(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第31話

洋館はひとりずつ部屋が分かれているのか、それともベッドがたくさんある部屋があるのかわからない。出来ることなら後者がいいなと大輔は思っていた。後者だったらわざわざひとりで寝るのは怖いから、一緒に寝させてください、なんて公開処刑もいいところな羞恥プレイをする必要なんて無くなるのだ。

 

たぶんみんなが早い者勝ちでベッドを選ぶことになると思うが、端っこや壁に近いところじゃなくて、みんなに囲まれている真ん中あたりを選んだら、きっと少しは安心出来るだろう。

 

それでも度重なる夢と怪奇現象はすっかり大輔に夜に対する恐怖症を植えつけつつあり、夜が来なかったらいいのに、なんてホラー映画やドラマを見た後と同じようなことを考えるまでに大輔は追い詰められていた。そんな大輔がである。

 

 

洋館の扉をくぐりぬけた瞬間、先に部屋を調べるために赤いカーペットが引かれているエントランスを抜けて、螺旋階段を登り始めていた上級生組が、そしてパートナーデジモン達が忽然と姿を消してしまうという信じられない現象に見舞われたら。それはもう、可哀想なくらいのパニック状態になってしまう。

 

呆然としているブイモンのことなんてすっかり忘れて、手を振り払ってしまう。大輔!ととっさに叫んだブイモンの声なんて、もはや大輔のもとには届かない。ブイモンは慌ててパートナーのもとに飛んでいった。

 

 

何度か瞬きをした後、だっとかけ出して赤いカーペットを駆け抜けて、螺旋階段の手すりに手を掛けて。吹き抜けになっている天井目がけてありったけの声をあげて太一達の名前を悲痛な面持ちで叫んだ。

 

洋館全体に次第に泣き声に変わっていく大声が響いた。頭の中が真っ白になっている大輔は、挙動不審の極地を見せていた。返事がないか、物音がしないか、せわしなく小動物のように動きまわり、必死で忽然と姿を消した仲間たちの姿を探してかけずり回る。

 

 

いないいないいないどこにもいない!なんで?なんで?おかしいだろ、なんでだよ!エントランスホールから見える螺旋階段も、吹き抜けからみえるたくさんの扉が並んでいるベランダ付きの通路も、人っ子ひとりデジモンすらその気配を感じさせない有様である。

 

螺旋階段の奥のほうに通路がある。そこにも扉が続いている。もはやこの時点で、この洋館は不自然な違和感に満ちているのだが、すべて彼方に吹っ飛んでしまっている大輔は、わからない。

 

精神的な支えである太一や空をはじめとして、心を許し始めた友人であるタケルや仲良くなり始めた仲間達。デジモン達の喪失があまりにも致命的なダメージを与えていたせいで全く気づくことができない。

 

 

誰もいないはずの洋館で、何故シャンデリアに明かりが灯っているのか。何故大きな暖炉には薪がくべられ火が燃えていて、洋館全体が暖かくなっているのか。そして二階の扉の前にあるランプがすべて付けられているのか。まるで人が住んでいるかのような気配や雰囲気が感じられる洋館である。不気味さが満ちている。そんな中で、螺旋階段の向こう側に無我夢中で飛び込んでいこうとした大輔を必死で引き止める手がある。

 

 

「大輔、大輔、だいすけええっ!待ってよ、大輔!オレがいるよ!」

 

 

ここにいるよ、大輔の隣にいるんだよ、気づいてよ!とブイモンは必死で訴えかけた。がしっと掴まれた右手と一途なまでに大輔のことを呼んでくれる声が、ようやく大輔を正気にさせた。ぴたり、と止んだ大輔は、くるりと振り返る。

 

 

「なんで置いてくんだよ、大輔え。オレも一緒に行くって約束しただろ!」

 

 

ひどいや、と憤りを包み隠さずぶつけて来るブイモンのところに、登りかけていた階段を一歩一歩戻り始める。ひっくひっくと嗚咽すらこぼし始めた大輔は、ぼろぼろと涙を流している。

 

