第53話
ばしゃんばしゃんと波打つしぶきなんてものともせず、落っこちないようにブイモンにつかまりながら。大輔は右手を凪いでいる海にさらす。波にさらされた右手は、ひんやりと冷たい感覚で襲いかかり、つめて!と思わず驚いて手をひっこめた。
大輔は肘が豪快にブイモンの鼻を直撃して一緒にひっくり返った。丸太を繋ぎ合わせて出来ているイカダはごつごつしていて、もともと足場が悪かったので予想はしていたが、背中と頭をごんとぶつけたら結構痛い。思わず悶絶する大輔とブイモンは逆さまの世界を見た。
元気ですねえ、大輔君、と今にも死にそうな顔をして笑っている光子郎。笑おうとしたのだが無理だとぎこちなく口元を押さえているミミがいて。パルモンとテントモンが心配そうに、それぞれのパートナーをのぞきこんでいた。優しく背中をさすってあげるのが彼らにできる唯一の気遣いである。予想以上の揺れは個人差があるものの、結構なダメージを与えているらしい。
その向こう側では、突然の物音に驚いて振り返った太一と空と丈が、大輔達を見て噴き出していた。望遠鏡片手の先導組は、今日も変わらず見張り役に徹している。たんこぶが出来ているらしく、頭を押さえた大輔は、いてえ、とぼやきながら逆光をまぶしそうに手でさえぎりながら立ち上がろうとした。
そしたら直射日光をさえぎってくれる影がある。何やってんだ、と呆れ気味のヤマトは後方の見張りとみんなの様子を見守る係を兼ねている。ほら、立てるか、と手を差し出された大輔は、いつものように大丈夫だと言って笑って自分で立つかブイモンに頼ろうとした。だがいつもなら飛んでくるはずのブイモンは思いのほかダメージが大きかったらしい。
すっかり涙目でうずくまっている。反応が遅れた大輔に溜息をついたヤマトは、そのまま大輔の手を掴んで立たせた。そして、一連の大輔の行動を見てデジタマを抱っこしたまま笑っているタケルのもとに、ブイモンともどもガブモンと一緒に押しやってしまう。
荷物と真っ白な三角の帆で出来上がっている大きな影。お守役としてはみんなが入っていないとちょっと自分の仕事が出来ているという実感がわかないらしい。腕を組んでヤマトは大輔を見下ろした。
そしてためいきをついて、そのまま辺りの警戒を再開する。要するにじっとしてろという沈黙のプレッシャーを受け取った大輔は、大人しくタケルの所にいって、荷物の山に背中を預けることにした。
思い出したように右手の人差し指をなめた大輔は、やっぱりする海の味にちょっとだけ残念そうに肩をすくめた。異世界だから変な味がしても面白かったのに。
「なにしてるの?大輔君」
「こっちの世界ってオレ達の世界と違うだろ?だからしょっぱくねえんじゃないかって思ったんだよ」
「あはははっ、なにそれーへんなの!えっと、やっぱりしょっぱかった?」
「まーな、つまんねえ」
見上げる空はこんなにへんてこなのに、面白くねえの、と大輔はうーんと大きく伸びをして腕を頭の後ろに回して固定する。ふあというあくびと一緒に広がる青空は、相変わらず大輔の知っている大空とは程遠い。
真っ青な絵の具をぶちまけた上から、乾かないうちに適当に白い絵の具で入道雲のようなものを描き込み、その上からうっかりつまずいた水入れの容器をひっくり返してしまったかのような、にじみきったマーブル模様である。まぶしそうに目を細めている大輔の視界に、復活したブイモンが、恨めしげにのぞき込んでくる。ずいっと近寄られ驚いた大輔が、近い近いと押し戻した。
いまだにひりひりする鼻を押さえながら、はいふけえのばかあ、とうるんだ目を訴えてくるにパートナーがそこにいた。きょとんとする大輔とタケルに、ひはがははにあはっはんはよう、と通訳を必要とする宇宙語を話すブイモンだった。
その視線が大輔の膝に向けられているので、大体状況を把握したらしい大輔は、あーごめんわりい、と両手を合わせて謝った。反省の態度が微塵も見られない態度に腹を立てたのか、ブイモンはむーと頬を膨らませると、すっかり拗ねてしまったらしくそっぽ向いてしまう。なに拗ねてんだよ、と謝罪にもかかわらず許してくれないブイモンに、困ったように大輔は肩をすくめた。
