「パタモンだわ、ミミ!」
「タケル君と大輔君ね!無事だったんだわ!」
そういえば、ヌメモンに追いかけられ、もんざえモンに追いかけられ、迷子になり、という怒涛の展開ですっかり忘れてしまっていたが、離れてしまった最年少コンビはどうやら無事らしい。下水道のもとですれ違いの待ちぼうけという最悪の事態はまぬがれた。
パルモンしかいない、という状況よりは、一人でも多くの子供達と早く合流したほうがいいのは一目瞭然である。年下の男の子だって男の子にはかわりない。一人と一匹ぼっちでいるよりはずーっと心強いはずだ。それに、タケルや大輔達はきっとミミたちになにがあったか知らないはずである。
唯一そのときのことを全部知っているのはミミとパルモンだけである。早く会いにかなくちゃ、とミミ達は堀を乗り越えて走ったのだった。背後から、待ってくれよ、お姉ちゃんたちーというおっそろしい声が聞こえていた気がするが、気のせい気のせいとミミとパルモンは、意識の中からそのおぞましい存在を全力でスルーすることにしたのだった。
これが太刀川ミミという可愛い女の子が、何故か汚物系と呼ばれているデジモンたちから異様に好かれて、モテモテである、という本人からすれば気絶ものの事実が判明した瞬間である。もちろんこの時まだミミは、自分の恐るべき体質について知るはずもなかった。
大輔達はミミ達と合流して、おもちゃの街に行く道中でお互いに遭遇した事について、簡単に話し合った。結果的にどうしようもなかったとはいえ、大輔達を置き去りにする形で下水道のトンネルから脱出してしまったこと。
ヌメモンたちが大軍勢になって押し寄せてきたのは、ミミがなにが入っているか分からない自動販売機に手を出したこと。曇であるという状況を忘れてヌメモンを怒らせてしまったからであるということを包み隠さず打ち明けたミミは、ごめんね、と素直に謝罪した。
言いたいことはついついオブラートに隠すことを忘れて、ずばずばとはっきりいってしまう性質のミミである。だが、裏をかえせば隠し事をするのは得意じゃない、とばかりにさっぱりと打ち明けてしまえる竹を割ったような、からりとした性格と言えた。
ミミからの包み隠さない告白に、ある程度太一達に起こったことを探偵ごっことも言える推理に近い行動で把握していた大輔達は、今まで憶測に過ぎなかったことを答え合わせする形で、ミミから直接事情を聞くことが出来たので、あっさりと頷いた。
そもそもちょっかいをかけた大輔達やタケル達が怒って追いかけっこを始めることで、太一達が待ちぼうけを食らうはめになった訳であり、どちらが悪いのかを追求するということは良くないことだとみんな分かっている。
自分たちのことだけ棚にあげてケンカするのは、良くないことだとみんな知っていた。何よりも、おもちゃの街に行くまで、ずーっと後ろから一定の距離を置いて付いてくる、ストーカーと化しているヌメモンと付いてこないでと必死で逃げ惑うミミを目の前で目撃してしまった以上、嫌というほど彼女たちの心境が理解できた。
これは逃げる。だれだって逃げる。こんなやつに好かれちゃってかわいそうなミミさん、綺麗な人って大変なんだ、というレッテルが同情めいた視線と共に貼られていることに気づかないまま、ミミ達はおもちゃの街にやってきたのだった。
太一達が捕まっているという大輔達の目撃情報に、さすがのミミもパルモンもおどろいたようだ。 ブイモンもパルモンもパタモンも、誰一人として進化を経験しているデジモンがいないのが、完全体のもんざえモンに立ち向かうには戦力的に考えるとあまりにも致命的なのは明白だった。
ここでずっと考えていてもしょうが無いから、おもちゃの街にいってみようとミミが提案したのである。この中で1番年上はミミである。
それにもんざえモンが実際に攻撃するところを唯一目撃したのもミミとパルモンである。その彼女達が経験も踏まえて提案している以上、これ以上の説得力はなかったし、いい作戦が浮かぶわけでもなかったから、タケルも大輔も素直に受け入れることが出来たのだった。
まるで遊園地のような街だった。一番高い場所には三角柱の赤い屋根と大きな窓をいくつも持った、白いお城が立っている。
観覧車やジェットコースター、メリーゴーランド、といった様々なアトラクションがここからでも見えるし、西洋風の素敵な街並みを再現した通りが大輔たちを待っていた。いろんな色の風船が空に上っていくのが見える。状況が状況でなければ、わくわくする光景だったのかもしれない。子供たちだけではめったに来れない場所である。
