(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第46話

誰かが気を利かせてかけてくれた毛布を隣で寝ている太一が独占してしまったため、大輔は突然訪れた寒さのあまり目を覚ましてしまった。向かい合う形で添い寝している太一の姿に驚く大輔である。

 

腕枕してもらっていることに気がついた。昨日の深夜に及ぶ攻防は、抱き枕しようとした太一の腹を蹴飛ばすことで何とか決着が着いたことを思い出す。むくりと起き上がった大輔は、太一から毛布のすそを奪還して再びまどろみに落ちようと眠りに落ちる。ちょっとだけ太一と距離をとって。

 

 

しかし、すぐにパチリと目を開け、恨めし気に太一を睨んだ。うるさい。寝れない。ひでえいびき!それに訳のわかんねえ寝言!耳をふさいで深く毛布に潜り込むが、今度は寝返りを打った太一に弾きだされてしまい、どすんという鈍い音がした。たんこぶを作った大輔は、今度こそ声にならない悲鳴を上げて太一を殴りたくなる。

 

本人はといえば幸せそうな笑顔と共に背中を向けている。毛布はしっかりと握っている太一のせいでクッション替わりにもなってくれなかった。冷たいフローリングから起き上がった大輔は舌打ちする。大輔も寝相の悪さでは太一に文句を言えるような立場ではないものの、こっちは一応けが人である。

 

ちょっとくらい配慮して欲しいものだ。たんこぶが出来てしまった頭を抑えながら、もうここでは安全な睡眠時間が確保できないことを悟った大輔は、もう二度と太一と寝るもんか、と強く心に決めるやいなや、別の場所を探して立ち上がった。

 

 

ようやく慣れてきた暗闇の中では、規則的な寝息を立てている子供たちとデジモン達がソファで眠りについている。やっぱりこの中では一番太一がいびきと歯ぎしりがでかいようである。

 

選択肢を誤っていたことを大輔は悟るのだった。手探りでテーブルに辿り着いた大輔は。小さい方のゴーグルを掴むとそのまま頭に装着し、PHSとデジヴァイスがくっついている紐を首に通した。抜き足、差し足、忍足、で太一達が眠っているリビングルームから離れることにした。もうソファには大輔が潜り込めるスペースはないのである。

 

誰かを起こそうかと考えたが、もし万が一起こしてしまったら、きっとまた太一のところに連れ戻されてしまうに決まっているのだ。寝不足にいい思い出がない大輔には勘弁してくれと言わざるをえない。ぺたぺたと廊下を歩く大輔は、うっすらと見える暗がりの中で何となく見える扉を少し開けては、どこかにいいところがないかと探してみる。

 

 

トイレとかお風呂とかに行き着いてしまい、ふああ、とあくびをしながら目をこすりつつ、先に進んでいくと寝室があった。かちゃりとドアノブを回してちょっとだけ顔を出した大輔は、そこでタケルとヤマトとパタモン、ガブモンが眠っていることに気づいた。

 

ちょっとだけ笑うとそのまま扉を閉めた。よかった、タケルもパタモンも元気そうだ。ケガをしたのは大輔とブイモンだけらしい。デビモンにふたりぼっちにされていたことをタケルから聞いていた大輔は、久々の兄弟水入らずの微笑ましい空間を邪魔する様な気にはなれない。おやすみ、とこっそりつぶやいて、さらに奥へと進んでいった。

 

 

そういえばエレキモンとレオモンの姿が見当たらない。大輔の記憶が正しければ、レオモンはたったまま壁に体を預けていたような気がするのだが、どこにも姿が見当たらない。きょろきょろと辺りを見渡した大輔は、なにやら音が聞こえた気がして、誘われるがままカーテンが揺れている窓に近づくと、開いた。

 

満月が輝いている空の下で、レオモンが持っている刀でなにやら鍛錬をしている姿があった。物音に気付いたらしく振り向いたレオモンは、窓の縁に手をかけてみを乗り出している大輔に気づいて、どうした、と近づいてきた。

 

 

「たしか、大輔といったか、どうした?まだ太陽が昇るまでは時間があるぞ、早く寝るといい」

 

