(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第61話

古代ローマにおいて剣闘士競技などの見世物が行われた施設が、砂漠のど真ん中に姿を現した。中央の空間を観客席が取り囲み、全体的には楕円形の構造を持っている円形闘技場、イタリアのローマにあるはずのコロッセオである。大きなアーチが沢山あって、それをくぐり抜けた子供達とデジモン達は、点滅している丈のタグを頼りにここまでたどり着いた。

 

 

でも、矢印が出ているわけでもなく、近づくにつれて光が強くなったり、点滅の間隔が小さくなるわけでもないタグである。この無駄に広大なコロッセオをどう探せばいいのか、全然分からない。

 

うーん、とみんなが考えながらとりあえず、と中央を目指して通路をくぐり抜けた先で待っていたのは、どういうわけか、日本のプロのサッカー選手が試合をしていそうなくらい広大なサッカーのフィールドが現われた。

 

不自然にもほどがあるのだが、もうデジタルワールドは何でもアリである。頓着する人間なんていやしなかった。丈とゴマモンはタグの反応が気になるのか、休憩もしないであちこち歩き回っている。

 

 

そしたら、ころころと転がっている白と黒のボールを発見したツートップの方割れは、これだ!と思って、拾い上げ、ずーっと歩き続けていたせいで、へとへとで、休憩中だったみんなに、ボール片手に笑いかけた。

 

 

「ねえねえ、みんな、サッカーしない?」

 

 

スポーツでもして気分を紛らわせればいいんじゃないかしら。空は満点の笑みである。フィールドはあるし、ボールもあるし、ゴールもちゃんと2つある。これ以上ないくらい最適な環境が整っていた。

 

しかも子供達の中では、サッカー経験者が4人もいる上に、小学校のカリキュラムで1度は絶対にしたがあるスポーツなんて、数えるほどしかないし、ルールだって浸透しているのはこれくらいだろう。息抜きには最適だろう。ずーっと気が滅入っていたのだから。子供はやっぱり遊ぶのが一番である。

 

 

サッカーって何だ、とパートナーデジモン達が疑問符なので、ちゃんとルールを説明したら、みんな乗り気になってくれた。あとはいつもみたいに太一が、我先にとボールを横取りして、蹴り始めれば始まりである。流石にいつもと様子が違う太一だって、サッカーである。

 

ボールを見ればきっといつもみたいに戻ってくれるはずだ。そう思っていた空だったのだが、彼女が考えている以上に、孤独に追いやられていた。余裕を無くしていた太一は、追いつめられていた。

 

やるやる、とみんながやる気を出し始めたころ、ボールを置いた空の横を、駆けていく風がある。どごっと豪快にけり上げられたボールは、あっという間に観客席に放り込まれ、見えなくなってしまう。空のせっかくの気遣いが台無しである。唖然とするみんなに、とんでもないことをした少年は、いらだった様子で怒鳴り付けた。

 

 

「こんな時にサッカーとか、何考えてんだ!もっとみんなちゃんとしろよ!エテモンに追われてんだぞ、オレ達!紋章を探すのが先だろ!そんで、丈の紋章見つけたら、すぐに出発だ。また襲われちまってもいいのかよ!」

 

「流石に言い過ぎだぞ、太一、ちょっとくらい休んだっていいだろ」

 

「なんだよ、ヤマト!紋章持ってるオレにはちゃんとしろって、もっとよく考えて行動しろって言ってるくせに、お前はみんなと一緒にサッカーして遊ぶつもりかよ、ふざけんな!

オレだけに全部押し付けといて、ずるいのはお前だろ!」

 

「……え?お、おい、太一、何言ってんだよ?考えすぎだぞ。オレはそういうつもりで言ったんじゃないって、落ちつけよ」

 

「落ち着いてるよ!」

 

 

ここでようやく、自分の忠告が返って太一を追いつめていたのだ、と気付いたヤマトは、慌てて太一の所に行って、説得を試みる。ごめん、と親友に謝られてしまった太一は、ちょっとだけ落ち着いたのか、自分の失言に気付いてみんなに謝った。

 

何やら離れたところでみんなが不穏な空気だと察したらしい丈が、そんなに元気があるんなら、紋章探しを手伝え、と太一を名指しで呼んだ。せっかくサッカーをやろう、と観客席の方にボールを取りに行こうとしていた太一は、まじかよ、と涙目である。しばしの和やかムードがサッカーを再開させることになる。

