簡素な治療室には、病院特有の強い消毒液のにおいがした。そこには上半身が人型、下半身が獣型の半獣半人のデジモンがいて、手慣れた様子で怪我人の治療にあたっている。
体の内部から浮き出している硬質の物質で身を守り、右腕は武器と一体化している。さらに背中から突き出たダクトからは超高圧で気体を噴出し、一瞬だが音速に近いスピードで移動することができる。防御力、攻撃力、スピード全てにおいて優れているデジモンなのだと丈は賢に教えてあげた。
おそらく、古代種であろうディノビーモンが眠っていたダイノ古代境や先代の選ばれし子供たちの冒険の記録を記した碑文があった遺跡を守る守護デジモンでもあるのだと。
ファイル島でわかれたきりだったが、相手は丈のことを覚えていてくれていたようだ。ホエーモンから話はいっていたようで、ひと段落ついたときに話しかけてきてくれた。
「久しぶりだな、選ばれし子供たちよ」
「うん、元気そうでなによりだよ、ケンタルモン。紹介するね、ゲンナイさんから聞いているかもしれないけど、10人目の選ばれし子供の一乗寺賢君。パートナーのディノビーモンはズドモンといっしょにホエーモンの警護をしてるよ」
「はじめまして、一乗寺賢といいます。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。そうか、10人目のパートナーも選ばれし子供も、紋章も無事に見つかったのだな、よかった」
賢の胸元にあるタグを見て、ケンタルモンは嬉しそうにいう。
「もう200年前以上前のことだ。ゲンナイ様がファイル島のはじまりの街に暗黒の襲撃を逃れて命からがら逃げてきたときから、ずっと行方不明のパートナーデジモンのことを心配していたからな。ほんとうに無事に巡り会うことができてよかった」
「に、にひゃくねん......そんなに前なんですか」
「そうだな......いや待てよ、ディノビーモンといったか。ならば古代種に進化したことになるな。それならもっと前になるのか」
「え?ディノビーモンって、ズドモンたちと同じじゃないんですか?」
「本来なら、末裔のブイモンが現代種に進化したんだ、古代種のデジゲノムを強く継承している子孫だと聞いていたから、てっきり同じように現代種に進化すると思ったんだが、違うのか。進化条件を満たせるだけの古代種のデジゲノムがよく手に入ったな」
「???」
知らない単語ばかりが並んでいる。賢の頭にハテナマークが乱舞する。
「えーっと、なんていえばいいんだろう?どっから説明......ああ、うん、そもそもデジモンがなんなのかから始めた方がいいねこれ。そうだ、そうだよ、賢君は世界がこのままじゃ結晶世界になるからこのままじゃ嫌だって来てくれたんだもんね。ごめんよ、真っ先に説明すべきだったね」
「だ、大丈夫です、丈さん。デジモンがどういう生き物なのかとか、ここがどういう世界なのかっていうのはゲンナイさんから聞きました。というか、兄さんが色々問い詰めてるっていうのが正しいんですけど」
「あー、うん、きみのお兄さんの気持ちはよくわかるよ。僕らもきみを連れてきてくれっていわれて、一番困ってたのは説得の仕方だからなあ。そっか......集合場所まできみを見送りにきてくれるまでには色々あったんだ?きみが頑張ってくれたからなんだね。ありがとう」
「いってらっしゃいって、いってはもらえませんでした。勝手にしろって。でも、さすがに一人で塾から帰るハメになったら言い訳考えるの大変だから、塾が終わるまでにはいつものバス停にいろって」
「塾......夏期講習......あああ、すっかり忘れてたっ!シン兄さん、なんとか誤魔化してくれたかなあ!?でもなあ......」
「丈さん?」
「あはは......僕も人のこといえないよ。シン兄さんが医大生だからって、助けた人たちのこと全部任せて、そのどさくさに紛れてきちゃったとこ、あるしね」
「そうなんですか」
「そうなんだよ。だからさ、ちゃんと約束の時間までには帰ろうね、賢君」
「そうですね」
2人は顔を見合わせて笑った。
「ならば......賢といったか。君がまだ知らないパートナーデジモンのことについて、今から説明しておこう。大事な話だから、よく聞きなさい。まだ出会ったばかりで戸惑うこともあるかもしれない。だが、そのディノビーモンという君のパートナーデジモンは、君が生まれてくるずっと前から君のことを待っていたはずだ。古代種というデジモンをパートナーにもつということは、そういうことだよ」
そして、昔話は始まったのである。
「敵襲だ!」
昔話がちょうど佳境に入ったときだった。ディノビーモンが叫んでいる、とホエーモンがあわてた様子で教えてくれた。丈と賢はデジモンアナライザーを起動した。たくさんのデジモンたちの名前が並ぶが、その横にすべてdamaged(破損)という意味がある見慣れない英単語が並んだ。読めなくても、ダメージがなにか壊れた意味だってことくらいは丈たちも知っているので、ちゃんと解析できなかったんだろうなとわかる。開いてみようとしたがダメだった。
ERROR: phylogenetic tree error occured
(進化ツリーの解析ができませんでした)
The data I acquired were missing some parts.