「あはは、太一さんにソファから落っことされたんすよ。そーいや、エレキモンは?」

 

「災難だったな、大輔。ああ、エレキモンなら幼年期の子供たちの夜泣きが聞こえると言って飛んでいったな。多分、そのまま朝の食料を確保しにいってるんじゃないか?」

 

「そっか、教えてくれてどうも。そうだ、どっか寝るトコナイっすか?」

 

「なら、ずっと奥にいくといい。ブイモンが寝ているはずだ。大輔に会いたがっていた、顔を見せてやれば喜ぶんじゃないか?ただし、あまり無理はさせるな、今日一日休めば回復できるはずだから、派手に騒いでベッドから抜け出せなくなっては意味が無い」

 

「はーい」

 

 

教えてくれてありがとうと礼を言った大輔は窓を閉めると、カーテンをしめて先に進む。レオモンの言うとおり、その先にはちょっとだけ光が漏れている。どうやらブイモンは起きているらしかった。たしかここは客間だったはずだ。

 

こんこん、とノックした大輔に、どーぞー!とテンション高いブイモンの声が聞こえてくる。どうやら元気いっぱいらしい。ドアを開けた大輔は、よう、と顔を出した。大好きなパートナーのお見舞いにブイモンはぱっと顔を輝かせた。

 

 

「やっほー、大輔!お見舞いに来てくれたんだ?おっそいぞー」

 

「ちょ、おま、大丈夫なのかよ、その怪我!」

 

 

ひらひらと手をふっているブイモンの姿を確認した大輔は、しーっ、まだ夜中だよ!と言われて慌てて手に口を当てる。おそるおそる廊下を見るが、明かりが漏れている以外に特に変化はなく、相変わらず穏やかな夜が降りている。慎重にドアを閉めた大輔は、そのままブイモンのところにかけていく。

 

大輔はびっくり仰天だ。大怪我ではないか、と心配する。意気揚々としているブイモンは、まるでミイラのように頭のてっぺんからつま先まで包帯でぐるぐる巻きにされているのである。そして右手がギブスでもはめられているのか、と間違えかねないほど、厳重に包帯でぐるぐる巻きの塊になっていて、首につられているのだ。

 

その聴き慣れた声がなかったら、もがもがしているブイモンを初めて会ったデジモンと間違えてしまうところだった。ベッドから立ち上がろうとするブイモンを慌てて制止させた大輔は、病人は寝てろよ!と押し戻す。レオモンたちと一緒の事言うなよ、意地悪―とどこまでも脳天気な声が聞こえてきて、おいおい、と大輔は呆れたように肩をすくめた。

 

 

「大輔、助けて。これじゃ全然動けないよ」

 

「いやいや、大怪我じゃねーか、じっとしてろってば」

 

「違うんだよ、大輔。オレ、ここまで怪我してないんだよ。

エレキモンが、寝るトコが無いのはオレのせいだって、こんなにしたんだ」

 

「え?マジで?」

 

「そうだよ、ほら、このとおり元気いっぱいなのにだーれもベッドから下ろしてくれないんだよ。オレ、すぐにでもみんなと会って、早く遊びたいのに!」

 

「でもレオモンは今日一日寝てれば元気になるっていってたし、おとなしくしとけよ」

 

「えー、でもエレキモン、ケガの手当してやってんのに、ちょこまか動くから意味がないって怒ってたけど、絶対に落書きしたいだけだって、ほら!オレで遊んでるんだよ、酷いだろ!」

 

 

ブイモンが見せてくれたギブスもどきや体の包帯をよく見れば、「エレキモン参上!」とか「ブイモン進化、ミイラブイモン」とかいろいろとふざけたメッセージが乗っかっている。ブイモン曰く、お見舞いに来てくれた太一達もここぞとばかりに便乗して落書きをしていったらしい。

 

いろんな人が書いた文字やイラストが、油性マジックで書かれていた。サッカーボールとか、デジヴァイスとか、デフォルメされたアニメやゲームのキャラクターとか、やたら達筆な字で「早く元気になってほしい」と書かれたものもある。額に肉はデフォルトのようだ。

