ねこやひよこ、ことり、クレヨンで描いた微笑ましいイラストが並んだサイコロクッションが塔になっている。てっぺんは三角形だったり、にっこり笑ったお星さまだったり、ハートマークだったりして綺麗な工作のようだ。玩具の生っている木々に揺られて、木陰には生まれたてのデジモンが眠るゆりかごがある。
好奇心旺盛でいたずら好きそうな眼がきょろりと大輔とブイモンを見上げる。9本の尻尾をクジャクのように広げて威嚇の体制を取ろうとしていた成長期のデジモンは、くたくたの大輔たちにくっついている幼年期の大群にしばし言葉を失った。
侵入者が幼年期を襲うことが多々あるから神経をとがらせていたのだが、むしろこれは幼年期に侵入者が襲われてる光景である。少なくてもこいつらは大丈夫そうだと第六感が告げたので、雷による奇襲は取りやめた。
「何やってんだ、ベビーたち。っつーか、お前ら誰だ」
夕食時にもかかわらず、もっと構って構ってとわらわら集まってくる幼年期デジモン達の元気に圧倒され、もうすっかりへとへとになっていた大輔とブイモンは、これ幸いとばかりに助けを求めたのだった。
「お、お、おちびっ、おちびじゃねーかっ!この柄のデジタマは間違いない!4年前にどっか行っちまったおちびだっ!どこいってたんだよーっ、心配かけやがってこの野郎っ!」
よかった、と心から大輔は思った。なっちゃんの帰りを待ってくれているデジモンがここにいるのである。きっと寂しくはないだろう。大輔の手から引ったくるようにして、なっちゃんのデジタマを受け取ったエレキモンの反応は、それはそれは嬉しそうだった。
ぎゅうう、となっちゃんのデジタマを割れてしまうのではないか、と大輔達が心配になるほどのありったけの力を込めて抱きしめた。感動の再会を体全身で喜んでいる。頬ずりして、うさぎのような耳を押し当て、デジタマの鼓動を感じて生きていることを噛み締めている。
よかった、ホントによかった、と涙すら浮かべているエレキモン。このはじまりの街で生まれてくる幼年期のデジモン達をベビーと呼び、毎日のように小川から魚を取ってきたり。果物を山ほど持ってきたり、遊び盛りのデジモン達相手におもちゃを提供したり。
時には一緒に遊ぶ、この街のみんなのお父さんとお母さんを一手に引き受けているデジモンである。エレキモン曰くなっちゃんがこの街を飛び出すころから、このエレキモンはずっとこの街でたくさん生まれてくるデジモン達の世話をし続けているらしい。
卵の柄だけで判定してしまうということは、この膨大な数のデジタマも幼年期のベビーたちのことも、デジタマの頃から全て知っているようだ。はじまりの街では、デジタマは時間経過若しくは刺激を与えられることでデジモンが誕生し、自動的にデジタマが揺りかごにデータ変換されているらしい。
たくさんの揺りかごが広がっている。ブイモンも生まれたばかりのことはよく覚えていないけれども、ここに来ると懐かしい気分になるらしい。きっと4年前、大輔がまだ4歳だった頃になっちゃんはここで生まれたのだろう。そう思うとなんだか不思議な感じがする大輔とブイモンである。
デジモン達はここで生まれて、幼少期を過ごした後に、みんな一人で生きて行くために旅立っていく。ブイモンが言うので、特別番組で見たサバンナの動物の親子を追いかけたドキュメンタリー番組を思い出した。大輔は、野生の動物達の生きる過酷さを幻視した。
ということは、と指を広げて数えてみる。ひょっとしなくても、なっちゃんが探し続けていた大切な人は。なっちゃんの前のデジモンの記憶なわけだ。少なくとも4年前よりまえに出会ったことになる。これは困ったことになった。
