(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第29話

ほんのりと明るい光が差し込む入り口から丈が洞窟から外に出た時、外は積った雪でいつになく輝きをましている銀世界である。太陽が一番高い時間帯だ。

 

洞窟の入り口近くに残してきた置手紙に仲間たちが気付く前に帰ってこれたら一番いいが、そういう訳にもいかないだろうことは丈も何となくわかってはいたが、歩みはとめない。ムゲンマウンテンは目前に広がる雪景色からみるとまるで垂直である。そそりたつ断崖絶壁を想像して一日二日の筋肉痛が痛む身体は持つだろうかと若干不安も抱えながら、さくさくさくと霜柱を踏み分けて近付いていく。

 

 

どれくらい歩いただろうか。ようやく抜けることがかなった雪原の先に現れた山は、だいぶん近くに迫り、全景が見上げられるところまで到達したことを教えてくれる。あまり高くない山である。気楽に登れる山ではなさそうだが、これならがんばれば。よし、と気合を入れて、丈はひとりムゲンマウンテンに挑むため、前を見据えた。長きにわたる年月を経て踏みならされたけもの道がある。小学生でも大丈夫だろう。

 

 

「どこ行こうとしてるんだよ、丈」

 

 

あわてて振り返れば白いアザラシがいたずらっ子の笑みを浮かべて現れた。

 

 

「ご、ゴマモンか。他のみんなは?」

 

「いんや、オイラだけだよ。なんか変な気がしたからさ、ついてきた」

 

「ほっといてくれ。これは僕の問題なんだ」

 

「ふうん」

 

 

あんまり興味なさげなゴマモンに肩すかしの丈である。てっきり危ないからやめろと止められるか、誰かを呼ばれるのかと思ったのに。ゴマモンは海に生きる生物によくある足をひょこひょこと動かしながら獣道をいく。地上を移動するには向いていないはずなのだが、今まで1度も丈に助けを求めたことはない。それどころか丈より前に進んでいったゴマモンは、生意気そうな笑みを浮かべた。

 

 

「丈、早くいかないとおいてっちゃうぞ」

 

「なにいってるんだよ。ゴマモンこそ遅れるなよ」

 

「へっちゃらだい。筋肉痛だって愚痴ってるようなもやしと一緒にするなよな」

 

「うるさいな」

 

 

かちんときた丈はやり返しながら登山を始めたのである。ずっとこんな調子で。ムゲンマウンテンを上っていくうちに、寒さはどんどん遠ざかっていくことが分かり、自然と丈の足取りは軽くなってくるが、逆にゴマモンが遅れ始めた。寒くても平気、むしろ寒い方がいい。やっぱり寒い地帯に生息しているのは事実のようだ。

 

ムゲンマウンテンの登山をくじけないでいられるのはゴマモンのおかげであるとこのときの丈はまだわからないでいる。ずるずると遅れはじめたゴマモンが気になって、手を貸そうかと右手を差し伸べた丈は、ゴマモンには前足しかないことに気付いて言い直そうとするが、ありがと、と笑ったゴマモンは真ん丸とした蹄つきの前足を差し出した。あれ?

 

 

「それって手だったのか」

 

「………怒るよ?」

 

 

きらんと光った蹄に丈があわてて訂正しようとした時、どどどどどどど、というムゲンマウンテンの中腹で土砂崩れでも発生したのかと勘違いするような音が響いた。先に気付いたのはゴマモンだった。

 

黒い歯車だ。あわてて丈たちは身を隠す。その黒い歯車がきた方角をのぞいてみると、大きな大きな穴が開いているではないか。洞窟のようだが中は真っ暗でどれくらいの規模があるのか分からない。あんなの聞いたことないとはゴマモンの談である。

 

 

ぐるぐると旋回する歯車が飛び出して空を舞う。そして一気に急降下し見えなくなった。ごごごごご、と轟音が響き渡り、まるでふたでもするように洞窟は無くなってしまったのである。

 

この数日間丈たちに襲い掛かってきたデジモンのうち、アンドロモンともんざえモン、そしてメラモンはその体に黒い歯車が突き刺さっていたことを彼らは思い出す。

 

