なんだよ、なんだよ、なんだよ、太一さんの馬鹿。困ったことがあったら、一人ぼっちで悩まずに俺に相談しろ、任せとけって胸をはって笑ってくれたのはどこの誰だよ。頼ってもらったほうがうれしいから、むしろ寂しいからどんとこいっていってくれたのは、太一さんなのに。甘えてもいいんだって言ってくれたのは、アグモンだって同じなのに。やっぱ相談しなきゃよかった。嫌いだ、太一さんなんか。
心のなかでありったけの悪口を叫びながら、大輔はじーっと先を先導している尊敬しているサッカー部の先輩の背中を恨めし気に見つめていた。
大輔は回想する。昨日、トイレに行きたくなって一人は怖いからと太一の部屋のドアを叩いたときには、やっぱり大輔はまだガキだなあ、と笑われながらも頭を撫でてくれたのだ。そして一緒についてきてくれたのだ。何度も起こしてしまったのは悪いとは思うが、もんざえモンが怖かったのだから仕方ない。
おねしょなんてとんでもない失態を防ぐためにはぜひとも協力を仰ぐ必要があったのだ。1番部屋も近かったし。大輔も大輔なりに、こんなことでわざわざ太一を起こすなんて迷惑極まりない行動を、やっていいのかどうかブイモンと一緒に考えたのだ。
きっと昨日までの大輔だったら、選択肢にすら絶対浮かばないようなことだったが、今までの経験がちょっとだけ大輔に素直になることを教えてくれた。助けを求めたら、手を伸ばしてくれる、ということを学んだ。今まで躊躇していたことをするということが、こんなに勇気がいることなんだとは知らなかった。
しどろもどろになりながら、恥ずかしさのあまり顔を真赤にする大輔に、太一は思わず笑ってしまっていたけれども、本人からすればかなり心外であった。それでも嫌だとは言わずに、いろいろとおしゃべりしながら助けに答えてくれたという事実は、ますます大輔に甘えと認識していた行動を、抑制していた行動に対するハードルをぐっと下げてくれたのは間違いなかった。それなのにである。
大輔とブイモンは例の怪奇現象について速攻で太一とアグモンに相談したのだ。しかし、大輔達の恐怖体験を切々と訴えたにもかかわらず、太一達の反応は淡白だった。それどころか、悪夢にうなされるあまり、現実で起こったことと夢の中で体験したことをごっちゃごちゃにしてしまい、パニックになっているだけだろう、と指摘され、落ち着けよ、と笑われてしまったのだ。
大輔はショックだった。いくら夢じゃないんだと訴えても、部屋を見せても、全然信じてくれないのである。
それどころか、おもちゃの街から出発したときに、あれだけ秘密にしてくれとお願いしておいたトイレ同行の件と一緒に、大輔とブイモンが怖がりであるという笑い話をみんなにするついでのエピソードとして、怪奇現象についても冗談交じりに暴露されてしまったのだ。
もう最悪である。上級生組には微笑ましげに生暖かい視線を向けられるし、大輔が甘えん坊であるという一面がまたひとつ強調されてしまったため、からかわれるし。ちょっかい掛けられるし、頭なでられるし、慰められてもあからさまに肩を震わせられてしまっては嫌でもその心中は把握できる。大輔とブイモンが怒って抗議しても、羞恥にかられて意地っ張りになっているだけだ、と受け取られてしまい大輔達の本心を全くすくいとってくれない。
実際大輔たちが取った行動はひとつも脚色なく事実だけ語られているのが余計タチの悪さを煽っていた。結局のところ、大輔達の気持ちなど太一は大輔たちではないからわからないのだ。分かってくれないのだ。その当たり前の事実に行き着いた大輔は、裏切られたような感覚を覚えてしまい、余計太一の行動を許せない、と思ってしまう。
でも内心では、なんでここまで太一に対して激しい怒りを感じるのか大輔はわからず、自分の感情に戸惑っているのが実情である。今まで感じたこともない途方も無い憎しみにも似たそれは、いだいている本人すら恐怖を抱くほどであり、大輔はそれを太一にぶちまけることはなかった。
