(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

59 / 193
第59話

1999年8月1日、日本のお台場小学校に通う子供達がジョン・トラボルタのポーズを見て、真っ先に思い至るのは、ほとんどが夏休み向けに放送されるバラエティ番組である。ゴールデンタイムぶち抜きの特別番組である。有名人のモノマネをするものであったり、懐かしの曲と共に当時の映像が流れて、子供置いてきぼりで両親が熱心になるものであったりする。

 

だから、コロモン達を救出することが出来た安心感に満たされていた子供達、デジモン達が、これからゆっくりしようと洞窟を抜けた先で、どこかで聞いたことがあるメロディーをガンガンに鳴らしながら、巨大な立体映像で現れたオレンジ色の全身タイツのデジモンが現われたところで。

 

そのデジモンがすさまじいハイテンションで、スポットライトを浴びたスーパースターがごとく登場した所で。アチキの歌を聞きなさああい!とやけにドスの利いたやくざ声で、もりあがってるかーい!と拳を振り上げたところで。

 

 

初めて遭遇したサーバ大陸の大ボスとの初対面の邂逅にもかかわらず、状況に置いてきぼりになった彼らが、すっかりポカーンとした顔で沈黙するのも無理はなかった。すさまじいテンションの落差が、双方の間で確認された時、空気は凍り付いた。

 

 

一瞬にして氷河期が到来した。全世界ブリザードである。拍手喝さいと大盛り上がりの熱気を期待していた大ボスは、もともと短すぎる堪忍袋の緒がぶちぎれた。

 

思い出すだけでイライラする!

 

海底ケーブルを通して宿敵の選ばれし子供達が、タグを持って、紋章を探しにやってくるという情報を得たことで、上陸予定と予測されたトナミの街で盛大な歓迎会をしようと意気込んでいたのだ。歓迎!選ばれし子供たちという幕を張って、宣戦布告のために大砲を並べ、手入れもすませていたのだ。

 

舎弟達を大投入してオンステージを急ピッチで進め、今か今かと待っていたのに、来ないのだ。いつまでたっても来ないと思ったら、いつの間にかコロモン達の村に上陸するためにそもそも丘まで来なかったのである。ふざけるなと。愛用の黄金色のマイク片手にシャウトを聞かせたボイスが、きいいいいん、という騒音と共にもたらされる。子供達は耳をふさいだ。

 

 

「アチキをバカにすんのもいい加減にしなさあああい!」

 

 

怒りの咆哮である。もちろんそっちの事情なんて知ったこっちゃない子供たちにとっては、とんだとばっちりである。

 

 

「うるさあああい!」

 

 

思わず太一は叫んだ。この場にいる全員の共通見解である。遠く離れた洞窟の奥にまで響いてくるオカマ声に立っていられなくなった子供達は座り込んでしまう。コロモン達も怯えた様子で縮こまり、パートナーデジモン達はみんなを守るために前に躍り出た。

 

 

「う、う、うるさいですってえええ?!1度ならず2度までもアチキをバカにする気なの?!ふざけんじゃないわよーっ!!シャーラップ、お黙りなさい!よっくもアチキをコケにしてくれたわねえ!このキング・オブ・デジモンである、このアチキを!デジモンキングであるこのエテモン様おおおおっ!そっちがその気ならこっちにも考えがあるわよ!アチキを怒らせたらどうなるか、教えてあげるわーっ!!」

 

 

どこまでも傲慢かつ傍若無人な暴君は、高々と右手を上げた。その名はエテモン。パペット型の完全体であり、謎多き正体不明のキング・オブ・デジモンである。その実力は張ったりとは言えず、侮れない。もんざえモンと仲が良く、腰にはもんざえモンのパペット人形のキーホルダーがぶら下がっている。

 

またもんざえモンを陰で操っているとも噂されており、もんざえモンの中に誰がいるのか知っているのではないかと言われているが、どんな攻撃にも耐えられる「強化サルスーツ」という腹の部分が白くて、ぴっちぴちのオレンジの全身タイツをきている他、唯一素顔がのぞく顔面は大きなサングラスで隠してしまっており、正体が分からないという共通点から決して口を割らない。

