(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第36話

 

黒い影が重厚な造りをしている木製の螺旋階段の手すりを飛び越え、べきりと重量に耐え切れず歪んだ踏み台にして、思いっきり跳躍する。落下していく。まだまだ届かない。視界を遮るように雪のごとく降り注ぐデータチップの光が無数に飛来している世界を落ちていく。

 

瞬く間に見失ってしまった姿を懸命に追いかけるが、見つからない。必死にパートナーの名前を呼ぶが、届かない。どっけえええ!と業を煮やした真っ白な翼が、ごおっという突風を産み落とした。

 

 

吹き飛ばされた光のその先に、気絶したのかぐったりとしたまま落ちていく少年の姿を見つけた。真っ白な翼を持つ真っ黒なドラゴンが、全力で翔んだ。

 

鋭利な3本の爪で少年を傷つけないように柔らかく広げ、慎重に優しく、そしてまた二度とその手を離してしまわないように腕を広げる。しっかりと抱きしめたまま、天使の翼のような神々しいそれではなく、たくましく進化を遂げた勇姿に相応しい屈強なそれで浮力を生む。

 

 

反転する。そして、どおおおん、という豪快な轟音と共にエントランスホールにもたらされる衝撃が、清潔感溢れていた綺麗な床に食い込んでいく。みしみし、べきべきと強大な両足が床を破壊していく。

 

反動で少しだけ後退しながらも、しっかりと大地に立つために鍛えあげられた3本の巨大な爪が、床に深く深く食い込み、着地を無事成功させた。生まれて初めての飛翔も着地も全てはパートナーを助けるために、無我夢中で、全力

で、その為だけに行われた。

 

 

吹き抜けの上空ではシャンデリアが振り子のように揺れている。静寂が世界を支配する。しばらくの沈黙。呼吸すら忘れていた。守るために広げて抱き抱えていた青い腕がゆっくり開かれる。

 

 

「大丈夫か、大輔?」

 

 

大輔と呼ばれた少年が生まれて初めて聞いた声である。まるでオーケストラの演奏を支える重低音のように、ズシンと来るとっても響く声である。大輔を軽々と抱え上げてしまうほど大きな大きな存在にもかかわらず、鼻先にある鋭利な刃物のようなツノが大輔を傷つけないように苦心して、本当は今すぐにでも頬ずりしたいのにできないもどかしさに、うずうずしている。

 

 

一口で大輔を飲み込んでしまいそうなほど大きな口を持っているにもかかわらず、本気で心配そうな顔をして、ぎりぎりまで大輔に近づき、その様子を人目でも確認したいと覗き込んできている。

 

力加減がいまいちよくわからないのか、急に大きくなってしまったために距離感をつかむこともやっとらしく、進化前のように手をつないだり、抱きついたりする事ができず、勝手が違うためにどうしていいのかわからなくなって、涙目になっている。

 

 

口から胸部にかけて真っ白で、頭の額にはおなじみの黄色いV字マークが刻まれていて、月の浮かぶ空や星の照らす空のような漆黒に包まれている優しい相方を大輔は知っている。見上げたその先に、優しそうに目を細める赤い瞳を見つけた大輔は、思いっきり腕を伸ばして抱きついた。

 

 

「ありがとな、ブイモン!進化できたのか、おめでとう!」

 

 

ぎゅうと抱きしめて、歓喜に沸くパートナーに、かつてブイモンだった相方は、無事でよかったと心の底から安堵の笑みを浮かべた。

 

 

「ブイモンじゃないよ、大輔!エクスブイモン!オレ、エクスブイモンに進化できたんだ!」

 

「エクスブイモン?!」

 

「よかったっ、ホントよかったっ!大輔死んじゃうんじゃないかって思ったんだからなっ、心配させるなよバカ!大輔はいっつもオレに心配掛けさせてばっかだなあ、ちょっとは反省しろおおっ!」

 

「ごめんな、いっつも心配掛けて。エクスブイモン、助けてくれてありがとう!」

 

「へへっ、あったりまえだろ、オレ達運命共同体なんだから!」

 

 