びたんびたんと青い尻尾が抗議にイカダを叩きつけている。なんだよ、ブイモンの奴、と納得いかないのか大輔は口をとがらせた。微笑ましい友人とパートナーデジモンのやり取りを見ていたタケルが、くすくすと笑う。
「大輔君、ブイモンを隣に座らせてあげようよ。暑いからひっつくなってかわいそうだよ」
「えー?んだよ、そんなことで怒ってんのかよ、お前なあ」
「そんなことじゃないよ、大輔のばーか」
「あーもう、仕方ねえなあ。ほら、こっちこいよ」
「あ、ほんとにいいの?やっほーい!ありがとな、タケル!」
ぺしぺしと隣を叩く大輔に目を輝かせたブイモンが、ころっと態度を変えて一目散に飛んでくる。ううん、いいよいいよとタケルは笑う。僕も早くああいうことがしたいなあ、とちょっとさびしく思いながら、タケルはデジタマを抱きしめた。
「なあ、ブイモン、お前ファイル島から出たことないんだろ?サーバ大陸のこと、何にもしらねえの?」
「うーん、ファイル島よりずーっと強いデジモンがいるんだってことは知ってるんだけど、どんなデジモンかまではわかんないや」
「はあ?なんで強いデジモンがいるのは知ってんだよ?」
「えーっとね、大輔達が来るずーっと前に、ファイル島では見たことないデジモンが突然大暴れしたことがあったんだ。あれってきっとサーバ大陸から来たんだと思うよ」
「え?そうなの?じゃあどうやってやっつけたの?」
「レオモンとオーガモンがやっつけてくれたんだ」
「え?でもオーガモンと初めて会った時、みんな悪いデジモンだっていってたじゃねーか。ゴマモンは正真正銘悪い奴だって」
「そうだよ、オーガモンは悪いデジモンだよ。だってときどきムゲンマウンテンから降りて来て、オレ達のこと苛めるんだ。そのたびにレオモンがオレ達のこと助けてくれたんだ。レオモンとオーガモンはすっごく仲が悪いんだけど、なんか喧嘩するのが好きみたい。その時はそのすっごく強いデジモンが大暴れしててみんな困ってて、みんなでレオモンに知らせに行ってたら、なんか知らないけどオーガモンが一人で戦ってたんだよ。オレがやるんだーとか言って、レオモンが加勢するとか言うと怒るんだ。いつもみたいに喧嘩するみたいにして、そのデジモンを追い払ってくれたんだよ。オーガモンが持ってる骨は、そのデジモンのなんだ。その時からレオモンからオーガモンに喧嘩するようになっちゃったんだよね。へんなの」
タケルと大輔は顔を見合わせた。それは大輔達が持っているイメージとずいぶんかけ離れていた。なんかいい奴じゃないか?という気がしてくる。パートナーデジモン達が口をそろえて「悪いデジモン」と口々に形容するものだから、てっきりオーガモンはもともとそういうデジモンなのだと、大輔もタケルも思い込んでいたのである。
オーガモンはデビモンと同じくらい悪い奴だと。なにせ敵だったデジモンである。黒い歯車に支配されていたわけではないのだ。最後までデビモンの手下として太一達の前に立ちはだかり、打倒したのだと太一から聞いていたので、なんだか違和感がある。
実はいい奴じゃないか?と大輔は聞いてみたが、ぶんぶんとブイモンは首を振って違うと否定する。みんなで使っていた格好の遊び場を占領したり、ぐっちゃぐちゃに破壊したり、強い奴を探してるって理由で苛めてくるのだという。それにみんなのことを助けてくれるレオモンが喧嘩してる相手だから、きっと悪い奴なんだとブイモンははっきり言いきった。
タケルが、でも助けてくれたんでしょう?と聞いてみると、うーん、それはそうだけど、とブイモンはちょっと困った顔をした。そういえばレオモンはオーガモンがデビモンから現れた時、すっごくつらそうな顔をしていた気がする。戦いの後、すっごくさびしそうな顔をしていたような気がする、と思い出したらしいブイモンは、あれ?あれ?と自分の記憶に自信が無くなってきたのか頭を抱え始めた。
