(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第19話

思えば長い道のりだった。SOSという文字を書くんだったら、砂浜と相場が決まっているから、海岸沿いをいこう、という提案をした太一に、誰も反対者が出なかったのはみんな楽観視していたからだ。

 

その日のうちに辿りついたシーラ岬はシェルモンという巨大ザリガニの巣窟で、とてもではないが救助を待っていられる環境ではないと悟った時、彼らが考えたのはこの島にいるはずである管理者の人間を捜そうという方針だった。

 

 

テントモンから提示された経路は、南にある遺跡エリア、東にある渓谷エリア、北にある氷雪エリア、そして北西にある霧に覆われた森エリア、そして西にある工場エリアの5つ。人間がいそうな場所といえば一択しかない。

 

 

トロピカルジャングルから迷いの森にある竜の目の湖をぬけ、ギアサバンナを横切り、太一たちは海岸沿いを目指して、ファイル島の西の方角をひたすらまっすぐに進んできた。漂流生活2日目にしてようやく彼らは、ファイル島の西岸部に位置するエリアに到着する。

 

午前中訪れたピョコモンの村の目印は、遠くから見える煙だったこともあってか、細く立ち上る黒い煙を発見した時、誰かがいると確信できるのに時間はかからない。ファクトリアルタウンと名付けられているその場所は、巨大な工場が集まるエリアである。その工場は、非常に奇妙な場所だった。

 

 

大きな歯車が付いた機械が、働く人間の安全性を一切配慮していない、装飾が一切ない剥き出しの状態で動いている。工場の内部は子供たちがイメージする自動化されたライン工場となんら変りなかったが、コンピュータ室にいなければならないそれを管理する職員の姿が一切見当たらないのだ。

 

それだけではない。同じ部品を製造し、それらの部品を組み立て、ひとつの工業製品を完成させていながら、完成するやいなや今度は逆の工程を踏んで、わざわざひとつの部品を作る原材料の段階まで戻してしまう、という全く無益な作業がずっと行われている。しかも巨大な単三電池とプラモデル用のモーターで動いているのだ。意味不明である。

 

 

もしかしたら、ここもデジモンが造ったエリアなのではないだろうか、とヤマトや光子郎たちが思うものの、きっと人間がいるに違いないという希望を捨てきれない丈やタケルたちの手前言い出せない。

 

あまりにも広大な敷地にこのまま8人で回るのも効率が悪いと言うことで、太一、空、丈、のメンバーと、ヤマト、タケル、大輔、ミミ、光子郎というメンバーで分かれることになった。そして、大輔たちはただ今、動力室と思しき部屋に入っていった光子郎とテントモンの調査結果待ちである。

 

 

動力室の入口や通路は人間の大きさにあわせたものだから、てっきり大輔は普通の工場だと思っていた。しかし、ヤマトが考えているのは違うようで、深刻な表情のまま腕を組んで肩に背を預けている。

 

 

「しかし、ホントに変な工場だな、ここ」

 

「え?なんでっすか?」

 

「考えても見ろよ。ここで働いてる人がいたとして、モノクロモン達が襲ってきたらどうするんだ。ガブモンみたいに進化できるデジモンがいるなら分かるけど、そういうのもいないみたいだし」

 

「警備のおじさんいると思ったのになあ。あっさり入れちゃったね、大輔君」

 

「あ、そういえばそうっすね」

 

「なあ、ガブモン。お前、ここに来たことはないのか?」

 

 

ガブモンはかぶりをふった。

 

 

「実際に入ったのは初めてだよ、ヤマト。だっていつもは入り口でガードロモンが2体いてさ、絶対に入れてくれないんだ」

 

 

ガブモンが言うには、この工場のコンピュータネットワークを守るための防御壁を担っているマシーン型のデジモンが、24時間体制で、時折交代をはさみながら工場を警備しているらしい。不法に侵入している者を撃退するのが主な役目のようで、こうしてあっさり侵入できたのはラッキーなようだ。

 

 

「へえ、見回りもデジモンがやってるのね」

 

「じゃあなんでオレたちが来た時、誰もいなかったんだろ?」

 

「お昼ごはんでも食べてるんじゃないかな、大輔君」

 

「機械なのにご飯食べるのかよ、変なの」

 

「だってさパソコンもお休みしないとダメなんだよ。ガードロモンもそうだよ、きっと。ずっと点けっぱなしだと熱くなっちゃうから、冷ましてあげないと壊れちゃう」

 