 

 

そういえばドラマとかでよくギブスをはめている入院患者に、お見舞いに来た来訪客がいろいろと好き勝手書いているのを見たことがある。ひどい、と涙目のブイモンである。大輔も油性マジックで参加したい衝動にかられるが、ぐぐっとこらえた。

 

涙目のブイモンを見ているとちょっと可哀想になったので、ブイモンが言うとおり、本来必要な分だけ包帯や手当以外は全部取り去ってあげた。ありがと大輔、とようやくまともに身動きが撮れるようになったらしいブイモンは、うーん、と伸びをしてベッドに横になった。

 

 

「そう言えば大輔、何しに来たんだ?」

 

「太一さんと寝てたんだけど、いびきうるさいし、歯ぎしりするし、ヨダレとか色々酷くて寝れないから、一緒に寝に来たんだよ」

 

「うあー、大変だ。一緒にねよー、大輔。オレだけベッド独り占めもいいけど、大輔なら一緒に寝てもいいよ」

 

「おう、よろしく」

 

 

ベッドに潜り込んだ大輔に、ブイモンはおもちゃの街以来だね、と笑った。そーだな、とまるで遠い昔のような気がして、懐かしくて笑ってしまう。

 

 

「なあブイモン。オレが気を失っている間に、なんかあったのか?なーんか、太一さんたちがすっげーオレにかまい倒してくるんだけど、聞いてもだーれも教えてくれないんだよ。うれしいけどなんか気になるんだよなあ、教えてくれないってすっげー不安になんのにさ」

 

 

今までとは一変したように、みんながみんな大輔が本気で怖気付いてしまうくらい、これでもか、とかまい倒してくれる。記憶が飛んでいる大輔は、さっぱり理由が分からないため、みんなの考えがわからなくて、ずんずん疑問符が膨らんでいく。なんか気を遣われてしまうようなことがあったのだろうか、とむしろ申し訳なくなってしまう。露骨すぎる好意からの行動に不慣れな大輔は、後ろめたさを感じてしまっている。

 

 

最初はなっちゃんの世界に迷いこんでしまった上に、みんながバラバラになったことで色々と心配を掛けてしまった。誰も大輔とブイモンのことを信じてくれなかったという罪悪感や後悔、反省からの行動なのかとも思ったのだが。それならそうと大輔に言ってくれたほうが気が楽なのは、少なくとも太一や空は知っているはずなのにである。

 

意図的にみんな大輔が飛んでいる記憶について触れたがら無いのである。もう確信しないほうがおかしい。絶対になんかあっただろ、としか思えないのだが、誰も教えてくれないし、一様に口を閉ざしてあからさまに避けてしまう。気にならないほうが無理である。そう語る大輔にブイモンは、あー、と言葉を吐き出したが、ちょっと迷った様子で視線を泳がせる。どうしようか迷っている様子だが、ブイモンは、じーっと見つめてくる大輔の真剣な様子に根負けして教えてくれた。

 

 

「大輔、パタモンとタケルのこと、嫌いになっちゃやだぞ。ちゃんと仲良くしてくれよ、じゃないとオレ、怒るよ」

 

 

もちろん、念を押すように紡がれた言葉に、空白の記憶の間に起こった大事件を知った大輔が納得するわけがなかった。

 

 

「なんだよそれ」

 

 

ぽん、と紡がれた言葉は、口にしたはずの本人がビックリするくらい、寒々として乾ききっていた。今まで数々の衝突と和解を繰り返してきた大輔を一番隣で見てきた、一番大輔のコトを知っているのだ、と自負しているはずのブイモンが、その赤い目を大きく見開いて、気圧され、びくりと肩を震わせるほどだ。

 

ブイモンに対して怒っているわけではないと知りながら、ブイモンはちょっとだけ距離をとってしまう。そんなパートナーデジモンを見て初めて、ああ、オレ、怒ってんだ、と生まれて初めて大輔は客観的に自分の感情を把握することが出来た。

 

 

