(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第62話

みんなのごめんねとよかったを沢山受け取った太一とコロモンは、ほんの少しだけ元気になっていた。今か今かと待ちわびているゴーグルを付けている後輩と目があって、どーした?と呼びかけた太一は、一直線に駆け寄ってきた後輩を見下ろした。大輔はヘアバンド無しで直接ゴーグルを頭に着けている。

 

 

そのせいで、一度は強引に頭から取って投げ捨てた時に、ゴムの辺りが不自然に伸びてしまった。実はこっそり回収していたブイモンから受け取ったとき、四苦八苦しながら調節して、再び頭に着けるようになった後輩のゴーグルは、やっぱりいつも微妙に傾いている。誰かに言われて直すのだが、やっぱりすぐにずれてしまうのだ。もうびよんびよんである。

 

 

首にかけているひものせいで、ゴーグルを首にぶら下げるという選択肢は消滅しているから、もうどうしようもないが、今度は尊敬する先輩のまねっこをしたいんだ、と無邪気に笑う微笑ましさを邪険にできるような薄情な奴、誰もいやしなかった。

 

ちょっと、いやかなり落ち込んでいる太一には、正直今の大輔は直視できるものでは無かったりするのだが、えーっと、あの、と言葉を必死に探している勉強嫌いが悪戦苦闘しているので、思わず笑ってしまう。なんすかー、と口をとがらせる大輔に、太一は早く言えよ、と発破をかけて、うぐぐ、と大輔を悔しがらせた。

 

 

「何て言っていいかよく分かんないっすけど、えーっと、えっと、ゴメンナサイ。ごめんなさい、太一先輩」

 

「はあ?なんで大輔が謝るんだよ?」

 

 

いろんなことを考えてみても、太一は大輔に謝罪される覚えはないので、何のことだと首を傾げた。むしろ尊敬する先輩として慕われたいと主張しておきながら、思いっきり大輔の期待とかそういうものを裏切った挙句、愛想尽かされても仕方ないような大失態をやらかした訳だから、正直まだ先輩と呼んでくれる大輔が微妙に感動である。

 

 

こいついい奴すぎる、と今更過ぎる認識を新たにしつつ、太一は真意を問うてみたが、相変わらず感覚で物事をとらえることが大得意で、相手に説明することがすさまじく苦手な直感型は、ものすごく困っていた。

 

あ、こいつ、自分で言ってること分かってねえな、と長年の付き合いにより直ちに把握した太一は、大輔の口から語られるであろう、ものすごく抽象的で大雑把な理由の解読作業を開始する。

 

 

「太一先輩がなーんか変だなーってのはわかったんすけど、どこが変だとかわかんなかったんすよ。だから、何とかしなきゃなーとか、太一先輩ほっとくのなんかやだなーとは思ったんすけど、何にも出来なくってごめんなさい。オレが心配しなくっても、太一先輩なら大丈夫だろうって思ってたんすけど、やっぱオレ、心配してたんすよ。オレ、行こうとしたんすけど、空さんに止められちゃって」

 

 

ちら、と視線を向けた太一に、空は苦笑いを浮かべるだけである。空の行動は大正解である。でもやっぱりなんか落ち込む太一である。焦燥感といらいらと訳のわからないものに、せき立てられるような強迫観念に襲われていたことを鮮明に思い出せる太一である。

 

きっと大輔に八つ当たりして酷い言葉を浴びせかけ、それこそ大輔と太一の仲が修復不可能になるような最悪の事態になるのはわかる。でもやっぱり心中複雑である。尊敬する先輩であるというのも、お兄ちゃんであるということと同じくらい大変なのかもしれない、と初めて太一は知ったのだった。

 

 

「いいんだよ、大輔。謝んのはオレの方だろ、ごめんな、大輔にブイモン。まだお前らに言ってなかったよな。遅くなっちまったけど、オレ達のために頑張ってくれてありがとな。危なくなった時、エクスブイモンに助けてもらわなかったら、多分、オレ、どっかケガしてたんだ。ありがとな」

 

「ありがとね、大輔、ブイモン。僕、もし太一にケガさせてたら、僕、きっと立ち直れなかったと思うんだ」

 