歯車は正気を失わせ、凶暴化させる効果があるようで、体から直接取り除かないと正気に戻ってくれないから苦労した。この山から飛んできていたのだ。ここにはなにかあるのだろうか。丈とゴマモンはさっきまであった洞窟跡を調べてみるが、何も無かった。ただの岩壁があるだけである。

 

 

「さ、行こう。まだ先は長いぜ、丈」

 

「気になるけど仕方ないな。僕たちの目的はここが島か確かめることだから。うん、いこうか」

 

 

そして、だいぶん太陽が傾き始めたころ、丈たちはムゲンマウンテンから湧き出る滝を見つけた。枯れたと思ったらこんなに小っちゃくなってたのかとゴマモンは驚いている。曰く、これが気になったから丈についてきたっていうのもあるらしい。

 

ホントならオイラだってここまで苦労する必要なかったのにさとのこと。

 

 

ムゲンマウンテンをここまで登ってこれること自体がラッキーなことである。本来なら巨大な滝が幾重にもわたって獣道を横断していることで有名なのだ。綺麗な流水はゆたかな自然をはぐくみ、自然とそこを生活の拠点にするデジモンが現れる。成熟期のデジモン達が闊歩する。危険でしかない。

 

 

しかし、今はこうして滝がすっかり枯れてしまっているので、デジモン達がよりつかない。おそらくその原因はあの黒い歯車を生み出したこの山の中にある。ゴマモン達が様子を伺っていると、一体の聖獣型デジモンが姿を現した。ユニモンという名の天馬は、ユニコーンのツノと、ペガサスの羽を持っている。

 

背中の大きな翼で、コンピューターネットワークの世界を瞬時にかけまわる白馬は、賢くて大人しいが、性質は気難しくその気性の粗さは有名だから近づかない方がいいらしい。

 

 

成熟期だというので、丈たちはユニモンが立ち去るのを岩陰から見守っていた。そしたら、現れたのである。山の中ほどに漂っていた雲にも似た霧を突き抜けて、大きく反転し、一気に降下。ユニモンの背中に襲い掛かり、短い悲鳴が上がる。背中に突き刺さった歯車は半分までめり込んでしまった。黒い歯車は物体じゃないのかもしれないと丈は思った。

 

 

ユニモンは血を流さない。けがもしていない。ただ直撃した時の悲鳴が悲痛だった。顔を覆う仮面の向こう側にうつる邪悪な光が丈たちを捉えた時、ゴマモンと丈は固まってしまった。間一髪助けに来た太一達により、バードラモンとグレイモンで応戦したものの、グレイモンは足場を確保できず動きが鈍り、連続で空襲を食らったグレイモンはその被弾によって1段下の獣道に転落した。

 

グレイモンって声を上げた太一は、迷うことなくその坂道を滑り降りはじめる。単身空中戦を強いられたバードラモンは足に捕まっている空を庇って戦わなければならず、隙の多さをその俊足に突かれて大苦戦を強いられる。このままでは力尽きてピヨモンになってしまう。

 

 

2体が撃墜されてしまい、状況は逆転、今度こそ危ないというとき、もういても経ってもいられなくなって、なんとユニモンの背中に直接飛び乗ろうとしたのは丈だった。崖からのダイブである。無茶だ、よせっていう太一の言葉も届かないのか、丈は辛うじてユニモンの背中にしがみつく。

 

黒い歯車を取り除きさえすれば大人しくなってくれるはずだと分かっている丈は、ひたすら力任せにひきぬこうと力を込めるが、黒い歯車はユニモンと一体化してびくともしない。ユニモンはあまりの痛さに必死で身をよじる。そしてとうとう丈は投げ飛ばされてしまった。いやーっていう空の悲鳴が響く。

 

 

そのとき、ゴマモンが進化した。ライオンにも似た咆哮がムゲンマウンテンに響き渡る。

 

 

北極探知基地のコンピュータの中で発見された真っ白な長毛で覆われた成熟期のデジモンが現れた。イッカクモンと名乗った頑丈なカラダで極寒の地でも生活できる彼は、氷の上にいるときは、高熱を発してで足場をとかし、ツメをくいこませて安定させる。

