『大輔、お前、前から思ってたけど全然分かって無いだろ!自分のこと分かってないだろ!お前、まだ小学校2年生なんだぞ?わかってんのか?!』
まず突き付けられたのは、本宮大輔という少年は、自分が思い描いている以上に、ちっぽけな存在であるという事実を、客観的な立場であるとはとても言い難いが、他者である視点から真っ向勝負で断言された衝撃である。太一は言う。
お前がどう思っていようが、お前はお台場小学校2年生のただのサッカーが大好きな子供にすぎないんだ、という事実を告げる。反発しようが、必死で否定しようが、一切脚色が含まれていない事実の蓄積は、ずたずたに大輔の心に突き刺さっていく。
大輔は現実を知る。現実を直視していなかった自分と現実を知る太一との間に、どれだけ大前提が違っていたのか、認識や理解の落差があったのか、デジタルワールドに来たころから太一がずっと抱え続けていた不満や不平や愚痴といった形で、濁流のように聞かされ続ければ、嫌でも気付いてしまう。
ブイモンからの経由で知っている事実もあったが、言葉もあったが、もちろん忠告や指摘もあったのだが、ブイモンはパートナーデジモンである。大輔が世界で一番大好きで、そして大輔と同じ視点から世界を見ようとして頑張っている存在だから、大輔が傷つくようなことは絶対に言わない。
ましてや大輔を否定することなんてもっての他だ。それに大輔が分からないことなんてブイモンには絶対に分からないし、興味も無い。だから大輔の知る現実がブイモンにとっての現実だから、分からなかった。おんなじ立場の存在から言われたって、説得力は皆無である。
でも太一は違う。太一はお台場小学校の5年生であり、サッカー部のキャプテンであり、お兄ちゃんであり、選ばれし子供の中でもみんなを引っ張ってきた一人だ。完全なる他者である。
だから太一の口から語られる大輔の現実は、すさまじい説得力があり、まざまざと生々しいくらいに教えてくれる。大輔は守られるべき立場の人間であるということ。それを自覚せずに行動しているせいで、いかに大輔が危なっかしいのか切々と語られる。なっちゃんの件、デビモンの件、大輔が喪失している空白の記憶に至るまで、全部全部みんなを守ろうと頑張ってきた太一の視点から語られる。
大輔がみんなに認められたいって思って頑張っているのは、みんな知っている。わかっている。微笑ましいし、頑張っているんだなって思っている。気付いているのだ、と聞かされた時、大いに大輔は驚いたが、それくらい分かるにきまってるだろ、と断言される。
だからこそ、みんな心配になる。不安になる。大輔は別に全然空回りしているわけじゃない。でも、足元がお留守番になっている大輔が起こす行動は、いつだってその頑張りと反比例して、みんなをはらはらさせているのだ。
たしかに最愛の妹であるヒカリと重ねてみていたのは認めるし、それで大輔が辛い思いをしていたのは知らなかったし、申し訳なく思うが、大輔はなんにも言わないでじーっと我慢しているヒカリとは違って、積極的である。よくしゃべるし、よく行動に起こす。
それなのに心配をかけるのは全く同じだから始末に負えない。何をしでかすか分からなくて、尚更みんなをハラハラさせているのだ。本宮大輔は大事な仲間だって、かけがえのない仲間だって、そう太一は断言した。だから余計に不安になるんだと。
みんなに大事にされているんだって、大切に思われているんだって、顔を突き合わせて真正面から言われた。初めて言われたのだ。これで分からないほど大輔はバカじゃない。みんなに認められたいんだって頑張ってきたことは、最初っから報われていたのだと知ったのだ。
ジュンお姉ちゃんのかわりに褒めてもらいたい、認めてもらいたいっていう気持ちを他ならぬ太一から肯定してもらえた大輔は、なおさら混乱することになる。唐突に訪れた至福の時は、次々に紡がれる大輔にとっては辛らつな事実からの逃避を躊躇させる。
