デビモンが口にした「聖なる力」を解き明かすべく、子供たちとパートナーデジモン達は、研究熱心である光子郎にリビングに呼び出されていた。光子郎に促されるがまま、デジヴァイスを置いた大輔は、テーブルに並んだ8つのデジヴァイスを眺めながら、ソファに沈む。
なにやら真剣な雰囲気にごくりとつばを飲み込み、前に出てきた光子郎を見た。光子郎はデジヴァイスを手にとると、早速説明を始める。デジヴァイスと皆が口にしているけれども、実は誰もその正体について正確な情報を持っていないという切り出しから始めた光子郎は、このデジヴァイスは小さなパソコンであると結論から先に述べて、子供たちを驚かせた。
こんなに小さなデジタル時計みたいなものが、パソコン?そんなばかな、とみんながデジヴァイスを見て光子郎の発言に首を傾げる。証拠の提示を求められた光子郎は、私物であるパソコンをデジヴァイスの横においた。食い入るようにみんな見つめる。
「僕とミミさんたちはダイノ古代境にある地下迷宮に迷い込んだんですが、そこを守護していたケンタルモンに古代からつたわる伝説について話を聞いたんです」
「ほう、ケンタルモンとあったのか?元気にしていたか」
「あれ?レオモンと知りあいなんですか?」
「ああ。あいつが守っているエリアの一角にはわが一族代々の墓がある」
深く落ち着いた声に、へえ、という声が広がった。これは意外なつながりだ。レオモンが携えている剣も先祖から受け継いだものだというのだから、レオモンは自分のことについて深くは語らないけれども故郷がそのあたりにあるのかもしれない。
お墓という言葉を聞いて、え、という顔をしたのは大輔だけだったが、彼らの驚きはみんなと同じ世間は狭いという意味に置き換えられて流される。なんでお墓があるんだろう、という疑問はデジタルモンスターの生態にちょっと詳しい者ならば突っ込みたくなるのも無理はない。
デジモンは人間と違って根本的に死ぬという概念は無いに等しいのだ。デジモンは死んだらデジタマに還るから。ダークエリアにいる冥府の主からデジタマとして転生を許されたかどうかは、デジタマの有無で判明する。
だから大輔はなっちゃんというデジモンが死んで、デジタマに生まれ変わったと知った時、お墓は造らなかったのだ。もしあのデジタマからなっちゃんとは全くちがうデジモンが生まれてきたのだとしても、そのデジモンはなっちゃんのデータが転写されたデータによって出来ている。
だからなっちゃんは死んだわけじゃない。消えてなくなったわけじゃない。二度と会えないわけじゃない。それはどんなデジモンにも言えることだってことは、不本意ながらデビモンが大輔に直々に教えてくれたことである。進化経路が違ったとしても転生前のデータは何らかの形で転生後に反映されるのだ。
そう考えると、ダイノ古代境にはレオモンのご先祖のお墓があるのは変な話である。お墓には死んじゃったデジモンがいないと変である。骨とかないと変である。空っぽなお墓なんてお墓じゃないし、空たちが行ったというオーバーデール墓地みたいに、どっかの国の墓地のデータがもとになってるただのオブジェエリアでもなさそうだし。
ちっちゃな声で変だよなあ?ってきいた大輔はちっちゃく頷くブイモンを見た。やっぱりブイモンから見ても変な感じがするんだ。なんでお墓があるのか話が終わったら聞いてみようって思った大輔は、光子郎の話に集中し始める。もちろん、そんなこと吹き飛んでしまうくらい大事な話が待っているわけだけれども。
「その遺跡はファクトリアルタウンと同じ文字が刻まれたレリーフがたくさんあって、その一番奥にはこの機械と全く同じレリーフがありました」
こつん、とデジヴァイスが音を立てて揺れる。
「ケンタルモンが言うには、『選ばれし子供』が持つものがデジヴァイスなのだそうです。デジモン達だけではどうにもならない危機が訪れた時、彼らが世界を救ってくれるのだとその遺跡には書いてありました。あの遺跡とファクトリアルタウンを造ったのは、きっと同じ人たちです。それがデジモンなのか人間なのかは分かりませんが、おそらくこのデジヴァイスを造ったのもきっと」
ここからは僕の仮説なんですが、と光子郎は口火を切った。どうやらここからが本番のようである。
「デジヴァイスって、デジモンの正式名称であるデジタルモンスターと、デバイスって言う言葉の造語だと思うんです」
すかさず、はーい、と生徒とかしている太一が手をあげるので、なんですか?と説明を遮られて嫌そうな顔をした光子郎は、しぶしぶ太一に聞いた。
「なあ、光子郎、デバイスって何だ?」
思わずがくっと何も無いところで転びそうになった光子郎である。
「デバイスはデバイスですよ、何言ってるんですか、太一さん!情報の時間に習ったでしょう?」