なんだか不思議な感覚である。いつもならば心のなかでばーんと爆発した感情に振り回される形で頭に血がのぼり、自分でも何を言っているのかわからなくなるくらいなのに、衝動的に激情を撒き散らすことしか知らないのに、である。

 

そしてその激情が収まれば、もうけろっとした様子で何事もなかったのように平常の穏やかな心境に戻り、何をいったのかなんて全然覚えてないのがしょっちゅうだ。だから大輔はいつも本気だと思っていた喧嘩では、いつもいつも貧乏くじを引く。

 

収集をつける第三者に対して言い訳や説明をするときに、相手が自分の都合のいいように歪曲したとしても。それが違うと反射的に理解できても、自分が何を言ったのか覚えていない。だから正当な主張を展開できないのだ。だからいつだって大輔は姉であるジュンと喧嘩で勝った試しがない。6歳差で身につけた理論武装つきの大熱弁を前にして、感情論に終始するしか無い大輔は勝てるわけがなかった。

 

 

でも今は違う。きっと大輔本人ですら初めて体験する感情である。いろんな感情がごっちゃごちゃになっているのに、心が激情に飲み込まれているのに、頭が妙にすっきりしている。大輔はつーっと流れていく感情の片鱗に気づかないまま、ブイモンに問いかけた。

 

 

「なんでブイモンがタケルとパタモンのこと庇ってんだよ」

 

 

その一言で、ブイモンは悟る。大輔とタケル、そしてパタモンのことを想うあまりに行った説明が大失敗し、大輔の滅多なことではならないはずの堪忍袋の緒が切れて、逆鱗に触れてしまったのだと悟る。シマッタと思ったときには遅かった。

 

ブイモンは誤魔化そうとしたのだ。ブイモンから見ても明らかに無理がある展開だと感じるところは多々あったが。なんとかエンジェモンが行ったことを恣意的に好意と捏造に満ちた視点と解釈から、情報を取捨選択して不慣れな理論展開を無理やり披露したのだ。

 

 

もちろんブイモンはそういう事が大の苦手な部類に入る。なんにも知らない大輔だって気付いてしまうほど、その説明には無理がありすぎた。どうしても曖昧な部分や言及できないところ、都合のいい事実ありきの展開にほころびが生じてくる。

 

大輔の徹底的な追求と説明を求める怒涛の問いかけに、ブイモンが全部対応しきれるわけがなく、とうとう白状してしまう。大輔からすれば、1番の被害者であるはずのブイモンがエンジェモンを庇っていること。それ自体が全く理解出来ない、信じられないものだった。

 

 

「大輔?」

 

「なんでブイモンが庇ってんのかって聞いてんだよ!」

 

 

掴みかかった大輔は、がくがくとブイモンを揺らす。大輔苦しいよ、落ち着いて!とブイモンは叫ぶのだが、落ち着いてるよ!と大輔は即答した。結局間に合わなかったんだ、と後悔と無念さをにじませながら、そう切り出したブイモンは、話したのである。

 

パタモンがエンジェモンに進化し、デビモンに大輔が人質に取られるせいで、身動きがとれないエクスブイモンの代わりに攻撃したこと。大輔もろとも巻き込もうとしたことよりも、大輔に呼吸すら忘れるほどの憤怒に走らせたのは。守りたいと思っていたパタモンから進化したエンジェモンが、大輔たちを攻撃をしたという事実である。絶対にあってはならないことだ。

 

 

それなのにブイモンは、心配していたことが的中してエンジェモンがおかしくなってしまったことばかりに終始した。なっちゃんを救った大輔のようにブイモンなりに頑張ったのだができなかった、やっぱり大輔はすごいネと笑ったのだ。全然笑えない。全然笑い事ではないではないか。

 

本来味方であるべきエンジェモンと、敵であるデビモンから、容赦なく怒涛の猛攻の嵐に晒された。挙句、仲間であるから攻撃できないことをいいことに、ぼろぼろに傷ついたエクスブイモンに止めを差したのはエンジェモンなのだ。

 

ホーリーロッドからの聖なる光で撃墜させたのは、エンジェモンなのだ。デビモンではなく、エンジェモンなのである。しかもその理由がデジモンが生まれた時から備えている属性に端を発しているとなれば、大輔からすれば、遅すぎる怒りですらある。

