「ひいっ!」
「どうしたの、大輔君?!」
「な、なんかオレのく、首にいっ!」
みるみるうちに顔面蒼白になった大輔は、あわてて何かを払いのけるような動作をして、大きく頭を振った。突然の相棒の怯えように、反射的に戦闘態勢になったブイモンはすかさずあたりを見渡して警戒するが、変わらず地下水道は物音ひとつせず、薄暗い空間には、ただゴミを運んでいく水路の音だけが響いている。
我に返ったらしい大輔はおそるおそる首筋に当たったらしい何かを確認すべく手を当ててみる。すると、一瞬感じたひやりとした感覚は、何か冷たい液体のようなものがあることを示していた。そしたら今度は手の指先に当たる冷たい感覚。顔を上げた大輔が手をかかげてみると、ぴちょん、ぴちょん、と一定の間隔で落ちてくる水滴。
その一連の様子を見ていたタケルとパタモン、そしてブイモンの視線が自然と大輔に方に向く。張り詰めていた緊張感が一気にほぐれていく。6つのお騒がせ者に対する冷ややかな視線にも気づかないまま、なんだよ、水かよ、びっくりさせんなよ、もう、と大きく脱力した大輔は、はあ、と安堵の溜息を付いた。なーんだ、とブイモンは笑って再び大輔の傍らに駆け寄った。
「あははっ、なんだあ、驚かさないでよー。大輔君もオバケとかこわいんだ」
「うっせえ!ち、ちっげーよ、別にオバケなんて怖くない!」
オバケなんてうそだろ、寝ぼけた人が見間違えたんだって、絶対!違う、違う、違うんだからなと必死に否定すればするほど、先程の地下水のトンネル全体に響き渡るような絶叫とギャップが大きすぎて、あべこべに見えてしまう。
羞恥心から赤くなった顔を見られまいと、ばつ悪そうに顔を背けた大輔はさっきよりも早足で先に進む。ブイモンがそれに気づいて後を追う。タケルとパタモンは顔を見合わせて、くすくすと笑っていたが、問答無用で置いていこうとする友人たちに、まってよーとあわてて後を追いかけた。
なに笑ってんだよ、と不機嫌そうに口を尖らせる大輔に、ちょいちょいと袖を引いたブイモンが、なんだよ、と振り返るパートナーに、耳まで真っ赤になっているからバレバレだと指摘した。
一瞬虚をつかれた顔をした大輔が耳に触れてみると、確かに熱を持っている右耳。むぐぐ、と言い返す言葉もごまかせるような言葉も浮かばなくなった大輔は、すっかり拗ねてしまいそっぽ向いたまま沈黙してしまう。そんな和やかな空気の中で、早く離れてしまった他のメンバーたちと合流しようと先を急ぐ子供たちの前に、なにやら変なモノが見えてきた。
思わず足を止めた大輔とタケル、そしてブイモン。よく見ようとタケルの頭の上で背伸びするパタモン。彼らの前には、何故かソフトクリームから連想できる例のあれが、ピンク色のあれが、大量に落ちていた。
なんだこれ、と彼らの心のなかの声がひとつになったとき、彼らは嫌な光景を目にしてしまう。例のあれがこれから大輔たちが太一達と合流するために行かなければならない先に、ずーっと落ちているのである。足の踏み場もないくらいに、びっしりと。
それはもう、びっちりと。どうしよう、これでは先に進めないではないか、と沈黙したまま大輔達は顔を見合わせた。よく見れば、水路にへばりついて溶けかかっているものもあるし、大量に落ちている例のあれは全部踏まれた後がある。何かぬめぬめしたものが這いつくばっていったのか、不自然なまでに形状を引き伸ばしているものもある。
嫌な予感しかしない。近くには通路が分かれていて、小さな光が見える所を見ると、外に通じているようである。しかし、その通路もよく見れば、その例のあれを踏んづけたままズルズルと這いつくばっていたやつが、登っていたらしく、いろいろとこびりついているのが嫌でも目に入る。
「………ねえ、こっちに来る前に、外に通じてそうなトンネルあったよね?」
「………そうだよな。引き返すのめんどくさいけど、もっかい戻ろーぜ」
「さんせー」
「オレも賛成。というか、早くこっからでないと、やばい、気がするんだ」
