」

 

ピエモンの呆れたような声がした。

 

「ぐうっ!」

 

パートナーの危機に気を取られていたウォーグレイモンの両足に二本の剣がぐさりと貫通する。改めて召喚した剣が両手を貫通する。磔にされ、動けなくなってしまったウォーグレイモンに、ピエモンはにこにこしながら近づいてきた。

 

「痛いですか?なら、痛みを取り除いてあげましょう」

 

指を鳴らすと、ウォーグレイモンの上空に無数の剣が出現した。

 

「さあて、お目にかけますは、人体切断のマジックでございます!この方の四肢を胴体から切り離してさしあげましょう。みなさま、とくとごらんあれ!!」

 

「獅子獣波斬!」

 

グラップレオモンの腕のタービンを極限にまで高速回転させて、重力を捻じ曲げるほどの重い一撃を打ち込む必殺技が剣の雨をもろとも砕けちらせた。その衝撃はウォーグレイモンの剣をも粉砕する。

 

「大丈夫か!」

 

「ありがとう、助かった」

 

なんとか立ち上がったウォーグレイモンに、エンジェウーモンが回復魔法をかけてくれた。

 

少しでも力になりたい、と子供たちはデジモンアナライザーで解析できた敵の情報をパートナーたちに知らせる。

 

「ここから、仕切り直しだ」

 

「今日、究極体になったばかりのあなたが、5年ものあいだダークマスターズとして君臨している吾輩に、真正面から立ち向かうとは。ふふふ、いいでしょう。馬鹿正直なバカは嫌いではありません。どこまでいけるのかやってみなさい。吾輩たちを倒せる力もないのなら、世界を救うことなどできやしないのだとしるのです」

 

戦いの火蓋はきっておとされたのだった。

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