かつて世界が氷河に覆われていたころ。ファイル島の海岸線は現在よりも極端に遠のき、陸上の大部分が氷で覆われていた。そしてサーバ大陸と陸続きだった。
彼らは、そんなとほうもない昔から待っていた。地表を覆い尽くしていた氷河がゆっくりと消えていってもまだ来ない。大地に樹木が芽吹いてもまだ来ない。だんだんと生い茂っていくのをまじかで見ていてもまだこない。
長い長い時間をひたすらに待っていた。パートナーと巡り合うというただそれだけのために待っていた。それが何のためなのかは知らないが、彼らは誰を待っているのか、それだけを知っている。来る日も来る日も天を仰ぎ、パートナーの名前を呼んで、出会いの予感に胸を躍らせて。
「みんなー、見て!」
パートナーがこの世界を訪れる日とされているオーロラを一番最初に目撃したのは、トコモンだった。真昼のオーロラ。その場にいた全員が空を見上げた。運命の時がやって来たことを本能的に悟った彼らは、ぐっと固唾をのんで見守った。
空一面が一瞬、ぱっと輝いた。そして見えるのは逆さまの世界。オーロラを見上げているパートナーたちの姿を見た彼らは歓喜した。デジタルワールドとパートナーの世界を繋ぐゲートが開かれた瞬間である。
うれしさのあまり、ぴょんぴょんその場で跳ね回るものもいれば、感極まって泣いてしまっているものもいて、その受け止め方は千差万別である。それぞれが待ち焦がれたパートナーの姿を見失わないようしっかりと焼きつける。
「いくよ!みんな!」
合図を送ったのは、コロモンだった。器用にピンク色の角でパートナーとの共にいられる証でもあるデジヴァイスを掲げる。コロモンにつられて、一体、また一体とパートナーに届くよう、デジヴァイスを掲げる。7つのデジヴァイスが掲げられた時、いつまでたってもその輪の中に加わろうとしないデジモンを見つけて、不思議そうにコロモンは名前を呼んだ。
「チビモン?どうしたの?デジヴァイス、パートナーに届けないの?」
7体のまなざしに見詰められるが、デジヴァイスをしっかりと抱きしめたまま、チビモンはふるふると首を振った。
「オレはいい。オレが渡すって決めたんだ。このデジヴァイスはオレが大輔に直接渡すって決めてるんだ。だから、オレはやらないよ」
そういうことなら仕方ない。せーの、という声に合わせて、デジヴァイスは光となった。7体のデジモンが放り投げたデジヴァイスは、デジタルワールドと現実世界を繋ぐゲートをくぐって空の彼方に消えてしまった。
しばらくして、遠い悲鳴が聞こえてくる。ひとかたまりだった8つの流れ星は、空中で8方向に割れて飛び去っていく。パートナーのおおよその着地点を目算した彼らは、散り散りになった。
「ヤマト?ヤマトだよね?」
「誰だ?誰なんだ、出てこいよ」
「オレだよ、ヤマト!ツノモン!ヤマトのこと、ずーっと待ってたんだ!」
頭に角を生やした栗色のぬいぐるみが恥じらいを含んだ声でパートナーの名前を呼んで、ぽかんとしている少年の前に、自分の存在を主張するために飛び跳ねた。
「私ね、空のことずーっと待ってたのよ!だから、会えてとっても嬉しいわ!」
「………」
「空、私のこと嫌い?」
「き、嫌いとかじゃなくて、あなた、一体何者なの?」
「さっきピョコモンって言ったわ。ピョコモンはピョコモンよ。空が空であるように」
蒼い花飾りを付けたピンク色の生き物に親の愛情に飢えた子どもの眼差しで見つめられ、少女は諦めたようにため息をついて、警戒心だけは取り除くことにした。
「もう一度聞くけど、ここの名前、ファイル島って言うんだよね?」
「はいな」
「よくできたテーマパークだなあ」
「なんのことでっしゃろ?光子郎はんの言うことは難しくて、わいはようわかりまへん。それより、みんな待ってますさかい、はよみんなのところに行きましょか」
「まあ、そういうことにしとこうか。わかったわかった。じゃあ、案内してよ、モチモン」
「はいな」
高性能の送受信機やフォームラバー、車輪による移動、と遠隔操作中の中の人がいる。そう考察されているとは知らないまま、パートナーは少年を案内する。
