(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第56話

次の日、子供達とデジモン達は大騒ぎになる。まだ幼年期1であるポヨモンが行方不明になってしまったのだ無理も無い。まだ小さいからそんなに遠くには行っていないだろうと、パグモンの村と近辺を棒きれで簡単に地図を描いた光子郎に、あっちにもいない、こっちにもいない、とぞくぞくと残念な情報が寄せられる。

 

ばってんを着けていく光子郎に、パグモン達が滝の方にはいなかったと情報を寄せた。今まで親切にしてくれた上に、失礼なことを言っても怒らずに許してくれた上に、分かってくれたんならそれでいい、とずっと大人の反応をしてくれた赤ちゃんデジモン、幼年期の集団である。しっかりしすぎている。疑えるわけがない。おかげでなかなか見つからない。

 

 

今にも泣きそうな顔をして必死で探しているタケルを見ているといたたまれなくなって、子供達もデジモン達も懸命の捜索を続行するが見つからない。太一は望遠鏡で辺りを見渡していた。おせーな、アグモンの奴、と何処まで行ったのかいつまでも帰って来ないパートナーデジモンに苛立つ。

 

こんな時にまさかアグモンまで迷子になって無いだろうな?こんな大事なときに!舌打ちをした太一は、ふと見晴らし台のすぐ下で、ブイモンと大輔が何やら相談をして出かけていこうとしているのを見つけた。思わず飛び降りた太一は、大輔の所に駆け寄った。

 

よそゆきのピンク色のワンピースを翻し、もじもじと恥ずかしそうにお兄ちゃんの後ろに隠れてしまったショートカットの女の子は、おいおい、隠れるなよ、と苦笑いするお兄ちゃんに頭をなでられながら、背中を押され、おずおずとこちらをうかがうようにちょっとだけ顔を出す。

 

真っ赤なユニフォームにしがみつきながら、おそるおそるちょっとだけしな垂れかかる前髪をそのままに、じーっと見つめてくるのだ。首にかけられている玩具のホイッスルが傾いている。

 

そして、大輔と目が合うや否や、男の子に免疫が無いのかわたわたとしながら隠れてしまう。肩をすくめたお兄ちゃんは、大輔に肩をすくめて、ごめんな、こいつ人見知り激しいうえに恥ずかしがり屋でさ、と苦笑いを浮かべた。

 

 

「こいつがオレの妹のヒカリだよ。ほら、挨拶ぐらいしろよ、ヒカリ。もう小学校1年生だろ?」

 

「に……にちは……。ヒカリ、です」

 

「よしよし、でな、ヒカリ。こいつは、サッカー部の後輩で、大輔っつーんだ。お前とおんなじお台場小学校の1年生なんだぞ」

 

 

な?と大好きなサッカー部の先輩に聞かれた大輔は、はい、とにっこり笑って答える。元気が良すぎてヒカリと太一がびっくりするくらいの勢いで答える。

 

お台場小学校の1年生という言葉を聞いた八神ヒカリという女の子は、ちょっとだけ興味がわいたのか。初めて会う男の子に対する警戒心が薄れたのか、ぱちぱちとまたたきしながら大輔の方を見つめてくる。

 

 

「オレ、本宮大輔。1のAなんだ」

 

「う、うん。私は、1のB、なの」

 

 

ぎこちないながらも、にっこりと笑ったヒカリは、大輔を見た。大好きなお兄ちゃんが大輔と呼び捨てで呼んでいたからだろう。彼女は何のためらいも無く、疑問すら抱くことなく、大輔に言葉を紡いだ。

 

 

「よろしくね、大輔くん」

 

「おう、八神さん」

 

「おいおい、大輔。オレも八神だぞー、ややこしいだろ」

 

「え?そうっすか?」

 

「そうそう。ヒカリでいいよな?」

 

「う、うん。みんな、ヒカリちゃんって呼んでるから、大輔くんも、ヒカリでいいよ」

 

「ふーん、ならヒカリちゃんでいっか?」

 

「うん」

 

 

