一気にまくし立てられても、全然状況が飲み込めない。とりあえず、うんうん、と大きくうなずいているパタモンやひたすら言いたいことがループしているタケルの混乱迷走ぶりから、大輔とブイモンがいなくなってから、みんなが心配して色々と手段を尽くして探してくれたことは分かった。
大輔もブイモンも顔を見合わせる。そして小さく頷いてから、迷惑をかけてしまったことを謝罪する。ただいま、と笑った大輔に、こくこくと何度も頷いたタケルは、おかえりなさい、と返した。
ほっとしたせいか、タイミングを見計らったかのごとく、大輔とブイモンの腹の虫が騒ぎ始める。きょとんと顔を見合わせた一同は、まばたき数回、なんだかおかしくなって笑ってしまったのだった。
エレキモンの家で、久しぶりのまともな食事にありついた大輔達は、食器を洗って片付け、ソファに座る。そして、お互いがどういった経緯でこのはじまりの街に辿り着いたのか、話しあうことになった。
大輔とブイモンがいなくなったことに気付いた太一達は、大輔とブイモンが怪奇現象の件で孤立を深めつつあることを知っていたから、焦った。小学校2年生のくせに、やたらと自立心に溢れ、積極的な行動をとる大輔は、思い込んだら一直線に突っ走ってしまうことをみんな知っている。
追い詰められた大輔が取るであろう行動なんて、全然予想することができないのである。太一達に愛想を尽かし、自暴自棄になってブイモンと一緒に飛び出してしまったのかと思って、洋館の周囲を捜し回る。
洋館に勝手に上がりこんで、持ち前の好奇心旺盛な本能に従って、勝手に探検を始めているだけかも知れない、と思って洋館中駆けまわる。とうとう夜になっても見つからない現実に直面した太一達は、大輔とブイモンの危機を予感してしまう。
デジモンに攫われてしまったのかと思われたが、進化の疲労でろくに立てない有様のデジモン達の代わりに、唯一元気だったパタモンが証言した。
みんな以外の気配は感じないし、物音ひとつしなかったと。屋敷中をうろついた太一達が誰一人として大輔とブイモンをさらう現場を目撃しないのはおかしいし、いざとなったら何がなんでも抵抗して助けを求めるのが大輔である。そうやすやすと誘拐されるとは考えづらかった。
そして大輔達の最近の行動や言動でおかしなことがなかったか、という推理パートにおなじみの情報集めが始まったとき、ようやく彼らは、大輔とブイモンの冗談だと聞き流していた怪奇現象に思い至り、誰一人としてまともに取り合っていなかったことに気づいて、戦慄する。
とりわけ大輔の必死の訴えを戯言として流していた太一とアグモン、そして大輔に嘘をついてはいけないよと結果的に見れば見当はずれの注意をしたタケル、パタモンのうけたダメージは尋常なものではなかった。どうしよう、という混乱が子供たちに広がっていくが、全然証拠も状況もわからないので、どうしようもない。
そして気まずい雰囲気が流れ始めた頃、誰かのお腹の音が間抜けに響いた。思わず笑ってしまった一同は、みんな疲れていて、お腹がすいているコトにようやく気づく。大輔とブイモンが心配なのは分かるが、みんながみんな、オロオロしていてもどうしようもない。もう遅いし、この洋館で泊まろうという方向でまとまったのだ。
タケルが話す洋館の構造は、なっちゃんの洋館とそっくりである。変な符合に不思議を覚えながらも、天使の絵画が飾ってあったという違いだけが妙に引っかかる大輔は、とりあえず話だけは全部聞きたいので、疑問は先送りして、先を促した。
思いがけない事態が起こり、警戒感も疲労でガタ下がりしてしまった一行は、次々と歓声を上げる。おいしい料理に温かい大浴場、それにフカフカのベッドまで用意されていたのだ、おもちゃの街以来のまともな衣食住が保証されている。
漂流生活を送っている子供たちには、思いがけない幸運だったのだ。料理のくだりに反応したのはブイモンである。肉や魚、果物、パン、スープという子供たちが発想できる豪華な食事があったというのだ。
タケルやパタモンが美味しかったねとやたら具体的にしつこい位に細かく説明するものだから、さっきご飯を食べたばかりだと言うのに、またお腹が減ってきてしまう気がして、いいなあ、とブイモンは喉を鳴らした。そして、みんなで10個あるベッドルームで眠ったら、大変なことになったといったんタケルは言葉を切った。
