ドリモゲモンの鼻先にあるドリルをみて、ライバル視したらしいイッカクモンが自慢のミスリル製の角で応戦する。攻撃を真正面から受け止め、得意技であるヒートトップで額の黒い歯車を突き刺そうと振りかぶる。
しかし、本来極寒の地に生息するため全身が真っ白で柔らかな毛皮で覆われているイッカクモンは、防御力が低く、両手から繰り出された鋭い爪に不意を突かれ、スクリュークロ―が襲いかかった。それを止めたのは、カブテリモンによるメガブラスターだった。溜められた電撃が豪快にプラズマ弾として打ち出される。
不慣れな地中戦である。洞窟のせまい空間で吹っ飛ばされたドリモゲモンが、どおおん、という轟音と共に壁に打ち付けられた。危ないぞ、周りをよく見ろよ、と必死な丈の声、懸命に叫ぶ子供たち、デジモン達の声を聞いた二体は、辺りを見渡した。
派手に暴れたせいでド派手にぶっ壊れている洞窟。ちょっとやりすぎたかなという呑気な考えは、その瓦礫の中でPHSが引っ掛かって身動きが取れない大輔を発見したとたん、吹き飛んでしまう。
敵デジモンと戦うということは、大好きなパートナーのために最も力を発揮することが出来る絶好の機会である。ついつい彼らはバトルに夢中になって、周りをよく見ていなかったようだ。
無防備な選ばれし子供が目の前にいるのだ。ドリモゲモンも気付いたらしく、黒い歯車の暴走で真っ赤な目が大輔の背後をとらえる。ハープーンバルカンで今度こそ黒い歯車を止めようとしたイッカクモンよりも先に、動いた影がある。
辺りを撒き散らしていた砂ぼこりもろとも巻き込んで発射されたエックスレイザーが、ドリモゲモンの額にある黒い歯車とドリモゲモンごと豪快に洞窟の壁に貼り付けにした。
大輔はPHSに夢中で気付いていないが、突風が吹きぬける。光子郎が大輔とやり取りをしたのち、無理やり立たせて手を繋いでコンビニに一直線に駆けていく。
よかった、と安堵の息をもらしながら、デジヴァイスの進化の光から解放されたブイモン。巻き込みかけたことを謝罪するゴマモンとテントモンに、気にするなと軽く流して、急いで大輔の所に向かおうとした。そしたら気が付いたらしいドリモゲモンと目があった。
ブイモン達を見て、真っ青になって逃げ出してしまった。ドリモゲモンは、もともと恥ずかしがりやで大人しいが、悪戯好きの性格であり、めったにお目にかかれない珍しいデジモンである。おそらくタグを隠しにやってきたデビモンに見つかって、黒い歯車で操られてしまったのだろう。
捨て台詞のように置き去りにされた謝罪に3匹は苦笑いした。黒い歯車という大義名分があるとはいえ、結果を見れば1対3のフルぼっこである。さすがにちょっとかわいそうだったかもしれない。
だが黒い歯車によって強化されたドリモゲモンのパワーとスピードは、地中戦の地の利を得たことも相乗効果となって、大苦戦していたのだから、まあおあいこといったところだ。大輔達の所に一目散に行こうとするブイモンの手を止めるものがある。驚いて振り返ったブイモンに、待っていたのはおめでとう!という声だった。
「やりましたなあ、ブイモン!」
「え?なになに?」
「何がって決まってるだろー、初勝利!初めて勝ったじゃん、おめでとーっ!」
ひょっこひょっことやってきたゴマモンが、ばしばしとブイモンの手を真ん丸の前足で叩いてくる。目をぱちくりさせて疑問符を浮かべるブイモンに、ゴマモンとテントモンは顔を見合わせた。
「嬉しくないのかあ、ブイモン?」
「もしかして、気付いてなかったんでっか?これでワイら、全員、勝った数が同じでっせ!」
「………勝った?勝った?勝ったって、あれ?え、え、えええええっ?!」
「そない驚かんでもええやんかー、おもろいなあ、ブイモン」
「あはは、すっげー嬉しいだろ?」
「………そっか、オレ、勝ったんだ。初めて勝ったんだ」
何度も繰り返すことでようやく自分が成し遂げたことが現実を帯び始め、ブイモンは達成感のあまり気分が高揚する。嬉しそうに目を輝かせて、全身で沸き上がってくるハイテンションのまま、ブイモンは全力で万歳して、ぴょんぴょんとび跳ねた。ずっと昔に置いてきぼりにした感覚である。すっかり記憶のかなたで忘れ去られていた感覚である。お帰り、オレの原点。
待ち望んでいた初めての進化の果てにあったのは、大輔の次に大好きななっちゃんを相手に戦うという悲しき結末である。エクスブイモンはなっちゃんのデジコアから作られて、破壊されていくデータチップを何とか壊さないように懸命で、大輔に全ての望みをかけて逃げ回っていたため、それどころではなかった。
