「ちゃんと進化すれば、またエンジェモンにあえるよ」
「パタモンにあえるよ」
「タケルが信じていれば、いつかデジタマから生まれてくるよ」
「エンジェモンがいってたでしょう?タケルが望むなら、私はまたタケルに逢いたいって」
デジモン達に励まされたタケルは、うん、とうなずいた。
すっかり心の中の掃除を終えた小さな子供は、ぐしぐしと涙を拭って笑った。ほっとして、それまで頑張ろうな、と頭をなでてくれたヤマトに促されて、立ち上がったタケルは、聞いたのだ。
「いつっていつなの、お兄ちゃん?僕はすぐにでもパタモンに逢いたいよ」
無垢なまなざしに気おされて、一瞬ヤマトは答えに窮したが、タケルは気づかない。
「だって僕、いろんなことしたいんだもの。パタモンと僕でいろんなことをしようねって約束したんだもん、先生になるために頑張ろうって約束したんだもん、僕だけじゃできないよ。やっぱりパタモンがいなくっちゃ。お兄ちゃん達がいてくれてとっても嬉しかったけどやっぱり僕、寂しいよ」
ぎゅうと右手を握りしめてくるタケルの言葉を聞いたヤマトは、ちょっとだけ驚いた顔をしてタケルを見下ろしたが。
首を傾げてくる無邪気な弟を見て、苦笑いを浮かべたまま、頭をなでた。みんなの前で感情を吐露したタケルは、ヤマトから見ても驚くほど自分に対して正直に感情を吐露するようになったのだ、驚くのも無理はない。
それが無性にうれしくて、タケルが自分を置いてきぼりにして、独り立ちしていこうとしているように見えて寂しくて、焦燥感が浮かんできて、いろいろと兄としては心中複雑である。ますますお兄ちゃんとしてのプライドを守るためにも頑張らなくては、とヤマトはこっそりと決意を固めた。
実はヤマトが完全無欠のスーパーお兄ちゃんではないのだと知らないタケルは、幾度も落ち込んだ時、迷った時、明確な道筋をいつも見せてくれた大好きなお兄ちゃんである。
すごいお兄ちゃんであると信じてやまない。デジタルワールドに来る前よりも、ずっとずっとタケルはヤマトお兄ちゃんのことが大好きになっていた。何にも知らないタケルは、ヤマトが何でも知っているのだと、よくわからないんだけどすごい人なんだと信じてやまない。
タケルの中ではすっかりヤマトはヒーローである。尊敬すべき、目標とすべき、存在としてきらきらとした眼差しを向けてくる。そんな無邪気で無垢な弟からの眼差しは、理屈付けでお兄ちゃんをしているヤマトにとってすさまじいプレッシャーとなってのしかかってきてるのだが、何処までもやさしくて。
その眼差しにこたえる自分でもって精神的な拠り所や自分というものを見出していたヤマトは、タケルが生まれたことからほったらかしの自分の本音なんていつものように無視したまま、なんとかタケルの質問に答えようと頭をひねる。
そしてタケルに言ったのだ。ちなみに始まりの街でエレキモンと会話をしたことがないヤマトに、デジモンの生態を聞くのはあまりにも無茶ぶりなのだが、内心冷や汗のヤマトは、頭をフル回転させて考える。あーだこーだと弟に気付かれないように必死で考えて、いつものように笑いながら答えた。
「タケルははじまりの街でデジタマを孵したんだよな?」
それは巧みな誘導である。ヤマト達と再会した夜に、こんなことがあったんだよ、といろいろ教えてくれたタケルの話を元に、実は自分が導きだした答えではないと知りながら、タケルには気付かれないようにヤマトはまるで自分が知っているかのように上手に嘘をつく。
タケルはウソを見抜くのが上手だが、大好きなお兄ちゃんが嘘をついているなんて思えるほど人間不信の塊ではないから、どうしてもハードルが低くなってしまい、警戒心も薄くなるので気付かない。ヤマトの積み重ねてきた嘘は、ずっとずっと年季が入っているのだ。
