(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第60話

コロモン達と別れてから、数日が経過している。新たなる強敵エテモンの圧倒的なパワーの前になす術もなく敗れ去った大輔達は、トンネルの向こう側にあるオアシスでコロモン達と別れた後、砂漠の中を突き進んでいた。

 

エテモンが追いかけて来ない所まで、と見通しの全く立たない目標に向けて、懸命に歩き続けている。時折、弱気ともとれる発言がみんなの本意を無自覚に代弁しているミミあたりから漏れるたびに、穏やかにそれを肯定しながら、やんわりと否定することで循環していたハズのネガティブ思考の打破。

 

 

しかし、本来ヤマトや丈から打ち消されるはずの言葉が、「そうであることを願いたい」とか、「そう思うしかない」とか曖昧な表現に終始し、断言されないことで、中途半端に後ろ向き思想が宙ぶらりんだ。一番先頭はもちろん紋章を手に入れた太一であり、一番後方はサーバ大陸からサポート役を強化し始めた空である。

 

マズい、みんな追いつめられている、とみんなの状況を客観的に見ている故の苦悩が、どうにかしなきゃと考える。みんな、大輔や太一みたいにポジティブシンキングが当たり前だったらいいのに、と思いつつ、空がサポート役がいたにつき始めた原因は間違いなく、幼馴染みでありツートップの相棒である太一である。

 

 

はあ、とため息をついて、歩みは続く。意外と周りを見ているハズの太一が、どういうわけかまっすぐに前を見てばかりで、一番こう言うときにこそ、ガッツを引き出してもらいたいのに、みんなを引っ張ってくれる言葉がこっちに向いてくれない。いつもなら、もっと冷静に周りを見て、ちゃんと気を遣っているはずなのに。しかも無意識に。違和感が滲んだ。

 

 

「どうしたんすか?空さん」

 

「なーんでもない。ほら、頑張って歩きましょ、大輔君」

 

 

もちろん上級生組のことなんて知るはずもない大輔は、何処までも脳天気だ。その無邪気さがこの砂漠道中記では、意外と救いだったりする。そんな中、ようやくみんなの様子に気付いたらしい太一が、あー、という顔をして、みんなが弱気になりつつあるから、励ましてやらなきゃいけないんだって気づいたらしい。

 

 

「なんだなんだ、みんなしゃきっとしろよ。まだ歩き始めたばっかだろ?先は長いんだ、頑張ろうぜ」

 

 

ずっと西に行けばテンプ湖という巨大な湖が見えてくるはずなのだ。湖に紋章の有力な情報がある訳ではないのだが、砂漠を放浪するよりはデジモン達が生活を営む集落が点在するらしいので、情報収集には事欠かないはずだ。わかってる。

 

わかってるけど、あと何日砂漠を歩き続けなくちゃいけないんだって太一の言葉に返ってくるみんなの言葉は何となく乗りの悪い、歯切れの悪いものばかりだ。太一の紋章がみんなには自慢げに掲げられているように見えてしまっているようで、うっとおしいとでも言いたげにみんなそれとなく紋章からは目を逸らし始めていた。

 

 

ゲンナイという老人の言うとおり、本当に紋章があればエテモンに勝てるのかという半信半疑な気持ち。太一だけが紋章を持っているという事実への羨望と嫉妬が入り混じった気持ち。

 

紋章を持っていないみんなは事実上、戦力外通告を出されたも同然だという絶望的な状況。みんな疲れていた。疲れているからいつもは考えもしないことをついつい考えてしまって、いわなくてもいいことをぽろっとこぼしてしまう。

 

 

「その紋章でホントに進化できるのか?」

 

「なあに言ってんだよ、ヤマト。大丈夫だって、きっとエテモンにだって勝てるさ。な、アグモン」

 

「……あ、うん」

 

「なんだよ、その自信なさそうな言い方。しゃきっとしろよ、しゃきっと。オレ達が頑張らないでどうすんだよ。お前が先頭に立って頑張ってくれなきゃ困るって」

 