次こそはと進化したら、エンジェモンとデビモンから大輔を守りきり、無防備なタケルが攻撃に晒されないように警戒するのに必死で、それどころではなかった。何とかおかしくなったエンジェモンを説得するのに精いっぱいで、そのまま撃墜された。
そして、3回目はまだまだ余力があったにもかかわらずエンジェモンに根こそぎ進化のパワーを奪われてしまい、ブイモンに退化せざるを得なかった。
よくよく考えてみれば、ブイモンはエクスブイモンに進化こそ出来ているが、黒い歯車からデジモンを開放する、大輔達を襲いかかってきたデジモンから守る、宿敵を倒すという大義面分がある状況下で、まともな勝敗が考えられる状況は初めてだ。
ゴマモンとテントモンがずっとしてきた当たり前のこと、戦う理由というやつのために、ちゃんと戦うことが出来たのは初めてである。
なんにも考えないで、戦いに最後まで集中することが出来たのはこれが初めてである。ついでにいうと、背中に大輔がいないで戦ったのも初めてだった。全てが新鮮だったが、突き動かしたのは大輔の危機である。それだけは何にも変わらない。
二体から、勝数が横並びに同じだ、と言われてブイモンは嬉しくなる。やっとみんなに追いついた!かつて自分たちも同じ感動した覚えがあるらしいテントモンとゴマモンは、顔を見合わせて笑うのだ。
共有する感覚と共に、ずっと頑張ってきたブイモンが初勝利を飾れて、感動もひとしおのようである。喜んでくれる仲間達がいると分かれば、もうブイモンの心に浮かぶのはただ一人だけである。
「ほら、早くいってきなよ、ブイモン。オイラ達、ひきとめちゃったみたいでごめんな」
「そうでんなあ、きっと喜んでくれはるで」
「うん!オレ、言ってくる!一緒に初めて勝ったの半分こしてくるよ!オレ達、運命共同体だから!」
力強くうなづいたブイモンは、喜び勇んで駆けだした。思えばずっと待ち望んでいたはずの目標だった。進化して、大輔の役に立って、頭をなでてもらって、それからそれから!大輔、大輔、褒めてよ!褒めてくれよ!よくやったなって言ってくれよ!オレ、初めて勝ったんだ!大好きな大好きなパートナーのもとに駆けだしたブイモンは、大輔!と大声で呼んだ。
「だいすっ……け………?」
困り果てた顔をした光子郎と泣き崩れている大輔がいた。まただ、とブイモンは走るのをやめてゆっくりと歩みをとめた。いっつもそうだ。大輔は、いっつもオレが一番欲しい言葉を、ほしいタイミングでくれない。
でも、運命共同体だから、悲しみを半分こにしてあげなくっちゃ、と思って、ブイモンは駆けだす。複雑だけども、こういう時だけしか、大輔はブイモンだけを頼ってくれないから。ずるいかもしれないけれど、ブイモンだけしか分かってあげられないことがたくさん増えたから。
大輔が泣くたびにブイモンは嬉しくて泣きそうになるのである。早く大輔が抱えてる問題を解決してあげなくっちゃ、いつまでたっても大輔は周りのことに一生懸命になってくれない。自分のことに一生懸命になれないやつは、他のことなんて一生懸命になれっこないのだ。絶対に。
がんばらなくちゃ、とブイモンは思った。光子郎との問題が解決してから、初勝利のことを話したら、ブイモンの一番大好きな顔で笑ってくれた大輔がいたから、おめでとうって揉みくちゃにしながら、思いっきり褒めてくれたから、ブイモンはちょっとだけ機嫌を直した。
ブイモンはかつて、とってもシンプルな世界を生きていた。おいしいものをたくさん食べて、いっぱい遊んで、おひさまのもとでひなたぼっこして、おひさまといっしょに眠る。必要以上にする必要が無いシンプルな世界は、心もとっても単純で、とっても静かな世界だった。
身体が覚えた経験、その時点での判断力、行動力、そう言ったものだけで十分だった。ブイモンはアグモン達と共に大輔を待ちわびていたわけだが、本人はおろか仲間達が誰も気にしていないため、大輔を除いて子供達は誰も知らないが、ブイモンはチビモンとして途中からコロモン達と合流した。
コロモン達はみんな一緒に始まりの街で生まれて、みんな一緒に幼年期1の時代を過ごし、そして幼年期2の時代になって、あの森の辺りで太一達を待ちわびるために集まった。時間という概念を象徴するものが何一つない生活だったから彼らは知りもしないが、その長さは実に200年にも及ぶ。
一方その頃、チビモンはダイノ古代境にある時間の流れが本来よりもゆっくりと流れるエリアで生きていたから、体感時間では100年ほどしか経っていない気がしているのだが、実際はかなりの落差があったりする。