乱暴に涙をぬぐったり、懸命に泣くのを我慢したり、必死で我慢する傾向にあった大輔は、すっかり躊躇していた行動を抑制する性質が失われているようだった。感情の高ぶりがあまりにも大きすぎて、もうちっぽけな体では抑えきることができる許容範囲をとっくにオーバーしているのだ。ここで初めてブイモンの存在に気付いたようだ。

 

 

ブイモンの名前を読んだ大輔は、一人ぼっちではないということに心の底から安堵したのも拍車をかけた。迷うことなく腕を広げたブイモンに飛び込んだ。ますますくしゃくしゃになる顔をブイモンに押し付けて、思いっきり抱きついた。

 

大丈夫、安心してよ、オレが大輔を守るんだ、と優しくささやきかけてくれるパートナーデジモンの言葉に、うんうんと何度も何度も大輔は頷いて、今まで化石になっていた感情が溶けていくのを感じる。

 

 

そして、ありったけの声を上げて大輔は泣いた。大輔は喜怒哀楽が激しく、沸点も低いせいで怒りっぽく、ころころと表情が替わる忙しくて騒がしい子である。その上に想像力豊かで感性豊かなせいで、よく泣くため泣き虫であると言われることもあるが、ここまで周りのことも忘れて子供のように泣くのは滅多にない。

 

大輔がわんわん声を上げて泣くのは、心の底から信頼と安心を寄せる相手にだけ見せることができる証でもある。これがきっと大輔とブイモンにとって、パートナーとしてほんとうの意味での始まりだったのだろう。大輔が心の底からブイモンのことを必要としたのは、この瞬間からである。

 

 

そして、ブイモンが一途に想い続けていた願いが、ちょっとだけ達成された瞬間だった。大輔は強い子である。今こうしてブイモンを頼りにしてすがってくれるが、きっと感情をありったけ吐き出した後は、ぐしぐしと自分で顔をぬぐって、ブイモンのもとから離れて、自分の足で立ち上がってしまう子である。

 

そして自らの足で歩き始めてしまうような子なのである。きっとその頃にはすっかり今のことなんて忘れてしまっているに違いない。それが分かっているブイモンは、大輔はやっぱりずるいんだと思ってしまう。嬉しくて、寂しくて、もどかしくて、いろいろとぐちゃぐちゃ考えてしまうことはあるけれども。

 

それが本宮大輔という少年であるということもブイモンは知っている。自分がそんな少年のことが心の底から大好きなのだと言うことが分かっているから、ちょっとだけこの時間が長く続くことを祈りながら、ブイモンは大輔と一緒に赤いカーペットの上で座っていた。

 

 

 

 

 

ばたん、と勢い良く閉じられた洋館の古びた扉の音に、びくりと大きく肩を震わせた大輔とブイモンは、体を縮こまらせた。

 

後ろを振り返れば、静寂の中異様な存在感を際立たせている、大きな大きな扉が迫ってきていた。この洋館を訪れる客人を最初に出迎える顔をになってきた、アンティーク調のおしゃれなデザインを模したアートが飾られてある。

 

それだけの月日を重ねてきたからこそ、作り上げられる重々しいほどの雰囲気をまといながら、大輔たちを見下ろしてくる。迫力満点である。反射的に閉じ込められた!と感じて、大輔は錆びついた金色のドアノブを回す。

 

錠前は落ちていないし、鍵穴がある気配はないのに、立て付けが悪いのかなかなかすんなり回ってくれない。さっき丈とヤマトが最初に扉を全開にしたときには、すんなりと大輔たちを招き入れてくれたというのに。

 

 

がちゃがちゃと今にも壊れそうな悲鳴をあげるドアノブを乱暴に回した大輔は、ようやく開いた扉をありったけの力も込めて、ばーんと豪快に開けた。扉が跳ね返って再び大輔達の前に立ちはだかる。

 

反動でその重い扉が再び戻ってこないようにと、支えるために扉を追いかけたブイモンと大輔は、ついさっきまで確かにあったはずの風景が一転していることに気づいてそのまま立ち尽くしてしまった。

 

 

「さっむーいっ!寒いよ、大輔ええ!」

 