『なんでお前隠し事するんだよ!隠し事してますって、聞いて下さいって、思いっきり顔に書いてあんのにいっつもいっつも誤魔化すだろ!大輔、お前、すっげー嘘つくのヘタなんだよ!見てて辛いんだよ、無理してるって分かってんのに、オレ達何にも出来ないから!じーってオレ達のこと見てるくせに、なんでこっち来ないんだよ!相談あるなら言えっていってるだろ!』
きっと太一にとって、大輔に対する怒りの根っこはここにあるのだろう。一気にヒートアップした怒涛の言葉の雪崩が、大輔の耳にきんきんするほどの音量でもたらされる。そこで大輔は無意識のうちに当てにしていた、本来知りえるべきではない情報を持っている自分と、持っていない太一の間で、どうしようもない思考回路の隔たりがあることを知る。
まず、ゲンナイさんをみんながどう思っているのかを聞かされ、ギャップを知る。もちろん太一は、ゲンナイさんよりも自分のことを当てにしてくれなかった大輔に対する八つ当たりも多大に含んでいるのだが、現時点において、大輔はみんなとま逆の考え方をしていたことを知って、大ショックを受けていた。
なんでだ、なんでゲンナイの爺さんをそこまで信用できるんだよ、俺より、と改めて問われた大輔は、今度こそ言い返すことが出来ない。それでも負けず嫌いの怒涛の反撃を食らいながら、必死で大輔の本心を問いただしていた太一は、大輔が目をそらすのを見て、大輔の中で確固たる根拠があるのを見出して、ますますかっとなる。すっげーいらつくんだよ、そういうとこ!と怒鳴られる。
大輔は誰にも言うなと言われた遼との約束と太一の怒りに二律背反になり、どうしようどうしよう、と狼狽しきっていた。そして、うっかりポロっと「遼さん」という言葉を口に出してしまった大輔は、はっとなる。
誰だよそれ!と当然のごとく追及してくる太一の気迫に圧倒され、誰にも言わないでくれ、と必死で言いながら、結局約束を破って太一に話してしまった。太一はもう怒りで訳が分からなくなっている。
大輔が必死に隠していたんだし、それはきっと嘘じゃないんだろう、信じられないけど。でも大輔の語る節々から、その「遼さん」とか言う顔もろくに知らない少年に対する絶対的な信頼、それもあこがれの人に対する信頼、ヒーローを見るような子供の無邪気な尊敬を感じとってしまった太一は、強烈な嫉妬にさいなまれてしまう。
なんだよそれ。だってそれは、本来なら大輔から太一に対して向けられている筈のものだったからだ。それは大輔が太一のことをお兄ちゃんとして慕っていると言われた時に、ずっと思い込んでいただけだったのだと知らされて愕然として、仕方ないか、と諦めたものである。
大輔にとっては太一はお兄ちゃん的な立場であり、遼はあこがれの人ということで共存できたのだろうが、そんなもの太一にとって我慢できるようなものではない。太一が大輔から欲しかったものを遼さんとか言う奴が、取っていってしまったのである。
面白い訳が無かった。そしてとうとう、太一はずーっと必死で押さえこんでいた言葉をついに発してしまうのである。タイミングは最悪すぎたと言っていい。大輔はもう言葉を返すのに必死で、再び太一に向かって言い放ってしまっていたから。
『なんすかそれえっ!!ふざけてんのはそっちでしょう?!この世界に来てから、ずーっとオレのことヒカリ、ヒカリ、ヒカリって!八神さんと重ねてしか見てないくせに!』
この一言でようやく太一は気付くのだ。呼び方が決定的に違ったから。太一がいるときはいつだって大輔は光のことを光ちゃんと呼んでいた。それは太一がオレも八神だからややこしいから、名前呼びにしろよって言ったからで、てっきりその呼び方が定着していると思っていたがどうやら違っていたらしい。