「へえ、そうなんだ」

 

「うん、光子郎さんが言ってたよ。ゲームして遊びたかったんだけど、ダメって言われちゃった。それくらい大事にしてあげないといけないものだから、ごめんねって」

 

 

噂をすれば何とやら、先程別れた光子郎とテントモンが駆け足で動力室から出てきた。光子郎はとんでもない事実に行き当たったので、知らせに来てくれたのである。見てくださいって言われてパソコンの中を覗きこんだものの、ミミズののた打ち回ったような文字、英語、光子郎によればアラビア数字、ハングル文字などが壁に描いてあるらしい。

 

 

そこを解析した結果、なんとこの工場の電気を作っているのは、巨大な乾電池ではなく、乾電池の中にあるコンピュータのプログラム、つまり情報が電気を作っていたという。つまり、パソコンに書いた情報が、この世界ではすべて実体化しているという事実に行き着いたのである。

 

 

分かりやすく言えば、ペイント機能で書いたりんごのイラスト、という情報がこの世界では本物のりんごとして存在していることになる。しかし、残念ながらこの話の重大性を正確に把握できる人は、光子郎が話したメンバーの中にはこの時おらず、光子郎も興奮が先走ってなかなかうまく言葉として伝えることができなかったため、曖昧なまま終わってしまった。

 

 

そしてデータを解析したというとんでもない技術力を披露した天才曰く、デジモン達が進化するのも、データをダウンロードするのと同じように、デジモン達のプログラムに新しいプログラムが追加されることで起こるらしい。デジヴァイスに表示されているメーターは10本あり、それが満タンになった時、進化という現象は発生するようだ。

 

 

「そんな大事なことが書いてあるってことは、この工場ってデジヴァイスとなにか関係あるのか?」

 

「多分あるんだと思います。僕がハッキングして解析できた情報はここまででした。これ以上はセキュリティシステムが複雑すぎて、侵入できなくて」

 

「そうか。じゃあ、ここの工場にもなにか意味があるんだな」

 

「この工場自体に意味はなさそうですね」

 

 

光子郎の言葉に頷いたのはヤマトだけ。大輔とタケル、ミミは疑問符である。デジモン達も工場は生まれて初めて見るから分かっていない。光子郎は教えてくれた。製品は作られ、分解されている。工場では何も生産されていないと考えるのが普通だろう。工場は何かを生産して、生産したものを売って利益を得るという目的があるから存在する。

 

その利益から材料を購入して、動力を買って、生産を続けることができるからだ。しかし、この工場でできる製品は永遠に未完成であり、利益を得ることなど不可能だ。にもかかわらず存在している。動力は文字から生み出される電気から発生し、製品は造られて、分解されるためにずっと工場内を回り続けている。

 

 

そんな工場、普通なら存在しないはずである。理由が存在しないから。でもあるのだ。なにか意味があるとすれば、光子郎がハッキング出来なかった極秘レベルのデータに秘密がありそうだ。へー、としか言えないヤマトたちである。ヤマトさんあなた5年生でしょう、なんでわからないんですか的なまなざしに、いや、オレ、そういうのはあんまり得意じゃないんだ、とヤマトはこっそり苦笑いである。

 

 

 

なかなか伝わらない凄さに光子郎がもどかしさを感じ始めていた頃、がこんという大きな音が響いて、人間を捜しに行っていたはずの太一たちがクレーンと共に転がるように逃げてきた。現在、成熟期に進化できるのはアグモンとガブモンとピヨモンだけである。どうした、というヤマトの問いに、太一が応えた。

 

 

アンドロモンという成熟期の上の形態である完全体が襲ってきたのだと。詳細を聞こうとした言葉は、凄まじい轟音と共に吹き飛ばされてしまった扉によってかき消される。真っ二つにされた鉄の扉の向こう側に立っていたのは、スパイラルソードという腕に装備されたナイフから電子音を響かせつつ、侵入者の排除を口にするロボットのような姿をした全身メタルのデジモンだった。

 

 

サイボーグデジモンの試作型として開発された面影は、機械をベースに作られた人型のマシーンに残っている。意志や感情はなく、プログラムされた行動しか行なわない無機質な言動、行動が不気味さをあおる。アンドロモンの開発技術は他の機械系デジモンに使われていることを彼らが知るのはまだ先のこと。ようやく大暴れできる場所を確保できた太一たちは、一気に攻勢を強めるべく、デジヴァイスを掲げた。