 

そのため足をすべらせることはない性質をフルに活用し、足元の岩道を溶かし爪をくいこませた。その柔らかくも弾力のある背中に落下することに成功した丈は、ずれかけの眼鏡を直した。自分が今どこにいるのかわからないのだ。丈の安全を確保したことで空と太一はほっとする。不安定な足場でもしっかりと安定性を確保した彼は、一気に反撃の攻勢にうつる。

 

素早く空中で向きを変え口元から必殺技の白い光を吐き出したユニモンをミスリルで出来たツノをミサイルのように発射させた。

 

 

ユニモンは隙を突かれてよろめき、バランスを崩して落下する。おおきくずれた白い光の弾丸が退化してしまっていたアグモンの目と鼻の先をそれて、目下に広がる雪原の森へと落下する。豪快な雪のしぶきが上がった音がする。

 

ひえー、あぶなかったなあ、とつぶやいた太一が駆け寄ってきてくれたので、怖くなったらしいアグモンはそのまま太一―って抱きついたのだった。連続で発射されるイッカクモンの放ったハープーンバルカンは、苦戦を強いていた俊足を捉えた。

 

 

ツノから現れたのは、追尾機能が搭載されているミサイルだった。角の外殻が四方に分解される。その中から炎をあげるミサイルが姿を現し、ユニモンの背中に一直線に走ったかと思うと直撃した。大きな光に目がくらむ。

 

太一たちが見たのは黒い歯車のシルエットと粉々に砕け散った残像である。そして、見事ユニモンを蝕んでいた黒い歯車を撃破したことで、我に返ったユニモンはどこか遠くへ飛んでいってしまったのである。

 

こうして助けに来たはずがすっかり立場が逆転してしまった太一達は、丈達と仲直りすると共に、お互いにすれ違い始めていたことを反省し、なんとかこの世界からもとの世界に戻るための手がかりを得るために、一足先にムゲンマウンテンの頂上目指して進んでいった。以上がムゲンマウンテンまでの道中の安全を確認した空とバードラモンが伝えてくれたあらましである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洞窟前で空の知らせを待ち続けていたヤマト達は、太一達を追いかけてムゲンマウンテンを上ることになったのだった。ちなみに、太一との仲直りを躊躇していた大輔の心中を知りながら、発破をかけて背中を押すふりをして、ほとんど騙す形で洞窟から遠ざけてしまったことを謝罪するという伝言を空から伝えられた大輔は、先に行ってしまったバードラモンと空に、キッカケをくれてありがとうと伝えて欲しいと言って見送った。

 

そして、ヤマトたちを先頭に、長く険しい山道を一生懸命登ることになったのである。丈たちの体験した激しい戦闘の名残は、至る所に残されていた。

 

 

グレイモンたちが暴れまわった大きな足あと、激しく激突したらしい岩壁にはグレイモンそっくりのカタが出来ていた。そして、たくさんのひび割れ、落ちてきた岩によってますます狭くえぐられてしまっている山道、足を踏み外せば断崖絶壁状態のこの岩道では、スリル満点の光景である。

 

下から上に吹いてくる風がますます背中を凍らせた。極めつけが人の頭ほどの大きさの岩が、ごろごろと転がっているのだ。子供たちとデジモン達はゴクリとつばを飲み込んだ。しかし、満場一致でムゲンマウンテンを上ると言ってしまった手前、今更洞窟の前で待っているとも言えないし、やっと中腹まで来たのである。

 

 

引き返すなんていう雰囲気でもないため、みんな文句ひとつ言わず必死で足を動かし続けていた。ブイモンから伸ばされた手をつかみ、せーの、で大きな岩を一気に駆け上がった大輔は、ブイモンと一緒にジャンプして見事向こう側に着地した。最後はタケルとパタモンである。

 

最初はみんなと一緒に4つ足で歩いていたパタモンは、もうここまで来るとすっかり音を上げてタケルの帽子にへばりついている。大輔とブイモンのやりとりや行動をちょっとだけ羨ましそうに見ていたタケルは、ヤマトに呼ばれて大岩に近づいた。

 

 