 

 

いつまでたっても見つからない紋章探しに根を上げた太一が、丈達をひきつれて、仲間に入れろとみんなの所に駆け寄るのは時間の問題だ。デジモンチーム、子供達チーム、は反則級の守備範囲を持つ、鉄壁のゴールキーパーのパルモンを突破することができず、0対0の大苦戦を強いられていたので、強力な助っ人は大歓迎された。

 

 

 

しかし、つかの間の憩いの時間はすぐにかき消されてしまう。

 

 

 

電光掲示板に映し出されたエテモンが、サッカーゴールを操作して、待っていた子供達を中に閉じ込めてしまったのである。アミはたちまち電流の流れた脱出不可能の牢獄と化す。選ばれし子供達は、囚われの身である。

 

唯一ゴールキーパーと戦っていた太一だけが自由な身となっていた。そして、召喚されたのは、エテモンに屈することなく抗い続けたために、首にダークケーブルを巻かれてしまったため、無理やり洗脳状態となっており、遠隔操作で玩具のように扱われているグレイモンである。

 

使うものは死ぬまで使うという恐ろしい合理性が反映されていた。同種族との戦いの強要である。素晴らしいお膳立てでしょ?ゆっくり鑑賞させてもらうわあ、と観客気分全開のエテモンは、ブルーハワイを呑みほした。傍らでは大きなうちわで風をあおっているガジモンがいる。

 

 

真っ赤な闘争本能に任せて、ゴールに閉じ込められているみんなに、グレイモンが襲いかかる。太一は、慌てて、アグモンと共に個人による防衛戦を強いられることになった。なりを潜めていた焦りが復活する。最悪な形で、戦いは幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

手を掴まれた。びくっと肩を揺らした大輔は、振り向いた。

 

 

「大輔」

 

 

燃え上がるような真っ赤な眼差しが見上げて来て、大輔の言いかけた言葉をかき消してしまう。まっすぐに見上げてくる相棒が怖くて、言い淀んだまま、大輔は目をそらすが、ブイモンはそれを許さない。

 

凛とした声が大輔を射抜いている。震える手を掴んで、ブイモンは、なあ、と呼びかける。音が消える。ブイモンの言葉以外何も聞こえなくなってしまう。空白の世界で、ブイモンは言い放った。

 

 

「大輔は、オレになんかあったらどうする?」

 

 

大輔は大きく目を開いて、ブイモンをみる。

 

 

「んでっ……なんでそんなこというんだよっ……!こんな時に!」

 

「答えろよ、答えてくれよ、大輔」

 

「………ま、守る。守るよ、オレがブイモンを守るに、き、まってんだろ」

 

 

しりすぼみになっていく言葉は大輔の揺れている心を反映している。言いきれないもどかしさがちっぽけな自分を自覚させる。しかし、どこまでも正直な少年は、嘘をつくことがとってもヘタな少年は、自分に嘘をつくことがとっても苦しくなって、たぶん、と小さくこぼしてしまった。

 

はっとなって、あわてて取り繕おうとする。ちがう、そうじゃない、さっきの嘘!もし大輔がブイモンだったら、そんなこといわれたら、きっととっても不安になってしまう、と気付いてしまったから。案の定、とっても悲しそうな顔をしているブイモンは、苦笑いしていた。

 

 

「多分?多分ってなんだよ、大輔。絶対って言ってくれよ、こういうときくらいさ。ホントに大輔は嘘がヘタだよね、嘘つくときくらい、カッコいいこと言えばいいのに」

 

「うっ……うるせえ!お前が変なこというからだろっ!なんでそんなこと聞くんだよ、なんでそんなひでえこと聞くんだよ!出来ねえよ、出来る訳ないだろっ……!もし、お前が今のお前じゃなくなって、すっげー怖いデジモンになっちゃって、すっげー凶暴なデジモンになっちゃったとしても、お前を、ブイモンを倒すなんて、絶対できないだろ!してたまるかよ!だけど、みんな太一先輩のパートナーなのにっ、グレイモンだったのに、平気で攻撃してるじゃねーか!みんなそうしてるじゃねーか!ホントはやだよ、こんなことしたくねーよ、でもオレだけだろ、そんなこと悩んでんの、オレだけだろ?!カッコ悪いじゃねーか!だからみんなとおんなじようにしようとしてんのに、何で邪魔すんだよ!こんなのって、どうしたらいいんだよ!」