 

必殺技は、相手の戦意を喪失させる歌を聞かせるラブ・セレナーデと、あらゆるものを消失させる暗黒の球体を召喚して放つダークスピリッツ。ちなみに最も得意な歌はギターソロだ。

 

 

「あいさつ代わりにアチキという強大な敵を前にして、どんだけ無謀なことを仕出かそうとしてるのか!まずは出血大サービスで教えてあげるわっ!ほら、ミュージック、スタート!」

 

 

傍らでスタンバイしていたガジモンが、ぽちっとな、とスイッチを押した。

 

 

「コロモン達の村を全滅させてあげるわーっ!!」

 

 

大音量で流され始めたロックに合わせて、ギターを縦横無尽にかき鳴らすエテモン。その頭上に見る見るうちに大きな大きな黒い球体がいくつも出現し始める。夜空の星を食い破って、真っ黒な世界が上空に立ち込めた瞬間、夜襲は始まった。

 

 

「ダークスピリッツ!!」

 

 

いっきなさーい!という八つ当たり全開の攻撃が展開される。暗黒の塊は地上に落下した瞬間、凄まじい閃光を放って、耳をつんざくような衝撃音と共に電撃に似た轟を落とした。どうやら高圧電流の塊だった塊によって、なすすべなく住人たちのいないコロモンの村が粉砕されていく。轟音と地響きが辺りを包み込む。

 

やめてっとコロモン達が叫ぶが、もちろんエテモンが耳を貸すはずもない。コロモンの村が灰に帰すのも時間の問題である。とんでもないことを聞いた太一達は、あわててそんなことさせるか、とばかりにパートナーデジモン達を進化させる。一斉攻撃をしかけようとした選ばれし子供達の奇襲など始めから読めていた、とばかりにエテモンは不敵な笑みを浮かべた。

 

 

子供達もデジモン達も知らない。デビモンが黒い歯車を生産するために使用していた暗黒エネルギーは、ダークケーブルという通信網という形で、すでにサーバ大陸全土にまでまるで毛細血管のごとく張り巡らされているという事実を知らない。

 

エテモンが事前に選ばれし子供達の動向をまるでその場にいたかのごとく察知し、事前に計画を練ることが出来たのも、全ては海底洞窟にまで及んでいたダークケーブルが、タグを入手し、ホエーモンで移動していることを全て、エテモンの本拠地である笑天門号というモノクロモンに引っ張らせているトレーラーにあるモニタに筒抜けなのである。

 

そこには24時間体制で26×26の縦と横に区切られたサーバ大陸が表示され、ちかちかと点滅しているオレンジ色の点が現在地、青い点が子供たちというわけだ。通信装置の役目を果たしているコンピュータがすぐ横にあって、ガジモンたちが数人体制で作業に追われている。

 

すべて地面の下のケーブルを無線通信という形でつながっており、指定ポイントにアクセスすれば、大陸中に設置されている隠しカメラを遠隔操作することも可能にしていた。彼らがサーバ大陸にいる限り、どこにいようがたちまち見つけ出してしまう、という絶対的有利の立場にエテモンはいる。

 

 

だからこうして堂々と姿を現したのだ。それに加えて、もともとエテモンはがんがんと前に出てくる自己顕示欲全開のデジモンである。彼の周りにいるのは、すべてガチンコで勝負をして敗北に喫し、舎弟となった部下達ばかりである。

 

自分が頂点であるということを名実ともに証明し続けなければ気が済まない性質であるエテモンだからこそ、部下達は付き従っているという上下関係が成立している勢力である。

 

 

いわば昔懐かしの不良漫画に出てくるグループの世界がそこにはあった。だから、一見するとふざけたキャラクターにしか見えないにもかかわらず、エテモンは清々しいくらいに合理的である。下剋上を企てたり裏切りを決行した部下を簡単に処分するのではなく、そのまま手下として奴隷として働かせるか、可能な限り有効活用するというしたたかさも秘めている。

