(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第43話

「ねえねえ、ママ。聞いて、聞いて。あのね、恐竜がいたんだよ。すっごく大きな恐竜がね、すっごく大きな鳥さんとケンカしてたんだよ。だから、こうなったんだよ」

 

 

もうずっと昔の話で、タケルもヤマトも覚えていない出来事がある。まだタケルとヤマトが表面上は一般的なごく普通の家庭として、両親と共に暮らしていた頃の話である。

 

もう小学校1年生だったヤマトは、うすうす父親と母親の冷え切っていく関係性に気付き始めていた。それでも気づいてしまえばきっと家族は壊れてしまう。ばらばらになってしまう、と必死に現実から目を背けた。タケルのお兄ちゃんを「始めていた」。

 

 

新婚気分などとうに抜けきった家庭の中心が子供に緩やかに移り、夫婦は育児を通して初めての両親という立場を必死で学んでいき。父親、母親という役割を務めることにゆっくりと変化していき、それでもそこに確かな気持ちがあるのが一般的であるとされる。

 

しかし、もうすでに夫婦が共にある理由が、2人の幼い兄弟がいるからというただ一点の言い訳に使われ始めたとすれば。教育、世間体、金銭面、仕事、家族、親戚、という様々な理由を作るための枷として利用され始めたとすれば。それはとても悲しい現実だ。

 

まだ4歳だったタケルは、そんな事知らないまま、小学校1年生のヤマトとある日、大きな大きな恐竜を見た。すでに小学校1年生になり、物心が付いていたヤマトは、もちろん夢かもしれないそんなこと言わなかった。わざわざ両親にいうなんてことしない賢さが身についていたが、タケルはそうではなかった。

 

 

1994年のある日、それは後に光が丘テロ事件と呼ばれる出来事が日本を震撼させた、衝撃的なニュースの渦中にタケルの家族が巻き込まれた日だった。一夜にして光が丘の集合住宅地にある高層マンションを中心に、まるでテロ事件が発生したかのような無残な光景が広がっていたのである。

 

原因は不明、犯行を行ったテログループの声明もなし、警察の威信をかけた捜査も空転、結局迷宮入りしてしまった事件。そのマンションの住人たちはマスメディアに翻弄され、世間からの好奇の目に晒されるハメになった。もちろんほとんどの家庭は光が丘の高層マンションを引き払い、別のマンションに引っ越してしまうことになる。

 

マスコミ関係者だった父親、名のある小説家だった母親は世間に顔が知られている、いわば有名人一家であったタケルの家。まだ幼いタケルはまるで理解できなかったが、まちがいなくその出来事による一連の忙殺が家族の亀裂を決定的にしたのは間違いなかった。

 

テロ事件に巻き込まれた有名人一家、というマスメディアの恰好の餌食にされた。もともとお互いの仕事に関する姿勢や仕事内容、家族に対する考え方など。不満をかかえていた様々な問題が、一気に夫婦間に噴出してしまったのである。不慣れな対応を強いられた夫婦は、もう疲れきっていた。

 

 

毎日、仕事と家庭の両立、マスコミからの執拗なプライベート追求や無遠慮なまでにずかずかと家庭環境の不和を取りざたされ。それらから何とか子供たちを守ろうとしていた、キャリアウーマン、いわば自立した女性として知られた母親。テロ事件という渦中に突き落とした忌々しい夜のことを、愛しいわが子がそんなふうに表現したらどうなるか、いうまでもなかった。

 

 

「ああもう、またそんな空想と現実をごっちゃにして。一体誰に似たのかしら」

 

 

その瞬間、タケルにとって、大きな恐竜さんと大きな鳥さんの喧嘩は、夢の世界の出来事として、遙か記憶の彼方に忘却していくことになる。

 

やがて夫婦は離婚し、タケルは母親に引き取られた。父親に引き取られたヤマトがいるお台場の高層マンションから別れた。遠く離れた、世田谷区にある三軒茶屋に軒を連ねる高級マンションの一つに住居を移すことになった。

 

シングルマザーという言葉が書籍によって流行語になり一般化してから、まだ10年しか立っていないような時代である。今まで家庭安全神話が当たり前とされ、不可侵領域とされていた、タブー視されていた家庭内に存在する様々な問題。芸能人などのブラウン菅テレビの向こう側の世界ではなく、一般の家庭ですら起こり得ることに日本中の人々が気付き始めた。