 

 

バードラモンのメテオウイングにより、炎の流星が降り注ぐがアンドロモンはびくともしていない。グレイモンとガルルモンが進化して対抗するものの、成熟期は一撃で粉砕してしまうアンドロモンの強さには為す術がない。

 

追い詰められた子供たちの中で、唯一この世界の秘密に迫りつつあった光子郎は、自分の中にあった仮説を実証しようか、と思ったが、成功するとも失敗するとも分からない一発勝負である。

 

 

もし失敗したらみんなアンドロモンにやられてしまう。テントモンを危険な目に合わせたくない、という思いから躊躇していたパートナーに、テントモンが自ら、実験の被験体を名乗りでた。

 

前代未聞の進化の実験である。それでも光子郎を信頼して身を委ねたテントモンは、光子郎のプログラム実行のエンターキーにより、進化をした。カブテリモンと光子郎のパソコンに表示された昆虫型デジモンの雄たけびが工場内に響き渡る。

 

アリのようなパワーと、カブト虫のもつ防御性能とを合わせ持つとされ、攻撃・防御ともに能力値は高い成熟期めがけて、アンドロモンのガトリングミサイルがさく裂する。

 

だがカブテリモンの頭の部分は金属化していて守りは鉄壁に近い。完全体の猛攻などもろともせず、グレイモンたちの形勢を立て直すための囮を引き受けたカブテリモンに、光子郎が叫んだ。

 

 

アンドロモンのデータを分析していた光子郎は見つけたのだ。表示された正規のデータと比較して、アンドロモンの右脚の装備に欠損があり、故障していることに。光子郎の指示でカブテリモンのメガブラスターがアンドロモンの右足を直撃する。

 

そして子供たちの目の前で、黒い歯車が現れ、無残にも破壊され、データ自体が消えてしまったのだった。カブテリモンも同様にもとのテントモンの姿に戻り、これで進化できる子供たちのデジモンは、4匹目を数えることになった。

 

正気に戻ったアンドロモンいわく、黒い歯車がベルトコンベアの間に挟まり作業を停滞させていたので、なんとか取ろうとしている内に、故障している右足から侵入を許し、操られてしまったという。アンドロモンの提案で、暑い砂漠よりも下水道を行った方がいいと言われ、子供たちとデジモン達は真っ暗な穴の中に進んでいくことになるのだった。

 

 

 

 

「ねえ、光子郎さん。さっきパソコンでテントモンを進化させてたでしょ?」

 

「そうですよ」

 

「僕のパタモンも進化させられるの?」

 

「出来るかもしれませんね!やってみましょう」

 

 

タケルの頭の上に載っているパタモンが、ホント?!と耳であるオレンジ色大きな羽を広げて立ち上がる。タケルも背伸びをして、ノートパソコンを抱えながらテントモンを進化させた時と同じプログラムを組み立て、慣れた様子でキーボードを打ち込んでいく。光子郎の様子を、はらはらしながら見つめていた。

 

 

しかし、なんの前触れもなくいきなり主電源を押してしまったかのように、いきなり画面が真っ暗になってしまい、エラー音はおろか文字も一切現れなくなってしまった。あれ?おかしいな、と再起動のプロセスを踏んでみるが、全く動く気配のないノートパソコン。光子郎はしばらくうろうろしながら、考えつく限りの手段を講じてみるが、状況は全く変わらない。

 

 

「すみません、ちょっと今は難しいみたいです」

 

「ううん、ありがとう光子郎さん。パソコン治ったら教えてね」

 

「分かりました。その時は、パタモンが進化できるかどうか、頑張ってみましょう」

 

「うん!」

 

 

光子郎はパソコンの起動に時間がかかる様子で、テントモンといろいろ専門用語や難しい理論を交えながら討論し始めたので、タケルとパタモンは邪魔にならないように、それとなくその場所から退散した。

 

 

「あーあ、残念だったね、タケル。進化できたらよかったのに」

 

「仕方ないよ、パタモン。パソコン動かなくなっちゃったんだから」

 

 

