(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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ファイル島編
第3話


アメリカは記録的な冷夏に見舞われている。大雪にさらされるNYから中継するアナウンサーは、完全防備でそう断言した。中東では海面の温度が上昇しすぎて台風が大量発生し、集中豪雨に伴う土砂崩れや洪水の被害が報告されているという。

 

本来その風土であるはずの東南アジアでは、全く雨が降らない干ばつ状態が続いており、国立公園の大湿地が干からびたり、山火事が頻繁に発生しているらしい。環境破壊の警鐘を鳴らすにはあまりにもアトランダムに発生する異常気象。ノストラダモスの大予言を予感させると街頭インタビューで、アメリカ人のニッチな話題が素通りする。太一がリビングにやって来た時、光はソファを一人で陣取ってテレビのニュースに釘付けになっていた。

 

 

「......違うのに」

 

「なんかいったか、光」

 

 

太一がいるとは思わなかったらしい光は、弾かれたように顔をあげるが、なんでもないと首を振る。ふーん、と興味なさそうに流した太一は、ん、とホットミルクをさしだした。ありがとうと光は笑う。砂糖をたっぷりいれたホットミルクは風邪によくきくのだ。

 

太一は光が熱心に見ているテレビを見つめる。猛吹雪に見舞われている真っ白な摩天楼がうつっている。ニューヨークの生中継らしい。分厚いコートを必死で押さえつけながら、実況を続けているアナウンサーではなく、ブラウン管の何も映っていない背景を食い入るように眺めていた。なにがそんなに面白いをだろうと太一は思う。変えていーか?と聞けば、うん、とあっさり返事が返ってきた。

 

 

光には真っ白な雪だるまの怪物が雪を降らせてるように見える。あんなに大暴れしてるのに、誰も見えない。今回はニューヨークだからいいけど、東京であったら光に気づいてとびかかってくる幻影は日増しに増えている。

 

 

「熱下がったか?」

 

「下がったよ」

 

「嘘つけ、体温計見せてみろよ」

 

「36.9だもん。もう治ったよ」

 

「ばーか、37度じゃねーか。風邪治ってないんだからだめだ、だめ」

 

「なんで?お兄ちゃん。37.5度より下だからセーフって山下先生いってたのに」

 

「光はまだ小さいんだからだめなんだよ」

 

「お兄ちゃんのいじわる」

 

「いじわるじゃないって。俺は光が心配なんだよ」

 

 

光は納得いかないのか、お母さん、と夕飯の支度をしている背中に声を投げる。

 

 

「お母さん、お母さん、私、キャンプいっちゃだめ?」

 

「そーねえ、37度あるならだめね」

 

「えー」

 

「ほら、俺のいう通りだろ。光は大人しく寝てろよな」

 

 

にししと笑う太一に光はがっくりと肩をおとした。

 

お兄ちゃんにも化け物が見えたら、一人は怖いから一緒につれてって!っていえるのに。あそこで大暴れしてる雪だるま、どうして誰も見えないんだろう。これは三年前からずっと光が疑問に思っていることだ。口にしたらそれこそ熱があると言われてしまうから、いわないけど。

 

ほんとは、ほら、ほら、そこ!とテレビの目の前まで駆け寄って、アナウンサーの後ろに見える雪山を指差して教えてあげたい。真っ白な雪をかき集める作業に追われている除雪車が積み上げた路肩の雪の塊が、たくさん寄せ集まって出来ている。かちこちの雪山の上を指差したい、今すぐに。

 

もしお兄ちゃんやお母さんが信じてくれたら、いまいち反応がにぶい二人にだってうそはついてないもんていえるのに。無理だから余計しょんぼりしてしまう。光がうそをつけない子だったら、みんな信じてくれただろうか。無理だということは、光が一番よく知っている。光はソファの前に置いてあるテーブルにやってくると、チラシとペンを手にする。きょとんとしている太一の前で絵を描き始めた。

 

 

「なにかいてんだ?光」

 

「ゆきだるま」

 

 

つるつる紙面のチラシの裏に、大きく描かれる大暴れしている雪だるまに似たなにかが描かれる。あ、俺も俺もと太一はチラシに手を伸ばした。絵、上手だなあと太一はのんきに笑っている。光は今テレビでまさしく起こっている出来事を絵に描いているだけだ。空想じゃない。でも、太一はそうは思っていないはずだ。