 

 

「なんでブイモンがこんな目に合わなくっちゃいけないんだよ!オレ達はただタケルとパタモンを守ろうとしただけじゃねーか!なのになんでエンジェモンから、お前が、ブイモンが攻撃されなきゃいけないんだよ!ひでーよ、あんまりだろ!ブイモンじゃねーか、なあ、タケルとパタモンのこと、最初に気付いてたのブイモンじゃねーのかよ!危ないんだって、何とかしなきゃって、オレに相談したのお前じゃねーか!これってあれだろ、裏切りじゃねーか」

 

 

そうなのである。タケルとパタモンが抱えている薄氷の関係に、パートナーデジモンであるがゆえの独自の視点と経験から、真っ先に気付いたのは大輔ではない、ブイモンなのである。

 

寸分狂い無くブイモンの予感は的中していた。そういう意味でも、1番身を案じていたはずの相手から、ブイモンは傷つけられたのだ。それなのに、ブイモンは止められなかったこと、間に合わなかったことを後悔しているのだ。そこじゃないだろ!と大輔は怒る。

 

 

「なあ、ブイモン。なんでお前怒らねえんだよ、怒ってもいいんだぞ、つーか怒らなきゃ駄目だろ!なんで怒ってくれないんだよ、おかしいだろ!」

 

 

大輔はブイモンの底なしの寛容さに全く共感することができない。パートナーデジモンなのに、ブイモンの態度が全く分からない。どこまでもタケルとパタモンを思いやっているとしか思えない。なんで?なんでだよ、お前が1番ひどい目にあったのに!

 

ブイモンがこうでは、怒っているはずの大輔がおかしいのではないかと思ってしまう雰囲気になる。だが大輔はじぶんの怒りが間違っていないと確信できるので、尚更イライラするのだ。ブイモンが自分の為に怒らない、という不可解さを、誰よりもブイモンのことを大切に思っている大輔が怒る。

 

ブイモンは大輔、と目を瞬かせる。ぼろぼろ泣きはじめた大輔は、ブイモンの肩に手をおいたまま、うつむいて嗚咽を始めた。図らずも対象が全く一致していないという点を除けば、大輔とブイモンは、この事件に対して表明した態度は全く同じだった。

 

 

お互いに自分のことがすっぽりと抜け落ちている。この危うさが顕著になったのだ。しかし、まだまだ大輔とブイモンはお互いのへんてこなところに気づくことができても、それが鏡写しであると気づくまでには至らない。ブイモンは手を握った。そして優しい少年に目を細める。デビモンとの激闘からの記憶が抜け落ちている大輔は、ブイモンの話から憶測するしかない。

 

だから、ブイモンの話をきいて、大輔は大輔のために怒っているのだと信じてやまない。相手の感情を自分のことのように感じることができる優しい少年は、ブイモンのために怒りなのに、自分の純粋な怒りだと錯覚して、判断ができないくらい混同していた。だから大輔は生まれて初めての激情を体験した。ブイモンと大輔一人と一匹分の怒りを吐き出しているのだ。それなのにブイモンは言うのである。

 

 

「そんなこと言うなよ、大輔。オレはパタモンがもとに戻ってくれたらから、それでいいんだよ。きっと1番傷ついてるのはタケルとパタモンなんだ。今回はきっとなんかの間違いだよ。そんな怒るなよ」

 

「……間違い?間違いってなんだよ、ブイモン!」

 

 

大輔はばっと顔を上げて怒鳴りつける。

 

 

「いくらおかしくなったって、やっていいことと悪いことがあるだろ!飛び越えなくちゃいけない一線ってもんがあるだろ!そこから先に突っ走んのと躊躇すんのと既の所で踏みとどまるって全然違うじゃねーか!エンジェモンは迷わなかったんだろ?!突っ走ったからブイモンがこんなことになってんだろ!心のどっかで考えてなきゃできないじゃねーか!」

 

「だから、エンジェモンはおかしくなったんだって」

 

「タケルまで攻撃したのかよ」

 

「してないけど」

 