あからさまに話をねつ造すれば、観察眼に優れたタケルはそのほころびや態度から巧みに見つけてしまう。そのため、たちまち気付いてしまうのだが、事実に事実を積み重ねて提示される、一つも嘘が無い嘘を見抜くのはとっても苦手だった。事実同士を結び付けるには、解釈や論理展開が絡んでくる。
小学校2年生のタケルは、さすがにそこまで卓越したものをもっているわけでないから、どうしても小学校5年生のヤマトには勝てない。その証拠に従兄弟の件についてはすっかり騙されてしまったものの、確かに血のつながった離れて暮らす子供同士は、兄弟、親戚、家族、従兄弟も含まれるのだ。もっとよくお兄ちゃんの話を聞かなかった僕が、勝手に信じちゃってたんだ、僕もヤマトお兄ちゃんも大輔君も悪くないよね、がタケルの結論だ。
それに、タケルの中では大輔との大喧嘩やヤマトに初めて叱ってもらえたというどでかすぎる初めてがありすぎて、なによりも喜びの方が大きすぎて、お兄ちゃんに嘘をつかれたという事実は、とっくの昔に忘却の彼方である。うん、そうだよ、とうなずいたタケルに、ヤマトは言った。
「そのときはどうだった?」
ヤマトがタケルは既に知っている筈だから、答えを導き出す手助けをしているのだとタケルは思いこむ。そのヤマトの期待にこたえるために、一生懸命はじまりの街のことを思い出したタケルは、ぱっと顔を輝かせた。
「なでなでしたんだよ、お兄ちゃん。そしたらね、ぱきぱきってデジタマがわれてね、赤ちゃんデジモンが生まれたんだよ」
「そうか。なら、抱っこして、なでなでして、早く生まれて来いって、待ってるんだぞって教えてやれ。今は疲れて寝てるかもしれないから、ちょっと遅くなるかもしれないけど、きっとタケルの声にこたえてくれるはずだ」
「うん、僕、がんばってみる!」
もうすっかり上機嫌になってデジタマに一生懸命になりはじめたタケルを見て、ヤマトはほっと息を吐いた。いつの間にか大輔達がいなくなっていると大騒ぎになっている仲間たちに呼ばれたヤマトは、タケルに大輔がまた勝手にどっかいったことを呆れ口調で告げると、そこで待っているよう告げる。うん、とうなずいたタケルは、大げさなほど狼狽している太一が目に入って、早く止めてあげてと背中を押した。
「ねえ、ヤマト」
「なんだよ」
「ヤマトはいっつも頑張ってるのに、タケルは全然知らないよね。それでもいいの?寂しくない?」
「……いいんだよ、こういうのは、隠れてこっそりするもんだ」
ぽつりとつぶやいたパートナーに、ふーん、とガブモンは首をかしげた。大好きなパートナーがそう言うならガブモンはそれ以上なにも言わない。ただ。太一がお兄ちゃんぶろうとしては、それを全力で嫌がっている大輔がいる。なんでそんなこと言うんだよ、と逆切れして、羽交い絞めにしてからかっている先輩後輩。大輔がその雰囲気に圧倒され、そしてかまってもらえるのがうれしいという事実から、それはありがとうございますというのを見ている。
それを遠くから見ているヤマトが、仲裁に入るときに、ちょっとだけ嫉妬が入っているのを感じているから、ちょっとだけ、疑問に思うだけである。そして、大騒ぎになっていることに気付いて、ますます居心地悪くなってしまい、入るタイミングを失って涙目になっている大輔とブイモンが、太一に発見され、滅茶苦茶怒られるのを仲裁するというお仕事にはいることになる。
「おかしいなあ」
タケルは首をかしげた。腕の中には白とオレンジ色のマーブル模様が浮かんでいるデジタマが、しっかりと抱っこされている。なでなでしても生まれてこないよ、おかしいなあ、ともう一度つぶやいた。はじまりの街にあった沢山のデジタマの下には、「わたしをなでなでして」という日本語が書いてある四つ折りの紙が挟んであったのである。
その言葉の通りになでなでしたら、生まれてきたはずなのになあ、とタケルは疑問符でいっぱいだ。ぱきぱきと真ん中あたりからひびが入って、赤ちゃんデジモンが上の方の殻を吹っ飛ばして、元気よく生まれてきたのである。