この奇妙奇天烈な惨状に心あたりがあるのか、ブイモンは顔を引きつらせながら、早くここから出ようと促してくる。どうしたんだよ、と疑問符を浮かべる大輔に、いいからはやく!と大輔の後ろに回ったブイモンが、グイグイと押してくる。
そしてタケルとパタモンに振り返ると、早く付いてくるよう手招きしてくる。訳がわからないまま駆け足で曲がり角を探し始めた大輔達の後ろから、何やら無数のうごめくものの音が聞こえ始めたとき、ブイモンはますます血相変えて急げ急げと大輔を急かせる。
躓きそうになりながらも、なんとなく置かれている状況が理解でき始めた大輔とタケルは、おそるおそる後ろを振り返った。なんか大きな目玉がたくさんこっちの方をぎょろりと見て、ものすごい勢いで追いかけてくるではないか。しかも、なんか気持ち悪い甲高い声をあげながら、何かが這いつくばってくる。粘着質の音が怒涛の勢いで近づいてくるではないか。
生理的な嫌悪感から真正面から見るのを本能的に拒んだ大輔達は、さっきよりも走るスピードを早める。パタモンもようやくブイモンが恐れている事態を把握したのか、タケルから振り落とされないように必死で帽子にしがみついた。なにあれーっと思わず叫んだタケルに、パタモンがヌメモンだよーっと叫んだ。
デジモンは成長期時代の生活習慣、戦闘経験、日々の鍛練、という3要素によって成熟期が決定する。規則正しい生活をしているか、トレーニングで体を鍛えているかなど細部にわたる判定の結果、怠慢という烙印を押されたデジモンが等しく進化する先はヌメモンという成熟期なのだという。その衝撃的な攻撃方法によって、進化してしまった本人は大いに反省することになる雑魚デジモンの筆頭だった。
ぎょろりとした大きな目の玉を二つ持ち、大きな口から真っ赤で長い舌をいつも舌をだしながら動いている緑色のスライムだ。ナメクジのようにヌメヌメとした体をしている。暗くてジメジメしたところ。
つまり地下道エリアが大好きで知性や攻撃力はなく、本能のままに生きている。ちなみに大人しくて臆病な彼らの主な仕事は、他デジモンの粗相を回収することである。自分から戦おうとはせず毎日だらだらと生活しているが、敵に襲われると仲間達と共に集団で襲いかかってくる。
ブイモンとパタモン曰く、デジモンの中でも、この世界でも嫌われ者の筆頭だという補足が加わるが、そんなことどうでもいいとばかりに大輔達は一目散に、ようやく辿りついた曲がり角を一気に駆け上がった。狭くて暗い世界が一気に広がる。暗いところから急に明るいところに出た二人とデジモン達のまぶたに黒い斑点が飛んでいき、やがて一面に広がるサバンナのような光景が現れる。
あっぶねえ、よかった、ギアサバンナに戻ってこれた、と大輔とブイモンが軽くハイタッチする。そして笑った。空を見上げれば、雲行きがあやしいものの、雲から太陽の光が照っていた。
振り返れば、日の当るところが苦手らしいヌメモンの大群が、恨めしそうにぎりぎり影のところを境界に先に進めないのか、みっしりとトンネルを塞ぐようにこちらを睨んでいる。
あまりの気持ち悪さに鳥肌がたったらしいタケルは腕をさすりながら、ふう、と逃げ切れた安堵感から溜め息をこぼした。大輔も同様だが、ヌメモンは太陽の光が出ていなければやばい。外は活動範囲が広がってしまうとブイモンに言われて、うそだろ、と顔を引きつらせた。
太陽が顔を出している間に少しでも距離を稼いでおかないと襲われてしまうのは眼に見えている。しかし、適当に逃げたのではそれこそ太一達と完全にはぐれてしまう。どこから来たのかわからなくなるのは、あまりにも致命的だった。合流すべき場所に確実に通じていたはずの道が塞がれてしまった今、別のところから地下水道に入る場所を探さなくては行けなくなった。
飛び出してきた地上への通路は、大きな大きな赤土ののぞく山にある。つまり、この山をずーっと本来進むべき方向にたどっていけば、太一達がいるはずの場所に通じる穴を見つけることができるはずだ
