「ずいぶん遠くまで来ちゃったね。お兄ちゃんたちが心配してるから、早く戻らなきゃ」
「そうだよな。タケル、パタモン、大丈夫か?」
「うん、僕は平気だよ。でもタケルは?」
「僕も大丈夫。もう歩けるから、いこ」
「おー!」
元気の良いブイモンの声が響いて、遅れてみんなの笑い声がした。静まり返る静寂の中、大輔達は今まで元来た道をゆっくり歩いて帰ることにする。ところどころに曲がり角があったのは知っているが、いちいち確認している暇はなかったため、一直線に走ってきたのだ、また一直線に歩いて帰ればいいのである。迷いようがなかった。
それに、いくら喧嘩をしている二人が勝手に行動をとってしまったとしても、優しい仲間たちはきっと元いた場所、もしくは最初の曲がり角があるところで、待っていてくれるはずである。置いて行かれるという心配は微塵もする必要はない。だから焦る必要もなかった。というわけで、自然と帰り道は二人と二匹のおしゃべりタイムが始まっていく。
「なあ、タケル、何であんだけ怒ってたんだよ。オレ、なんかしたっけ?工場の前の休憩の時のこと怒ってんのか?なんか、らしくねえよ」
「ううん、違う。大輔君がうそつきだからだよ」
「はあ?なんでオレがうそつきなんだよ」
「だって大輔君、僕にいってたでしょ。太一さん達に構ってもらえるのずるいって。羨ましいからやめろって。だから僕、我慢してたのに、大輔君今日の朝からなんか太一さんとか空さんとかお兄ちゃんに優しくされてるんだもん、ずるいよ。それに、光子郎さんからプレゼントもらってるし、ミミさん達と楽しそうにいっぱいおしゃべりしてたし。僕は、みんなに置いて行かれないように歩くのにたいへんで、みんなとおしゃべりするヒマないのに」
「ヤキモチかよ」
「やきもちじゃないもん」
「ヤキモチだろ。なーんにも言わなくっても、ヤマトさんとか、空さんにずーっと付いててもらってるじゃねーか。オレはなんにもしなくても構ってもらえるタケルと違って、みんなの役に立つことしないと甘えちゃダメなんだ。ミミさんとしゃべってたのは、手伝えることないかって聞いたら、お話相手してって言われただけだよ」
「え?なんで、お手伝いしないと甘えちゃだめなの?」
「・・・・・・・・なんでもない」
「むー。でも、僕甘えてないもん。遠慮してるもん」
「えー?嘘だろ、あれでか?」
「嘘じゃないよ。ホントはもうおうちに帰りたいし、お父さんやお母さんと会いたいし、お兄ちゃんともっともっと遊びたいけど我慢してるんだ。迷惑かけちゃだめでしょ?」
「べっつにいいんじゃねーかな。ミミさんだっていっつもいってるじゃん」
「うーうん、だめなんだ。僕、お兄ちゃんに甘えちゃだめなんだ」
ぽつりとつぶやかれた言葉にしては、やけにはっきりとした声がトンネルに響いた。いつになく真剣そのものの表情で決意めいたものを見た大輔は、タケルとヤマトの抱える複雑な家庭環境に根ざしたものだと嫌でも気づく。
しょうもない理由だったら、ふーん、なんで?と興味のかけらもなさそうな顔をしたまま、あっさりと突っ込んでいけるが、さすがにそんな事できるわけがない。大輔も表情を引き締めた。聞いてくれると判断したらしいタケルは、ほっとした様子で笑った。
勇気を持って告白した心中をスルーされたと感じたら、それこそタケルは傷つくだろう。タケルの事情をある程度把握している今なら、相手の立場にたって考えるやり方は十分通用する。大輔は何にも言わないまま、先を促す。小さく頷いたタケルは教えてくれた。
タケルの両親が離婚したのは、タケルが丁度小学校に進学する前の年、幼稚園卒業の年だったらしい。仕事で忙しいという建前ではあったが、なかなか両親が会いに来てくれなかったり、不自然なまでに優しい親戚の家に預けられた時から、うすうす家庭内の違和感は感じていたらしいが、もうその頃からタケルはヤマトに守られていた。