チビモンが本来の時間の流れにして200年ほどダイノ古代境から出してもらえなかったのにはちゃんと理由がある。守護デジモンであるケンタルモンやマスターティラノモン達に通してもらえなかったのは、やむおえない理由がある。
しかし、200年の間にはじまりの街の守護デジモンが姿を消し、暗黒の力によってファイル島の歴史に詳しい者たちが次々と犠牲となっていき、もはや彼らの残した伝言を頼りに行動するしかなかった守護デジモン達は説明する術を持たなかった。
チビモンをはじまりの街に案内してくれた名前も覚えていないデジモンが迎えに来た時は、特殊エリアから出た瞬間、今までと全く違う時間の流れに体がついていかなくて、時差酔いでふらふらになってしまう。ゆっくりと体が本来の時間の流れになれ始めてからようやくチビモンはコロモン達と合流することができたので、時間にすればほんの数年といったところになってしまうだろうか。
コロモン達とチビモンは共に過ごした時間がとっても短くて、お互いにほんのちょっと距離があった。もちろんそんな些細なこと、お互いに幼年期のまま進化できないという不思議な生き方をしている共通点やデジヴァイスを持っていること、パートナーというかけがえのない片割れがいるという事実を前にすれば、なんてことはなかった。
しかしながら、事実上ひとりぼっちの時間がとっても長かったブイモンがパートナーとパートナーデジモンの関係性について、やたらと過敏なのは、異様なほど執着するのはきっとそのせいである。
事情が変わったから、と「いつか」のためにデジタルワールドが大切にしまっていた古代種をわざわざ復活させたのだ。古代種の力を扱える子供とであうその日を待ち続けて、洞窟でその力と一緒に眠り続けていたブイモンを叩き越したのは、デジタルワールドなのである。
でも、事情が変わったから、としか教えてもらっていないから、なんで目が覚めたのか分からない。本来一緒にあるべき力は、まだそのときじゃないから、と封印されたままである。
眠り続けていた理由を取り上げられてしまったブイモンは、なんのために目が覚めたのか分からなくて、困惑した。故郷という名の生息域はとっくの昔に忘れてきており、過去なんてものもないから、本当に目覚めたばかりのころはすっからかんだった。
ブイモンは未来でも過去でもなく今を生きる。それはもう、前向きなほど今を全力で生きるしかない。自分の目で見て、考えたことが全てである。
そんなブイモンにとって、本宮大輔という新しく与えられた目覚めた理由である選ばれし子供のパートナーは、それはもう最上級の幸福だった。だから幾らでも一途になれるし、一直線になれるし、大輔のためならなんだってする、一番になりたいとおもうのだ。
なんにも知らない大輔は、ブイモンにいろんなことを教えてくれた。そして、それは同時に尽きることのない「もっと」の始まりだった。進化しても足りない。初勝利できても足りない。パートナーデジモンとして大好きだって言ってもらえても足りない。一度満足しても、全然足りないのである。ブイモンは大輔が大好きなのだが、その大好きが止まらないのである。
それは、あまりにも早く出会ってしまったから、大輔というパートナーが本来よりもずっとずっと幼いせいで、ブイモンと大輔がお互いに成長していくために必要なものをそれぞれが上げて、混ぜ合わせて、半分こしても、その本来必要な分を満たすことが出来ないせいのである。
だからそれを必死で埋めるために、ブイモンと大輔は、ほかのパートナーとデジモン達よりも、いろんなことをもっともっと半分こする必要があるのが原因だった。
もちろんブイモンはそんなこと知らないから、ただ大輔の1番になりたくてずーっと頑張っている状態である。ちょっとずつブイモンのことを考え始めてくれた大輔のおかげで、だいぶん空回りは解消されてきたが、まだまだ先は長い。
いつもはしまいこんでいる白い爪を久々に突き立てて、ひょいひょいと木に上ったブイモンは、木の一番てっぺんに登ってぐるりと辺りを見渡す。ポヨモンがすぐにでも見つかるとは思えないが、なんにも無いよりはましである。いつ何時何が起こるか分からないから、お気楽にエクスブイモンに進化できないのが辛い。
進化したらすぐに空飛べるのに。一度空を飛ぶ楽しさを知ってしまったせいで、空を見上げて地面にはいつくばっているのが退屈でたまらない。目を皿にして見渡したブイモンは、ふとさっきまで無かったはずの白い煙を見つけた。なんだあれ?