図体ばかりが大きくなったものの、中身は全くブイモンの頃と変化がないことがおかしくて、大輔は笑ってしまった。ようやく進化することがかなった幻竜型の成熟期は、規則的な進化を遂げた個体の原種にあたるデジモンとして姿を現した。

 

ブイモンの頃からある頭のV字マークは健在であり、刀身のようなツノが鼻先に付いている。胸部には特徴的なV字にV字を反転して書き足したようなXマークが刻まれている。岩を粉々にしそうな強力な腕力と脚力を持ち、空を飛ぶことができる白い羽を持っているのがわかる。

 

 

拡散するデータチップの雪の灯しかない世界では薄暗いので、最初こそ大輔はエクスブイモンがよく見えていないのかと思った。しかし、しっかりと自分を抱きしめてくれている相方の腕は闇に同化しそうなほど黒暗である。

 

見慣れない配色にちょっとだけ大輔は戸惑っていた。成長期から成熟期に進化すると大きく姿が変わってしまうのは何度もこの目で見てきたものの、どこか面影が残っている、もしくは配色的に連想できるものがあったはずである。

 

 

チビモン、ブイモンと青い色に赤い瞳をもつ龍の面影があったし、大輔が遭遇したエアロブイドラモンも備えている特徴はそのまま継承されていたはずだ。

 

でも、エクスブイモンと名乗った相方は赤い瞳こそ同じとはいえ、その真っ黒な体はエアロブイドラモンとは全く異なるものである。これがあの時言っていた進化先が違うということなのだろうか。大輔のぶしつけともいうべき眼差しを感じ取ったエクスブイモンは静かに笑った。

 

 

「この姿がオレにとって一番ふさわしいんだ」

 

「え?どういうことだよ、それ」

 

 

きょとんとしている大輔にエクスブイモンは答える。デジモンの最も重要にして最大の特徴でもある進化というものは、この世界に存在するありとあらゆるもの、環境や生活サイクル、秀でた能力、かかわりのあるデジモンや人間などさまざまな影響を受けることで発生する。より強く、より強大な存在へと無限にその姿は分岐していくことが普通である。

 

 

だから、たとえ未来からやってきた同一個体のデジモンであろうとも、同じ進化形態を辿るとは限らない。今の大輔のパートナーとして最もふさわしい姿が黒のエクスブイモンということで、進化ツリーからデジヴァイスは自動的にデータをダウンロードして決定したのだ。

 

疑問符がたくさん飛んでいる相棒に、エクスブイモンは大輔と一番お似合いなんだって教えてくれた。あーそっか、ってようやく大輔は納得する。

 

 

エクスブイモンも大輔も知らないが、古代種の証であるフリー種ではなく現代種のウィルス種に進化したのは、外的要因が大きかった。このエリアはウィルス種しか本来存在することが許されない特殊な地帯であるため、万一他の属性のデジモンに進化してしまうとこのエリアからはじき出されてしまう。

 

そうなればウィルス種に進化しない限り二度とこのエリアに侵入することはかなわない。それはパートナーとの離別を意味する。エクスブイモンは本能的に拒絶したのである。

 

 

それに、チビモンは現代種として200年間も過ごしてきたために古代種であることを忘れてしまっている。純粋な古代種の末裔と接触した経験が皆無なため、本来得られるデータが皆無だったことが古代種への進化を妨げた。なによりも、このエリアにおいて大輔と共に生き抜くためにはもっとも適応した個体に進化した方がいいと本能的は選んだ。エクスブイモンは顔を上げる。

 

 

「大輔、後ろに捕まってて!」

 

「おわあっ?!」

 

「ほら、はやく!」

 

 

突然、大輔を支えていた両腕が大輔を抱えたまま右肩まで挙げられる。そしてそのまま手を離されてしまい、バランスを失った大輔は慌ててエクスブイモンの右肩にしがみついた。それだけでは心もとないので、背中にある羽の付け根辺りに足を引っ掛け、振り落とされないように首周りにある黒い突起に捕まった。

 