なっちゃんが会いたがっていた人に、なっちゃんのことを知らせたい大輔は、この世界でもし太一達以外に誰かと出会えたなら、聞いてみるつもりだった。もしくは元の世界で聞いてみるつもりだった。あの時大輔はなっちゃんに一緒に捜そうと言ったが、4年である。
さぞかしなっちゃんの放浪の旅は過酷を極めたのだろうコトを思うと、胸を締め付けるものがある。あの時はなっちゃんを助けたい一心で、思いつく言葉を片っ端から並べていたけれども。大輔の話すこれからになっちゃんが共感してくれたというよりは。大輔が必死になってなっちゃんでは無くなってしまったデジモンに向けて。
ずっと耳を傾け、話し続ける直向さが響いたのかも知れない。今となっては確認するすべがないし、大輔の中では既に完結した世界にいる住人である。うだうだと考えるのは性に合わないと考えるのをやめた。
デジモンなんて変わった生き物に出会った人がもし元の世界にいるのなら、きっと世界中どこにいたって必ず日本に飛び込んでくるニュースにあるはずだ。新種の動物発見、とかなんとかいう情報で。
こういう時こそ、出版関係の仕事についている父親にお願いして調べてもらえばきっと分かるだろう。今こうしてはじまりの街に帰りたい、というなっちゃんとの約束を果たすことが出来た大輔とブイモンは、肩の荷が降りたのか顔を見合わせて笑った。
「本当にありがとうな、お前ら。えーっと、名前は?」
「俺は本宮大輔っつーんだ。こいつはブイモン」
「よろしくな、大輔のパートナーのブイモンだよ」
「おう、よろしくな」
「なあ、なっちゃん、いつぐらいに生まれるんだ?」
「なっちゃんだあ?なんだそりゃ。このオチビ、なっちゃんモンってのになったのか?聞いたことねえぞ?」
不思議そうに首を傾げるエレキモン。あー、と今さらながらになっちゃんのデジモンの時の名前を知らないことを自覚した大輔。あはは、と苦笑いを浮かべた。まあいいけどよ、と深入りするほど興味を見いだせなかったのか、エレキモンはあっさりと話題を切り替える。
ちっと待ってろ、聞いてみる、と耳をデジタマに押し当てて眼を閉じる。とくん、とくん、という鼓動がデジコアの音として聞こえてくる。んー?と眉を寄せたエレキモンは、おいおいおい、と呆れた様子でなっちゃんのデジタマを見た。
「こんの甘えん坊、あんときは口だけは一丁前なこと抜かして、この街を飛び出しやがったくせに、今度はずーっといたいだあ?ったくしょーがねえなあ、ここがどんなにいい場所か気づくのが4年越しなんて遅すぎんだよ、オチビ。今度はゆっくりしてけ、あん時いられなかった時間を思いっきり堪能しろ。いつでも生まれてきていいからな」
「え?言いたいことが分かんのか、お前!」
「ちょ、本気にするなよ、大輔っていったっけ?ちょっとしたジョークじゃねえか」
「なんだよ、紛らわしいな」
「まさか本気で引っかかるとは、ぶわっはっは」
「笑うんじゃねーよ、ブイモンもエレキモンも、オレに失礼だろ!」
エレキモンとブイモンに指を刺されて笑われた大輔は、笑うなーっと顔を真赤にして怒るので、ますます笑いを助長させる。
いや、お前のそういう単純なトコ好きだぜ、と言われたが、全然嬉しくない。エレキモンと大輔って似てるなあ、とつぶやいたブイモンには、一人と一匹は間髪入れずに否定した。まるで始めから打ち合わせをしたかのようなコント仕様に、ますますブイモンは笑ってしまう。
「ったく、あいつらが似てる似てるいうから、どんなにかっこいい奴なのかと思えばこんなやつかよ、バカにしてやがる」