 

小学校に上がる前からなにもないところを見つめて、耳を澄ませていたかと思うと、突然引っ付いてきて、抱きついてきたことがある。急に怖がって一緒にいたがったことがある。

 

さすがに小学校にあがるとある程度落ち着いてきたけれど、光はなにかあるとすぐに太一のところに飛んでくる。引っ込み思案、照れ屋さん、恥ずかしがり屋、みんなの抱く感想は様々だが、だいたい太一が大好きな妹さんで落ち着くのだ。それも事実だから構わなかった。一人は怖いから。

 

「あ、そうそう、本宮さんに電話しなくちゃ」

 

「私も行きたいよ、お母さん。ほんとにいっちゃだめ?」

 

「そうはいってもねえ」

 

ため息をつきながら、お母さんは電話のところに向かった。

 

「太一、のんびりしてるけど準備はできたの?」

 

「今休憩中ー。ちょっと疲れた」

 

太一が子供部屋から持ってきた荷物は、今にもはち切れそうなくらい詰め込んである。

 

「そうそう、お母さん、手袋どこだっけ。あのしろいやつ」

 

「まだいれてなかったの?もう乾いたから子供部屋にもってってっていったのに」

 

お母さんは苦笑いを浮かべて、リビングのテーブルに置きっぱなしになっている太一のお気に入りの手袋を指差した。太一はそれを入れて無理やり旅行カバンを折り曲げる。自分の重さで潰れる。ロックを掛けたらジッパーを降ろした。お母さんがボタンを押す前に電話がかかってきた。聞き慣れた音に太一と光は振り返る。もしもし、と母親の声が愛想よく高い声に切り替わった。

 

 

「もしもし、八神です。どうしました?」

 

 

八神の言葉に大輔が反応する。よく遊んでもらっているサッカー部の先輩か、憧れの先輩の妹か、どっちかを連想したらしく聞き耳を立てている。小学生低学年でもわかるPHSの使い方講座が終わり、帰る足取りが不自然に遅かった。夏休みの宿題をテレビを見ながらやっているジュンは、冷ややかな眼差しで大輔を一瞥した。母親のトーンが残念そうに間延びした。

 

 

「あらー、光ちゃんが?ええ、ええ、分かりました。残念だけど、仕方ないですよ。はい、わかりました。役員の方には私がお伝えしておきますね。無理してこじらせちゃうと大変ですから、大事を取った方がいいに決まってますよ、ええ、気にしないでください。ところで太一君は?あ、はい、わかりました。では、失礼しますね」

 

 

受話器を置いた母親は、ホワイトボードに張り出されている子供会役員の連絡網を手に取ると、一人一人に報告を入れ始めた。大輔は気になって仕方ないのか、お母さんのところにかけよる。解りやすすぎるほどテンションが上がっている。ジュンはますます不機嫌になる。

 

「お母さん、さっきの電話は?」

 

「八神さんからの電話よ。光ちゃん、風邪でキャンプこれないんだって」

 

「え、太一さんは?」

 

「太一くんは行くみたいよ。光ちゃんは残念だけど、熱が下がらないみたいだし、仕方ないわ」

 

「そっかあ」

 

「大輔、さっさとPHS置いてきたら?適当なとこ置いたらまた無いって朝からバタバタする羽目になるわよ?無くさないでよね、せっかく貸してあげるんだから」

 

「わかってるよ、うっさいなあ」

 

 

大輔はPHSを握りしめる。

 

 

「八神さん、来ないんだ」

 

「風邪みたいだしね、仕方ないわ?あの子、一回肺炎こじらせて、入院したことあるじゃない。きっと心配なのよ、裕子さん」

 

「そっか」

 

「でもまあ、太一君は来るみたいだし、そんな心配しなくても空ちゃんも光子郎君もいるじゃないの。京ちゃんたちもいるんだし、大丈夫、大丈夫、何とかなるわよ。ほらほら、そんなとこ突っ立ってないで、PHS置いてきなさい、大輔」

 

大輔の足取りは軽快だった。

 