それは、大輔の中にある八神太一と、目の前で歩いている八神太一が全く違う人間であると大輔が無意識のうちに気付き始めている。そのギャップの多さに、かつてお姉ちゃんという存在を崩壊させた本宮ジュンというトラウマがある大輔は本能的に危機感を覚えた。
拒否反応を示しているのだ。もともと大輔の太一に対する評価には、尊敬するサッカー部の先輩である、という事実のほかに、理想的なお兄ちゃんである、という精神的な安定を得るために本人には内緒で勝手に創り上げた前提が存在している。
いわゆる過大評価を招いており、毎日クラブや学校であったり、遊んだりしているにもかかわらず、大輔の中で太一という少年は、確立した八神太一という実像からかけ離れすぎていた理想像を見出していたせいで、八神太一という少年を現実的に見られていなかった。
それは自分を慕ってくれる後輩にカッコ悪いところを見せられるはずもない。かっこいい先輩でいたい、という太一の思考と行動がある意味助長していたのだが。こうやって24時間ずっと共に行動するという漂流生活を送ることになったことで、そうもいかなくなってきた。
太一もさすがに大輔が知っている尊敬するかっこいいサッカー部の先輩という、一面ばかりを見せるわけにもいかなくなったのだ。もちろんそんな事知りもしない大輔からすれば、たまったものではない。毎回毎回、自分の中にある安定剤と化している理想像を揺るがす大事件である。
大輔は自分が持っている感情の名前を知らない。それはやつあたりと逆恨みであるということを知らない。それを理解するには、まだまだ大輔は幼すぎた。ある意味で、悲劇だ。血のつながった姉であるジュンしかお姉ちゃんがいないのに。ずっと向きあって問題を解決するまで頑張るという道からにげた。ずっとずっとお姉ちゃんやお兄ちゃんをしてくれる人に恵まれてしまった。
大輔の置かれているサッカー部の環境が阻害し、代用品を用意して、現実から逃避してしまうという選択肢を可能にしてしまった悲劇とも言えた。そういうわけで、現在本宮大輔は、まわりの子供たちやデジモン達が声を掛けるのをためらってしまうくらい、とっても怒っていた。
そんな大輔の様子を見かねたヤマトや空から謝罪するよう言われたものの、なんで俺が謝んなきゃなんないんだよ、と意固地になっているのは太一である。
大輔が神聖化している八神太一という少年はお台場小学校5年生のただの子供である。この8人のメンバーの中で、八神家のお兄ちゃんとして頼られてきたように、人に頼られることをしたいと頑張っているから、みんなにも自分を頼りにすることを強制してしまうため、なにかと空回りしてしまうちょっと苦労人の子供である。
怪我したことを空がいうまで(それを最初に指摘できなかったことも実は結構なダメージである)ずーっと我慢していたり、いつの間にかタケルやミミといっそう仲良しになっていたりするサッカー部の後輩が(なんか俺だけのけもん?とこっそり悩んでいる)。
何度言ってもわがままひとついうことなく、助けを求めるといった頼られていると実感できる行動や言動をしないことにいらついて怒ったり、からかったり、ちょっかいを掛けたくもなる行動ばかりしていた後輩がである。
一人でトイレに行くのがこわいから付いてきてくれ、なんて可愛いことを言ったときには、そりゃあ嬉しかった。
それでも、うとうとし始めたときに何度も起こされてしまっては、最初の感動なんてどっか彼方に飛んでいってしまうものである。
しかも朝の4時なんて、サッカー部の朝練でも起きたことがないような早朝に、叩き起されてしまってはさすがの太一も我慢の限界だった。ずっと歩き続けていろんな出来事があって、疲れているのはみんな同じである。でもパートナーデジモンであるアグモンが1番最初に進化した太一は、この世界で巻き起こる騒動に子供たちが危機に晒されたとき、真っ先に頼りにされているし、本人もそのつもりで頑張っている。
