(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第35話

どこかの世界のハッカーがコンピュータ上でサイバーテロを行うために、人工知能を備えさせたウィルスを広めた。それが、すべての始まりである。そのウィルスはやがてハッカーの手を離れ、ネットワークを通して世界中を渡り歩くうちに、データを吸収して姿や性質を変え、生物のようなものになっていく。

 

 

共通のウィルスからネットワーク上に存在する情報を吸い上げて、長い年月は多種多様な生物を生み出した。ネットワークを作り出した世界に実在する動植物がモチーフになっている者もいるのだが、現実世界と大きく違う点は、そのウィルスが作り上げた生物は実際には存在しない、想像上、もしくは伝説上の存在が投影された者も数多く生み出されていったことだろう。

 

 

そういった知的な生命体を中心として、ネットワークの海に漂うだけだった生物は、ハッカーの想定していた事態をはるかに凌駕する形でネットワークに出現することになる。なんと、ただのウィルスに過ぎなかったデータが自分たちだけの世界をつくりだしたのだ。のちにデジタルワールド、もしくはデジモンワールドとよばれることになる世界の誕生である。

 

 

 

このような成り立ちを経て存在しているこの世界は、現実世界にあるコンピュータやネットワーク上に存在している、ありとあらゆるデータによって成り立っている異世界である。

 

いわゆる電脳空間なのだが、コンピュータやネットワーク上に広がるデータを、多数の利用者が自由に情報を流したり、情報を得たりすることが出来る仮想的な空間としての機能が、現段階に置いて果たされてはいない。

 

あくまでも、現実世界から何らかの理由で流れこんできた情報やデータが、物体として実体化することができる異世界であり、現実世界とデジタルワールドがつながるためには、ネットワークやコンピュータを介在しなければいけない。

 

 

 

デジタルワールドの世界で、砂鉄の砂漠に大量の電信柱が立っていたり、密林に様々な交通標識がひっついていたり、湖のほとりに都電が一両あったり、温泉の近くに冷蔵庫と卵があったりと、現実世界と比べてどこかおかしな所があるのは、この世界を構成しているデータに破損や欠損があるからだ。

 

デジタルワールドを作っているデータは、流れこんでくるまでに何かしらの問題を抱えていることが多いらしく、このような摩訶不思議な世界を作っている。また現実世界では単なる文字列に過ぎないプログラムが、実際に力を持ったりするため、尚更それに拍車をかけている。

 

このデジタルワールドにおいて実体化したデータのうち、生き物であり、なおかつ現実世界では存在しない人工知能を持つ生き物の総称を、デジタルで出来たモンスター、デジタルモンスター、通称デジモンといった。

 

 

 

デジモンの体は、デジコアとよばれる細胞核のような働きをもつ電脳核、その上方をもとに骨格であるワイヤーフレーム、皮膚であるテクスチャで出来ている。デジモンの姿には、デジモン自身がコンピュータ上のデータから読み取り学習したものと、人間がパソコンで作成したものとが存在する。

 

それらは主に、ネットワークに存在している様々なソフトから学び取ったものである。デジモンは主にデジタルワールド上の食物を食べて生活し、さらにはネット内の様々なデータやプログラムも吸収し餌としている。また、デジモンの生命活動を維持するためには電気が必要であり、これは人間で言う酸素に相当する。

 

 

 

デジモンは現実の生物と同じようにデジタマとよばれる卵から誕生し、病気や怪我などの外的要因や寿命で死亡する。デジモンは成長の節目でより強力な形態へと進化する。この「進化」は現実の生物の進化とは違っており、その個体が自らの構成データを大きく書き換え成長することを指している。

 

成熟期に至るまでは元々持っている因子や、生活の仕方や戦闘経験、住まう環境の変化などにより、様々な進化形態へと分岐する。ただし、オスメスの区別が存在しないデジモンは、種を残そうとする本能が皆無に近く、なおかつ至る所に豊富な食べ物が存在しているため、3大欲求のうち2つは常に満たされていることになり、デジモン同士で捕食し合う必要はない。

 

結婚や家族という概念を持たないことも多いようだ。基本的に、デジタルワールド内での攻撃行為は主に縄張り争いのためか、自己の力を示すために行われる、ある種平和な世界といえた。