迷うことなく八神さんと言い放った大輔である。どうやらそちらが本来の呼び方らしい。八神光のお兄ちゃんである太一が大輔のお兄ちゃんをやろうとすることの残酷さは、大輔が勝手に太一を理想のお兄ちゃんとして神聖視することに匹敵する。
大輔が最愛の妹に向けている感情がかなり根深いところまで歪にゆがんでいることに、ようやく太一は気付いたのだが、すっかり頭に血が上っていた太一はもうどうすることも出来なかった。
『それをお前が言うのかよ、ふざけんな!オレは誰だよ、八神太一だろ?!オレはジュンさんじゃねーんだよ!ジュンさんはここにはいないんだよ!ここにいんのは、オレだろ?八神太一だろ?!光に重ねられて辛いとか言ってるくせに、オレに光のこと話すなって言ってるくせに自分は普通に話題にするとかおかしいだろ!なあ!オレをお前のお姉ちゃんと重ねんのはやめろよ、ずりいんだよ!!オレはサッカー部の先輩だろ!なんでオレがお兄ちゃんやんなきゃいけないんだよ、おかしいだろ!オレはなあ、その遼さんってやつになりたいんだよ!大輔が思ってる遼さんってやつに向かってるやつが欲しいんだよ!オレはサッカー部のキャプテンとして、お前に尊敬されたいんだよ、慕われたいんだよ、なんで分かってくれないんだよ!』
1999年8月1日、それはデジタルワールドという異世界でデジモンという生き物と出会ったメモリアルデイズである。それは同時に、本宮大輔が、生まれて初めて、八神太一という等身大のただのお台場小学校5年生の男の子と出会った日だった。
この時の八神太一という少年は、まだ配慮や気遣いとは無縁であり、少々言葉が足らないことがあるが、全てにおいて直球である。全力投球でぶんなげられた八神太一の本気の本音は、天性の鈍感さと大雑把さが年齢相応の幼さにより助長され。
表情とか言葉といった分かりやすいモノでしか、すべてを理解することが出来ない本宮大輔という少年に、それはもう残酷なほど響き渡った。その時の衝撃は、きっと一生忘れられないものになる。
大輔はもう衝動的にゴーグルを叩きつけて、言い放って、もう訳が分からなくなって突っ走るしかなかった。
『太一先輩って呼べばいいんでしょう?分かりましたよ、もう二度と太一さんって呼びませんよっ!!』
自ら最後の砦を粉砕してしまった大輔は、1年前自らの身を守るために必死で築き上げてきた防衛手段を、事実上1つ失ったことになる。1年前のトラウマの再発である。がらがらがら、と世界が崩壊していく。奈落の底に突き落とされたような感覚に陥る。見捨てられた、という意識が絶望を招く。
しかし、それだけではないから、余計に小さな心は大パニックに陥っていた。今までは、お姉ちゃんの代わりにしていて、ちょっとだけ後ろめたさを感じているレベルだったのだが、その比ではない。自分ではなく別の人に重ねられる、そして行動される、扱われる、言葉をかけられるという身代わり人形の辛さを今の大輔は身を持って知ったのである。
だから太一の言葉も嫌というほど理解できてしまう。自分が太一に対してどれだけ辛いことを強いてきたのか、もう後悔どころの話ではない。お兄ちゃんではいたくない、サッカー部の先輩として見られたい、という太一の本音は、そっくりそのまま、太一の妹のかわりではいたくない、サッカー部の後輩として見られたいという大輔の本音と鏡映しだった。
自分が作り上げた人間関係の中に囚われてしまい、がんじがらめになって動けなくなっていた大輔を、現実に引っ張りこもうとしてずかずかと土足で入り込んできた太一が、無茶苦茶な方法ではあるが、帰って来い、と手を差し伸べた瞬間だった。でも、一度にいろんなことを詰め込んだ重すぎる現実をぶんなげられて、それを必死で受けとめるには、大輔はまだ幼すぎた。
なんとか頑張ろうと必死になって手を広げるのだが、もともと大輔の世界は非常に不安定な仮設の安定のもとに存在していたから、踏ん張れるだけの地面が無い。大輔は中途半端に背伸びし過ぎていたから、太一はすっかり忘れてしまっていたのである。一人前に喧嘩するから忘れていたのである。大輔は小学校2年生である。