特に女の子や最年少の大輔やタケルを守るために、いろいろと不慣れな警戒や緊張感を持って周囲を見なければいけないし、何かあったときのためにいつだってすぐに行動できるよう意識しているし、それを悟られないように気を使わなくてはならない。
さすがに24時間体勢でお兄ちゃんをしなければならないのは、本来頭を使って考えるという方向性でリーダーをやっているわけではない太一には相当な負担である。そんな素振りは微塵もみせていないけれど、太一だって他の誰よりも疲れているのだ。
後輩と違って自分は上級生組であり、弱音とかわがままなんて言ったらいけないことくらい太一も分かっている。頼りにされる側の人間は、他に頼りにできる人間がいないという意味で、孤独なのである。
夜くらいゆっくり寝かせて欲しかったのだ。つらいから。泣きたくなるくらいつらいから。現実を思い出してしまうから。太一が大好きな存在だということも、今一番心の中を占めている存在だと言うことも知ってる。
せめて自分がいるときだけはヒカリを話題に出さないでくれと主張しておきながら、ミミとの会話の中で平然と話題にしている大輔の矛盾に目をつむるためにも。必要な時間だったはずなのだ。平気そうじゃないか。何だよそれって言葉は飲み込まれた。夢見が悪かったのは仕方ないなってなんとなく太一は思っている。
このところ、八神家の老猫は何もない場所をじーっと見つめる。獲物を見つけたときのように目をぎらぎらさせて、興奮した様子で見つめていることがふえている。一点をじーっと見て微動だにせず、そのうちあたりをきょろきょろ見渡しだして、ベランダに行く窓へと直行したかと思ったらそのまま外に出ようとして脱走防止の柵をどけてくれと鳴いている。
最初の頃こそ虫でも見つけたのかと思ってティッシュ箱を引っ掴んで行ってみても、太一に気付いて振り返ったミーコが促す視線の先には、リビングから見えるコンクリートジャングルしか見えない。海の向こう側には観覧車が見える。臨海公園が望めるベランダしか見えない。
三毛猫のメスだからという単純明快な理由でミーコと名付けられたペットが不思議でならない太一は、なにをしているのか分からないので、何してんだお前、と本人に聞いたことがあるが、お前には分からないだろうとでも言いたげに、ミーコはふてぶてしく鳴くのだ。
小さい虫でも飛んでいたのかもしれないな、と太一は思うのだが、こうも毎日続くと気味が悪くなってくる。その日は誰もいないはずの網戸の方をじーっとしばらく一点凝視していたミーコがである。いきなりしっぽをぴーんと立たせて膨くらませ、怖いものを見たのだろうか体勢を全身で逆立てて、ふー、と威嚇始めたものだからさすがの太一もびっくりしてリビングを見た。
太一がなだめようとしても全然眼中にも入れず、威嚇し続けている。まさか野良猫でも入り込んだか、誰かいるんだろうか、と思って覗き込んでみたのだが、相変わらず物干しざおとこまごまとしたものを干すのに使う傘のようなフック、靴を干すために使っているハンガーが風に吹かれて揺れているだけだった。
ミーコが何をみて興奮しているのかはいまだに太一には分からない。しばらくして、ミーコは大人しくなってそのままリビングをあとにした。まさかとは思うけどなにかいたんじゃないかって太一はうすら寒くなって母親に相談したら笑われた。
母親に言わせれば、猫は人間に聞き取れない音をキャッチしているから、それに反応しただけらしい。猫って言うのは周囲の騒音を無視して、聞きたい音だけを聞き取ることができるから、近くに太一がいてもテレビがついていても、遠くで音を立てる虫とかの音をキャッチするから、そっちの方を見るのだという。
だからオバケとか幽霊ではない。少なくても八神家の周囲においてはそういう怪談話は無縁である。そう断言してくれたから、なーんだ、って太一は安心しきってミーコの行動を気にしなくなっていた。
でもまた思い出したのは、なんとなく似てる気がしたからだ。何もない所をみつめて、じーっと何かを見つめている妹がぼんやりと立っていたから。太一も視線を寄越してみたが、お菓子のアンテナショップが入っているデパートを始めとしたビル群、青々と茂る街路樹を歩く騒がしい人々の雑踏、日光の照り返しがまぶしい午後の夏休み。