 

 

 

ただし種族や時と場合によっては、高度な知能を持つデジモンが、相手のデータを吸収することでより強くなるために、デジモン同士での捕食行為も行われているようであり、人工知能を持つデジモン達も現実世界と同じように組織を作り、派閥を作り、背反する思想に属する者同士が激しい闘争を繰り広げているのは世の常である。

 

デジモンには進化の段階があり、基本的に誕生から順番に幼年期、成長期、成熟期、完全体、究極体の段階を経て進化していく。この進化経路以外にも、例外的な進化経路やモードチェンジという力を開放したり、変質したりした個体も存在し、その例外二つを同時にこなす者もいるが、ここでは割愛する。

 

 

 

成熟期以上のデジモンは他のデジモンたちと戦い、勝って勝率を上げることでより強力な完全体や究極体のデジモンへと進化することができる。また、過酷な環境の変化に耐えうることも、今後の完全体、究極体への進化に影響する。

 

デジモンは基本的には年齢で進化し、進化する年齢の平均は各世代ごとに決まっている。種を残す概念が存在しないデジモンが何故今日まで、デジタルワールドで繁栄し続けているのかといえば、それはデジタマと呼ばれるデジモンの卵の特殊な誕生にあった。

 

 

 

 

 

 

デジモンはなんらかの外因で死ぬと、そのデータを記憶した媒体、魂もしくは幽体にあたるものがダークエリアといういわゆるあの世、冥府のエリアに送られることになる。その媒体がどのような存在であるかを判断する最上位の存在がおり、デジタマに孵るか冥府のエリアにとどまるか、媒体ごと捕食されて完全に抹消される事実上の死を与えられるかのいずれかが選択される。

 

ちなみに堕天使に分類されているデジモンは、所属していた聖なる存在から凋落したことが危険視され、例外的にその外観を保ったままダークエリアに送られて五感が生きている状態で永遠の責め苦を味わうとされている。そして、前者に選ばれたデータだけがそのデータを転写したデジタマという形で転生を果たすことになる。

 

やがて基本的には全てのデジモン達にとって故郷とも言える、はじまりの街と呼ばれる場所へと還る。そのデジタマから生まれたデジモンは、自分の前世もしくは祖先とも呼ばれる個体の記憶を引き継いでいることは少なく、能力値だけは1度も進化を経験していない同じ種類の個体と比較したときに、特別強い個体が生まれる傾向にある。

 

 

 

ただし、その記憶の引き継ぎに関しては個人差が大きいらしく、記憶を完全に覚えたまま生まれ変わりを自覚する個体、記憶は覚えていないけれども心の何処かで覚えているのか、特定の場所や存在に対して、懐かしいという感覚を覚える個体、全くそういう事もなく普通の人生を歩むことができる個体もいる。

 

もちろんそのデジタマに、意図的に特定の情報に対して親密感を抱かせるデータが組み込まれていたらその限りではない。だがデジタルワールドで生きているデジモン達にとって、本来ならその程度の誤差など、やがて独り立ちして生きていく上で、なんら障害となることは無いはずであった。

 

 

 

 

 

しかし、いつだって例外というものは存在する。不幸にも彼女は、その例外として始まりの街に生まれ、そして自らの意志ではじまりの街を飛び出した。彼女が覚えていることは、たったひとつだけである。

 

彼女の名前を呼んで、抱きしめて、頭を撫でてくれた、微笑みかけてくれた存在があったというコト。彼女は知らなかった。その存在がこのデジタルワールドには存在しない人間という生き物であり、現実世界という異世界で生きているということを。

 

何故本来ならば知らないはずの人間のことを彼女の前世が知っていたのかなんて、彼女はわからない。だって、彼女は記憶を完全に受け継いだわけでは無いからだ。きっと彼女の前の人生を終えたデジモンにとって、1番幸せな記憶だったのだろう。生まれ変わっても決して忘れたくないデータだったのだろう。

 

 

幼年期に他の個体よりも強い能力を持って生まれた彼女は、その愛情を一心に受けて育った過去の記憶にすがった。寂しいという感情を知ってしまったのだ。前世と自分は別の存在なのだと認識するより前に、夢という形で知ってしまった彼女は、前世と自分を混同し、同一視した。世界が歪んだ。