 

太一と腕の中のコロモンから、ありがとう、と言われた大輔はきらきらと目を輝かせて、よっしゃー!と声を上げてブイモンを見る。

 

ありがとうだって、ありがとうだって、ブイモン、オレ、太一先輩とアグモンからありがとうって言ってもらえた!ブイモンはずーっと頑張ってきた大輔を知っているから、よかったね!と満点の笑みである。おう!、と元気いっぱいにガッツポーズして返答した大輔は、久しぶりに言ってもらえた言葉に感無量である。

 

 

そして、それはそれは嬉しそうな顔をして、はい!と頷いたのだった。両手放しで大喜びしている大輔に置いてきぼりの太一である。あたりまえのことを言っただけなのに、なんで今だけ大喜びしてんだ、こいつ。へんなの。

 

 

「………太一、やっぱりわかって無かったんだ」

 

 

宣伝カーと化した大輔がタケルとトコモンに自慢しているのを眺めながら、ブイモンは、不動の尊敬の先輩ポジションを確立した太一に、嫉妬の眼差しをむけながら、顔は笑っているくせに、びっくりするほど無感情な声で言い放つ。

 

 

「ジュンお姉ちゃんと仲が悪いって、こういうことなんだよ、太一」

 

 

すべては大輔の理解者を増やすためである。今はただ痛みと引き換えに。あー、と呟いた太一は、弟として認めてもらえない、褒めてもらえない、お姉ちゃんが分からない。

 

くすぐり攻撃に屈して、けたけたと笑いながら必死で説明していた大輔の言葉を思い出して、頭をかいた。せっかく人が元気になり始めたのに、傷に塩をえぐりこむような所業をするブイモンに、降りてくるのは恨み節である。

 

 

「前から思ってたけど、ブイモンってオレのこと嫌いだろ」

 

「嫌いじゃないよ、大輔が尊敬してる先輩だから」

 

 

全然好きじゃないけどな、と生意気にも言い放つ笑顔が言いきる前に、太一はこめかみにしわを寄せて、この野郎、と足が出ていた。

 

ぱたぱたぱた、と走ってきた大輔は、べたん、と何もない所でこけているブイモンを見て、大丈夫かよ、と心配しながら手を差し伸べた。だいすけー、太一がいじめるんだ、と言いつけようとしたのを、ばらすぞこら、という無言の圧力で阻止した太一は、今度はどうしたんだよ?と返した。大輔の用はコロモンである。

 

 

「え?僕に用事?なに、大輔」

 

 

ブイモンと太一の間にとび散るばちばちを、我関せず、といったスタンスで、のんびりと眺めていたコロモンは、無い首の代わりに饅頭のようなピンク色の身体ごと傾けた。

 

 

「怖がってごめんな、コロモン」

 

「え?」

 

「スカルグレイモンになって、一番怖かったのコロモンだよな、怖がってごめん」

 

 

怖がってごめん、なんて初めて言われた言葉である。というか、そんな言葉、どういう思考回路をたどれば、結論に至るのかさっぱりである。スカルグレイモンの存在それ自体が、選ばれし子供達、パートナーデジモン達、

 

そしてデジタルワールドに住むデジタルモンスターにとって、恐怖の代名詞なのである。怖がるのが当たり前である。だからコロモンにとっては、みんなが怖がるのは仕方ないし、当たり前である。何にも考えていなかったので、まさに青天の霹靂だった。

 

とりあえず、コロモンはマイペースな性質だ、そこまで深いこと考えない。ブイモンは大輔に向けて言った言葉が、ちゃんと大輔が大輔を見失わない道筋になっていることを確認して、こっそり笑った。ぱちぱち、と瞬きしていたコロモンは、にまーっと大きな口を弓のようにつり上げる。真っ赤な目が笑った。

 

 

「ありがと、大輔」

 

 

太一の腕からぴょこんと飛び出したコロモンは、兎の耳みたいに長ーいピンク色のそれで、大輔の頭に巻き付く。みんながぽかーん、としている前で、コロモンは大輔の顔面に張り付いた。忘れかけていたトラウマの再来である。

 