いつもと変わらない風景が広がっているだけである。ひかり、と呼んだが返事がない。横顔の長いまつげが太一にはなんだかさみしそうに見えた。怯えているように見えた。ちょっとだけ後ずさりをして目を逸らす。さっきあった視線の先にはアイドルの看板。大きな電光掲示板、そして会社の看板がいっぱい軒を連ねている。
原因は特定できない。どうしようって行き場をなくした掌が結ばれるのを太一は見ていた。ひかり、とさっきより強く呼んでみるが、聞こえていないらしい。光、と声を掛ければ、くりっとした目がきょとんとしたまま、瞬きを繰り返している。キャンプに持って行くためのお菓子をたくさん詰め込んだ買い物袋がかさりと音を立てた。
迷子になったかと思って不安になっていたのだろうか、太一を見つけた光はほっとした表情をみせて、お兄ちゃんって表情をほころばせ、そのまま一直線に駆け寄ってきたのである。もういいの?って待たせた理由でもある買い忘れたお菓子の必需品について尋ねてくる光に、太一はおうって笑いながら小さな袋に入っているパッケージをみせた。
「どうしたんだよ、さっき」
「え?」
「なんかぼーと立ってたから心配したんだよ。何回呼んでも返事しないしさ。涼しい所で待ってろって言っただろ?熱中症じゃないか?大丈夫かよ」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん」
「ならいいけどさ。なに見てたんだ?あそこら辺のビルを見てたけど」
「お兄ちゃんには見えない?」
「見えない……って、何も見えないぞ?なんか見えたのか?」
「ううん、なんでもない。気にしないで、おにいちゃん。きっと間違えちゃったんだと思う。もういないから」
「やっぱなんかいたんだな?」
興味津々で聞いてくる太一に、ちょっとだけ困ったような顔をした光はうなずいた。
「うん、さっきまでいたけどいなくなっちゃったの。まっくろなひと」
「まっくろかー、ああわかった。真っ黒くろすけだろ、暗い所から急に明るい所にでると目がくらんで真っ黒クロスケがでるっていうし。あ、でも影送りかもな。影を見てから空を見ると影がそのまんま空にできるんだ」
かげおくり?、と小さくつぶやいた光はもう一度先ほど見ていたビルの隙間を見上げる。やっぱり無意識のうちに影送りをしていたんだなと感じた太一は光に帰ろうって促したのだ。今思えば、このときすでに光は風邪だったのかもしれないと太一は考える。
ぼうっとしていたのは微熱があったからなのかもしれない。変だなって気付いてはいたけど、まさか風邪を引いていたとは思わなかった。もしここで気づいていれば、まっすぐに家に帰って母親に言って、かかりつけの病院に行けたかもしれないのに、と舌打ちする。
光の体調不良に気付いたのは翌日の朝だった。サマーキャンプの前日だ。解熱シートをペタンとはって悪寒に震える光を思い出すとため息しか出ない。ミーコと同じようにベランダからみえる風景をじーっと見つめていた光は、そのまま真昼だというのにカーテンを閉めてしまったから太一は覚えている。
あの日から光はちょっと家族に構って欲しいようで、ちょっとだけわがままになった。体調が悪い時には人に甘えたくなるのは太一も覚えがある話なので、光がいつも寝ている二段ベットの下段ではなく、両親の寝室にいくのも違和感は無かった。
2年生にもなって赤ちゃんかよって太一がからかうとむっとして怒ってくるくらいには元気になったので安心していた。キャンプから帰ったら何を話してやろうかなって考えていたはずなのに。
そんな夢を見ていた直後に、訳の分からない怪奇現象を目撃したとか、大輔が連れ去られそうになったとか、意味不明なことを後輩とブイモンがいうのだ。