「さっびいいい!なんで雪が降ってんだよ、しかも積もってるし!」

 

 

冬かよ!と大輔は思わず叫んだ。白い息が灰色の空からたくさん降ってきている雪の中に立ち上って、やがては消えてしまった。それは暖かい部屋から一歩外に出た瞬間、容赦なく吹きこんでくる木枯らしに似ている。

 

扉の向こう側で待っていたのは、見渡す限りの一面銀世界である。薄暗くなり始めている世界ではなおさら、縫い目のない白がどこまでも続く雪景色に。

 

 

本来そこにあるはずの森や山道などもはや見出すことはできなかった。この風景自体異様な光景であるということを、さっきまでそこにいたハズの大輔もブイモンも気づいている。

 

 

ムゲンマウンテンの周辺は雪が積もっている寒冷地帯であり、雪合戦の記憶が新しいものの、その地帯はとっくの昔に通過したはずだ。なぜならレオモンとオーガモンの奇襲を受けた際に、そちらの方向へ戻るはずの山道を切り崩されてしまったのだ。

 

残されていたムゲンマウンテンの反対側に降りていくルートしか行くところがなかったのである。ムゲンマウンテンの麓ながら、気候の関係か森が一面に広がるその地帯。

 

密林が育つほどの熱帯ではないものの、サマーキャンプに参加していたメンバーの夏服でも十分過ごしやすい、春ような穏やかな気候に恵まれた地帯だった。もちろん大輔も半袖であり、ジャケットを着ているとはいえ薄着であることにはかわりなく、すっかり油断していた大輔は、突然春を通り越して訪れた冬の猛攻の前に為す術がなかった。

 

 

一見すれば、この洋館はムゲンマウンテンの近くの森にあるという現実をすっかり忘れ去ってしまっていた、大輔達の敗北である。季節の変わり目ならば、春と冬を行ったり来たりはよくあることだ。この島で1番ともいえる高い標高を誇る山がそびえているならば尚更のこと。

 

この世界に天気予報があるのかどうかは不明だが、季節の変わり目の高山地帯の的中率は絶望的なまでに低いに違いない。それにしたって、ついさっきまでいたはずの春の気候があっという間に冬に塗りつぶされてしまった不可解さは明瞭だ。

 

もちろん寒い環境に適応しているわけではないブイモンも音をあげて、突然閉まったホラー映画の冒頭によくあるお決まりの展開にびくびく、ドキドキしていたことなんてあっという間に忘れてしまい、一人と一匹は力を合わせて再びドアを閉めることにした。

 

 

びゅうびゅう吹いてくる木枯らしと猛吹雪のせいで、扉はぴったりと洋館の壁に張り付いて、なかなか動こうとしてくれない。すっかりかじかんでしまった指先は感覚が無くなってしまったのか、なかなか力が入らない。

 

せーの、とありったけの力を込めて扉と悪戦苦闘していた大輔とブイモンは、すっかり踏み固められてしまった雪が滑りやすくなっていることに気づかない。、そのまま踏ん張ろうとした足場が滑ってしまったブイモンが、わああ、と悲鳴をあげる。

 

ブイモンの悲鳴に引きずられる形で、がくっと体勢を崩した大輔は、そのまま揃って雪が降り積もっていく後ろへと豪快に尻餅をつく事になってしまった。まるで綿毛のように真っ白な雪が舞い上がった。ふわふわの雪はすっ転んだ一人と一匹の音すら吸収してしまう。どさりなんて音すらしない。しんしんと降り続いている雪が、やがては起き上がった双方にどんどん積もっていく。

 

 

 

つめてええ!と飛び上がった大輔は、あわてて体にくっついた雪を払いのける。ぶるぶるとシャワーを浴びた猫みたいに雪を払ったブイモンも、がたがたと体を震わせた。振り返れば大輔とブイモンの形をしたヘコミが出来上がっている。

 

なんとなく顔を見合わせた大輔とブイモンは、なんだかおかしくなって笑ってしまったのだった。ひとしきり笑っていた大輔に、ブイモンが何かに気付いた様子で、ねえねえ大輔と袖を引ってくる。