サマーキャンプは8月1日の午前9時に臨海公園に集合したら、チャーターした大型バス2台に乗り込んで向かうことになっている。信州方面に2時間移動し、キャンプ地として有名な渓渓谷山地に向かうとのことだ。2泊3日である。

 

そして、8月3日の4時に臨海公園で解散することになっている。3日間はみんなと過ごすことになっているから、忘れものは厳禁だ。その間、太一たちと過ごせるキャンプが、さっきの電話でさらに楽しみになった。大輔は早く寝ようと決めたのである。

 

 

 

 

 

そのはずだったのだが。

 

 

 

 

 

大輔は退屈だった。折角キャンプ場なんていう広大な遊び場を目の前にして、なにもできない。団地住民の親睦だかなんだかの目的のために、ろくな自由時間も設けられないままがっちがちのプログラムに拘束されているのが大いに気に食わない。

 

テントを設置するときには、ここでみんなと一緒に寝るのかとわくわくした。夜になれば肝試しや花火大会、ビンゴといったココロ踊るイベントが控えているとしてもである。

 

 

空は入道雲が眩しい夏色の快晴に恵まれている。ちょっと外に出るだけでハイキングコースとして設けられた森や渓流釣り。

 

鮎つかみなんていう面白そうな看板が立っているきれいな川がある。しかもサッカーできそうなくらいの広場や遊具があり。

 

実際家族連れや他のイベント参加者達の、キャッチボールやバトミントンなど楽しそうな喧騒が横たわっている。なのに、なんで自分はここでひたすら人参の皮を剥いてるんだろうと我に返るたび、大いに落胆する大輔である。

 

 

「あー!大輔、ちゃんとやってよね!」

 

「ちゃんとやってるだろ、うるせえなあ」

 

「ふーん?じゃあ大輔んちって、ペラッペラなニンジンのカレー食べてるんだ。変なの!」

 

「え?あ、やべっ!」

 

「アタシたちも食べるんだから、ちゃんと考えてよね。これだから男子はお子ちゃまなのよ」

 

「うっせーよ、馬鹿京」

 

「べーだ」

 

 

大嫌いな姉のごとくニヤニヤしながら指摘してくるのは、鶏肉のカットに悪戦苦闘している幼馴染である。幼馴染とはいっても、お台場中学校に通うジュンと彼女の姉が親友だからの付き合いである。お台場小学校に在籍している大輔と彼女は別の小学校に通っている。たった1歳しか違わないのに、下級生と上級生に分けられる区分が確かに存在していた。

 

 

カレー作りと言っても、包丁を使ったり、ガスコンロで火を使ったりするのは上級生の仕事として割り振られている。下級生組は危ないからとそれらの機材を触らせてすらもらえない。納得がいかずごねた一部の女子生徒は、両親からマンツーマンの指導協力のもと悪戦苦闘している。

 

さすがに母親に見てもらいながら料理をするのは気恥ずかしくて頼めやしない。結果として代わりに渡されたのは、百円ショップで調達したのだろうプラスチックのピーラー。そしてごろごろと入った野菜で今にもひっくり返りそうなザルとボウルだった。

 

 

下ごしらえを任された下級生たちの反応は、男子と女子で綺麗に別れたのは言うまでもない。最初こそ滅多に無い経験に目を輝かせて、真面目にひとつひとつ水洗いする係。ピーラーでひたすら皮を剥く係、大量のお米を洗う係と仕事をこなしていた。

 

だが30分もすれば黙々とやっている女子はさておき男子は飽きてしまう。包丁を握らせてもらえないせいで、実際に野菜を切ったり、じゃがいもの芽をとったりする。肉やウインナーを切ったり、といった作業すら上級生に独占されてしまっているのだ。

 

そのため、危険が伴う作業に保護者が自然と集中してしまうのはある意味仕方のないこと。大人たちの目が手薄になり、褒めてもらえる気配すらないと察知するや彼らの手のひら返しは早かった。単調すぎる作業ばかり押し付けられているという現実は、たちまち慣れてしまった下級生たちに飽きと不平、不満をもたらす。

 

 

 

 

 