とくんとくんというデジコアの鼓動も、暖かなぬくもりも、しっかりタケルの腕の中にあるのは同じなのに、生まれてこないのである。タケルからすれば何が違うのか、全然分からないため、不思議で不思議でたまらない。はやく会いたいという思いがタケルにはいっぱいである。
だって、エンジェモンはいろんなことを教えてくれといったのだ。まずは、喧嘩しなくちゃいけないな、とタケルは考えていた。だって、エンジェモンはタケルのためにと言っていたけれど、結局最後までタケルの気持ちは置いてきぼりなまま、死んじゃったのである。声が届いたことはうれしかったし、まともに会話が成立するということがうれしくて忘れていたけれど。
よくよく考えてみれば、エンジェモンはタケルのことをちっともわかっていないから、教えてあげなくちゃいけないのである。みんなと一緒に戦ってほしいっていったのに、エンジェモンは、みんなにいいよって言われていないのに、進化に使っていた力を全部とっちゃったのである。
みんながやめてくれって言ったのに、これしか方法が無いんだっていって、みんなが悲しんでるのに、嫌がってるのに、力を使っちゃったのである。
タケルは一緒に頑張るから、エンジェモンに戦ってほしいとは言ったけれども、タケルの気持ちにこたえるために死んじゃえなんて言った覚えはない。タケルが一人ぼっちになるのは一番いやだ、と知っているくせに、とんでもない暴挙をしたのである。
しかも、タケルや大輔に、心の中にとっても響くようなカッコいい言葉を沢山残してくれたけれども、タケルを、大輔を、ブイモンを、そしてみんなを置いて行っちゃったのである。それってとってもひどいことである。これは怒らなくっちゃいけないってことくらいタケルにだって分かる。悪い事なんだって教えてあげなくちゃいけない。
だったら、まずは、パタモンと結局できなかった喧嘩をやりたい、と思うわけである。デジモンはデジタマという卵から生まれる。ニワトリさんと同じだね、という言葉に、パタモンはそうだよと笑っていた。ニワトリさんは卵を孵す時、どうやるんだっけ、と思考回路を巡らせたタケルは、みどりのパーカーにデジタマを入れようかと考えた。
タケルはお母さんから生まれてくるまではお腹の中にいたのだと、引っ越し先の段ボールの山を整理する手伝いをしていた時に見つけたアルバムで、まだちっちゃいヤマトとお母さんがうつった、お父さんが撮影した写真を見つけたタケルは聞いたのだ。でもデジタマはすっごくおおきいのだ。タケルの頭くらいある。これはちょっと無理かなあ、と思っていたところ、声がしたので振り返った。
デジタマを抱っこしながらひとりごとを呟いている友人に不気味なものを感じたのか、おーい、大丈夫か?と心配そうにしている大輔とブイモンがやってきたので、タケルはぱっと顔を輝かせた。大輔は上級生ぐみ、とりわけ太一から鼓膜が破れるほどの大激怒を食らっため、すっかり落ち込んでいた。
大輔はみんなの前からいなくなってしまった前科が2回ある。初めてデジタルワールドに来た時と、なっちゃんの世界に呼ばれた時だ。いずれも本人は不可抗力であり、むしろ同情すべき部分が大きかったため、これについては誰も何も言わないし、責めたりしない。
しかし、今回は自分の意思で、誰に何も言わないままこっそりと離れてしまったことが、みんなの怒りを買った。2度あることは3度ある。しかも大輔はデジモンに一度連れ去られたことがあるのだ。みんなが過敏になるのも無理はない。不安とか焦りとかいろいろある。
なにせ大輔は深刻なトラウマを抱えているのだ。なにかあったのか、と必死で探しまわった彼らが怒るのも仕方なかった。せめて誰かに言ってくれればよかったものを、とこればっかりは誰も太一から大輔をかばう気にはなれず、手を出そうとしたのをやめさせるくらいである。
大輔はすっかり涙目で、しょげきっていた。まだ耳がきんきんする。ブイモンも隣で、もう勝手にどっかいくの、やめよう、大輔、と大きくため息をつきながらつぶやいた。