そして、ようやく大輔とタケルはその違和感の正体に気がついたのである。パートナーデジモン達は今でこそ成長期である姿がお馴染みとなっているが、大輔達と出会う前はきっと幼年期でこの世界を生きていたはずだ。だから何にも知らない子供達は無条件でパートナーデジモン達の知識や情報を頼りに漂流生活を続けざるを得なかった。
そのパートナーデジモン達はかつては幼年期という赤ちゃんデジモン時代の記憶を頼りに、パートナー達に情報提供する。もちろんそこには幼年期時代にしかわからないこともあるが、成長期になった今やっとわかったこともあるだろう。だから疑問が生じた。
そこにはきっと単純な世界があって、いろんなエピソードは幼年期特有の視点から見た世界でしかみられない。デジモンだって人間ほど複雑ではないだろうが、生きている以上感情だって考え方だっていろいろあるハズで、説明には必ずそのデジモンの立場が大いにかかわってくる。
なんにもしらない子供達はパートナーデジモンのいうそれが、この世界の常識であり当たり前の考え方なんだろうと思う。それは真実なのだが、あくまでも幼年期だったパートナーデジモンにとっての真実であり、どうやらレオモンはレオモンの真実があるらしい。もうとっくの昔に見えなくなってしまったファイル島で別れたレオモンを思い出し、大輔とタケルはちょっとだけしんみりした。
それはきっといいことでもないけれど、悪いことでもない。でも、と何処までもいい子であるタケルや大輔は心が切なくなっていた。悪い奴なんだと思い込んでいたデジモンが、ちょっといいところもあるのに気付かないでいるのは、ちょっと変な気がしてしまう。ブイモンの話を聞かなかったら、きっと一生気付かなかっただろうことだ。
実はずっと疑問だったのである。オーガモンもデビモンもファイル島が平和だった頃は、なんでかみんな一緒に住んでいたのである。悪い奴なら追い出しちゃえばいいのに、なんでファイル島が危なくなるまで、レオモン達は悪いデジモンを追い払わなかったんだろうと。ようやくすとんと落ちた気持ち。なんだか言いようのない感じがするのはどうしてだろう。タケルはデジタマを抱きしめた。
「ねえ、言ってたよね、エンジェモン。いいデジモン達を黒い歯車で悪いデジモンにするのが許せないって。デビモンだから許せないって言ってなかったよね。デビモンのことが許せないのは、悪いことをしたからだって。もしかして、悪いデジモンじゃなくて、悪いことをするデジモンがいるのかな?」
紡いだ言葉はデジタマに語りかけているというよりは、タケルがタケルの心の中に問いかけているような感じである。なんとなくつぶやいたタケルの思わぬ発想に、目を見開いた大輔は、ぱちぱちと眼を瞬かせた。今まで考えたことも無いような発想である。大輔は後ろからハンマーで分殴られたような衝撃を覚えた。
悪いデジモンがいればぶっ飛ばせばいい。なっちゃんみたいに、望まぬ形で悪いことをしているデジモンには、頑張って話しあえばいいと思っていたのだ。その根本を覆すような斬新過ぎる視点である。少々頭が混乱してしまったのか、ブイモンはどういうことだと大輔に説明を求めるが、俺だってわかんねーよと大輔は肩をすくめた。仕方無いので大輔達はタケルに聞いてみることにする。
肩を叩くとうひゃあという間抜けな声がした。みんなの視線を一身にあびる羽目になってしまったタケルは、な、なんでもないよ、と首を振って、顔を真っ赤にしながら座り込んだ。大輔とブイモンがなんかしたんだろうという暗黙の了解である。すぐにみんな思い思いの作業に戻ってしまう。
手を叩いた本人が硬直しているので、どうやら悪戯したというよりは、ぼーっとしていたタケルが驚いただけらしいと判断したヤマトも持ち場に帰る。まさか大きな独り言になってるとは思わなかったらしいタケルは、いきなり一人の世界に友人達が介入してきたので、驚いて思考の海が何処かに飛んでしまう。