親戚や近所の事情を知る大人たちからの含みを交えた言葉を意図的に遠ざけ、タケルではなくヤマトが一身にその言語を受け止め、対応を迫られている場面には何度も遭遇していた。情を一切知らされていないタケルは、遊んでいろといって大人の中に混じっていくヤマトが、大人扱いされていて羨ましいと見当違いにも程がある勘違いをして、不満に思って、怒ったり拗ねたこともあったらしい。
しかし、タケルを守るお兄ちゃんとしての自分を拠り所にしていたヤマトは、どこまでも優しかった。いつもごめんと言って自分から謝ってくれるのだ。きっと両親の喧嘩を目撃して、仲裁したり、巻き込まれたり、タケルに気付かれないように必死で隠していたに違いないのに。
今でも直接ヤマトはタケルにすべてを教えてくれはしないけれども、もうここまで来れば嫌でもタケルは理解していた。両親が離婚するとき、子供は必ず一度はお父さんとお母さんのどっちがいいか聞かれるということを、引っ越した先のアパートのおばさんからタケルは初めて聞かされた。
お兄ちゃんがいると知っていたおばさんは、優しいお兄ちゃんだねえと笑っていたが、その瞬間にタケルは全てを察したのだ。タケルは母親と一緒に住んでおり、ヤマトは父親と一緒に住んでいる。タケルは何故お兄ちゃんが一緒にお母さんのところに来てくれなかったのか、とずっと思っていた。
お父さんがひとりぼっちは寂しいからだとタケルは思っていた。
酷い時には、僕のことが嫌いなんだと泣いたこともあるが、その時母親にこっ酷く叱られたことで、泣き止まないタケルにいらついた母の一言で、タケルは自分の置かれていた立場が想像以上に残酷であることを不幸にも知ることになってしまう。
長期化した裁判や世間体、親類に対する説明、トラブル続きの仕事など子供の知らないところで両親も傷つきながらの果であることを知るのは、まだまだ先である。きっとそういった一面もヤマトの心の中にはあっただろうが、そんな甘いものではなかったのである。離婚調停には、様々なことが裁判の上で取り決められる。
子供の親権を争うこともそのひとつであり、タケルからすればずっと一緒に暮らせる特権だと思っている。かつて夫婦であったタケルの両親は、父親と母親一人一人が子供を一人ずつ引き取ることが決定されていたのだ。つまり、初めからヤマトはタケルと一緒に住むことはできないと決められていたのだ。
そして、まだ物心ついたばかりのタケルのことを考えて、ヤマトはその残酷すぎる質問に対して、まだ小学校3年生であるにも関わらず、迷うことなく即答したそうである。俺が父さんと一緒に住むと。
家事とか全部俺がやると。まっすぐ言い放ったそうである。その時から、タケルの中では自分がお母さんをとってしまった、という強烈な負い目が生まれてしまい、今でもなかなか遠慮が抜けず、本心からヤマトに思いっきり甘えることができないそうである。
ヤマトはきっとタケルの心中に気づいていない。そして今でもずっと一切告げないまま、過保護なお兄ちゃんでいてくれる。
それがタケルにはもどかしいが、どうすることもできない。だから、といったんタケルは言葉を切った。
「どうしよう、僕悪い子だよね」
小さくつぶやかれた言葉は、震えていた。タケルは愛されている、大切にされていると実感することができる、守られる立場であるためには、何だってする子供である。いい子にもなるし、我慢だってするし、わがままだって言わないし、辛くてもずっと笑っている。
だから置いて行かないで、と続くのだ。喧嘩は人がいなくなってしまう恐ろしいことだと半ば刷り込まれていたタケルにとって、生まれて初めてした大喧嘩で大輔と友達になれたという事実は、トラウマを大分半減していた。