「よろしくねー、タケル。僕はトコモンだよ。タケルたちのことずーっとずーっと待ってたんだ」
「ほんと?」
「うん!」
「ずーっとってどれくらい?」
「えーっと、えーっと、この樹がね、タネだったころ!」
「すごーい!」
貯金箱のような蚊取り線香のような形をした白いぬいぐるみと一緒に、少年はこの島で一番大きな大木を扇いだ。
「どこから来たの?ここはどこなの、あなたはだあれ?」
「私はタネモン。どこから来たって言われても、最初からここにいたんだけど。ずっとここにいて、待ってたの、ミミのこと」
「そんな、いやあああっ。パパやママのところに帰してよ!みんなのところに帰してよ!こんなのいやああっ!」
「そんなこといわれても、わたし、わたし、わからなっ………」
「………なんであなたまで泣いてるの?」
「だって、ミミ、私が待ってたこと嫌だって…。私、ミミと友達になりたいだけなのに」
「………私と友達になりたくて泣いてくれるなんて、へんなの。でも、あなたがいい子だってことはわかったから、ごめんなさい」
少女は仲直りの印に手を差し出した。タネモンは頭の葉っぱを少女の掌に触れた。
「待ってよ、丈!待ってったら、逃げるなよう!なんで逃げるのさ!」
「こんなバカなことがあってたまるかー!非現実的すぎるじゃないかー!頼むからどっか行ってくれよ!僕に構うのは止めてくれ!」
へなへなと地べたに座り込んだ少年にようやく追いついたパートナーは、にかっと笑って、おいら、プカモンよろしくな!と笑った。少年が茫然自失なのはご愛嬌。
「たいち、たいち、太一!太一、気が付いた、よかった!」
「うひゃあっ!?なんだよ、お前!お前、しゃべれるのか?なんでオレの名前を知ってる!?お前、一体なんなんだよ!」
「僕、コロモン!そ、それ以外のことはわからないけど、太一のことずっと待ってたんだ!」
ピンク色のラグビーボールが、小さな牙の生えた大きな口の弧を描いて、笑った。
さっき驚きのあまり突き飛ばされてしまったことなどお構いなしに飛びつこうとするが、少年は溌剌とした声をするりとかわした。
「待ってたってどういうことだ?」
その言葉は、トモダチの印だよ、という言葉と共に飲み込まれてしまった。やがて、7人の子供たちは7体のデジモン達に案内される形で再会することになる。トロピカルジャングルの大広場に一番乗りしていたチビモンが、今にも泣きそうな顔でうずくまっていた。
「だいしけがいないんだ、どうしよう、オレ、だいしけと逢えないの?もう逢えないの?落っこちた先に行ったはずなのに見つからないんだ。おっきなデジモンの足跡と、だいしけの足跡が崖の先でなくなってたんだ。どうしよう、どうしよう、だいしけ、死んじゃやだあっ!」
巨木に青い小さな腕が生えている。うわあっと飛び退いた大輔の声に反応して、ぶんぶんと大輔の声に反応するように上下に揺れる腕。にゅきにょきと生え、突如歪んだ緑色の光からちっこい青い生き物が飛び出してきた。
へにょりとした三角の耳と小さいしっぽを揺らしながら、見事に着地した青いドラゴンの子供のような生き物が、キョロキョロとあたりを見わたす。顔の部分と腹の部分は真っ白である。誰かを探しているのか、どこか必死な様子だ。
エアロブイドラモンをマスコットにしたような小さな姿に、さっきの出来事を思い出した大輔は、もしかして、こいつが俺のパートナーとかいうブイモンなのか?と連想する。
しかし、あの逞しいドラゴンのような勇姿とは程遠い、頼りなさそうな、ちっこい生き物である。何となく姿の面影はあるものの、あまりのギャップの激しさに、イマイチ大輔は声をかけていいかどうか困ってしまう。そのうちそのちっこい生き物は、大輔の姿を発見するなり、あーっと大きな声で叫んだのである。
「あーっ!見つけたっ!」
「おあっ?!見つかった!」
反射的に間抜けな返答をしてしまった大輔は、何いってんだ俺、とセルフツッコミする。しばし目と目がかち合ったまま、お互いに硬直していた大輔とちっこいの。瞬きすること数回、硬直していた大輔よりも先に、行動に起こしたのはちっこいのだった。