もうそこに待っているのは恥ずかしさだけである。何でもないよ、何となく思っただけで、僕だってよくわかんないんだもん、説明なんかできないよ。というか忘れちゃったよ!と大輔達に責任転嫁である。なんだよそれ、と聞きたかったことが聞けないもやもやで大輔達は言い返す。あーだこーだとどうでもいいことで白熱し始めた会話を止めたのは、タケルの腕の中にあったデジタマだった。
ぱきぱきぱき、という音がして、タケルの腕の中にあったデジタマが元気に震えだす。わたわたとし始めたタケルが落っことさないように抱えなおして覗き込むと、こぼれおちたカケラの向こう側から真っ黒なつぶらな瞳が瞬きした。
タケルも大輔もブイモンも、顔を見合わせて歓喜に震える。思わず立ち上がったタケルに反応して、一気にわれたデジタマの上の殻が、海の方に飛ばされて、あっという間に波の彼方に浚われてしまった。飛び出してきたのは、ゼリー状のデジモンである。
「や、やった、やったーっ、みんなみんな、大変だよ!ポヨモンが、ポヨモンが生まれたよ!!」
なんだなんだと振り返った子供たちとデジモン達に、ポヨモンを抱っこしたタケルがおおきく高い高いする。おめでと、タケル!とブイモンが拍手する横で、きょとーんとしたまま置いてきぼりの大輔である。え?なんだよそれ?トコモンじゃねーの?幼年期は実は2世代にわかれている場合があり、1世代と2世代で姿が変わってしまうことを、すでに出会ったころにはチビモン達だった大輔だけが知らない。
ポヨモンと呼ばれている白く透明なスライム状の生き物は、タケルの両方の掌にすっぽりと収まってしまうほどのミニマムサイズだ。大輔たちがイカダで進んでいるこの大海原で発見されたデジモンであり、文字通り名前の由来はクラゲである。海に住んでるデジモンなのに普通に陸上でも呼吸ができる理不尽さは突っ込んではいけない。
ちなみにもっともベーシックで原始的な形状をしているこのポヨモンというデジモンは、のちに“デジモン発生のナゾを解くカギ”として注目を集めることになる。まだ生まれたばかりのため、言葉を話すこが出来ない代わりに、ぷるぷると震わせながらポヨモンはタケルにすり寄った。ポヨモンをたかいたかいしていたタケルははたと気が付いた。あれ?
「ねえ、みんな。あれ、なに?」
え、とみんなが振り返る。そこは見渡す限り真っ黒な海が広がっていた。正確にはイカダの真下に大きな大きな黒い影があるのだ。嫌な予感しかしない。やがてその予感通りにざぶんざぶんという大きくなる波の音と揺れと共に、その影は大きな大きな山となってどんどんイカダを盛り上げていくではないか。
振り落とされないように必死で帆の部分にしがみつく羽目になった子供たち。飛行能力のあるピヨモンとテントモンはあわてて不安定なイカダを安定させようと上から右に左に引っ張ってみるのだが、ひっくり返りそうな大波が許してくれない。
「ホエーモンや!あかん、このままじゃ食べられてまうで!?」
テントモンの言葉にみんな血の気が引いた。ホエーモンは水棲哺乳類型のデジモンであり、「ネットの海」の深海に住むクジラのようなデジモンである。大きく口を開けて海水ごと飲み込み、そこに漂うデータを主食としている。
ぐあっと洞窟のように大きな口を開けてその姿を現したところを見る限り、どうやら子供たちとデジモン達は漂流物のデータであると勘違いされてしまったようだ。姿を現したというのに、ほんの一部である。全貌をみるのは叶わない。なにせその容量はデジタルワールド最大級の大きさで、並のコンピューターでは解析不可能なのだから。
必死でみんな漂流物ではないと訴えてみるのだが、深海に生息しているため目は退化しているホエーモンは気付いてくれない。大きく揺れる荒波に飲まれまいと懸命にイカダにしがみついていた子供達は、大きく大きく口を開けたホエーモンの口に飲み込まれ、まるで下水道のように大きな食道の中を航海する羽目になったのだった。