(取得したデータはところどころ欠損しています)
スクロールしていって、一番下に表示されているデジモンだけ開くことができた。そこにあったのは一枚の画像だった。
角はイッカクモン、顔はシーラモン、右腕はハンギョモン。左腕はエビドラモン、胴体はシードラモン、鰭はルカモン、足はゲソモン、尻尾はオクタモン。
体の部位がどのデータなのかと画像と英語が教えてくれる。画像のおかげでなんとなくイメージが掴めた丈と賢は、いろんなデジモンのデータをつなぎ合わせて作り上げた怪物なのだと知る。
「デジモンアナライザーが解析できないってことは、この世界が知らないデジモンなのかなあ?」
「もしかして、作った、とか?ディノビーモンもジョグレスって簡単に言うとふたりをひとつにしたデジモンだから......」
「それか、神話ででてくるいろんな動物をくっつけた怪物がもとなのかもしれないね、グリフォンとか。ちょっと海の生き物をたくさんあつめた怪物は思い出せないんだけど」
「僕もです......なんだろう?」
「とにかく、ホエーモン、外を見せてくれるかい?ズドモンたちが心配だ」
丈の言葉にホエーモンはそれはできないといって却下してしまう。驚く丈たちに、なにも意地悪しているわけではない、とホエーモンはいう。敵襲はなにもはじめてのことではない。ただ、相手の必殺技が問題なのだと。
「ポセイドンボルテックス!」
突如、そのデジモンを中心に、海が渦をまき始める。ズドモンとホエーモンたちもじりじりとまきこまれて近づいてしまう。
「アクアバイパー!!」
ツノの先端から放つ大質量のエネルギーが波状攻撃となり、キメラのような敵の周囲を蒸発させてしまう。あそこまで引き摺り込まれたら最後だ、なすすべはない。
「イリタントバズ!」
ディノビーモンが快音波を放ち、敵の動きを鈍らせる。
「ヘルマスカレード!!」
竜のような蹄と昆虫のような剛腕により繰り出された強烈な一撃が襲う。敵は悲鳴をあげた。いけるか、と思ったのも束の間。今度は周りからたくさんの渦が発生したではないか。
「しまった、かこまれたか?!」
「なら、オイラの出番だな!ハンマーブーメラン!」
トールハンマーが投げ飛ばされ、敵を粉砕しながら旋回する。次々と敵は飛沫の向こうに消えていく。
「ホエーモン、今までよく無事だったな」
そういって笑おうとしたズドモンだったが、なにかが破壊される音がして、あわてて振り返る。なんと、数々の完全体を一撃で屠ってきた実績のあるトールハンマーが破壊されているではないか。残骸がみるも無惨な形で海面に広がっていく。頭部そのものが巨大な魚な亜人と言えるデジモンが、ズドモンのツノによく似た刀剣で叩き切ったのだ。
「これだから完全体は雑魚なんだよ、瞬殺されやがってなさけねえ!誰の許可を得て通り過ぎようとしてんだ、てめえら!ここは俺たちの縄張りだ、そのデジモンたちを置いていけ!」
ホエーモンの行手を阻むように現れたデジモンが、高々と剣をかかげた。
ホエーモンが戦況を教えてくれた。先程のキメラたちとは違い、このデジモンはアナライザーで解析することができたようで、無事情報が開示された。
「レガレクスモン?」
「き、究極体じゃないか!」
丈たちの声に、ホエーモンはうなずいた。
デジモンアナライザーによれば、レガレクスモンは究極体で、水棲型タイプのデジモン。属性はウィルス。
群れを嫌う孤高の水棲型デジモン。他のデジモンの餌場や縄張りに強襲・略奪を繰り返す海賊であり、圧倒的な力で食物連鎖の頂点に立った深海の覇者でもある。ズドモンのツノをもぎ取って作った剣と左腕の巨大なハサミは、見た者を震え上がらせる畏怖の象徴だという。
「ちょっとまった、ちょっとまった、あの剣、ズドモンのツノからできてるのかい!?じゃあ、ズドモンより強いんじゃ......」
「それより問題は、レガレクスモンが雷の使い手ということだ」
補足するように、ケンタルモンが教えてくれた。
レガレクスモンの操る雷の威力はすさまじく、海には多くの水があるので、必殺技が放たれれば、もちろん電気は伝わることになる。その伝達範囲はおおよそ30m。
雷の速さは雷光・雷鳴・稲妻の3つに分けられ、通常光の速さだと認識していたのは雷光(稲妻によって発生した光)のこと。肝心なのは雷撃の速さ。その速度は光の速度よりも遅い
が光速の3分の1。つまり、秒速約10万キロということだ。とんでもない速さである。