くりくりとした大きな赤い瞳が、うううう、と抗議の眼差しを大輔に向けたのだ。今にも泣きそうな顔でじわじわと大粒の涙を貯め、ぐずり始めたではないか。突然現れたちっこいのが何故大輔の顔を見るなり泣き出すのか理解できず、困惑と戸惑いに揺れる大輔。
お、おい、どうしたんだよ、と声を掛けるやいなや、凄まじいスピードでちっこいのは大輔に襲いかかった。
突然の出来事に状況すらろくに把握できず、うまく飲み込むことができないまま、真正面の攻撃にもかかわらず、とっさの判断でうまく受け止めることができない。だからといって避けるのはかわいそうだし、弾き返すのはもっての外だろう。
結局直接行動にうつす前に、無防備なまま大輔は後ろにひっくりかえったのだった。受身なんて知らない素人同然の子供に、受け流しなんて出来るわけもなく、豪快に尻餅を付いた大輔は、その衝撃をもろにうけてしまう。
体が悲鳴を上げた。いってえ、と若干涙目な大輔は、反射的に何すんだよ、と怒ろうとしてその言葉を飲み込んだ。腹の上に乗っかったちっこいのが、超至近距離で大輔の顔をじいいっと覗き込んでいたからである。
その顔は今まで抱えてきた激情を爆発させる寸前までになっていて、思わず言葉を失ってしまう。
そしてちっこいのは、ありったけの不安と怒りをはらんだ声で、それこそ、この密林全体に響かんばかりの大声で、叫んだのである。
「だいしゅけのばっかあああ!」
それはもう鼓膜が破裂するのではないか、という程の轟音だった。
舌足らずなあまり「す」の音が発音できない様子は、その愛らしさと相まって非常に保護欲をそそるが、唾を吐かれながら大声で喚かれた大輔はたまったものではない。耳を塞ぎたいが容赦なくちっこいのは喚き続ける。
「なんで?なんでっ?!なんでオレを置いてっ、どっか、いっちゃうんだよおおっ!おいてくなよ、ばかああっ!」
あまりの迫力に痛みなど吹っ飛んだ大輔は、ぽかんと口を開けたまま絶句するしか無い。ちっこいのは、なんで?なあなんで?!と大輔のアンダーシャツをぐいぐい引っ張りながら聞いてくる。ぼろぼろ涙を流し、しゃくりあげながら、だいしゅけだいしゅけとまっすぐ見上げてくる。
まるで一人ぼっちになった迷子が、ようやく会えた両親にあえて、安心のあまり泣き出してしまったそれとよく似ていた。
「死んじゃったがどおもっだああっ!」
「はあっ!?なんだよそれ、勝手に殺すなよ」
「だっで、だいしけの足跡、おっきいデジモンの足跡に追っかけられてるし、崖があったはずなのに、おっきな穴が開いてるし、オレ、オレ、心配したんだからなああっ!うっぐ……ずっ……待ってたんだよ、オレっ、ずっとオレ、だいしゅけのこと、待ってたんだよ!会うの楽しみにしてたんだよおっ!なのに、なのに、う、う、ううう」
ぽかぽかと叩いてくる手に大輔は自然と手が伸びていた。ちっこいのが暴れたせいであらぬところにひっくり返ったPHSの音がなる。
妙に首が締まって痛いが、寂しかったと泣きじゃくるちっこいのを見ていると、こうしなきゃいけないんだ、という感じが湧いてきて、大輔はちっこいのを抱きしめていた。
ぴたり、と動きが止まる。おずおずと顔を上げてきたちっこいのに、大輔は自然と笑顔になっていた。泣くなよ、と頭を撫でてやると少しだけおとなしくなる。
「わっ、わりい、ごめん。気づいたら一人ぼっちだったから、怖くなって逃げてたんだよ」
「オレがだいしゅけって呼んだの、気付いてなかった?」
「ごめん、ぜんぜん聞こえなかった」
「ひどいや、だいしゅけ。もう置いてかないよな?」
「置いてかないって。俺が置いてかれたのかと思ったんだよ、太一さんも誰もいないしさ」
「よかったーっ!」
安心しきった様子でにへらと笑ったちっこいのは、ぐしぐしと乱暴に顔を拭う。そしてまっすぐ大輔を見据えて、元気いっぱいな笑顔を浮かべたのだった。
「オレ、チビモン!だいしゅけのパートナーなんだ!よろしくな、だいしゅけ!」
「よろしくな、チビモン!」
「うん!そうだ、だいしゅけ、これ!これあげる!オレがだいしけと一緒にいられる証なんだ。とってもとっても大事な奴なんだ。ずーっと持っててくれよ」