タケルは見ていた。ヤマトに手を貸そうかと呼びかけられた大輔は、ブイモンがいるから大丈夫だと笑っていた。差し伸べた手を寂しそうに戻したヤマトを思い出したタケルは、ちょっとだけ大輔に感化されて一人頑張ってみようと思っていたのを引っ込めた。

 

兄として当然の努めだとばかりに、今度こそという気概も伝わってきそうな真剣さでヤマトが手を差し伸べてくる。いつもだったらなんにも考えずに手を伸ばしたはずだったのに、タケルはその手をとっていいものかどうか、一瞬迷ってしまった。

 

勇気を出してヤマトお兄ちゃんに甘えるんだ、とタケルは決めていたはずだ。それなら迷うことなく手を伸ばせばいいのである。そして、ありがとうお兄ちゃんと笑えばいいのである。そしたらきっとヤマトは嬉しそうに笑うに違いない。

 

 

そのタイミングを逃さず、手をつないで欲しいといえば、

きっとヤマトはいつもより正直になったタケルに驚きはしても拒絶は絶対にしないはずだ。ずっと我慢していたタケルなりのわがままや甘えたいという意思表示をするには、絶好の機会であると分かっている。

 

しかし、タケルは迷ってしまった。ホントにそれで良いのかなあ、と思ってしまった。なにせヤマトの隣では、早く来いよー、と呼んでいる大輔がいるのである。この大岩を途中までクライマーのようによじ登り、最後の最後だけブイモンの力を借りて、ほとんど自分の力だけで頑張って乗り越えた大輔がいるのである。

 

 

それなのにタケルはヤマトから差し伸べられた手をとって、初めからヤマトの力を借りてタケル自身はなにもしないまま岩を越えようとしている。ちょっと悔しいと思ってしまったのだ。

 

ゴマモンが進化したことで、パートナーデジモンが進化していないのは大輔とタケルだけになってしまった。相変わらず最年少組としてみんなから守られる立場として見られていることを歯がゆく思い、頼りにされないことを悲しく思っているのは同じだが、タケルと大輔はそもそもスタンスが正反対と言えた。

 

タケルから見れば、となりの芝はずっと素晴らしく見えてしまう。

 

 

守られる側でいることを受け入れるか、反発するか。

守る立場になりたいと背伸びするか、自分の力の限界を冷静に自覚しているか。ずっと24時間行動し続けて、もう3日目を数えている。タケルと大輔はお互いに影響をうけあっているが、それが顕著に現れた。

 

タケルの中に、甘えたいという気持ちと共に、本来よりもずっとずっと早い形で、大輔に感化される形で、一人でできることはやりたいと思う気持ちが芽生えてしまった。それがタケルをそのまま素直にさせることを躊躇させてしまう。少しの戸惑いから訪れた不自然な沈黙の後で、タケルはヤマトの手を借りることを選んだ。

 

 

タケルの中に自主性に芽生えるキッカケを与えたのは大輔である。あくまでも大輔と比べたときの敗北感から現れたものだ。

 

その大輔は、タケルとヤマトが仲の良い兄弟であることを羨ましがっており、手本としても甘えたほうがいいとアドバイスされた。それを考えたときに、つかの間の敗北感はあっという間に塗りつぶされ、そして優越感に置き換わる。ヤマトはタケルが手をとったことにほっとした様子で、そのまま一緒に向こう側に飛び越えてくれた。

 

 

手を離そうとしたヤマトは、タケルが慌ててその手を追いかけるようにつないでくるのに気づいて、驚いた様子で振り向いた。タケルは意を決した様子でヤマトを見上げて、言ったのである。

 

 

「お兄ちゃん、手、つないだまま行っちゃダメ?」

 

「え?」

 

「えっと、えっとね、僕……」

 

 

やっぱりいいや、ごめんねと言いかけたタケルの言葉を遮るように、しかし掠れるような声がした。

 

 

「だ、駄目なもんか」

 

 

