大輔の首にかけられているものが、また1つ増えた。PHSとデジヴァイスとタグである。PHSが一番中央におさまっていて、すぐに取りやすいようにと右側にちょっとずれた場所に、白いデジタル時計はフックごとひっかけられている。
もともと不安定で大輔が動くたびにスライドしてぶつかっていたデジヴァイスは、タグによって固定されている。タグには首に着けるためのひもが通されているのだが。
これ以上ひもを首にかけたくない大輔は、タグを無理やりデジヴァイスのフックに何重にもぐるぐる巻きにして。そのトンネルにタグを放り込んで、デジヴァイスのすぐ下に、タグが来るようにがっちがちに固定してしまった。
タグはペンダントのような小さなものである。クリアガラスのような、プラスチックのような、よくわからない素材でできている。黄色い三角形で挟まれているのは、紋章というやつを入れる長方形の透明な板が二つ重なったもの。
こんな小さな透明な所に入る紋章は、どんだけ小さいんだろうという話である。それをサーバ大陸というとんでもなく広い所で探せなんて、砂漠の真ん中に埋まっているダイヤモンドを探せと言っているようなものだ。
やっぱりゲンナイさんのいうことは無茶苦茶である。きっとなにか訳があるんだろう、と何処までもポジティブシンキングな大輔は。一点の曇りも無い思考で、これからの旅路にやる気を出している。
だが思いっきり子供たちやデジモン達の中では前向きすぎるメンツに入るといえた。タグを握りしめていた大輔は、ほら、降りるぞと太一に声をかけられて慌てて返事をして、駆けだした。
データの海をホエーモンにのって航海して早5日、ようやく見えてきた大陸は何処までも広く、大きく横たわっていた。本来ならホエーモンのてっぺんと同じくらいの高さにある岬があるトナミの街で降りるのがいいらしい。だが、サーバ大陸の玄関口である沿岸部の港町は、かつての繁栄も今は昔、すっかり過疎化が進んだゴーストタウンになってしまった。
店が並べどシャッター街、来訪客が来ない宿泊施設を中心に発展していた繁華街は廃れるのも早かった。その理由はホエーモンの口の中から見えた、トナミの街に襲い掛かる砂の風がすべてを物語っていた。砂漠化である。目前に迫る砂漠地帯の背景には緑を一切見つけることができなかった。
乾燥化が進んだ大地はオアシスを中心に発展していた街を砂で呑み込んでいった。住人達に見捨てられつつある街で8人と8匹という大所帯の宿泊施設がまだ営業しているのかといえば疑問符だ。
デジモン達よりも船の方が多く、しかもそのほとんどが機能していないとなればホエーモンが教えてくれた、今日宿泊させてくれそうな場所を優先した場合、どうしてもここで降りる必要が出てきたのである。ホエーモンが教えてくれたのは、アグモンの進化前であるコロモンというデジモンが、沢山済んでいる村である。
ピョコモンの村を思い出した大輔は、あのとき一番嬉しそうだったピヨモンのように、今度はアグモンが嬉しそうにしているのを見た。やっぱり幼年期が同じだったから、親近感がわくのだろう。たしかコロモンはピンク色をしていて、兎のように長い長い耳を持っていたはずだ。まるで手のように細い耳を使っていた気がする。
ブイモンがひとりで生きるのが普通だと言っていたのを思い出した大輔は、ピョコモンに続いてコロモンという新たな例外が出てきてしまったので、あれっと思うが、幼年期のデジモン達は弱っちいから寄せ集まってくらしてるのかなと考える。
どう思う?って聞こうとした相棒がいない。あれ?あれ?とあたりを見渡したら、滑り台のようにホエーモンから降りて見事着地したブイモンが、はっやくー!と元気にぶんぶんと両手を振り回しているではないか。いつの間に。遅れてたまるかと勢いよく降りて行った。
みんな思い思いのタイミングで降りて行ったものの、最後までかなりの高度がある中で、スカートのまま降りるのを渋っていたのはミミだった。潮を吹く噴水口が実は鼻の穴だったりするホエーモンは、その周りでデモデモダッテとうろうろするミミにくすぐられ、ぶえっくしょいと豪快にくしゃみをしたものだから、ミミの身体が飛び跳ねた。