異物を排斥しようとする生理現象と戦いつつ、辿り着いた胃から逃れるすべが見つからなくて、どんどん溶けていくイカダ。内側から暴れるにしても大砲を取り囲む城壁のような作りをしている、文字通り鉄壁の胃袋は攻撃すらままならない。どうしようと途方に暮れていた太一達は、その上の方に深く突き刺さっている黒い歯車を発見した。衝撃である。
デビモンがいなくなったのだから黒い歯車の製造はすでに停止しており、てっきりその力すら失われているだろうと判断していた子供達は驚く。
デビモンが言っていた、暗黒の力はあくまでもサーバ大陸から入手したものであるという事実が、改めて浮き彫りとなってしまった形だ。黒い歯車の原材料である暗黒の力とやらが無くならない限り、残っている黒い歯車はいつまでもデジモン達を苦しめ続けるのである。
全部終わったのだとファイル島で考えていたことが、いかに浅はかな早合点だったかを突き付けられた子供達は、改めてサーバ大陸で待ち受けているであろう困難を思い、背筋が伸びる気がしたのだった。
そして、パルモンのツタのように伸びた腕を頼りによじ登った太一が、その黒い歯車にデジヴァイスの光を当てて破壊する。正気を戻したホエーモンの潮吹きにより外に出られたものの、その衝撃でイカダが上空で大破してしまった子供達。ホエーモンは謝罪と感謝を兼ねて、5日はかかるというサーバ大陸に送ってくれることになった。
しかも、デビモンが以前海底に現れ、何かを隠すところを目撃したという有力情報を提供してくれた。もしかしたらデビモンが隠してしまったというタグではないか、と判断した子供達はホエーモンの案内で海底洞窟へと足を進めることになる。
その先にあったのは、DEGIという看板が目印のコンビニである。拍子抜けする子供達の中でも、なんだか見覚えがあるその店舗に、大輔はちょっとだけ嫌そうな顔をした。不思議そうに首をかしげて聞いてくるブイモンに、大輔は肩をすくめて簡単に説明する。大輔達の住んでいる高層マンションの中には、1階部分がコンビニとなっている建物があり、そのコンビニを運営している家族を思い出したらしい。
愛と純真の店アイマートなんていう微妙に入るのも恥ずかしいキャッチコピーが看板にあるのが目印で、よく大輔はそこにパシリに使われるそうだ。なぜならその家族の長女は、日々大輔の安眠を妨げるジュンの長電話の共犯者である同じ中学の友人であり。
パシリに来るたびに店番兼アルバイト兼看板娘を自称する彼女によくからかわれるついでに、姉への便利屋を任されるめんどくさいイメージしかないらしい。一方的に名前が知られているものの、その家族は姉妹が多く、大輔は一番年が近い末っ子の妹しか名前が分からない。
それというのも、その家族はマンションに住居を構えているにも関わらず、学区がちょうど大輔の通うお台場小学校と他の小学校の中間にある。住人は自由にどちらを選んでもいいということになっている。だから同じ小学校に通っているわけではないのがこれまためんどくささをあおっている。
ある意味姉経由で知り合った末っ子は、ジュンからの情報をわりと信じている気配がある。知り合った人間関係からすれば仕方ないと言えるのだが、大輔からすれば悪口でしかなく、割と本気で悩んでいる「出来の悪い弟」という言葉を何かと揶揄してくる。
からかかってくるのが嫌で嫌でたまらない。かといえば、妹と弟という微妙に立場的に考えればシンパシーを感じる所もあるせいで、変な感じで腐れ縁が形成されているから、なかなか難しい。
違うところがあるとすれば、大輔とジュンの仲の悪さを知っているにもかかわらず、彼女からすればただの姉弟喧嘩であるという範疇なのだろうか。すべての姉達から一身に愛情を受けて育っている甘えん坊は、もっと仲良くしなさいよと軽い口調で笑うのだ。なんだかんだで姉のいうことを聞いている大輔がジュンのことを大っきらいだと言うたびに、その矛盾を指摘されては言いくるめられてしまう。
