「あった!俺のリュック!」
旅行かばんとは別に、いつも持っていく荷物はサマーキャンプ用に買ってもらったリュックに放り込んでいた大輔は、唯一この世界に持ってきた私物が詰まっているリュックを草むらで見つけて、ほっと胸をなでおろした。
ありましたー!と高々とリュックを掲げる大輔に、ぶっきらぼうにヤマトがそこで待っているよう指示を出す。どうやら他の子供達の荷物の中には、さらに奥のほうに投げ飛ばされたものがあるらしい。
「ボクも見つけたよ、おにーちゃん!」
白いリュックを抱きしめたタケルに、ヤマトは二人で待っているよう告げると、そのまま奥に消えてしまった。はーい、とお行儀よく返事をしたタケルは、大輔のところにやってくる。
別のところを探していたらしいブイモンとパタモンも集合した。ヤマトが見えなくなったことで、ほっとした様子で小さくため息を付いた大輔に、タケルが興味津々で話しかけてくる。
「ねえ、ねえ、大輔くん、大輔くんがもってるそれ、オウチの人に貸してもらったの?」
光子郎との会話で、迷子防止に持たされていると聞いていたタケルの質問に、まーな、と大輔は嬉しそうに笑った。いいだろー、と自慢気に笑う大輔に、いいなあ、ボクもほしいとタケルはいう。素直な反応に気を良くした大輔は、得意げにかざす。傍らに吊り下げられているデジヴァイスがカタリと音を立てた。
「おねーちゃんのだから、壊したら怒られるんだよなー、大輔」
何となく楽しそうな二人の会話に加わりたくて、ブイモンは大輔と自分しか知らない話を出して、話題の中心になろうと躍り出た。あっ、こら!と慌てて口を抑えた大輔。もがもがと苦しそうに手足をばたつかせるブイモンを強引に引き戻した大輔は、恐る恐るタケルとパタモンを見る。
「へええ、大輔くんってお姉ちゃんいるんだ」
「タケルと同じだねー」
「だね!」
従兄弟のヤマトをお兄ちゃんを慕うタケルをみて、従兄弟と実の姉弟は微妙に違うだろと思いつつ、必死で姉貴の話題をどうそらそうか考えた。くふひいよひゃいふけとバンバン叩いてくるブイモンに気付いて、あ、悪いとようやく解放する。酸欠で危うく死ぬところだったブイモンは、恨めし気に大輔を睨みながら深呼吸した。
「大輔くんのお姉ちゃんってどんな人?」
ほらきた。一番聞かれたくない質問が飛んで来る。姉のことは誰にも言わないで欲しいと、早いことブイモンに言うべきだったと後悔したがもう遅い。
なんで?と聞かれたら。姉と自分との間に横たわっている複雑な事情と現状。そして自分の気持ちを一から全て説明しなければならないほど、ブイモンは大輔と同じことを知りたがる。
嫌な予感はしていたのだ。しかし、ジレンマに陥っていた大輔は、結局チョコレートの時に、ブイモンとの会話があまりに楽しかった。て問題を先送りにしてしまってこの様である。俺の悪い癖だと笑った。
八つ当たりだと分かっていながら、ついついブイモンを睨んでしまう大輔である。あれ?なんかオレ睨まれてる?と大輔の心境なんて分かりっこないブイモンは不安気に大輔を見上げて、消え入りそうな声で名前を呼ぶ。はあ、と大げさにため息を付いた大輔はタケルを見た。
大輔の不自然な対応に、あれ?とタケルは早速違和感を覚えていた。タケルからしてみたら、なんとなく、お姉ちゃんとお兄ちゃんの差があるとはいえ、同じ弟の立場であることが明らかになり、いろいろと話ができるだろうと思うとうれしくなって聞いただけである。まるでお姉ちゃんの存在を知られてほしくなかった、
としか取れない行動、そしてみるみるうちに困ってしまう大輔の態度、表情、全てがタケルにとって肩透かしだった。話題を提供してくれたブイモンに不機嫌そうに睨みつける大輔は、一瞬ではあるが本気で怒っていた。なんでだろう、と思うのも無理は無い。
タケルにとって、ヤマトお兄ちゃんは自分のことを気にかけてくれて、かまってくれて、遊んでくれるとっても優しいお兄ちゃんである。お母さんもお父さんも好きだが、甘えたいさかりで両親の離婚という家庭の事情から引き離され、こうして長期休みみたいな機会がないと会えなくなったお兄ちゃんがタケルは大好きだった。