だから、甘えていると言われた時には、非常にショックを受けていた。もっと我慢しなくちゃだめなんだと思ったのに、というわけだ。構ってもらえたり、遊んでもらえたりする対象が常に自分でなければ心配で心配でたまらないのである。
それを友達である大輔に取られているという恐怖と、嫌われてしまうのではないか、という恐怖を密かに抱えながらこんなことみんながいる前では話せないから、話す機会を伺っていたら、一回大輔の方から潰された。そして、何にも知らないくせに、ちょっかいを掛けられた。それがぷつんとタケルの中の許容範囲を超えてしまったのである。
ぽつりぽつりと話していたタケルがふと隣を見て驚いた。なんと大輔が泣いているのである。え、え、どうしたの?!と予想外の展開に、過去を思いだして泣きそうになっていたタケルは、感傷的な感情が彼方に吹っ飛んでしまう。ぼろぼろ涙を流しながら、うるせえよ、と鼻声でこぼした大輔は、ぽんと言葉を投げたのだ。
「仕方ねえだろ、涙が止まんないんだよ!」
ぐしぐしと乱暴に涙を拭った大輔は、目を真っ赤にしながら上を向いた。タケルの話に完全に感情移入してしまっていた大輔は、同情を通り越して同一視する所まで突っ走ってしまっていた。その言葉により、大輔の言いたいことはなんとなく分かったタケルは、ありがと、と小さくつぶやいた。なんだか立場が逆転してしまっているが、しばらくして大輔が口を開いた。
「オレ、怒ったよな、タケルとヤマトさんが仲いいってうらやましいって。オレ、姉貴と仲悪いから」
「うん」
「でもな、嬉しかったんだよ。オレ、姉貴と仲よかったことないし、あったのかもしれないけど、もう思い出せねえし。だから、仲直りしたいとは思ってたけど、そっからどうしたいのか分かんなかったんだよ。今までは、オレんちが仲悪いの知られんの嫌だし、仲悪いのって変だから、仲いい兄弟見るのっていやだったんだ。他の家じゃ当たり前なのに、なんでオレだけこんなに姉貴と仲悪いんだろうって思っちまうし。でも、タケルとヤマトさん見てたら、なんとなく分かったんだ。オレ、姉貴と仲直りしたら、タケルとヤマトさんみたいな感じになりてーなって。そしたら、タケルがヤマトさんとまだ仲わりいっていうから」
「仲悪くないよ!」
「甘えらんねえんだろ?」
「そ、そーだけど、そーじゃないもん!」
「あはは、なに怒ってんだよ。第一、オレがイメージしてる仲いい兄弟ってお前なんだから、イメージ壊すようなことすんなよな。甘えらんないんなら、甘えろよ。おにーちゃーんって思いっきり抱きついてみろよ、ぜってーヤマトさん喜ぶぜ」
「えーっ、なにそれ!話聞いてたの?大輔君!」
「聞いてた聞いてた。でもな、タケルがお兄ちゃんっていったとき、すっげー嬉しそうな顔してると思うぜ、ヤマトさん。
あの人、なんでか、いいお兄ちゃんになろうって頑張ってるのに、隠そうとしてるよな、変なの」
「え?そうなの?」
「だってさ、魚のやつ、あっただろ?竹の奴でぐるぐるってして、病気になるやつ全部一気に取れる奴。あれ、ぜってータケルに見せるために自慢したくて、こっそり調べて勉強して、練習してんだ。だって、それ言いかけたら、ゼッテータケルに言うなって怒られたし」
「へえー、そうなんだ。お兄ちゃん、僕のために頑張ってくれたんだ」
「俺、全然タケルの考えてること、難しくて分かんないけどさ、ヤマトさんに甘えるの我慢すんのは持ったいねえ気がするなあ。オレなんて、今ここに姉貴いないんだ。それだけでもすっげーチャンスだと思うけどな」
「うーん、でも、まだちょっと難しいや」
「別に今すぐじゃなくてもいいだろー、どんなにせっかちだよ」
「えへへ。大輔君のお手本にならなきゃいけないんでしょ?頑張ろっかなーっておもって」