しかし、大輔は不気味で仕方なかった。静寂に包まれた遊園地は、放課後忘れ物をして警備員さんにお願いして門を開けてもらい、職員室の先生にくっついて教室にいくまでに、嫌というほど味わった夜の学校とよく似ていた。
本来、遊園地も学校もたくさん人がいる場所である。いろんな音や人の声で溢れていて、自分以外の存在がたくさん感じられる場所である。とりわけ遊園地は華やかで楽しい場所というイメージが有るせいか、想像したことがない開店前の遊園地を見ているような感じがする。
自分の知っている遊園地ではない雰囲気と風景に、どうしようもない違和感と恐怖を感じてしまうのかもしれなかった。7色の鮮やかな色彩でWELCOMEと大きく書かれた看板が、しましまのアーチのど真ん中に立っている。
「なーにが、welcome!よ!」
ミミは怒っていた。
「「う、うえる?」」
なんだろう、それ、とテレビや漫画で言葉を見たことはあるけれども、イマイチ意味を理解していないタケルと大輔は首をかしげた。もちろんデジモン達が知っているはずもなく、自然とミミに視線が向いていく。
小学校4年生のミミは学校の授業で、英語に慣れ親しむという名目で、簡単な英単語や英語の歌という言葉の学習をすでに始めている。それに、ミミのパパはミュージシャンで、外国の歌や文化が大好きだったから、ミミのまわりはいつも英語で溢れていた。
そのため、ちょっとだけ普通の小学生よりも英語の発音が上手なミミの言葉は、聞き取れなかったようである。ミミはふふと笑って、日本人らしい発音に変えて説明してくれた。
「うえるかむ、っていうの。英語でね、ようこそ!っていう意味の言葉なの。なーにが、ようこそ、歓迎します!よ。アタシのお友達をひどい目に合わせてるくせに、許せない」
なるほど、と大輔達は頷いて、大いにミミの意見に同意した。ますます遊園地という楽しい場所であるはずのこの街が、どこか殺伐としている場所に見えてきて、みんな緊張感を新たにおもちゃの街に進んでいったのだった。どこかの牢屋に閉じ込められているのではないか、という大輔達の心配はすぐに解消されることになった。
捕まっていたはずの子供たちはみんな、元気に街中を走りまわっているのである。ほっとした大輔達は早速走ってきた太一に声をかけようとしたのだが、満面の笑みを浮かべながら、太一は3人と3匹の様子が見えないのかスルーしてしまった。大輔の空を切った右手が虚しく置き去りにされる。驚いて何度も名前を読んでみるが、楽しいのだという不自然なまでの棒読みと共に笑顔が走り去っていく。
太一の後ろには大きな列車が追いかけっこするように走っていて、あっという間に見えなくなってしまった。全然楽しそうじゃない。名前を読んでも、やっと会えたのに無視された。まるで感情が亡くなったみたい。おかしすぎる現象に見舞われているのは太一だけではなかった。
ヤマトも、丈も、空も、光子郎も、みんな大きな玩具に追いかけられながら、おっかけっこを楽しむ言葉を口にしているが、そこには全く感情が伴っておらず、むりやり笑わされて、むりやり言わされているような印象しか受けない。
はっきりいって異常事態だとしか言いようがなかった。みんな大輔たちのことを透明人間であるかのように無視するのである。お兄ちゃん、と泣きそうな顔でその背中を見送ったタケルに、ミミは優しく頭を撫でてはげました。
絶対に何かあったんだ、太一さんたちがこんなことするわけ無いだろ、と大輔が不安をかき消すように言うので、頷く。薄寒い感覚に顔を見合わせていた大輔達は、本来一緒にいるはずのパートナーたちがいないことに気づく。色とりどりの街並みが眩しい中、どんどん進んでいくと広場のような場所に出た。
そして、ある家を通りすぎようとしたとき、大きな物音が聞こえて一行は足を止めて窓をのぞいた。見つけたのは大きな大きな宝箱。大切に保管されているのか何錠もの鎖でグルグル巻きになっている。
なんとアグモン達が中に閉じ込められていたのである。無理やり開けようとしたが、大きな錠が掛けられており、子供たちやデジモン達の力では空きそうもない。カギはもんざえモンが持っているため、もんざえモンを倒して、カギを何とかして取ってくるかしか方法はない、とアグモン達はとんでもないことを宣言した。えええっ、とさすがに大輔達は声を上げた。
「ちょっとまって!ねえ、その鍵ってもしかしてこれのこと?」