数年前までは当たり前のように、一緒に遊んだり、ご飯を食べたり、ゲームをしたり、テレビを見たりという何気ない日常が確かに存在していたが、奪われてしまった思い出は戻らない。一緒の小学校に通う夢はもう見ない。
会いたい時に会えない寂しさがお兄ちゃん子にさせる一方で、その離婚にいたるまでの経緯が、タケルに歳相応以上の卓越した観察眼を身につけさせてしまったのが悲しいところである。
不意識のうちに、相手が何を考えているのか読み取ることに慣れてしまったタケルは、言葉や行動に起こさないと相手が何を考えているのかよくわからない。
小学生らしい感性をもつ大輔とは違い、大輔のとったあべこべな行動が訳のわからないものとして映ってしまう。PHSがお姉ちゃんのものだとブイモンは言う。大輔は嬉しそうにPHSを見て、笑い、自慢気に、得意げに見せてくれたはずだ。
そしてデジヴァイスと同じように常に肌身離さず持っている時点で、とても大切なモノだ。迷子用といってはいるが、それはきっと大好きなお姉ちゃんのものを貸してもらえたからだろう。大輔の抱える事情を全く知らないにもかかわらず、タケルは残酷なほど大輔の真意を見抜いていた。
それゆえに、何故それを教えてくれたブイモンを、その驚くほど冷ややかな眼差しで咎めるようににらめるのか、そして不自然なほど沈黙してしまうのか全く理解出来ない。じゃあ、分からないことは聞いてみよう、という素直な思考回路に到達した。タケルはいい子である。いや、無意識のうちにいい子であろうとする癖が身についている。
離婚調停が決まるまで、親戚の家に預けられ、そして母に引き取られて数年になる生活の中で、母子家庭で仕事に忙しく家を空ける多忙な母に少しでも迷惑を掛けまいと、お母さんや友達や先生、近所の人達が望むいい子のタケルくんであろうとしている。
それはお兄ちゃんであるヤマトにまで及んでいるが、タケルが無意識のうちに素直で明るくて聞き分けのいい、いい子な弟であろうとすればするほど、同じ境遇を強いられてタケルの癖に勘づいているヤマトはますます過保護になっていく。
本当はこの世界に来たときに、真っ先にヤマトに、帰りたいと抱きついておもいっきり泣きたいのだ。わがままになって、甘えてみたい、もっと素直になりたいと思いながらもできないタケルにとって、年上のメンバーばかりの中で唯一同学年の大輔は、背伸びをしなくていい存在として認知されていた。
いい子であることは変わらないけれども、同じ年で、弟という同じ立場なら、ちょっとだけ話を聞いてもらえるかもしれないという思いがあったことは事実である。タケルが観る限り、お姉ちゃんがいるとは思えないほど、大輔はしっかりしている男の子である。
それこそ、ヤマトにくっついている自分が恥ずかしくなってくるくらいに。だから正直、ヤマトに危ないことはするなと怒られている大輔が羨ましかったりするのだが、まあそれは置いといて、気のいい大輔だったら分からないことは教えてくれるだろう、という気持ちがそうさせた。それなのに、投げかけた質問に帰ってきた答えは、驚くほどあいまいなものだった。
「わかんね」
「え?」
「わかんねーや、全然」
「なんで?」
「なんでって………オレが知るかよ」
困ったように大輔は頭をかく。
「まあ、いーじゃねーか、別のこと話そうぜ、タケル」
大輔は話題を切り替えたいのか、強引に話題の転換を要求してくる。タケルの頭の中ではすっかり、大輔のお姉ちゃんイコールヤマトお兄ちゃんのような存在であるという公式が出来上がっているのに、大輔は全く頓着しない様子で、本気で困っているのである。嘘を付いているようには見えない。むしろ答えが見つからなくて困っている。
タケルはここで引き下がるのは嫌だと思った。大輔はおそらくお姉ちゃんと家族と一緒に住んでいて、毎日毎日同じ時間を過ごして生きているのである。
それこそタケルだけの力では、どれだけ頑張っても願っても届かない夢の世界に似ている毎日の中にいるはずの大輔が、いつでも側にいてくれるだろうお姉ちゃんのことが分からないと言うのである。
正直、タケルには聞き捨てならない言葉だった。大好きなお兄ちゃんを否定されて、また家族で暮らしたいと思っている自分を否定されているような気がしたのだ。