光子郎の記憶が正しければ、「聖なるデバイス、デジヴァイスを使うんです」と太一にアドバイスしたことで、太一とヤマトが見事レオモンを廃人の洗脳状態から解放することができたはずである。あのときはデバイスという言葉に、ああなるほど、としっかり頷いていたのを光子郎はこの目にしっかりと焼き付けている。
まさかノリとかんでやっていたとは思いたくなかったらしい光子郎は、すっかり頭が痛くなっていた。呆れ気味で聞いた光子郎の前で、んー?と首をかしげた太一は、習ったっけ?と空とヤマトに話を振る。え?とまさかこっちに話題が飛んで来るとは思っていなかったのか、ヤマトと空はしばしの沈黙。
硬直してるとも言う不自然な空白のあと、明らかな知ったかぶりでもって光子郎の冷ややかな眼差しを頂戴した。予防線に目線をさっきから合わせようとすらしない。
唯一、なるほど、デジタルのままだとダブルミーングにしては愚直すぎるよね、とさらっと知識に上乗せをしてくれたのは丈だけである。ええ、僕もそう思います、と嬉しそうに笑った光子郎だった。さっぱり意味がわからないので初めから考察を放棄して、光子郎の解説待ちのタケルや大輔はまだ小学校2年生だから情報の時間はまだであると分かるので納得できる。
問題は、その隣で足をブラブラとさせながら同じように待っている、ミミは光子郎と同じ4年生のクラスメイトであるということだ。やっぱり納得行かない、と思う一方で、光子郎はちょっとみんなが心配になった。
「あの、みなさんパソコンの時間ですよ?ちゃんと授業受けてるんですよね?」
お台場小学校では、情報の時間やパソコンの時間という呼称である。来るべき情報化社会に向けて子供たちに最低限度ラインの知識や技術を身につけてもらおうと、数年前に新設されたばかりのパソコンの教室での授業が導入されている。
もうすでに家でやっていることばかりでつまらない、という子どももいるが、みんなに平等な教育を施すのが目的の小学校では、その家庭間で生じ始めている環境差を少しでも埋めることで必死なのだ。
小学校4年生から、ローマ字やかな入力といった基礎的な知識からはじまるその授業では、実際にパソコンを使っていろんなコトをしてみる、子供たちからすれば遊びの時間のような感覚である。
クーラーや暖房が付き、ローラー付きの椅子に座れるし、こっそりゲームやHP見てもバレないし、友達としゃべっていてもあんまり怒られないし、当然なのかもしれない。フロッピーやCDが自分用にもらえるというのもポイントが高く、まだまだ高価なデジカメを研究発表の時に使えるとあって、結構な人気を誇っている。
だってテストは教科書に出てくる固有名詞を暗記すればいいだけなのである。もしくは授業中に作ったイラストとか文章をコピーして提出である。本来なら光子郎の言うデバイスだとか、CPUだとか、そっちの知識の方もしっかりと先生が教えるべきなのだが。
なにせ先生の間でまずその知識を生かせる授業をできる人材が不足しており。深く突っ込んだ話をしてしまうと子供達がついて来れなくなる。あるいは逆に子供達に置いて行かれるか、という両極端になってしまうため、結局プリントを利用したものになってしまうのである。
テスト丸暗記で授業を乗り切ってきた組が大半を占めているらしい上級生組は、光子郎の解説を申し訳なさそうに待っている。はあ、と小さくため息を付いた光子郎は、仕方なく関係の無い補足を入れるはめになってしまった。
ちなみに、デバイスとは、単純な特定の機能を持った機器、装置、道具という意味の英単語であり、狭義には何らかの特定の機能を持った電子部品という意味と、コンピュータ内部の装置や周辺機器などの意味で用いられることが多い専門用語である。
後者の意味の場合は、CPUやメモリ、ハードディスク、ビデオカードなどコンピュータを構成する各機械装置、キーボードやマウス、プリンタ、ディスプレイなどの周辺機器をまとめてデバイスと言う。デバイスを正しく作動させるためには、その働きを制御するソフトウェアが必要であり、これをデバイスドライバという。
普通はパソコンにあるデバイスドライバはOSに同梱されていることが多いため普段はあまり意識することは無いが、二つセットで初めてまともに起動させることが出来る。ものすごく解りやすく言うと、デバイスはサッカー選手でデバイスドライバは作戦を指揮するコーチである。
ここまで優しくして、ようやくみんな理解してくれたのだが、退屈そうにしていた太一から、最初っからそう言えよ、と身も蓋もないコトを言われてしまえば、もう若干涙目になるしかない光子郎である。
光子郎はん、こらえて、とテントモンの切実な訴えやまだ学校で習っていないことを教えてもらって、ものすごく嬉しそうな顔をしている小2コンビのキラキラとした賛美の眼差しがなかったら、きっと心がポッキリ折れていただろう。とにかく、と光子郎は締めくくる。