 

 

手を振りほどいた大輔は、心の叫びを吐き出した。攻撃を躊躇するのも、迷ってしまうのも、決心がつかないのも、すべては大輔の持っているいい所の裏返しである。どんなときだって、直球で相手のことを理解しようと、受けとめようとぶつかろうとする心遣いの裏返しである。

 

しかし、これはとっても分かりにくい大輔のいい所である。本人ですら、訳の分からないものから逃れるためにもたらされたものだ、と誤解しているせいで、大嫌いな所になってしまっている、いい所である。

 

だから周りのみんなと比べてしまった時に、とってもちっぽけな自分だと、カッコ悪い自分だと、勘違いしてしまう、弱さだと勘違いしてしまう、直さなくちゃいけない所なんだと誤解してしまう危険を常にはらんでいる。ものの見事に大輔の心理は迷走しつつあった。

 

それを射抜かれたのだ、大輔からすればたまったものではなかった。だから悲痛になる。見ないでくれ、とお願いしたくなるくらい。大輔はすっかり自信喪失に陥っている。必要も無い過小評価に陥って、無理に背伸びしようとしている。かつての大輔のように。

 

でもブイモンはそれを許さない。大輔の紋章だと思っていたものが太一の紋章だと思い知らされたから。大輔にしかないもの、大輔だけが持っているもの。かけがえのないモノを探して、見つけて、絶対に取られないものがそれだと気付いたから。

 

安心したいから、それをつぶそうとしている大輔を見ると、とてもではないが我慢できないのだった。すべては大輔のためである。そうじゃなかったら、わざわざ傷付けるようなこと選んで言わない。

 

 

 

みんな、わかっているのだ。戦わなくちゃいけない時があること、そしてそれが今まさに今であることを心のどこかで理解している。グレイモンだったデジモンを信じて、パートナーデジモンを信じて、きっと元に戻ってくれると信じて、立ち向かわなくちゃみんな死んじゃうのだ、と何にも考えなくても分かり切っていて、他のことなんて考えていられないほど必死なのである。

 

そんな背中に守られる立場である大輔が、置いてきぼりにされている!と焦るのも無理はない話である。みんなの姿やパートナーデジモンの雄姿に、あたりまえのように受け入れられている雰囲気と状況に引っ張られて、あおられて、気付かないうちに自分の考えていることがいけないことなんだと、間違っているんだ、と思い込んでしまいかけていた。

 

守られる立場でありながら、みんなと一緒に戦うことが出来るというこの上なく中途半端な大輔の立場が、尚更迷走させるのだ。守る立場のみんなみたいに、必死で他のことが考えられない訳でもなく。

 

一番大切なことを優先順位が付けられるほど現実が見えているわけでもなく。守られる立場のタケルみたいに、完全なる傍観者、観客にしかなれない。応援することだけを考えていられる余裕を抱えていられるわけでもなく。でもだからこそ、見えてくるものがある。ぽつりぽつりと大輔はこぼす。

 

 

「グレイモン、かわいそうだよ」

 

 

本能的に逃げようと背を向けた敵のグレイモンがグレイモンだった何かによって、なすすべなくぶっ殺された不条理を大輔は見た。逃げようとしたということは、もう既に大輔達やグレイモンだった何かに対して、戦意を喪失して、逃げ出そうとしたということは、もうそれ以上に戦う必要はないということである。決着はもうついているのだ。

 

大輔は初めて見たのである。敵だったけど、もう敵ではなくなった、ただのグレイモンになったデジモンが、ぶっ殺されるという、大輔の言葉を借りるとすれば何にも悪くないデジモンが、尊い犠牲者になってしまったという残酷すぎる所を見たのだ。加害者から被害者になって、しかも死んじゃったデジモンを初めて見たのである。

 

幼い心にはこれだけでも相当な苦痛である。そんなこと、みんなの前で言える訳がないだろう。ぶっ殺したデジモンは、太一のパートナーデジモンなのである。そしてそのパートナーデジモンは、初めてタグを介した超進化を遂げたにもかかわらず、太一に対して攻撃する、コロッセオを破壊する、仲間達を傷付ける、なんて無茶苦茶なことを今まさに行っているのである。