いやあっていう悲鳴を残してそのまま転げ落ちたミミは、その先にいた光子郎を下敷きにしてしまう。まるで押し倒したような構図に、大輔は思わずそのまま目を逸らしてしまった。いやだってなんか恥ずかしい。家族みんなで見てた映画がいきなりラブシーンに突入してしまったような気まずさがある。
たぶんこれがドラマだったら、母親と姉はキャーキャー言いながら、演じている女優に私と変われといきりたつんだろうな、とどうでもいいことを考えつつ、うわあ、とつぶやいてしまった大輔である。
どいて下さい、重いです、という乙女に対してデリカシーが無さ過ぎる失言を聞いた大輔は、思わず耳を塞いだ。幾らなんでも死亡フラグすぎる。ぱーんという乾いた音が響いた。あーあ。ご愁傷様である。大輔は合掌した。
「大輔、女の子って怖いねえ」
「あれは光子郎先輩が悪いだろー、ミミさん優しいよな。姉貴だったらグーがくるって、グーが」
たぶん気が済むまでぼっこぼこにされるにちがいない。全国の乙女に謝れと怒られるに決まっている。どこに乙女がいるんだと聞かないのが正しい処世術だ。そんなことをしたが最後、どうなるかなんて考えたくもない。体重計に乗っては一喜一憂する複雑な乙女心という訳の分からないものに振り回されて、もう8年目になる。
女教皇のもとで下僕を続けて何年になると思っているのだと、世知辛い弟人生を改めて嘆きつつ、大輔は溜息をついた。姉を持っている男の子は、こういう面でも変に女の子という生き物に対して、幻想を抱かずに生きていける悲しき定めである。なっちゃんと出会った時、妙に現実じみた大人の対応をしていたのを思い出したブイモンは、これが原因かと悟ったのだった。
そしてホエーモンと別れを告げた一同は、コロモンの村を目指して、半日かけてまっすぐに道を進んでいった。確かにそこに村はあったのだが。おかしいなあ、コロモンのにおいがするのに、と首をかしげるアグモンである。長い船旅ですっかり鼻が鈍ってしまったのかもしれない。
潮風は髪を傷めると女の子組が嘆いていたのだ。そして、白くてこじんまりとしたビニールハウスのような、放牧民族が持っている移動式の布づくりの建物が沢山ある村で、子供達とデジモン達は大歓迎に包まれた。困惑するブイモンに疑問符を浮かべた大輔。ブイモンは、噂と違うと肩をすくめた。
そこにいたのはデジモン達の200年にもわたる幼年期時代に、始まりの街において、追っかけまわされて穴に落っことされたり、いろいろと意地悪されたり、散々悪行三昧のいじめっ子たちがいたからあんまりいい記憶が無い幼年期のデジモンである。
灰色の頭から生えている耳のようなもので、低空飛行をすることができるレッサー型デジモンだ。ブイモン曰く、イジワルな性格をしていて、相手をバカにすることが大好きで、コロモンやツノモンあたりがよく標的にしていたという彼らの名前はパグモンだ。
ここはパグモンの村なのだという。過去の記憶からデジモン達はあんまり宿泊に乗り気ではない。そんな彼らの意見に冗談じゃないわって真っ先に反論したのはミミだった。ずーっと海の上だったせいで、水浴びはおろか、ろくに身支度も整えられない不潔すぎる生活は、すっかりミミの許容範囲を超えていたのだ。
5日もお風呂に入っていないという乙女としては絶対に許し難い状況である。お風呂も宿泊できる部屋もあるって言ってくれてるのに、なんで我慢しなきゃいけないの!彼らの制止を振り切って、お風呂はどこと聞いたミミは、パグモンに運ばれてしまう。
突然の行動に驚いて悲鳴を上げたミミに、何かあったのかと子供達は慌ててミミ達を追いかける。落ちているテンガロンハット。手にもつ。カーテンを開けた先には、籠があって、服があって、あれ?なんの躊躇も無く飛び込んでいく太一と光子郎を追いかけていた大輔は、思わずブイモンを止めた。
「どうしたんだよ、大輔」
「ミミさん、何かあったんじゃないの?」