つまらない、と愚痴をこぼしたのは誰だったか大輔は覚えていない。しかし、あっという間に広がっていった同調は主に男子の間に広がっていき、かねがね同意だった大輔も手元がお留守になる。やがて隣に座っている友達との会話に夢中になり、順調だった作業に滞りが見え始めると、機敏に反応したのは女子だった。

 

 

小学校低学年は男子も女子もあまり性差はでないが、成長期が早い子だと男子よりも身長も体格も精神面でもずっと大人びていく事が多い。そのため、大輔が参加しているグループもその例にもれず、男子のことをまだ子供だと馬鹿にしている子がちらほら出始める。

 

そのなかでもリーダー格の子が代表して文句を言いに来ることが多かった。子ども会のイベントでは、度々男子の不真面目さを優等生よろしく指摘する女子と男子で喧嘩になるか、目ざとく保護者に密告した女子に男子が報復でケンカを売りに行く、という仲間割れが発生するのが恒例行事となりつつあった。

 

 

今回は後者だった。子ども会のイベントは学校と違ってその子供の両親が参加しているという大きな違いがあり、直接その親に密告するほうがダメージがでかいと女子はよく知っていたのである。こうしてアドバンテージを最大限に有効活用された結果、その男子のある意味筆頭でもあった大輔、他数名の男子下級生は両親に捕まり、公衆の面前でこっぴどく叱られたのは言うまでもない。やんちゃ盛りのスポーツ少年に、ちまちまとした作業を当たらせるのは少々酷だと判断したのか知らないが。

 

 

大輔は呆れた様子で母に罰として、男子上級生達に混じって飯ごう炊さんに使うマキを拾ってくるように命じられたのだった。してやったり顔の幼馴染をにらみつつ、そのメガネに今度落書きしてやると犯行予告を心のなかに刻みながら、大輔は上級生グループに追いつくべく荷物を持ってかけ出したのだった。

 

 

ちなみに罰を命じられた瞬間、よっしゃ、ラッキーと反省ゼロのガッツポーズを目撃した母親は、大いに肩をすくめてあまり遠くに行かないようにと釘を差したのは別の話である。

 

 

 

 

 

 

マキ集めなんてさらさら大輔にやる気など有るはずもない。折角目の前に今まで行ったことのない知らない場所が広がっているのだ。くまなく探検したってなんら問題は無いはずだ。あとで女子に自慢してやろうと考えながら、大輔はマキ拾いの場所として教えられた場所へと急いだのである。山道を抜けると祠が立っていた。ここまで来てようやく知っている顔を見つけた大輔は、早速大声でその人の名前を呼んだ。

 

 

「太一さーん!!」

 

 

大輔の声に気付いた少年が振り返る。一目散にかけ出した大輔に、太一と呼ばれた青い服装の似合うゴーグル少年は驚いたように名前をよんだ。何故か木の上で昼寝をしていたらしい彼は八神太一、大輔の通うお台場小学校のサッカー部の先輩である。サッカー部のエースであり、キャプテンとして多くの部員を抱えるサッカー部を纏め上げている頼れる先輩といったところか。

 

 

ちなみにあこがれの先輩である太一のトレードマークとも言えるゴーグルを、何度か大輔はねだっているが、今のところ却下されて撃沈している。結局自分で似たようなゴーグルを見つけて付けるようになってから、真似すんなよ、と軽口叩かれるようになった。

 

 

太一の妹に光という大輔と同級生の女の子がいるが、今日は昨日の電話のとおり風邪をこじらせて休みである。一緒に行くと最後まで強情に粘る妹を説き伏せるのに苦労したと笑う太一の話を聞くたびに思う。今まで同じクラスになったことがなく、こういったイベントで一緒に話をするくらいには友達な八神さんは、太一さんが大好きなんだろうなあと。そりゃあ、こんなに可愛がってくれるお兄ちゃんがいるなんてうらやましい限りである。

 

 

姉といわば同属嫌悪を通り越した複雑な関係を形成している大輔にとって、それが大きなハードルとなり、今となっては家族にうまく甘えることができないという寂しさを抱えている。妹がいることで兄として人に頼られることが当たり前だ、というスタンスの太一は非常に居心地がいい存在だった。太一も、懐いてくれる下級生をもつことに満更でもないため、かねがね良好な関係を構築しつつある。

 

 