 

これはいずれ明らかになる。何も知らない子供達は、すっかりエテモンのオカマ口調という強烈なキャラクターにひっぱられて、弱そうだという先入観を抱いてしまった。ずっと選ばれし子供達を待ちうけていたサーバ大陸の大ボスは、そこに気付かないほど愚か者ではなかった。

 

 

「子供たち、まだ生きてる?今のダーク・スピリッツはアチキ流の歓迎のあいさつよーん!当然、アンコールはお望みよね?さあ、つぎいってみよう!」

 

 

むっふっふ、とだんだん気分が高揚してきたらしいエテモンは、はるかかなたの洞窟から豆粒みたいな子供たちが出てきたのを確認して、マイクをキーンとさせながらわめいた。巨大な立体映像が同時に不敵な笑みを浮かべて、挑発めいた眼差しを子供たちに向ける。

 

 

「アチキを誰だと思ってるの?そうよ!アチキがこの世で一番最強のエテモン様なのよっ!それなのに、一体全体どーいうことっ?!せっかくアチキのオンステージっていうのに、どーしてアンタ達は邪魔するのよ!コンサートはまだまだ始まったばかりっ!!水差すお客はとっとと帰って頂戴!!ラヴ・セレナーデ!」

 

 

セレナーデとは、本来、夜想曲や小夜曲などに訳されるドイツ語である。18世紀ごろに発達した娯楽的な性格の強い多楽章の管楽合奏曲である。一般的なイメージとしては、夕暮れや満月の美しい夜に、窓辺に腰かけている恋人や美しい女性、准ずる親しい人をたたえるために、ギター片手に演奏されるようなロマンティックな曲、もしくはその情景を称して指す。断じてロックでギターをかき鳴らし、シャウトするようなものではない。

 

 

ジャイアニズム全開で披露された大音量の単独ソロライブは、路上ライブをしているアマチュアの曲に興味が無い通行人には、ただの騒音にしか聞こえないのと同じように、さらなる騒音として成熟期に進化して、エテモンを止めようとするデジモン達に襲いかかった。

 

子供達は愕然とする。みるみるうちに成熟期から成長期に戻ってしまったパートナーデジモン達がそこにいたのだ。耳をふさいで苦しんでいる。パートナーデジモン達の苦痛に満ちた声がする。ダークケーブルの加護を受けているエテモンの必殺技であるラヴ・セレナーデは、本来戦意喪失しかない筈の効果を大きく上回り、デジモン達の進化を阻害するというとんでもない性能にまで向上していたのだ。

 

 

「完全無欠のラヴ・セレナーデを前にして勝とうなんて無理無理!どんどんいくわよーっ!ダークミュージカルっ!!」

 

 

追撃とばかりにマイクを手にしたエテモンの得意技が襲いかかる。まるで地獄の底から這い上がってきたかのような声が、意図的にメロディーを外しまくって拡散する波動となって襲いかかる。エテモンの攻撃は身内をも思いっきり巻き込んでいるようで、側にいるガジモン達はみんな太一達と同じダメージを受けながら、必死でサポートしていた。

 

拡声器越しに、同じ苦しみを選ばれし子供達も味わえ、と憎しみのこもった悪意も加わり、進化という唯一の対抗手段を失ったデジモン達は、一時退却を余儀なくされる。逃がすもんですか、と洞窟すら崩壊させるまでに音量を上げてくるエテモンの猛攻。ここでようやく太一達は、ゲンナイが言っていたさらなる進化の必要性を思い知る形となってしまったのだった。

 

 

「みんな、奥にいこう!」

 

 

がらがらがら、と崩れ始めた洞窟は、とうとう入り口をふさいでどんどん崩落を開始する。叫んだのはコロモンである。はやくはやく!と騒ぎ立てるコロモン達に、さっきの太陽みたいなデザインの彫刻の先は行き止まりだったという事実を告げるが、いいから!とせかされる形で子供達、デジモン達は先を急いだ。大きく大きく刻まれている太陽のようなオレンジ色の彫刻である。