小学校5年生の太一では簡単に受け止めることが出来ることでも、そっくりそのまま受け入れられるほど大輔は強い男の子ではない。頭でっかちになっている部分はあるけれども、精神的な面ではまだまだ子供なのである。ずっとずっと。
だから太一の言葉はぶっちゃけると、ほとんど大輔にとって意味はほとんど伝わっていない。でも、その真っ向勝負な本音だけは、何となくではあるが、心が理解しているため、この大喧嘩はかねがね成功と言える。
しかし、今度はその心は理解できることはできるけれども、納得してくれないという可哀想な大混乱を巻き起こしていた。
なんとか言葉を紡ごうとしたが出来なくなって、そのうちまたずっと恐れていた訳の分からないものに押しつぶされそうになったと感じた大輔は、もう逃げるしか残されていなかった。かつて光子郎がちゃんとタケルとパタモンが理解できるように、悪戦苦闘しながらしたように。
宗教色が強い寓話と哲学者の名言を、意味を理解して、とっても分かりやすい言葉にかえて。ちゃんと伝わるように細心の注意を払ってくださいねとヤマトにプレッシャーをかけて。メモを渡したようにしてくれればよかったのだが、なかなかうまくいかないものである。だってその方法だと、たとえ話ばかりの変化球で、ここまで大輔の心にはきっと響かない。
太一だからこそできたことである。自分の道は自分で切り開かなくちゃいけないんだ。逃げてばっかりじゃ何にも変わらないんだ。立ち向かわなきゃ怖いことはいつまでも追いかけてくるんだ。太一が一番伝えたかったことは、しっかりと大輔の胸に響いていたことが、何よりの証である。
泣きじゃくる無防備な子供は、しばらくのあいだ、一人ぼっちになる必要があった。もうどこからきたのか、どこへいくのか、迷子になってしまうのは分かり切っていたけれども、大輔はひたすらまっすぐまっすぐ走り続けた。わんわん泣きながら、森の中を走り抜けていった。あぶないとかきけんだとか、そんなことに構っていられるどころの話ではなかった。
心のどこかで、きっと太一先輩は追いかけて来てくれる、とどこまでも弟思考の理性は、強く強く信じている。大輔は大輔が思っている以上にジュン姉ちゃんのことが大好きで、きっとサッカー部のキャプテンである太一にも負けないくらいで、それがいつのまにか、どこかで間違ってしまったのだろう。
致命傷とも言うべき心の崩落を自覚しながら、思っている以上に大輔の世界は壊れていなかった。それはこのデジタルワールドにおける冒険において、太一が大輔のしらない所を沢山沢山見せていたため、大輔の心の中である程度、覚悟が出来ていたのかもしれない。
それに、まだ大輔には空がいる。それが辛うじて、大輔が壊れてしまうのを阻止していた。それが何を意味するのか、まだこの時、大輔は何も知らないままである。大輔の頭の中ではもう太一に嫌われたのではないかという恐怖におびえている。大輔はどこまでも気付かない。大輔が一番怯えているのは、世界の崩壊ではない。必死に逃避の道を選んだきっかけとの再会である。
ずっと忘れていた感覚だった。ずっと忘れていられた感覚だった。大輔が太一や空という大切なサッカー部の先輩を犠牲にしてまで、何が何でも逃げようと必死で足掻いていたものは、ずっと大輔の中にある。痛みを伴いながら足音を立てて近付いてくる、大輔の心の中にある、大輔の心をいつもいつも踏みつぶしてしまう、あの「よく分からないもの」それ自体である。
もともとあったそれは、姉という存在が崩壊したころから顕著になった。いつからあるのかなんて全然分からない。だから大輔は逃げるために走り続けている。本能は分かっていたのだろう。ここはデジタルワールドである。