タケル達は仕方なく、ヌメモンたちから隠れる場所がないかとあたりを探し回りながら、必死でその場所から真っ直ぐ進んでいくことにした。パタモンがタケルの頭から離れて、ゆっくりとした速度で空高くに舞い上がっていく。
どーだ?とまぶしそうに右手で影を作りながら、逆光のする空を見上げた大輔の言葉に、きょろきょろとあたりを見渡していたブイモンは、ぐるぐると旋回すると、あったー!と大きく声を上げる。どっちー?とタケルが口元に手を当てて叫ぶので、パタモンは大きく体をそちらの方向に向け、飛んでいく。
「あっちの方に1個だけ穴があるよー!」
「じゃあ、あっちだな!大輔、タケル、急ごう!」
パタモンが飛行能力の限界からかどんどん降下していくのを受け止めたタケルは、お疲れ様、と笑って頭の上に乗っけると、大輔たちと共にその場所へと急いだ。しばらくして、大輔たちが這い出してきた穴と同じくらいの大きさの穴が見つかる。一目散に駆け寄った彼らはそこを潜ろうとして、そして、とある事実に行き着いてしまい、立ち往生するはめになってしまった。
「なんでヌメモンがここにもいるんだよーっ!太一さん達のところに行けないじゃねーか!」
「なんか、いっぱい落ちてる………」
空を見上げれば、太陽はまだまだ健在であり、雲行き怪しかった天気も雲と雲の割れ目が大きくなってきたのか、相変わらず大輔達は暖かな光に守られて、トンネルから飛び出してきたヌメモンたちに襲われる気配はない。
それでも、いつ太陽が隠れてしまうか分からない不安定な天気である。一瞬でも隙をみせれば襲いかかってくるだろう。ようやく見つけた通路もびっちりとヌメモンたちがうごめいており、先に進むことは難しそうだ。
しかもそのまわりは、さっき下水道で見たたくさんのあれが落ちている光景が、完全に再現されている。大輔が怒るのも無理はなく、タケルが目を背けたくなるのも無理はなかった。
これでは太一達に会いに行けない。どうしよう、と二人は顔を見合わせた。周りを見れば、ずーっと先にここから一直線に続いているあれの道が、3つほどに別れて、森の中、サバンナを真っ直ぐ突っ切る道、花畑に続く道、と分かれていく。もしかしたら、ついさっきまで曇だったのかもしれない。
ヌメモン達の大行進の痕跡がいやでも眼に入る。そして、タケルと大輔は無言のままおそるおそる顔を見合わせた。この大行進に見覚えがあるからである。あれ?もしかして、もしかするのか?しちゃうのか?といった様子で大輔は薄々感じていた嫌な予感に、ちら、と後ろにあるトンネルの入口を見る。
タケルも同じことが頭を過ぎってしまったらしく、口に出していいものかどうか、迷っている。嫌だ。正直、口にだすのは絶対嫌だ。でも状況とタケル達が見てきた光景がそれを物語っている。答え合わせをすべく、どちらともなく二人は口を噤んでしまった。
「なあ、もしかして、さっきオレ達が引き返してきた入り口って、これじゃねーか?」
「うん、僕もそう思う。おんなじくらい歩いたもん。ねえ、大輔君、ってことは、もしかして」
「オレ達みたいに下水道にいた誰かが追っかけられて、逃げようとして外に出たんだよな」
「でも、お日様が出てなくって、曇りで、ヌメモンたちが出てきちゃって、」
「このままじゃ捕まっちゃうから、3つくらいのグループで別れて、逃げた……?」
大輔とタケルの会話にパタモンとブイモンは顔を見合わせて、あわわわわ、とヌメモンの大行列の跡を見る。みんな青ざめるしかない。8-2=6。小学2年生なら簡単にできる引き算。加えて、3つのグループと言うことは。とまだ割り算を習っていない2人は、思い浮かぶ名前をそれぞれ指折り数えながら、3つのグループを作ってみる。
ぴったり丁度である。タケル達は居ても立ってもいられず、かけ出した。大変だ。その一言だけで十分だった。大輔たちを待ってくれていたはずの太一達が、ヌメモン達に襲われて、ずーっと逃げ続けているうちにばらばらになってしまったのだ!