 

 

「村に何かあったら、ここに来るようにっていう伝説があるんだ。いこう」

 

 

コロモンにせかされて、先導していた太一はどうしろっていうんだよ、と半ば困惑しながらその行き止まりの壁に触れた。太一の触れた所から、閃光の波紋が広がり、黄金の模様が彫刻を包んでいく。先ほどまでただの行き止まりだった岩壁がくりぬかれて、四角い形になったかと思うとどんどん小さくなっていくではないか。

 

突然の出来事に呆然としている子供達をしり目に、太一の胸にかけられていたタグが宙に浮く。そして、小さくなったオレンジ色の太陽のような彫刻は、そのタグの中に自動的に差しこまれ、かちりという音を立てておさまった。その先にあったのはトンネルである。

 

この山の反対側に通じていることを発見したみんなは、歓声を上げた。胸におさまった紋章である。一番最初に手に入れた紋章である。よっしゃー!とガッツポーズした太一に、アグモンはやったねと嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

「太一、ちょっといいか」

 

「うん?なんだよ、ヤマト」

 

 

選ばれし子供達の中で一番最初に紋章を手にしたという事実が、太一を高揚させていた。喧嘩をした後輩とも仲直りできたし、お兄ちゃんをしなくても良くなったし、目に見える形で太一と大輔の関係は正常化した。

 

すげー!と目を輝かせて見せてくれとせがんでくる後輩が、太一先輩、と呼んでくれるのである。1年ほど我慢していたあこがれの先輩という奴をやれるという事実は、ほら、いいだろ、と得意げに紋章を見せることで、こくこくと大きく頷いている後輩相手にどこまでも現実味を帯びていく。

 

 

ヤマトと太一が話を始めるということで、大輔は名残惜しそうに振り向きながらも、ブイモンと共にタケルの所にとんでいった。大輔が太一のことを理想的なお兄ちゃんとみるのをやめたという事実は、「さん」から「先輩」という呼称の変更で、直ちに事情を把握しているタケルとヤマトにも太一と大輔の変化は伝わる。

 

いいことである。それについては討論の余地は無いので、ヤマトはさっさとスルーした。トンネルの道中はまだまだ長い。さっきから大輔が興奮気味にまくしたてているのだ。太一とグレイモンとエクスブイモンに助けてもらったんだと包み隠さずしゃべりまくっているのだ。

 

むしろ選挙中の立候補者の宣伝カーのごとく触れまわるので、大方の予想は出来ている。なにはともあれ、大輔の相談相手第一人者としては喜ばしいことだ。問題はそこではないのだ。

 

 

「お前さ、そもそも、なんでアグモンと一緒に行動しなかったんだよ」

 

 

問題はそこである。選ばれし子供とデジヴァイスが無ければ、パートナーデジモンは進化することが出来ないという大前提がある。よくよく話を聞いてみれば、ちょっと例外という由々しき事例が出来てしまっているものの。

 

当事者たちの話を総合すれば、ブイモンがエクスブイモンに進化できたのは、おそらく大輔が心の底から助けを求めたのがデジヴァイスを通して、ブイモンに変化を与えたのだろう。進化のタイミング、退化のタイミングを考えるとそうとしか思えない。そう結論付けたヤマトとしては、大前提はやっぱり大事だ。

 

 

ヤマトからすれば、太一がアグモンと共にポヨモンを探して行動しなかったのは、とんでもない迂闊な行動にしか見えない。リーダーという言葉が脳裏をよぎるヤマトとしては、みんなに褒められて天狗になっているようにしか見えない太一に対しては、明確な対抗意識に芽生えつつあり、気に入らないことも増えてきている。

 

こいつがリーダー?冗談じゃない。まかせられるか。それなら俺が、という自己顕示欲があるが、やっぱりみんなを守るためという大義名分が一番大事であることを考えると、紋章を手に入れて一番最初に次の進化への切符を手にしたという事実がある太一には、忠告をするのが先である。