なんとかよじ登って捕まった大輔を確認したエクスブイモンは、吹き抜けを見上げる。シャンデリアが飛んできた衝撃波によって、ひとつ残らずガラスを割られ、パリンという音が響いて振り子のように揺れたかと思うと、その振り子作用に耐え切れなくなり、落下してきたのである。明かりを失ったエントランスホールは真っ暗になった。

 

 

エクスブイモンの咆哮が屋敷全体に反響した。胸部にあるXマークを中心に銀色の光がだんだん収束していく。振り落とされないように必死で捕まっていた大輔は、その光があまりにも眩しくて目を凝らした。

 

 

「エクスレイザーっ!」

 

 

耳をつんざくような轟音と衝撃で吹っ飛ばされそうになるが、なんとか根性で踏みとどまる。目も開けてられない中、Xを模した光線が解き放たれ、シャンデリアが跡形もなく破壊される。瞼の裏には残像。やがて緩やかに消えていったそれの代わりに、光を失った屋敷全体を覆い尽くしているのは、データチップの雪である。

 

 

すっげえ、とエクスブイモンの強さに仰天し、思わずつぶやいた大輔は、その光の雪が切り裂かれるのを見た。大輔が吹っ飛ばされる原因となったカマイタチが、ぶわっと切り裂くように上空を通りすぎていく。

 

そして遅れて聞こえてくるのは破壊音、そして砂埃の雨、エントランスホールに降り注ぐ洗礼は、まだまだ続いている。そのなかでまるで泣いているようにしか大輔には聞こえない、なっちゃんだったデジモンの泣き声だけが響いていた。

 

 

「なっちゃんは?!なっちゃんはどうしたんだよ、大輔!」

 

 

はっと我に返った大輔は、なっちゃん、と叫んだ。エクスブイモンの肩からよじ登り、まっすぐに上を指さして、ここにはいない少女の名前を口にした大輔に、えええっ?!とさっぱり事情が飲み込めないエクスブイモンは仰天の眼差しで大輔を見る。

 

チビモンからブイモンに、そしてエクスブイモンへとジャンプするように進化を遂げた彼は、螺旋階段から、3階の吹き抜けから落下していく大輔の姿を見ただけであり、一体何が起こっているのか分かっていないのだ。まさかなっちゃんがデジモンにやられてしまったのか、とアワアワするエクスブイモンに、悲痛な面持ちで大輔は搾り出すような声をだした。

 

 

「デジモンなんだ」

 

「え?」

 

「なっちゃんは、デジモンだったんだ!」

 

 

そして、感情をぶちまけるようにして、大輔はエクスブイモンに事情を説明する。3階のなっちゃんの部屋でなにがあったのかを。あくまでも大輔が理解できて考察することができる限界ギリギリの中で。

 

完璧になっちゃんのことを分かってあげられないことをもどかしく、歯がゆく、無力に思いながらも、必死で伝えた。想像力を必死で駆使して、頭の中がパンクしそうになるまで回転させながら、大輔がなっちゃんが零した心の叫びを言葉にして解きほぐしていく。

 

 

憶測に憶測を重ね、推理なんて到底言えないようなほころびだらけのなっちゃんの過去、正体、そして現在にいたるまでの経緯、を明らかにしていく。要領を得ない混乱ばかりが先行していた大輔の話が、ループしまくっていた話が、だんだんひとつにまとまっていく。

 

言葉を紡いでいくことで、エクスブイモンという第三者に説明するという行為を実行することで、大輔の中でも同時進行で理解が深まっていく。ぐっちゃぐちゃになっていた頭の中が整理整頓され、どんどん道が開けていく。結論を導きだす頃には、すっかり大輔は落ち着きを取り戻していた。根気強く聞き役に徹していたエクスブイモンが、そんな、と零した。

 

 

「ごめん、大輔。オレがなっちゃんのこと人だって勘違いしちゃったから、大輔まで思い込んじゃったんだ。オレがちゃんとしてたら、なっちゃんを傷つけなかったのに」

 

「どうしたんだよ?」

 