 

 

学校もいじめや不登校という問題があり、決して子供たちにとって絶対視できる安全性を保証してくれる神話がもろとも崩れ去り。連日ニュースで報道されるような時代だった。なにが正しいのか、なにが間違っているのか。日本中の家族や学校関係者、世間が懸命に答えを探し、真剣に考えはじめた時代である。そんな時代に、離婚という選択肢をとった有名な小説家の母親は、シングルマザーになった。タケルという愛しいわが子を、なんとか立派な大人に育てなければならない。母親に掛けられたプレッシャーは尋常なものではなかったに違いない。

 

 

光が丘テロ事件について、空想に満ちた想像力を働かせる我が子は、このままで大丈夫だろうか。このままではいけないのではないだろうか、と母親が苦悩するのも無理はなかった。そんなこと知りもしない幼い息子は、普通を目指して苦心する母親に守られながら、愛されながら育った。

 

小学校に行って、友だちを作って、一緒に遊んで、そしてゲームや漫画といったサブカルチャーに興味をもつ普通の子どもになっていく。当時、まだまだ成長途中だった産業であるサブカルチャー文化は、まだまだ宝石とゴミクズがぐっちゃぐちゃの時代である。

 

大人が子供に与えてもいいと判断するのに必要な基準、いわゆるレーディングが設置されていなかった。そのため制作会社はいろんなゲームや漫画を発表することが出来た。一方で、子供を守るべき意識に目覚め始めた保護者達はその判断に苦心する。

 

 

サブカルチャー文化にまだまだ誤解や先入観がはびこっていた時代であり、関連の事件がお茶の間を騒がせるから無理も無い。タケルの母親もおもちゃ屋のチラシを眺めては、これがほしい、あれがほしい、と無邪気に笑う息子のことを心配する母親であり。ゲームや漫画を買うときには必ず一緒にでかけ、一緒に目を通してから、判断を下してOKをだしたものだけ与える。小学校2年生の子どもを持つ母親としてごく普通のことをしていた。

 

ちょっとだけしつけや教育に厳しい普通のお母さんだった。母親から向けられる期待と愛情を一心にうけたタケルは、ちゃんとした男の子として育っていく。残虐性や性的描写はもちろん、一般的な価値観から考えて、子供の教育上あんまりよろしくないものは排除された優しい世界で育つ。いいことはいいこと、わるいことはわるいこと、というシンプルな世界のなかで生きていることが許される、まだ小さな子供である。ちっぽけな子供でしか無いタケルにとって、今まさに繰り広げられている光景は、まさに悪夢と言えた。この出来事はタケルの根本を変えてしまうような影響を残さない代わりに。タケルが今まで生きてきた世界を支えていた価値観や常識、行動の指針となるものを何一つ残さない平地にしてしまうことになる。

 

 

 

 

 

タケルは必死で現在置かれている状況を把握しようとしていた。デビモンはわるいデジモンである。これは間違いない。 だって、デビモンは大輔から聞いたなっちゃんという女の子のデジモンが死んじゃうキッカケを与えたデジモンである。

 

それに、タケルとパタモンを守るために、果敢に立ち向かう大輔とエクスブイモンと戦っている。なっちゃんのことを知っているやつはみんなやっつけるなんて怖いことを平気で言っている。それににゅーっと生えてきた手で大輔の首を掴んで、ぎゅーっと絞めたのだ。ひどい、これってないよ、ひどすぎるよ。

 

 

さすがにここまで来れば、タケルだって、わかる。黒い歯車に操られているのが見つけられないデビモンは、みんなを傷つけるデビモンは、悪いヤツなんだって。やっつけなくちゃいけない奴なんだってことは理解できる。漫画やゲームで出てくる主人公にやっつけられる悪者なんだって分かる。いいデジモンじゃないんだ。

 

しかし、ほんとうに?と心の何処かで引っ掛かりを覚えてしまうのである。デビモンは本当に漫画やゲームに出てくるような、やっつけてもいい奴なんだろうか。だって、デビモンは天使だったんだよ?なっちゃんにいい子になろうねって、一緒に頑張ろうねって約束した天使だったんだよ?と心の声が問いかけてくる。