恩を仇で返されると思っていなかった大輔は、顔が真っ青になって、ばんばん、とコロモンを叩く。我に返った太一は、何やってんだ、お前っ!と悲鳴を上げて、あわててコロモンを引っ張り、ブイモンもなにやってんだよ!と絶叫で引き離す。

 

 

「友達のしるしだよ」

 

 

前世の記憶が戻ったのかどうかは定かでないが、コロモンはあっけらかんと笑った。降ってきたのは太一のげんこつである。身体の力が抜けてしまった大輔は、首にもたらされた圧迫感から逃れるのに必死でそれどころではない。

 

あ、と自分の仕出かしたことをようやく把握したマイペースは、ごめん、大輔!と慌てて謝罪する。だ、だいじょぶ、だって、あはははは、と思いっきり言葉が上滑りする。どこが大丈夫だよ、目の奥は怯えきってるくせに。

 

 

大輔、大輔、と心配そうに手を握って必死で呼びかけるブイモンのおかげか、コロモンに悪気はないと知ってか、パニック状態はすぐになりを潜め、力が入らないものの大輔は大きく深呼吸できるくらいには元に戻った。ちょっと気を抜いたらこれである。抱きつけるのは先になりそうだ。これでもずいぶんとマシにはなったんだけども。

 

 

「お前なあ、友達のしるしって、デジモンはみんなそうすんのか?」

 

「そんなわけないだろ、太一!」

 

「うーん、なんだろ、すっごく嬉しくなった時にこうやってた気がするんだ」

 

「なんだそりゃ」

 

 

あきれ顔の太一である。ブイモンに手を引かれて立ち上がった大輔は、ごめんね、としょぼくれるコロモンの頭をなでた。そんなやり取りをたまたま目撃したのか、硬直していた女の子の絶叫が響いた。

 

 

「あああああっ!なんてことするの、コロモンっ!」

 

 

コロモンの暴挙を見て飛んできたのはミミである。いつぞやの暴走モードスイッチが入っている。ミミ待ってー、と追いかけたパルモンが見たのは、ダメじゃなーい!何がお友達のしるしよ!と猛抗議するミミの姿である。

 

いや、オレ大丈夫っすから、とコロモンがかわいそうになってかばおうとした大輔に、これは大事件なの、大輔君は黙ってて!と暴走特急に言われてしまえば、ブイモンともども、直立不動でハイと言うしかない。腕の中のコロモンが怒られているのに、何でか自分まで怒られているような気がして来て、太一は顔をひきつらせた。

 

 

ミミの入浴シーンを見てしまったというラッキースケベで払った代償は、あまりにも大きかったようである。おかげで年下なのに空みたいに呼び捨てで呼べない。ミミちゃんとしか呼べない。切羽詰まったら呼び捨てになるけども。

 

 

「いーいっ?!デジモンがどうかは知らないけどっ、一番最初にするキスは、ファーストキスって言うの!男の子も女の子も関係無くって、すっごくすっごく大事なんだから!ぜーったい、もう誰にもしちゃだめー!大輔君かわいそうじゃない!ファーストキスってすっごく大事なのに、すっごく大事な思い出として、みんなで喋ったりするのに!みんなが、だれだれちゃんとやっちゃったーとか喋ってるのに、大輔君だけコロモンとしちゃったって言わせるとか最低よっ!」

 

 

大声で叫ぶミミによって、同情めいた眼差しが大輔に向けられる方がよっぽど被害が大きいのは気のせいだろうか。むしろ目をそらして肩を震わせているのは気のせいだろうか。

 

中途半端に耳年増な大輔は、可哀想にミミの言いたいことが分かってしまって、みんなからの眼差しの真意が特定できてしまって、もういたたまれない。何この公開処刑。かばってくれているはずのミミがまさかのトドメである。すっかり涙目の大輔である。

 

 

もういいっすから、やめてくださいい、と消え入りそうな声でいう大輔に、ますます見当違いの正義に燃えるミミの大熱弁に熱が入る悪循環である。ブイモンはミミが言っていることについていけなくて大輔に聞こうとしてくる。もうやだ、誰か助けて、と視線を向けるが誰も助けてくれない。しばらくして、すっかり拗ねてしまった大輔をミミがごめんねと必死でなだめる光景が目撃されることとなる。