もともと心がとっても広くて我慢強いという先輩としてのメンツは、ヤマトとの喧嘩で剥がれてしまったことを不本意ながら実感した太一。少しずつ大輔に対して先輩ぶるのをやめ始めていた。だって大輔がお兄ちゃんとしての太一も求めているということを知ったから。
その言葉を太一はそっくりそのまま、一緒に暮らしている妹の光に見せている素の部分も見せてもいいのだと判断した。お兄ちゃんであるということは、そういうことだ。先輩である太一を見せなくてもいいのだと思った太一はラッキーと思った。
だから、積極的に太一を頼りにしてくれることは嬉しかったが、さすがに太一もいい加減大輔がうっとおしくなってきたので、たまに光に対していっているような態度をとったのだ。そしたらなぜだか大輔は怒った。しかも自分一人が悪者扱いされている。その不公平な扱いと雰囲気は、太一が大っ嫌いな状況とよく似ていた。
それは、光と玩具の取り合いやおもちゃの取り合いをした時に必ず発生する母親からの「お兄ちゃんでしょ」という台詞だ。3歳年上であるお兄ちゃんであるというだけで、光は無条件に許されるのに自分だけはやたらと我慢を強いられる。
そしてそれは不公平だからおかしい、という太一からすれば当たり前すぎる台詞は「お兄ちゃんでしょ」という魔法の言葉で全て説明されてしまう。今まで一切納得出来る説明をうけたことがない太一は、この言葉も状況も嫌いだった。光は大事な妹だが、24時間365日そうかと言われたら別である。
お兄ちゃんと妹では、両親の愛情を優先的に受けることができるのは妹であると相場は決まっているのである。
サマーキャンプの時だって、光が風邪を引いたときにはお母さんが休んで、自分だけで行くハメになってしまうのではないかという危機感を常に抱くハメになった。
結局お父さんがたまたま仕事が休みだったからそれはなしになったけれども、最後まで一緒にキャンプに行くのだと太一と良く似て、頑固で好奇心旺盛の妹を説き伏せるのは苦労した。お母さんを独占できるなんてめったにないのである。なにせ、光は賢い上に強敵だ。
妹という立場をフル活用して、甘えるためにはどうしたらいいかよく知っている。だから両親に構ってもらうための水面下での攻防戦はいつも熾烈を極めるのだ。学校の八神ヒカリちゃんと八神家における八神ヒカリは大きく違っていることを知っている太一は、いつも太一達に対等に扱われようと頑張っているくせに、甘えたがりなところがどんどん出てきた大輔が、どこか光と重なってしまったのだ。
「お兄ちゃんだもんね」と勝ち誇ったように笑う光と大輔が重なってしまい、イイトコどりで最年少という立場を利用しているようにしか見えない。
もちろん大輔がそんな難しいことができる奴ではないと太一が1番知っているが、それとこれとは別である。両親と会いたいのは太一も大輔も同じだった。それに、大輔が太一に求めていることがイマイチちぐはぐで要領を得ないため、太一は始めて大輔のことがわからないと思い始めている。
そんな二人の抱える事情など知るはずもない他のメンバーやデジモン達、ついでにパートナーデジモン達からすれば、なに変な意地はって喧嘩してんだ、こいつら、状態である。
喧嘩は他所でやってくれという雰囲気に気圧されてか、とりあえず激しい意地の応酬はなりをひそめたが、ケンカをする時点で太一は大輔と同レベルで争っていることになるのだ。どこまでも子どもっぽい理由で喧嘩している時点で低レベル次元で喧嘩していることにはかわりない。意外と似たもの同士かもしれないという笑いを誘っていた。
そういうわけで、当事者達は、朝からずっとろくに目も合わせないまま口もきかずに喧嘩継続中だが、理由があまりにもしょうもないせいか、太一とヤマトの言い合いの時のようにメンバー総出の仲裁とまではいかず、なかば放置されている。ほっとけばけろりとした顔でまた軽口を言い合うだろうことは誰の目にも明らかだった。
現在、ムゲンマウンテンに向かう道が、どんどん冬に近付いている。熱帯雨林に存在する樹木から、針葉樹林や寒さに強いとされている広葉樹に森が変化していく。やがて雪原が広がる中、冬の風景となった。