残念そうにオレンジの羽を横に垂れ、落ち込んでいるパタモンにタケルは励ますように笑った。タケルがいいなら、いいや、という単純な理由で落ち込むのをやめてしまったパタモンは、特等席である緑色の帽子からずり落ちそうになったので、慌てて羽ばたいて、タケルの頭の上ほんの少し中に浮いた。タケルが帽子を深く深くかぶり直したので、その上から再び我が物顔でちょこんと陣取った。

 

 

パタモンは空を飛べるが、時速1キロのスピードしかでないため歩いた方が遥かに早い。しかし、四足歩行が発達しているわけではないため、どうしても他のデジモン達と比べて小さい体をしているためか、歩くのも遅い。そういうわけで、本人は納得してないが、必死に飛ぼうとしている姿がとても可愛いため、微笑ましい仕草が笑いを誘っていた。

 

 

タケルと似て、ちょっと泣き虫で、可愛らしい行動が多いパタモンは、実はピヨモンと同じで空を飛ぶのが苦手であり、素早く飛べないのが悩みの種である。非常に素直で、タケルの言う事、皆の言う事はよく守っている健気な性質をしている。

 

ずっと飛ぶと疲れてしまうため、移動するのに楽という理由からいつからかタケルの頭の上がパタモンの定位置になっていた。大丈夫?と聞いてくるパートナーに、大丈夫だよーとパタモンは笑った。そんな無防備に笑っている二人に忍び寄る影がある。

 

 

抜き足、差し足、忍足、と足音と気配を消しながら、影が伸びる地下水道にてタケル達が気づかないようにしながら、そのいたずら坊主に気付いた子供たちが視線を向けるが、人差し指を口元に置かれて、やれやれと肩をすくめた。せーの、という小声と共に、謎の影がいきなりタケルの肩を叩いた。

 

 

「わあっ!」

 

「うわああっ!?」

 

「ひゃああっ!?」

 

 

下水道の中は想像以上に薄暗い。かろうじて下水道が通っている水路と、その両脇を歩くことができるコンクリートの道が見える以外は、その円柱状のトンネルの形状すら忘れてしまいそうなほど先が長い。ジメジメしていて、変な匂いもしている。水路は恐らく濁りきっていて、時折ペットボトルや空き缶、などのゴミが音もなく流れていく。

 

光も見えない薄暗い空間がずっとずっと続いている。なんか立っていそうで怖くて、敢えてそちらの方向を見ないようにしていた一人と一匹は、本日の仕掛け人がやってくる方向にチラ見すらすることができず、完全にノーマーク状態だったのが拍車をかけた。

 

正直、何かが出る、と言われたら信じてしまいそうな雰囲気と光景が広がっている中で、すぐ側に仲間たちがいるから大丈夫だ、オバケなんて、幽霊なんて出ない、出ても怖くない、と心の中で納得させていたタケルやパタモンにとってこの悪戯はかなり悪質だった。

 

 

耳元でいきなり大声をあげられた上に、両肩をいきなり力強く、がっと掴まれたのである。タケルとパタモンは、たまったものではない。下水道のトンネル中タケルとパタモンの声が、さっきまで静寂に満ちていた世界に突如大きく甲高く響いていき、何重にも山彦にも似たエコーを放ちながら広がっていった。

 

慌てて飛び退いたタケルはその場から逃げるべく何十メートルも距離を取り、置いて行かれたパタモンは涙目でタケル置いてかないでよーっとパニック状態で叫びながら、タケルの元へと飛んで行く。心臓バックバクである。一瞬呼吸を忘れてしまったタケルは、目の前がにじんでいくのを感じながら、ううう、と何とか込み上げてくるものを堪えながら、おそるおそる振り返った。

 

お兄ちゃん助けて、と叫ぶ寸前である。いざ、と息を吸い込んだ時、である。怯えるようにタケルのリュックにへばりついて、がたがた震えながら縮こまっているパタモンと共に、真っすぐ前を見た時である。

 

 

そこには、言葉を失ったまま、行き場を失った両手をそろそろと降ろした大輔と、ぽかーん、と口を開けたまま瞬きしているブイモンがいた。タケル達の予想を超えたあまりの混乱、狼狽、大パニック寸前の態度、悲鳴にむしろ驚きすぎて、両者の間にいたたまれない沈黙が流れる。いたずらを決行した張本人達、なんと用意していた言葉が全部飛んでしまったのである。

 

あはは、引っかかったー、とか、なーにビビってんだよ、おもしれえ、とか、言いながら大笑いする準備が出来ていたのだが、タケル達の様子はむしろとんでもないことをしてしまったのではないか、という360度回って大輔たちを冷静にさせてしまっていた。