あえずヌメモン達の跡を追いかけていった大輔達は、自動販売機がたくさん立っている荒野に出た。残念ながら全ての自動販売機はかぱりと中がオープンになっており、缶ジュース一本入っておらず、何故かからっぽの空洞が晒されていた。
そしてそこからふたたびピンク色のソフトクリームがたくさん投げ飛ばされていた。どうやらここからも、ヌメモン達の大群が新たに加わったらしい。想像するだけで悪寒がする光景である。ますます大輔達は太一達のことが心配になった。そして、暫くの道なりの後、3つに別れている道で立ち止まる。
「みんな、どっちにいったのかなあ?」
「うーん、わっかんねー。早く探さないと太一さんたちが危なかったら大変だ!急ごうぜ!」
「えーっ!ダメだよ、僕達一緒にいったほうがいいよ。迷子になっちゃったら大変だもん」
「えー、そうかあ?」
「そーだよ。みんな、僕達よりずーっと大きいから、きっと大丈夫だよ。だってタケルや大輔が逃げられたんだから。
大輔君が心配するのは分かるけど、僕たちじゃ何にもできないよ?」
「そんなことないって!オレと大輔がいれば、なんにもこわいことなんかないんだ。ね!大輔」
「おう。なにビビってんだよ、タケルもパタモンも。進化できなくったって、オレ達にしかできないことなんてたくさんあるだろ?はやくさがそうぜ!」
「うーん……でも。ヌメモン達がたくさん襲ってきたらどうするの?」
「簡単だろ?逃げるんだよ。そういうの、逃げるが勝ちっていうんだって」
「えー……。でも、大輔君。今、お日様があるから、たぶんヌメモン達どっかに隠れちゃったんじゃないかなあ?お兄ちゃんたち、大丈夫だと思うよ?」
「あー、そっか。ちぇー、太一さんたちの手助けできると思ったのに」
ブイモンと顔を見合わせて残念そうに肩をすくめる大輔に、役に立てることをしなければ甘えてはいけないのだ、という大輔の言葉を思い出したタケルは、小さく首をかしげた。
タケルとヤマトの兄弟関係を理想像だと語ってくれた大輔は、タケルに悩みなんて気にしないで、まずは思いっきり甘えてみればいい、と力強く後押ししてくれた筈なのに、どうして自分はわざわざそんな条件を付けて、みんなに甘えることを我慢しているんだろう、と考えてしまう。
タケルからすれば、みんなの役に立つという大輔の語るそれは、無謀とも言えるほどの目標であり、きっとタケルなら思いつきもしないものである。わざわざ自分からそんなにハードルを高く設定して、辛くないんだろうか。
見る限りでは、大輔もブイモンもその目標に向かって頑張ることをなによりも大切にしているのは、生き生きとしている様子からも感じられるし、全く苦にする様子はなく疑問にも感じていないし、違和感も全く覚えていないようだから、大輔とブイモンからすればそれでいいのだろう。
理由を聞いたが教えてくれなかったのは気になったが、きっと大輔とお姉ちゃんの問題に関わることなのだろう。タケルの相談に乗ってくれたから自分も乗ってあげたいと考えるタケルだが、大輔達は今のところ全然そんな様子は見受けられないし。
未だにヤマトからの宿題は検討がつかないのはタケルも同じだったから、アドバイスなんてできそうもない。きっと相談に乗って欲しくなったら、タケルと違って大輔は自分から言ってくるだろうから、待っていればいいだろう。そういう結論に達して、タケルはその疑問はとりあえずおいておくことにした。ただ。
だ。
「大輔君、ブイモン、お兄ちゃん達に大変なことがあってほしいの?そんなこといっちゃダメだよ」
「あ、わりい、タケル、オレ達そういうつもりじゃないんだ。ごめん」
「ごめーん」
失言を咎めるのは忘れなかった。しかし、肝心の、どちらの方向に行ったらいいのかわからない。なかなか決まらない。結局、グーとちょきとパーの道を決めておき、ジャンケンで勝ったときに出したカタチで先に進むことになった。何度かのアイコのあとで、大輔が勝ったため、パーのまま、まっすぐに進むことになった。