「ちょ、おま、うぜええ!」
もう、大丈夫かな?とブイモンとパタモンはお互いに顔を見合わせる。大丈夫みたいだな、二人とも笑ってるし。パートナーがお互いの話に夢中で、ずーっと放置されているパタモンとブイモンは、とうとうしびれを切らし、構ってくれ!とばかりにお互いのパートナーのところに飛び込んだ。
「ねえ、何してるの?」
「なにってみりゃ分かるだろ、兄ちゃん。下水浴だよお」
「げすいよく?なにそれ」
「下水浴も知らないなんて人生損してるねえ。いいだろ、オイラが特別に教えてやるよ。まずは灰色の壁をみつめて」
「うん」
「せせらぎに耳を澄ませんのさ」
言われるがままにパタモンと一緒に下水道の灰色の壁に目をやったタケルは、ヌメモンの言うとおりに下水道の水の流れに耳を澄ませた。視界が固定されたことで、自然と五感は視覚以外の神経をとがらせ始め、不快感を味わわないようにと鈍感になっていたはずの嗅覚を復活させ、鼻をつまみたくなるような汚水のにおいが充満していることに気付かされてしまう。
川のせせらぎとは程遠い、下水がコンクリートに流されていく音もトンネル内にわんわんと反芻していてなんだか怖くなってきてしまう。じめじめしていて暗い壁には汚らしい染みがべったりと張り付いていて、タケルやパタモンは見たことがない色の苔やキノコを発見してしまう。
極めつけがぱちぱちぱちと視界の上方でちらつく切れかけの電灯の瞬きである。伸びているタケルとパタモンの影が不自然にちらつくせいで、なおさらドキドキしてしまう。我慢できなくなったタケルとパタモンは、すぐに下水浴をやめたのだった。
「こうすると、心が洗われるんだよ。まるでトイレにいる時のように」
「………」
「どうだい、兄ちゃん。一緒に下水浴」
「えっと、その、僕たち急いでるからまた今度ね」
「おいおい、まだせせらぎが来てないだろお、そうせこせこすんなよう。ゆっくりいこうぜ」
「え、せせらぎって来るものなの?」
「ちっと黙っててくれよ、兄ちゃんたち。オイラも満喫したいんだ。もちっと楽しもう」
せせらぎってちっちゃい川から聞こえてくる水の音のことじゃなかったっけ、と思いつつ、タケルとパタモンはちょっとだけ黙っていることにした。春のちっちゃい川はさらさら行くんだから、穏やかな気分にしてくれるのである。下水道の汚い水の流れが心を穏やかにしてくれるとは到底思えない。どうしようかなあ、としばし迷いつつ、いつまでも大輔とブイモンを待たせるのもあれだし、ということでこっそり一人と一匹は踵を返す。
「待った待ったまった、どこ行くんだよ、兄ちゃんたち。いい所じゃないか。なんでどっか行こうとするんだよお、せえっかくせせらぎが聞こえてきたってのに!」
えー、うそだあ、と思いつつタケルとパタモンは耳を澄ませてみる。かさかさかさ、と何かに足音が聞こえてきた。うん?え?あれ?きょろきょろあたりを見渡すが薄暗い下水道ではよくわからない。ドラム缶が積み上げられた通路側は狭くじめじめとした隙間があるだけで、その先に何があるか背丈が低いタケル達には教えてくれない。
かさかさかさという音は大きくなっていく。
長い触角、平べったくて楕円形の身体、発達した足、油を塗ったような光沢をもつそれ。感知能力に優れた触角をもち、瞬発力に優れた6本の足をもち。生存という分野において、もっとも適した進化を遂げたと言われている。
3億年ほど前から絶滅せずに生き残っており、生きた化石とも称されるそれは、間違いなく古代種のデジモンよりも歴史を長く持つ生き物なのだろう。
菌類、樹液、朽木、仲間の死体、残飯、垢、毛髪、油、紙、プラスチック、ゴムとなんでも食べる雑食性がこの世界においても分解者としての地位を確立している。純粋な不快感だけで嫌われ者の頂点に君臨するそれが足元にいると気付いた時、タケルの絶叫が下水道に響き渡ったのだった。