それは明確なまでの嫉妬であり、
蔑ろにする大輔への秘めた怒りでもあるが、タケルは気づかない。
「何で分かんないの?」
予想以上に食い下がるタケルに、少々大輔は驚いていた。まだまだ出会ってから数時間も立っていないと思うが、ちょっとだけ話して、一緒に行動してきた中で把握していたタケルとは違う。異様なほど大輔と姉の関係性について突っ込んでくる、頑固者の一面、しかも何故か怒っているような気配さえ感じられる。
なんか俺、変なコトいったっけ?と思い直してみるが、特に変なことを言ったつもりはない。姉との複雑な関係を知られたくない大輔は、それでもタケルの質問には正直に答えたつもりである。
だって、どんな人?と聞かれたから。答えは単純明快わからないである。同じ屋根の下に住んでいるとはいえ、6つも歳の差がある大輔とジュンは生活サイクルが全く違う。
ジュンは中学生だし、朝は部活、夜は部活か友達と遊びにいったり、泊まったりで遅かったり帰って来なかったりする。大輔もサッカークラブの活動で帰るのが遅くなる日もあるが、基本的にはぎりぎりまで友達と遊んでいるため帰るのは遅い。バタバタする朝なんて、大輔が寝坊寸前に起きることには、ジュンはいないし、帰ってきても夕食は適当に済ませる。
部屋は別だし、ゲームばっかりしていて、うるさいから勉強に集中できないと怒鳴り込まれることはあるが、基本的にお互い無干渉である。
だから大輔は姉の好きなものも友達もなにをしているのかも全く分からない。聞きたいとも思わないし、逆に聞いて欲しいとも思わない。顔を合わせたら喧嘩ばかり、若しくは下僕扱い。ジュンが自分のことをどう思っているのかも知らないのに、答えられるわけがなかった。
そうして出した結論なのに、問われるがまま馬鹿正直に答えた大輔は、タケルが信じられないという顔をしているのがわからない。お互いがお互いのことを知らなさ過ぎたこと、そして同じ年だったこと、原因はいろいろある。
お互いが置かれている環境が真逆と言ってもいいにもかかわらず、無意識のうちに前提を自分の家族として会話を進めていたせいで、致命的なまでに二人の間には認識のズレが存在していた。
それ自体分からないため、二人は次第に喧嘩腰になっていく。はらはらと見つめるパートナーデジモンなど眼中になく、どんどん口調が乱暴になっていった。やがて姉のことを知られたくないと考えていた大輔も、次第にヒートアップしていく中でどんどん会話が本気になっていく。
「しらねーもんは、しらねーよ。とりあえず、姉貴が俺のこと大っきらいだとは思うけどな。姉貴のやつ、所構わず俺の悪口言いふらして、俺なんかいなきゃいいなんていうんだぜ?ふざけんな」
「大輔くん、お姉ちゃんと喧嘩したの?」
「ケンカ?んなもん毎日毎日飽きるほどやってるよ。しばらく会わなくていいんだもんな、せいせいするぜ」
「大輔君、ずるいよ」
「は?」
「大輔君ずるいよ、何でそんな事平気で言えるんだよ。僕だってお兄ちゃんと一緒に喧嘩してみたいのに」
「はあ?なんだよそれ」
「僕だってお兄ちゃんと毎日喧嘩したり、仲直りしたり、遊んだり、一緒に学校いったりしてみたいよ。大輔くんはお姉ちゃんと一緒に住んでるんでしょ?僕は……そんなこともうできないのにっ!ずるいずるいずるいよ、大輔くんは!なのにお姉ちゃんのこと大っきらいだなんて、ふざけないでよ!」
ここで、ヤマトがついた嘘が止めをさしてしまう。大輔はヤマトがついた嘘を太一経由で教えてもらったため、タケルとヤマトはいとこ同士だと認識している。大輔からすれば、大好きないとこのお兄ちゃんと住めない、とダダをこねる一人っ子の甘っちょろいわがままと同列にされてはたまらない。
「何いってんだよ、お前。ヤマトさんとお前はいとこ同士なんだろ?兄弟じゃあるまいし、一緒に住めないなんて当たり前じゃねーか。なに勝手に八つ当たりしてんだよ、ふざけてんのはお前だろ!」
タケルはヤマトの知識により、遊びに来ている≒兄弟と認識している。大声を上げるほどの大げんかに慣れていないので、感情が先走り顔を真赤にしたタケルが叫んだ。