おう、と力なく大輔は答える。側にいたのになんで大輔を連れ戻さなかったのか、という指摘になにも返答できず、ごめんなさい、と謝った相方と一緒に、大輔は改めて、本気で心配してくれる仲間達がいることを心の底から嬉しく思った。でもやっぱりちょっと納得いかないところはある。
せっかくブイモンがエクスブイモンに進化できたのに、それについては誰も褒めてくれないのである。驚いてくれないのである。エンジェモンの姿をみたみんなは、驚いてたのに。まるで進化するのが当たり前だって感じで、だーれも取り合ってくれないのだ、つまらない。
ちょっと拍子抜けで、肩すかしだ。やっぱりみんなから頼りにされるには、まだまだいろんなことが足りないと自覚した大輔は、ちょっと方向性を変えてみたのだ。タケルのことを気遣って、大輔なりに頑張って考えたことを実行してみたのだ。そしたら怒られた。もっと自分のことを大切にしろと怒られた。
なんなんだよ、もう、と内心訳が分からなくて、おもしろくなくて、ちょっとだけ怒っている。まだまだ小さい子供は、自分がどれだけみんなから大切にされているのか、どれだけ守らなければならない存在として見られているのか分かっていない。
背伸びすることばかりに集中して、足元がすっかりお留守になっている大輔は、いまいち自分の立場がいかに認識と現実でずれているのか分かっていなかった。
もっと自分のことを大事にしろって言われるけれど、それじゃあまるで守ってもらう立場でいろってしか、大輔には聞こえないのだ。あくまでも大輔がみんなに認められたいと一生懸命大人ぶるのは、大人に褒めてもらえてうれしい子供と同じ行動原理である。
両親からもサッカー部のコーチからも、先生からも褒めてもらえるのに、たったひとりだけどうしても、どんなに頑張っても褒めてくれない人がいる。その愛情に非常に飢えている大輔にとって、よく言えば精神安定剤、悪く言えば代用品である筈の太一や空から怒られるのは、とっても悲しいことだった。思い出してしまうのだ。
一度たりともこっちを見てくれない本宮ジュンを本能が思い出してしまうのだ。大輔は悲しかった。どこまでも褒めてもらいたいっていう単純な出発点があるのに、他にもいろんな方法があるのに。
自分のことがすっぽ抜けている大輔は、自分のことをどこまでも大切にしない大輔は、はたから見れば危なっかしいことをしているようにしか見えない。不満タラタラな大輔の一方で、ブイモンもブイモンで悩んでいた。大輔を守るという立場であるはずのパートナーデジモンの在り方を、完全に放棄したと怒られたのだ。そんなつもり、全然無いのに。
ブイモンは大輔のためなら何だってする、非常に大輔贔屓すぎる立場ながら、一応大輔がみんなのことを大切にしてるから。大輔と同じ世界が見たくって、毎日一生懸命大輔の真似をすることで、なんとか「仲間」とか「友達」とか理解しようとしている。
みんなきっといちいちそんなこと気にしないで、パートナーがしているから、一緒に漂流生活を送ってきたから、という緩やかな結束の中で、なんとなく「仲間」とか「友達」をやっている。ブイモンほどパートナーとの認識の落差を自覚するまでには行っていないのだ。
でもブイモンは大輔との間に強烈な認識の落差があると自覚してしまったので、それは嫌だと思ったので頑張っているのに、だーれも理解してくれないのだ。考えすぎだよ、とアグモンに言われた時点で、みんな似たような感覚なのだろうと気付いて、言いわけは全部封殺されたも同然だった。
パートナーデジモンは、パートナーと一緒にいるのが当たり前。それ以上でもそれ以下でもない。でも、ブイモンは、大輔と出会ったその瞬間から本来ならその疑問を挟む余地が無い関係性について、根本から揺るがされる体験をしてきた。がんばらなくちゃ大輔と一緒にいられなくなるかもしれない、と知ってしまった。