ちょっと待って太一!光子郎くん!という空の声がする。いよいよもって状況を把握できたのは、何故だか大輔だけである。なんでだよ、普通に考えて分かるだろ、聴こえないのかよ鼻歌!ミミが心配じゃないの?とタケルは大まじめに聞いてくる。
大輔の様子と空の慌てたような静止に違和感を覚えたヤマト達は、その場に立ち止まる。悲しいかな思春期の女の子の家族を持たない男どもは何処までも鈍かった。
もう走るのも馬鹿らしくなって、再び乙女の鉄槌に巻き込まれるであろう先輩たちに合掌する大輔に気付いた空が、ハンドであわててジェスチャーをしてくるのに気付いた大輔は、あわててカーテンを元に戻した。しゃっともどして距離をとる。
「お風呂に入ってんだろ、ミミさん」
しれっと答える大輔である。顔を赤くした野郎どもは、ああそう、と不自然なまでに沈黙した。いやああああ!という悲鳴が聞こえる。たぶんいろんなものが飛んでいる。あーあ。大輔は二度目の合掌をした。
バスタオル忘れたから取ってきて、とか無茶苦茶な要求を突き付けてくる我らが姉の行動は、変に耐性をつけていた。バスタオルを巻いた姉がニキビを気にして、あーだこーだと鏡とにらめっこしているのを横目に、さっさと歯ブラシと歯磨き粉を確保して乱暴に戸を閉めて脱衣所から脱出するくらいの慣れはもう日常茶飯事である。
閉まってないわよ、寒いじゃない、と怒鳴られて、再び帰ってくるはめになるのもお約束。長いお風呂に鼻歌はコンボである。
初めこそ裸を見られたぎゃーぎゃーといろいろ物を投げられたりもしたが、結局うっかり入浴アイテムを投げてしまって困るのは姉であり、別に減るもんじゃ無いし、と姉弟間で乙女ぶるのもばかばかしくなったジュンは、もうすっかり頓着しない。所詮家族である。
変に意識する方がおかしいのだ。大輔も大輔で気恥しくなって言葉は乱暴になるし、目を背けたりもするが、別にジュンに対して何か意識しているわけではない。流石に入浴中にうっかり電気を消したり、換気扇を回したり、うっかり着替え途中に鉢合わせしたら怒られるけど、それだけだ。
入浴中を確認したうえで、がらっと脱衣所を開けて、いろいろと両親からの言伝を怒鳴るのはいつものことである。
もちろん姉のいない野郎どもには、弟が持つ気苦労なんて分かるはずもない。男兄弟なら一緒にお風呂に入れるから意識なんてしないだろうが、姉を持つ弟は、生まれてこのかた、お父さんと入ったことしかないのだ。だから言ったのにねえ?とカーテンから顔を出した空が苦笑いし、大輔が頷いているのを見て、なんだかいたたまれない空気が流れたのだった。
パグモンは意地悪で平気でうそをついてみんなを困らせるという噂は、やっぱり間違っていたのかなあ、とアグモンをはじめとするパートナーデジモン達が首をかしげている。歓迎会を開いてくれているパグモン達に悪いではないか、と子供たちに咎められてしまった彼らは、でもーと納得いかなさそうな顔をしながら、大好きなパートナーに怒られて落ち込んでしまう。
今まで、何かとみんなの持っているデジモン解説講座が役に立てた試しがなかったことが原因である。噂は噂、と失礼極まりないことを言われているにも関わらず、さらりと流してしまったパグモン達が、沢山のごちそうを運んでくれた。
5日ぶりのまともな食事である。もう魚の丸焼は嫌だ。いろんな果物やキノコを焼いて醤油のようなものであぶった簡素でシンプルな料理を運んで来てくれる。パートナーデジモンの代わりに謝罪した太一達に、パグモン達は分かってくれたんならいい、ここはパグモンの村だ、と歌いながら笑っていた。
「ねえねえ、あなたはどこの村の生まれなの?」
「え?おれ?パグモンの村に決まってんだろ」
「じゃあパグモンの村に行くには、どうしたらいいの?」
ミミの質問を聞いたパグモンは、にやりとわらった。
「どうって、もういるだろ?」
頭に乗っけていたフルーツの大皿を受け取ったミミが聞いた質問に、きょとんとした様子でパグモンが答える。その答えを聞いたミミは、やっぱりパグモンは嘘つきのデジモンではないなと分かったらしく、ありがと、と笑って手を振った。それを見ていた大輔は、どーしたんすか?と聞く。得意げにミミが笑った。