それというのも、それはすっかりみんなが寝静まった頃に起こったことであり、気がついたときにはそれに巻き込まれていたタケルとパタモンは、イマイチよく分かっていない。大輔たちに説明しようとしても、結局話せるのは自分たちが経験したことだけである。
気がついたらベッド以外は洋館が跡形もなく消えていて、デビモンというブイモンも知っている悪いデジモンが現れ、子供たちの乗っているベッドをそのまま中に浮かせたというのだ。振り落とされないように捕まるのに必死で、デビモンと太一、アグモンがなにやら喧嘩をしているようだったが、その具体的なやりとりまではわからない。覚えていない。
タケル達が覚えているのは、大きな満月を背に翼を広げて高笑いするデビモンのシルエットだけであり、ベッドがみんなバラバラに空を飛び、みんなと離れ離れになってしまったという事実だけが残された。
タケルとパタモンはふたりぼっちである。ヤマトたちとはぐれてしまった寂しさに耐え切れず泣き出してしまうタケルを見て、優しいパタモンはバードラモンのように進化して飛べない自分を嘆いて泣いたらしい。驚いたタケルは泣き止んで、パタモンと一緒に笑った。
この世界にきて初めてお互いしか頼れる存在がいないという状況下に置かれたタケルとパタモンが、今まで以上に仲良くなるのは早かった。とりあえず、ムゲンマウンテンが見える方向を目印に、ひたすら歩き続けた。そして辿り着いたのがはじまりの街ということである。
エレキモンとのちょっとした誤解から喧嘩になってしまったので、バトルを開始してしまったパタモンにタケルは困り果てる。大輔との3度に渡る喧嘩と仲直りの経験は、タケルからトラウマとも言うべき争いごとと対立に対する異常なほどの恐怖は払拭してくれた。
戦闘というものには未だに抵抗感があるタケルは、ベビー達が怖がっているという理由を盾に制止させた。子どもの喧嘩は仲直りできる、と学んだけれども、大人の喧嘩はすぐにごめんなさいすることができないのだ。みんなタケルの前から居なくなってしまう。
それなのにパタモンもエレキモンも、お互いがガキ扱いされることに怒っていて、大人は自分だと言いはるのである。そして戦闘する。タケルの中ではまだまだ心の奥底に刻まれた怖いことを再現しようとしてくるのだ、たまったものではない。
結局、タケルの思いついた綱引きによりパタモンが勝ち、エレキモンと仲良くなることができて、泊まって行けと言われたというわけだ。大輔くんは?と言われたので、大輔はタケル達に聞かせることにした。
パートナーを探して4年間一人ぼっちで生きてきた可哀想な女の子、優しいと言ってくれた女の子、大好きだと言ってくれた女の子、自らデジコアを粉砕してデータチップを撒き散らし、自分で自分を傷つけて寿命を縮めてしまった可哀想な女の子デジモンの話をする。
はじまりの街に帰りたいという約束も無事達成できたから、また生まれてくるから、その時にはまたこの街に会いに来るつもりである。そう締めくくった大輔が見たのは、なっちゃんの境遇を今の自分と重ね合わせたのかうるっと来ているタケルとパタモンである。そして、大輔が居なくなってしまったために、言いそびれてしまった遅すぎる謝罪をしたのはタケルとパタモンだった。
「気にすんなよ、お互い様だろ。だってオレ達がいなくなってからのことなんて、全然考えもしなかったもんなあ。そっか、みんな心配してくれたんだ。よかった」
「あたりまえだよ、大輔君もブイモンも、大事な大事な友だちだもん。みんな心配するよ」
「だって、だーれも信じてくれなかったじゃねーか、本気で泣きそうだったんだぞ」
「うん、本当にごめんね、大輔君にブイモン」
「まー、分かってくれたんならいいや。タケルもパタモンもいきなりみんなとはぐれたのは一緒だろ。ホントにあえてよかったなあ」
「うん、ホントにそうだよ。パタモンも一緒にいてくれたけど、やっぱり不安だったもん」
ね?と隣のソファで寝転がっていたパタモンに話題を振ったタケルは、え?と一瞬悲しそうな顔をしたパタモンを見た。
あれ?とタケルは思ったのだが、パタモンはうーうん、なんでもないよと笑って、すぐにタケルに同意してくれたので忘れてしまう。タケルは1日ぶりに再会できた友人との会話のほうに一生懸命になってしまう。タケルにとって、一番大切なヤマトお兄ちゃん、他上級生組は自分たちを守ってくれる頼りになる存在である。
大輔とブイモンは、彼らとはまた違ったつながりを持っている友達であり、毎日忙しいくらいにいろんなコトをしている対等な関係である。それに加えて、タケルはまだ無自覚だが、少しずつ大輔のことをライバル視しつつあり。