それはとっても怖いことである。大輔がブイモンのことをパートナーデジモンとして、誰よりも大切だと言ってくれたから幸せだけども、幸せすぎて怖いのだ。なかなか難しいことである。
なにはともあれ、すっかり落ち込んでいる大輔とブイモンに、おかえりなさい、と笑ったタケル。少しだけ拗ねたように、薄情にも励ましに来てくれなかった友人達を見る。じとっとした目でにらむ。なんだよ、ととどめを刺された大輔は、消え入りそうな声でつぶやいた。今度はなんだよう、とブイモンも見上げてくる。
「どこいってたの、大輔君もブイモンも。僕達友達じゃないの?友達が泣いてるのにほっとらかしなんてひどいよ」
もう大輔やブイモンに対して遠慮は失礼だからいらないよね、とどこまでも素のままタケルは正直に愚痴を言う。この件に関してはヤマトから、大輔君達は?と聞かれていた複雑な嫉妬も絡み合い、必要以上に言及された大輔とブイモンは、平謝りするしかない。
タケルが絡んだヤマトさんは絶対に怒らせていはいけないのだと嫌というほど味わう羽目になってしまった一人と一匹は、もう苦手意識なんてもんじゃない。別の意味でトラウマである。
ちなみに、ヤマトもヤマトなりに大輔と太一の複雑な関係に気付いていて、いろいろと根回りしている。だが、どこか大雑把な似た者同士はことごとくこっちの好意を無下にする上に、気付いてすらおらず、いらいらするのも無理はない。こっちばっかりとばっちりが来るうえに、大切な弟はすっかり大輔と親友同士になっている。
これはもう面白くないどころの話ではない。大輔はタケルのようにお兄ちゃんとして慕ってくれないのだ。お兄ちゃんであることが何よりの誇りであるヤマトには、自分のプライドを傷つけられたとしか思えない。タケルと違って自分の努力を魚の下処理の件で気付いてくれている大輔が、である。やっぱりどこまでも相性が悪い二人である。
「大輔君たちなら、すぐに飛んで来て、いろいろ励ましてくれるって思ったのに。あの時みたいに、アドバイスくれるって思ったのに。ひどいよ、大輔君もブイモンも。うそつきだよ」
「なんだよ、あんとき、甘えたくないっていったの嘘かよ。対等になりたいとかいったの嘘かよ。オレだってオレなりにタケルのこと考えてやったのに。オレがいたら、太一さん達がタケルのことに集中してくれねえから、半分こになるなあって思ったから、タケルが泣きやむまではなれてようってブイモンと一緒に決めて、ずーっと待ってたのに、なんだよそれ」
「えー、僕そんなこと思ってないよう。泣き虫だってばれちゃったから、大輔君達に嫌われちゃったのかと思ったんだよ、僕」
「タケルが泣き虫なのは今さらだろ、何言ってんだよ。それにやっぱお前知らなかったんだな。思いっきり泣く時って、我慢しない方がいいんだよ。みんなに励まされて泣きやむより、気が済むまで泣いた方がいいんだよ。そーいうときって、背中なでてもらったり、頭なでてもらったりした方が安心できるんだよ。オレ、そーいうの出来ねえから、なんにも出来ねえから、それならいない方がいいかなって思ったのによー」
「あはは、へんなの。大輔君らしくないよ」
「おま、ひっでーな!」
「大輔君は大輔君のまんまでいいよ、なんか変な感じするもん。友達なのに気を使うって変だよ、前の僕みたいだよ?」
「……そりゃ悪かったな」
以前のようなタケルと自分自身を重ね合わせた大輔は、ブイモンと一緒に持ち前の想像力でいろいろと考えた結果、即答でぶっきらぼうに謝ってくれた。それもちょっとどうなんだろう、僕に失礼な気がするとタケルは思うが、あえて言わない。そして話題はタケルの持っているデジタマへと移っていく。
「変なんだよ、大輔君、ブイモン。デジタマがね、生まれないんだ。はじまりの街だと、なでなでしたら生まれてきてくれたのに」
「恥ずかしがり屋なんじゃない?」
「パタモンが?」