しかし、姉とのことを知られたくない大輔は、家に友達を呼んだことはない。もっぱら遊びにいく専門のため、休日なんかは友達とも太一とも外で遊ぶことがほとんどである。詳細について知っている人間は皆無だった。今のところ大輔は打ち明ける気もないし、今更相談できる問題でもないため、だれも知らない状態である。よいせっと軽い身のこなしで木から飛び降りてきた太一が、よう、と笑った。

 

 

「大輔じゃねーか、どうしたんだよこんなトコで。下級生は料理の手伝いじゃなかったっけ?あー、まさかお前面倒になって逃げてきただろー」

 

「違いますよ!ただ、みや、じゃなかった女子がサボってるってちくったせいで、マキ拾い手伝って来いって言われただけですってば!」

 

 

そんな後輩に、太一は同士を見つけたとばかりに嬉しそうに笑う。あははっと笑った太一は、ぐいっと大輔の肩を引き寄せて、にっと笑うと、ぐりぐりといがぐり頭を撫でまわす。な、なんすか!って大輔はビックリ仰天だ。機嫌がいいと太一はよくこうやってちょっかいをかけてくるのだ。

 

 

「お前なあ、言ってることは同じだぞ?」

 

「え、そうっすか?」

 

「うんうん。でもま、オレも似たようなもんだって。やっぱ遊びたいよな!」

 

「だったら太一さんだって人のこといえないじゃないっすかー!」

 

「なんだってー?いったなこの野郎!」

 

「おわっ!」

 

 

じゃれ合うサッカー部の先輩と後輩に、忍び寄る影がある。

 

こーら、と二人の間に割って入ったのは、すっかりあきれ顔の女の子だった。すぐそばには給水場から運んできたのだろう並々と注がれたバケツが二つ並んでいた。すぐそばには小川が流れているのだが、衛生上の問題で炊事用の水は給水場の水を使わなければならないのだ。やっと見つけた、というや否や、彼女は逃げようとする太一の首根っこを引っ掴む。そして、足元にあったバケツの一つを太一の前に突き付けた。

 

ちゃぷん、と波打つバケツ。バケツは重いらしく、彼女の肩が抜けそうである。太一はから笑いした。女の子であるにもかかわらず、石段を一人でここまで登ってきたらしい。汗がにじみ出てきたので、額の汗をぬぐおうと彼女は帽子を脱いだ。ショートヘアは癖がついてしまい、毛先がピンとははねているが、彼女が気にする気配はない。乱暴に汗をぬぐった彼女は、ちょっと怒っているようだった。

 

 

「たーいーち!こんなところにいたんだ?料理する気がないならせめて、テント張るの手伝ってよね」

 

「げ、空」

 

「え?テントって午前中に張っちゃったんじゃないんすか?」

 

「そうよ、ホントならとっくの昔に終わってるはずなんだ。どこかの誰かさんがさぼってなかったらね。男手が足りないせいで、料理に使うバケツの水を運ぶ役を私がやってるの。駄目じゃない、サッカー部のキャプテンがそんなんじゃ。大輔君。仕事はきちんとしないとだめよ?」

 

「はーい」

 

 

先程空さんと呼ばれたボーイッシュな服装の女の子は、太一と幼馴染で、同じくお台場小学校5年生の武之内空という。お台場小学校のサッカー部は、女子でも混じって参加することができる。大輔がクラブに入ったとき、空は太一とツートップでお台場小サッカー部の黄金期を支えている紅一点の女子選手だった。

 

そして、親睦を深めて今に至る。残念ながら足にケガをしてしまい、休止状態である。無理をおして出場した大会で、無念の敗北を喫した遠因となったのを負い目に感じてか、と噂されている。俺たち、いつでも待ってますよ、とエールを送る大輔だが、なぜだか空は、いつも複雑そうな笑顔でありがとうというだけだ。真面目な人なんだろうなあ、と大輔は思っている。

 

 

密かにジュンじゃなくて空が本当の姉だったらいいのに、と思い描くこともしばしばだ。空は大輔が思い描く理想の姉ともいうべき存在だった。自分のことを否定しないし、理由もなく理不尽な命令も言わないし、悪口も言わないし。

 