「……うん」

 

 

アグモンは困惑顔のまま、自信なさげにうなずいた。がんばってね、とか、頼りにしてるよ、ってデジモン達に言われてしまい、困ったように頭を掻いている。太一はさもありなんといった様子で笑って見せた。ほら、みんなわかってくれてるだろ?って満足顔だ。

 

一方で内心ほっとしている太一である。アグモンは正直すぎる。素直すぎる。勘弁してくれよ。太一の心の奥底をそっくり写し取ったような態度を取っているので、なおさら悟られたくなくて、そう思っている自分を認めたくなくて強引にアグモンに同意を迫った。オレが、オレ達がビビッてどうすんだよ。怖いなんて、不安だなんて、言えるわけないだろ。

 

エテモン達がいつやって来るか分かんないのに、みんなを守れるのはオレ達しかいないのに、自信がないだなんてそんなことあってはいけないんだよ、絶対に。アグモンに回す腕の力が強くなる。太一、痛いよってアグモンはちょっと困ったように肩をすくめた。

 

 

 

 

デジメンタルと言う今はデジタルワールドに眠り続けている力がある。かつてデジモンが進化を知らなかった途方もない昔に、その力を借りて擬似的な進化をする事が出来た種族がいた。

 

一時勢力を誇ったその種族は、他のデジモン達が進化という岐路に適合し、勢力争いを繰り広げた結果、一般化していく進化の前に、特権的だった立場が埋没していくに従って、やがて緩やかに衰退していった。その種族の子孫こそが、古代種と分類されるデジモンの定義である。

 

また古代種の遺伝子データを持つデジモンを「アーマー進化」させることができる力を持ったアイテムが、デジメンタルという、その時までデジタルワールドが封印し続けている力である。

 

デジメンタルは紋章という特定の人物が持つ心の形質を反映したが故に、持ち主とそのパートナー専用のアイテムであるものとは、決定的に違うところがある。それは、本来のデジメンタルは、あくまでも擬似的な進化を手助けするアイテムであるため、特定の持ち主とパートナー専用のアイテムではないという点にある。

 

 

それはもともと一つの力、エネルギーに過ぎなかった。古代種のデジモンであれば、どんな進化経路も選択可能であり、とてつもなく自由で汎用性のあるシロモノだった。しかし、それ故に進化という新しい選択肢が生まれた時に、古代種はその脅威を微塵も感じなかった。

 

そのため、成熟期、完全体、究極体と古代種よりも遥かに凌駕するデジモンが現れたときに、対抗する手段も持つことが出来ず、今まで軽視していた進化というものに適合する前に、純粋な意味での古代種は緩やかに滅亡の道を進んでいくことになる。

 

その中でも唯一進化という選択肢に適合することが出来たデジモンが、生き残ったのである。それがブイモン系列のデジモン他、古代種が歩んできた数奇な運命である。

 

 

この古代種を復活させる時、デジタルワールドはすでに進化というものに対して、さらなる力を付与することが出来る紋章というものを確立していた。そしてその紋章の形質とデジメンタルの力を組み合わせることで、パートナーがいるデジモンに、さらなる爆発的な力を与えることが出来ることを確認した。

 

本来デジメンタルが持つとんでもない汎用性を限定し、パートナーの「もっとも素晴らしい心の特質」が持ち主とパートナー達に力を与えるように、改変を施した。その瞬間、デジメンタルとデジモンの間には相性が生まれ、無理に相性の合わない物を使うと暴走してしまうデメリットが生まれた。

 

 

その代わりに、アーマー進化はかつて淘汰した進化系列に対抗できうる手段として、確立されることになる。もちろん、そんなこと知るはずもないブイモンは、大輔が太陽みたいだと尊敬の眼差しでもって称した、太一のタグに収まった紋章を見たとき、強烈な違和感をデジャビュとして感じることになる。

 