「ねーな、パタモンだったらすぐに飛び出してくるって」
「じゃあ、きっと疲れてちゃって寝てるんだよ、なっちゃんみたいに。なっちゃんはデジコアを自分で傷つけちゃったから、ずーっとケガが治るまで寝てなきゃいけないから、生まれてくるのはすっごく先だって言われたんだよ、オレ達。ね?大輔。でもパタモンはすっげー大きな力を使って疲れただけだから、きっとそんなに先じゃないよ、タケル」
「そうなの?」
「おう。ちょっと頑張りすぎただけだろ、そのうち生まれてくるって、ぜってーさ。それまでに、エンジェモンにいろいろ仕返ししなきゃいけないからなー、考えねえと」
「仕返しってなにするの?」
「だって一人でカッコつけて、一人で戦ってしんじゃったじゃねーか。オレ、あーいうの一番嫌いなんだよ。あのカッコいい頭の奴取って、顔見せてもらうくらいしないと、オレは許せねーよ」
おもしろいことを思いついたと顔に書いてある悪戯っ子の、にししというあくどい顔に、目をぱちくりさせたタケルは、そういえば、と考えてみる。エンジェモンは表情が見えなくて怖いと思っていたけれども、そもそも十字架の刻まれた、きらきらのお面見たいな、仮面みたいな、羽根の生えたやつをかぶっているから、口元くらいしか見えないのである。
デザイン的にはカッコいいし、ゲームで出てくるやつでは、間違いなく一番強そうな感じがしていたけれども、そう言われてしまうと無性に顔が見たくなてしまうのは人のサガである。
喧嘩して謝るときには、ちゃんと人の目を見て謝らなくちゃいけないとタケルは知っている。タケルはあやまっているのに、エンジェモンは仮面を着けたままって、なんかずるい気がしてしまう。あの仮面自体が身体の一部で取れないのか、それとも装備品なのかという細かい事情をしらないタケルは、とりあえず生まれてきたパタモンから、最初にエンジェモンが進化したらそれくらいやっても罰は当たらないと確信する。
すっかり悪い友達にそそのかされてしまったタケルは、大輔と一緒にいろいろと考え始めて、おかしそうに笑う。あわわ、とパートナー達のとんでもない陰謀を聞いてしまったブイモンは二の句が継げない。
これではエンジェモンがかわいそう過ぎるではないか、とあわてて仲裁に入るのだが、二人が口をそろえて、えーというので困ってしまう。なんとかパタモンが進化するまでに二人を説得しなければいけない、とブイモンが決意したのは別の話である。ちょっと気になっているのは秘密だ。
「ねえ、大輔君、ブイモン、僕になんか隠してるでしょ」
「……お前なあ」
「やっぱり無理だったね、大輔」
「大輔君は嘘ついてるってすぐわかっちゃうんだもん。いいことだと思うよ」
「ぜんぜん嬉しくねえよ」
「どうして?嘘をつくってよくないことだよ?嘘をつかないでいられるんなら、とっても素敵なことだと思うよ」
「そりゃそーだけど、テストが悪かった時とか小遣い減らされるんだよ。すぐばれちまうし」
「ふーん。大輔君のお家はお小遣い貰えるんだね。それは大輔君が悪いよ、宿題とかちゃんとやらなくっちゃ」
「仕方ないだろ、サッカーの朝練で疲れてんだよ。授業の時間は寝る時間だろ」
「えー、だめだよ、大輔君。お兄ちゃんはちゃんと野球も勉強も頑張ってるっていってたもん」
「すげー。ホントすげえな、ヤマトさん。家のこともして、学校のこともして、野球までしてんのか」
「えへへ、やっぱりすごいね、お兄ちゃん」
好きなお兄ちゃんを褒められてうれしいタケルは、デジタマにお兄ちゃん自慢を話しかけている。やっぱり友人はブラコンである。ほんとかよ、とこっそり大輔は思う。絶対、ヤマトは同じ学校に通っていないことをいいことに、脚色してタケルに話している気がしてならない。覚えがある話である。
小学校に入学するまでは、ジュンことを何でもできる完璧超人だと思い込んでいた大輔からすれば、かつての自分を見ているようだ。本当の完璧超人は、ニュースでやってた小学校5年生の一乗寺治っていうサッカー天才少年のことを言うのだ、と大輔は思う。