「なんでそんなこといえるの?なんでお母さんとかお父さんと一緒のこというんだよっ!なんで僕だけお兄ちゃんと一緒にすんじゃだめなの?!ふざけないでよ、バカっ!ホントはお父さんともお母さんともお兄ちゃんとも一緒にまた暮らしたいのにっ!それだけなのにっ!」
「はあ?なんだよそれ、それじゃまるで、お前とヤマトさんが兄弟みたいじゃ……」
「僕とお兄ちゃんは兄弟だよっ!」
「苗字違うじゃんか」
「おかあさんとお父さんが仲悪くなっちゃったから、一緒に住めなくなっちゃったんだもん、僕じゃどうしようもないもん!」
ここでようやく大輔はタケルとヤマトが抱える複雑な家庭環境を垣間見て一瞬言葉が詰まるが、ヒートアップしてしまった頭はもうとっくに余裕なんて喪失していた。
タケルが一人っ子と言う事で我慢していたことがある。でも、タケルがヤマトと兄弟であるということを知った今、なんども大輔が夢見た仲の良い兄弟の姿を見せつけられてきた大輔にとって、タケルの言葉は火にガソリンのタンクを投げ込むようなものだった。
「なんだよそれ、なんだよそれっ。一緒に住んでりゃ家族なのかよ、ふざけんなっ!あんなやつ、家族でも何でもねーよっ!俺みたいな弟なんていらないって、いなきゃよかったのにって平気でいって回ってるようなやつ、お姉ちゃんでもなんでもねーよっ!タケルお前、言われたことあんのかよ。謝っても、ありがとうお姉ちゃんっていってもぶん殴られて、おまえなんかいらないんだって公園の真ん中でみんなの前で怒鳴られたことあんのかよっ!どんなに頑張っても褒めてくれなくて、お前はダメだって言われ続けて、弟だって認めてくれたことも一回もないなんてふざけたこと、ヤマトさんからされたことあんのかよ!離れてても仲がいいならいいじゃねーかっ!ずりーのはタケルの方だろ、バカヤロウ!俺だってケンカなんかしたくねーよ、もっと仲良くしてーよ、でも姉貴が俺のこと嫌いなんだ、どうしろって言うんだよ!!」
「僕に八つ当たりしないでよ、知らないよ!」
取っ組み合いのケンカが始まりそうだった。二人の剣幕に圧倒されていたパタモンとブイモンが慌てて仲裁に入ろうとしたとき、二人を一気に現実に戻す第三者の声と力強い手が二人の間に割って入った。
「なにやってんだよ、二人とも!」
ぴしゃり、という大声に仰天した二人が顔をあげると、急いで走ってきたのか息を切らしているヤマトの姿が眼に入る。
反射的にヤマトに大輔のことをいおうとしたタケルは、ヤマトが大輔もタケルも関係なく真剣に怒っているのを感じ取って恐怖に駆られる。こんなお兄ちゃん、知らない。見たことない。ヒートアップしていた大げんかはどこへやら、借りてきたねこのように大人しくなった二人。
ブイモンとパタモンはほっとして、お互いに顔を見合わせた。二人の大声を聞きつけて走ってきたヤマトは、丁度大輔の姉に関する情報をしつこく聞きたがるタケルと嫌がる大輔の問答から以下全部の内容をほとんど聞いていたのだ。
さすがに状況が状況である、大げんかの原因に自分がついた嘘が絡んでいることは嫌というほど理解している。ここで自分がすべきことは年上としてケンカを仲裁して仲直りさせること、ソレが二人にとって1番傷つかない方法だと判断しての行動だった。
「いいから落ち着け、二人とも。一体どうしたんだ、俺が聞いてやるから全部話してみろよ」
実の弟のほうを取るのではないかと訝しげな大輔だったが、するわけ無いだろ、と断言するヤマトにしぶしぶ事情を説明する。タケルもタケルで意固地になっている部分もあり、大輔の目は避けていたが、主張するところは外さない。
「そうか、なるほど」
ヤマトの判断に二人はハラハラしながら見上げる。ヤマトは二人の目線にまでしゃがむと、二人の肩に手をおいた。
「悪いな、ふたりとも。俺の嘘でケンカがこじれちまったんだ。俺のせいだな、ごめん」
「は?」
「え?」
思わぬ第三者からの謝罪に思わずタケルと大輔は顔を見合わせた。
ヤマトは苦笑いして事情を説明する。全然気付いていなかった二人は、その点についてはお互いに謝った。そしてお互いに生じていた微妙な誤解が解消されたところで、でも、と言いながらまた喧嘩しようとした二人に、平等にげんこつが振り下ろされたのだった。