人間が想像しえる存在がネットワーク上に情報として存在していれば、全て具体化するという異世界である。時に優しく、時に厳しく、そして時に残酷なほど恐ろしい所である。無防備で不安定な子供がそんなところに一人ぼっちで迷い込んでいる。
しかも時にデジモンの声を聞いてしまうほど受感性の高い子供である。想像力は人一倍ある。怖いモノを見ては、ありもしないものを勝手に想像して怖がってしまうような子供である。
恐怖を恐怖としてまっすぐに、真正面から感じてしまうような子供である。大輔が生まれてくるずっとずっと昔から、恐怖というものは、いろんなものを生み出してきた。それをモチーフにして作られた妖怪とか、幽霊とか、バケモノとか、世界にはたくさん存在する。人間が想像しえるそれらは、必ずどこかの世界の特集とか番組を作るための題材として使われてきた、格好のネタである。
時には人の趣味でホームページに集められたりしている。奇しくも1999年はミレニアム問題とどこぞの大魔王の予言が組み合わさり、空前のオカルトブームがあっせんしていた時期であり、それらを題材にしたゲームや漫画やアニメが大氾濫していた時代である。大輔は知らない。このデジタルワールドには、いろんなデジモンがいるのである。そう、本当に、いろんなものが。
無我夢中で突っ走っていた大輔は、世界がひっくり返った。うわっとバランスをくずして、木の根っこに躓いて転んでしまう。ごしごしと涙をぬぐいながら、大輔は必死になって立ち上がろうとした。その時、大輔は影を見た。大輔よりも大きな大きな木が生い茂っているパグモンの村の森は、太陽の光すら入らないけれど、朝方であるにもかかわらず、真っ暗である。
じめじめしていて、少し寒い。昨日食べたキノコはきっとこの辺りで取れるのだろう。大輔は全然気付いていないが、ふんづけたキノコは足跡を残している。そんな薄暗い森の中なのに、なんでか克明に影が伸びている。
大輔の影はうっすらと映っているだけなのに!その真っ黒な影をたどっていった大輔は、その影が大輔の真後ろからのびていることに気付いて戦慄する。だって、その影は、しゃがみこんでいた大輔を後ろから突き刺そうとして、三又の槍を高々と掲げていたのだから!
「ひひひははははははっ!!」
「うわあああああああああっ!!」
耳が死んだ。おぞましいほど醜悪な笑い声が森に響き渡る。絶叫した大輔は、無我夢中で走り始める。なんだよ、あれ、なんだよ、あれええっ!!さっきまでいた所に、ざっくりと三又の槍が突き刺さる。もしそこにいたら死んでしまったかもしれない!ぞっとした大輔は、もう突っ走るしかなかった。もう本能が直視するのを拒んでいる。だって、大輔が今まで見てきた怖いモノを沢山沢山詰め込んで、形にしたかのようなデジモンだったから。
なにも知らない大輔は、突如出現した魔人型の成熟期デジモンから逃れようと一目散に逃げ出した。このデジモンを構成するのはブギーマンというもともと聞きわけの無い悪い子供をしつけるために、両親は時折わざと子供を怖がらせるために用意した怪物のデータである。
早く寝ないと妖怪が襲ってきて連れ去られてしまうとか、言うことを聞かないと食べられてしまうとか、架空の存在をでっちあげているのは、万国共通のものである。幼い子供達が信じている、伝説上、もしくは民間伝承における幽霊とか、怪物である。
それは特定の外見を持っていない。だから子供達は心の中で勝手に自分だけの怪物を作り上げて怯えている。そして両親の言うことを聞くのだ。いわゆる不定の恐怖が実体化したのがその怪物である。日本で言うなら元寇がモチーフとされるなまはげが代表的な例だろうか。その正体不明の恐怖の具現化がデータとして実体化したのが、襲撃者であるブギーモンだった。