それはその時、ヤマトが発することができる精一杯の肯定の言葉だった。ただあまりにも突然だったせいで、意識が彼方に飛んでいってしまったヤマトは、再起動するまでにしばし時間がかかってしまったのだ。諦めかけていたときに返ってきた言葉は、タケルを舞い上がらせるには十分すぎるほどの威力を誇っていた。ヤマトもヤマトで嬉しいやら恥ずかしいやら照れがまぜこぜになって、真っ直ぐタケルを見ることができない。

 

 

「ホント?」

 

「ああ、手つないだまま行こう」

 

「ホント?!やったー!ありがとうお兄ちゃん!」

 

 

ヤマトはタケルと手をつないだ。タケルは腕まで回して喜んでいた。ヤマトははっと我に返る。ここはどこだ。ムゲンマウンテンの頂上に向かう道中だ。もちろん他の子供達やデジモン達もいるのだ。おそるおそる周りを見れば、飛び上がらんばかりに大喜びのタケルの声に気付いたらしい光子郎たちが、ヤマトとタケルの微笑ましい行動に気づいて顔を見合わせた。

 

 

そして、ヤマトと視線を合わせると、生暖かい眼差しで、ニコニコと笑ったのだ。その瞬間、ヤマトの中でタケルが手を取る間にとった不自然な空白なんて、あっという間に忘れ去られてしまう。

 

よかったねー、とガブモンまでタケルに笑いかけている。ヤマトの心のなかは、うわあああああ、という頭を抱えたい衝動にかられるがぐっと我慢した。大輔とブイモンは、こっそりタケルとパタモンがやったよとばかりにピースサインを出して笑っているのを見て、釣られて笑ったのだった。

 

 

それにまで気づかないほど周囲に無頓着なヤマトではない。タケルと大輔の間になにがあったのかは知らないが、間違いなく大輔が唆すなりなんなりしたに違いない。そう思うと兄としては心中複雑である。余計なことを、というか、ありがたいというか、なんというか。

 

言葉に出来ない何か、間違いなくその中には嫉妬も多大に含まれているであろう複雑なヤマトは無言のまま、行き場を失ったいたたまれなさを大輔たちに威圧することで解消した。タケルはもちろん気づかない。アングル的に大輔とブイモンだけが気づいている。もちろん大輔はこえーよーと心のなかで絶叫し、再びヤマトの苦手意識を深めていた。

 

 

「大輔君、太一さんと仲直りできてよかったね」

 

 

すっかり上機嫌なタケルは、先導する関係以外の私情も絡み、ついつい早足になるヤマトの歩行速度など全然気にする様子もなく、すぐ後ろを歩いて来る友人に話しかけた。ブイモンが疲労を見せ始めた大輔の背中をぐいぐいと押している。こけそうになるたびに大騒ぎしていた大輔は、もうこのころになるとすっかり疲れていたのかさすがに口数少なくなっていたが、触れられた話題が話題なので、まーな、と笑って返した。

 

 

洞窟の中では丈達が無事かどうか心配でたまらなかったし、登山中は今までいつヤマトに甘えようかずーっと考えていたタケルは、ようやく他のことに興味を示せるようになったというわけである。

 

それにタケルは分かったのだ。なんであれだけ大輔が不自然なほど甘えるという行動に対して、わざわざハードルをあげるようなことをしていたのか。なかなか実行できないような枷ばかり付けて、まるでその行為自体から逃げるような行動ばかり、言動ばかり取るのか理解できなかったが、今のタケルだったら分かったのだ。

 

 

なんだ、大輔君も甘えたかったんだ。僕よりずっと素直じゃないから、気づかなかった。意識して甘えるという意思表示をすることは、とっても疲れるし、勇気がいるし、ドキドキするのだ。

 

きっと大輔は知っていたのだろう。だから太一に対する説明として、自分に対する説明として、建前と理由を自分で作ってから実際に行動に移したのだろうと思った。怪奇現象を見たなんて誰の目から見ても明らかな嘘をついて、大輔なりの甘えるという意思表示をしたのだろう。

 

 

なんて遠まわしな分かりにくい行動だ、それじゃあ太一だけでなく、みんなにも気づいてもらえないに決まっている。

 