「やっぱりそういう事じゃねーか!オレ達にだけ攻撃したってことはそういう事じゃねーか!エンジェモンは俺達をころっ……!」

 

「大輔!」

 

 

ぴしゃりとブイモンが遮る。これ以上言ったら本気で怒るよ、とブイモンに怒られた大輔は、まるますカッとなって高揚しきった顔でブイモンを睨みつける。ブイモンは、ぽんぽんと大輔の肩を叩く。気が動転してるんだよ、落ち着いて、とブイモンが笑った。

 

 

「大輔、ここから出るとオレ怒られるからさ、タケルとパタモンの話聞いてきてよ。なんにもしないで喧嘩するって、最初の喧嘩と一緒だろ?」

 

「あん時とは全然違うじゃねーか」

 

「ううん、違わないよ。タケル達の話、ちゃんと聞こうよ大輔。そしたらオレも考えるから」

 

「なんでそんなに簡単に許せるんだよ、ブイモンは!俺はお前ほど心広くねえんだよ!」

 

 

その手を振りほどこうとして、結局その優しさを振り払うことが出来ない大輔は、そのままうつむいてしまう。

 

 

「広いよ大輔は。オレよりずっとずっと広くって暖かくって優しくて、オレはそういうとこが大好きだよ、大輔。なあ、大輔はオレのこと、ちょっとだけ勘違いしてない?」

 

「はあ?」

 

「大輔はオレのこと、タケルやパタモンのこと怒らない、すっごくイイヤツって思ってるかもしれないけど、違うんだよ、大輔。そーじゃないんだ。もっとオレは自分勝手で、いい加減な奴だよ」

 

「はあ?なにいってんだよ」

 

「だって、オレがエンジェモンのこと怒らないのは、どうでもいいし、キョーミないからなんだ。オレにとっては大輔が1番で、それ以外ってぶっちゃけどうでもいいんだよ。それでいいのに、ホントは、さすがにちょっとだけ怖かったし、悲しかったし、もう2度と仲良くなれないかもしれないと思うと悲しかったよ。それってきっと大輔が教えてくれたんだって思ったら、全然怒る気になれなくなっちゃったんだ。オレ、言ったでしょ?デジモンって普通は一人で生きて行くのがフツーだから、大輔みたいにいろんなコト考えて、悩んで、怒って、泣いて、なんてこと知らないんだ。友達だってそう。大輔からすれば、オレとパタモンって友達に見えるかもしれないし、もしかしたらもう友達かもしれない。でも、大輔とタケルがそうだったから、パタモンと一緒に真似してただけなんだよ、オレ達。

パートナーデジモンでしかなかったのを変えてくれたのはきっと大輔たちがいたからなんだって思ったら、宝物に思えたんだ。だから、パタモンのこと、エンジェモンのこと嫌いになったら、怒ったら、せっかく大輔が教えてくれたことがなくなっちゃう気がするんだ。なあ、大輔、間違ってる?オレ、間違ってる?こういうの初めてだから分かんないんだ。やっぱり、怒ったほうがいいのかなあ?」

 

「………オレに聞くなよ、当たり前だろ」

 

 

なんでそんなことも分かんないんだよ、と大輔はすっかり怒る気が失せてしまったのか、はあ、とため息を付いてブイモンから離れた。

 

 

「なんか疲れた。ブイモンのせいだぞ」

 

「え?なんで?なあなあ、大輔、やっぱり怒ったほうがいい?」

 

「いちいち聞くなよ、当たり前だろ、ブイモンは怒らなきゃいけないんだよ」

 

「なんで?」

 

「なんでって、そりゃ、その……あーもう、とにかく怒んなきゃダメなんだよ、こういう時は!」

 

 

理由なんてないんだ、と怒鳴る大輔に、ブイモンはそんなもんなの?とつぶやき、そんなもんなの!と返される。なんだかグダグダになってしまった。疲れてしまった大輔は、喉が結構からからになっていることに気づいて、青ざめる。しまった、大声だしすぎた!今夜中なのに!もしかしたらみんなを起こしてしまったかもしれないと、あわててドアを開けた大輔は、硬直した。