ちょっとずつ頑張って競うことを緩やかに促す存在であり。話を聞けばとうとうブイモンが進化してしまったと言うではないか。さすがにちょっと悔しいと思ってしまったタケルである。
じゃあパタモンはと聞かれたら、タケルは大輔たちと同じ友達だと答えるだろう。実際に今日でずっと仲良くなれたことをタケルは友達と称した。ただし、タケルの中では大輔よりもずっと自分に近い立ち位置にいる友だちである。一緒に寄り添って歩いてくれるパートナーデジモンを、タケルは心の何処かで自分と同じような存在であると認知していた。
みんなの中では一番ちっちゃくて、頼りなくて、弱くって、それでもそれなりに一生懸命守られる立場を一緒に頑張ってくれる存在。タケルの心理を一番理解してくれるのがパタモンだということが、なおさらそう思わせる。大輔やブイモンはタケルとは正反対の立ち位置だから、言葉で伝えてもイマイチ伝わらない感覚や意識をパタモンは掬いとってくれる。
タケルが一番自分に素直になれるのは、ちみっこい存在であるからこそのパタモンなのは、間違いなかった。パタモンも意外と人をよく見ているようで、言葉をかわさなくってもタケルの言いたいことを分かってくれるし、タケルもパタモンのいいたいことは全部分かっているつもりになっている。
だっておんなじだから。だからなのかもしれない。パタモンがエレキモンと喧嘩をしてから戦闘をしたことがショックだったのは。タケルにとってパタモンは一緒に寄り添ってくれる弱い者仲間であり、対立や戦闘を好まない性質のタケルのことを誰よりも分かってくれるのに、くれている筈なのに、タケルがやめてよ!と叫ぶまで、ずっと喧嘩をやめてくれなかった。違う側面が見えてしまい、怖くなったのだ。
いつもなら、タケルがいいならいいよ、と柔らかく受け入れてくれる、必ず賛同してくれる味方なのにだ。もちろん、タケルはパタモンに直接そうだよねと確認したことはない。だって会話すらいらない関係だから。そう思っている。
これは、お互いに無いものを補完しあう形で存在し、お互いに影響しあって成長していく他の子供達とパートナーデジモン達の関係性では、絶対に考えられないようなつながり方である。
パタモンとタケルは心理的にはどうあれどこまでも立場的には同じような存在で、お互いがひっそりと寄り添いあって、頑張っていくちょっと変わった関係だからこそ、タケルが結論を出した関係性である。
そうなったとき、パートナーが進化したことで着実に守る側へと成長していく大輔をうらやましいと思い、好ましく思うことは有れども、よわっちい自分たちを歯がゆく思う気持ちを自覚するまでには、まだまだ時間を必要とした。だから不安だったといった。
だってタケルもパタモンも弱いから。まだまだ大輔へのライバル意識が芽生える兆候が見えはじめたばかりのタケルは、よわっちい自分を自覚していて、守ってくれる存在があまりにも充実しすぎているせいで、今の立場で満足してしまい、これから先が浮かばない。
パタモンがはやく進化しないかなーとは思うものの、そこまで求めてはいなかった。だってパタモンが進化したら、よわっちいのは自分だけになってしまうではないか。そんなの嫌である。
パタモンの進化について考えたことはあったけれども、そこまで本気で考えてはいないタケルが想像するデジモンが、やる気のない、へんてこで、おもしろくて、笑っちゃうようなのばっかりだったのはそれが理由だ。
パタモンはすっかり怒ってしまい、そんなデジモンに進化するくらいなら二度と進化しないと言った。けれど、タケルからすれば進化はわりとどうでもいいので、えーそんなにイヤあ?と軽く流した。真剣に怒っているのに、とパタモンが落ち込んでいた本当の意味をタケルはまだ知らない。タケルはとりあえず、大輔とこれからをどうするかで作戦会議中だ。
「ムゲンマウンテンに登って、デビモンに会いに行こうよ、大輔君。お兄ちゃん達をどこにやったのか、聞かなくっちゃ」
「そーだなあ、エクスブイモンになったら空飛べるし、タケル達も一緒に行けるよな?」
「うん、大丈夫だよ。もし強いデジモンが襲ってきたって、オレがやっつけてやるんだ」
「よかった。僕とパタモンで明日出かけようねっていってたんだけど、どうしようかなーって思ってたんだ。ムゲンマウンテンにいくには、海を超えなくっちゃいけないんだ」
「え?なんだよ、それ。孤島じゃなかったっけ?」