 

 

しばらく呆けていたタケルとパタモンは、自分たちが仕掛けられたどっきりに気がついて、みるみる顔が赤くなっていく。

 

それは大輔とブイモンの奇襲とも言えるいたずらを、誰ひとりとして止めてくれなかったという共犯関係に気づいたからであり。タケルとパタモンだけが気づかなかったという事実があまりにも恥ずかしすぎるからでもあり。それは明らかに笑いをこらえているみんなが、あからさまにタケル達から目をそらして肩を震わせていることに気付いたからであり。

 

その抑えきれない笑いの連鎖がさらに笑いを呼びこんでしまい、ある意味エンドレス状態になって地獄と化していく様子であり。中には腹を抱えて笑っている人もいて、その中には寄りにもよって、大好きなヤマトお兄ちゃんがいるという怒りがこみ上げてきたからでもある。その中でも1番タケルとパタモンを怒らせたのは、やっぱりいたずらを実行した主犯格である大輔とブイモンである。

 

 

怒りと羞恥心とがごっちゃごちゃになったタケルは、うまく言葉を発することができない。ただすっかり頭に血が上ってしまったせいで、いつもならば無意識のうちに身についている「いい子のタケル」を置き忘れてしまった。

 

怒りに肩を震わせながら、一歩一歩近づいてくるタケルと、頭の上で必殺技のエアショットをかまそうといきり立っているパタモンが、じりじり、じりじり、と大輔とブイモンに迫り来る。大輔とブイモンは顔を見合わせて、即座にヤバい状況であることに気づいて、だらだらと汗を流しながら、じりじり、じりじり、と後退する。

 

 

「・・・・・・の」

 

 

いいから落ち着けと必死で説得しながら、両手でまったまったとサインを送る大輔を差し置いて、すっかりビビリ腰でブイモンは逃げようと振り返った。すかさずパートナーの裏切りを察した大輔はその青い尻尾を鷲掴みにして、べたん、とこけたブイモンを睨みつける。

 

 

「な、何逃げようとしてんだよ、ブイモン!」

 

「オレ悪くないもん!大輔がやるっていったから、仕方なく!」

 

「こらああ!お前もノリ気だったじゃねーか!逃げるなよっ、オレら運命共同体だろ!」

 

「こんな運命共同体やだよーっ!大輔を置いてオレは逃げるんだっ!まだ死にたくない!」

 

「ふざけんあああっ!お前も道連れにしてやるーっ!」

 

「大輔のばかあああっ!」

 

「うるせええっ!」

 

「大輔くんとブイモンのばかああっ!絶対許さないんだから!まてええっ!」

 

「よっくも僕達を驚かせたなああっ!僕怒ったぞーっ、エアーショット!」

 

 

間一髪かわした空気砲が、ざっぱーんと水路に大きな波を立てる。ひいい、と大輔達は悪寒に凍りつく。いつもその大きな予備動作と繰り出される技の威力が反比例で、避けられることも多く、あんまり威力もないことに定評のあるパタモンのエアショット。あんなに威力でかかったっけ?

 

 

大輔とブイモンは、あんまり遠くに行くなよーという無責任な太一の言葉に、仲裁という名の援護が入らないことを悟る。

 

何という理不尽だ、自分たちも思いっきり笑ってたくせに!助けを求めようと走り寄ろうとした足を止める。巻き込むな、こっちくんな、としっしと手を払う薄情すぎるサッカー部の先輩たちがいるのである。何ということだ。逃げ場を失った大輔達は、一目散に太一達が進もうとしていた進路に一足先に駆け出すことにした。

 

怒りのあまり体力の消耗を自覚していないのか、火事場の馬鹿力なのか、運動部に所属しているという話は聞かないタケルの追っ手が一向に弱まることはない。むしろエアショットの威力が上がってる気がするのは気のせいか。つーか、なんであんなに怒ってんだよ、あいつ。しらないよーっとブイモンはぜいぜい言いながら走った。

 

 

「必殺技、友達に向けんなよおっ!」

 

「そ~言うときだけ、友達って言われても信じられないもん!」

 

「ごめん、ごめんってば、だからエアショットはやめてくれよっ!」

 

「だめーっ!まだ許さないーっ!」

 

 