レガレクスモンが現れたら、たくさんのデジモンたちを運んでいるホエーモンはまず逃げるしか手はない。雷は避けられないからだ。海に落ちた雷は海面の四方八方にあっという間に分散される。
水上にいるよりは、水中にいる方が安全だが、逃げなければ命はない。落雷した地点から何m離れていると安全で、それ以内は危険という定量的な基準は、ホエーモンの経験上存在していない。直撃しなくても、雷が水中で拡散することで、周辺のデジモンたちも感電してしまう。そうなったら、感電死するか、気絶して運んでいるデジモンごと溺死するしかない。
ホエーモンはレガレクスモンの襲撃から逃げきれず死んでいったデジモンたちをみてきた。現場の海は、かならずといっていいほど、不気味に赤茶けて泡立っていたという。
「だから、潜る。できるところまで深く。みんな、しっかり捕まっていてくれ。そうじゃないと命の保証はないぞ!」
ホエーモンはズドモンたちにもあとに続くか、今すぐ逃げろといったのだが、ホエーモンが驚きの声をあげるあたり、どうやら断ったようだ。丈たちはどうすればいいのかわからない。今から潜るならホエーモンは絶対に口を開けてはくれないだろう。無理に口を開けているあいだに他のデジモンたちが犠牲になる確率は上がってしまう。
そうこうしている間にもホエーモンは海底に潜るために一気に体内が傾いてしまう。丈たちはあわてて壁に捕まった。
俺たちのことはいいから先に行け、とズドモンは啖呵をきり、ディノビーモンもうなずいた。説得を諦めたホエーモンの影が海の底に消えていく。それを確認してから、ズドモンはいった。
「デジモンたちを置いていけだと?そんなことできるわけないだろう」
ディノビーモンがズドモンの支援に向かう。レガレクスモンの言葉から、レガレクスモンが野生のデジモンなのではなく、暗黒の力の配下なのだとズドモンもディノビーモンも察するのだ。なら、遠慮はいらないだろう。全力を出さなければ、どのみち死ぬのはかわらないのだから。
ズドモンはディノビーモンをみた。ディノビーモンも言葉少なくうなずく。ホエーモンの口の中でたくさんのデジモンが怯えているのが脳裏に焼き付いているのだ。デジモンたちだけではない。パートナーだってただではすまないだろう。それだけは許されない。
「へ、やってみろよ。雑魚の分際で!!」
「ハンマーがなくても問題ないね、ロードバンプ!!」
ズドモンの周りがまたたくまに凍りつき、その巨大な塊をズドモンは自慢の怪力でぶん投げた。その塊の周りもまた凍りついていき、凍りついた津波がレガレクスモンに向かって襲いかかる。
「へ、だからどうした」
あくびをしながら、レガレクスモンが今度は左腕の巨大なはさみで破壊してしまう。次にしかけてきたのはレガレクスモンだった。
「リアクターディスチャージッ!!」
左腕の巨大なハサミから放たれたプラズマが、海水ごと周囲を吹き飛ばす。その威力はすさまじく、なにもできないままズドモンとディノビーモンは吹き飛ばされ、はるか後方の海面に叩きつけられてしまう。2体がみたのは、海水が爆発、蒸発した影響で逃げたはずのホエーモンがその攻撃の射程範囲まで距離を詰められてしまったという絶望的な状況だった。
「まずはてめーらからだ!」
巨大な剣に稲妻が迸る。いけない、と2体は焦ったが、届かない。絶望的な距離がそこにはあった。
「やめろー!!」
にやりと笑ったレガレクスモンは、ホエーモンめがけて、巨大な剣がふりおろした。
「選ばれし子供もろとも死ねえ!!ブリューナストライクッ!!」
ホエーモンに巨大な剣が貫通せんと迫り来る。そのときだ、ホエーモンの目と鼻の先で剣が止まった。
「ちい、これが噂の結界ってやつか、めんどくせえ!!」
ホエーモンを守るように展開された結界がレガレクスモンの必殺技を防いだのだ。これがどれほど安全かは現実世界でたくさん助けられてきたズドモンたちはよくしっている。
「ありがとう、ふたりとも。助かった」
安全地帯を確保したホエーモンは無防備なまま逃げ回る必要がなくなる。口の中にデジモンたちを匿っているためにできる攻撃の選択肢は狭められてしまうが、問題はなかった。
「今度はこちらの番だ、ダイダルウエーブ!!」
いくら究極体といえども、戦場となる海面ごと動き、大波となって押し流されては距離をいっきに離されてしまう。その隙にホエーモンはふたたび海底に潜水を開始する。