「これってオーロラから降ってきたやつ!なんでお前が持ってるんだよ」
「なんでって、これはだいしけのだからに決まってるだろ!デジヴァイスっていうんだ。オレが初めてだいしけに逢えた時に、渡すってずーっと決めてたんだ。オレがだいしけのパートナーである証だから。オレが渡したかったんだ!受け取ってくれよ」
「へへ、そんなに言われるとなんか照れるなあ。うん、分かった。じゃあ、ここをこうしてっと。これでいいだろ、うん」
大切なモノだとチビモンからも言われた大輔はそれをPHSと同じところに下げることにした。
「そーだ、だいしゅけ!早く太一たちのとこにいこう!みんなだいしゅけのこと探してるんだ」
「マジかよ、そういう事は早くいってくれよな、チビモン!どっち?」
「んーと、あっちだ!」
チビモンを抱き抱えたまま、大輔は走りだしたのだった。
「だいしゅけー、痛いよ、これ!」
大輔の腕にすっぽりと収まり、だっこされたまま道案内しているチビモンが悲鳴をあげる。デジヴァイスは反対側にフックがあるため、しっかりとひもに固定されているのだが、反対方向に引っかかっていた大輔の首にさげられたPHSが、走っている衝撃で所定の位置に戻ってきたため、さっきからカチャカチャと音を立てて、チビモンのそこかしこにぶつかるのだ。
そのためなんとかPHSを捕まえようと躍起になるも、あっちにこっちにと揺れるそれをなかなか捕まえられず、ようやく捕まえたと思ったら落っこちそうになり、あわてて拾い上げた大輔が立ち止まってくれて今に至る。なんとかしてくれとのパートナーデジモンの要望に、大輔はうーん、と考え込んでしまう。
圏外表示で使いものにならないPHSだが、ジュンが自分の為にと貸してくれた大切なPHSだ。首から下げて、絶対に離さないようにと念を押されている以上、下手にリュックにしまいこんでなくしてしまったらあとが怖い。
これを返すときには、今度こそ頑張ってジュンが姉として家族として、自分のことをどう思っているのか聞こう、とサマーキャンプに出かけるときに決めたのだ。いわば願掛けの部分もある。だからいつもならめんどくさがってリュックに入れっぱなしにするところを、頑ななまでに持ち続けていたのだ。
そして今や、訳の分からない、遼にいわせれば異世界に飛ばされてしまった以上、家族との繋がりを感じることができる唯一の品物がPHSと言っても過言ではない。もし無くしたりして怒らせたら、今度こそ大輔はジュンに対して何も言えなくなってしまう。だいっキライと散々公言しておきながら、やっぱりどこか期待しているフシがある大輔だった。それをチビモンはなんとかしろという。
初対面で大輔のことを知っていて、パートナーだと宣言したこの頼りないちっこいのを抱えて、俺が守ってやんなくちゃいけない、と少なからず感じていた大輔である。
無邪気なまでに一途に信頼されるのは、眩しいほどに初めての経験だらけである。張り切るのも無理はなかったが、少々由々しき問題だった。
そんな事知らないチビモンは、どうして大輔がそれだけ頭を悩ませて、うんうん唸りながら歩くのかわからない。そして、大輔は言ったのだ。
「じゃあ、いっぺん降りろよ、チビモン。おんぶするから」
「やだっ!オレ、離れたくない!だいしゅけ、それ、片付けろよう」
「だめ、ガマンしろよ」
「えええっ!なんで?!」
「なんでも!」
「むあーっ!オレより大事なのかよう!オレ、だいしゅけのパートナーなのにーっ!」
「ダメなもんはダメなんだよ!おねーちゃんのなんだからっ!」
「………え?」
「あ………。あ、その、あ、姉貴から借りてる奴だから、無くしたら怒られるんだよ。オレの姉貴、すっげーこわいし、面倒だからその、わりい」
感情の高ぶりのあまり、無意識のうちにおねーちゃん、と口にしてしまった大輔は、慌てていい慣れた姉貴という言葉に置き換えてごまかすように説明する。
何故か大輔の名前を知っていたとはいえ、チビモンは出会ったばかりの存在だ。いろいろと説明してやらないと分からないことに気付いた大輔は、心の奥底にある気持ちを押し固めるように言葉を紡いでいく。やがて落ち着いてきたのか、いつもの調子を取り戻した大輔に、チビモンはPHSをつかんだまま笑った。