 

どした、ブイモンと返事した大輔に、ブイモンが指し示すのは森のほう。降り積もる大雪の重さに耐えられず、どさりと雪を落としたせいでどんどん埋まっていく森の一本の大木だ。モミの木によく似ている針葉樹林である。

 

 

「あれ見てよ大輔。なんか変じゃない?」

 

「あー?どこが。別にどこもへんじゃ………あれ?」

 

 

ないだろ、と言いかけた言葉が、大木が再び枝の雪を落としたことで現れた幹を目にしたとたん、あっという間に飲み込まれてしまう。大輔とブイモンは目撃したのだ。その大木には、鋭くて大きな大きな爪の跡が残されていることに、気づいてしまったのだ。

 

まるで有り余る力とその存在を誇示するかのように、深く深くえぐり取られた樹の幹は、5つくらい傷を付けられていた。大輔とブイモンは顔を見合わせた。お互いに体が硬直している。いやでも想像ができてしまう。顔がひきつっていく。

 

 

再びその大木を見た大輔は、周囲を見渡したときに比べてみると、その場所あたりが何故か不自然なまでに木の本数が少ないことに気づく。

 

まさかまさかもしかして、まじで?大木に残された大きな爪の跡で1番高いところは、大輔よりもずっとずっと高いところにある。大輔は顔面蒼白で背筋が凍る。悪寒のせいか、冷や汗すらうかんでいた。白い息を吐きながら、大輔はブイモンに問いかけた。

 

 

「あれ、爪の跡だよな。あんなところにまで届くってことは、そうとうでっかいよな」

 

「うん」

 

「あんなでっけえ傷をつけられるってことは、そうとうつえーよな」

 

「うん」

 

「木が倒されてるってことは、そうとうきょうぼーだよな」

 

「うん」

 

「ち、近くにいるって事だよな?!」

 

「うん」

 

「ウン以外にもなんかいえよっ、いってくれよ頼むから怖いだろ!つーかブイモンしっかりしろってば、お前が俺のこと守ってくれるんじゃないのかよ!?」

 

「ダイジョブダヨダイスケオレガマモルカラ」

 

「おおおいっ!棒読み、すっげー棒読みになってんぞブイモン!帰って来いってば!」

 

 

がくがくと必死で揺さぶりながら大音量で名前を読んだ大輔のおかげか、ようやく我に返ったブイモンが遠い目から帰還する。前途多難なこれからに凄まじい不安を覚えながら、大輔はとりあえずブイモンと共にこの大きな扉を閉める作業を再開することにした。頭のてっぺんから足の爪先まで、すっかり凍えてしまった大輔とブイモンは、真っ先に暖炉の前に直行した。

 

毛布なんて無いから、ぎりぎりの所まで暖炉の前に近づいて、手をこすりあわせながら暖を取る。やがて温かくなってくると、すっかり霜焼けになってしまった手がかゆいとブイモンが言い始めるが、ガマンしろと大輔はその掻き毟ろうとする手をとって諌めた。

 

 

そして、今、大輔とブイモンが置かれているこの状況を整理するべく、なけなしの頭をフル回転させて、いろいろと話し合ってみる。この洋館には、どうやら太一達はいないらしい。どこにいったかは全く分からないし、なんで大輔たちだけ取り残されているのかも不明だ。

 

外は豪雪、猛吹雪、もはや方角すらわからないほどの積雪、一面銀世界。とてもではないが外に出てあちこち捜し回るのは自殺行為である。迷子になって凍えて死んでしまう、崖に落ちてしまうかもしれない、ブイモンと大輔が離れてしまうかも知れない、と思いつく限りのことを連想ゲーム式に言い合っていたら、とんでもないことになったのでその方向は却下となった。

 

 

しかも大輔よりもずっとずっと大きい凶暴で凶悪で、大きな爪を持ったデジモンが近くにいるかも知れないのだ。ブイモンは未だに進化することができないので、大輔とブイモンはもしそのデジモンと出会ってしまったら逃げるしか無い。

 