目覚めたばかりでスッカラカンだったチコモンだったときに、ブイモンは確かにそれを見たことがあった。まだその時じゃないからと取り上げられてしまったデジメンタルは、ブイモンの知っているものでは無くなっていた。

 

エクスブイモンの鼻先にある刃物みたいなツノがついていて、炎のような赤色と黄色が混在して波打つようなデザインが加えられていた。そしてその中央には、その紋章が刻まれていたのである。

 

 

オレンジ色の丸があって、わっかがそれを囲んでいて、8つの三角形が左右対照的に配置された、へんてこりんなものが。こんな模様あったっけ。ずっと眠り続けていた時にそばにいてくれたデジメンタルの急激な変化に戸惑うチコモン。たたき起こしてくれたどこかの誰かさんは、これからブイモンの力になってくれる証だ、と教えてくれた。

 

何にもしらなかったチコモンは、そっか、と嬉しくなった訳だけども、今こうして紋章は太一のものだと知ったのだ。心中はお察しください、と言う他ない。そのデジメンタルは確かにブイモンの力になるために用意されたものである。

 

それは紋章の持ち主である太一とは全く違う形ながら、大輔に紋章が意味する心の形質の片鱗があるとホメオスタシスが予測したからこそ、準備したものであることは間違いない。だから大輔はたくさんあるデジメンタルの中で特に勇気の紋章と相性がいいというだけで、大輔が勇気の紋章を扱えるのかといえば、それは断じてありえない。

 

 

勇気の紋章を使いこなせるのは、あくまでも太一だけである。その事情を全く知らないブイモンにとっては、大輔の紋章とデジメンタルに刻まれた紋章が違うというわけのわからない事態となっている。仕方ないのだ。この時点でホメオスタシスが予測していた未来では、勇気のデジメンタルしか必要ないはずだったから。

 

ブイモンはすっかり忘れているけれど、デジメンタルはもともと封印されていた過去がある。この世界においてはあまりの強大なエネルギー体であるために危険視されていたのだ。むしろ純正の古代種のみが使えていた古代と比べれば、かつて古代種に分類されていたデジモンに進化したことがある現代種のデジモンならば、だれでも使うことができる。

 

デジメンタルの恩恵を受けるデジモンの数は圧倒的に増えている。相性という制約が出来たところでその脅威が無くなったわけではない。

 

 

選ばれし子供のパートナーにのみ解禁された瞬間的な進化と退化を繰り返し、短期間のうちに強化されていくという禁じ手が一般化してしまうのはあまりにも危険である。だから紋章のように特定の個人しか使えないという制約がないデジメンタルの復活には、暗黒の力による強奪の影が見え隠れする以上、どこまでもデジタルワールドは慎重だった。

 

その結果、1つのエネルギー体は紋章の数だけ分割され、さらに封印する場所も多岐にわたり、出現条件に紋章の子供たちを組み込まれた。その真意にブイモンが気付くのは残念ながらまだまだ先のことである。そういうわけで、ブイモンはすっかり拗ねてしまっているのだった。

 

 

「紋章かあ、どんなんだろうな?ブイモン」

 

 

灼熱地獄なんてもろともせず、デジヴァイスの下にぶら下がっているタグを見つめて、好奇心旺盛な想像力はあれやこれやと想像しては笑っている。まさかあの紋章を見たときに、大輔のだ、と思っていたとは言える訳もないブイモンは、内心複雑な心境で、隣を歩いていた。

 

 

「太一の紋章に負けないくらい、ずーっとずっと、カッコイイ紋章に決まってるだろ、大輔」

 

「あはは、なんだよそれー」

 

「ぜーったいそうだってば」

 

 

そうじゃないと嫌だ。絶対嫌だ。デジメンタルと引き離され、取り上げられて、ずっと傍にあったものを、封印されてしまったときとおんなじ感覚がめぐってきて、ブイモンは手を握りしめた。

 