 

デジモンには家族という概念が存在しないが、幼年期に愛情をたっぷり受けて育ったデジモンが、精神的に安定して進化していくのは変わらない。幼年期のデジモン達を世話するデジモンは存在するが、それは保育器に入れられた赤ちゃんに対する看護師、医師と同じスタンスである。

 

 

みんな一緒、みんな同じ、平等で公平な愛情は、彼女にだけ注がれていたかつての愛情と比べるとあまりにもそっけないものに見えてしまう。比較対象が存在し、その理不尽さを理解できるだけの知能を獲得していた彼女は、夢として現れる過去と現在を比べて苦しみ、葛藤する。

 

なんで、なんで、どうして?かつての当たり前が満たされなくなった環境が、どうしようもない違和感となって現れてしまうのだ。ちょっとだけ能力が高くて成長が早かった彼女は、かつての記憶と同じように、自分だけを愛してくれる存在を探して飛び出してしまう。

 

そしてデジタルワールドのファイル島という広大な世界を、たった一個体で冒険することになる。

 

 

しかし、愛情を受けるという一点において生きる意味すら見出してしまった彼女にとって、それ以外とのコミュニケーションの仕方が分からない。デジモン達は、人間という存在を知らない。誰も知らない。だから夢で見たという彼女の証言を誰も信じてくれない。

 

否定され、諦めろといわれ、知らないと言われ続けた彼女は意固地になっていく。説明を重ねる中で具体像が固まっていく。彼女の夢の中では、ただ抱きしめてくれたぬくもりと、撫でてくれた5本の指、優しい声だけしか思い出せないにもかかわらず、彼女はいろんなデジモンと出会い、別れを繰り返すうちに、その存在に近い者を参考にして、どんどん勝手に想像していく。

 

姿も顔もわからないのに、どんどん勝手に決めていき、頭の中でパーツを組み上げ、色を塗っていく。そして、いつしか彼女の中でどんどん理想に昇華していくその存在は、かつて夢のなかで見た存在とはかけ離れた、彼女が考えた私だけの大切な存在という形で、ハードルをあげてしまう。理想と現実の狭間で、ますます彼女は苦しんだ。

 

 

みんなと仲良くなりたいけれども、みんな彼女の旅の目的を否定するのだ。彼女にとって、その目的はすっかり生きる意味にすらなっているのに。存在価値すら決定づけるアイデンティティを見出していた彼女は、自己否定につながりかねないことしか言ってくれない他者を少しずつ避け始める。

 

自分は自分であり、旅の目的は旅の目的でしか無いのだと言うことに気付けない。それほどまでに彼女は追い詰められ、盲目的になっていく。それに加えて、本来よりもずっとずっと早い時期にはじまりの街を飛び出してしまった彼女は、致命的なコミュニケーション障害を抱えていた。

 

 

みんなが受けているのは、愛情なんかではない、と自分だけが知っていると得意になっていたせいかも知れない。彼女は幼年期の個体の中でも、自分自身を特別視する傾向にあった。能力的にも成長的にも早い個体である。仕方ないことだ。

 

自分は他のみんなとは違うのだという証明のために、彼女は自分しか知らないその存在を特別視するようになったのかも知れなかった。幼年期に愛情を受けているにもかかわらず、それが愛情だと理解できなかった彼女の不幸である。

 

彼女が何者であろうとも受け入れてくれる場所があったのに、時々始まりの場所に帰りたいと思うのに、もう遠くまで来てしまった彼女は、ひたすら前に前に進むことに無我夢中になっていた彼女は、もう戻れない。思い出せないのだ。自分がどこにいるのかすらわからないから。

 

 

従順なまでの依存と子供の癇癪にも似た破壊の衝動でしか、他者と関わり合うことができない彼女は、いつだって孤独で愛情に飢えていた。理想と現実の間で常に揺れ動く彼女の心境を理解してくれる存在が現れなかったこともまた、余計に彼女を寂寥感に蝕ませた。

 