「それでワッペン失くしたって言われてもなあ……どこら辺で落としたんだよ、タケル」
「覚えてないから一緒に探してって頼んだんじゃないかあ」
黒くて硬くててらてら光ってて暗くて狭くて湿ったところが好きな、すっごく速い生物に出会ってしまったタケルはすっかり涙目である。低空飛行しかできないそいつは、背丈の低いタケルやその上に乗っていたパタモンのすぐ目の前を襲い掛かってきたのである。
多分リュックの中にあるお菓子とか果物とかに反応したんだと思うが、生まれて初めてGが付くそいつを目撃してしまったパタモンはすっかりトラウマになってしまい、さっきから一言もしゃべっていない。
だいじょーぶかー?と心配そうに見上げてくるブイモンにうなだれているオレンジは、力なく顔を右から左に振るだけである。そんなに怖いの?とブイモンは疑問符だ。みりゃわかるよ、と大輔は言うしかない。
喰いかけのスナック菓子とかほっとくと何時の間にか湧いてるから、大輔はわりと見かけるのだが、そういう時はもれなく部屋はバルサン大会となる。夜行性のそいつが真昼間から現れると言うことは、忌避すべき明かり度外視で出てくるほどのエサがあるからか、異常繁殖しているかのどちらかだ。きっと後者なんだろうとは思ったがさすがにいえない大輔である。
一匹いたら三十匹はいると思えが常識の天敵である。大輔だって会いたくない。でもなあ、と横を見れば目を皿にして探しているタケルがいる。漂流生活も3日目を数える。
今日が僕の誕生日なんだってタケルが今にも泣きそうな顔で教えてくれなければ、ヌメモンたちのせいで外に出られなくなってしまうことが分かっていながらこんな薄暗い下水道の道をわざわざ引き返したりなんかしなかっただろう。タケルの好きなソフトクリームをあしらったワッペンは、タケルのお父さんが去年買ってくれた誕生日プレゼントなのだという。
1年に数回しか会うことができないお父さんからもらったプレゼントである。同じ条件であるにも関わらずお母さんとまともな会話も交わさないお兄ちゃんを見ている手前、自分ばっかりお父さんにプレゼントをねだるのはどうしてもできないタケルにと、お父さんがフジテレビでやっている朝の幼児向け番組の企画でもらったとかこつけて買ってくれたものなのだ。
もう一度買い直せばいい、なんて口が裂けても言えないそんな代物である。大きさ、色、形を大体教えてもらったから、見落とすのがおかしいサイズであるにも関わらず見つからない。
どうしよう、どうしようって小さくつぶやいているタケルを励ますためにも、大輔は一緒に下水道の道を戻り始めたのだった。
「なあなあ、ソフトクリームが書いてあるワッペン知らねえ?」
「いんやあ、知らないねえ。オイラ達見てくれにあんまりこだわんないタチだから」
ワッペンは直に体に張り付けるものではないのだが、どうやらおしゃれの部類に入るようだ。ぬめった塊を避けながら、タケル達は下水浴をしていたはずのヌメモンを捜してひたすら壁に背を向けているヌメモンに話しかけまくっていた。
「ねえ、僕のワッペン知らない?これくらいのソフトクリームの絵が描いてあるんだけど」
「うーん?しらないよーん」
こいつもダメか、と肩をすくめた大輔たちを見かねたのか、ヌメモンは教えてくれた。
「なにか探し物があるんなら、スカモン大王様のところに行ってみる?なんか珍しいもんがあったら、オレたちはたいてい納めることになってるからん」
「スカモン……?」
「大王?」
「パタモン知ってる?」
「なんだそりゃ。ブイモン、スカモン大王ってどういうデジモンなんだ?」
「パタモン?」
「ブイモン?っておい、どこ行くんだよ、おまえらっ!!」
「そっちはさっき来た道だよっ!迷子になっちゃうからどっかいっちゃだめだよ、パタモン!」