「ねえねえ、大輔君。あるところにうそつき村と正直村という2つの村があるとするでしょ?正直村の村人は、本当のことを何でも正直に言ういい村なのね。うそつき村の村人は、必ず本当のことと逆のこという悪い村なの。その村へ行く途中、大輔君は道に迷っちゃったので、たまたまその村の分かれ道から歩いてきた、村人とあったの。一方は正直村へ、もう一方はうそつき村へ通じてるのね。大輔君は正直村に行きたいから、道を聞こうと思ったんだけど、この村人は正直村の村人なのか、それともうそつき村の村人なのか分かんないの。もしこの村人が正直村の人なら、正直に道を教えてくれるし、うそつき村なら、まったく反対の道を言われちゃう。その人に一回だけ質問をして正直村に行くにはどうすればいいでしょう?」
「えっ、なんすか、それ?クイズ?」
「うん。さー、がんばって!いーち、にー」
「うええええっ?!わかんないっすよ!」
「よーくかんがえよう」
「オレこういうの苦手なんすけど」
「えー、つまんない。がんばってー」
そんなあ、と辺りを見渡して助けを求めようとするが、ブイモンもパルモンもさっぱりなようである。みんな思い思いの会話に夢中で全然相手にしてくれない。はー、と溜息をついた大輔は、早々に白旗を振った。
「それはね、「あなたはどっちの道からきたの?」って聞いたらいいの。もしこの村人が正直村の人なら正直村から来たんだから、それを正直に教えてくれるでしょ?それにこの村人がうそつき村の人なら、うそつき村から来たんだから、嘘をつくから、反対の正直村の道を教えてくれるの。これならどっちにしても正直村への道を聞くことができるでしょ?パグモンはみんなに嘘をついて困らせるデジモンだっていてったけど、それってホントのこととは反対のことをいうってことでしょ?だからね、パグモンはうそつきじゃないってわかったの」
「……えー?」
「ミミ、それってどういうこと?私わかんないわ」
「さっきパグモンにね、どこの村で生まれたの?って聞いたら、パグモンの村って答えたの。コロモンの村で生まれたって嘘ついても、パグモンだからちがうってわかっちゃうでしょ?だから、じゃあそのパグモンの村に行くにはどうしたらいいってきいたら、ここのことだっていってたの。嘘をつくのが大好きなら、絶対1回は嘘をつきたくなっちゃうでしょ?でもパグモンは嘘つかなかったの。もし嘘をつくなら、コロモンの村の場所を教えるでしょ?でも、もうミミ達はパグモンの村にいるって答えたわ。それって嘘をついてないってことになるでしょ?ここ、パグモンしかいないし、パグモンの村なんだから」
だからパグモンはいいデジモンなのよ、とミミは笑った。さっぱり分からない大輔はブイモン達にすがるような視線を送るが、目をそらされてしまう。うそつきクイズというらしい頭を使う問題である。こういった分野はてんでダメな大輔は、そうっすか、というしかなかった。
どこまでも親切なパグモン達により、しばらくゆっくりしていくよう言われたみんなは、もうここまで来るとすっかり警戒心なんて地に落ちる。お風呂に入って、みんなで用意してもらったテントみたいな所で雑魚寝である。久々にゆっくりできるとみんなまどろみに落ちた。
ちなみにミミのいうこの理論は、あくまでも正直村と嘘つき村がどちらもしっかりと存在しているという大前提が必要となる。
もし、正直村の住人が追い出されて、嘘つき村の住人によってどっちの村も嘘つき村となってしまっている場合や、もともと正直村しか存在しないのに、嘘つく村に乗っ取られてしまった場合、それは全く別の意味に変わってしまう。
そんなこと知らないみんなは夢の中。ちょっと眠れなくて、タケルの腕から逃げ出して、こっそり外に飛び出した好奇心旺盛の塊が、うっかり見てしまう。本来パグモンの村には存在しないはずのボタモンという赤ちゃんデジモンが、逃げ出していたところを。
そして、それを助けるために飛び出して、なすすべなくつかまってしまったポヨモンは、ボタモンともども村の外れにある滝の方に運ばれてしまったのだった。