「分かった。じゃあ、オレが持ってればいいんだよな!」
「おう、よろしくな、チビモン」
再び一人と一匹は他の子供達と合流するべく先を急いだのだった。道中、ふと大輔はチビモンに秋山遼やサイバードラモン、エアロブイドラモンを知っているかと聞いてみたが、チビモンは首を振って知らないと答えた。大輔の知り合いかと逆に尋ねられ、なんでもないとごまかした。
やっぱり未来から来たっていうのは本当かもしれないと判断した大輔は、太一たちに話すかどうか悩んだ末、結局自分でも説明しきれないと気付いて黙っていることにした。
ゲンナイさん。黒い歯車。ゲート。操られている。本来知りえない情報を聞いてしまった大輔は、のちに彼らが本当に未来から来たのだと知ることになるのだがそれはまた別の話である。
同じく、運命共同体って何だと聞いてみたがチビモンは疑問符だ。
しかし、何となくニュアンスは感じ取れたのか、口癖のように俺と大輔は運命共同体だと嬉しそうに言うようになるのも完全なる余談である。
大輔が7名の漂流してきた子供たちと再会したのは、それからすぐの事だった。
「よかったなー、チビモン。大輔見つかって!」
「太一たちのおかげだな!みんな、ありがとう!」
「チビモンに感謝しろよ、大輔。俺達がここに来たとき、大輔はどこだって大騒ぎしてたのチビモンなんだぜ?おかげでみんなで手分けして探してるうちに、俺がこの望遠鏡で反対側の崖にいたお前見つけられたってわけだ」
ありがとうございます、と受け取った大輔は、どこか誇らしげなチビモンにありがとなともみくちゃにする。
「えっと、迷惑かけてごめんなさい。それと、探してくれて、ありがとうございました。俺、お台場小学校2年の本宮大輔です。太一さんと空さんと一緒で、サッカー部に入ってます。よろしくお願いします」
サッカー部で培った上下関係を尊ぶ運動部の規則と生活が、元気な挨拶としっかりとした挨拶を可能にした。大輔の自己紹介が済んだところで、実は大輔を捜すために既にお互いの紹介が住んでいるらしいメンバーは、大輔が知っている太一や空、光子郎を除いて、再び挨拶してくれることになったのだった。
メガネをかけているメンバーの中で1番背が高い上級生は、城戸丈。太一が呼び捨てにしている理由がなんとなく分かった気がする大輔である。夏なのに日にも焼けていないところを見ると、プールに行く暇もない受験生。みるからに頭が良さそうな彼は、太一が一番苦手とするタイプなのだ。頼りないとはいうものの、なんとなくさん付けしたくないのだろう。
アザラシかオットセイの子供のような姿のプカモンがパートナーのようだが、イマイチこの世界やデジモンのことを受け入れられず挙動不審気味である。唯一の6年生ということで、何か困ったことがあったらいってよ、と言われた大輔は素直に頷いた。どうやらこのメンバーの中では自分達が最年少らしいと気付いたのである。
次に丈の横から飛び出していたのは、太刀川ミミというカウボーイのかぶってる帽子(テンガロンハットという言葉をまだ大輔は知らない)とウエスタンな格好をしている4年の女の子である。
ころころとよく表情が替わる人で、言いたいことははっきりいう感じらしく、大輔は何度か返答に困って太一や空にバトンタッチする場面が多々あった。パートナーはタネモンという植物を乗っけたデジモンで、プカモンと違って口調が女の子だった。
パートナーによって性別が一緒なのかと聞いた大輔に、チビモンは性別って何?オレたち、そんなのないよ?と言われて驚いたりする。
そんなミミを半ば押しのけて前に出てきたのは、太一の友人である5年生の上級生だった。大輔は気付かなかったのだが、丈が6年生発言をするたびに、どうしようと心の中で焦っていたため、声を掛けるのが遅れてしまったのだ。
太一が丈のことを普通に呼び捨てにして、丈も呆れながらも訂正しないものだから、てっきりお台場小以外から参加している5年生の知りあいなのかと勘違いしていた。