 

エンジェモンの比ではない、まさしくおかしくなってしまったのだ。きっとどっちも悪くない。不条理極まりない現実である。大輔は混乱する。敵だったグレイモンは首になんか巻かれていたから、それを取っ払ったら大人しくなったんじゃないか、とか、助けられたんじゃないか、殺さなくてもよかったんじゃないか、とか、いろいろ考えてしまう。

 

でもそれは、尊敬する太一先輩とアグモンを責めることになってしまう、非難することになってしまう、きっと一番ショックを受けているのは太一先輩と、パートナーデジモンであるアグモンだった何かであるのに、追い打ちなんて掛けたくない。だから必死でみんなの真似をして気付かないようにしようとしたのに、真っ赤な目が許してくれなかった。

 

 

「でも、タケルの奴、偽物だっていうしっ」

 

 

コロモンの村を見たのだから、察しのいいタケルだったら、野生のグレイモンとかアグモンとか沢山いることくらい、気付いている筈なのに、全然大輔みたいに混乱したり、迷ったりしていないと傍から見たら見えてしまうのだ。

 

むしろ敵のグレイモンと太一のグレイモンの一騎打ちの時、偽物なんかに負けないで、なんてとんでもないことを言い放ったのだ。大輔はショックだった。悩んでいるのはじぶんだけじゃないか、と追いつめられてしまったのだ。

 

もちろん、パートナーデジモンが幼年期であるタケルは、守られる立場を全力で頑張るしかない状況下に置かれている。見ているしかない自分を何とか支えるために、敵のデジモンは偽物だと思い込むことで、その不条理から逃れる防衛手段を講じているだけである。

 

所詮殺したのは太一のパートナーデジモンである。タケルとトコモンには関係ない話である、と諦めの名人は無意識に判断を下して今に至る。まだ幼年期のパートナーがそういうことをする可能性があることなんて、想像もできない。まだ、いつか、は考えなくてもいいのだ。

 

でも大輔は出来る。ブイモンはエクスブイモンに進化出来る。いつかブイモンがそういうことをするかもしれないし、これからの旅でそういう状況下におかれることに気付いてしまった。残酷なほど対比的な二人である。

 

 

「それでいいんだよ、大輔」

 

 

握ってくれるぬくもりがある。うつむいたまま、目を見開いた大輔は、ぎゅっと目をつむった。そして首を振る。

 

 

「……なんだよ、それ」

 

 

そのままでいいんだ、と受け止めてくれるブイモンの手を振りほどける訳もなかった。

 

 

「大輔がそれを忘れないでいてくれるんなら、オレはきっとあーいうふうにはならないよ、絶対ね」

 

 

ブイモンは、みょうにはっきりとした声で断言した。そして、笑った。

 

 

「大輔が戦えないなら、オレが理由をあげるよ、大輔」

 

「りゆう?」

 

「大輔、覚えてる?サーバ大陸からきた、とっても強いデジモン。レオモンとオーガモンがやっつけてくれたデジモン。あいつなんだよ、大輔。アグモン、そいつに進化しちゃったんだ。アグモンがかわいそうだよ。きっと止めて欲しがってるよ。ファイル島、オレ達の故郷を、むっちゃくちゃにした、みんなが怖がってた、嫌われてたデジモンになっちゃったんだ。しかも太一とか大輔とかみんなに怖がられてる。パートナーから嫌われちゃったら、オレ達きっと死んじゃうより辛いんだ」

 

 

だからオレ達、こいつだけは知ってるんだよ、どんだけヤバい奴か。ブイモンは言った。ブイモンの言葉をきいた大輔は、あれ?と思った。コロッセオに響き渡る畏怖の咆哮が、さっきまで怖くて怖くてたまらなかった叫び声が。

 

どういうわけか泣きじゃくるアグモンの声にしか聞こえない。大輔の耳には、そう、克明に焼きつくことになる。もちろん、気のせいにすぎないが。スカルグレイモンは、仲間達の攻撃などもろともせずに凪ぎ払う。間違った進化の象徴は、どこまでもどこまでも強かった。

 