後方から、大喧嘩の時よりも遙かに大きな怒鳴り声が響いてくる。正直言って、心当たりが全くない大輔はブイモンに聞いた。

 

 

「どんだけ怒ってんだよ、タケルの奴!俺達なんかしたっけ?」

 

「なんにもしてないよーっ!ただ、工場来る前に大輔がタケルを無視しただけじゃない?」

 

「えーっ?あん時タケル、何でもないっていってただろっ?!なんでオレが悪いんだよっ!」

 

「オレに聞かれても知らないってばーっ!」

 

 

ブイモンとの会話に必死になっていた大輔は、後ろからの追っての存在をすっかり忘れていた。同時に二つのことを進行させることができない不器用さが、ここで足を引っ張ってしまった。大喧嘩のあと、謝罪が遅れても許してくれたタケルである。ちょっとちょっかいかけて怒らせても、すぐに謝れば許してくれるだろうと楽観視していたのが、思いっきり裏目に出てしまった。

 

 

「エアーショット!」

 

「うわあああっ?!忘れてたっ!ブイモン、伏せろ!」

 

 

あわててしゃがんだ大輔達。ほっとしたのもつかの間、ものすごい物音に気付いた大輔たちが後ろを振り返ると、無我夢中で走っていたため気付いていなかったが、進行方向にあった大量のドラム缶に空気砲が直撃し、がらがらがら、と大きな音を立てて退路をふさいでしまう。大輔達の何倍もある大きなドラム缶が、その山からごろごろと転がってくるのだ。ブイモンは大輔を守ろうと前に立ちふさがる。

 

 

「大輔、下がって!ブイモン、ヘッド!」

 

 

がこん、という音がして、豪快に投げ飛ばされたドラム缶がトンネルの天井に当たって、水しぶきを上げて水路にはまった。

 

 

「大輔、大丈夫?」

 

「おう、ありがとな、ブイモン。しっかし、あっぶねーなーもう」

 

 

ほう、と息を吐いた大輔は、ブイモンに差し伸べられた手で立ち上がる。ぱんぱん、とジーパンを払って、大輔達は観念したのか、タケル達の姿が見えたのでそちらに向かうことにした。

 

その時である。ぐらぐらとしていたドラム缶がバランスを崩し、大輔達のすぐ横を通り抜けて、タケル達のところに転がっていったのだ。ごおっという音を立てて横切っていった真っ赤なドラム缶に、大輔は血相変えてタケルに叫んだ。

 

 

「タケルっ、パタモンっ、危ない、となりの通路に飛び移れええっ!」

 

 

突然の大輔の叫び声に、え?という顔をしたタケルとパタモンだったが、ごろごろと凄まじい音を立てながら転がってくる影に気がついて、あわてて横に飛び移ったのだった。わーっという声がしたので、反射的にかけ出していた大輔とブイモンだったが、間一髪ドラム缶から逃れた友達の姿に安堵の溜息を付く。

 

せーの、でタケル達がいる対岸に水路を飛び越えた大輔とブイモンは、とりあえず、真っ先にごめんなさいと心の底から頭を下げたのだった。今更、経験したことのないかけっこの距離がダメージに帰ってきたらしいタケルは、すっかり呼吸困難になっている。さすがにタケルの頭の上にいるわけにもいかず、大丈夫?とパタモンは通路に降りて心配そうに顔を上げた。

 

 

こういう時は、激しい呼吸をしたがるのを我慢して、大きく深呼吸するようにして、中に空気を入れるといいというアドバイスが降りてくる。こくこくと頷いたタケルは、言われたとおりにして、呼吸を落ち着けていく。

 

まさかこんな所で体力づくりの知識が役に立つとは思わなかった大輔である。そして、パタモンが差し出したペットボトルの水を含む頃には、まだ呼吸は荒いものの、なんとか言葉を話すことができるくらいには回復していた。

 

 

「大輔―、ブイモン、ごめんなさい。僕の攻撃のせいで」

 

「いいって、さっさと謝らずに逃げまわってた俺達が悪いんだしさ。お互い様だろ、パタモン」

 

「ううん僕達も悪いもん。喧嘩してたのに、助けてくれてありがと、大輔君」

 

「喧嘩してるからって、友達が怪我しそうなのにほっとける奴なんていねえよ。なーに当たり前のこと言ってんだ」

 

 

二人と一匹は笑ったのだった。

 

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