そう言えばキャンプで別れたきりだ、何してんだろ、とどうでもよさそうにつぶやいた大輔である。こっちが今まさに大変なことになっているのだ、キャンプは中止になったはずである。家に帰ってクーラーの効いた部屋でまたパソコンいじってんだろうなと考えるといらっとする。
大輔が今のような性格になった一端が垣間見えたブイモンは、気の強い女の子と知り合いが多すぎるのも原因の一つじゃないかと考えてみた。
まさか2年後、その腐れ縁がお台場小学校に転校してくるなどとは夢にも思わない大輔である。
それはさておいて、いくぞ、と後ろから叩かれた大輔は、太一に手を引かれてコンビニへと足を踏み入れた。どごおん、という豪快な音が洞窟に反響する。驚いた大輔の前に、地響きを立てて耳鳴りがするような音がこだまする。耳をふさいだ大輔は、あわててどんどん盛り上がっていく土から逃れようと走る。ブイモンがかばうように前に躍り出た。
そこに現れたのは、鼻先に巨大なドリルがついた、モグラのような獣型デジモンである。地中を掘りながら高速移動し、いつも地中に潜っているためなかなか出会えないはずの珍しいデジモンだ。
ドリモゲモンというらしい彼らは、本来おとなしく恥ずかしがり屋だがイタズラ好きで、時々獣型デジモンが地中に隠した骨を盗んで武器にしたりするようなのだが、黒い歯車によって操られているようで、デビモンの配下と化している。出会いがしらに鼻先のドリルを回転させ、自分も回転しながら敵に突っ込むドリルスピンをお見舞いしてきた凶暴な襲撃に、子供たちはあわてて逃避する。
「デビモン様の命により、ここには誰も立ち入らせるなと言われているのだ!さっさと帰るがいい!」
「大輔、ここはオレ達に任せて、タグを探して!」!
「おう!頑張れよ、ブイモン」
「まかしといて!」
すかさずかざしたデジヴァイスにより、進化の光が放たれる。光を突き破って現れたエクスブイモンたちが足止めをしている間に、大輔は先を急げと先導する太一達に置いて行かれまいと慌てて走る。
「うわっ!」
「大輔君、大丈夫?」
「ちょっとこけただけだから、心配すんなよ、先いけ!」
「う、うん!」
戦う手段をもたないポヨモンとタケルが1番無防備で危険である。慌てて先を促した大輔は、立ち上がろうとして引っ掛かりを覚えた。あれ?と思って辺りを見渡した大輔は、首にかけている紐が食い込んで痛みを覚える。すぐ後ろではデジモン達が豪快に必殺技の応酬をしているせいで、爆風やら砂埃で視界がはっきりしない。いろんなモノが飛んできて、危ないことこのうえない。
「何やってんだよ、大輔!早く来いよ!」
苛立った様子で叫ぶ太一の声がする。みんなの必死な声がする。焦燥感にかられながら慌てて手探りで原因を探る。やべえ、なんでよりにもよってこんな時に!舌打ちをした大輔は、なんとかひもを引っ張ってみるがうごかない。
くそっと焦りと苛立ちでうずくまっている大輔は、飛んできた旋風でようやく視界がクリアになった。ドリモゲモンの突き破ってきたトンネルが降ってきたたくさんの岩によって塞がれ、よりにもよってPHSが引っかかっている。
それをみた大輔は思わず無理やり引っこ抜こうとした手を止めて、どうすればいいのか分からなくなって硬直してしまう。PHSは光子郎がこの世界から帰還するまでの期限付きで貸してくれた柔らかい素材のケースに入っているのだ。力任せに引っこ抜いたら、尖った岩肌がのぞいているそれによって、確実に破いて穴があいてしまうだろう。
どうしよう!光子郎から返してくれと言われるということは、これはきっと光子郎にとって大切なモノなのである。それを壊してしまうかもしれないと分かった瞬間、大輔は頭が真っ白になった。
あわてて大きな岩を取り除こうとするのだが、大輔の力ではイマイチうまくいかない。やばいやばいやばい早くしないと!焦っているせいで、なかなかうまくいかない。泣きそうになりながら泥だらけになる大輔に、なにかおかしいと気付いたらしい。それがPHSが挟まっているからだと気付いたとき、一目散に走りだしたのは光子郎だった。