 

 

今まで自分の気持ちなんて置き去りにしたまま生きてきたヤマトにとっては、戸惑いと困惑が先に来る。ここまで明確に心がざわつくのは初めてだ。正直まだもてあましている本音である。しばらく考えたヤマトは放置した。臆病な少年はいつものように自分に対して嘘をついた。どうしても天秤にかけてしまう。みんなを守ることと自分の気持ち。そして今回はみんなを守ることに天秤が傾き、優先順位がついた。

 

 

「なんでって特に理由はねーけど?気付いたらどっか行っちまったんだよ、アグモンの奴」

 

「コロモンのにおいがするから追いかけてたら、滝の方までいっちゃったんだ」

 

「お前ら……」

 

 

ヤマトは頭痛がした。がっくりと肩を落とす。思わず頭を抱えそうになるが、どこまでも能天気な一人と一匹はどうしたんだよ?と首をかしげている。震える拳をガブモンがまあまあとなだめる。選ばれし子供とパートナーデジモンは似るようだ。いい意味でも、悪い意味でも。

 

 

「あのな、太一、お前もっとよく考えて行動しろよ。アグモンはお前がいないと進化出来ないだろ。お前がアグモンと一緒にコロモンのにおいをたどっていってたら、そもそもこんなこと起こらなかったんじゃないのか?アグモンがガジモン達にやられなかったんじゃないか?もしブイモンがエクスブイモンになれなかったら、ブギーモンにみんなやられてたかもしれないだろ」

 

「なんだよ、みんな無事だったんだからいいだろ?ヤマトは心配性だなあ。いっつもそんな結果論ばっか言ってたらつかれるぜ?」

 

「オレはみんなのことを考えていってるんだ。今まで以上にサーバ大陸はヤバいことになるだろ。オレ達は紋章を集めなきゃいけないんだ。お前が一番最初に紋章を手に入れたんだから、しばらくはお前が一番の戦力だろ。ちょっとは考えろよ、もし何かあったじゃ遅いんだぞ?」

 

「わーかってるって。今度会ったらエテモンなんてぶっ飛ばしてやるんだ。な?アグモン」

 

「うん、僕頑張るよ太一」

 

「それにヤマト」

 

「なんだよ」

 

「いっくらオレが紋章手に入ったのが一番だからって、お前が紋章持ってないのはオレのせいじゃねーだろ。そーいうの、やつあたりっていうんだぜ?うらやましいのは分かるけどさー、へへっ」

 

 

にやにや、と太一は笑う。時折誰よりも勘が冴えわたるサッカー部のキャプテンは、本人すら把握しきれていない真意を読み解いてしまう。図星であるにもかかわらず、まだ表層にまで至っていない本心をものの見事にいい当てられてしまったヤマトは、面白くない。

 

今は大事な話をしてるんだぞ、ふざけるな、と至極もっともな正論で持って反論する。しばらく喧嘩にも満たない軽口の応酬の末、結局ヤマトはあっけらかんとしながらも了承してくれた太一とアグモンの言質を取ってから、引き下がることにしたのだった。

 

 

なぜならそれどころではなくなったのである。自ら吐きだした酸性の泡で見事檻から脱出したポヨモンが、その経験値によってか定かではないが、ようやく念願の進化を遂げ、トコモンに進化したのだ。体の下に短い手足が生えているレッサー型デジモンは、まん丸な体が可愛らしい真っ白なデジモンだ。

 

迂闊に手を出すと、大きな口を開けてびっしりと生えたするどいキバでかみつくこともあるので、うがーと大きく開けた口に手を出すと噛まれるので要注意である。必殺技は、強力な酸の泡を吐き出し、相手を威嚇する超酸の泡だ。ちなみにこの技はポヨモン時代の強酸の泡の完全上位技である。

 

 

抱っこしていたタケルが歓喜に沸いて、隣にいた大輔とブイモンに見せようとしたときである。はっとなった大輔ががばっとタケルからトコモンを取り上げたかと思うと、あっという間にトンネルの先を走り抜けていく。