慢性的な虚脱感、感情の不安定さ、強迫概念にも似た理想への固執、それらが彼女とデジモン達を遠ざけていく。すべては存在価値を自分で肯定してあげることができない彼女の自己評価の低さが原因だ。

 

しかし、デジモンも人と同じように無条件で自己肯定できるのは、愛情をたっぷり注がれたという経験があるからこそだ。その根底からまずは決定的な欠如を抱えている彼女は、精神的に見れは幼年期のままどんどん力だけは大きくなっていく。

 

 

その力がデジタルワールドを守っている見えない何かにとって、危険視されるに至ったとき、彼女はデジタルワールドに包まれた。人間のことを知っているという事実もまた、彼女が特例措置を取られた理由でもあるようだ。

 

そして、彼女が気付いたとき、心象風景を色濃く反映した、寒い場所に一人ぼっちでいることになった。デジタルワールドは彼女にとってどこまでも厳しくも優しかった。彼女が記憶を取り戻せるような場所を敢えて用意して、安心して眠れる場所を用意して、彼女が少しずつ前世を思い出せるようにしたのだ。

 

彼女は感情が暴走するたびに、進化と退化を繰り返し、自傷行為とも言えるエネルギーを浪費し続けて寿命を縮めていたせいで、彼女の癇癪が収まるたびに、デジコアが粉砕されたデータチップを拡散し、このままではデジタマにすら戻れなくなるところだったのだ。

 

直接彼女に前世について教えるということは、現在のデジタルワールドの状況を考えると、いろいろと都合が悪く不可能だった。

 

 

そのため、苦肉の策として彼女はデジタルワールドの用意した揺りかごの中で、自分で答えを見つける毎日を過ごしていた。

 

しかし、揺りかごに入る前にはもう、データチップが光となって降り注ぐたびに、彼女はどんどんいろんなコトを忘れていた。自分で自分を保つことすら困難になり始めた彼女は、いつの頃からか、自分の中で理想化しつつあったその存在を思い出せるようにと、自らの姿を理想の存在にして進化の姿に固定するようになる。

 

この世界で人の形に近い姿をしているデジモンは極少数に限られる。彼女が外国人にも似た容姿になったのは、彼女がデジモンであるために力を貸してくれた、この屋敷を用意してくれた天使型のデジモンが反映されていた。

 

天使型のデジモンは、現実世界の天使というイメージが反映されているため、皆金髪である。私の考えた理想の存在とするには、ちょうどいい題材だった。

 

 

もちろん、デジタルワールドが危機に陥っている今、彼女の存在を利用しようとしないデジモンが現れないわけがなかった。

 

強大な力を持っているにもかかわらず、幼年期の頃に精神的な成長が止まっているデジモンだ。愛情に飢えている彼女は、善悪の区別などわからない。愛情を見せ掛けであろうとも注いでくれる存在があれば、すがってしまう。誰からも守ってもらえない無邪気な子どもは、悪い大人に騙されてしまうのが世の常だ。

 

本来彼女の後ろ盾になってくれるはずのデジタルワールドが、彼女に干渉することができなくなってしまうほどの危機に陥っている隙をつかれ、彼女は何も知らないまま、ある日、屋敷に訪れた珍しいお客様を招き入れることになる。

 

 

そこで彼女は、そのお客様からもうすぐこの世界に、人間という彼女がずっと待ちわびていた存在がやってくることを聞かされたのだ。彼女は喜んだ。会いたいと思った。その中に彼女が待ち続けている人がいるかも知れないのである。絶望の世界でようやく見えた光である。

 

この世界から出られない理由を彼女は知っていた筈だった。天使のデジモンと約束したはずだった。それでも、ある時を境に全く姿を見せなくなった天使のデジモンとの約束は、やがて猜疑心と不安に苛まれていく。

 

そのお客様がいった、彼女が危険だからここに閉じ込められているという嘘を信じてしまうに至る。待っていたのは裏切られたという思い込みと絶望だった。

 

 

そのお客様が天使のデジモンが来られないように、邪魔をしているなんて知らないまま、彼女はずっと我慢していたこと、感情を抑えきれなくなると進化と退化を繰り返す、データチップの拡散を再開してしまう。そして、お客様の甘言に乗せられる。

 