暫く進んでいったが、まだまだあれの道は続いている。先はまだまだ長そうだ、と思われたのだが、何故か途中でヌメモン達はおろかこの先に逃げていったであろう子どもたちの姿がぱったりとその痕跡を消してしまったのである。すっかり途方にくれていた二人は、顔を見合わせた。メンバーの中で唯一、1番高い視点から世界を見わたすことができるパタモンは、懸命に耳を羽ばたかせながらあたりを見渡した。
「あっちの方向におもちゃの街があるよー!」
「おもちゃの街ってなに?ブイモン」
「おもちゃの街って、もんざえモンっていうデジモンが町長さんをやってる、遊園地みたいなとこだよ、タケル。こーんなにいっぱいのたっくさんのおもちゃや風船が、迎えてくれる、すっげー楽しい場所なんだ」
「へえー、この世界にも遊園地ってあるのかあ。ジェットコースターあるのか?パタモーン」
「うん、あるよー。すっごい速いのが。でも僕は観覧車のほうが好きだなー」
「おお!」
「お兄ちゃん達見つけたら、あとで行ってみようよ、大輔君!ねえ、パタモーン、お兄ちゃん達みつからなーい?」
「うーん、いなーい。おっかしいなあ、って、ああ!」
「どうしたのー?!だれかいたの?!」
「ううん、みんなじゃないけど、もんざえモンが見えるよー!たっくさんの青いハートの風船もってる!なにか知ってるかもしれないから、きいてみよーよー!」
「オレもパタモンにさんせー!もんざえモンはおもちゃが大好きで、おもちゃももんざえモンが大好きで、みんなを幸せにするいいデジモンなんだ。きっと力になってくれるよ、大輔、タケル」
ブイモンの提案で、二人はタケルの頭に帰還したパタモンの先導のもと、先に急ぐことにした。黄色い豆粒くらいしか見えなかった輪郭が、だんだんクマのぬいぐるみの形になってくる。
お腹が白く、それ以外は全身が黄色の大きなクマのぬいぐるみのパペット型デジモンは、背中にチャックがついていて、誰かがいるのは確かなようだが、誰が入っているのかは誰も知らない。
おもちゃの街という遊園地のような華やかで楽しい街で、おもちゃを誰よりも愛し、また愛されながら暮らしている町長である。愛らしい外見のわりには目が怖いが、ブイモン曰く戦いを好まない優しい性格らしいので心配はいらないだろう。そう思っていたのだが。
急いでもんざえモンのもとに急いでいたタケル達は、青い風船が思っていたよりもずっとずっと大きなものであると、しっかりと自分の目で確認できるような距離まで追いついたのだが、もんざえモンは気づかないまま先に行ってしまう。
待ってくれと必死で呼びかけようとした大輔は、青い風船の中に見覚えのあるシルエットが見えて、驚きのあまり立ち止まってしまった。指差す大輔につられて、よーく目を凝らしたタケル達は、その青い風船一つ一つに、なんとずっと探していた太一達が閉じ込められていることに気付いた。
なんとおもちゃの街のやさしいデジモンであるはずのもんざえモンが、子供たちとデジモン達を捕まえてしまっているのである。飛ばされていく風船の数は、全部で10こ。大輔とタケルを抜いたらあと一人と一匹がなんとか逃げ延びていることになる。それが誰なのか確認することができないまま、もんざえモンはおもちゃの街に太一達を連れ去ってしまった。
「大変だ、なんとか太一さん達を助けなきゃ!」
居ても立ってもいられず走りだそうとする大輔を、あわててタケルは腕を掴んで引き止める。大輔は驚いた、なんで目の前でヤマトさん達が捕まってるのを目撃してるのに、タケルは大輔を止めようと必死になっているのかわからない。別に真正面から突っ込んでいくわけじゃないんだ、後をつけていって様子を見てくるだけだから、と言葉を重ねてみる。それくらい無謀なのは大輔だって分かっているつもりである。
しかし、頑ななまでにタケルは反対の姿勢を崩さない。そして、大きく首を振った。放せよ!みんなが!と遠ざかっていくもんざえモンの背中を睨みながら、必死で振り払おうとする大輔に、タケルは待って、待ってよう!と必死でずるずるずるとなるまで踏みとどまった。
タケルからすれば、大輔の言葉は全部一人で飛び出していこうとする言い訳にしか聞こえない。なんで大輔君はいっつもいっつも自分一人でどんどん決めて、どんどん先にいっちゃうんだろう!信じられない!