「ほら、オレ、なっちゃんと初めて会ったとき、なっちゃんの匂いかごうとしたでしょ?なんか変だと思ったんだよ。大輔となんか違う匂いがするから、おんなじ人間なのに変だなあって思ったんだ。それになんか覚えがあるなあって思ったんだ。でも、なっちゃん、ミミとか空みたいに普通の女の子みたいだったから、勘違いかなって思ったんだ。今ならわかるよ、大輔。あのデジモンの匂いとおんなじだ。外で見た、あのおっきな爪の跡を残したデジモンと」

 

「そんなこというなら、俺だって。なっちゃんがデジモンに進化するとき、すっげえ苦しそうだったんだ。吹っ飛ばされたって、何度だって近づいて、なっちゃんの名前呼んであげればよかったんだ。耳をふさいでうずくまってるなっちゃんの手をとってあげればよかったんだ。でも、何にもできなかった。なんにもできなかったんだよ!あんなに嬉しそうに笑ってた女の子を、俺のこと優しいって言ってくれた女の子を、大好きだって、言ってくれた女の子をっ!人間だってデジモンだって関係ない、助けなきゃ、こんなのってねえよ、悲しすぎるだろ!」

 

「うん、行こう大輔!なっちゃんを助けられるのはオレ達だけなんだ、急がなきゃ!このままじゃなっちゃん、消えちゃうよ!エネルギーをあんなに使いまくって、データチップ撒き散らしちゃったら、消えちゃうよ!」

 

「駄目だ、そんなの!ぜってーダメだ!」

 

 

大輔を乗せたエクスブイモンが一気にエントランスホールから、三階の吹き抜けへと駆け抜けた。生まれて初めて成長期から成熟期に進化を遂げたエクスブイモンは、全てが不慣れである。使い慣れている体とは到底スケールがケタ違いの巨体を手に入れ、力の使い方も体の使い方もぎこちなく、そして不器用だ。

 

勝手が違うために、イマイチ飛翔のスピードが安定しない。今まで大地しか走ったことがないため、空をとぶという感覚がつかめない。ピヨモンのように空をとぶやり方を成長期から知っているならば、初めて進化したバードラモンがメラモンと激突した空中戦のように、思うがままに飛翔することができるのだろうが、なんとなく、でしかやっていないエクスブイモンは本能に従うしか無い。

 

 

ただ無我夢中で、自分が今出せる全速力で、少しでも早く助けたいなっちゃんのもとに駆けつけるために、大空よりもずっとずっと狭い切り取られた円柱を真っ直ぐ突き抜ける。想いに任せて飛ぶしか無い。

 

パートナーの心に反応するデジヴァイスから伝わってくる感情が、さらなるパワーをエクスブイモンに注ぎこんでいく。ばさり、と真っ白な翼を広げて駆け上がったエクスブイモンと大輔が見たのは、地面を這い蹲るようにして、鋭い爪を床に突き立て、ずるずる、ずるずると進んでいく禍々しいオーラを纏うデジモンのなれのはて。

 

 

エクスブイモンと大輔に気付いたのか、耳をつんざくような咆哮を上げながら突進してくるように躍動したデジモンは、大きく爪を振り上げた。5本だった爪が3本になっている。力を失ったのか、それとも本来の姿に近付いているのか、わからない。

 

ただ、大輔の目には、大地に這い蹲るデジモンを覆い尽くしているのは、ガブモンがかぶっているガルルモンのデータのように見えた。まるで空気の抜けた風船をかぶっているようにみえた。

 

 

エクスブイモン目掛けて仕掛けられたと思われたカマイタチが、見当違いの方向に飛んでいく。そして破壊されていく壁。データチップ。狙いを定めているわけでは無いらしい。ただ本能で動くものを追いかけているわけでもないらしい。

 

子供の癇癪のごとく、八つ当たりのごとく、当り散らしているだけなので、非効率な無差別攻撃がエクスブイモンに襲いかかる。全くパターンも軌道も読めないため、仕方なくエクスブイモンはエクスレイザーでカマイタチを相殺させ、少しでも近づこうと心みる。

 

 