でも、一面銀世界では、ろくに走ることもできないだろう。足を取られて転んでしまうだろうし、こうも寒くては満足に動けない。絶対に100パーセント逃げられるかといえば、断じて否である。

 

せめてこの吹雪でも止んでくれないとろくに外にも出られない。結論として到達したのは、この洋館から出られない、というどうしようもない現実である。なにせもうすっかり外は夜だ。

 

 

夜は夜行性の大型デジモンが活動を積極的にするから、行動の原則は基本的に太陽が登っている間だけであるということを、先陣を歩き続けているリーダー陣の話し合いを盗み聞いていた大輔は覚えている。

 

早く太一達が大輔とブイモンがいないことに気づいて、見つけてくれるといいな、という希望的な観測を胸に抱きながら。これからどうしよう?という話題に緩やかに移っていく。大輔は立ち上がった。

 

その瞳はこの洋館に対する興味津々な様子に溢れており、うずうずとしていた。今まで見たこともない装飾品や骨董品、高級感ある家具などが溢れかえっている屋敷。好奇心を抑えることなんてできっこなかった。

 

 

「探検しようぜ、ブイモン。太一さん達を探さなくっちゃ」

 

 

さらりと建前のように付け足された重要事項だが、どっちに優先事項があるのかはもはや言うまでもない。太一達が大輔たちに内緒で、集団かくれんぼとドッキリを仕掛けているわけがないと知っていながら、大輔は笑いながら口走った。

 

もしここに善良な第三者がいたならば、きっと律儀にツッコミを入れたり、大輔の失言を咎めたりしてくれただろうが、残念ながらここにいるのは、大輔至上主義のブイモンだけである。どっちかというと天然が入っている彼にツッコミは無理だ。むしろ大輔のほうがツッコミ役だが、今回はもう探検という言葉に反応して目をキラキラさせている一人と一匹に期待するのは無理である。

 

 

「さんせー!」

 

「あ、でもカーテン閉めようぜ!」

 

 

即決したコンビの行動は早かった。大きな大きなステンドグラスが眩しい窓の向こうはすっかり真っ暗である。夜であるということで、怪奇現象を連鎖的に思い出したくない大輔とブイモンは、悪戦苦闘しながら真っ白なレースが編んであるカーテンをしめた。

 

 

「まずは、あっち!」

 

 

螺旋階段の下をくぐり抜け、奥へと続いているレッドカーペットの道を選んだ。まるで追いかけっこのように、かけ出した大輔をブイモンが追いかける。ばたばたとレッドカーペットを走り抜けた大輔達は、ノックなんてするワケもなく、ばーんと乱暴に扉を開いた。カギがかかっていなければ片っ端から開けて回る。そして最初から最後まですべてのドアを開けっ放しにするという、大輔達だけしかいないからこその行動を起こした。

 

 

そこは全部でひとつの部屋だったのだ。どうやらとっても広い食堂のようである。シックな絨毯がひかれていた。お金持ちの食卓という連想をそのまま体現したかのように、ながーいテーブルが中心に置かれていて、真っ白なテーブルクロスが置かれていて、テーブルと同じ色をした椅子が全部で10置かれていた。

 

奥のほうにはキッチンもあったのだが、そこまでくるとこの部屋にも置いてある暖炉の暖かさは届かないらしく、ひんやりとした空気を機敏に感じ取った大輔達はそこから逃げ出した。もちろん扉は開けっ放しである。

 

残念ながら広い広いキッチンには食べ物一つ置いてあらず、わくわくしていた大輔たちを大いに落胆させた。冷蔵庫も棚も食器棚の上から下まで全部確かめたのだが、何も出てこなかったのである。

 

 

 

続いて大輔達は早速螺旋階段を駆け上がって、たくさんある吹き抜けから一望できるドアというドアを片っ端から開けていくことにした。取材や編集の仕事に追われるたびに、ホテルや出版社に缶詰にされる父親が何度も母親にねだっては撃沈している書斎があった。

 

一ページ開いたら眠くなってしまいそうな分厚い海外の本が沢山入っている本棚の並んでいる書庫があった。ソファがたくさん並んでいるのは、恐らく談話室である。そして念願のお風呂があった。それもとびっきり広いのが。

