「ぬわんでっ……!」
ひいい、とガジモン達は平伏する。
「ぬ、わ、ん、でえええ!!」
きいいいん、とスピーカーから耳をつんざくような甲高い音がどんどん聴覚を破壊していく。エテモンの大激怒と比例して巻き起こる騒音はいつものことだが、とりわけ今のエテモンはすこぶる機嫌が悪い。
おい、お前が何とかしろよ、バカ言え、オレに死ねってか?!、オレだってやだぞ、いけにえになんかなりたくねえよ!とこそこそ話しあっているガジモン達は、びくっとした。
「なに悠長におしゃべりなんかしてんだ、てめえら。てめえら達も俺様をバカにしてんのか?」
おねえキャラ(デジモンに性別は存在しないため、厳密にいえばエテモンはおねえキャラでもオカマキャラでも無い)を忘れたドスの利いた声が下りてきたからである。やべえ、本気で怒ってる!
エテモン様怒ってるっと大量の汗を出したガジモン達は、何でもありません、すいません、許して下さい、と最敬礼で持って許しをこう。
ふん、と冷酷無情な面を垣間見せたエテモンは、笑った。
「どこぞの大バカみたいになりたくなかったら、アンタ達もせいぜい身を粉にして働きなさい」
そう、あいつみたいにね!とエテモンが口にしたそのデジモンの名前は恐怖政治の代名詞である。ガジモン達はひたすらに怯えた。しかし同時に、そのデジモンの名前をエテモンが口にすることは、ガジモン達が忠誠を誓ったエテモンというデジモンが一番らしい面が垣間見れて、ちょっとだけ安心できるという矛盾をはらんでいる。
ガジモン達が忠誠を誓ったのはこのエテモン様ではない。ダークケーブルという力を手に入れる前のエテモン様であって、今はその面影を追いかけて、ひたすら奴隷生活をしている日々である。いつからどうしてこうなってしまったのかもうわからないが、もうガジモン達はこうするしかないのである。唯一止められるはずだったデジモンは、もういないのだ。
「っていうか、ぬわんでだーれもいないのよーっ!!アチキよ?すえっかく、アチキがステージに立つのよ!?満員御礼、拍手喝さいは当たり前でしょ?!観客席はフルハウスじゃなきゃアチキに失礼だと思わないのーっ!」
いや、もともと誰も来てません、なんて言えるはずも無く、ガジモン達は必死で言いわけを考えていた。エテモンの行うコンサートは、一度始まるとアンコール、アンコール、と必死でガジモン達が桜をやって、観客がいくら帰りたがっても強制ループ。
エンドレス状態が続くことでもともと有名だったため、エテモンのコンサートはもともとすっごく評判が悪い。しかも、今のエテモンのコンサートはもれなくフーリガンも真っ青な破壊活動もついてくるのである。もともとガラガラだったコンサートは、なおのこと人入りが悪くなりつつある。
今ではすっかり、ここまであからさまに、サーバ大陸に住んでいるデジモン達から、エテモン達は嫌われ者であり、嫌がられている有様である。もちろん、ダークケーブルに魅入られているエテモンがその事実に気付く訳も無く、もともと酷かったジャイアニズムは凋落の一途をたどっている。
がらんとしたコンサート会場。笑天門号はもともとエテモンがコンサートをするために作った車である。ガジモン達のゴマすり、ご機嫌伺いも大変である。スターって忙しいからっさあ!モニター越しでごおめんなさいね!と太一達にコロッセオで言っていたのも、あながち嘘ではなかったりする。もともとあのコロッセオはエテモン専用のコンサート会場として利用されているものだったから。
「そこのアンタっ!」
「は、はいっ!」
直立不動に敬礼でガジモンが応えた。
「ちゃーんとここら辺の住人達に招待状は出したんでしょうね!?」
「もちろんです!………っが……ですが……その」
「なによ」
「エ、エテモン様のコンサートに参加するのは、い、嫌だと」
「ぬあんですってーっ!?」
青空の下で大絶叫が響き渡る。
「アチキを誰だと思ってんのっ?キング・オブ・デジモンになった、本物のスーパースターになったエテモン様なのよっ!?そんなアチキがわざわざ来てあげたっていうのに、きいいいい!ふっざけんのもいい加減にしなさいよーっ!!ふ、ふふふ、ふふふふふふふっ!!教えなさい!」
「はい?」
「い、ま、す、ぐ、その不届き者共が住んでる場所を教えなさいっていってんのよっ!いい度胸じゃないの。覚えてらっしゃーい!そんなにいうなら、アチキの方からそっちへ行ってやるわああああ!」
ガジモン達の制止を振りきって、エテモンがマイク片手に笑天門号から飛び降りて、どどどどどっと砂ぼこりを上げながら一直線に走り出してしまう。おいおい、まだ場所言ってないのにどこに行くんだよ、エテモン様。