おかしいな、あっちは確かパグモン達が見に行ってくれてた滝のある場所である。いない、と残念そうに言ったパグモンに、そうですか、と肩をすくめてばってんをした光子郎をブイモンは覚えている。これはさっそく下で待っている太一と大輔に知らせなければ、と器用に高い高い木の上からおり始めたブイモンは、下の方から聞こえる大声に驚いて落っこちそうになった。
太一と大輔の声である。なんだなんだ、と目を丸くしており始めたブイモンは、嫌な予感がした。急げ急げ、なんかヤバいぞ!下の方では、大輔が太一の手を振り払うのが見えた。大輔と太一がなんか喧嘩している。あの時と同じだな、とブイモンは思った。
「オレは……ヒカ…な………」
「それ……おま…が…ふざけ……!!おま……オレ………太……!!……さ……ない!!」
よく聞こえない。これはヤバいかな、とブイモンは思って降りていく。ブイモンは大輔が太一と喧嘩するのはあんまり好きではない。だってなんか違うのである。人間の複雑な心理や感情、情緒を学び始めたばかりのブイモン。
その違いをはっきりと表現する術を持たないが、喧嘩して、ごめんなさいって謝って、すっぱりと水に流してしまう、タケルやパタモン達とは違うのだ。それだけは分かる。何というか、言葉が、ぶつかる想いが、いちいちとってもずっしりしていて、側にいるだけでとってもつかれるのである。
しかも、太一と大輔の喧嘩の間は、大輔の頭の中は太一のことで埋め尽くされてしまい、ブイモンがいくら話しかけても、いくら行動に起こしても、いくら頑張ってアピールしても、ちっとも気付いてくれなくなってしまうのである。
初めて大輔と出会ったばかりのころを思い出してしまうのである。こっちのことなんかぜーんぜん、構ってくれないし、気付いてくれないし、見てくれないし、なんか透明人間になった気分になる。
とりあえずあの頃と違って分かったことは、太一と喧嘩することは、大輔がジュンお姉ちゃんのことで思い悩んでいるときと、まったく同じであるということである。きっと根っこの方でつながっているんだろう。話題を出す時の大輔は本当にそっくりだ。
なんとか止めなくちゃいけないな、と足場を作りながら降りていく。ブイモンが落っこちないように降りていく間にも、どんどん状況は悪化していく。ブイモンは大輔があんなに真剣に怒るのを初めて見た。太一が感情的になって大声を荒げるのを初めて見た。
怒るってことは、手や足が一切ないにも関わらず、これだけ圧倒されるものなのか、と驚いてしまう。だって太一がかつてヤマトと大喧嘩した時と同じくらいの剣幕で、なんかまくしたててるのである。大輔も一切それにひるむことなく、すさまじい勢いで食いついているのである。
大輔はジュンと毎日のように喧嘩しているとブイモンは知っているし、具体的にどんな感じで姉弟の喧嘩があるのか聞いたから、ああこれがきっと大輔にとっての喧嘩なんだろうな、と分かるが、見る限りでは太一はショックを受けているようだ。
異性とは言え、大輔はジュンよりもずっとずっと小さいのだ。そんなちっぽけな大輔が毎日のように喧嘩するのである。普通に考えて、暴力に物を言わせるのは体格的に無理だし、口で言い負かすのも無理とはいえ、負けず嫌いの根性は確実に食いついて行くだけの上げ足とりの早さを身につけている。
八神兄妹の仲の良さがどれくらいなのかは知らないが、喧嘩の経験は圧倒的に大輔の方が上のようだ。太一が押されている。流石に大輔に手を上げることは、かつて無いほど不安定になっている大輔に。
薄れかけているトラウマを呼び起こすことになるから、最後の理性を振り絞って我慢しているのであろう太一のお兄ちゃんとしてのプライドなんて、大輔は分からないだろうけど。怪奇現象で大輔の減らず口と屁理屈、無茶苦茶な感情論の展開の早さには圧倒されていたようだったから予想はしていたけど。