また取り上げられてたまるか。オレの一番大好きな大輔が持ってる紋章は、きっときっと素晴らしいものなのだ。誰にも負けないくらい、誰にも取られたりしないくらい、世界で一番素晴らしいものなのだ。だってブイモンが今ここにいる理由は、本宮大輔というパートナーがいるからこそなのだから。

 

 

もしかしたら、大輔は紋章を持っていないのではないか、なんて恐ろしい想像を打ち消したくて、ブイモンは懸命に会話に夢中になった。もちろんそれは完全なる杞憂であり、勘違いなのだが、残念ながら現時点に置いて、それを知るすべはない。

 

 

「今度は早いといいな、見つかるの」

 

「ぜーったい、早く見つけようね、大輔」

 

「おう。進化すんの遅かったもんなあ。みんなオレたちが頑張ってるんだって、分かっててくれたんだ。今度こそ、みんなのために頑張りたいよな」

 

 

いつだってパートナーとパートナーデジモンの見つめる世界は、ほんのちょっぴりずれている。

 

 

そして上級生組と下級生組はさらにずれている。大輔達がたわいもない会話で盛り上がっている最中、上級生組は太一の持つ紋章と進化の関連性について、あーだこーだと難しい話を展開している。

 

進化の条件は、デジモンが膨大なエネルギーを使うこと、腹ぺこではないこと、そしてパートナーに危機が迫ったときであると光子朗が言及すれば、なるほど、と上級生組は頷いた。未だにゲンナイという老人を信用できるのかどうかという重大な事項は、みんなの中では保留のままだ。太一だって大輔の話は嘘はないだろうが、信用できるかどうかは別の話なので棚上げ中なのだ。無理もない。

 

 

しかし、メンバーの中で唯一紋章を持っているという事実が、太一にある天然リーダーのいいところを奪い去ってしまっている。いつもなら元気出せよ、そんなこと言ってたってしょうがねーだろ、とあっけらかんと笑い飛ばすおおざっぱさが、らしくなく、進化という謎への追究となって話題に上る。

 

いつもならみんなの前で、こんなこと堂々と明らかにしないのに。それが分からないものが多いという現実をみんなに突き付けているとも知らず。返って不安を煽っていると気づけない。会議に参加していない、タケルやミミ達が世間話で盛り上がっている間でさえ、実は聞かないようにしているだなんて知らないまま。

 

 

大輔の場合は、意図的にブイモンが遠ざけるために大輔に積極的に話しかけているだなんてしれないまま。そして、もっとよく考えろよ、と言うヤマトの忠告が、サーバ大陸に行くときの会議で、みんなを説得することが出来なくて、結局最年少組がいく、と言ったことが決定打になり、何にもできなかったとこっそり気にしていた太一の心に、実は深く突き刺さっていたことなんて、誰も気付いてなんかいないのだ。

 

いつも意識していないことを意識するとおかしくなることは、太一だって大輔の件で分かっていたのだが、なんだかんだでうまくいった。上級生から下級生の関係性、大輔と太一の関係性だからこそ、あらゆる偶然が折り重なってなんとか歯車がかみ合ってうまくいっただけに過ぎないのに、前例が出来てしまった。

 

 

今の太一は、焦っているのを自覚していて、どっかおかしくなっていることを自覚していながら、何とかなるだろうと言う根拠無い自信の元で、なんとかリーダーを頑張ろうとしている、と言うかなり危うい位置にいる。その焦りをもろに被るのはパートナーとして新たな進化が過剰に期待されるアグモンである。

 

パートナーとパートナーデジモンの気持ちが一つになってこそ、デジヴァイスは進化の光を放つ。さらに紋章という第3の介入が入る。今まで以上にエネルギーも気持ちもひとつにならなければ、待っているのは。誰もしたことがない完全体への進化など不安で不安でしょうがないにきまっているのに、太一からかけられる言葉は「進化する」じゃなくて「進化させる」という言葉である。

 

 