「デジヴァイスは、デバイスと同じ働きを持っていると思うんです。そして、デバイスドライバは僕達、そしてデジモン達じゃないかと思うんです」
それは何故子供たちがこの世界にやってきたのか、という最大の謎に迫る根幹とも言うべき核心に光子郎が着実に近付いていることを証明していた。もちろん、なんとなく光子郎の言いたいことが分かっているレベルの子供たちやデジモン達でさえ、それを無意識のうちに察して、おお、と声を漏らすほどには衝撃を与えていた。
「デジヴァイスには不思議な力がありますよね、それが聖なる力っていう奴じゃないかと思うんです。みなさん、もう気づいてますよね?」
この質問にはいよいよ持って、みんなそろって頷いた。デジモンはデジヴァイスがなくても進化することができるが、平均化された年齢や条件が明確に存在していて、それをクリアすることができるごく少数の者だけが進化できているという現状を、子供たちは把握しつつある。
でもデジヴァイスを介して進化したパートナーデジモン達は、その常識を打ち破って、一発で進化することができるのである。それがどんなに異常なことなのか、考えなくても分かることである。
本来進化したらその姿を変えることはないデジモンが、一時的な進化のためにデジヴァイスの力を借りて、その姿を維持し続けるには、相当なエネルギーが要る。デジモンが進化するには、自分の持っているデータを分解、構築、再構成の過程で進化後のデータをダウンロードする必要があるのだ。
何年もかかるその作業を一瞬で終わらせ、しかも維持し続けるなんて凄まじいデータ量が必要となる。データが力を持つこの世界では。そう考えると、デジヴァイスの力を借りた進化のあとで、パートナーデジモンたちが退化するのは当たり前である。
それなのに、デジヴァイスによる進化は何度も繰り返すことで確実にパートナーデジモンたちを強くする。何気なく使ってきたものの、秘められている力は、凄まじいの一言に尽きた。
それに加えて、デジヴァイスは黒い歯車を浄化する作用がある。これはウイルスに対してアンチウイルスソフトで撃退することと同一のものなのかどうかまではわからない。しかし、この力によって子供たちはたくさんの危機から逃れることが出来ていた。闇の洗礼を受けてデジコアを黒い歯車で侵食されていたレオモンを救ったのは、デジヴァイスの光である。
なっちゃんの世界に引きずり込もうとしたデビモンの魔の手から、大輔を守ったのはデジヴァイスの力である。黒い歯車を破壊することができるこのデジヴァイスは、掲げることで光を放つ。これが一体なんの力なのか、未だに光子郎ですら解析できない状態らしい。
謎が謎を呼ぶ形ながら、この世界を支配すると豪語するデビモンがデジヴァイスを扱うことができる太一達を危険視し、襲ってくるのは理解できた。
「なんなんだろうなあ、これ」
改めてにらめっこしている子供たちの心境を代弁した太一に、ずっと壁に体を預け、腕組みをしながら聞き入っていたレオモンが、声をかける。振り返った子供たちとデジモン達に、レオモンは話し始める。ごくりとつばを飲み込んだ彼らの前で、レオモンは語り始めた。
いつの頃だったかはわからない。しかし、このデジタルワールドでまことしやかに囁かれ始めた噂があったのだと。この世界が暗黒の力に覆われたとき、別世界から『選ばれし子供達』という存在がやってきて、この世界を救ってくれるという噂が。もともと人間という存在や別世界があるなんていう事自体、こうして君達に会うまで信じているデジモンなどいなかった。
私のようにな、とレオモンはいう。
確かにデジモン達の間ではそういう伝説があるという噂が流れ始めて、ずいぶんと長いことになる。もう伝説と言ってもいいレベルでだ。今まで半信半疑だったが、光子郎たちの話を聞いて、もう疑う余地はないだろうとレオモンは結論づける。
今のファイル島はデビモンによって、黒い歯車という驚異でもって、まさに暗黒の力におおわれようとしている。そこに太一たちが現れた。デジモンを進化させるという特殊で凄まじい力を持った子供たちがだ。そのデジヴァイス、そして心を通わせるパートナーがいることが何よりの証だ。太一たちがどう思おうが、これはゆりうごかすことが出来ない確固とした事実だ。
「元の世界に帰りたいのだろう?もしそうだとしたら、暗黒の力を消滅させれば、この世界にとって君達は役割を果たしたということになるかもしれん。選ばれし子供たちは暗黒の力を打ち払った時、役目を終えてこの世界から姿を消すと伝えられているのだ。言うまでもないかもしれんが、改めて頼みたい。デビモンは暗黒の力を使って、このファイル島にある大地の力を吸い取り、暗黒の力に変えようとしている。選ばれし子供たちよ、どうかファイル島に覆われた、この闇を打ち払ってはくれないか」