子供たちとあわせてあげるから、彼女と話ができる子供がいればあわせてあげるから、ちょっとだけ、彼女がいる世界を貸して欲しいと。子供たちを招待するから、この屋敷のデータを貸して欲しいという言葉に乗せられてしまう。彼女は知らない。何も知らない。それこそが悪魔の甘言であるなど分かるはずもない。

 

 

デジモンが寿命を終えてダークエリアに送られるためには、ある程度のデータチップに転写されるデータが必要である。そのため、万が一そのデジモンが幼年期であったり、デジタマの状態だったり致命的な損傷をデータチップに負ったりして転写できるだけのデータを確保できなかった場合、そのデジモンに待っているのは消滅であるということを彼女は知らないのだ。

 

ダークエリアに送られてしかるべき裁判を受けることなく、何も残らないまま消えてしまうのだ。それは転生という手段を持っているデジモンにとって事実上の死と同義である。

 

 

彼女は何も知らないまま、自分の首をゆっくりと締め上げるような自傷行為を行っていたのだ。死の足音は聞こえないまま、彼女をゆっくりと蝕んでいった。

 

 

彼女は無知である。

 

 

本来この屋敷は彼女を始めとしたウィルス種のデジモンしか入ることができない特殊なエリアであり、他の属性であるデジモンたちはその存在すら知らない隠された領域であることはもちろん。正義のデジモンであるレオモンを洗脳し、オーガモンも配下にすることで、2体のデジモンに子供たちを襲わせ、意図的にパートナーデジモンたちに過度な進化をさせて疲弊させた先のトラップとして屋敷が利用されるなんてことも。

 

その先にある突如出現した洋館に子供たちを誘い込んで就寝した隙を見計らい、そのデータを幻として消失させたお客様は、黒い歯車で侵食されていたファイル島全体を切り離し、そのばらばらになった孤島に子供たちとデジモン達を分かれさせるなんて強行に及ぶことも。

 

ましてや戦力の拡散と確実な戦力つぶしを狙っていたことなんて、知るはずもなかった。そのお客様の名前はデビモン。選ばれし子供たちという言葉をレオモンに教え、そして初めて子供たちとデジモン達の前に現れた、敵である。

 

 

 

 

 

彼女はただ嬉しかった。デビモンが言ったとおり、大輔とブイモンが来てくれた。ずっと一緒にいてくれる。そう思っていたのに。うさぎのクッションを抱えて扉の前にやって来たなっちゃんは、大輔とブイモンが自分に隠れて内緒話をしているのを聞いてしまった。仲間はずれにされたこともショックだったのだが、大輔達が真剣に話し合っている内容は、なっちゃんにとって耐え難いものだった。

 

 

「これからどうする、大輔?」

 

「どうするもなにも、ずーっとここにいちゃ駄目だろ」

 

 

ぽとり、とうさぎのクッションが落ちた。ここにいちゃダメ、という言葉が大輔から語られたことが、なっちゃんには信じられなかった。なっちゃんは大輔とブイモンに嘘をついた。もちろん、自分のことを思い出せない記憶喪失に陥っていることも、ここがどんな世界なのかもわからないし、どこから来たのかもわからないのは事実だ。

 

でも、この世界はなっちゃんの世界である。なっちゃんのために用意された世界である。なっちゃんが自分の記憶を思い出すまで、ずっとこの世界はとじたままなのだ。デジタルワールドには戻れないのだ。

 

天使のデジモンと約束したことははっきりと覚えているなっちゃんは、どうしていいのかわからなかった。結局天使のデジモンは来てくれなかったし、孤独に怯えることを知っているから、毎日来てくれると約束したのに一方的に破られた。

 

なっちゃんが危険だから閉じ込めたのだとデビモンの嘘を信じきっているなっちゃんには、もうこの世界から脱出する手段なんて無いのだと思い込んでいる。

 

 

大輔とブイモンがなっちゃんのことをデジモンではなく、人間だと勘違いしていることには薄々気付いていたけれども、それによっていろいろと世話を焼いてくれるのが嬉しくて、結局言い出せないままだったのが尾を引いた。大輔とブイモンに、この世界から出られないことがバレたらどうしよう。

 