 

 

ちなみに。

 

 

にやにや笑って大輔の肩を叩いた薄情な先輩は、妹であるヒカリともども、昔コロモンによって同様の被害にあっているという悲しき現実が、封印されていた記憶が解き放たれた時に明らかになるという事実を、この時は幸い知りもしないのである。

 

 

「太一さん、元気出ました?」

 

「え?」

 

「もう過ぎたこと後悔したって何にもなりませんよ。こーいうときこそ、コロモンのために太一さんが元気出さなくっちゃ」

 

「ミミちゃん」

 

「コロモン、友達のしるしは、太一さんだけにしないとダメよ?」

 

「ちょっとまて」

 

 

 

 

本宮大輔の平日は大抵母親のいい加減起きなさい!という絶叫とベッドの落下からはじまる上に、時間との戦いである。二度寝上等の遅刻寸前の寝坊が全ての原因だ。目覚まし時計がねを上げるほどの酷さなので、本人すらもう諦めている。

 

慌ただしくご飯を食べて、朝の支度をして、ランドセルと持ち物袋とスポーツバック抱えて飛び出すのだ。当然ながら、お弁当を持って、とっくの昔に行ってきますと出て言ったジュンの姿が無いのは当たり前である。

 

サッカー部の練習がある日は4時から6時までだけど、サッカー部の友達と日が暮れるまで遊んでいる大輔が家に帰ってくるのは、大抵7時から8時の間くらいである。もうくたくたで帰ってきたら、お風呂に入って、ご飯食べて、歯を磨いて寝るだけである。

 

 

宿題とか時間割の準備は寝ぼけながらやるので間違っていることが多いため、もう親のおせっかいが無いとちゃんとできない。忘れ物なんかしょっちゅうで感想文を書かされるのはもう慣れてしまった。先生も出来の悪い生徒は何とやら、で苦笑いだ。

 

サッカー部の友達とか、クラスの友達から宿題をうつさせてもらえるようになったのはいつからだったか、もう大輔は覚えてない。サッカー部の練習が無い日も結局は学校の友達とか、近所の友達と遊びに出掛けることの方が多いため、結局帰宅は7時頃だ。

 

土日は確実にサッカー部の練習でつぶれる。1,2年生が午前の時は、光子郎や太一、空達高学年は午後とわかれて練習することが多いが、先輩たちの練習を応援したり、練習の参考にしたりするので、遊んでもらったり、一緒に帰ることを考えると、学校の無い日は代わりにサッカーで塗りつぶされているだけのような気がする。

 

 

家にいる時間帯の方が短い。長いのは何にも無い休日だけである。

 

一方、ジュンは中学生である。何をやっているのか大輔は知らないが、毎日帰ってくるのは8時くらいである。だから、大輔とジュンが毎日確実に顔を合わせる時間は、夜しかないのである。

 

しかし、ジュンも大輔と負けず劣らず行動的であり、友達の家に泊まりに行っても怒られない年齢であるためか、しょっちゅうどこかへ遊びに行っては数日帰って来ないとか当たり前、いわゆる戦利品だけリビングにどーんと置いてあったりすることがよくある。

 

それによく部屋にこもって、なんかしていることが多い。みんなに入ってきてほしくなかったりすると鍵をかけるのだ。

 

 

本人に言わせれば、長電話だったり、宿題だったり、自分の時間を有効活用したいらしい。大輔が部屋の鍵をかければ両親は怒るのだが、何でかジュンは許されているのが暗黙の了解である。何でかはさっぱり分からない。誰も教えてくれない。生活サイクルが違いすぎるのは、6歳の壁だろうか。

 

 

「テレビは一緒に見ないの?」

 

「みねーよ、8時から10時ってドラマばっか見るんだよ、姉貴のやつ。オレがバラエティとかスポーツ見てんのに、勝手にチャンネル変えんだ。しかもなんか最近、好きな芸能人が出てるとか言って、怖えードラマばっか借りてくるんだよ」

 

 