やがて大輔は、自分の頭に付けられているゴーグルに手を付けた。これはマズイ!流石にブイモンは焦った。あの時、大輔は喧嘩しているといっても、頭にある太一の象徴であるゴーグルに手をかけることなんて絶対になかった。
PHSと同じくらい大事に大事に身につけていた。これをあっさりと手にできるということは、大輔はすさまじく追いつめられている証だ。大輔、と制止の言葉をかけてブイモンが飛び降りるのと、ゴーグルを叩きつけて、大輔が太一を睨むのはほぼ同時だった。
「太一先輩って呼べばいいんでしょう?分かりましたよ、もう二度と太一さんって呼びませんよっ!!」
しゃくりあげながら、もう支離滅裂な言葉をこぼしながら、大輔はぐしゃぐしゃになって走り去ってしまう。大輔!と反射的に追いかけようとしたブイモンは、なぜか硬直してゴーグルを見ている、放心気味の太一に気付いて驚いた。なんでびっくりしてるんだろう、太一。
タケルや光子郎との喧嘩を見てないのだろうか?全然変わらないのに。大輔はいつもいつも喧嘩になると訳の分からないものに押しつぶされてしまう恐怖と闘いながら喧嘩をしているって、知ってるんじゃないの?
相手とちゃんと喧嘩するために必要な言葉が、濁流のような何かによって飲みこまれて、うやむやなまま消えてしまい、なんで大輔が怒っているのかっていう証を相手にぶつけられない恐怖と闘いながら大輔は喧嘩をするのだ。だから早く早くと気持ちだけが急いて、いつも無茶苦茶な形でしか、言葉を吐き出せないのだ。
頭の中でまとまったままだしてしまったら、もうそのときには訳の分からないものに押しつぶされてしまい、大輔から出てくるのは諦めとその重圧から解放されたいという一心から共に紡ぎだされる寛容の言葉である。そのときにはもう、大輔の本心なんてとっくの昔に消え去っている。
そこに残るのは、分かってもらえないというどん底の悲しみである。太一言ってたじゃないか、光子郎とタケルの喧嘩、聞いてたって!だから大輔は太一にジュンの姉ちゃんにしてるみたいに、本気で喧嘩しても大丈夫なんだろうって思って喧嘩したんだろうに。なんで?ブイモンは思わず口に出していた。
「どうしたんだよ、太一。なんで驚いてるんだよ、これが大輔の喧嘩でしょ?」
「………マジかよ」
「太一、もしかしてオレ達に嘘ついた?タケルと光子郎との喧嘩、見てないの?」
「喧嘩のことは知ってるけど、タケルも光子郎も教えてくれないんだよっ。だからカマ掛けたら……」
「大変だ!今すぐおっかけよう、太一!大輔、絶対勘違いしてるんだよ!太一はもう全部分かってるんだって思ったから、全部全部見せようとしたんだよ!分かんないならオレが教えてあげる!大輔はね、素直じゃないのが素直な気持ちなんだ。訳の分かんないものに押しつぶされて、いっつもいっつも言いたいことが消えちゃって、もうそこには息もできないくらい苦しいって気持ちしかないんだ。
だから、自分の気持ちが消えちゃわないうちに、わーって最初に言いたいこと全部ぶちまけちゃうんだよ。早くしないと大輔が一番怒ってる理由とか、分かってほしいこととか、全部全部潰れちゃうんだ。だから、言いたいこととか、全然支離滅裂になっちゃうんだよ。訳の分かんないものに押しつぶされた後は、もう大輔諦めちゃうんだよ。もうどうでもいいやってなっちゃって、なんでもかんでも許しちゃうし、忘れちゃうし、もうそこに大輔の言いたいことって残って無いんだよ!」
「でもあいつどっか行っちまったじゃねーか、もうオレと話したくないんだろ!オレともう二度と話したくないって!」