 

そしてトイレ休憩の後、最後に1番大きな部屋に飛び込んだ大輔とブイモンは、そこに10つのふかふかなベッドが並べられているのを見た。

 

 

思わず触ってみたところ、真っ白なシーツや温かそうな毛布、クッションがあり、旅行で泊まったときのベッドのように、なんだかものすごく綺麗で、シーツはぱりっとしていた。なんだかテンションが上がってきていた大輔とブイモンは、ここで太一達を待っているのもいいかも知れないと思い始めていた。

 

そして、気の赴くまま走りまわり、はしゃぎまわっていた大輔とブイモンは、ようやく屋敷の大捜索が終了し、なんだか名残惜しさすら感じながら、ふたたび螺旋階段のもとに戻っていった。

 

 

すっかり気分が高揚しているせいか、会話も弾む。そしてようやく晩ご飯がまだであるということに、気付いたのだった。

 

ぐーとそろって鳴いたのは腹の虫である。それすらもおかしくて、顔を付き合わせて笑った。長い長い階段をグリコしながら降りていった大輔とブイモンは、これから晩ご飯はどうしようかと考え始める。そしてふと、顔を上げた大輔は、吹き抜けの中でひとつだけ閉じられたままの部屋があることに気付いた。

 

おかしいな、片っ端から開けたのに。どうやら階段から見て死角になってしまうようなところにあるらしいその部屋である。

 

ずーっと開けっ放しのドアが並んでいるのに、そこだけ閉じられたままなのは気に食わない。お腹すいたとうるさいブイモンを引っ張って、大輔は再び螺旋階段を駆け上がった。その部屋は、2階の通路をずっと進んでいくだけでは辿りつけないような場所にあった。まるで隠し部屋である。

 

 

それだけでもちょっとドキドキするのだが、まるで隠れ家のように他の扉と比べて、一回り小さいのだ。これは屋根裏部屋的な何か、秘密基地的な何かだろうか、と発想が膨らんでいく。

 

想像力を掻き立てられるようなものに強烈な魅力を感じるお年ごろの大輔と、すっかり大輔が話すロマン講座に感化されたブイモンは、お互いに顔を見合わせて、ドキドキしながらドアノブを回した。真っ暗である。大輔とブイモンは顔を見合わせた。

 

 

すべての部屋は明かりがついているのに、どういうわけかこの部屋だけ真っ暗だ。どうやら電気が付いていないようである。手探りであたりをさぐった大輔は、スイッチを入れてみた。ぱちりという音がして、部屋が明るくなる。他の部屋よりもずっと小さな空間であるにもかかわらず、その全景をみた大輔は思わず入るのに躊躇した。

 

今まで我が物顔で部屋に突入し、片っ端からあたりを物色しまくっていた不届き者とは思えない豹変ぶりである。大輔の豹変に疑問符を浮かべたブイモンは、慌ててこの部屋から逃げ出そうとする大輔の横から部屋を覗き込んだ。

 

 

そして、納得した。あわあわとして狼狽しまくっている大輔は、心なし顔が赤い。明らかに照れや恥ずかしさが混じっている。そりゃそうである。人間の部屋なんて見たことがないブイモンだって、大輔が後ろめたさを感じてしまい、逃げ出すように出て行った理由がわかる。

 

パステルカラーで統一された暖かな印象の部屋は、きっと大輔が見たことのないものばかりで埋め尽くされているのだ。ふわふわで、かわいくて、きれいなものがたくさんおいてあるこの部屋は、明らかに大輔とブイモンにとって場違いだ。これはきっとミミの方がよく似合う。そう、女の子の部屋だった。

 

 

「そこにいるのは、だあれ?」

 

 

こんなタイミングで、いきなり後ろから女の子の声がしたのである。ぴしり、と大輔とブイモンは凍りついた。えーっ、という声が両者の心のなかでつぶやかれる。片っ端からドアというドアを開けまくっていたにもかかわらず、人間もデジモンも誰もいなかったものだから、てっきり大輔達は自分たちだけしかいないのだと思い込んでいた。

 

 