怖いのが苦手な大輔からしてみれば、アニメでも十分怖いのに、実写化なんてなんのイジメだレベルである。母親とタッグを組まれては、リモコンの主導権などいつだって女性陣であり、肩身の狭い思いをするのは大輔だ。

 

たまに勝てば早々にジュンは自分の部屋に撤退するし、大輔も同様である。全然興味が無いテレビなんて面白くも無い。もちろんチャンネル争いはなかなか熾烈である。ゲームやるか、テレビ見るかどっちかにしなさいって怒られる。

 

ながら食いしてる母親に言われたくないが、いらないのね、とお弁当を人質にとられると強く出れない。多忙極まりないサッカー部の活動は、理解を示している両親の支え合ってこそである。

 

 

「ゲームは?もしかして大輔君だけとか、ジュンさんだけ、とかになってるの?」

 

「流石にテレビゲームは一緒だよ、携帯ゲームはちげーけど」

 

「僕もそうだよ。じゃあ、一緒に遊んだらいいんじゃないかな?僕、お兄ちゃんとよくゲームするよ」

 

「え?タケル、夏休みとかしかヤマトさんと会えねえのに、ゲームすんのかよ」

 

「うん。だってお兄ちゃん、僕じゃまだ出来ないゲーム、一杯持ってるんだよ!いっつも頑張ってるから、お父さん買ってくれるんだって。お母さんにはないしょで、お兄ちゃんと一緒にするのが楽しみなんだ」

 

「へー、そうなんだ、すげーな。オレん家は、お小遣い制だから、

勝手にいろいろ買ってるよ。小遣い帳つけろってうるさいんだよなー」

 

「あ。そーじゃないってば、大輔君。ジュンさんがゲームしてるの見たこと無いの?」

 

「見たことはあんだけどさー」

 

「一緒にやらないの?」

 

「無理だって。オレがやってるとき、ぜーんぜん興味なさそうだし、むしろどけってコンセントごと抜いてくるんだぜ、無茶苦茶だろ。それになー、あれはなー……全然面白そうじゃねーし、なんか話しかけづらいんだよ」

 

「なんで?」

 

「ゲームやってるときの姉貴、あんま好きじゃねーもん。コンサートのビデオみて、大騒ぎしてる姉貴なんだ。長電話してる時の姉貴なんだ。ぜーんぜんオレのことなんか気にしてないし、邪魔だって怒るし、悪口言ってる姉貴と一緒なんだよ。それになんかこえーんだよ。なんでかヘッドフォンしてるし、にやけてるし、なんかゲームのキャラと恋愛してるやつばっかやってるし。オレRPGとスポーツのゲームしかやんねえからなあ。タケル面白いと思うか?」

 

「……ごめん、僕も大輔君と一緒だもん。つまんないと思うや。そっかー、お姉ちゃんだから大輔君と好きなものが全然違うんだね」

 

「そうなんだよ。だからオレから聞くしかねえかなあーって思って、もう1年過ぎちゃったんだよなあ。姉貴、あの日から一度もお弁当作ってくれねえし、やだって、めんどくさいって言われるし、サッカーの試合とか一度も来てくれねえんだよ。いっつも留守番とか用事でどっか行っちまうんだ。サッカー嫌いなのかなー、でもあの日までは、どうだったとか、どんな感じだとか、いろいろ聞いてくれたんだよ。やっぱ姉貴のことわかんねーや」

 

「ごめんね、大輔君。僕お兄ちゃんじゃないから何にも出来ないや」

 

「え?あー、いーっていーって気にすんなよ」

 

「えー、なんだよう、なんでそんなにあっさり言っちゃうの?僕、やっぱり頼りない?」

 

「ちげえよ、話聞いてもらえるだけで結構楽になんだってば。今まで誰にもここまで話したことなんてなかったしなあ」

 

 

案外、この友人に必要なのは、弱さを見せられる友達なのかもしれない、と大輔から相談を受けたタケルは思ったのだった。でもやっぱりもどかしい。

 

大輔に相談した時には、大輔は経験則からアドバイスをしてくれたのに、タケルは同じことをしても、全然役に立てていないのである。お姉ちゃんとお兄ちゃんという、性別が違うというだけで、ここまで全然違ってしまうものなのかと思ってしまう。