それは太一の参加する4年生チームが交流試合で他校との試合をするということで、サッカー部で応援に向かった日の休憩時間。見事決定打となる豪快なシュートを決めて歓喜に沸くお台場小学校サッカー部のウエーブに飲まれる。大輔の所にまでやってきた太一に、おめでとうございます!と言いに行った。

 

大輔が、たまたま太一の試合を家族と一緒に見に来ていたヒカリと出会った日だった。これが八神太一がお兄ちゃんで有らねばならない、と豪語するほど大切に思っている、八神ヒカリという女の子との邂逅である。

 

今まで太一の溺愛と贔屓と家族愛補正が掛かったフィルター越しのエピソードとか、いろんなちょっとした話を聞かされ続けてきた大輔が、生まれて初めて等身大の八神ヒカリと出会った衝撃の日である。ああ、この女の子が八神太一先輩の最愛の妹なのかと大輔は思ったことを覚えている。

 

太一の後ろに隠れて恥ずかしそうに顔を赤らめている女の子である。現在に至るまで、大輔の中で八神ヒカリと言えばこのイメージしかない。太一に手を繋いでもらったり、頭をなでてもらったり、ヒカリ、と呼んでもらえるたびに嬉しそうに柔らかな笑みを浮かべたりする、はにかむ女の子。

 

 

最愛の妹だけに見せる、ほんのちょっとだけ、優しい眼差しを向けている太一は、大輔が今まで見たことが無いような顔で笑っていた。お兄ちゃんとこの世界で唯一呼ぶことが許されている、八神太一に妹として愛されることが当たり前の人生を歩んでいる女の子。

 

もしも、本宮大輔が本宮ジュンに弟として愛されていたならば、今でもきっと呼ぶことが出来ていた「お姉ちゃん」と「弟」の関係を、大輔が知る中でも最高の形で体現している女の子。もしかしたら、大輔がそのポジションにいたかもしれない、女の子。

 

そんな女の子から、大輔君、と呼ばれた。名前で呼ばれた。太一さんとおんなじように!そのオゾマシサといったら無い。

 

 

大好きなお兄ちゃんが呼んでいたからって、わざわざ大輔が本宮大輔だって、わざとらしいくらいの不自然さで名字を教えたにもかかわらず。大輔の笑顔がどんどんぎこちないモノに変わっていくのを、お?お前照れてんだろー、ヒカリはやらねえぞ、と見当違いにもほどがある太一のからかいを真に受けて気付きもせず。

 

無邪気に平気な顔をして、太一と同じように、呼んだ。大輔がこっそり太一のことをジュンお姉ちゃんの代わりにしているなんて知らないまま、よろしくね、と笑った。大輔はヒカリという女の子と出会った瞬間、完全敗北を自覚せざるを得なかった。

 

 

やっぱりヒカリに勝つことなんてできっこないのだ。その日から、大輔にとって八神太一という存在は、勝手に慕って崇拝して崇めたてまつるただの神様になった。お兄ちゃんになってほしいという願いは、お兄ちゃんの代わりでいてほしいという願いに変わり、八神太一が本宮大輔のお兄ちゃんになってくれるかもしれない。

 

期待やもしかしたらという奇跡を望まない代わりに、こっそりどん底の自分を慰める理想のお兄ちゃんでいてほしいという願いの拠り所となった。最後の砦である。ヒカリは気付いていない。なんにも気付いていない。最後まで大輔が八神ヒカリに対して、「よろしく」という一言を口にしなかった最後の抵抗を。

 

 

だってときどきサッカー部の応援で顔を合わせると、にっこり笑って挨拶してくれるくらいには、ちょっと会話するくらいには仲良くなったのは、ヒカリから話しかけられたからだ。小学校でもたまたま廊下ですれ違ったり、太一のサッカー部の練習を見に来た時にあったりすると、普通に会話するくらいには知り合いになった。

 

 

でもそれだけである。大輔にとって、ヒカリと大輔を繋ぐのは、何処までも八神太一でしかないし、話題も学校関連とサッカーを除けば尽きてしまう。ヒカリは大好きなお兄ちゃんのことが聞ければそれでいいのだろう、と大輔は踏んでいる。きっとヒカリにとっては、大輔はどこまでも大好きなお兄ちゃんのやっているサッカー部の後輩で、同じ小学校の同級生である。