「違うよ!最後まで自分の気持ちに一生懸命になれないのが、大輔が一番嫌がってることなんだよ!太一とちゃんと喧嘩したいから、訳の分かんないものに押しつぶされちゃった後のことは、全部全部大輔の気持ちなんて無いから、それを太一に勘違いされたくないから逃げちゃったんだよ!タケルの時もそうだったんだよ、大輔とちゃんと仲良くなりたいって言った言葉が怖くなって、分かってくれなかったら嫌だって。でもタケルは逃げちゃった大輔追いかけて、最後までずーっと喧嘩してたから、大輔諦めて自分のやなトコ喋ったんだよ。だから友達になったんだよ。太一は大輔の友達じゃないの?」
「………あのバカ」
ブイモンは知らない。一番大好きな人をお互いに重ねている矛盾を、こともあろうに相手の方だけ残酷なほど分かってしまっている太一と大輔の大喧嘩は、もう目も当てられないほどの有様だったことなんて、知らない。でも、大輔の言葉はブイモンには、訳の分からないものに押しつぶされる前に、何とか絞り出した言葉が全てだろうと断言できる。
「二度と太一さんって呼ばないから、お兄ちゃんって思わないから、太一のことサッカー部の先輩だって思うから、嫌いにならないでって。大好きでいさせてって。オレにはそう聞こえたよ、太一。大輔にとっては、もう時間が無かったから、嫌いにならないでくれって言えなかったんだ。いこう、太一。喧嘩したらゴメンナサイして終わりなんでしょ?」
「ホントにそう思ってんのか?大輔」
「絶対そうだよ。だってオレ、大輔のパートナーデジモンなんだ。分からないことなんてない!」
「……オレは分かんねえよ、大輔のこと」
「なんだよそれ!オレよりずーっとずっと大輔と一緒にいて、オレの知らない大輔のこと沢山知ってるくせに、なに贅沢なこと言ってんだよ、太一!オレだってまだまだ大輔のこと分かんないよ。でも、だからって謝らない理由にはなんないだろ!太一は大輔のこと、嫌いなのか?仲直りしなくてもいいのか?それだけだろ?なにいろいろ考えてんの?人間の方が分かんないよ」
「うっせー、まだ数週間しかたってねえのに、知ったような口聞くんじゃねーよ!オレ達にはオレ達なりの喧嘩ってやつがあるんだよ!大輔、何処だよ、ブイモン。パートナーデジモンならそれくらい分かるだろ?」
案内しろよ、今すぐ!とせかす太一がそこにいた。言われなくっても案内するよ!とブイモンは叫ぶ。
その時である。
突然、ブイモンの身体が輝きだす。あれ?あれ?なんで?大輔も大輔のデジヴァイスもここに無いのに?あれ?混乱しているのはブイモンも太一も同じである。太一のデジヴァイスには反応はない。光がとかれた時、そこには間抜け面をしたエクスブイモンがそこにいた。
「なんでいきなり進化してんだよ、ブイモン!」
「オレに聞くなよー、知らないよ!でもこれならすぐに大輔が探せるんだ!どうでもいいだろ、早く乗って!きっとオレの気持ちが届いたんだ!」
「お、おう!」
訳の分からないまま、勢いに流されて太一もエクスブイモンもそのまま、大輔を探しに出かけてしまう。このデジタルワールドにおける冒険において、ブイモンが大輔不在にも関わらず、デジヴァイスを離れているにも関わらず、進化することができたのは、この一度だけであったことを記しておくとしよう。
これはブイモンが古代種だから起きたことだ。ブイモンが大輔から片時も離れまいと必死だったことも。共にいられない危機が迫った時、規則的な古代種への進化の条件が整っていたにも関わらず、現代種に進化してまで、その危機を回避しようとする防衛本能が働いたことも。
たとえ本人が忘れているとしても、本能は覚えているのである。今回の進化は古代種が古代種たる特徴が無自覚のうちに現れ始めた兆候だった。少しでも早く、少しでも早く、大輔と会うために。黒いドラゴンは白い翼を広げて空を舞った。