しかし、あわてて振り返った大輔とブイモンの前には、いつの間にか女の子が立っていたのである。やばいやばいやばい、と焦る。間違いなくこの部屋はこの女の子の部屋である。つまり、この広すぎる屋敷はこの女の子のものに違いない、と大輔達は判断した。あきらかに大輔達の方がまずい立場に置かれていた。

 

 

「あ、あの」

 

「あなたね、たくさんのどあ、あけていったの」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「ううん、いいの。さがしものはみつかった?」

 

 

女の子は微笑んでいる。大輔とブイモンは顔を見合わせた。てっきり怒られると思っていたのだが、どうやら女の子はそんな様子は見られない。ほっとした様子で胸をなでおろした大輔は、あはは、とごまかすように笑いながら頭の後ろで手を組んで頭に乗っけた。

 

ブイモンも曖昧模糊のまま笑う。しかし、なにか気になることでもあったのか、じいっと女の子の方を見つめていたブイモンは、おもむろに匂いを嗅ぎ始めた。

 

 

「え、な、なにするの」

 

「こら、ブイモン、なにやってんだ、お前!」

 

 

戸惑い気味の女の子である。初対面であるにもかかわらず匂いをかぐというとんでもないことをした変態に天誅を食らわせた大輔は、ごめんなさい!と頭を下げた。お前もだよ!とぐぐぐっと力を込めてブイモンの頭も下げさせる。なにやら考え事をしていたブイモンは、きのせいかなあ、とつぶやいて、女の子を見上げた。

 

 

「オレの勘違いみたい。ごめんね」

 

「……ええ」

 

 

かなり引いている様子の女の子である。大輔は頭が痛くなった。お前変態だったのか、とボソリとつぶやいた大輔に、違うよーっとあわててブイモンは弁解するが全然説得力がない。

 

ため息を付いた大輔は、ふと、女の子を見た。そして気付いた。てっきり外国人の女の子かと思っていたが、普通に言葉が通じているのである。

 

日本語がものすごく上手なのか、それともタケルやヤマトのように外国人のような日本人なのか大輔にはわからない。言葉が通じなかったらどうしようという戸惑いと困惑が最初の緊張に拍車をかけていたので、落ち着いてみるといろいろ気づく。

 

 

ブイモンとのやりとりを見て、首をかしげている女の子の声をどこかで聞いたことがあるきがしたのだ.間違いなく、大輔はこの女の子のことを知っているのだ。もしかして、と大輔は女の子に話しかけようとしたが、先に女の子の方から遮られてしまった。

 

 

「きてくれたの?」

 

「え?」

 

「わたしのこえをきいて、きてくれたの?」

 

 

大輔、もしかして、とブイモンが見上げてくる。大輔は女の子に聞いてみた。

 

 

「オレを呼んでたのって、もしかして、」

 

「わあ、うれしい!ほんとにきてくれたんだ、ありがとう!」

 

「おわっ」

 

 

花咲くように笑った女の子は、軽快に走りよってくるなり、あまりの至近距離にどぎまぎしている大輔のことなんかお構いなしで、その手をつかんだ。そして両手で握りしめて、真っ直ぐ見つめてきたのである。

 

 

「あなたのおなまえおしえて?すきなものはなあに?おたんじょうびはいつ?けつえきがたは?わたしにぜんぶおしえて?」

 

 

積極的な女の子に迫られた経験など、健全な小学校2年生の男子である大輔にあるわけもなく、うえ、とか、あの、とか戸惑いっぱなしで二の句が継げない大輔をよそに、はーやーく、と女の子は笑ったのだった。ちょーっとまった!と間に入ってくるのはブイモンである。

 

ずっとほっとかれっぱなしは嫌なのだ。率直すぎる好意を初対面でいきなりぶつけて来る女の子を、警戒心ばりばりで睨みながら、ブイモンは大輔にくっついてくる。なにこれ、とモノ扱いする女の子はどうやら機嫌を損ねたようで、ブイモンを睨んでいた。

 

突如訳の分からない空間に巻き込まれてしまった大輔は、すっかり困り果てて、両者を仲裁するしかなかったのである

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