 

 

「……だいすけえ」

 

 

すがるように見上げてくるパタモンと言葉が紡げず悲しそうな顔をするタケルがそこにいた。

 

 

「だいすけ、あの、ぼく」

 

「大輔君、あのね、パタモンの話聞いて」

 

 

あげて、と伸ばされた手は空を切った。ばたん、と乱暴なドアの音が木霊する。大輔はもう訳が分からなくなって、もうほとんどやけくそになって、がちゃりと鍵をかけてそのままが開かないように、全力で体重をかける。

 

ドアに背を向けて、どんどんとタケルとパタモンがノックをしているのを押さえてしまう。大輔の名前を呼んでいるのがドア越しに聞こえてくる。大輔はもうその場に立っていることができなくなって、ずるずるとドアを伝ってうずくまってしまう。そして耳をふさいだ。

 

 

「何しに来たんだよ!今度は盗み聞きとかふざけんのもいい加減にしろよっ!!」

 

 

きりきりと胸が締め付けられるので、ますます訳が分からなくなっている。怒っているのはこっちなのに、悪いのはあっちなのに、なんでこっちがこんだけ苦しなまきゃいけないのかわからない。

 

 

「話を聞いてよ、大輔君!」

 

「やだ、ゼッテーやだ!見損なったぞ、パタモンもタケルも!友達じゃねーのかよ、オレら!許さねえからな、ブイモンが許したって、許してあげてって言ったって、オレは許さねえからな!大っきらいだ、お前らなんか大っきらいだ!どっかいけよ、どっか行っちゃえよーっ!」」

 

「やだ、絶対やだ!大輔君が話を聞いてくれるまで、ブイモンと話をさせてくれるまで、絶対にどかない!どっかいかない!」

 

「僕もいかないっ!僕もうやなんだ!すぐに諦めちゃう僕になっちゃうのやなんだ!何でも許してくれる大輔とブイモンに甘えて、何にも出来ないの、大輔たちのせいにして、また傷つけるようなこと、もうしたくないよ!」

 

 

何でも許してくれる、という言葉を来た途端、大輔は大きく目を見開いて、溢れ出す涙を堪えるために目をとじて、ぶんぶんと首を振った。

 

 

「なんだよそれ、なんだよそれええっ!そんな理由でっ……そんなどうでもいい理由でっ……エンジェモンはエクスブイモンのこと傷つけたのかよ、ふざけんなああ!あんまりだろ、オレ達が何したって言うんだよ!なんにもしてないだろ、頑張っただけなのに、お前らを守ろうって頑張ってただけなのに!何やっても許してくれるってなんだよそれ!そんな訳の分かんない理由でなにしてもいいと思ってんのかよ!オレはそこまでイイヤツなんかじゃねーよ!みんなみんな、オレのこと勘違いしすぎなんだよーっ!オレはそんなにイイヤツじゃねえよ!」

 

 

ブイモンもタケルもパタモンも、みんなおかしいんじゃないかと大輔は思う。過大評価にも程があるではないか、実際に大輔はブイモンと違ってこうやって怒っているのだ。ひどいことを言っているのだ。

 

許さないって、大っきらいだって、思いつく限りの暴言をはいて、多分ドアの向こうのパタモンとタケルを泣かせているのだ。熱しやすくさめやすい大輔は、いつだって全部感情を吐き出してから、はたと我に返ったときに後悔の波が濁流のように押しかけてくるのだ。こういうとき、いつも大輔は自分のことが嫌になる。

 

 

悪いのがどんな相手だって沸き上がってくるこの感情に、大輔は押しつぶされそうになる。良心や優しさという名前のプレッシャーが、大輔に謝れと間違っているのは自分だとささやきかけてくるのだ。心が広いとか、寛容だとか、なんでも許してくれるんだとみんな言うけれども、そういう大輔が大好きだというけれども、大輔は喜んで自分からそういうことをやってるわけじゃないのだ。

 