 

まるでボールを取られて、あっという間にバスケットゴールに決められてしまう間抜け選手である。遅れてトコモンの悲鳴が反響した。突然の暴挙にぽかんとしていたタケルだったが、パートナーデジモンをぶんどられてしまったというとんでもない事実に気付いて、あわてて追いかける。ブイモンはあまりの早技についていけなかったらしく、あわててタケルの後ろに続いた。

 

 

「大輔君、トコモン返してよーっ!!」

 

 

え?え?なんで?なんでっ?!訳が分からないままタケルはどんどん遠ざかる背中を懸命におっかける。全身全霊をかけた猛ダッシュである。小学校1年生のころからサッカー部をやっている大輔はタケルと比べてとんでもなく足が速い。

 

その上、体力もあるし、維持力もあるし、スポーツをやっていないタケルからすればずっとずっと運動神経がいい。もちろんタケルも体育の時間は大好きだが、放課後終わるや否や、4時から8時までグラウンドでボールをおっかけているサッカー少年と同列で語るのはあまりにも無謀といえた。ましてや2年生チームのレギュラーである。なんかやっとけばよかった。

 

 

ぐんぐん引き離されていくが、大輔はトコモンと何やら話をしているのか、駆け足ながらいつもの追いかけっこよりもスピードは遅い。

 

しかし、ちらちらと振り向きながら、タケルに追いつかれないように距離を調節しながらダッシュと重ねがけのブーストをされてはたまらない。息が上がり始めたころ、ぴたりと大輔は歩みをとめた。そしてトコモンをぎゅーっと抱っこしているではないか。

 

ちょっと待ってよ、それ僕の!ずるいずるいずるい!僕が一番最初にトコモンとの再会を喜んで抱っこするって決めてたのに!おしゃべりするって決めてたのに!なんてコトするんだよ、大輔君のバカ!目の前で一番仲がいい友達にそんなことをされては流石のタケルだって怒るに決まっている。

 

 

事情がさっぱり分からないタケルは、ようやく追いついた大輔からトコモンを無理やり取り返して、あっちにいったり、こっちにいったり、引切り無しの奪い合いの果てにすっかり目を回しているトコモンをしっかりと抱っこしたのだった。

 

いたいよう、タケルと進化したばかりにも関わらずとんだ災難続きのトコモンは、すっかり涙目である。そんなことお構いなしで、二度と大事な大事なパートナーがどこにもいかないように押しつぶしているタケルが、当然のごとく怒った。

 

 

「なにするんだよー、大輔君!」

 

 

そんなタケルの言葉を背中で受けたまま、大輔がいう。

 

 

「タケル、もしも、トコモンが何にも覚えてなかったらどうする?」

 

「え?」

 

「だから!もしも、トコモンがタケルのこととか、オレ達のこととか、今までのこと、ぜんぶぜーんぶ覚えてなかったらどうするって聞いてんだよ!」

 

「記憶喪失じゃなくって?」

 

「記憶喪失じゃねーよ。ホントに、真っ白なまんま、トコモンはトコモンだけど、赤ちゃんみたいな感じで、何にも知らないまんまで生まれてきたら、タケルはどうするって聞いてんの」

 

 

突然投げかけられた質問に、腕の中にある相棒を見つめたタケルは、大輔の言っていることが分からないので、同じように疑問符を沢山量産しているトコモンと目があった。もしかして、と顔をこわばらせたタケルに、ぶんぶんとトコモンは首を振った。

 

 

「ぼ、僕は覚えてるよ!ぜんぶぜんぶ覚えてるよ!何言ってるんだよ、大輔!また友達になってねって僕いったじゃないかあっ!」

 

 

トコモンの猛抗議にほっと胸をなでおろしたタケルは、うーん、と考えてみる。もしもトコモンが何にも覚えていなかったら。それってきっと今まで僕達が体験してきたことが、全部全部無かったことになっちゃうんだよね。

 

一緒に喧嘩したいねって約束したことも、仲直りしようねって笑いあったことも、落ち込んだことも、立ち直ったことも、嬉しかったことも、楽しかったことも、悲しかったことも、苦しかったことも、いつだって側にいて、いつだって時間を共有してきたそれが、いろんなところに行ってきた思い出が全部全部無くなっちゃうってことになるんだよね。それっていったいどういうことだろう?