 

きっと友達ですらない。知り合いである。ちょっと仲がいいとクラスメイトがはやし立てることがあるが、本人たちにそんな意識は微塵も無い。だってサッカー部の太一のことを話せば、ものすごい勢いで食いついてくる。

 

末恐ろしいほど仲がいい八神兄妹である。目をキラキラさせて、自分の知らないお兄ちゃんを聞かせてほしいと面食らうくらい迫ってくる。そしてありがとうとそれはそれは嬉しそうに笑うのだ。

 

 

そこにいるのは学校の八神ヒカリちゃんであり、太一によく似てしっかりとした女の子である。どこにでもいるようなお兄ちゃんが大好きな普通の女の子である。八神ヒカリはどこまでも八神太一が世界の中心で回っているような女の子であり、それが当り前であると信じてやまない女の子である。

 

それがどんなに幸せなことなのか、どんなにうらやましいことなのか、考えたことも無いような女の子である。大輔があの日から一度たりとも、八神ヒカリのことを「ヒカリちゃん」と呼んだことはないにも関わらず、全く疑問に思わないような子である。

 

 

そんなヒカリから、太一のことを聞き出すために、いろいろと話をして、仲良くなることの何が悪いのだろうか。話しているのは本宮大輔なのに、今まで一度たりともお互いについてプライベートに突っ込んだ話をしたことが無いのに、何処までもその向こう側に八神太一を見ているような女の子と仲良くできるほど、大輔は心が広くない。

 

大輔はもうとっくの昔に八神太一がお兄ちゃんになってくれることを諦めているのだ、八神ヒカリによって。それが今更、本当に今更、八神太一がまるでお兄ちゃんのように接してくるのである。どうせよというのだ。期待しそうになるではないか。

 

 

太一が構ってくれるたびに大輔は泣きそうになる。だから抵抗する。素直にそのまま受け入れることが出来ない。奇跡なんて起こらないんだと現実を突き付けてきたのは太一のくせに、またかなわない願いを抱きそうになるのは太一のせいなのである。しかもその扱い方が明らかに八神ヒカリに対するものであると、残酷なほど大輔は気付いてしまう。鈍感になりようがない。

 

ヒカリとの会話の中で、恥ずかしいと体験談を愚痴としてこぼしながらも、明らかにのろけが入っているのを聞かされてきたから分かってしまう。大輔がこうして太一にかまってもらえるのは、きっと風邪で寝込んでいるというヒカリがこの漂流生活にいないからこそであり、そのたびに大輔は優越感と罪悪感にさいなまれながら、嬉しくなってしまうのだ。

 

 

はあ、と溜息をついた大輔は、ほら、いくぞと当たり前のように手を引いてくる太一に手を掴まれたまま、あの時のヒカリと太一みたいに手を繋ごうとしてくる太一の手を振り払えないまま、一緒にポヨモンを探す羽目になってしまう。俺は八神ヒカリじゃない。本宮大輔である。

 

なんかこの人、勘違いしてないか?ちょっとだけ、大輔はそう思った。ブイモンは珍しく何も言ってこないことに不思議がりつつである。ブイモンは大輔がデビモンに酷い目にあった後、どんな状態だったかレオモンに担がれながら見ているから。

 

太一がどんな面持ちで大輔を運んでいたか、どれだけみんなが心配したか知っているから言えるわけがないのだ。一応大輔にも言ったのだが、いまいち本人は理解しきれていない。その時の記憶がない人間に、いくら言っても伝わらないものは沢山あった。

 

 

「お前さあ、ホント素直じゃねーなあ」

 

 

あんたって本当に素直じゃないわね、とあの日つぶやいた姉と重なってしまう。大輔は首を振って幻影を飛ばした。

 

 

「なーんで相談に来ねえんだよ。いつでも相談に乗ってやるって言ってるだろ、大輔」

 

「はい?」

 

「オレでいいだろ、相談相手。光子郎の奴、先輩ぶりやがって」

 

 

大輔は硬直する。なんでこの人、光子郎先輩とテントモンとブイモンしか知らないこと知ってるんだという衝撃である。

 

 