暗闇で待ち伏せ突然襲い掛かってくる魔人型デジモンがデビモンと酷似した翼をもつのは、きっと大輔にとって無意識のうちに恐怖の象徴となっているからだろう。不気味な笑い声は狂気に満ちた堕天使を連想させる。
きっと他の子供たちが見たブギーモンは姿形が違って見えるはずだ。ただひたすら走り続けた大輔は、いつの間にかずいぶんと遠くまで来てしまったようだった。すぐ後ろでは大声で笑っているブギ―モンが追いかけてくる。もう涙目どころの話ではない。
森を抜けて、坂を走って、走って、走って、気付いたら滝をくぐり抜けたけど、やっぱり追いかけてくる。誰か助けて!と叫んで洞窟に逃げ込んだ大輔が見たのは、檻に閉じ込められている沢山のコロモン達、そしてポヨモン。ポヨモン達を何とか助けるために、単身乗り込んでしまったせいで進化することが出来ず、袋叩きにあっているアグモンだった。
「なんだー、てめえは!」
「大輔、危ないよ、にげてええ!」
アグモンが大輔をかばうために駆けだす。ぜいぜい走ってきた大輔は、すっかりおびえ切った様子でアグモンにすがり付いた。突然飛び込んできた選ばれし子供に顔を見合わせた。
この一連のコロモンの村乗っ取り大作戦を裏で指揮していたガジモン達は、どうすんだ、と顔を見合わせた。実はパグモンはガジモン達の手下であり、このサーバ島のボスであるデジモンの配下に置かれている。そして、サーバ大陸を我がものとするため、いろんな村を襲撃し、のっとっては悪いことをしている集団の一つだった。
選ばれし子供達が上陸してくることを事前に察知していたボスによって、選ばれし子供達の存在は熟知していたようだが、ボスはてっきり上陸に最適の丘から子供達はやってくるんモノだと判断し、先手必勝でピンポイントで叩きつぶそうと計画を練っていた。
しかし、コロモンの村を目指した子供達は丘の手前で降りてしまう。ものの見事の擦れ違いである。憤慨したボスにより、選ばれし子供達をパグモンの村と称した乗っ取っているコロモンの村に滞在させ、この村ごと抹殺しようとしているなんて、現時点では誰も知らない。パートナーである太一が来てくれたら、と必死に願っていたアグモンだったが、やってきたのが大輔だったので状況は悪化してしまった。
「大丈夫だよ、大輔。僕が守ってあげるから」
「あぐもっ……わあああああああん!」
3対1は相当分が悪い。それにアグモンはガジモンの必殺技であるパラライズブレスによって、身体が思うように動かないマヒ状態である。殆ど根性で必死に太一を待ち続けながら、アグモンは大輔もポヨモンもコロモン達も守るために、必死でヘビーフレイムを放とうとした。しかし、それを阻止するほど大きな影が伸びてくる。ちぢみあがった大輔は、アグモンの影に隠れて怯えた。
「うぎゃああああ!なんだ、ありゃあ!」
「みたことねえぞ、なんだあのデジモンは!」
「こ、こっちにくんああああ!」
壁を突き破って現れたのは、突然の招かざる客の乱入である。子供の恐怖心が何よりの存在理由であるブギーモンは、どこまでもどこまでも大輔を追いかけてくる。自分より強い奴にはどこまでもへりくだり、自分より弱い奴にはどこまでも傲慢という分かりやすい態度を一貫させているガジモンは、成長期である自分達よりもはるかに大きい成熟期の登場に、もうアグモン達のことなんかどうでもよくなって逃げてしまう。
「だ、大輔、あのデジモンなに!?」
「分かんねえよっ、でもずーっと追いかけてくるんだよ!助けて、アグモン!」
「くっそー、太一がいたらっ!!」
守りたい存在がいっぱいあるのに、この場に太一がいないせいで、デジヴァイスが無いせいで進化できないもどかしさである。いつもなら絶対に素直に助けてくれなんて言わないであろう、大好きな太一の後輩である。いいところを見せられないで、なにが男だ!太一からの受け売りが実行できないことを苛立ちつつ、ヘビーフレイムで攻撃するが、真っ赤な魔人は微動だにせず、つんざく奇声をあげて槍を振り下ろす。