1番年も近いし、友達だし、いろいろ話しやすいの僕だと思うんだけど、違うのかなあ、と何度思ったか分からない。全く頼りにされている気配もなければ、その頭の中には上級生達以外に本当に存在しているのかすら心配になってくるほど、自分がアウトオブ眼中なのが分かってしまい、タケルは余計辛かった。
そりゃあ、上級生のほうが頼りになるだろうし、自分が1番頼りにならないし、大輔君の場合は一人で問題を解決しちゃうような子だから、そういうことまで求めてしまうのは贅沢なのかもしれないけれど、ちょっとくらい夢見たっていいじゃないかと思ってしまう。
友達って、相談に乗ってもらったり、一緒に遊んでもらったり、一方的な関係ではないはずだ。こういう上級生が誰もいない時こそ、一緒にいろいろ話しあって、助けあって、頑張っていくのが友達なんじゃないのか。ちょっとくらい、相談を持ちかけてくれてもいいんじゃないかとタケルは思うのだ。なんでブイモンは止めないで、むしろ一緒に行く気になっているのか分からない。
だから止めるしかないのである。強行なまでのストッパーに納得行かないという顔をありありと浮かべて、なんでだよ、と半ば八つ当たり気味に叫んだ大輔に、タケルは落ち着いてよ!と呼びかけた。舌打ちをして、イライラしている大輔は、タケルを睨みつけた。
ここで大輔の長所でもあり短所でもある感情と行動が直結しているという面が、顕著にマイナス作用として現れていた。
特攻隊長とあだ名される通り、その場の感情の勢いで突発的な行動に出てしまう大輔は、頭の中では分かっているつもりでも、この状態になるとすっかり感情に振り回されてしまい、完全にまわりが見えなくなってしまう。通信簿でも落ち着きがありませんと書かれる理由はここにある。こうやって目の前で自分の大切な人たちが危険にさらされているという状況下になると、居ても立ってもいられず飛び出してしまう。
自分の絆の中に入れてしまった人間に対して、非常に義理堅い性格であるが故の大輔の行動だが。太一と違って全てを内包せずに一つのことに一直線になってしまう点、守りたいと考えているみんな、の中に自分がすっぽりと抜け落ちてしまっている点。
そしてなによりも守るために必要な力もなければ、自分が出来ることをはっきりと自覚出来ていないという点で、今ここではそれは単なる無謀であり、やがて彼が尊敬する先輩から引き継ぐことになる勇気とは到底言えるものではない。最もこれは彼が憧れている太一と同様に陥りやすい状態である。
太一と大輔で大きく違うのは、やはり年齢と兄と弟という立場による理性の作用の仕方である。あくまでも現段階で大輔がその勇気と似た行動を冷静なカタチで行うことができるのは、自分のことを見ていてくれる保護者的な立場の人間がいるという安心感、心の余裕があってこそ発揮されるものであり、その存在を排除されてしまった今、非常にそれは不安定なものでしかなかった。
そういう点で、まだ大輔という少年は幼すぎた。唯一の幸運は、やがて成長していく中で、彼の持つ危うさを止めることができる人間がいなくなってしまうかもしれないが、現段階に置いて彼はまだ小学校2年生であり、まだ止めることができる友人が丁度側にいることだった。
「大輔君、おちついてーっ!もんざえモンは完全体なんだよ?すっごく強いんだよ?ブイモンもパタモンもまだ進化できないんだよ?一人でいっちゃ駄目!捕まっちゃうよ!大輔君まで捕まっちゃったら、僕どうしたらいいのか分かんないよおっ!」
「そうだよ、大輔え、しんこきゅーしんこきゅー。どお?落ち着いた?」
「…………わっり、ちょっと頭ん中真っ白になって」
「風船10こだったから、誰かまだ捕まってないはずだよな?大輔。探そう、そんで合流するんだ、きっと近くにいるよ」
「はああ、よかったー」
「ごめんなー、タケル。オレ、かってなると自分でもなにしてんだか、解んなくなっちまう時があってさ。止めてくれてありがとな」
「うん、いいよ、また止めてあげる。でもね、大輔君、僕もパタモンも頑張るから、一人ぼっちでがんばらないでよ、友達でしょ?」
「・・・・・・・・・・・」
「え?どうしたの、大輔君」
「………なあ、タケル」
「なに?」
「友達だったら、相談してもいいんだっけ?それって甘えてことにならないんだっけ?」
「あたりまえだよ!友達って、えーっと、なんだっけ、たいとーでびょうどーなんでしょ?なんかあったら一緒に頑張るのが友達なんだって先生いってたよ」
「あー、そっか。忘れてた。オレとタケルは友達だから、相談してもいいんだ」
「そうだよ!」
タケルは嬉しくなって大きく頷いた。大輔は、たった今目がさめたような顔をした。上ばかり見ていて、背伸びすることばかり考えていたせいで、まわりを見ることをすっかり忘れてしまっていた。本宮大輔には、高石タケルという友達と、そのパートナーのパタモンと、運命共同体であるブイモンというパートナーがいるではないか。がんばろうな、と大輔は自然と笑顔になっていた。
さあ、3人目の救出隊を探しに行こう。