ただこの心苦しさから少しでも早く解放されたいだけなのだ。だから懸命にタケルとパタモンの必死の問いかけから耳をふさぐ。だって一言でも耳を傾けたが最後、きっと大輔の心はその言葉に耳を傾けようとするのである。そして許そうとしてしまうのだ。実際、もう大輔の心は許そうとしている。あっさりと穏やかになりつつある自分に気づいているから、大輔は尚更苦しんだ。

 

 

訳がわからない。それが原因でエクスブイモンがエンジェモンに攻撃されたのであれば尚更のこと。オレのせいじゃないか!いつもいつもこうやって自分の感情が曖昧になってどこかに消えてしまうから、姉に1番聞きたいことを聞けないまま1年間が過ぎてしまっているのだ。

 

同じじゃないか、と大輔は思う。もういやだ、こんな自分が嫌だ。傷つきながら怒り続けている大輔は、泣きながらドアに向かって叫ぶ。

 

 

「苦しいんだよ!怒ってんのオレなのに!悪いのお前らなのに!いっつもいっつもオレばかり、オレばっかり息が出来なくなるくらい苦しいんだよ!おかしいだろ、なんでオレがこんな目に合わなくっちゃいけないんだよ!オレなんにも悪いことしてないのに!何でだよ、おかしいだろ、もうやだよ、こんなの、こんなの、もうやなんだよ!」

 

 

だからお前らと話なんかしたくない、と大輔は泣き叫ぶ。しばらくの沈黙、はあはあと息を荒らげ始めた大輔のドアの向こうで、なんと返していいのか分からずに困惑しているパタモンの横で、タケルはドアを叩いていた手をもう一度、どん、と叩いた。

 

びくっと大輔がゆれる。タケルはもう引き下がれない。もうここでタイミングを失ってしまったら、もう二度と大輔はタケルやパタモンに対して、本音とも言える発言を言い合える関係になること自体、考えるのをやめてしまうだろう。

 

タケルは一度、大輔からの相談を冗談だと勘違いして潰しているのだ。最後のチャンスである。タケルは嬉しかった。やっと大輔とほんとうの意味で対等になれるタイミングが見つけられたのだ。いままで何かと助けてくれた大輔に、恩返しする意味でも。本当の友達になる意味でも。不意にしてたまるかとタケルは問いかけをやめない。

 

 

「いつまで?」

 

「いつまででもだよ!」

 

「大輔君、ずっと苦しんでるの?」

 

「お前らのせいだよ!」

 

「うん。僕らのせいだよ、だから、話しようよ、大輔君」

 

「だから、オレはお前らと話なんかしたくねえよ!」

 

「僕は話したいよ、パタモンと一緒に、大輔君とブイモンと話がしたいよ。ねえ開けてよ、大輔君。だってやっと話してくれたよね、大輔君。やっと僕達に相談してくれたよね、苦しいんだって、もういやだって。大輔君が僕の相談に乗ってくれたように、僕も相談に乗りたいよ、一人で何でもやっちゃうずるい大輔君が、やっと言ってくれたんだもん。僕もパタモンも、退かないよ。僕達、大輔くんともっと仲良くなりたいんだ」

 

「ずるいのはどっちだよ、そんな事言われたら、開けるしかねえか、やっぱり嫌いだよ、タケルもパタモンも」

 

「嫌いでもいいよ。また仲良くなればいいんだって教えてくれたのは、大輔君じゃないか」

 

「うん。そうだよ、大輔。だから、僕、大輔とブイモンに謝りたいんだ。大っきらいだなんていわないで?また仲良くして?

僕、約束する。もう二度と大輔とブイモンを傷つけないって約束する。だから、あけて?話を聞いて、謝らせて、お願いだよ」

 

 

ちくしょー、と大輔はつぶやいた。結局のところ、大嫌いになれたら楽なのにそれが出来ないから大輔はいつだって苦しんでいるのだ。はあ、とため息を付いた大輔は、顔を上げた。ずーっと沈黙を守っていたブイモンは、視線を合わせると笑った。

 

 

「ほら、やっぱり大輔は心が広いよ」

 

 

観念してドアを開けた大輔は、飛び出してきたパタモンに飛びつかれてひっくり返る。それをみて、タケルとブイモンは笑った。

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