だって、テストでもサッカーでも全国で一番らしいのだ。それはもうあり得ない世界の住人である。小5でありながら6年生との混合チームのキャプテンを任された太一は、お台場小学校サッカー部で一番すごい人だとは思うが、彼は勉強が出来ない。
サッカー天才少年は尊敬すべき領域だ。ヤマトが天才なのか、と言われたら、疑問符な大輔だが、それを言ったら確実に怒られるので黙っとくことにした。どこか上の空だと気付いたタケルは、まだ大輔とブイモンが隠していることをあきらめたわけではないので奇襲をかける。
「ねえ、どうしても僕に教えてくれないの?」
不意を突かれた大輔は、すかさず呼びかけを兼ねた牽制を投げたブイモンにより、ぼろを出さずに済んだ。はっとなり、恨めしげにタケルを見る大輔に、作戦の失敗を悟ったタケルは肩をすくめた。
「まだ、ダメなんだよ、ぜってーダメなんだよ、今はまだ」
「絶対?」
「絶対の絶対」
「嘘をつかれて、僕が悲しいのに、それよりダメなの?」
「ダメなんだよ。ぜってーダメ、オレ、ここにいられなくなる」
そこまで言い切られてしまっては、さすがのタケルも頑固さをひっこめるしか無くなってしまう。大輔とブイモンが本気で聞かないでくれと目が訴えているから、本気で思っていることは明らからしい。どこまで大輔達が真剣に内緒にしようと決めたということは、よっぽどのことである。ちょっとだけ怖くなってしまったこともある。タケルはようやくあきらめたのか、前のめりになっていた姿勢を戻した。
「そっか、ならいいよ。そのかわり、いつか教えてね」
「おう」
「その時になったら、絶対教えるから、待っててね、タケル」
そして、最年少コンビとパートナーデジモンは、なにやら見つけたらしい上級生に呼ばれて、そちらの方へとかけていくことになる。約束を守るということに関しては、ウソをつくことと同じくらい絶対視しているタケルの様子を見た大輔は、ブイモンと顔を見合わせた。そして、もう後戻りできない、と覚悟を決めた。
もしパタモンが記憶を継承せずに生まれてきた時、それを隠していたことを知ったタケルが確実に怒ること、もしかしたら絶交まで行くかもしれないことを知りながら、あえて黙っていることを選んだ。今のタケルは死んじゃったパタモンが、今度生まれてくるパタモンと全く同じデジモンであると信じているからこそ、立ち直って笑っているのだ。
でも大輔は知っている。なっちゃんとなっちゃんの前のデジモンは、全然違う人生を歩んだ、全くの別の存在だと知っている。そんなこと言ったら、タケルがどうなってしまうのかなんて、わざわざ想像するまでも無い。自分がその支えをとる役目なんて絶対に嫌である。
パタモンが少しでもいいから記憶をもって生まれてくることを祈りつつ、もしぜんぜん覚えていなかったら、タケルに内緒でタケルとパタモンのことを一から全部こっそり教えるくらいのことをしなきゃいけないなと考えていた。
大輔にとっても、ここまで仲良くなった友達はきっと初めてなのである。だから、どこまで正直に話していいのか迷ってしまう。なんにも考えないで気楽に付き合えるのが友達だと思っていたが、ドアごしの喧嘩は大輔の価値観を広げた。
本気でぶつかり合う友達は、ここまで大きいのだ。相手のこともちょっとは考えないといけないんだと、本来鈍感であるはずの大輔が自覚するくらい。不慣れながらも頑張ろうとして、空回りしてしまうくらいには。まだまだ初めてだらけの経験で、不器用な小さな子どもたちは、ちょっとずつ進んでいる。
自分の思っていることが、必ずしもみんなにとっての当たり前ではないことを、正しいとは思ってくれないことを、これからの旅路が子供たちに教えてくれることになる。まだ何も知らない大輔とブイモンは、タケルと一緒に、黒山の人だかりになっている所へと向かった。