そうタケルは思っていたが、実際には違っていたと知っている。やっぱりお兄ちゃん達は凄い。大輔君の気持ちに気づくなんて。せっかく勇気を出してやった行動を誰ひとりとして理解してくれないとなったらそれはそれは虚しい事態である。

 

しかし、大輔の行動は理解されたが、太一によってみんなに宣伝されてしまったのだ。それは喧嘩にもなる。でもそれはあんまりよくない方法だとタケルは思った。素直になれないからと言って嘘を付くのは良くないことだ。

 

 

えーっと、なんていったっけ。嘘をついてばかりいると誰にも信じてもらえなくなるというあらすじの。そうだ、あれだ。大輔君、と呼んだタケルに、んー?と大輔はほとんど気力で歩いている状態にも関わらず、律儀に返事した。

 

 

「でもね、嘘をついちゃうのは良くないよ?狼に食べられちゃうもん」

 

 

幼稚園の先生が読んでくれたイソップ童話の絵本の中でも、代表的とも言える残虐的な結末を迎えるお話になぞらえてタケルは言った。タケルが知っているのは、羊飼いの少年と狼、もしくはオオカミ少年として絵本に描かれている典型的な寓話だ。

 

羊飼いの少年が、村の大人たちに構ってもらいたいがために、退屈しのぎに「狼が出た!」と嘘をついて騒ぎを起こす。羊は村人とって財産であり、大切な家畜である。狼はその羊を問答無用で襲って食べてしまうのだ。

 

 

大人たちは騙されて武器を持って来るが、もちろん少年の嘘により徒労に終わる。少年が繰り返し嘘をついたので、本当に狼が現れた時は大人たちは信用せず、誰も救援に行かなかった。

 

そのため、村の羊は全て狼に食べられてしまう。嘘をつきつづけた少年自身が襲われて狼に食べられてしまう懲罰的な結末である。人は嘘をつき続けると、たまに真実を言っても信じて貰えなくなる。常日頃から正直に生活する事で、必要な時に他人から信頼と助けを得ることが出来る。分かりやすく言えば、嘘を付くのはいけませんよ、ということだ。

 

 

もちろんタケルはあくまでも例えとしていっただけであり、大輔とブイモンの話は甘えるための口実だと信じているから、そんな事が言えた。だっていつもの大輔とギャップがありすぎたのである。

 

タケルよりもずっと大人びている大輔が、太一をトイレに一緒に来るよう何度もドアを叩いたっていう話自体、信じられないほど驚いたし、怪奇現象に遭って、どこかに連れ去られるかもしれないと怯えて、もんざえモンの所に逃げ込んだなんて、ありえないと思ったのだ。

 

 

タケルは知らない。タケルが少しずつ変わろうとしている一方で、大輔もまた変わろうと必死で足掻いていることなんて知らない。自分のことで精一杯でも誰からも怒られない、それが許される小さな目には、まだまだ理解するのは早過ぎると言えた。それでも、紡がれた言葉はもう戻らない。お互いに心を許し始めた友人同士ならば尚更のこと、タケルの言葉は大輔をえぐった。

 

 

「…………そーかよ。もう、それでいいや」

 

 

タケル、と咎めるような声が隣から飛ぶ。ブイモンが真っ直ぐタケルを睨んでいた。大輔は一瞬泣きそうな顔をした。

 

あ、とタケルは言葉をこぼした。ブイモンの目からはありありと怒りが浮かんでいたからだ。みんながいる手前ぐっとこらえていたけれども、友人であるお前が言うのか、相談しあうのが友達だと言ったお前が言うのかと目がはっきりと訴えているのが分かった。タケルは言い過ぎたかな、と思った。そして焦る。

 

 

今日一日の出来事を通して既にデジャヴュを覚えるほど体験している大輔の目に浮かんだのは、怒りでも悲しみでもなく、あきらめの極地である。はあ、と溜め息ひとつ、ブイモンの手を引いて内緒話。一言二言交わした大輔は、首を振った。怪奇現象を体験して、孤立無援の中で、必死で困り果てている大輔とブイモンからすれば、お前は嘘つき呼ばわりされていることに他ならない。

 

 