アグモンはのんびりやさんで、マイペースに世界を見渡し、一番大切なモノを感覚で拾い上げることが出来る、とっても素晴らしいデジモンなのだが、彼はパートナーである太一が一番大好きなのである。パートナーデジモンは、共通して、パートナーであるえらばれし子供に真っ向に反抗することが出来ない。逆らうことが出来ない。

 

疑問すら覚えないまま、それほどまでに献身的である。それが存在意義だから。大輔の時は、間違いを正してくれる上級生という立場の人間がいたが、その上級生が間違いを犯したとき、恐ろしいことに、本人だけしかそれに気付いていなかった場合、止めることが出来るのは誰もいないのである。出来るのは本人だけである。それが顕著になるのは、すぐそこまで迫っていた。

 

 

「オアシスが見えたぞー、休憩しようぜ」

 

 

太一の言葉に、はーい、と大輔は返事した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オアシスは大きな大きな日陰を作ってくれている。豊かなわき水をたたえている泉の近くで休憩を取ることにした子供達とデジモン達は、思い思いの場所でご飯を食べることにした。

 

太一達の所からご飯をもらってきた大輔は、はっやーく!と食い意地を張っているパートナーデジモンの所にかけだした。すっかり腹ぺこである。パンとりんご2つを持ってきた大輔に、えー、とブイモンはあからさまに顔をしかめた。

 

 

「大輔、大輔、オレチョコ!チョコ食いたーい!」

 

 

ハンバーガーとかコッペパンとか主食となるものがまだ食料としてあるにも関わらず、ブイモンはいつでもチョコレートをねだる。生まれて初めて半分こして大輔と食べたからもあるだろうが、もともととんでもない甘党にため息一つ、確かにチョコレートはエネルギーになるとか言うが、腹持ちがいいものを食べないとダメだと却下されてむくれたブイモンは、ううううう、と涙目である。

 

そしてチビモンを思い出させる、こちらが悪いことをしているのではないかという罪悪感と後ろめたさを抱かせる、庇護欲を煽る声で、だいすけーっと涙を浮かべて見上げてくるのである。もはや名演技にも程がある。相変わらず大輔は極端に弱かったが、こうもいつもいつも乱発されると、いい加減耐性も出来てくる。

 

 

「だーもー!ダメなもんはダメなんだよ!怒られんのオレなんだから」

 

 

いつもこうだ。大輔がご飯はご飯、おやつはおやつ、と比較的保存が利くお菓子類は非常食となっている、そういう決まりなのだと説明するたびに、この押し問答は繰り広げられてきた。それに加えてブイモンはとんでもない大食いである。

 

かわいそうだからと言ってあげてしまっては、あっという間に袋の中が空になってしまうことを知っている上級生組から、チョコレート禁止令を言い渡されている都合上、滅多に食べられない貴重品である。大好きなものが腹一杯食べられない苦痛である。かわいそうに、ブイモンはすっかりがっくりと肩を落として、めそめそと泣いていた。矛先は何処までも大輔である。

 

 

時々、ちらちらとこっちを見ては、かわいそうになって持ってきてくれないカナーという魂胆が見え見えである。何度もおなじめに引っかかるほど大輔はバカではない。我らが相棒は、一つのことを達成するためなら、とんでもなくしたたかになることを大輔は誰よりも知っていた。

 

ちなみに大輔のリュックの中にある食料からは、すべてチョコレートに関する品物はただちに、タケルの白いリュックの中に移転されている。その事実をブイモンは未だに知らない。ほら、これ食えよ、と半分こしたパンを差し出されたブイモンは、お腹がすいているのは事実なので、渋々口の中に放り込むことにした。あれ?