子供たちとデジモン達は目を輝かせた。一部でブリザードが吹き荒れているが、お互いに不干渉を貫いているため、他のメンバーたちはどこ吹く風、直接的な被害は何も無いのだからほっとけ状態だ。
今は1番最後尾を歩いている大輔は、これからの進路方向について上級生組が話し合っている様子を、いつもなら自分がいるはずの最前列から少し離れた特等席をほんの少しだけ後悔しながら遠くから見つめていた。
雪合戦や雪だるま、かまくら、と季節外れの雪遊びに興じようと目を輝かせていたタケルとパタモンが、ぼーっとしている無防備な好敵手を放置するはずがない。いつかのいたずらの仕返しもしたいし、ずーっとだんまりをしている大輔なんて大輔じゃない。遊ぼと手招きするが全然気づいてくれない。
大輔と同じようにちっとも信じてくれないみんなに憤りを顕にしながらも、目の前に広がる雪の光景にうずうずしていたブイモン。パートナーの手前我慢していたが、タケル達に気づいて速攻で裏切りを決意した。
タケルがありったけの力を込めて作り上げた大きな大きな雪玉が、さくさくさく、という足音と共に豪快なフォームを描いて投げられる。ふわふわの雪は、いくら固めても固めてもこぼれ落ちてしまう。
あまりにも温度が低すぎると形成される雪はサラサラになり、粉のようになっている。悪戦苦闘しながら、渾身の一球を作り上げたタケルに、おおお!とパタモンとブイモンが尊敬のまなざしを向けた。
きっといつもの大輔だったら、タケルより先に雪遊びに飛び出していたに違いない。だって真っ白な雪原である。足あとをつける優越感は耐え難い。
ミミと競うように走っていたタケルは、いつまでも追いかけてこない大輔にようやく気付いたのだ。こういう時、遊びに誘うのが友達だよね。
「えーい!」
「いてっ!」
ぼろぼろと崩れ落ちながらも、見事大輔の頭に命中した雪玉があっという間にばらばらになり、大輔はあっという間に雪だらけになってしまう。今気づいた様子である。なんという無防備。
なにが起こったか本気で気づいていない様子である。遅れてつめてえという声がする。びっくり仰天しながら雪を払った大輔の頭には、たんこぶが出来ていた。きょろきょろとあたりを見渡して、奇襲の相手を捜す大輔に、あははっと大きな笑い声を上げてタケル達は知らせた。さあ大変だ。
これからとんでもない報復が始まる。
こんなこともあろうかとばかりに、さっきから黙々と作り上げていたたくさんの雪玉が転がっている。タケル達を睨みつけた大輔は、わなわなと怒りに震えていた。そんなこと知ったこっちゃないとばかりにブイモンとパタモンが雪玉作成の手を休めてやってくる。
「オレもやりたーい!」
「僕も僕もーっ!」
「お、お、お前らなにすんだよっ!3対1とか卑怯だぞ、ずりいことすんな!つーかブイモン、お前オレのパートナーのくせに何でタケルの味方してんだーっ!」
「なんだよー。太一とずーっと喧嘩してる大輔が悪いんだよーだっ!オレが話しかけてもぜーんぜん答えてくれなかったくせに!大輔なんかこうしてやるーっ!」
魂のシャウトが聞こえた。ありったけの気持ちを込めてえぐり込むように作られた雪玉は、とんでもない強度を秘めている。それをデジモン達の中でも1,2を争う馬鹿力によって豪速球として投げ込まれた大輔は、反射的にしゃがむ。
しかしあまりの寒さに右足の痛みがぶり返し、うまいことしゃがめないことを思い出した時には既に遅し、どごっというあまりにも鈍い音がして、大輔は豪快に倒れた。そしてしばらくの間両者に沈黙が流れる。
我に返ったブイモンがあわてて大輔―っという声を上げて近寄ろうとするが、モノの見事な人型から這い上がった雪だらけの大輔の顔を見て硬直した。大輔は無言でいつもは額に置かれているゴーグルに手を伸ばすと、そのまま目に装着した。