「逃がすかァ!!」
ふたたびレガレクスモンが雷を纏わせて必殺技を放とうとした、そのときだ。海面がふたたび凍りついていくではないか。レガレクスモンは笑った。
「んだよ、何度も何度も妨害しやがって。こんなの無駄だっていってんだろう、そのご自慢の角をこいつみたいに剥いでやろうか!!」
ズドモンのツノから作り上げた剣でその氷の塊を破壊しようとした。
「んだと!?」
だが、それは叶わなかった。砕く前に氷に接した途端、その剣の接触部分からみるみるうちに凍り始めたからである。
「このっ!!」
レガレクスモンは雷撃の衝撃で氷を砕き、なんとか回避しようとするが、今度は凍った海面が動きを制限しようと迫り来る。気づけばあたりは一面氷土と化していた。
それもそのはず、もしここに温度計があったなら、冷却の限界とされている温度で、摂氏マイナス273.15度が記されていたからだ。
万物を構成する物質は冷却されることで運動エネルギーが減り、絶対零度になるとエネルギーがゼロになり、原子・分子が運動を止め、あらゆる物質が停止した状態となる。
この状態に近づくことはできるが、そのものに到達することは理論的に不可能とされる。
なぜなら、温度の上昇や下降には原子・分子の動くスピード(振動)が関わっているが、高温というのはそれらが活発に運動していることで発生するものである。
低温の場合は原子・分子の動きの運動が活発でないことで起きるものである。どれだけ運動がなくなっても、止まってしまったらそれ以上の止まりようがないため、温度もそれ以上に下がりようがない。そのため、その温度に到達するには、無限のエネルギーが必要となり、事実上不可能だからだ。
もし、それが可能な生命体がいるとしたら、全てを凍り付かせることが可能ということだ。そして、その生命体がレガレクスモンの目の前にいたのである。
レガレクスモンはなにもすることができなかった。動こうとするまえに全身が凍ってしまったからである。
「オイラの自慢の武器をよくも壊してくれたな、レガレクスモン。奪われたものは奪い返すのがオイラの主義でね。悪く思うなよ、喧嘩うってきたのは、お前の方なんだからな!!アークティックブリザード!!」
超至近距離だった。周囲の大気を瞬間的に絶対零度にし、敵を急速冷凍させた彼は、新しい武器ミョルニルによってレガレクスモンを打ち砕いてしまう。悲鳴すらあげる暇もなく、レガレクスモンは絶命したのだった。
「オイラの名前はヴァイクモン。イッカクモンやズドモンたちを守るのがオイラの仕事だ、よく覚えとけ!」
今頃、丈たちのデジモンアナライザーは更新されているはずだ。
ヴァイクモン
世代 究極体
タイプ 獣人型
属性 データ
(古代種の因子を強く受け継ぐものはフリー種だが、現代種はデータ種として確認されている)
決して溶けることのない、永久凍土の極寒の地を治める獣人型の究極体デジモン。体毛は氷の結晶の様に変化しており、クロンデジゾイド並みの硬度を持つと言われている。背中に背負っているモーニングスター「ミョルニル」は一振りで山を消滅させることができ、空間そのものを歪めてしまう。イッカクモンやズドモンの軍団を束ね、戦いの際は鬼神のような非情さを見せるが、手下への情は厚く思いやりのある一面も見せる。
ここまではよかったのだが、初めての究極体への進化はやはりヴァイクモンにとって負担が大きかったらしく、あっというまにヴァイクモンはプカモンに戻ってしまう。氷土に落っこちそうになったプカモンをディノビーモンが回収した。
「ありがとうな、ディノビーモン。助かったぜ!」
「礼をいうのはこちらの方だ、ありがとう。賢たちは無事だといいんだけど」
「大丈夫だよ、たぶんな!よーし、おっかけようぜ。どっちにいったかはわかるよな?」
「そうだな」
「よく覚えとけよ、ディノビーモン。それはパートナーの勘っていうんだ」
「なるほど.....勘ていうんだね。覚えておこう」
そして、2体はパートナーデジモンの本能によりホエーモンに合流することに成功したのだった。
「プカモン、ディノビーモン、急ごう。海底になにかがいるのが見えたんだ。私より巨大ななにかがこっちを見張っている。あんなやつがファイル島を襲ったら大変だ!」
ホエーモンよりでかい敵。その言葉に2体はうなずいたのだった。そして一行は、ふたたびファイル島を目指すことになったのだった。