なによりもサッカー部の大会があると必ず来てくれて、レギュラーだけでなく補欠やサッカー部のみんなを褒めてくれる。自分がサッカー部に入ると決めてから、一度も見に来てくれたことの無い、おそらく興味もないだろう姉とは大違いである。

 

 

 

お前空の前のほうが素直だよな、と口を尖らせる太一の言葉に、はあ、と大輔は首をかしげた。なんのことかさっぱりわからない。大輔にとって太一も空も理想の兄や姉というフィルターが掛かっているせいか、上級生相手ではそういった方面はとんと無頓着でもあった。

 

ちなみに太一はかわいがっていたいとこが、実は他の親類に対しても、結構懐いているのをみてショックを受けるのと同じダメージを受けているだけである。意匠返しに羽交い締めを食らってちょっかい掛けられる。なんとか逃げ出した大輔は、けほけほと軽く咳き込んだ。

 

 

「いーなー、いーなー、光子郎先輩までいるとか、ずりー!絶対そっちの方が楽しいじゃないですか!サッカー部偏りすぎですよ、ずっりーなあ」

 

「大輔君までいたら私の手には負えなくなっちゃうからだめよ」

 

「えーっ!?酷いっすよ、空さん!」

 

「大輔君までってなんだよ、空。それじゃあまるでオレが問題児みたいな言い方じゃないか」

 

「ほんとのこと言っただけでしょ……」

 

 

意地悪そうな笑みを浮かべた空だったが、ふと何かが頬を掠めたらしく、上を見る。つられて太一と大輔は上空を見上げた。どうした?と投げかけられる疑問符に、空も答えあぐねていたが、掌を広げて再び見上げる。目の前をなにやら白いものがふわふわと漂いながら落ちてきたのだ。それはやがて空の手の甲に冷たい感触を置き去りにして消えてしまう。残されたのは水滴だけである。

 

 

「空から何か降ってきたの。もしかして、これ、雪?」

 

「バカだなー、真夏に雪なんて……冷たっ!?なんだこれ」

 

「ほら、間違いないわ、雪よ!」

 

「うわ、どんどん降ってきますよ!」

 

「やべえな、そろそろ帰ろうぜ」

 

「そうね、ちょっと寒いもの。行きましょ、大輔君」

 

「ハイ」

 

 

こくりと大輔が頷いた時、太一さーん、という聞き慣れた声が聞こえてきて、みんなつられてそちらに振り返る。

 

 

「光子郎!」

 

「みなさんここにいたんですね、捜しましたよ。あれ、大輔君じゃないですか。君は確か別の班じゃなかったっけ?」

 

「えーっと、その、あはは」

 

「太一と同じでサボってたから、マキひろいの罰を受けてるのよ、大輔君。見ての通り、思いっきりサボってたけどね」

 

「そんなことどうでもいいだろ、空。それより光子郎、真夏に吹雪なんて一体どうなってんだ?」

 

「そんなのこっちが聞きたいですよ。でも、例の異常気象のせいかもしれませんね。今年の夏は地球全体がおかしいんです。東南アジアでは干ばつで水田が枯れて、中東では大雨による洪水が発生してる。アメリカでは記録的な冷夏です。日本だって集中豪雨があったばかりじゃないですか」

 

「案外ほんとにノストラダモスの大予言が当たったりしてな」

 

 

へへ、と軽口をたたく太一たちだったが、急に気温も下がり、猛吹雪の予感すらしてきた。これはさすがにマキ拾いなどしている暇はない。すると大輔の首もとにかけられていたPHSが音をたてる。あわてて覚えたばかりの手順で耳を押し当てた大輔に、少々慌てた様子で母親の声がした。

 

 

『大輔、今どこにいるの?』

 

「え?あ、太一さん達と一緒にハイキングコースの崖のとこ」

 

『急に天候悪くなっちゃったから、とりあえずキャンプは中止ですって。太一君達にも駐車場でまってるから、早く戻ってらっしゃいって伝えてくれる?』

 

「ん、わかった!」

 

 

PHSを切り、早速太一たちに事情を話した大輔は、太一が周囲にいた子供たちにも説明するのを見た。ここにいる7名は大輔以外はサマーキャンプにより事前に振り分けられていた同じグループである。

 

だから大輔は太一と空、光子郎以外の4名はてんで分からなかったが、太一がサッカー部の後輩だって簡単に説明してくれたおかげで初対面の彼らは納得してくれた。さすがにこの猛吹雪の中行くのは危険だというメガネの上級生の意見により、たまたま近くのお堂に逃げこむことにする。

 

 

太一に「ジョウ」と呼ばれていた彼は、5年生なのだろうか?