 

エンジェモンもいってたよ。ピッドモンっていうデジモンだったんだっていってたよ。エンジェモンはきっとエンジェルからだから、ピッドモンはきっとキューピットだったんじゃないかな。

うん、やっぱり天使だよ。きっと。もしかしたら、もとの天使のデジモンに戻れるかもしれないよ?なっちゃんだって大輔くんとブイモンが頑張ったおかげで、いいデジモンにもどれたんだから。

 

 

でも、ともう一つの声がタケルに迷いを生ませるのである。もう天使じゃないよ?エンジェモンが言ってたじゃないか。許せないって。天使がやっちゃいけないことをやったから、とっても怒ってるよ。デビモンはわるいデビモンになっちゃったんだから、もう天使じゃないんだから、関係ないよ?

 

いいデジモンだったことを知られたくないからって、いいデジモンだった頃のことを利用して、なっちゃんが死んじゃうきっかけを作って。大輔くんとエクスブイモンが戦えなくなっちゃってるんだよ?それって、悪いデジモンがすることより、ずっとひどくない?じゃあ、天使じゃないデビモンはわるいデジモンで、天使に進化したエンジェモンはいいデジモンなの?と自答する。

 

エンジェモンがはっきりとデビモンを倒すって、殺すって、あの世に送ってやるっていったことは、いいことなの?許されることなの?いっちゃいけないことはデジモンも人間も変わらないんじゃないの?今までタケルにとって、クリスマスに見る天使や漫画、ゲームに出てくる、絵本に出てくる天使は、いいこと、幸せ、正義の味方という正しいことの象徴だった。

 

 

パタモンが、進化しないって約束を破ってごめんねって言いながら、進化したときにはなんでって思ったけれども。大輔やエクスブイモンが危機に陥っているこの状況下で、進化したのはまさにタケルにとっては喜ばしいことだった。真っ白な天使に進化したパタモンは、エンジェモンになった。天使がエンジェルっていうことくらいタケルは知っている。

 

本来なら、パートナーデジモンであるパタモンが進化したのがエンジェモンなんだから。タケルの大切な友達なんだから。タケルはそんなこと疑問に思うことなく、そうだと肯定しなければいけないことくらい分かる。

 

 

それがタケルにはできない。どうしてもできない。むしろ、タケルは生まれて初めて天使に対して恐怖を感じている。それはもう、悪魔であるデビモンと同じくらいの恐怖を感じているのだ。

 

なんで、エンジェモンは、大輔くんを助けるためにデビモンを攻撃したときに、大輔くんまで巻き込もうとしたの?なんで、昔おんなじ天使だったデビモンとお話しすることもなく、一方的な蹂躙とも言える暴力をふるおうとしたの?

 

タケルが争いごとや対立が嫌いで、なかなか戦いに決心がつかないこと。パタモンにギリギリまで進化してほしくなかったことを知っているはずなのに、はっきりとタケルにも聞こえる声でデビモンを殺すっていったの?エンジェモンになってから、一度も僕のことをみてくれないの?話しかけてくれないの?

 

ずっと無表情で無言でずっと戦ってるの?エクスブイモンはブイモンの時と一緒で、大輔くんといっしょに会話が出来ているのに、どうして僕とエンジェモンは出来ないの?どうして、デビモンだけじゃなくて、エクスブイモンにまで攻撃してるの?

 

エクスブイモンが必死に説得してるのに、やめてくれっていってるのに、なんでやめてくれないの?エクスブイモンはエンジェモンから何度も攻撃を受けても、ただひたすら逃げまわってるのに。

 

 

あれ?なっちゃんの時みたいに、攻撃を攻撃でうち消しちゃえばいいんじゃないかな?ああ、そっか、大輔くんを抱えたまま飛んでいるから、攻撃できないんだ。もう逃げまわるしか無いんだと理解する。

 

デビモンに首を締められちゃったせいで、大輔くんは息をすることすら出来ないくらい苦しがっているんだ。意識も朦朧としてて、立てないんだ、しゃべれないくらい危ない状態なんだ、最初みたいにエクスブイモンの背中に乗れる元気はないんだ。

 