もうすでに大輔とブイモンの中では失われた選択肢だ、何を今更という訳だが、その光景を初めて目撃したタケルは衝撃だった。大輔を傷つけたことだけは分かったが、その過程が全くわからないなんて体験、タケルには初めてだったのである。タケルは慌てて大輔を呼んだ。

 

 

「ごめん、大輔君、ブイモン、僕なにか言い過ぎちゃった?」

 

「俺もブイモンも嘘付いてねえよ」

 

 

何度繰り返されたか分からない会話の中で、それだけは大輔は絶対に譲らなかった。なんでそこまで意固地になるか分からない。さっぱりわからない。タケルの知っている大輔ならば、きっとばつ悪そうに何で嘘を付いていたのがばれたのかとぼやくのだ。そして観念したように肩を落とす。そして嘘を付くことは悪いと知っているが、それしか方法がないんだよ、悪いかと開き直りすら見せて、苦笑いするはずなのだ。

 

 

そしたら嘘を付くのはやっぱりダメだよ、とタケルは笑っていえるのに。タケルは、そっか、ごめんね、と言うしかなかった。はっきりと大輔とブイモンの主張を理解してくれたわけではないということを知っている大輔は、ん、と言葉短に答えた。

 

そして始まる無理矢理過ぎる話題転換。もうこれ以上話すことはないという最終通告とも言えるものである。太一と和解してもなお、この件に関しては一貫して曲げようとしない大輔に、やはりこの手の話題は触れるべきではなかったとタケルは改めて痛感した。

 

 

ちなみにタケルが抱いている心境は、他のメンバーのある意味共通見解と言えた。諭せば諭すほど頑なに意固地になっていく大輔は、そこで妥協してしまったら最後、ブイモンが大輔に対して嘘をついたと認めてしまうと知っている。ブイモンがかけがえのないパートナーデジモンであると再認識したばかりの大輔にとって、優先すべきことなど初めから決まりきっていた。

 

 

そこから続くのは果てしない平行線である。大輔も好きでみんなから向けられる説得を振り払いたいわけではないのだ。できることは触れないことくらいだ。静寂が満ちた中で、ヤマトが気を効かせて頂上が近いと話題をふる。

 

待ってましたとばかりにみんな食いついてくる。そして先程の気まずい沈黙は両者の間に残されたまま、表面上は穏やかな会話が再開された。ちなみにタケルの知っているイソップ童話の原題は、嘘をつく子供である。

 

 

絵本は嘘をついてはいけませんという教訓ありきで書かれているため、本来描写されている不適当な場面はすべて削除改変されている。原作は羊飼いの少年が村の羊を全て管理しているわけではなく、あくまでも村はずれで自分の個人的な財産として羊を所有している。

 

村の大人たちが少年の嘘に騙されたのは、羊飼いの少年の安全ももちろんのこと、自分の大切な財産の家畜を奪う狼の存在を恐れたからであり、実際問題少年に羊を管理させるはずもなければ、少年の個人的な財産の結果など大人たちは問題にしないし、何度も武器を持って駆けつけてくれたりなどしない。

 

 

それを知っていて少年は嘘をついたのである、結構なしたたかさだ。そしてこの羊の全体の財産と個人的な財産の扱いの差は、ひとつの大きな教訓をこの寓話から削除してしまっている。原作ではあくまでも羊だけが犠牲になり、少年は羊をすべて失うが、命までは奪われたりしない。その必要がないからだ。そのかわり、少年の狼が来たという発言を嘘だと決めつけた大人たちの財産である羊も犠牲になってしまっている。

 

 

そこから導きだされる教訓は、先入観によって物事を決めつけ、人の言うことを信じないという行動自体にも、相応の危険がはらんでいるという事だ。

 

みんなが信じてくれないから、自分たちだけでどうにかするしかない、と勝手に諦めたせいで、狭すぎる視界でしか行動できなくなっている大輔も。

 

つもの大輔の先入観が邪魔をして、客観的に大輔の行動の違和感を察知することができなかったタケルも。

 

これから待ちうける困難において、嫌というほど実感することになる。思い込みによって人を信じないということが、どんなに恐ろしいことなのか、幸いにも彼らはまだ知りもしないのである。

 

 

 

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