そこは4つあるスパイラルマウンテンのちょうど中央に位置する土地にあった。その真下の奥深くのある地層にあった。なぜか虚空が存在しており、周りが何もない。空間だけがある。その中央には丸い円があり、その周囲の縁から吹き出す紅蓮の炎が蓋のようにデジタルワールドではない外の世界につながる穴を塞いでいる。
デジタルゲートが構築され、そこから小さな体があたりを覗き込んだ。中から顔を出したのは、ナノモンだ。本来ならエージェントであるゲンナイさんの仕事なのだが、ゲンナイさんは暗黒の種子の影響が次第に強くなり、再起不能寸前まで追いやられてしまい、隠れ家から1歩も外に出ることができなくなってしまっていた。そのため、代役として、危険を承知でやってきたのだ。
ナノモンの顔は火の壁が吹き出す灼熱の炎のせいで、赤くてり輝いている。
「ここが火の壁か......」
「実際に見ると圧巻だね」
傍らにいるワイズモンがいう。ワイズモンが出現している分厚い本は、ダイノ古代境の碑文に刻まれていたデジモン黙示録を完全に写本したものだ。
「もうすでに4つ蓋に亀裂が入っている。無傷なのはここだけというわけだな」
「この目で火の壁を見ることになるとは思わなかったよ。四聖獣様たちの封印を象徴的に言い表したもので、現実には存在しないとばかり思っていた」
「スパイラル・マウンテンの構築段階に入ったからだ。これでも記述よりはだいぶん遅い。火の壁の向こうの存在は、そもそも肉体をもたない。ホメオスタシスが実態をもたないようにな。それは概念が自我をもったにすぎない」
「なるほど、火の壁が現れるってことは、その概念が肉体を持とうと、こちらの世界に来ようとしているのを邪魔するために実体化せざるをえないと」
「そういうことだ。これが燃え尽きるということは、四聖獣が死に、天地が完全にスパイラルマウンテンに吸収され、概念がこの世界に完全に実体化し、すべてが作り替えられることになる。今はまだ四聖獣たちが封印されたことで、力の均衡が崩れ、一部が漏れだし、ダークマスターズたちがうまれているにすぎない。選ばれし子供たちがその一部だけでなく、媒介になるはずの肉体まで破壊し始めたから、少しでも時間稼ぎをするために相手も必死なようだな」
それは四聖獣たちが封印されてもなお、デジタルワールドのために戦い続けている証でもあった。ワイズモンはいつもの飄々とした様子ではなく、困った声色になる。
「今、子供たちはその肉体を破壊してくれてるわけだよね、ナノモン」
「そうだ。驚くべき偉業だ。前の子供たちですら、どうしても肉体の破壊にはいたらず、封印するしか手がなかったのだから。このままいけば、あるいは」
「概念てのは、破壊できるものなのかい?」
「わからん。わからんが......暗黒の力が自らの媒介を破壊されるのも承知で、さらなる刺客を生み出し、派遣し続けているのだ。転生システムが生きている以上、消耗戦を強いられているのはあちらだ。選ばれし子供たちがやつらにとって、脅威なのは間違いない」
「なるほど」
「我々がすべきことはただひとつ、選ばれし子供たちを支援することだけだ、違うか」
「そうだね。そのためにも私たちは、敵についてもっと調べなくてはならない」
「そうだ。あの馬鹿が転生した時、誰もいませんでした、では話にならんからな。そもそも実体を持たぬ概念という言葉自体、なにを指しているのかわからん。抽象的すぎる。ただわかっているのは、この世界にとっては邪な存在であるということだけだ」
「たしかに。そもそも、その概念を採用しなかったからこそ、今のデジタルワールドがあるわけだからね」
「とりあえず、この崩壊はスパイラルマウンテンの構築と連動している。それを止めさえすれば、四聖獣たちの封印も弱まるはずだ」
「できるのかい?」
「できるかどうかを調べるのだ、今から。セントラルマウンテンから着想をえて、あの塔は建築されているとみた。ならば、調べるのだ。それしか方法はない」
セントラルマウンテン。それは古代デジタルワールド期の先代の選ばれし子供たちの最終決戦の地であり、予言の書にも記されている場所だ。
「手伝うよ、ナノモン。もとはといえば、ヴァンデモンからダークマスターズにこの書のデータが渡る遠因は私が作ったんだから」
そして、2体は炎の壁に残されているデータと予言書を見比べながら、調べ始めた。