 

 

「大輔、これなに?」

 

 

一口で食べてしまったため、さっぱり分からないが、ただのコッペパンにしては甘いような。というか口に広がるこの甘みと独特の粘っこい風味は、ブイモンの知っているチョコレートよりも、ずっとずっとふわふわしているが、なんか甘い。

 

しかもおいしい。なんだこれ。なんか挟まってた?しまった、もっとじっくり味わって食べればよかったー!と後悔したが後の祭りである。ハテナマークが飛んでいく相棒に、大輔はイタズラ成功とばかりに笑った。

 

 

「美味かっただろ、チョコレートクリームはさんであるやつ」

 

 

ほら、と見せてくれたそれには、確かにちょっと生クリームが混じっているために、柔らかい色をしたチョコレートがはさんであった。大輔からすれば、明らかにこれはご飯ではない。おやつの時に食べるようなやつである。

 

あるいは小腹がすいたときに。大輔はブイモンほど甘いもの大好きではない。まさかの気遣いの不意打ちである。なんで言ってくれなかったんだよう、と遅れてきた感動をかみしめられない不運をブイモンは嘆いた。大輔は笑ってまた半分こにしたそれを渡してくれた。え?いいの?と思わず聞いたブイモンに、照れくさそうに頷いた大輔である。

 

 

「だいすけええ!」

 

 

後ろから飛びついたブイモンの反動で、落っことしそうになったパンを慌てて受け止めた大輔は、なにすんだよ!と叫んだ。こう言うとき、正面から抱きつけたらこれ以上ない愛情表現になるのに出来ないもどかしさである。ブイモンは大輔におぶさったまま、食べることにしたらしかった。

 

 

「チョコって固まりじゃ無いんだ」

 

 

チョコチップクッキーとか練り込んであるやつとか、板のチョコレートしか知らなかったブイモンには、衝撃の事実である。どんだけバリエーションがあるんだチョコレート。恐るべしチョコレート。

 

人間の食べ物の種類の豊富さはハンパない。デジタルワールドだってそこまで食を追求しているやつは、指折り数えるほどしか無いだろう。無性に大輔の世界がうらやましくなったブイモンである。そんな相方に意地悪な大輔はいろいろと教えてくれた。

 

 

「そんなことで驚いてたら、オレたちの世界来たら、お前幸せすぎて死んじゃいそうだな」

 

「え?」

 

 

そんなこと、だと?!ちょっとまってそれどういう意味。硬直するブイモンに、大輔はいう。

 

 

「ココアとかケーキとかあるしなー」

 

「ココアってなに」

 

「えーっと、なんだっけ、チョコレートとかして、あったかくして、のむやつ」

 

 

厳密にはホットチョコとココアは別物なのだが、小学校2年生が知っているわけもないので、ご愛敬。

 

 

「の、のんじゃうの?あっためちゃうの?なにそれ、なにそれ、おいしいのかっ!?」

 

「オレは牛乳無いと飲めないけど、姉貴は普通に飲んでるし、ブイモンなら大丈夫かもな」

 

「えええええ」

 

 

ちなみに大輔の頭の中では、コーヒー牛乳とホットチョコとココアがごっちゃごちゃになっている。まったく未知の世界である。全然想像することが出来ないブイモンは、目をぱちくりさせるしかない。行きたい行きたい大輔の世界。大輔が生まれてきた世界。

 

ずっと育ってきた世界。きっとそこはブイモンが知らないものがたくさんたくさんあるのだろう。もっともっとチョコレートの話が聞きたいとねだるブイモンに、大輔はしかたねーな、と笑いながら教えてくれる。すっかり置き去りにされているりんご2つ。盛り上がっている大輔とブイモンに、水を差す人物が現れた。

 

 

「よう、大輔、ブイモン」

 

「あ、太一先輩。どうしたんすか?」

 

「お前ら、りんごくわねーのか?」

 

「え?あー、ブイモン、いるか?オレいらねーや」

 

「オレもいらなーい」

 

「ならいーよな、もらっても」

 

「どーぞ」

 

「太一食べるの?食いしんぼだなあ」

 

「お前がいうなよ」

 

 