「何やってるんだよ、大輔君!」
敬語なんて吹っ飛んでいる。驚いて顔を上げた大輔に、光子郎は珍しいほど声を荒らげて紐をつかんだ。
「だって、このまま引っ張ったら光子郎先輩から借りたケースがっ!」
「そんなことどうでもいいよ!ほら、早く引っ張って!」
「でもっ……!」
「大輔君のほうが大事なんだから、そんなこと言ってないではやく!」
埒があかないと判断した光子郎は、力が入っていない大輔の手を振り払って、力任せにケースを引っこ抜く。びりびりびりとズタズタになって行くケースがクッションとなって、無事なPHSが返ってくる。ようやく身動きが取れるようになったものの、呆然としている大輔はそれをみて、じわっと目頭が潤んでいる。
「なにやってんだよ、早く!」
光子郎は大輔の手を掴んで無理やり立たせると、そのまま走りだした。後ろを振り向く大輔は観てしまう。吹っ飛ばされたトリモゲモンによって降り注いでいく大岩。潰されていくケースがあっという間に見えなくなってしまう。光子郎の大切なモノを自分のせいで壊してしまったと気付いた大輔は、大きく目を開いた大輔は、言葉を失った。
だって見えたのである。ずたずたになったことで、実はリバーシブルにでも使えるようにと工夫されているケースが。そこに、わざわざ手縫いで「こうちゃん」と光子郎の愛称だろう言葉が刻まれた布地を見てしまったのである。
実は光子郎が貸してくれたケースが、光子郎の家族が丹誠込めて光子郎のために作ったものだと、愛情を込めて作ったものだと気付いてしまったのだ。なんで裏返しなんかして渡したんだよ、光子郎先輩!
初めっから見えてたら、もっともっと大切に慎重に扱ったのに!なんでそんなに大事なモノなら、オレみたいに扱いが乱暴だってよく知ってるような奴に渡したりしたんだよ!大輔は泣きそうだった。なんだか分からないけど泣きそうだった。
誰かのために作ったものを壊されたときの悲しみを大輔は何故か知っている気がするのだ。そんな悲劇的な場面に遭遇した記憶なんてないのに。覚えてないのに。でもなぜだか胸を抉る。無性に泣きたくなった大輔は、そのまま我慢しきれずに泣き出してしまった。
その痛みを知っているはずなのに、それをしてしまったという罪悪感に押しつぶされ、いつものごとく怒涛のように流れこんでくる良心の呵責とプレッシャーに押しつぶされてしまった大輔は、前がすっかり見えなくなってしまった。
両親や姉から口を酸っぱくして、自分のものはちゃんと自分で大切に使いなさいと説教されても。全くと言っていいほど罪悪感がわかず、自分の物だったら躊躇せずに乱暴に扱っては、モノを壊してしまう。大輔は、どういうわけか昔から自分のものではないものを壊してしまうかもしれないとわかると、異様なほど慎重になってしまう。
物心着いた頃からそうだった。訳がわからないけど、人のものを壊しちゃいけないからそうだろう、と思っていただけだった。しかし、すぐ後ろではデジモン達が戦っている。近すぎる。このままでは巻き込まれてしまうかもしれない。
自分の命のほうが大事だってことくらい大輔には分かっている。光子郎が大輔の命のほうが大事だと判断したから、こんなことをしたんだろうと理解できる。でもなんでか心が納得してくれない。悲鳴を上げている。もう、訳が分からなくなっていた。
「ははは、なんで君が泣いてるんだよ」
「だって、おれ、おれ、うううっ、わあああああああっ!!」
気にしてないよ、と困ったように励ましてくれる光子郎に、ぶんぶんと大輔は首を振った。なんとかぎりぎりのところで合流できた大輔と光子郎に、ほっとみんな安堵の溜息をついたのだが、大輔のPHSが晒されていることに気づいて息を飲む。わんわん泣き出してしまった大輔に、途方に暮れたように、まいったなあ、と光子郎は頭をかいた。