「あっ、それそれその鍵だよ、ミミ。どうしてミミがこれを?」
「ヌメモンがくれたの。そっか、この鍵だったのね。待ってて、みんな。すぐに開けてあげるから!」
あれ?もしかしてヌメモンっていいやつなの?と大輔とタケルは顔を見合わせている。データ種の突然変異だから変わり者なのかもしれないわ、ってパルモンは笑った。ぬめぬめしているため滑って上手くいかないが、かちりという音が確かにした。
やった、とあがる歓声。あとはこのぐるぐるまきになっている鎖を外してやらないと持ち上げられない。じゃらじゃらなっている鍵。どれがどの鍵なんだろう、とミミたちが頭を悩ませていた、その時である。どすん、どすん、という大きな足音が響いてきたのは。
「ようこそ、いらっしゃいました。ここはおもちゃの街、どうぞごゆっくり楽しんでいってください」
ぎぎぎぎぎ、と壊れてしまった機械のように、おそるおそるアーチを描く大きな窓をのぞいた一行は、Hello!とばかりににっこりと笑う赤いひとみとバッチリ目があってしまう。黄色いぬいぐるみの顔が鏡全体に映し出されていた。こんにちは、初めまして、アタシのトラウマ。出来れば会いたくなかったです。
両手いっぱいに、クマの形をしたいろんな色の風船を携えたもんざえモンが、窓からこちらを覗いていることに気付いたミミは、いやあああああっ!と力いっぱいに叫んだ。逃げるんだ!という宝箱からの声に我に返ったミミ達は、一目散に逃げ出した。もうすっかり3人にとってくまのぬいぐるみは、トラウマ以外の何者でもなくなっていた。
どうしよう、アタシのお部屋にあるくまちゃん気に入ってたのに、もう一緒にだっこして寝れない。両親がプレゼントしてくれた大切な思い出を、恐怖の光景がすっかり上書きしてしまい、もう可愛らしいとは連想できなくなってしまった。ミミは走りながら、もんざえモンに叫んだ。
「あなた、おもちゃの街の町長さんなんでしょ!なんでアタシの友達をひどい目に合わせるのよっ?!」
「ひどい目に合わせているのは、皆さんのほうでしょう?おもちゃを買ってもらっても、あきたらすぐに捨ててしまう。そんな子供たちが許せないのです。だから、そんな悪い子には、感情を奪っておもちゃのおもちゃになってもらいました。もちろん、みなさんにもなってもらいましょう。寂しくないですよ、みんな一緒ですから」
「ひどい……みんな、おもちゃに遊ばれてたのね。アタシはお友達やママたちからもらったおもちゃはずーと大切にしてるわ!勝手に決めないでよ!」
「そうだよ!僕もおもちゃは大事にしてるよ!お兄ちゃんとまた一緒に遊ぶために大事にしてるんだ!」
「お、俺も大事にしてるよ!」
「みんなそういうんですよ」
もんざえモンから放たれた風船が、ふわふわと空を飛んでいく。そして、舞い上がったもんざえモンの真っ赤な目から、ビームが通路を直撃した。粉塵があがる。轟音と爆発音に吹っ飛ばされそうになりながら、もんざえモンから逃れるべく、一行は距離をとった。
「………無くしたり、壊しちゃったりするけど」
「「大輔くーん!!」」
小声でつぶやかれた大輔の言葉に、すかさず二人はツッコミを入れた。なんて正直な子なのだ、わざわざこんな時に口に出さなくてもいいのに!せめて心のなかでつぶやいて欲しかったと思いつつ、振り返ってみるが状況は変わらない。
どのみち、子どもたちの言葉には耳を傾けようとしないもんざえモンには、ミミ達の言葉は責任逃れの嘘にしか聞こえないだろう。パタモンのエアショットが炸裂するが、なぎ払うように振り回される大きな腕に叩きつけられ、パタモンが吹っ飛ばされてしまう。
危うく地面にたたきつけられるところだったパタモンを、なんとかタケルが受け止める。かばうように前に出たパルモンが、大きく広げた両手からツタを伸ばしてその大きな腕を受け止める。
そして、ブイモンがその足止めの間にブイモンヘッドで攻撃するものの、成長期と完全体の差はやはり大きいらしく、もんざえモンは微動だにしない。
まるでゴミでも払うように片手で払われてしまったパルモンは、そのツタを掴まれて、そのまま投げられてしまう。ブイモンも何度か攻撃してみるが、その大きな巨体に潰されそうになり距離をとるしか方法がなくなってしまう。
このままではブイモンがぺったんこに潰されてしまうと危機感を感じた大輔は、慌ててこっちに逃げるように手招きする。悔しそうに後退したブイモン目がけて、もんざえモンが再び真っ赤な目から、ビームを発射した。豪快に破壊されていく道路から追い立てられるように、一行は慌てて走りだした。