物凄い勢いで逃げようとしているパートナーをとっつ構えて、大輔とタケルはずるずるずると所定の位置に戻った。
「やだやだやだっ、やだよ、大輔!いくら大輔のお願いでもぜーったい嫌だ!ごみの山にだけは行きたくないよ、大輔!」
「スカモンにされちゃうんだよーっ!?僕やだよ、ウンチ型デジモンなんて成りたくない!」
「きっついこというデジモンだなあ。成長期のお前らにだけはいわれたくないぞ」
「うるさーい!いくらオレでもスカモンに進化するのだけは嫌なんだよーっ!」
「僕もやだよ、タケル!」
「安心しろって、すぐに戻してくれるぞ」
「うそつけー!スカモンにされちゃったデジモン見たことあるから知ってるよ!戻してもらえるけど、すっごくすっごく弱くなっちゃったっていってたもん!」
「そーだ、そーだ!それにごみの山はここからずっと北にあるじゃないか!ワッペンを数十分でそこまで運べるわけないだろ!」
「さっきから聞いてればごみの山ごみの山いうなっ!ダストキングダムっていえ!」
だーれがいうか!と好き勝手言い放題なブイモンとパタモンである。大輔たちは止めに入ろうとしていたのだが、ヌメモンは言いがかりとも取れる暴言罵声を一切否定しないものだから顔を見合わせた。ブイモン達曰くギアサバンナをここから北にまっすぐ向かうと、ファイル島中のごみが集まって形成されている非常に不衛生なごみの楽園がある。
ゴミを好むヌメモン、スカモン、チューモン、他汚物系と呼ばれているデジモン達が好き好んで棲み付いているため、通称ゴミの山とよばれているエリアだ。そこを仕切っているのはスカモンというデジモンの亜種で体の大きなスカモン大王。スカモンに進化してしまったデジモンが救済を求めて訪れる所であり、スカモン大王はその進化をキャンセルして退化させてくれるのだが、それ以外のデジモンが行くと問答無用でスカモンにしてしまうらしい。
ここからダストキングダムに行くには2日ほどかかるので、ついさっきタケルが落としたワッペンを献上してしまったというのは物理的に無理だ。つまり、わざわざ誘導しようとしていたヌメモンは。
「ううう、ばれたら仕方ない。だってよー、オイラが楽しみにしてたせせらぎを大騒ぎして退治しちゃったじゃないか!オイラの癒しを返してくれよ!」
「そんなこといわれても困るもん!せせらぎがごきぶりなんて知らなかった!」
「ごきぶり?なんだそりゃ」
「こっちの世界ではせせらぎって言うのかもしれないけど、
僕たちの世界ではゴキブリって言うんだよ!」
「……ゴキブリ、かあ」
「なんでそんなニヤニヤしてんだよ、気持ち悪いなあ」
「いやあ、せせらぎにもいい名前があるんだなあって感動しちゃったんだぜえ。せせらぎなんて爽やかな名前どうかと思ってたんだ!ゴキブリいいな、オイラ達の仲間っぽい名前だ!」
「ゴキブリは1匹いたら30匹はいるから探したら出てくるって。心配しなくてもまた出てくるよ。だからタケルのワッペン返してくれ」
「そうなのか!?」
「食いかけのパンとか、パッケージのプラスチックとか狭い所にほっといたら寄ってくると思うぜ」
「そうなのか!?そりゃすごい!わかった、ありがとうな兄ちゃんたち。これで大下水浴が出来そうだ!スカモン大王様も喜ぶぞ!よーし、このワッペンは返すぜえ。かわりにせせ、じゃなかった、ゴキブリについて報告してくるぜ!じゃあな!」
どこからともなく取り出されたワッペンをタケルが受け取ると、ヌメモンは意気揚々と去っていった。
「よかったな、タケル」
「………ぬめぬめするよお」
「パタモン、大丈夫?」
「………さ、さ、30匹もいるの!?うわあああん、タケル、大輔、ブイモン!今すぐここからでようよーっ!!」
パタモンの叫び声が下水道に木霊した。