でも今さら言い出すわけにもいかないし。と結局ずるずるとなってしまい、丈の中では今のところ、上級生を呼び捨てにする生意気な5年生である。
赤い腕章を付けられるのは6年生だけであることを事前にプリントで確認しなかったのが悪い。もっとも、赤い腕章はすっかりどこかにいってしまったのだが。抱えられているツノをもった丸い形をしたツノモンとの挨拶もそこそこに、大輔は思った。
金髪で日本人離れした外見を持つ彼を大輔は何度か見たことはあるが、実際にこうして会うのは初めてである。何度か太一の口から聞いているはずなのだが、太一の話は大抵話題があっちこっちに飛んでループする。
聞かされる側はイマイチよく覚えていなかったりするので、大輔はなんですか?と尋ねるしか無い。どこか近づきがたいクールな雰囲気を持っており、なんだか怒っていることが分かって、大輔は少し身構えながら顔を上げた。
石田ヤマトだと短く挨拶してくれたので、軽く会釈した大輔。彼はしばし大輔を見下ろしながら沈黙し、その気まずい雰囲気にいたたまれなくなった大輔が、しどろもどろに成っていると、ボソリとつぶやいた。
「なんであんな所にいたんだ?」
「え?」
「だから、なんであんな崖に一人でいたんだ?危ないだろ」
「え、っとあ、その」
話さない、と決めた手前、じゃあお前は何をしていたのだと当然聞かれるであろう返答を、全く考えていなかった大輔は虚をつかれ、ますます挙動不審になる。眉を寄せるヤマトに、大輔の腕の中にいたチビモンがずいっと顔を上げた。
「なんで怒ってるんだよ、ヤマト。だいしゅけはみんなと離れてて、一人ぼっちで目が覚めたんだ。だから、わけわかんなくて、オレのことも、すぐ近くに行くまで全然気付いてなかったんだよ?すっげー怖くて訳分かんないから、あの崖んとこでみんないないか、探してたんだ。だいしゅけのこと、いじめるなよ!」
言い返されたヤマトは、一瞬驚いた顔をして、あ、いや、ちがうんだ、と慌てて言葉を重ねる。なにが?と警戒しているチビモンに、大輔は落ち着けってば、と諭した。
「大輔っていったっけ、お前、タケルと一緒でまだ2年生だろ?このメンバーの中では1番小さいから、あんまり危ないことすんなって言いたかっただけなんだ。誤解したなら、謝る。ごめんな、心配したから」
「あ、は、はい、心配させてごめんなさい。気をつけます」
「分かってくれたんならいいんだ」
少しだけ表情を緩めてくれたものの、イマイチ、ヤマトという人は顔に出す表現が足りない。言葉のちょっとしたニュアンスや会話の流れから、相手の思考を予想してみる、憶測する、という作業がとても苦手な大輔にとって。
動作や顔といった分かりやすい部分がほとんど無愛想なヤマトは、正直全く何を考えているのか分からず、なにを返していいのか分からなかった。チビモンのおかげで、心配してくれたから注意しただけだと知ることができたが、大輔は内心この人苦手だとすっかり苦手意識をもってしまう結果となる。
なんかこえーこの人、あんま話したくないな、とヤマトに聞かれたら落ち込みそうなことを心のなかでつぶやいていた。ちなみにヤマトの方でも、タケルと同じ年ということで守ってやらなくてはいけない、と考えていたのだ。
無邪気で素直でいい子なタケルと比べて、活発で自分のことは自分でする、自立心あふれる真逆のタイプだったため、率直に守ってやるといっていいのかどうか分からず戸惑ってしまっただけだとフォローしておくとしよう。
そして最後に、大輔が小学2年生であると知るやいなや、さっきから話したくてうずうずしていた、
例の謎の小学生がひょっこりと顔を出した。さっきヤマトの口からも名前は出ていたのだが、無駄に緊張していて頭に入らなかった大輔は、その小学生を見ることにする。
よっしゃ、俺のほうが微妙に身長高い!と朝の朝礼なんかで前から数えたほうが早い大輔は、少しだけ優越感を感じていた。
「こんにちは、大輔君。僕、高石タケル。僕も同じ小学校2年生なんだ、よろしくね。この子はトコモンだよ」
「よろしくねー、大輔」
「おう、よろしくタケル、トコモン」