「なんで、知ってるんすか」

 

 

震えている大輔に、太一は何言ってんだとばかりに肩をすくめた。

 

 

「お前らおいて勝手にどっかいける訳無いだろ、見てたんだよ、みんなで」

 

「みんなでっ……?!」

 

「ゲンナイの爺さんのこと信じちまうような危なっかしい後輩ほっとけるかよ」

 

「んなっ?!何言ってんすか、オレはっ……!」

 

「オレは?」

 

「……」

 

 

はあ、と太一は溜息をついた。

 

 

「あのなあ、大輔。オレってそんなに頼りないか?」

 

「そ、そんなこと無いっすよ!」

 

 

相変わらずの後輩に、太一は頭をぐりぐりしながら、なら頼れ、と呟いた。わからない。可愛い後輩のことが分からない。全然分からない。太一は内心、大輔のことが理解できないで、すっかり困り果てている。大輔の行動ははっきり言って矛盾だらけである。

 

ジュンお姉ちゃんと仲が悪いから空や太一を兄や姉として慕ってくれていると知ったときには、ヒカリを口にすることが大輔にとって辛いことだと知ったから、言わないようにしているのだ。明らかに遠い目をしなくなった。

 

 

そしたらお兄ちゃんのように慕っているというから、兄のようにふるまったら本気で抵抗してくるのだ、訳が分からない。それに相談したいことあると言ったのは、結局玩具の街以来とんと音沙汰なく、何にも無いのかと安心しきっていたら、どうやら親友であるタケルや光子郎には打ち明けているものがあるらしい。

 

これは由々しき事態である。全然面白くない。これはなかなかにダメージが大きい話である。八神家のお兄ちゃんとしてみんなから信頼を向けてくれと主張し続けてきた太一からすれば、大輔の行動は明らかに裏切り行為である。背徳行為である。信頼していないと言っているようなものである。

 

 

そりゃあ、なっちゃんの件とかデビモンの件とか、大輔の中で太一の存在が権威が失墜するのは無理も無いかもしれないが、太一は内心焦りまくっていた。必要以上にその事実に焦燥感を感じてしまっていた。

 

もともと大輔は思い込んだら一直線で、自分でやることは自分でしたがるしっかりとした後輩なのに。何にも変わらないはずなのに。どう言うわけかいろんなことが気に入らなくなり始めているのだ。だからどうしても行動がおかしいくらいに大げさになる。なんとかしようとするたび、おかしくなっていく。

 

それはきっと、太一は大輔の考えている通り、きっと無意識のうちに大輔をヒカリと重ねているからなのだろう。炎天下の中でぐったりと死んだように眠っている妹を必死で呼びながら、おんぶしながら、泣きながらマンション走って帰ったあの日と。

 

デビモンによってボロボロになってしまった大輔の様子が余りにも酷似していたから。太一にとって急所とも言うべき出来事と状況が似すぎていたから。お兄ちゃんにならなければいけないんだと悲壮な決意を固めた、太一にとっての原点。二度とあってはならないあの日とあまりにも似ていたのだ。

 

 

だから違いがありすぎて、どうしても違和感が拭いされなくて、いらいらするのである。大輔は頼ってくれない!と。よくよく考えてみれば、お兄ちゃんとして慕っているとは言うものの、何にも求められたことなんてない。

 

大輔は大輔でいろいろ頑張っていて、どうしても自分ではどうにもならないことがあれば、最終手段として太一に頼っているだけだった。最悪なことに、我が最愛の妹は、昔から辛いことがあっても絶対に口にせず、じーっと我慢しているような困った性質をしている。

 

 

だから太一はヒカリに構い倒し、過保護になり、ずっとずっと守り続けてきたわけだが。それがお兄ちゃんであると確信してきたわけだが。ヒカリはそれがお兄ちゃんと受け入れているのに、大輔は受け入れてくれないのだ。

 

当たり前である。大輔はヒカリではない。だが全てが無意識の太一はそれに気付かない。だから大輔が嫌がる理由が本気で理解できない。なんでそんな泣きそうな顔をするのか分からないまま、太一は大輔の手を引いて、ポヨモンを探すことにしたのである。

 

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