ガジモン達はあきれ顔で、モノクロモンに鞭打って、笑天門号を方向転換して追いかける。本日の犠牲者は決定した瞬間である。あーあ、オレしらね。きっとあいつら、くんな、くんな、こっちくんなああああ!っていうんだろうなあ、と思いながらガジモン達は笑う。
「なーにやってんのよう!早くきなさいっつってんでしょーっ!!」
こうしてまた今日も、サーバ大陸から名前も無い村が姿を消すことになる。そしてぶっ壊れたモニタが復旧し、選ばれし子供達の場所が確認できたといわれたものの、それどころではない。
「そっちで何とかしなさーい!アチキは今いっそがしいのよーっ!!」
だってよ、とガジモンから、ダークケーブルに乗って、豪華客船に伝えられることになる。ほんの少し前まで日常だったのが、もう昔のことのようである。むなしいのはどうしてだろうか。
「光子郎先輩、ヌメモンって、太陽が出てるとこって苦手じゃ無かったんすか?」
「え?あ、言われてみればそうだね」
「なんでっすか?帽子かぶってるから?」
「きっとファイル島にいるヌメモンとサーバ大陸にいるヌメモンは、別のデジモンなんだよ。なんか言葉、話さないし。生息している場所が環境も、気候も、全然違うし、ほら、野良ネコと家で飼ってる猫って全然違うし、多分それと一緒なんだよ。ここらへん、直射日光がきついサバンナみたいな所で、殆ど影が無いし、大丈夫なのかもしれない」
「あーそっか。さっすが光子郎先輩。オレ、全然気付きませんでした」
「さすがは光子郎はん、よく知ってまんなあ。せやでー、ワイらデジモンは住んでる所で全然生活の仕方が違うんや」
あはは、と光子郎は笑うが、どこかぎこちないのを発見したブイモンは、首をかしげた。あ、あたってたんだ、というつぶやきは本人のみぞ知る。
いろんなことを知っている筈の光子郎が、まさか根拠のない憶測と経験則から、事実上のあてずっぽうを口走っているなんて考えもしない。わからないことがあると調べなくては気が済まない光子郎でも、やっぱり得意分野を期待して頼ってくる後輩には、意地を張りたくなるものである。
突如現れた豪華客船に乗務しているのは、本来日光が苦手で、ジメジメした所に生息しているはずのヌメモンである。まったく似合わない白い帽子に白い服を着ていて、忙しなく船上をはいずりまわっている。
言葉を喋れないのか、話さないだけなのかは分からないが、ずーっと始終無言で、大げさなまでのリアクションで受け答えしている状態である。おもちゃの街に至るまで道中追いかけまわされた挙句に、れいのあれを分投げられたおぞましい記憶があるわけだから、選ばれし子供達もデジモン達も最初は顔をひきつらせたが、ずいぶんと大人しいからほっとしている。
サーバ大陸のヌメモンはずいぶんと理性が発達しているらしい。まあ、みんな疲れているから少しの間休ませてくれ、というぺったんこ美少女ミミの色仕掛けに陥落するところは、一切変わらないらしいが。
「ミミさん、何があったんすか」
「ヌメモン嫌がって無かったっけ?」
なあ?と大輔とブイモンは首をかしげる。おもちゃの街では少なくとも嫌がって逃げ回っていた記憶がある大輔は、ヌメモンならあたしに任せて、と躍り出るくらいの潔さと度胸と豪胆さを垣間見て少々面食らっていた。あれ?何かカッコいいぞ。あはは、と光子郎は苦笑いした。
「慣れたんだよ、きっと」
「え?」
「ファイル島がばらばらになったとき、僕とミミさんが最初に合流したんだけど、その時にはもうミミさん、気持ちの悪いデジモンと仲良くなってたから」
「どんなデジモンすか?ヌメモン?」
「もっとひどいよ。あれにネズミが乗ってたよ」
「え゛?」
「スカモンていうデジモンでね、成熟期なんだけど、金色に輝くあれなんだ」
き、きんいろ……と言いよどむのは無理もない。コンピューター画面のゴミ箱に捨てられたデータのカスが集まって突然変異し誕生したデジモンであることまでは、さすがにまだ彼らは知らない。
「上に乗ってたのは、たしかチューモンっていったかな」
「ってことは、ネズミのデジモンっすか?」
「うん。どうもチューモンがスカモンに悪知恵を吹き込んでるみたいだから、きっと本体はあっちなんだと思うよ」
「へえー、ホントにいろんなデジモンがいるんすね」
「ホントだね」
なにやら知らないうちに、選ばれし子供達はこの漂流生活において、ずいぶんと精神的にも肉体的にもタフになりつつあるらしい。
可愛い子には旅させよとは言うが、いいことなのかどうかは誰にもわからない。ミミの可愛いお願い攻撃に陥落したヌメモンは、船長を連れて来てくれた。