このメンバーの中では、このタケルという少年と自分が最年少のようである。年上ばかり相手だと敬語を使わなくてはいけないので、ようやくいつもの砕けた口調で話す相手が見つかり、大輔は肩の力を抜いた。
そして少しだけ疑問がもたげてくる。ヤマトはタケルのことを、まるで兄弟のように気にかけていたようだが、聞いた限りではヤマトとタケルは苗字が違うではないか
同じ金髪だし、てっきり兄弟だと思っていた大輔は疑問符を浮かべた。
小学二年生に二人の兄弟が両親の離婚という家庭の事情で離れて暮らしていることなど、察せよと言う方が無理である。それよりも、とりあえず同じ学年なら、なんで大輔は自分が知らないのか分からなかったので、先に聞いてみることにした。
大輔の事前情報として、サマーキャンプは団地に住む子供向けの子ども会のイベントであり、そこに住んでいる人しか参加しないはず。たいてい参加する子供たちは同じ小学校に通っているはずだ、という先入観が先にある。
「なあ、タケルって何組だっけ?わりい、思い出せないんだけど」
「え?あ、ううん、違うよ。僕河田小学校の2年生なんだ。夏休みだから、お兄ちゃんのとこに遊びに来たんだ。ね?お兄ちゃん」
タケルが振り返ってヤマトを見る。ヤマトは思わぬ質問に一瞬答えを窮した。まだ幼い弟は、家庭の事情について未だによく理解していない気配がある。その上、ヤマトは家庭の事情について、野球部に所属する過程で、同じ運動部という共通点から親しくなった太一や空に対しても、自ら語ったことはない。
それは幼い弟を傷つけたくない、聞いてしまったと友人に気を使われてしまうのが嫌だ、というヤマトが基本的に相手が傷つくことに非常に敏感であるため、慎重である性分がそうさせていた。ここに答えてしまえば、自分とタケルが兄弟であることが判明して、家庭の事情が知られてしまうことになる。どう答えようか迷っているうちに、横槍が入った。
「そっか、大輔知らないんだっけ?タケルはヤマトんとこに遊びにきたんだよ。夏休みだから。だから俺たちとは違う学校なんだってさ」
それは、初めてこの問題に直面したとき、嘘にならないぎりぎりをせめるためにとっさについた言葉だった。嘘ではない。ただ弟と明言しなかっただけだ。それだけでみんな、親戚だと思い込む。夏休みともなれば、お台場という絶好の観光スポット近くに済む団地の住人たちは、よく親類を集めて遊園地やフジテレビなどに出かけることがよくある。
そのため、いとこが遊びに来ていて、サマーキャンプに参加したのだという言葉は、今までヤマトがタケルの存在を微塵も感じさせなかったため、別の意味を持ちながらあっさりと信ぴょう性を帯びてしまった。
なんだ、お前弟いたんだ?と何気ない太一の言葉に、反射的についてしまった嘘は、あっさりと受け入れられ、またこうして大輔という少年にまで浸透している。遊びに来たのは事実だからタケルは肯定する。うなずいている。
そんな事、知りもしない大輔は、太一が嘘をつかない性格であると当たり前のように受け入れているため、あっさり納得した様子でうなずいてしまった。まずい。ヤマトはそう思った。タケルも大輔も同じ年だから、きっといろいろ会話することがおおくなるだろう。
守ってやらなくては、と人一倍タケルに過保護な自覚のあるヤマトも、3歳という歳の差は、意外と話し相手でも微妙に大変だったりするので、大輔の存在は正直ありがたかった。
ただし、大輔が従兄弟という嘘を信じてしまったということは、一人で従兄弟の家にきて、この漂流に巻き込まれてしまった一人っ子だと勘違いしているおそれがある。そこからいろいろ話がいったら、バレてしまうおそれがあった。
どうしよう、と自ら付いた嘘に必死で打開策を考えているヤマトは、タケルと大輔を見比べて怖い顔をしていることに気づかない。それがますます大輔の苦手意識と、チビモンの不信感を煽っていることなど、知るはずもない。
やがてこの微妙な誤解が、ややこしい事態を招いていくことになるのだが、突如現れたクワガーモンの奇襲によって、海へとダイブすることになる彼らは、まだ知りもしないのだった。