なっちゃんのデジタマを抱っこしたまま、憮然とした様子でエレキモンは、胡散臭そうな眼差しで大輔を上から下まで見つめる。うん、俺のほうが百倍かっこいいなと言い切られ、大輔はますますいらいらが蓄積されていくが、ここでいちいち反応していては何時まで経っても話が続かないとばかりにブイモンが先を促すので、しぶしぶ聞かない振りをする寛大さを見せた。
オレって大人だなあと自己陶酔にも似たボケは、お調子者の悪い癖が出ていると判断して、ツッコミを放棄したブイモンによって軽くスルーされた。
こほん、と気を取り直す形で会話を再会したエレキモン曰く、なっちゃんのデジタマの様子から考えるに、ずいぶんとデータに欠損が見られるから、自己修復する期間が相当長引くことを考えると、生まれてくるのはずーっと先だと聞かされた。
デジモンは生まれてきたい時に生まれてくるため、はっきりとした日数までは断言できないらしい。記憶の継承の有無は完全にアトランダムに行われる。なっちゃんの頃には記憶が中途半端に継承されたからと言って。次に生まれてくる幼年期が必ず同じ姿とはいえども、同じようにいく可能性は全く保証できないとのこと。
ただ、もしその記憶の継承がなっちゃんのデジタマにとって重要だとこの世界が判断した場合は、意図的に介入してくることもあるらしい。最近この世界がおかしくなっていると本能で感じ取っているエレキモンは、ちょっと難しいかも知れないと言葉を濁した。
なっちゃんのことを考えるなら、記憶が完全に継承されないほうが新しい人生をちゃんと真っ直ぐ歩いていけるコトは分かる。やっぱり忘れられてしまうということは、とっても悲しいことである。大輔もブイモンも共通して考えたのか、悲しそうな顔をしていた。
なっちゃんのことを聞きたいかと聞いたブイモンに、エレキモンは微塵も興味がない様子で首を振った。エレキモンにとっては、はじまりの街に帰ってきたデジタマと生まれてくる幼年期のベビー達の幸せが全て。
人生を終えたデジモンの歩んできた旅路などには微塵も興味がないらしい。どうでもいいとあっさり流されてしまった。そっか、と残念そうに肩をすくめた一人と一匹に、よっぽどこのオチビと仲が良かったんだなあと判断したらしいエレキモンは、にひひと笑って胸を張ったのだった。
「まあ、オイラにどーんと任せとけよ。オイラが責任持ってこのデジタマは育ててやっから。お前らのこと覚えてようが、覚えてなかろうが、会いに来てやってくれ。お前らおチビたちに相当遊ばれ、げふんげふん、気に入られてるみてえだからな、あいつらと一緒で大歓迎だ。しっかし、ホントに今日は訪問者が多いなあ」
突っ込まない、突っ込まないぞ、と心のなかで葛藤を押さえ込みながら、大輔はさっきから出てくるあいつらとやらについて聞いた。
たくさんいるベビー達にこれから今日のご飯を配るのだ、これはオイラの仕事だから生きがいを分捕るな、とあっさり手伝いを断られてしまった大輔とブイモンは、案内されたとおりにはじまりの街を進んでいった。もくもくと煙が立ち上っている赤い屋根の煉瓦の家にたどり着く。
エレキモンの家には、どうやら大輔たち以外の訪問者が泊まるらしい。ベビー達のご飯は処理も調理もされていない生の魚まるごと一匹とか、固い殻に覆われた果物とかが見えてしまった大輔達は、まともな食事にありつけるだろうか、ととっても心配していたのだが、エレキモンから訪問者の名前を聞いた途端、杞憂だと悟った。
いい匂いがしてくる。これは魚を焼いているのだろうか。昨日の夕食はマシュマロサンドと水だけである。今日にいたってはまだ何も食べていない。さすがにグーグーうるさい腹の虫に我慢の限界を超えつつあった大輔達は、迷うことなく、ちょっと背伸びしてピンポーン、とインターホンを押した。