そして、完全体へのトリガーとして、わざと敵のグレイモンの所に飛び込んで、挑発して、襲われそうになって置きながら、助けろって、進化しろって強要した太一の心に深く深くトラウマとして抉りこむことになる。

 

グレイモンが進化しようとした時、心にあったのはなんら気持ちの昇華を伴わない、進化という力に対する渇望だけである。それはただの野蛮であり、無謀であり、ただの破壊と蹂躙を生む危険性をはらんでいて、実際にその通りになった。

 

ワクチン種、データ種、ウイルス種、すべてが発見されている珍しいグレイモンの進化経路は、進化ツリーと呼ばれている中から、グレイモンの願いを反映して、進化形の中でも純粋なパワーでは最も優れている形として、スカルグレイモンを無機質に選択し、プログラムは実行された。グレイモン系列は、幼年期1のボタモンがデジタルワールドで初めて発見されたデジタルモンスターであるゆえか、種類が多彩なのだ。

 

しかも、太一のパートナーデジモンであるアグモンは、本人すら気付いていないけれども、実はなっちゃんと同様に、一度寿命を終えてヒトめぐりしたデジタマから生まれており、普通のアグモンより強い固体である。

 

選ばれし子供達のパートナーデジモンの中では、確実に一番強い因子を持っている固体なのである。それが明らかになるのはずっとずっと先になるが、もともとアグモンがスカルグレイモンになる因子は、普通のアグモンよりも強かった。それが最悪な形で反映された形である。

 

もしアグモンが選ばれし子供のパートナーデジモンでなかったならば、太一のパートナーデジモンでなければ、なんら問題はなかっただろう。本来デジタルワールドに生きるデジタルモンスターの進化には、正しい進化も間違った進化も無いのである。それは所詮受け取り側の都合にすぎない。

 

だってデジモンにとって、進化は本来、どこまでも生きることと同義であり、当たり前であり、そこに意味なんて無いのである。どんな姿に進化しようが、退化しようが、今しか考えなくてもいいデジモンは頓着せずに生きていく。進化した新しい自分を丸ごと受け入れて生きていく。そこに後悔もなければ、喜びもない、とっても平穏で静かで恐ろしいほど平坦な世界があるだけだ。

 

デジタルワールドはデジタルモンスターのためにある世界である。だからどこかのだれかさんだって、スカルグレイモンの存在は許容する。ワクチン種だろうが、ウイルス種だろうが、データ種だろうが、その世界の存在意義を否定したり、危機におとしいれるものでなければ頓着しない。

 

でも、アグモンは選ばれし子供の八神太一という少年のパートナーデジモンである。だから、そこに求められる進化はどこまでも厳しく制限される。ましてや紋章は持ち主の心の形質に大きく依存していて、デジヴァイスという特殊な力を借りて、一時的に爆発的な進化を増進させるのだ。

 

もうそれだけで特別である。普通の進化とはかけ離れた進化の条件が生まれる。正しい進化と間違った進化はここから生まれる。もちろんそんなこと知りもしない選ばれし子供達にとっては、どこまでもスカルグレイモンは間違った進化の象徴として刻み込まれていくことになる。

 

恐ろしいほどの抑止力として、抉りこまれていくことになる。もちろん、スカルグレイモンという幼年期の刻み込まれた恐怖を必死にひた隠しながら、ブイモンは、大輔にいった。

 

 

「大輔、みんなはきっと信じてるんだよ。アグモンに戻ってくれるって、信じてるんだよ。大輔はそうじゃないのか?元に戻ってほしくないのか?違うだろ?大輔はそう思ってるだろ?迷いも悩みも全部全部ひきつれたまんまでいいだろ。今はオレのこと信じてよ。信じてくれよ。そしたらオレはきっとどこまでも頑張れるんだ」

 

「ん」

 

「どーしたの?」

 

「太一先輩連れて来てくれよ、ブイモン。パートナーデジモンにとって、パートナーになんかあった方が怖いんだって、死んじゃうよりも辛いんだって言ってただろ。テントモン言ってただろ、ブイモンも思いっきり頷いてただろ。アグモンが元に戻った時、太一先輩になんかあったら、アグモン可哀想だろ」

 

 