わかったことは、今のダークマスターズは、やはりセントラルマウンテンをもとに、今の塔を作り上げたという事実だった。それはデジタルワールドのすべての情報をそれぞれが司る属性に分別し、それぞれのエリアに再構築させるというもの。エリアを帯状にして四重螺旋に編むという形状は、デジモン黙示録に出てくる螺旋の山(セントラルマウンテン)を参考に、あの時よりも効率的かつ安定性を求めて作り上げたられた最適化されたモデルである。それにより、安定性は格段に上昇した。プログラムは作り上げられ、起動した。その結果がこれだ。
デジタルワールド全体を崩壊させて再構成するには膨大なパワーが必要だが、四聖獣がその供給元を絶つために邪魔をしてきた。起動したということは、均衡が崩れたということだ。
「じゃあ、そのプログラムを破壊すれば、敵から真正面にぶつからなくても、世界の崩壊を止められるということだね」
「理論的にはそうなる、はずだ」
「なら、次はそのプログラムのありかだね。忙しくなりそうだ」
「大丈夫ですか、みなさん」
「私は大丈夫よ」
「僕も大丈夫、お兄ちゃんはだいじょ......あれ?おにいちゃん?」
光子郎、空、タケルの3人は、パートナーデジモンも含めて、他の子供たちがどこにもいないことに気づいて、自分たちは分断されてしまったのだと悟る。
空はタケルが大丈夫か心配になって声をかける。タケルは死ぬかと思ったけど、なんとか生き残れたこと、1人じゃなくて他に2人もいることが一安心だったようで、笑って返した。
「ここ、どこなのかしら......」
パソコンを広げていた光子郎は、デジタルワールドの図面を空とタケルにみせる。
どうやら3人は東西南北にそびえたたんとしている螺旋の渦の頂上に巻き上げられてしまったようだ。視界の隅に光の柱が見えたし、真下の海は一瞬にして凍りつき、雷撃が迸っていたから、ある程度まとまってみんなバラバラになったのだとわかる。デジヴァイスを繋いで、探知機能を起動すると、図面に現在地が反映された。光の柱の方は八神兄妹、真下の海は丈と賢、そして、もうひとつある搭のうちどちらかに残りのヤマトたちがいるようだとわかる。
「丈さんたちはファイル島に向かっているようです。僕らもとりあえずそうしましょうか」
「ファイル島にいかないといけないんだよね、光子郎さん。どうやって降りたらいいのかな?」
「そうですね......どうやらあちらは戦っているようなので、ここも安全とはいえません。とりあえず、ここがどういう場所なのか、調べてからにしませんか。それでも遅くはありませんよ」
「そうね、私たち3人しかいないんだもの。しかもパートナーは究極体に誰もなれないわ。敵に囲まれたら終わりだもの」
「そっか、そうだよね。わかった」
「大丈夫ですか、タケル君」
「怖くないっていったら嘘になっちゃうけど、それはみんな、一緒だから......」
「でも、ヤマトさんが」
「うん、お兄ちゃんがいないの、すっごく不安だよ。でも、大輔君も賢君も家族とお別れしてきたし、デジタルワールドが平和になるまで会えないんだ。光ちゃんは太一さんがいるけど、デジタルワールドのこと、なにもわかんないし......。でも、そこにお兄ちゃん大丈夫だって書いてあるし、僕、デジタルワールドのこといっぱい知ってるもん。だから、大丈夫。じゃないと、大輔にまた笑われちゃう。だから、大丈夫」
そういいきったタケルの笑顔が本物だと悟った2人は、はやく合流するために頑張ろうと頷いたのだった。
とりあえず、デジヴァイスのコマンドを入力して、光子郎たちは結界を展開した。これで一安心である。
そして、彼らはここがどういう場所なのか調べるべく、あたりを慎重に調べ始めたのだった。
ピヨモンたちは空たちの側にぴったりと寄り添い、なにかの気配を感じればすぐさまパートナーたちに伝えた。みんな、真剣そのものだった。気を抜いたら死ぬ。今いる世界はそんな場所なのだと誰もがわかっていたのである。
淡い闇が風に吹かれる膜のように都市の上をさまよい流れていた。都市の世俗的な明かりが、いつものように星の姿をかき消していた。空はきれいに晴れていたが、いくつかのとくべつに明るい星が、ところどころに淡く散見できるだけだ。しかしそれでも月だけはくっきりと見えた。月は照明にも騒音にも汚染された空気にも苦情ひとつ言わず、律儀にそこに浮かんでいた。目をこらせば、その巨大なクレーターや谷間が作り出す、奇妙な影を認めることもできた。