まだ元気があったならば、きっとピンポンダッシュとか意味のないイタズラを仕掛ける頭が回ったのだろうが、もう腹が減りすぎて言葉少なになりつつある大輔達は、そんな意地悪をすることなく普通に玄関前に立っていた。
もしそんな事をしてしまえば、また相手を怒らせてしまい、家に入れてもらえなくなることは容易に想像できるので、即刻却下された。彼らの懸命な選択は、かねがね正解と言えた。はーい、というお行儀のいい声と共に、がちゃりとドアを開けたのは一日ぶりの友人だ。
「エレキモンはいませんけど、どちらさ……」
ひょっこり顔を出した緑帽子の少年に、よう、と軽く会釈をした大輔、そしてヤッホー久しぶりとぶんぶん手を振るブイモン。言いかけた言葉を紡ぐのも忘れて、まじまじと突然の訪問客をみた彼は、大きく目を見開いて、あ、あ、と大きく口を開ける。
おもしろいくらいに硬直している少年を疑問に思ったのか、どうしたのー、と少年の足元をくぐり抜けて、よちよちと二足歩行でやってくるデジモンは、大輔たちを見るなり、全く同じ反応をして固まった。まるで亡霊を見るかのごとくな扱いに、ちょっとだけショックを受ける大輔である。
「なんだよ、久しぶりに会えたってのに、その扱い。ひどいじゃねーか。どうしたんだよ、タケルもパタモンも」
どこまでも脳天気なお調子者の久しぶりの声を聞いたタケルもパタモンも、じわっと目頭が熱くなったのか、泣きそうな顔をする。
「ちょ、なんでお前らが泣くんだよ、大げさだなあ」
大輔の予想を遙か斜めに飛んでいく反応で、タケルとパタモンは迎えてくれた。見当違いの勘違いをしてわたわたと慌てている大輔。
どうして集団行動を絶対視しているはずのタケルとパタモンが、たった1コンビだけではじまりの街にやってきたのか。疑問に思うわけもなく、ヤマトさんに殺されるという恐怖に怯えている。タケルとパタモンは、太一達と一緒に行動しており、たまたまはじまりの街に辿り着いたところに合流できたのだろうと思ってやまない。
洋館からなっちゃんの世界に迷い込んだ大輔達は、昨日の夜からタケル達に何があったのかなんて、全く知らないのである。
泣くなよ、と戸惑いと困惑に翻弄されながら狼狽しきっている大輔には、全く事情が把握できない。訳がわからない。意味不明である。タケルだけでなくパタモンまで泣きそうになるなんて、相当ヤバい事態であることくらい大輔にもわかる。
ドアをばーんと勢い良く空ける音がして、びくりと肩を揺らした大輔に待っていたのは、泣き崩れるタケルの姿である。ぎょっとした大輔はこっちが泣きそうだよ、と思いながら、どうしたんだよ、と慌ててタケル達のもとに駆け寄った。
タケルが本気で泣き出すところなど見たことがない大輔は、とりわけ人前に涙を見せるような性質ではないと知っているため、あまりにもかけ離れすぎた突発的な行動には、もう白旗ぱたぱたのお手上げ状態だった。タケルがそんな大輔の様子を見て、ぐしぐしと涙をぬぐいながら言葉を荒らげた。
「大輔君のばか!今までどこに行ってたんだよう!急に居なくなっちゃうから、みんなで探したのにいないから、突然消えちゃうから、ほんとに、ホントに心配したんだからね!なんでなんにも言わずにどっか行っちゃうんだよう!僕達友達でしょ?酷いよーっ!みんな、大輔君達のコト傷つけちゃったから、どっか行っちゃったのかとか、デジモンに攫われちゃったのかとか、ホントに心配したんだからね!僕が大輔君のこと、嘘つきだって言ったから、怒ってどっか行っちゃったのかと思ったんだから!大輔君たちのこと信じてあげられなかったから、ホントにどっかに連れてかれたんじゃないかって、すっごく怖かったんだ!僕が一人ぼっちになることが一番怖いの知ってるくせにーっ!大輔君のばかばかばか!」