なっちゃんがこわいデジモンだと知られたらどうしよう。この世界に閉じ込められてしまうような、みんなから嫌われている世界のデジモンだと知られてしまったらどうしよう。嫌われたらどうしよう。もう二度とおしゃべりしたり、笑ったり怒ったり泣いたりできないかも知れない。

 

一人ぼっちになってしまうかも知れない。いや、そんなのいや!混乱と焦燥の極みのはてに、なっちゃんはドアを開こうとした。もう全部全部話してしまおう。そう衝動的に思ったのに。そしたら、聞こえてきたのだ。

 

 

「そーだ、ねえ、なっちゃんはどうするの?」

 

 

いや。

 

 

「え?なっちゃん?そりゃ、待っててもらわないと危ないだろ、女の子だし」

 

 

いやだよ。

 

 

「うん、オレもそう思う。でもなっちゃん大輔にべったりだし、納得するかなあ?」

 

 

そんなのいやだよ。

 

 

「大丈夫だって、なっちゃんも分かってくれるだろ」

 

 

そんなのいやあっ!

 

 

一方的な会話は、なっちゃんの心に止めを差した。大輔とブイモンの会話を中途半端にしか聞き取れなかったなっちゃんは、置いて行かれる!という反射的な捉え方をして戦慄した。強烈な恐怖に直面したなっちゃんは、進化の光を帯びていることに気付いた。

 

今ここでなっちゃんが凶暴なデジモンであることがバレてしまったらすべてが終わる。怖くなったなっちゃんは、いつもならば昨日の山林のように、感情に任せて破壊の限りを尽くすのを我慢した。疲れて眠ってしまうまで、我を忘れて、八つ当たりをしまくるという行動を生まれて初めて我慢した。

 

気付いたとき、クッションはズタズタになっていた。そして、怖くなって逃げたのだ。

 

 

それを勘違いして助けに来てくれた大輔は、どこまでもやさしい男の子だった。でも、同時になっちゃんを傷つけていく。

 

パートナーデジモンは、ずっと一緒にいる、友だちみたいな、家族みたいな、相棒みたいな、言い表せないくらい大切な奴だと語った大輔は、運命共同体なんだとはにかんだ大輔は、なっちゃんが今まで観てきた中で1番、きらきらしていた。

 

大輔によれば、みんなパートナーデジモンと一緒にいるという。なんだ、勝手に舞い上がっていたのは自分だけだったのか、居場所なんて入る余地が無いくらいの繋がりがあるのか、と心の底からパートナーを求めてきたなっちゃんに、他ならぬ大輔が言い切ったのだ。何も知らないまま、残酷な言葉を告げたのだ。

 

 

「うん、大丈夫。なっちゃんにも見つかるって。ブイモンみたいな奴がさ。きっとどっかでなっちゃんのこと探してるよ。だからさ、ここから出て、一緒に探しに行こう、なっちゃん。すぐに行けるわけじゃないけど、絶対会えるって。心配すんなよ」

 

 

ずっと会いたいと思ってきた存在が、理想に近い存在が、なっちゃんに向かって、はっきりと言い放ったのだ。もう、なっちゃんは、我慢の限界だった。そして、癇癪を起こす。きらい、だいっきらい、いらない、大輔もブイモンもいらない、どっかいけ、どっかいっちゃえ、こわれちゃえ!

 

彼女は生まれて初めて、孤独のあまり耐え切れずに暴走する形でしかしたことがない進化を、自らの意志で行った。今までは進化している間の破壊行為は、どこか朧気な記憶の彼方でしかなかったけれども、凶暴で凶悪で、大きな大きなデジモンに進化してしまった彼女は、はっきりと意志を持ったまま暴れていた。

 

 

彼女の涙がデータチップとなってこぼれていく。彼女の助けてという叫びは、禍々しい怒号に姿を変えていた。かつて闇貴族の館と呼ばれていた主無き洋館は、彼女の命の灯火でみたされていく。

 

蛍のように、雪のように、ほんのりと白くて淡い光が溢れていく。ひとつひとつが零れ落ちていくたびに、砕け散っていくたびに、近付いてくるのはリミット。なっちゃんというデジモンの消滅は秒読み段階に入っていた。

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