ずるい、それじゃあ雪が眼に入る心配がいらないから突っ込んでいけるじゃないか。そう思ったタケルが文句を言うが、ブイモンは後退した。ブイモンは知っている。大輔が一度だけゴーグルを装着した時を。サイバードラモンをもとに戻すために本気で頑張ったときに装着したのだ、と話に聞いていたから知っている。やばい、大輔が本気出した、出しちゃった、勝てるかなあこの雪合戦。
「どうしたの?ブイモン」
「大輔本気出しちゃった、どうしよう」
「え?ホント?雪合戦は戦いだってテレビで言ってたよ。そうこなくっちゃ!僕達もがんばろ!」
「え?そうなの、タケル?」
「うん。ほっかいどーってとこでやってる雪合戦はね、すっごく大きい大会で、勝ったチームはおっきいトロフィーもらってた」
「トロフィーってなんだよ、タケル?」
「えーと、えっと、一番強いチームだよっていうことだよ、うん」
一番強い、という言葉に反応したブイモンとパタモンの眼の色が変わった。
「どわっ!」
「うわー、すごーい」
「ホームラン!」
「ちょ、おま、オレを殺す気かよっ。ちょー痛えんだけど、お前の雪玉っ!しかも全力投球すんなよ、一瞬お花畑が見えたじゃねーか」
「えーい」
「うわっ」
「えーっ、なんで僕のだけよけちゃうの、大輔!つまんないよー!」
「おいパタモン!人が話してる時に口目掛けて飛ばす奴があるか!つーか、そんなヘボイ玉あたんねーよ!そっちがその気ならこっちだって考えてやらー!」
やがてノリ気になってきたらしい大輔は、タケル達の猛攻を避けながら逃げ始める。そして、雪の塊に葉っぱと石ころをくっつけて、小さなうさぎやら雪だるまをたくさん作って遊んでいたミミとパルモンのもとに駆け込んだ。
「ミミさん、パルモン、助けてください!タケル達が3対1で雪合戦してくるんすよ!」
「えっ、ほんと?ずるーい、なに楽しそうなことやってるの、アタシもやる!
大輔君だけなんてかわいそうだからアタシは大輔君のチームね」
「えーっ、ミミさん呼ぶなんてずるいよ、大輔君!」
「そーだ、そーだ、ずるいぞー!」
「うっせえ!3人でよってたかってフルボッコにするお前らのほうが悪いだろ!」
「そうねー、ちょっとタケル君達が悪いよね。うん、だからアタシ全力で行ってもいいよね、大輔君」
「はい!」
「うわーっ!にっげろー!」
雪玉を持って追いかけていたタケル達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「ミミ、雪合戦てなーに?」
「雪合戦はね、雪をこうやってボールにして、相手に向かって投げるの。えーいっ!」
お手本とばかりにちゃっちゃと作り上げた雪玉を投げつけたミミは、ブイモンがうわーっと倒れこむのを見てよし、とガッツポーズした。おー!さっすがミミさん!と拍手する大輔に、ミミはまあね、とウインクした。
子供たちから教えてもらえる遊びはデジタルワールドには存在しない、今まで見たこともないようなものばかりである。パルモンは面白くて楽しいものだと即座に理解して、私もやるーっと早速雪玉を作り始めた。
タケル達も負けてはいられない、とばかりにパタモンを中心に空から攻撃を開始する。なんだかどんどん大規模化していく雪合戦に、さっきからずっと楽しそうにしているチビッコたちを羨ましいと思いながら相談を継続していた上級生たちが。
そしてそのパートナーデジモンたちが?ガマンできるのかといえば当然否である。真っ先に戦線離脱したのは、パートナーデジモンたちだった。デジモン達がずるいから参加させろといって適当に二つのチームに散り散りになって遊び始める。
そして、4年生のミミとパルモンが参加しているんだから、クラスメイトである僕も参加していいですよね、と屁理屈こねて光子郎とテントモンが離脱すれば、もう子供たちの崩壊は早かった。いつの間にか、なにが原因で始まったのか誰も思い出せなくなるくらい長い間、子供たちとデジモン達は雪合戦に没頭してしまうことになる。
ようやくみんながくたくたになって、決着がつかないまま強制終了するころには、まだまだ前にあったはずの太陽がもうすっかり真上に登ってしまっていた。もうすぐお昼時である