もう、いやあ!どうやって倒せっていうのよーっ!と叫ぶミミに、大輔は何とかしないとダメだ、と思い始めていた。どうする、と問いかけようとした友人の姿がない。追いついたブイモンに大輔はタケルの姿がないことを口にする。嘘!とミミもパルモンも立ち止まって、まさか、と振り返った。
パタモンが、タケルーっと声を上げた。うわっと石につまづいてこけてしまったタケルの後ろに、もんざえモンが迫る。あわててかけ出した大輔が立ち上がりかけていたタケルに手を伸ばし、助け起こすと同時にえぐれる地面から飛び退いた。幸い直撃はまぬがれたものの、半ばかばう形で倒れこんだ大輔たちが立ち上がるには時間がなさすぎた。
「大輔君、タケル君!」
「どうしょう、ミミ!」
「パルモン、早く大輔君達をこっちに連れてきて!」
収縮自在なパルモンのツタのように操れる手ならば、なんとかなるのではないか、と希望を託したミミの声。とっさに長く伸ばされたツタが二人に向かうが、パルモンは、駄目、間に合わない!と叫んだ。その時である。
「おうううれに、まっかせとけー!」
どこからともなく、大きな声が響いた。なんでこんなときに!と思わずミミは引きつるが、目の前に現れたヌメモンたちがミミたち、大輔たちをかばうようにもんざえモンの前に立ちはだかる。
「いっけー!」
ヌメモンの号令で、たくさんのヌメモン達が攻撃し始める。その隙をついて、何とか大輔達はパルモンのおかげでミミたちの所に合流することが出来た。大丈夫か、大輔っとブイモンが飛んでくる。大丈夫大丈夫、怪我なんてしてねえよ、と大輔は心配性の相棒に笑いかける。
パタモンもタケルに抱きついて、無事でよかったとすがりついてくる。パタモンを抱きしめながら、タケルは大輔にお礼を言った。いいって、気にすんなよと笑った大輔は、友達のことを気づかせてくれたお礼だから、とタケルにはよく分からない返答をする。
パルモンにお礼を言う二人だったが、庇ってくれているヌメモンたちがつぎつぎと投げ飛ばされていく。気持ち悪い、という理由でずっと拒み続けていたあのヌメモンが、ミミたちのためにたくさんの仲間達を呼びに来てくれたのだ。
そして、自分の身を呈して助けてくれているではないか。しかし、無常にももんざえモンの青いハートマークの風船がたくさん現れ、ヌメモンたちを捕まえていく。その勇敢な姿に煽られる形で、自分たちも何とかしなくちゃいけない、逃げ出すばっかりじゃいけないのだ、と感じたミミとパルモンが頷いたとき、ミミのデジヴァイスが反応した。
巨大なサボテンの形をしたデジモンが真っ赤なボクシンググローブを高々と上げた。体内に栄養のデータをセーブすることができ、砂漠でも生きることができる植物型デジモンは、のんびり屋で、一日中ボーッとしていることが多いが、一度怒ると暴走し、顔つきまで変わってしまう。
トゲモンと呼ばれた成熟期は、よくも、と怒りに震えながら格上の完全体に真っ向勝負を挑んだ。大好きなミミ、大切な友達、大事な仲間、助けてくれたヌメモンたち、みんなを傷つけたことを後悔させてやるんだから、と振り上げた拳がうなりを上げた。
「パルモン……ううん、トゲモン、がんばってー!」
ミミの声援を一心に受け、真っ向勝負を挑んだトゲモンと、もんざえモンの壮絶な殴り合いが始まる。パワーではやはり不利なトゲモンが押され始めるが、トゲモンの必殺技が炸裂し、無数の鋭い針がもんざえモンを襲う。視界不良となった攻撃を跳ね返すべく、目からビームを発射しようとしたもんざえモン。
その隙をついて、豪快なアッパーカットが炸裂した。中を飛んだもんざえモンの背にあるチャックに何かが覗いていた。黒い歯車である。すかさずトゲモンのパンチがそこに炸裂し、見事破壊された黒い歯車から解放されたもんざえモンは、そのまま地面に沈んだのだった。トゲモンがパルモンに退化する。
そして、黒い歯車におもちゃを思う気持ちを利用され、操られていたと語るもんざえモンのおかげで、アグモン達は無事に宝箱から解放され、おもちゃのおもちゃにされていた子供たちは
無事に元に戻る事になった。いつもは守られる側である3人と3匹の活躍、特にミミの頑張りを聞いた子供たちが大いに感謝したのは言うまでもない。今回の騒動のお詫びに、今夜一泊泊まっていくようにと言われた一行が大喜びするさなか、お礼にデートしてくれと現れたヌメモンにミミとパルモンが再び追い掛け回されることになるのは、別の話である。