ベルトとベルトの境界は線を引いたように明瞭で、光子郎たちはとんでもなく広大な都市の世界に落ちたようだった。なぜわかるのかというと、どこかで見たことがある光景があったからだ。そこはファイル島を除く、デジタルワールドにあった全ての都市が整然とエリアごとに区切られていた。
だが、趣の異なる景観が混在する不調和は甚だしく、この世界を支配する究極体は、完璧な設計図を描くことはできても、それが美しい都市景観なのかがわかる審美眼をもってはいないらしかった。
その秩序的でありながら、無秩序な都市の碁盤の目状に作られた広い道路は、完全体以上の機械化デジモンが隊列を組んで、平然と跋扈していた。上空には機械仕掛けの城が飛んでいて、究極体クラスのデジモンが侵入者を発見すると直ちに伝令を飛ばしている。侵入者は発見次第搭載されたあらゆる武器の餌食となり、抹殺されるのは間違いなかった。
パトロールの間隔に法則性こそあるが、数が多すぎていけない。ある場所まではみんなで時間をあけて、進んではかくれ、進んでは隠れを繰り返していたのだが、都市の中央部に行くほどパトロールの間隔が短くなり、とうとう地上からの移動は断念せざるをえなかった。
ここからどうしようかと悩んでいたら、警報が鳴った。光子郎たちがいよいよ捕まるのを覚悟したとき、なぜかそのデジモンたちは光子郎たちがいる裏通りを素通りし、別の場所にいってしまう。たまたまかと思ったら、それから5、6回は素通りするか、見逃された。これはなにかあるなと思っていたら、通りかかった電光掲示板にマンホールに誘導する矢印が現れた。
おそるおそるマンホールをのぞいてみると、地下が広がっていた。地下には太いパイプやケーブルが縦横無尽に交差していて、むき出しの機械の内部が並んでいた。矢印の誘導に従い歩いていくと、小隊を組んだデジモンたちを回避することができた。
決められたタイムテーブルに従って警備するデジモンたちの監視をくぐり抜けた。ケーブルをつたって、都市の深部へと下っていく。途中休憩も挟みながら、なんとかテントモンたちは1度も進化することなくある広い場所にいくことに成功したのだった。
そこにいたのは、アンドロモンだった。
アンドロモン曰く、ファイル島は無事だったのだが、ゲンナイさんの要請で都市の世界に引っ張りこまれたデジモンたちを救出するために乗り込んだという。今は、仲間を率いて地下で情報収集をしながら活動をつづけていたらしい。地下のケーブルからネットに侵入し、ほかのデジモンたちと連絡を取り合ったり、敵の情報を抜き取ったりしていたようだ。
案内されたレジスタンスの本拠地は、しんとしていた。パソコンから放たれるわずかな、ちりちりという小さな音が薄暗のしじまの中に滲んでいた。
見せたいものがあるというので、光子郎たちはアンドロモンに促されて、1番奥のモニター前に集まった。
アンドロモンがコンピューターの電源を入れる。軽く錆をこするようなひきつり音が内部から聞こえ、画面に弱々しい白い光がヴンと灯り、機械が目覚める。おんぼろコンピューターは機体を細かく震わせながら起動していき画面の光りもそれにあわせてぶるぶる震える。
ようやく立ち上がった画面には、たくさんのデータが並んでいた。光子郎は自分が向き合っているパソコンの画面の上で、これまで遍在し、ただ失われるに任せていたデジタルワールドの構成データを必死で読み解いていたレジスタンスたちの苦闘の日々を幻視する。この世界が情報によって出現し、再び望まぬ形て再構成されてゆくのをなんとか食い止める方法はないか、必死で調べているのがうかがえた。アンドロモンたちはもはや手遅れ、無駄と思えるような細部に至るまで、極力デジタルワールドを書き留めようとしているのだ。
画面の向こう側には、別のエリアに潜んでいるナノモンたちがいるはずなのだが、部屋は無人だ。なら、手に入れたデータを送ろうと提案され、光子郎は自分のノートパソコンを端子でそのおんぼろコンピュータに繋いだ。同期が開始され、デジモンアナライザーは5年間の更新が行われる。砂時計がクルクル回っている。
アンドロモンは待ち時間も惜しいようで、ナノモンたちと今ここに潜入している理由を話そうとした。その矢先だ。
「大変だ!!」
いきなり、ワイズモンの声が飛び込んできたものだから、みんな振り返る。通信の調子が悪いためか、ワイズモンが懸命に説明するために身動きする度に画面にブロック状の細波が立った。
「大変だ、アンドロモン!」