船長の帽子をかぶった大きな大きな白い鳥のデジモンは、灼熱地獄にぐったりとしている選ばれし子供達とデジモン達から、エテモンに追われているのだという事情を聴き、同情し、しばらく休んでいるといい、と歓迎してくれた。
サバンナのど真ん中に停泊した豪華客船は碇も張らないまま、かんかんかんと音を立て、船上に上がるための階段を作ってくれたのだった。登っていく階段の道行きで、アタシ、バードラモンに進化してよかったって嬉しそうなのはピヨモンである。あら、どうしてって聞いた空に、ピヨモンは言うのだ。
この船の船長であるコカトリモンはピヨモンの進化経路の一つであり、殆どのピヨモン達は空を飛ぶことを夢見ながら、あのデジモンに進化しちゃうんだって。地上で長く生活していたため、羽が退化し飛べなくなってしまった巨鳥型デジモンは、その代わりに足が発達し、走るのが得意になったようで、たくましい脚力を備えている。むっとしたらしいコカトリモンの眼差しに気付いた空が、あわててピヨモンを叱った。
みんな思い思いの行動に移っていく。もちろん女の子組はお風呂に直行、あっという間に見えなくなってしまった。もちろん最初から行く先が分かっているのなら、追いかけるようなバカはもういない。太一と丈達は紋章を持つ者同士、積もる話でもあるのか、珍しく泳ぎたいとごねるゴマモンに乗っかってプールに向かった。
いつもは呼び捨てにしている丈に相談するのをみんなに見られるのは嫌なのか、プールという言葉に、真夏のギラギラ太陽に海を恋しく思っていた後輩が目を輝かせて、オレも行きたいっす!とごねたのだが、却下されてしまった。
えー、と不満タラタラな大輔に、ブイモンは手を引いて、だいすけー、腹減ったあ!と主張するのでそれどころではなくなってしまう。結局大輔とブイモンは、残されたみんなと一緒に行くことになる。
直行したのは食堂だ。太一のせいでご飯の時間は基本的に節約傾向な漂流生活、腹八分目なんて夢のまた夢、腹五分目くらいが精いっぱいなのに、さらに自分達の食べる分を減らされてしまったせいで、腹三分目というありさまなのである。それはご飯とは言わない。おやつでしかない。もうみんな腹ペコだった。
案内された食堂に至るまでが、一流ホテルが船の中に入ってしまったかのような豪華さに開いた口が塞がらない。ぴかぴかの通路を抜けるとホテルのエントランスホールみたいに全面ガラス張りの庭園とか、高級ソファとテーブルとか、受付のカウンターまで見たことが無い装飾品や骨董で埋め尽くされている。
大理石の床はつるつるで、汚れひとつない。すっげー、とバカの一つ覚えみたいに感心するしかない大輔である。すごいねえ、とブイモンもつぶやいた。家族旅行だってサッカー部に入った都合上、長期にわたる滞在はもうとっくの昔に諦めているし、こんな高そうなトコきたことない。
それこそテレビの向こう側の話である。バラエティ番組の海外ロケスペシャルとか、旅行番組とか、いーなーといいながら、家族と一緒に煎餅かじって眺めているような世界である。そう言えば父親が海外に行くって話があったけど、結局大輔とジュンがまだまだ義務教育だからって、まだ遊んでくれるからって、無しになったんだっけ、と大輔は思い出す。
父親がいなくなったら間違いなく大輔は今以上に家族の中で扱いが目に見えて悪くなる、と思うので安心した筈だ。お姉ちゃんとのことも相談に乗ってくれるのは父親だけである。母親は姉の肩を持つ。そのうち仲直りできるっていつだよ。バカ。
ジュンと大輔の関係性を客観視できる両親は、時間が解決してくれると知っているから、平等に愛情を注ごうとするから、贔屓に見てくれないとこは大輔はあんまり好きじゃない。ちっさい子供には今の環境は両親が考えている以上に辛いのだ。そんなことよりご飯である、と主張するブイモンに引っ張られて、大輔はもう先に行ってしまっているヤマト達を追いかけた。
「なーなー、大輔、ごちそうかな?」
「食えるといいな!」
「そっか、大輔君もブイモンもご馳走は初めてだっけ?」
「みんなでご飯食べた時、大輔とブイモン、いなかったもんねー。おいしかったよね、タケル」
「うん。おっきな骨がついてるお肉とか、こーんなにおっきなステーキとか、
あったかいスープとか、いっぱいあったんだよ」
「あああもう、思い出させんなよ、鬼かよお前ら!」
「オレ達その時、マシュマロサンドだけだったのにねー」
「しかもお前となっちゃんがほっとんど食っちまうしなー」
「ご、ごめんってば、大輔えー」