「なんかね、起きたら島がバラバラになってたんだ」
「えー、まじでか、何があったんだよ」
「さあ?」
大輔もタケルもデジモン達もまだ直接デビモンというデジモンについて、悪いデジモンであるという情報しか知らない。目撃したはずのタケルも太一とアグモンがデビモンと言い合っていたように見えただけだ。ベッドでふたりぼっちの旅を強いられたけれども、直接攻撃されたわけではない。
何か理由があるのかもしれないと思って、そこまで深刻に考えてはいなかった。なにせ、今まで黒い歯車で操られていたデジモン達としか会ってないのである。デビモンだってそうかも知れない、と連想するのは無理もなかった。
大輔にいたっては、まずデビモンがどんなデジモンなのかすら分からない状態である。置かれた状況はなかなかに困難極まりないものの、情報の乏しさと状況を冷静に理解する知識も経験も無い二人にはちょっと早かったようだ。大輔はなっちゃんから聞いた、なっちゃん視点の情報しか知らない。
ますます実像とはかけ離れたイメージが形成されていく。天使のデジモンは、なっちゃんが一人ぼっちで寂しくなると、進化して暴走して自分の寿命を縮めてしまうことを知っていながら。毎日会いに来るという約束を破って、ある時を境に全く来なくなったのである。
天使のデジモンが来てくれるから寂しくない、と精神的に安定し、信頼し始めた頃にそんな暴挙をしたなんて信じられない。それが結果的になっちゃんが死んでしまう原因になったと分かっている大輔は、その天使デジモンのこともちょっと許せないでいる。
デビモンはそんななっちゃんの前に現れて、大輔たちがこの世界にやってくることを知らせてくれた上に、大輔となっちゃんをあわせてくれたのだ。なっちゃんの視点からみるとデビモンはまるでいいデジモンにしか見えない。天使デジモンしかなっちゃんの世界のことを知らなかったはずで。
なっちゃん自身それをちょっと不思議がってはいたものの。天使デジモンがなっちゃんを危険だから閉じ込めていると教えてくれた衝撃でどうでも良くなっていた。大輔はデビモンが天使デジモンから聞いたのだろうと考えているため。会いに行くというタケルの提案にはかねがね賛成だった。
「進化、かあ。なっちゃんと戦っちゃったんだよね?ブイモン」
「うん。でも大輔が、なっちゃんの助けてっていう声を聞いてくれたから、オレは迷わなかったよ」
「そっか。………進化って、戦うのと一緒なんだね」
もともと進化という必要性をそこまで重視していないタケルの中で、パタモンの進化にまたハードルが上がっていく。進化するということは、パタモンがみんなの為に戦うということとイコールなのだと、この時初めてタケルは気付いた。
今まで進化と戦いはタケルの中では別のものとして存在していた。アグモン達の戦いは観てきたけれども、やっぱり心の何処かでどこか遠い世界の話、自分には関係の無い話であると無意識のうちに切り捨てていた情報である。無理も無い。いい子であるということは、いろんなことを諦める名人でもあると言うことだ。
そう考えたときに、嫌だ、という想いが込み上げてくる。パタモンが傷つくこと、パタモンが傷つけること、なによりもタケルをおいてパタモンが背中を見せる立場になってしまうことは、タケルに言いようのない恐怖を感じさせる。タケルは何故かずっと黙ってうずくまっているパタモンを見た。寝てるの?と聞いたタケルに、パタモンはあわててあくびをして、つまんないから眠たいよう、と笑った。そして涙を拭う。
「ねえ、パタモンもやっぱ進化したい?」
「………え?そ、そんなことないよ?タケルは進化して欲しくないんでしょ?だったら僕、しないよ。タケルが望まないなら。それに約束したじゃないか、僕はこのままでいいって。ずっとこのすがたのまま、君のそばにいるって」
「うん! 約束だよ。ボクたち、ずっと友達だからね!」
微笑みあうタケルとパタモンに、ブイモンがんー?と首を傾げる。
「パタモン、タケルを守りたくないのか?」
「…………タケルがいいなら、僕はこの姿のままでいいんだ。だって、ブイモンたちが守ってくれるでしょ?」
おう、まかしとけー、と大輔が笑い、タケルもよろしくねと笑う。今にも泣きそうな顔をして笑っているパタモンに、ブイモンは納得いかなさそうな顔をして、再度問いかけるがパタモンは首を振る。
「なんでおんなじ友達なのに、こんなに違うんだろうね、ブイモン」
パタモンの小さなつぶやきが、笑い声に溶けていった。