じいっとなっちゃんだったデジモンを見つめていた大輔は、はっとした様子で辺りを見渡した。大輔危ない!というエクスブイモンの焦った声ととっさの機転により、肩からバランスを崩して落っこちそうになった大輔は事なきを得る。なにやってんだよ、という呆れ混じりの声に、わりい、と生返事で返した大輔は、意を決した様子でありったけの声を張り上げた。

 

 

「なっちゃん、聞こえるだろ!オレだよ、大輔だよ!」

 

「大輔?」

 

「静かにしてくれ、なっちゃんの声が聞こえねえ!」

 

「声、聞こえるの?大輔」

 

「間違いねえ、なっちゃんの声だ。おーい、なっちゃん!聞こえてんだろ、返事してくれよ!あん時も言っただろ!声が小さくて聞こねえんだよ!」

 

 

怒鳴りつけるように叫んだ大輔の声に、まるで反応するようにデジモンが攻撃を仕掛けてくる。今までろくに命中する気配すらなかった衝撃波が、エクスブイモン目掛けて幾重の軌道を描いて襲いかかる。

 

慌てて必殺技でねじ伏せながら、なんとかなっちゃんの声を聞き取ろうとする大輔が落っこちないように注意しながら、エクスブイモンは大きく旋回する。どんどん屋敷が破壊されていく。真っ暗な屋敷を満たす光は、データチップだけである。

 

 

エクスブイモンには戦慄の咆哮にしか聞こえないが、どうやら大輔にはなっちゃんの声がしっかりと届いているようである。

 

大きく首を振ったり、そんな事ねえよ、勝手に決めんな、と怒鳴りつけたり、必死で説得したり、今にも泣きそうな顔で頷いたり、どうやら大輔はなっちゃんの暴走をなんとか止めようと躍起になっているようである。

 

データチップを自ら破壊していくたびに、なっちゃんはどんどん原型を失っていく。そんななっちゃんを前にして、必殺技も得意技も放つことなんてできないまま、大輔に望みの綱を託したエクスブイモンに出来るのは、ただひたすら、少しでもデータチップを吹き飛ばして、そこになっちゃんの攻撃を誘導することくらいである。

 

 

「ごめん、なっちゃん!寂しかったんだよな?オレとブイモンの仲の良さ見て、嫉妬しちまったんだよな?太一さん達にもみんなパートナーデジモンがいるんだって言って、なっちゃんを傷つけちまったんだよな?そんな事ねえよ!パートナーじゃなくったって、なっちゃんはオレにとって大事な存在だよ!勝手にきめんなよ!居場所なんて勝手に作っちまえばいいんだよ!いいんだよ、それで!な?」

 

 

目尻から溢れる熱さなんて気にしないまま、大輔は必死で言葉を紡ぐ。

 

 

「そんなことねえよ!オレがいてやるから!オレがずっと側にいてやるから!なっちゃんが思い出すまで、なっちゃんが全部思い出すまで、ずっと一緒にいてやるからさ!だから、約束しようぜ、なっちゃん。一緒に出よう?ここから出よう?なっちゃんの大切な人、パートナーが見つかるまで一緒に行こう?今度は一人じゃねえよ、オレもブイモンも、太一さんたちだってきっと力になってくれる!この世界にいなくったって、オレ達の世界に来ればいいだろ?あっちにはたくさん人がいるんだ、絶対に見つかる!だから、もうやめようぜ、なっちゃん!なっちゃん、今、どんな声出してるかわかるか?泣いてるんだよ!」

 

 

ぼろぼろと涙を流しながら、大輔が叫んだ。

 

 

「え?どうしたんだよ、なっちゃん、なっちゃん!?返事しろよ、してくれよ、なっちゃん!え?何だって?にてる?エクスブイモンが?なにに?え?なんだよ、聞こえねえよ!」

 

 

ぴたり、とデジモンの動きが止まる。なっちゃん?とつぶやいた大輔とエクスブイモンの目の前で、突如今までへばりついているだけだったデジモンのデータらしきものが、みるみる膨らみ始める。

 