ぺしっと右肩越しに叩かれたブイモンは、えーなんで、と口を尖らせた。太一の腕の中には、ありったけのご飯が抱えられている。ハンバーガーとか、コッペパンとか、果物とか、色んなものが入っている。

 

何食分だろうか。みんなが食べられなくなったものを回収しているのかな、と上級生組の大変さを垣間見た大輔は、はい、とりんごを2つ手渡した。さんきゅー、と受け取った太一の紋章が風に揺られて翻った。ブイモンはそれが目に入らないように、意図的に大輔の上に登ろうとし始める。

 

 

おわああ、なにすんだよ、と何にも知らない大輔は、肩車できるほどの体格差が無いのでぐらつき始める。やめろってば、とくすぐったくて抵抗する大輔とやーだと拗ねたまま構ってくれとばかりに、過剰なスキンシップを試みてくるブイモンである。微笑ましい後輩達のやりとりを見ながら、太一は笑った。

 

 

「お前らからもらった貴重な食べ物は、ちゃーんとアグモンに届けてやっからさ。そのアグモンに向けられてる期待、ちゃんと伝えとくからな」

 

「え?」

 

 

たったった、と駆けていった太一に、ようやく違和感を覚えた大輔は遠ざかる背中を見つめて首を傾げた。働かざるもの食うべからず、という難しい言葉が通り過ぎていく。珍しい構図である。ふり返ると、ハンバーガーを取られてしまったゴマモンがしょぼくれていて、丈が励ましていた。食べている途中のご飯でも、まだ口を付けていないものを太一は、みんなから回収していっているのが見えた。

 

アグモンはといえば、普通にご飯を食べている。紋章が手にはいるとお腹がすくんだろうか?というか。食料の分配の役目を担っている太一からそんなことを言われては、みんな断れるはずが無いのだ。明かな職権乱用を見た大輔だが、どっかおかしいと気付いたばかりで、どこがおかしいか分からない。太一はいつも通りの太一を見せていたため、直感でしか分からない違和感である。

 

 

「アグモンが食べるんすか、太一先輩」

 

 

つぶやかれた言葉は、本人の耳には届かない。アグモンってブイモンほど大食いだったっけ?

 

 

「なあ、ブイモン、初めて進化した時って腹減った?」

 

「え?あーうん、すっげー減ったよ、腹ぺこで死にそうだったよ、大輔」

 

「そうなのかー、ごめんな、全然気付いて無くって」

 

「いいんだよ、そんなこと。それどころじゃ無かっただろ?大輔」

 

「うん」

 

「だからいいんだよ」

 

 

それより、とブイモンはささやいた。

 

 

「なんでみんな何にも言わないんだろう?大輔の時には、いっぱい注意とかしてくれたのにね」

 

 

言われてみればそうである。大輔があたりを見渡してみると、みんな太一のことが気にかかるのか、アグモンとのやりとりを見ている。それなのに、きっと大輔が何となくしか感じ取れていない違和感を、きっと具体的に気付いているはずのヤマトとか、空とか、丈とか、だれも太一に対して言おうとはしていないのだ。何でだろう?

 

うーん、と考えるが分からない。下級生である大輔は分からない。上級生組は、水面下で熾烈なリーダー争いの火種が燻り始めていて、まだ目に見える形では表面化していない。

 

 

唯一諫められるであろうその争いの圏外の空は、ネガティブ思考が蔓延しているメンバーの空気をよくする方策に必死で没頭しているせいで、なかなかそっちにまで手が回らないのである。明らかにサポート役が足りない。だから、もし現時点で太一に対してヤマトや丈が注意したところで、恐らく燻りつつある火種は、豪快に爆発してしまう。

 

爆弾を抱えながら、サーバ大陸をみんな冒険しているのである。確実に禍根が残る。メンバー離脱が目に見えている。それならあえて触れない方がマシである。内部分裂が意味するものは何か。そんなもの言わなくても分かっている。全滅である。バッドエンドである。

 

 