 

 

親身に相談を聞いてくれた立場の人間から、自分の悩みが間違っていないのだと、おかしくは無いのだ、と肯定してもらえるだけでどれだけ支えになるのか、たった8年しか生きていない子供に、そのありがたさが分かる訳もなかった。もっとわかりやすいものじゃないとやった気がしない。大輔は十分ありがたいと思っているのだが、なかなか伝わりにくいことである。

 

 

「オレさ、この世界に来てから、ずーっともとの世界に帰れたら、姉貴に聞いてみようって決めてたんだけど、やる気出てきたぜ。サンキュー」

 

「え?そうなの?」

 

「おう。だからずーっとPHS付けてんだ、オレ」

 

「おまじない?」

 

「みてーなもん」

 

「・・・・・・・・お願い事って、誰かにいっちゃダメなんじゃなかったっけ?」

 

「え゛」

 

「あ、え、えーっと、ぼ、僕誰にも言わないから!」

 

「お、おう、よろしくなっ」

 

「うんうん任せて」

 

 

うっかりをかき消すべく、こくこくと頷いたタケルに、大輔はほっと安堵のため息をこぼした。タケルはヤマトと同様口が堅いことに定評がある。きっと大丈夫だろう、この頑固者なら。

 

 

「それにしてもあっちーなあ」

 

「うん、あついよー、死んじゃいそう」

 

 

大丈夫か、と互いにパートナーデジモンを見てみるが、いつもなら口出ししてくるようになったはずの彼らですら、大輔とタケルの会話を聞くのが精いっぱいで、ぐだーっとしている。

 

灼熱地獄である。熱中症を危惧して、ペットボトルの水やら、木陰やら、何かと気にかけてくれる上級生組のおかげで、わりかしタケルと大輔、そしてパートナーデジモンは元気な筈なのだが、なかなかうまくいかない。

 

 

「ねー、大輔君、大輔君はゲンナイさんのこと信じてるよね?なんで?」

 

「あはは、勘だっていっただろ」

 

「うそつきー、隠し事はもうおしまいって言ったのに」

 

「だってよー、仕方ないだろー、太一先輩が誰にも言うなーって」

 

「太一さんが?」

 

「うん」

 

「そっかー、太一さんが言うんなら仕方ないよね。でも大輔君、

なんで太一さんにはしゃべったのに、僕には喋ってくれないの?」

 

「いろいろあるんだよー、聞かないでくれよー、オレだって好きで隠してるわけじゃねーんだよ」

 

 

返された言葉はわりかし切実である。大輔が隠し事が不得意なのは周知の事実であることを考えると、ちょっとかわいそうな気がしてしまう。とりあえず、タケルが相談相手として、友達として、信頼できないからでは断じていないのだ、とそれだけは大輔はわりと必死で口にしたので、タケルはちょっと安心する。

 

 

「でも、オレもちょっと自信無くなってきたなー。ゲンナイさん、言ってること訳わかんねー」

 

 

ちょっと迷いが出始めている大輔に、タケルはうんうんと頷いた。そしてちょっと違和感。やっぱりまだ信じてるんだ。だって、タケルは知っている。敬語を崩してくれた光子郎ですら、年上には敬意を払う丈ですら、ゲンナイのことは呼び捨てである。

 

タケルは癖でさん呼びになってはいるものの、心の中では普通にみんなと一緒に呼び捨てである。サッカー部の上下関係で年上には敬語が当たり前である(ヤマトと太一が丈を呼び捨てなのは棚上げだ)大輔は、そんな中でも最初からさんづけなのである。一体何がどうなったらさん付できる人になるんだろう、とタケルは不思議でしょうがない。

 

 

スカルグレイモンは怖い、紋章による進化はなんかおかしい、とみんな思い始めている。もちろんタケルもその一人である。でも、いつまでもトコモンがトコモンのままでいていいのか、といえば、そういう訳にもいかない。

 

ポヨモンがトコモンに進化してから、タケルが真っ先にやったのは、コロモンの村での失踪をちゃんと叱ることだった。パグモンからボタモンを守るためとはいえ、勝手に誰にも言わずに飛び出してしまったのはポヨモンが悪いのが事実である。なんで頼りにしてくれなかったんだよ、パートナーでしょ!と怒ったタケル。