今まで大輔たちがデジモンの腕、若しくは前足だと思い込んでいたのは、どうやら鉤爪であると気づく。廊下を這い蹲り、手すり越しにしか攻撃を仕掛けられなかったそれが、大きな翼を広げた。

 

 

「え?ほんと?ホントに思い出したのか、なっちゃん!」

 

 

その刹那、デジモンから強烈な電撃が炸裂し、エクスブイモンはそれをモロに右の翼に受けてしまう。がくんと揺れた体とエクスブイモンの激痛に伴う悲鳴が辺りに反響した。

 

 

「エクスブイモン、大丈夫かっ?!」

 

「大丈夫、ちょっとびっくりしただけだから。今度は当たらない!なっちゃんはなんて?」

 

「なっちゃん、思い出したみたいなんだけど、様子がおかしいんだよ!さっきまで会いたい人のことが思い出せないって苦しんでたのに、思い出した途端、また泣き出したんだ!行かないでって、置いてかないでって、私が悪いんだって泣いてるんだ!ば、馬鹿なこというなよ!なっちゃんが死んだらオレが悲しいんだよ、変なこというなああっ!」

 

 

エクスブイモンは大輔の絶叫に居ても立ってもいられなくなり、一直線にデジモンのもとに飛んでいく。大輔もエクスブイモンから落ちないぎりぎりのところで、ずいっと体を前のめりに出し、何とかなっちゃんに届かせようと左手を伸ばす。

 

なっちゃん!と何度目になるか分からない声を上げた大輔。このまま飛び降りてなっちゃんのところに飛んで行きやしないか、とひやひやし始めたエクスブイモン。

 

 

ぱたり、と攻撃がやんだ。あれ?と辺りを見渡した一人と一匹の目の前で、あれだけたくさんあったデータチップの雪はもうまばらになっている。デジモンの上げていた咆哮が、今まで聞いたことがない甲高い音となったとき、データチップが再び本来の主のもとに戻って行く。

 

収束していく光に包まれていく。大輔を乗せたエクスブイモンは緩やかに近づいていった。その光が人の形を作っていく。そこにいたのは、なっちゃんだった。大輔はエクスブイモンから飛び降りると、一直線になっちゃんのもとに駆け寄った。

 

 

「なっちゃん!」

 

「だいすけ」

 

「なに?」

 

「だいすけがだいすきなおなまえ、わたしがもらえなかったおなまえ、なんだっけ?」

 

「え?」

 

「おしえて」

 

「ジュン、ジュンだよ、なっちゃん。俺の姉貴の名前。俺にとっては、たった一人の姉ちゃんの名前」

 

「じゅん?」

 

「うん」

 

「そっか、だからだめだったのね?」

 

「そう」

 

「ありがとう、だいすけ。また、あえてうれしかった。きえちゃうまえに、またあえて、ほんとにうれしかった。おもいださせてくれてありがとう、だいすけ。たいせつなきおく、うまれかわってもわすれたくないきおくをおしえてくれて。できれば、じゅんとあいたかったけど、もうだめみたい」

 

「なにいってんだよ!約束しただろ、一緒にここを出ようって!一緒にパートナー探そうって、約束しただろ!」

 

「ごめんね、だいすけ」

 

「やだっ!やだっていってるだろっ!いくなよおっ!まだ俺なっちゃんの名前教えてもらってないのに!」

 

「ほんとうにごめんね、だいすけ。わたしのなまえはまだおしえちゃだめみたいなの」

 

「なんだよそれっ!わかんねえよっ!」

 

「おねがいがあるの、きいてくれる?」

 

「なっちゃんはずるいよ。断れるわけ、ないだろっ」

 

「うん、ずるいわたしのおねがい、きいてくれる?わたし、かえりたいの。まもってくれた、いつでもまもられてたのに、ぜんぜんきづかなかったやさしいばしょにかえりたいの。わたしがうまれたばしょ。しんでしまうでじもんがかえるばしょ。はじまりのまち。つれていってほしいの」

 

「いくらでもつれてってやるよ!どこだって、いつだって、一緒に側にいてやるよ!だから、さ、そんな事いうなよっ!」

 