エクスブイモンはお腹にあるエックスからブームを発射して攻撃する、もしくは両手でパンチしたり、キックしたりする。大輔から聞かされていたタケルは、大輔を守り切ることに必死であるエクスブイモンが全てを封じられていることに気づいた。ますますエンジェモンがしていることが卑劣極まりないことに気づいて驚いてしまう。

 

 

エクスブイモンはすぐにでもタケルのいるところまで大輔を送り届けたいのだろう。だがデビモンからの猛攻があることを考えると、無防備になってしまっているタケルのところに行くのは危険極まりなく、エンジェモンがタケルのもとに近づけようとしないから、なおさら孤立無援になってしまっている。まるでリンチである。

 

防衛しか手段を取れない相手への一方的な暴力である。これではエンジェモンがデビモンの味方みたいではないか、エクスブイモンの味方のはずなのに。本当なら、エンジェモンはエクスブイモンと一緒にデビモンと戦わなくてはいけないのに!

 

おかしい、これっておかしい。一体どうなってるんだろう、何があったんだよう!タケルはもう何が何だか分からなくなっていた。

 

 

天使だとか悪魔だとか、悪いデジモン、いいデジモン、敵だとか味方だとかそういった考え方ではもう頭が追いつかないのだ。もう叫ぶしか無い。タケルは必死でエンジェモンの名前を呼んだ。

 

 

「っめて、やめて、やめてええ!やめてよ、エンジェモン!エクスブイモンに攻撃しないでよーっ!大輔君もエクスブイモンも僕達の友達でしょう?!なんで攻撃するの?やめてよおおおっ!」

 

 

タケルの必死の問いかけに、今まで沈黙を守っていたエンジェモンが、どこまでも無機質な声色で返す。

 

 

「何故そんな事を聞くんだい?」

 

 

タケルはぞっとした。まるでマネキンのようである。そこには一切の感情が感じられない。もうそこにはタケルの知っているパタモンの名残はどこにも見出すことが出来ない。まるでエクスブイモンと大輔に対して攻撃することに対して、何の疑問も抱いていないような様子である。いくらなんでもおかしい、とタケルは確信した。なんかおかしい。

 

エンジェモンはなんかおかしくなっている。だって、エレキモンと出会ったときに、なんだか大輔みたいだと言ったのはパタモンなのだ。短気でせっかちで喧嘩っ早いけど、守りたいものを守るためなら体を張って頑張ることができるり喧嘩をしてもすぐに仲直りすることが出来る、とってもイイヤツであると笑ったのはパタモンなのだ。

 

 

「だっておかしいよ!友達を傷つけるのはおかしいよ!」

 

「タケル、それは私が信じている正義と比べて、大切な事なのかい?」

 

「え?」

 

「私は善の存在なんだ。しかし、パタモンだった頃に、私は大輔やブイモンに対して嫉妬や妬みという負の感情を持ってしまっている。これはいけないことなんだ。私は完全なる正義の存在でなければいけないんだ。なくさなければいけない。だから私は、彼らを攻撃する」

 

「なに、それ」

 

「大輔達がいなくなれば、私は私としていられる。あたりまえのことをしているだけだ。タケル、どうしてそんな顔をするんだい?」

 

 

あまりにも無慈悲な発言に、無茶苦茶すぎる発言に、タケルはついていけない。エンジェモンは何を言っているんだろう、と必死で考えてみるのだが、全然理解出来ないのである。まるで宇宙人と会話をしているような気分になる。タケルにとってもはやエンジェモンの考えていることは、許容範囲を超えていた。

 

 

「デビモンもエクスブイモンというデジモンもウィルス種じゃないか」

 

「うぃるすしゅ……?」

 

「ウィルス種は悪いデジモンなんだよ、タケル。倒すべき敵なんだ。私達ワクチン種のデジモンはいいデジモンなんだ。ウィルス種は滅するべき宿敵なんだ。だからそんなパートナーをもつ大輔も私は許すことができないんだ。生かしておくわけにはいかない」

 

「そんな…なんでそんなひどいこというの?デビモンとエクスブイモンはちがうよ!エクスブイモンは僕たちの仲間で、大事な友だちなんだよ!一緒にしないでっ!」

 

「違わないさ」

 

「なんでっ!?」

 

「私には分かる。彼らは私たちとは違うんだ」

 

 