 

初めて喧嘩できる嬉しさをかみしめながら、トコモンは大きく口を開けて、全然起きなかったくせに!といい返し、微笑ましい喧嘩があったことはもう大輔には報告済みだ。どのみち、何にも出来ない自分を歯がゆく思う起爆剤となっているのは確かであり、自然と紋章に話題は上っていく。

 

 

コロッセオの大騒動の最中、牢獄と化していたサッカーゴールから脱出するために穴を掘っていたデジモン達は、その下が地下道になっていることに気付いて、そこで紋章のレリーフが刻まれたレンガを発見した。

 

たちまち丈のタグにおさまった紋章は、灰色をしていて、オレンジ色だった太一の紋章とは全然違っていた。十字架に直角三角形が4つ配置されているデザインである。どうやらデジヴァイスとは違って、紋章はみんな違うらしい。

 

それでも、ゲンナイの言う通り、タグと紋章を揃えて、デジヴァイスで進化させたにも関わらず、グレイモンはスカルグレイモンになってしまった。話と違うではないか。おかしいではないか。そう選ばれし子供達とパートナーデジモン達が思うのも無理はない話である。

 

 

数時間前、大輔達の前に、ゲンナイがホログラムで再び姿を現したにも関わらず、相変わらずの一方的な問答に終始したことも引き金である。彼らにとって、パートナーデジモンと、進化という力が、今までの冒険とこれからの明日を歩んでいくうえで何よりもかけがえのない支えだった。

 

エテモンという脅威を前にして、新しい進化は急務なのだ。それなのにかけがえのない支えに突如不安要素が出現したのである。不安に思うな、という方が無理である。この世界のことを子供達はあまりにも知らない。

 

 

スカルグレイモンの件、コロモンに強制退化した件を、八つ当たり気味に報告した太一に対して、爺呼ばわりされたゲンナイが言ったのは、以下のとおりである。相変わらずの飄々とした様子で、ゲンナイは新情報を提示した。ミミが紋章なんていらない、という当たり前の意見を口走ると、返ってきたのは新事実。

 

紋章とタグは惹かれあうものであるため、そこに持ち主の所持の意思は一切考慮されないという、どこの呪いのアイテムだ、と突っ込みたくなるような特別仕様であるらしい。もはや詐欺レベルである。相変わらず、申し訳ない、とか、無理をさせて済まない、とか一切謝罪を言わないゲンナイである。

 

 

なんだか人間じゃないみたいだ、とうすうす子供達は気付きつつあった。まるで機械みたいだ。あながち間違っていない。そしてコロモンに退化した理由は、タグと紋章を揃えても、「正しい育て方」をしないと「正しい進化」はしないし、「間違った進化」をするから、らしい。

 

なんだそれ、と選ばれし子供達の心が一つになった瞬間である。今まで子供達にとって、パートナーデジモンはかけがえのない仲間であり、「育てる」なんて言葉、意識するような関係性ではない。

 

 

でも、コロモンの件で、パートナーデジモンとパートナーは対等ではなく、子供達がしっかりしなければいけないのだ、と明示されたばかりの子供達は、もしかして今まで接してきたことが間違っていたのではないか?と意識したせいで揺らぎ始めているのだ。

 

ましてや太一とアグモンペアが「間違った進化」をやってしまっているのだ。みんな不安になる。当然である。ゲンナイが言っていることも間違ってはいない。間違ってはいないのだが、選ばれし子供達は徹底的に情報が足りないせいで、ゲンナイの言っていることの真意が全くと言っていいほど伝わっていなかった。

 

この世界がどういう世界で、デジタルモンスターがどういう生き物で、選ばれし子供達とは一体何なのか、デジヴァイスは何なのか、パートナーデジモンとパートナーは何でいるのか。どうして出会ったのか。これらが全て例示されて初めて、「間違った進化」「正しい進化」「正しい育て方」の意味が理解できる。

 