「ほんとうにごめんなさい、だいすけ。わたし、もう、ねむいの。すごくねむいの。こんなにあたたかくってしあわせなのひさしぶりなの。わたしがようねんきだったころにね、なんにもしんぱいしないで、ただおいしいごはんとふかふかのおふとんのことだけ、あそぶことだけかんがえていられた、あのころみたいなの。もう、ずっとよるはこわかったのに。いまはもうすごくしあわせなの。おやすみなさい、だいすけ。ありがとう。………だいすき」

 

「なっちゃあああんっ!」

 

 

伸ばした手は空を切る。色鮮やかな光に包まれて、なっちゃんだった光は、やがてゆっくりとひとつの力にまとまっていく。

 

溢れ出した涙が止まらない。止めどなく溢れ出していく涙が顔を伝っていく。その光が呆然と立ち尽くしている大輔の腕の中にすとんと収まった。光の中から現れたのは、暖かな鼓動を感じる、不思議な柄をした卵だった。

 

 

「デジタマだ」

 

 

進化の疲労をもろともせずに、一生懸命駆け寄ってきたブイモンがつぶやいた。もうろくに人間の言葉を発することができない大輔の嗚咽を聞きながら、後ろから大輔の肩に腕を回して頭を載せる。

 

 

「デジモンはね、死んじゃったらデジタマに戻るんだ。きっとなっちゃんは、データチップを使い過ぎちゃったんだ。疲れちゃったんだよ、大輔、寝かせてあげよう?ずっと安心して眠れなかったなっちゃんが、今度こそ幸せになれるように一緒にいてあげよう?始まりの街は、オレ達デジモンにとって、故郷みたいなものなんだ。家族みたいなものなんだ。だから、きっと大輔も気にいるとおもう。だからさ、オレが側にいるからさ、泣いてもいいんだよ?大輔」

 

 

こくこくと頷いた大輔は、デジタマをしっかりと抱きしめて、思いっきり泣いた。ブイモンも泣いた。この世界の主が失われたことで、この世界が存在意義を失って、緩やかに閉ざされていたデータが解除されていく。真っ暗だった世界は一転して、青空と一面花畑の丘へと変貌を遂げたが、そんな事気にしないまま、一人と一匹は名前も知らないデジモンのために泣いた。

 

涙が枯れた頃には、きっとまた立ち上がって一緒に歩くことができると知っているから、今はただ何にも考えずに感情に任せて泣いた。なっちゃんのことだけをずっと想っていられるほど、他のことそっちのけで一つのことに永遠にとらわれていられるほど、大輔もブイモンも子供ではない。

 

 

その残酷さと恐怖を知っているからこそ、なっちゃんからのお願いごとを叶えるために、進むためには必要なことだと本能的に分かっているからこそ、わんわんと泣いたのだった。誰かのために流してあげられる涙は、きっと強さになる。

 

大輔にとっても、ブイモンにとっても。穏やかな春の陽気に包まれた楽園で、ずっと大輔達はいた。そこは見渡すかぎり花畑が広がっている。花言葉なんて知らない大輔もブイモンも気付きはしないけれども、それはなっちゃんからの最後の贈り物だった。

 

 

咲いているのは、ネリネ。ダイヤモンド・リリーとも呼ばれる花である。花言葉は、輝き、忍耐、華やか、箱入り娘、幸せな思い出。そして、また会う日を楽しみにしています。また会いましょう。

 

 

 

 

DIGIMON DISCOVERY

 

エクスブイモン(黒)

 

ウィルス種

 

成熟期

 

ブイモンが規則的な進化を遂げたエクスブイモンの亜種であり、古代種としてではなく現代種として進化した突然変異の幻竜型デジモン。必殺技がエクスレイザーであること。得意技が炎を繰り出すハーティシャッター、強靭なあごでかみ砕くストロングクランチであることは同様だが、邪悪な雷を操る事ができる蒼雷という技が追加されている。他の個体でエクスブイモンを見たことがないため、大輔たちはエクスブイモンという個体は黒いものであると勘違いし、エクスブイモンと呼称することにしたようだ。

 

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