下級生組はなんとなく太一の異変に気付いてはいるものの、大輔のように具体的な説明が出来るほどではない。分からない。だから、きっと太一と話したところで中途半端になってしまう。それでも結局太一との間に亀裂が入るのだ。

 

太一がリーダーみたいなことが出来るのは、言葉が足りなくて、配慮が足りない所をしっかりとサポートできる存在があってこそちゃんと機能する。状況とタイミングが最悪だったと言っていい。なるべくしてなったと言っていい。

大輔は、太一の孤独を見た。なんとかしようとした。だって、なんか、嫌だったから。

 

 

でも、それを止める手がある。ふり返ると、行かない方がいいわ、と首を振る空がいた。空からすれば、大輔はたしかに太一に対して禍根を残さない有力手の一つだろうが、この子はまだ幼すぎる。太一のことをきっと理解しきれない。喧嘩して仲直りしたのは知っているが、太一の抱える問題は、大輔には絶対に理解できないものである。

 

太一も大輔も対立したら容赦ない。以前の喧嘩とは全く質が違うのだ。以前は話から察するに喧嘩両成敗かつ太一の方に利があった。小学校5年生が小学校2年生に問題を指摘されて見ろ、それはきっとこれ以上ない屈辱である。確実に先輩としてのプライドがずたずたになる。

 

いつもの太一なら構わない。一向に構わない。本宮大輔という少年は、むしろ空からの差し金で送り出してもいいくらいの安全物件である。

 

 

でも今の太一はいつもの太一じゃないのだ。怒りの矛先は間違いなく、確実に、本来問題を指摘されるべき下級生である大輔に向かう。可愛い後輩が火の中に飛び込もうとしているのを黙ってみていることが出来なかったのだった。大輔の中で、これ以上無いほどの最高の抑止力だった。

 

太一が尊敬するサッカー部の先輩となったことで、ジュンお姉ちゃんとの問題が何にも解決していないにも関わらず、無理矢理行った自意識改革は自動的に大輔の世界を崩落しつつある。世界を支えているのは、空に対する依存度である。

 

たちの悪いことに、大輔は空に極端なまでに依存しつつあるにもかかわらず、相変わらず理想のお姉ちゃんしか必要としていないから、空に対しては何の負担ももたらされておらず、しかも空自身は可愛い後輩からどういう風に見られているのかなんて、一㎜たりとも知らないのである。

 

 

初期の太一と大輔のような有様である。盲信は自殺行為だが、大輔は気付いていない。だって、空には迷惑だなんて言われていないから。だから、大輔はやめてしまった。ブイモンは大輔とおんなじ世界しか知らないから、興味がないから、大輔がやめてしまうなら興味はすっぱりなくなってしまう。 

 

ただでさえ、ブイモンにとって、太陽の紋章は心がとってもざわつくのだ。みたくないのだ。取られてしまうから。仲間思いの性質は、結局のところ大輔ありきで構成されているに過ぎない。パートナーデジモンはみんなそうである。パートナーが世界の中心でまわっているのだから、何処までも優先事項は大好きな大好きなパートナーである。

 

 

まあそれが結果として大輔を傷つけてしまうと知ったから、ブイモンは頑張って色んなことをしている訳だけども。だからブイモンは忠告する。そしたらみんなと繋がれるし、大輔から頼りにされるし、一石二鳥である。

 

 

「大輔、太一ってあんなやつだっけ?」

 

「ちがう。もっともっと、オレたちに優しいんだ。お荷物なんて言ったりしない。絶対に一人で戦わない。もっと・・・・・・」

 

「ならなんで行かないんだよ」

 

「だって空サンが」

 

 

はあ、とブイモンはため息をついた。結局まだまだ大輔の一番になるのは先が長そうである。突如、立ち上がった丈がタグが光り始めたと叫んだ。みんな驚いて立ち上がったのでうやむやになってしまった。望遠鏡を見た太一が、コロッセオを模した闘技場を発見する。悲劇まで、秒読み段階に入っていた。

 

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