でもそれが出来るような状況下に無いから、選ばれし子供達はデジタルワールドに呼ばれたわけで、なかなか難しいものである。これは選ばれし子供達が、紋章という心の形質が重要視される選ばれし子供達であることが拍車をかけていた。余計なことを情報として与えてしまっては、返って様々な障害が発生する危険性をはらんでいる。

 

 

かつて5人の選ばれし子供達をデジタルワールドの危機において、呼んだ経験があるデジタルワールドでさえ、紋章の力は測りきれない前代未聞で、なおかつ未知の存在である。持ち主の彼らの可能性に全てを賭けて召喚したものの、だ。

 

デジタルモンスターのために存在する世界が、デジタルモンスターではない彼らを支援すること自体が、現在進行形で初めてだらけである。試行錯誤だらけで、なおかつ予行練習なし。ぶっつけ本番で、失敗したら全滅エンドという素晴らしく切羽詰まった状況下である。結構お互いにどっちもどっちだったりした。

 

 

結局、わけのわからないことだけ言って、また通信が途絶えて消えてしまったホログラム。不安だけしか残さない。選ばれし子供たちもパートナーデジモン達も、確実に疲れているのはゲンナイの言葉が灼熱地獄に加算されているからである。パートナーデジモンに「正しい育て方」をされているのか、なんて自覚あるわけない。

 

選ばれし子供たちにも、「正しい育て方」をしている自信は皆無である。そして思いだされる「間違った進化」のスカルグレイモン。これで気が遠くならないのは人間じゃないだろう。きっと人以外の何かである。

 

 

「正しい育て方ってなんだろう?」

 

「ねえねえ、タケル。僕とタケルはトモダチだよね?トモダチって、育てるの?」

 

「うーうん、違うよ、友達はね、一緒に頑張ってくんだよ。びょーどーでたいとーなんだよ」

 

「うーん、それってだめなのかなあ?」

 

「やだよ、僕、パタモンとトモダチだもん。それが間違ってるって、絶対やだ。ねえ、大輔君、ホントにゲンナイさんのこと、信じてもいいの?」

 

 

タケルとパタモンはもともと立ち位置が非常に近い。優劣なんてわからないくらい。みんなとはちょっと違う関係性を構築しているためか、違和感もひときわ際立つのだろう。

 

ゲンナイのことは信じられない、と今のところタケル達は思っているし、結果的に見れば「正しい育て方」は文字通りに捉える必要はないので、タケル達の考え方は限りなく正解に近い。おかげで困惑しきりなのは大輔である。

 

 

「正しい育て方」に違和感を覚えるのは事実だし、おかしいと大輔の勘が告げている。でも大輔はゲンナイさんを疑えない理由が確かにあるから、ゲンナイさんが何を考えているのか、多分意味はあるんだろう、とどこまでもポジティブに受け止めるしかないので、そこを突っ込まれると弱い。大輔はもともと説明できない直感で世界を生きている。

 

 

「考えてたってしかたないだろー、そのうちわかるって」

 

「えー」

 

 

タケルは大輔の大雑把さの極致を見た。わかんないなら、わかんないままほっとけ、と途中で問題を分投げやがったのである。タケルの質問には全く答えていないが、大輔が言わんとしていることが分かってしまう観察眼の持ち主は、大輔がこんなにあやしいゲンナイさんを前にしてもなお、信じることが出来るものがあるのだ、と受け取った。うらやましい限りである、楽観主義にもほどがある。大輔らしいが。

 

 

「ねえねえ、ブイモン、なんでそんなに嬉しそうなの?不安じゃない?」

 

「え?だってオレ、大輔に正しい育て方も間違った育て方もされた覚えないもん。だからよくわかんないんだよ」

 

「あははっ、そーだよね。大輔君って難しいこととか、全然わかんないって言ってるけど、なんでか間違ったことしないよね」

 

 

遠くでは大輔を笑っているように見えたらしい。

 

 

「おいそれどーいう意味だよっ!」

 

 

追っかけっこがはじまってしまうが、遠くから聞こえた汽笛の音が全てを停止させる。でっけー、と大輔は眩しそうに手で影を作りながら空を見上げた。灼熱地獄のサバンナのど真ん中を突っ走る豪華客船が現われたのである。

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