「だいすけええええ!」
アグモンと大輔ははっとした。エクスブイモンの声である。大輔はアグモンにひっつきながら、必死でパートナーの名前を呼んだ。
「ブイモッ……エクスブイモンッ、けて、たすけてえええええ!」
絶叫である。大輔の声を聞きとった救世主が、滝なんてもろともせずに飛び込んでくる。その背中に乗って現れたのは、ずっとずっと待っていた英雄だった。
「太一いいい!」
大好きなパートナーが来てくれて、思わず飛び降りてきた太一に抱きつくアグモン。来てくれると心の中で信じていた人が来てくれて、大輔は思わず一緒に飛び付いた。太一さんじゃない。お兄ちゃんじゃない。この人は八神太一だ。八神太一先輩だ。俺とアグモン達を助けに来てくれた、サッカー部のキャプテンなんだ!そう思った大輔は、ごめんな、となでてくる太一に首を振った。
「たいちせんぱいいいいいっ!ごめんなさい、ごめんなさい、おれ、おれっ!!いやです、おれ、ずーっとずっとなかよくしてたいです、きらいになっちゃやだあああ!」
わんわん泣きわめく後輩に先輩と呼ばれる寂しさと嬉しさを感じながら、しっかりと抱っこしたまま、すっかりやる気になっているアグモンを見た。うん、と力強くアグモンは頷く。大好きなパートナーがいる。守りたい存在がある。それだけでアグモンは強くなれる。
「だいすけえええっ!!」
デジヴァイスと大輔不在での進化はやはり無謀だったのか、いつになくへとへとに疲れ切ってしまい、エクスブイモンから退化してしまったブイモンが一目さんに大輔に駆け寄る。抱っこできないから、後ろから飛び付いたブイモンに、大輔はぐしゃぐしゃなまま自分から抱きついた。
おいてくなっていってるだろー!と何度目になるか分からないおしかりを食らった大輔は、心の底からごめんなさい、助けに来てくれてありがとう!と笑ったのだった。前に立ちはだかるのは、必殺技を放とうと大きく振りかぶるブギーモンである。
「行くぞ、アグモン!」
「うん!行くよ、太一!」
待ち望んでいたデジヴァイスの光に包まれたアグモンが、グレイモンに進化する。強靭な剛腕でその槍をわしづかみにするやいなや、圧倒的なパワーで投げ飛ばす。意味不明な奇声を発するブギーモンに、ひいい、と怯えている大輔。大丈夫だとしっかり言い聞かせながら、オレが守ってやるから、とはっきりと宣言して、太一は、いっけえええ!と叫ぶ。
ブギーモンは恐怖を根源としているデジモンである。太一によってもたらされた安心感により、大輔はその勇敢な背中を焼き付ける。明らかに弱体化の苦しみにもだえ始めたブギーモンは、さっきの機敏な動きや強靭な身体が嘘のように鈍ってしまう。違和感を覚えながらも、いまだ!、と好機を逃すことなく、グレイモンは必殺技のメガフレイムでブギーモンを滝の彼方へと投げ飛ばしたのだった。
1998年4月1日、本宮大輔はお台場小学校のグラウンドで、サッカーをして遊んでいる八神太一というあこがれのサッカー部の先輩とであった。そして、1999年8月1日、実に1年と4カ月ぶりである。本宮大輔はサッカー部のキャプテンになった、あこがれのサッカー部の先輩、八神太一先輩と再会したのである。
仲直りした二人と、それを説明するブイモン、説明を聞くアグモン、力を合わせてコロモン達とポヨモン達を解放しようと頑張り始めたら、エクスブイモンが飛んでいくのをみて、あわてて駆けつけてきた子供達とデジモン達と再会する。
かたくなに滝の方に行くのを阻止しようとするパグモンに不信を抱いた子供たちの追及に耐えきれず、パグモン達は全てを白状して逃げ出してしまったらしい。ポヨモンと再会して大喜びするタケルが、奥の方にある洞窟を見て、みんなを呼んだ。そこには、全てを見守っていた、まるで太陽のようなデザインをしたオレンジ色のレリーフが、行き止まりの石壁に大きく刻まれていたのである。