「どうした、ワイズモン。こちらは選ばれし子供たちと再会できたところだ。分断されてしまったようだから、支援しなければならないが......なにかあったのか」
「丁度良かった!選ばれし子供たちがいるなら話が早い!大変なんだ。ナノモンがモニターの向こうに引きずり込まれてしまったんだ、助けてくれ!」
「ええっ、ナノモンが!?なにがあったんですか!?」
「きみたちの知ってのとおり、ナノモンは、かつて、サーバ大陸に張り巡らされていたダークケーブルを管理していただろう。あれを利用して、火の壁にアクセスして、デジタルワールドに混沌を呼び出そうとしている者を排除できないか、スパイラルマウンテンをどうにか解体できないかも調べていたんだ。そしたら、いきなりモニターの中に引きずり込まれた」
「スパイラルマウンテン......今できている塔のことですか」
「ああ、『螺旋の塔』と書いてスパイラルマウンテン。私たちは、あの4つの塔を作っているはずのプログラムを探していたんだが、どうやらばれてしまったらしい。暗黒の力はナノモンのその頭脳を構築プログラムに組み込んで、世界の崩壊と再編を加速させるつもりだ」
沈黙が粒子のように長いあいだ部屋に漂っていた。チリチリという古い電気スタンドの音だけが、沈黙の重さを際立たせていた。タケルは、息を呑む音がやけに大きく聞こえた気がしたのだった。
ワイズモンが教えてくれたアクセスポイントに光子郎は自分のノートパソコンから端子を繋いだ。ジーガーというモデムの接続音が聞こえてきて、ノートパソコンパターンデジタルワールドのネットワークに繋がった。
「これは......」
サーバ大陸で一度ナノモンの居場所を特定するために侵入したことがあるネットワークのはずだったのだが、ズタズタに破壊されている。これでは行き来も一苦労だろう。その中を悠然と移動している影があることに光子郎は気がつくのだ。
「ウイルスですか?」
「ウイルスではない。データでも、プログラムでもない。ではなにかと聞かれても私にはわからないんだ。ナノモンがいうには、ダークマスターズが出現したときから現れたようだから、その原因、或いは結果。ゲンナイ様がいうには、数値化した概念だとおっしゃってるが」
「なんなのかしら......概念ていえば、すべての元凶だっていう進化を否定する概念だろうけど......こんなにちいさいの?」
「わかりません......そもそも概念は数値化なんてできるのかな......」
「あれにナノモンは連れて行かれちゃったの、ワイズモン?」
「ああ、そうなんだよ、タケル」
「じゃあ、ダークマスターズの仲間だね」
「仲間......いや、違うな。これこそが、ダークマスターズの生みの親だ」
「え?」
「君たちも知っての通り、デジタルワールドが創造されるとき、どのような世界にするかで二つの概念が争った。そのうちひとつが勝利し、ホストコンピュータであるエニアックを名乗り、のちにホメオスタシスに継承された。そのとき、概念は光の壁の向こうに追放され、暗黒は封じられたと言われている。厳密には、その追放された概念こそが本体だ。ホメオスタシス様と同じで実体を持たないからこそ、暗黒の力を生み出し、手足のように使っているんだ。ゲンナイ様のようにね」
「あれ、でも、概念が実体を持たないなら、この陰は一体?」
「それを調べようとしていた矢先だったんだ。あの先に、スパイラルマウンテンの構築プログラムがあるから」
「なるほど......どのみち、あの影の先にいかないと、世界の崩壊は止められないんですね」
「ああ、そのとおりだよ」
光子郎たちはナノモンを助けるために、この場所に行くことを選んだ。
パイプとケーブルがびっしり埋まった地下では、前に進むのも下に潜るのも、障害になるパイプやケーブルをいちいち断ち切らなければならない。どうしようかと考えていたら、ワイズモンが転送してくれるといってくれた。
「ものは相談なんだが」
「どうしたの?」
「ほかの子供たちと連絡がとれるなら、それぞれの塔にはどこかしらに動力源があるはずなんだ。実は、どの塔も地表面は機械で言うカバーに過ぎなくてね。大切なのは地下の動力部なんだ。塔の起動を止めて、破壊するなら、動力源も破壊した方がいい。それを再構築しかねないからプログラムも排除しなきゃならないんだがね。どうだろう。手分けして、行動できないかな。そうでもしないと、うまくいってもその破壊にみんな巻き込まれてしまう」