なんで、なんで、なんでっ!タケルの悲痛な叫びは満月の夜空に響き渡る。ウィルスとかワクチンとか生まれて初めて聞かされる単語ばかりでエンジェモンの言いたいことは微塵も分からないタケルである。

 

ただエンジェモンが事情を一切鑑みないでエクスブイモンとデビモンを同列扱いしていて、だからこそパートナーの大輔も許せないとまで断言する横暴さと傲慢さだけははっきりとわかった。仲間外れとは次元が違う、あまりにも理不尽な物言いはタケルにとってあまりにも強烈な衝撃をもたらした。

 

 

悪魔と天使の間には決して相容れない断絶があるのはなんとなくわかるけれども、なにやら難しい共通事項があるというだけで、問答無用でエンジェモンはエクスブイモンと大輔を敵と認定する。あまりにも無茶苦茶だ。友だちを否定された。大事な仲間を否定された。まぎれもないパートナーであるはずのエンジェモンから!

 

そして、エンジェモンはタケルの目の前でデビモンはおろかエクスブイモンと大輔もこの世から葬りさると断言しているのだ。なにもできない。ちっぽけな自分はなにもできない。必死で止めようと声を張り上げても、エンジェモンには届かない。どうしよう、どうしよう、このままじゃ大輔君たちがっ!!そんなの嫌だよっ!

 

 

タケルは必死で頭の中に浮かんでしまう最悪の事態を振り払いながら、エンジェモンに向かって訴え続けていた。タケルとエンジェモンの会話が続いている間も、エクスブイモンは懸命にデビモンの攻撃から逃げまわっている。最も警戒していた選ばれし子供とパートナーデジモンの成立しない会話を聞いていたデビモンが、心底愉快だとでも言いたげに笑った。

 

 

「相変わらず虫唾が走る!その傲慢なまでに自らの信仰する正義にそぐわないものを排除しようとする姿、まさにエンジェモンだな!自らに非があることは決して認めようとすらしない!だから私はダークサイドに落ちたのだ!」

 

「黙れ、デビモン。善良なデジモン達を黒い歯車によって操り、悪いデジモンに変えているお前を私は許しはしない!」

 

 

デビモンのいうことも、エンジェモンのいうことも、タケルにはどっちも正しく聞こえてしまうが、どちらも間違っているように聞こえる。どちらも極端すぎるのである。タケルからすれば、正義だとか、悪だとか、そういったものの前に、もっと大切な事がある気がしてならない。タケルはエンジェモンをよんだ。そして、問いかける。

 

 

「よくわかんないよ、エンジェモンの言ってること。僕にはわかんないよ。だって、だからって友達を傷つけていいことにはならないよ」

 

「………残念だな、タケル。キミは分かってくれると思ったんだけども。すまないが、私にもタケルの言っていることがよくわからないよ。デジヴァイスで伝わってくるキミの気持ちは、わからないよ。きみは喜んでくれないんだね。私はもう弱いパタモンではない。だから、キミのことを守ってあげられる。大輔達に頼らなくっても、私だけの力で君を守ることができる。でも君は喜んでくれないんだね、頼ってはくれないんだね、どうしてだい?君はデビモンと戦うことも、大輔やエクスブイモンと戦うことも、私が進化していることも望んでいない。では、君は私に何を望んでいるんだい、タケル?教えてくれないかい?君は私に、何を求めているのかな?」

 

 

その質問に、タケルは、とっさに答えることができなかった。タケルは返答に窮した。タケルの中では、もう今まで行動の指針となっていた価値観や思考回路が、目の前に行われている光景によって、見るも無残な形で、がらがらと音を立てて崩れ落ちているのである。

 

 

求められることに機敏に反応して、相手が望むようなことを返すことが当たり前と成っているタケルにとって。エンジェモンから求められていることを理解出来ないし、どうやって答えたらいいのかも分からない。

 

ただなんとなくではあるが、その求められていることは確実に間違っているのだと心が叫んでいる。だから言葉が紡げない。自分から求めることを、やっとし始めたばかりのタケルには、あまりにも無理難題すぎるものだった。

 

 

「わかんないよ、僕、わかんないよエンジェモン!」

 

 

パートナーの言葉に残念そうに肩を落としたエンジェモンは、タケルに背を向けた。あ、と手を伸ばそうとしたタケルに、エンジェモンは言い放った。

 