 

 

そこにあるのは忘れられてしまうというどうしようもない恐怖である。タケル達は覚えているのに、トコモンはなんにも覚えていないのだ。初めましてって初対面の時に笑ったあの時が再びやってくるのだ。タケルはぞっとした。トコモンを抱っこする力が強くなる。

 

それってトコモンじゃない。そこにいるのはきっとトコモンじゃない。タケルの知っている大好きなパートナーデジモンじゃない!気付いたらタケルは叫んでいた。

 

 

「やだよ!やだよーっ、忘れられちゃうなんてやだ!絶対やだーっ!そんなのトコモンじゃないもん!」

 

「なんでそんなこと言えるんだよ、忘れちまったってトコモンはトコモンだろ?おんなじデジタマから生まれたトコモンだろ?なんにも変らないだろ?そんなこといったらトコモン可哀想だろ!覚えてるかどうかなんてトコモンのせいじゃないだろ!だからってパートナーデジモンじゃないっていうのかよ、酷過ぎるぞ、タケル!」

 

「そっ……れは……っ!!でも、でもっ……やっぱり、やだよ、僕」

 

「ほら、やっぱ内緒にしといてよかったじゃねーか」

 

「え?」

 

 

キョトンとしているトコモンとタケルにようやくこっちを向いてくれた大輔は笑っていた。

 

 

「タケルが聞きたがってたことってそれなんだよ。ずーっと内緒にしてたことってそれなんだよ。トコモンは全部覚えてるみたいだから、もう言っちまうけどな」

 

「どういうこと?」

 

 

さっぱり飲みこめないタケルとトコモンに、大輔はごしごしと目頭をぬぐう。ようやく追いついたブイモンがバトンタッチして説明してくれる。また大輔は後ろを向いてしまった。

 

 

「エレキモンが言ってたんだよ。オレ達デジモンはね、一回死んじゃったら今までのことを覚えてるのかどうかって、すっごくすっごく運任せなんだってさ。トコモンみたいに全部覚えてるのか、なっちゃんみたいにぼんやりとしか覚えてないのか、それとも全然覚えてないのか、だーれもその時になるまで分かんないんだって。だから、オレ達タケルにずっと内緒にしてたんだよ。タケルは生まれてくるトコモンがおんなじトコモンだって信じてたから笑ってたでしょ?エンジェモンがタケルが望んでくれるなら会いたいっていってたでしょ?オレ達が知ってること話しちゃったら、邪魔しちゃうかもしれない。トコモンがどうなるのか全然わかんなかったから、ずーっとだまってるしかなかったんだよ。でも、やっぱり嬉しいよな、大輔。オレ達のこと覚えててくれてさ、ありがと、トコモン。すっげーことなんだよ、これって」

 

「……そっか。僕達のこと考えててくれたんだね。ありがと」

 

「大輔もブイモンもすごいねえ。僕が忘れちゃっててもそういうふうに思ってくれるんだ」

 

 

 

ブイモンと大輔は顔を見合わせた。そして、違う違うそうじゃない、と優しいからそういうことを言ったわけじゃないと大輔は否定する。

 

 

「嫌に決まってるだろ、そんなの。でもぜーんぶ忘れちゃった方がいいこともあるんだって、オレ知ってるんだ。なっちゃんは死んじゃう前のこと覚えてたからあんな風になっちゃったんだ。だから、嫌だって思うのちょっと変な感じがするだけなんだよ。だって、オレ、エレキモンと約束したんだ。またはじまりの街に逢いに行くって。そんときにいるなっちゃんがどーいうデジモンになってのかなんて、全然わかんないだろ?なっちゃんかもしれないし、ぜんぜん違うデジモンかもしれないし。そんときまで楽しみにしてるんだ。だからやなだけなんだよ。変だよなー、なっちゃんとトコモンっておんなじような感じなのに、オレ全然違うこと考えてたんだよ。トコモンはぜーんぶ覚えててもらわなきゃやだって思うんだよ。覚えてなかったら、タケルに内緒でぜーんぶ教えようってブイモンと考えてんだ。そしたらポヨモンがこんなとこで進化しちまうだろー。もうわけわかんなくなって走ってた」