 

でも空は「ジョウ先輩」と呼んでいたはずである。どっちだろう?そんな疑問をこっそり太一につぶやいてみると、お台場小学校の6年生だとこっそり教えてくれた。開襟シャツにアイビー風のベストを着た眼鏡をかけた彼は、太一たちの班の最高学年であり、名前の入った腕章を付けているからリーダーなのであると。

 

 

城戸班と腕章には書いてあるが、大輔はまだ読むことができないので「ジョウ」さんであることにはかわりない。ぶっちゃけ頼りない。だから呼び捨てなんだって教えてくれた。スポーツ部のキャプテンとしてそれはどうなんだろう?と思ってみたりするのだが、顔に出ていたのだろうか、バツ悪そうに太一に軽く頭を叩かれた。しばらくして、吹雪がやみ、一面銀世界が渓流谷を一変させていた。

 

 

「うわー!お兄ちゃん見て―!どこもかしこも真っ白だよ!」

 

 

緑色の帽子と服が印象的な見たことのない男の子が無邪気に声を上げる。大輔と同じくらいだが、団地住まい向けの子ども会主催のサマーキャンプに、無関係な子どもが紛れ込んでいるとは考えにくい。

 

小学校は普通同じなはずだし、団地に住んでいるなら顔も名前も大体憶えている自信のある大輔はてんで記憶になかった。あんな奴いたっけ、と考えながら大輔はすっかり別世界に代わってしまった風景に見入る。謎の小学生は、傍らにいた同じ金髪をしている上級生らしき男子に話しかけている。あの人なら見たことある。太一さんとよくいる人。仲いいんだろうか。

 

そんなことを考えていると、大輔の目の前をさっきの謎の小学生が走っていく。それを太一の友達の上級生が、危ない、とか、風邪引くとか注意しながらかけていく。まるで兄弟みたいだが、太一さんの話では聞いたことないなあ、とぼんやり思う。羨ましいと嫉妬の根が張ることに気付いていながら、大輔は見て見ぬふりを決め込んだ。

 

一目散にかけ出した大輔に、ずりーぞ置いてくなよ先輩差し置いて!と憤るキャプテンの声がするがスルーである。雪玉でもぶつけようかと手にとろうとした大輔は、カウボーイハットの上級生がテンション高く上げる声に顔を上げた。

 

 

「ここってホントに私たちがいたキャンプ場なの!?別の場所みたーい!きれー!」

 

 

雪国のような景色に見とれる大輔は、ミミちゃん走ると危ないわよって叫んでる空の声にも、天気予報ではまずありえないと頭をかかえる最上級生の言葉にも、何故かさっきまでつながっていたネット通信も、携帯電話も、使えないと戸惑う光子郎の戸惑いにも気づかない。

 

謎の小学生がタケルと呼ばれていて、太一の友達に怒られているのにも気づかない。太一が後ろから膝かっくんしようとしてることにすら気づかないのだ。大輔のことを心配してさっきから電話をかけているのだが、なぜか繋がらなくなっているPHSの向こう側の母親の心労など知るはずもない。

 

オーロラが本来オゾン層と太陽光線の関係で発生する現象であり、オゾン層が限りなく薄くなる南極もしくは北極でなければ観測されないことなど、まだ小学2年生である大輔が知るはずもないし、そもそも日本で観測されるのは極北に位置する場所だけであることなど分かるはずもなかった。

 

ただニュースで洪水が起こったとか、地震が起こったとか、やけにニュースが多いなあくらいしか気に留めていない小学生に、そんな難しい話を理解するほうが困難である。

 

 

 

 

 

 

なんにせよ。その見とれていたオーロラから突如放たれた光に気付いたときには既に遅く、大輔、そしてたまたまその場所にいた他7名の子供たちは、その光りに包まれてどこか知らない異世界へと飛ばされてしまったのである。

 

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