 

「ならば、私は私の正義の為に戦うよ、タケル。私はただ君を守りたいんだ」

 

 

どこまでもタケル以外の存在は勘定されていないという残酷さがここにある。ホーリーロッドから繰り出された光が、エクスブイモンに直撃する。とうとうエクスブイモンは進化するエネルギーを使い果たして落下する。大輔を守るために抱きしめたまま落下していくブイモンに、迫りくるデビモンの追撃。

 

タケルは慌てて大輔とブイモンの名前を呼びながら、エンジェモンの静止を降りきってかけ出した。どうして、と困惑するエンジェモンを尻目に、デビモンは子供たちもろとも止めを刺そうとレーザーの雨を発射した。ダメだ、とタケルは思った。エンジェモンは大輔とブイモンを助けてくれない。なら僕が守るしか無いんだと懸命に走る。

 

 

「大輔、タケル、大丈夫かっ!!」

 

 

ずっとずっと心待ちにしていた声が聞こえてくる。

 

 

「お兄ちゃん!ガルルモン!」

 

 

ガルルモンに乗ったヤマトがタケルをのせて、レーザーから間一髪逃れる。タケルは大輔とブイモンが空とバードラモンによって見事救出される瞬間を見た。よかった!ともう涙ぐみそうになるタケルである。後ろを振り向けば、ようやくオーガモンを撃退し、レオモンの洗脳をデジヴァイスで解いたことで、タケル達の危機を知り、駆けつけることが出来た太一達がデビモン相手に奮闘している。

 

 

「よく頑張ったな、タケル。大輔たちと一緒に頑張ったんだな、えらいぞ」

 

 

頭をなでられる。ほっとして、タケルはヤマトに顔をうずめた。

 

 

「もう大丈夫だ。でも、エクスブイモンも大輔もボロボロじゃないか、怖かっただろう?タケル達を守るために無茶したんだな、大輔。遅れてゴメンな、タケル」

 

 

タケルは涙が止まらなくなる。今まで必死にこらえてきたものがぷつんと緊張の糸を切り、溢れ出してしまう。うわああああん!とタケルは大声を出して泣き出した。背中をさすってくれるヤマトに抱きつきながら、タケルは違うのだと首を振った。

 

 

「どうしよう、お兄ちゃん!エンジェモンが、エンジェモンがっ!」

 

「エンジェモン?あの天使みたいなデジモンか?」

 

「パタモンが進化してエンジェモンになったんだけど、おかしいんだよ!パタモンじゃなくなっちゃったみたい!僕のいうこと聞いてくれないんだ、僕の声、届かないんだ!大輔君達に嫉妬してるとか何とか、それをもっちゃダメだから、大輔君達を攻撃するんだって、いって、何回も、何回も、僕止めたのに!やめてって言ったのに!うわあああああん!」

 

 

大泣きし始めた弟の恐怖は察するに余りある。しかし、その場にいることができなかったヤマトは、タケルにどう声をかけていいのか分からない。ヤマトはしっかりとタケルを抱きしめたまま、デビモンと熾烈な戦闘を始めているエンジェモンというらしいデジモンを見上げた。

 

パートナーの気持ちを置き去りにして独りよがりの進化を遂げた天使に、持ち得ている聖なる力はほんの少ししか使えるわけもなく。何とか奮闘するのだがことごとく返り討ちにされる。やがてエンジェモンはそのまま撃墜され、パタモンに戻ってしまったところを、何とか他の子ども達が受け止めたのだった。

 

選手交代とばかりに、グレイモン達によるデビモンへの一斉攻撃が始まるが、デビモンはもう戦闘する気はないのか、全てをかわして夜空を翔んだ。

 

 

「興ざめだ。どうやら私はとんだ見込み違いをしていたようだな。聖なる力すらろくに扱えない者など、私の脅威には成り得ない!選ばれし子供たちよ、ムゲンマウンテンで待つとしよう。そこで決着をつけようではないか。そんなザマで到底私の敵となり得るとは思えんが、せいぜい、怯えながらその時をまつがいい!」

 

 

高笑いが木霊する。逃げるなんて卑怯だぞ、戦え!といきり立つ太一の叫びに応じることはなく、デビモンは姿を消した。

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