ぱっと輝かせたブイモンは大きく頷いた。かたくなに進化を拒んでいたブイモンは、ほっとした。だって、大輔は気付いていないだろうけど、必死で誤魔化していたけれども、大輔のデジヴァイスは進化の光を放っていなかった。

 

大輔はブイモンが進化しないことに苛立っていたけれども、実は出来なかったのである。むしろブイモンはチビモンにチコモンに退化しそうになるほど、どんどんエネルギーを奪われつつあったのである。

 

それを必死で必死で我慢していたから、動けなかったのだ。よかった、とホッとして、ブイモンは飛び上がる。あんなことを聞いてしまったけれども、もしブイモンがどうにかなってしまったら、それはもうヤバいことになるだろうな、とブイモンは思った。

 

大輔のいいところもわるいところも、はらんでいる危うさも、全部全部気付いているのはブイモンだけなのだ。抑止力になってあげられるのはブイモンだけなのである。もし、その存在を大輔が失ったらどうなるだろう。それはきっと抗いがたいほどの魅力を持っている。

 

きっと大輔は唯一の理解者であるブイモンのためなら、それこそなんだってするだろう。ヘタをしたら命すら差し出してくれるかもしれない。ブイモンのことだけ考えてくれるかもしれない。そのまんまの大輔を丸ごとを肯定してくれたのは、ブイモン以外には、もう死んじゃったなっちゃんしかいないのだ。1番になりたいブイモンには夢のような感じである。大輔の頭の中はきっとブイモンのことだけである。

 

でもそこにいるのは、きっとブイモンの大好きな本宮大輔という少年でなくなっているのは間違いないといえる。だから、想像は自由だが、実行に移すほどブイモンはバカじゃない。非常に残念ではあるが、大輔のことを分かってあげられる人が必要になる。

 

もちろん、大輔がそんな極端な道に突っ走ることなんて、あり得ないだろうけど。絶対あり得ないと言いたいけども、危険な綱渡りは嫌いだ。大輔の声援を受けて、ブイモンは、エクスブイモンに進化して跳んだ。まあ、オレがあんなふうになっちゃわないのが一番手っ取り早いよね。

 

 

 

結局のところ、ほかの選ばれし子供達も成熟期に進化したパートナーデジモン達も、スカルグレイモンに対して何にもすることが出来なかった。スカルグレイモンは、進化エネルギーを使い果たし、コロモンに退化することでようやく暗黒進化の呪縛から解放された。

 

崩れ落ちたコロモンを真っ先に抱っこしたのは、太一である。ごめん、ごめんな、と抱っこする太一は、追いかけてきたみんなにも謝罪した。

 

 

「ごめんな、みんな。いつの間にか、オレだけで頑張ってる気になっちゃって、一人で突っ走って、ホント、ごめん」

 

 

うなだれる太一に、心配するなと気にするなと笑いかける。悪いことをしっかりと認めて謝れるのは、みんな共通するいい所である。

 

しかし、和を重視するあまり、太一を誰ひとりとして止めることが出来なかった、アグモンと太一を分かってあげることが出来なかったみんなに、説教することが出来る権利などもとから無いのも、事実である。

 

みんな、わからないのだ。なんでタグとデジヴァイスの進化で、グレイモンがスカルグレイモンに進化してしまったのか。

 

憶測でしかものを語れないみんなに、太一に情報を提示することなんてできない。何もかも情報が足りない。ただ色濃く心に残された残酷な事実だけが影を落とす。この日から、太一が真のリーダーとして開花していくための、苦難の道のりが開始された。

 

 

「コロモン、ごめんな」

 

「ううん、ごめん太一。みんなの期待にこたえられなくって、ごめん、ホントに、ごめんね」

 

 

太一はもういたたまれなくなってコロモンを抱っこした。この瞬間、みんな知ることになる。パートナーデジモンは、どこまでもどこまでもパートナーが全てである。対等なんかじゃないのである。

 

そこには明確な優劣がある。だから、ずっとずっとパートナーである選ばれし子供達がしっかりしなくてはいけないのだ、という事実が、初めて明示されたのだった。沈み込むみんなの中で、大輔がこっそりブイモンをみてつぶやいた。

 

 

「やっぱり怒んないんだ、コロモンも。やっぱお前らへんだよ」

 

「へんっていうなよう、大輔」

 

 

ブイモンは困ったように肩をすくめた。

 

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