 

 

これで隠し事はおしまいである。タケルと大輔は笑った。ブイモンはふと思い出したように、あわててトコモンのもとに駆け寄る。

 

 

「トコモン、トコモン、大変だ。大輔達がね、エンジェモンの顔がみたいって内緒話してたんだよ。オレ頑張ったんだけど、二人とも止められなかったんだ。ごめん」

 

「………え゛?」

 

 

 

トコモンの悲鳴が、後から追いかけてくる子供達とデジモン達をびっくりさせることになるのは別の話だ。やがて洞窟の奥にある扉を潜り抜けた彼らは、ごつごつとした岩肌が立ちはだかる新しいエリアに辿り着いたことを知る。

 

太陽がまぶしい。時空でもゆがんでいたのだろうか、感覚的には数時間のつもりだったのだが、すっかり太陽は真上である。振り返れば続いていたはずの洞窟は既になく、初めから何も無かったように大きな岩が砂丘に広がる景色があるだけだ。

 

どうやら謎の通路は空間がゆがんでおり、コロモン達の村から遥か彼方にあるエリアまで太一たちを運んでくれたらしい。延々と連なる砂丘は、砂漠に飲まれたトナミの街を思い起こさせる。砂は太陽の光を吸って陽炎を立ち上らせるほどに熱く、靴の裏が熱い。風で舞い上がる砂が目に入っていたいと何人かが悲鳴を上げる。

 

 

じゃあ、あそこで顔を洗いなよってコロモンが笑う先には、オアシスが広がっていた。トナミの街みたいだとコロモン達が嬉しそうに飛び跳ねる。ホエーモンの口から見えた砂に埋もれた廃墟の街はとてもそんな感じには見えなかったが、どうやらコロモン達にとってはオアシスで発展したかつての大都市のイメージはそんな感じらしい。

 

 

「みんな、一緒に来てくれてありがとね」

 

「ここまできたらきっとエテモン達も来ないと思う」

 

「だから僕たちはここで新しい村をつくることにするよ」

 

「せっかくだから、今日はこのオアシスでゆっくりしていきなよ。

 これから砂漠を抜けなきゃいけないんだよ?途中で倒れちゃったら大変だから」

 

 

コロモン達の提案に異論を唱える者は誰もいなかった。コロモン達が新しい村をつくるというのなら、ささやかながらその手伝いをしたいと申し出る。コロモン達は嬉しそうに、ありがとうって笑った。そのお礼にとコロモン達は現在地について教えてくれた。

 

ここはサーバ大陸の大半を占める砂漠エリア。所々に点在するオアシス以外はかなり過酷な環境であり、基本的には水辺を確保しながらエリアを回った方がいい。光子郎のパソコンに新しい情報が加えられていく。オアシスの数は多くないから、コロモン達はすぐに現在地を割り出してくれた。

 

どうやらサーバ大陸の砂漠エリアの中でも結構東寄りのところに出てきてしまったらしい。ここをまっすぐ西の方角に進めばテンプ湖というサーバ大陸で最も大きい湖が見えてくる。

 

 

水辺には緑が生える。だからデジモン達も集まる。情報を集めるならテンプ湖を目印に行った方が絶対にいい。砂漠で遭難してのたれ死ぬよりはずっとずっといいはずだ。つまり、どのみちテンプ湖を目指して砂漠を突っ切らなければならなくなった。コロモン達の村をつくる手伝いのついでに、十分な鋭気を養うべく、子供たちはオアシスに飛び込んだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。