(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第70話

ピンポーン、と呼び鈴が鳴る。来た、と反射的に立ち上がったヤマトは、あわててリビングに飛んでいくと、カレンダーにある7月のページを、びりびりに破り捨てる。電話越しでしか会えない、聞くことが出来ない、母親の声である。

 

無性にさびしくなった時は、留守番電話の連絡事項を伝える、その声を父親がいない時を見計らって、こっそり何度もリピートする声である。少しでも長く聞きたくて、会話をしたくて、お兄ちゃんと変わってくれとねだる大切な弟に愛憎入り乱れながら、電話をしたその日から、丁度1カ月である。

 

 

ヤマトはいつだって父親にそんなそぶりを見せたくないから、ちらちらと頻繁に傍らに置いた目覚まし時計の秒針を確認しながら、父親の帰宅時間のギリギリまで、あと少し、あと少し、あとちょっとだけ、と願いながら電話をするのである。大好きなお母さんの声なんて、緊張しきりで、あんまり覚えてなんかいられないのだ。

 

毎日、毎日、父親にばれないように、こっそりとカレンダーの日付に、鉛筆でうっすらと小さくバツ印を付けて、今か今かと待ち続けていた日がようやく来たのである。

 

びりびりびりと誰が見ても分からなくなるくらい、用意周到に、証拠隠滅を図ってから、目を閉じて、深呼吸して、いち、にい、さん、と数えてから、大きく深呼吸して、オレは大丈夫だって呪文をはいてから、よし、と意気込みをかけてから立ち上がって玄関に向かうのだ。

 

 

玄関に行けば、久しぶりのお兄ちゃんに会える!お父さんに会える!一緒にお泊りできる!ってテンションがものすごく上がって、おにーちゃん!って満面の笑みを浮かべて、手を振る大切な弟がいる。

 

そしてその弟と当たり前のように手をつないでいる、大好きなお母さんがいるのである。小学校3年生以降、ヤマトは一度も母親と手をつないだことはない。慌てて靴を脱いで、お父さんはどこって聞いてくる弟に、場所を教えてから、さっさと行かせるのだ。

 

 

「元気そうね、ヤマト」

 

 

(全然元気じゃねえよ、ホントは今すぐにでも泣きそうなんだよ。どんだけオレが聞きたいと思ってきたか、知らないだろ)

 

 

「ああ、まあな、母さんは?」

 

 

(なんでわかってくれないんだよ)

 

 

「大丈夫、こっちは元気よ。仕事が終わり次第、私もいくから、あの人によろしくね。タケルと一緒にどこかいきましょうか」

 

 

(そうじゃないんだよ、なんでわかってくれないんだよ、なんでいっちゃうんだよ、仕事なんてどうでもいいだろ、なあ。あの人っていわないでくれよ、お父さんなんだぞ?あんたにとってはもう赤の他人でもオレにとっては、この世でたった一人のお父さん!なんでタケルも一緒なんだよ、いっつも一緒だろ、たまにはかまってくれよ!オレはお母さんと一緒にいきたいんだよ!オレは、お母さんと、一緒に、どっか、手をつないで、どっか行きたいんだよ!)

 

 

「ああ、わかった」

 

 

(わかってくれない。結局、だれも分かってくれない)

 

 

「じゃあ、なにかあったら、よろしくね。今度はうちに遊びに来なさいな、待ってるわよ」

 

 

(なんでタケルは送り迎えするくせに、オレには来いって言うんだよ、送り迎えくらいしてくれよ。どうせお父さんに会いたくないんだろ、どうせオレにだけ来いって言いたいんだろ、お父さん連れてくるなって言いたいんだろ、分かってるよ!そんな申し訳なさそうな顔しなくったって、分かってるよ!ずーっとずっと前から知ってるよ!お母さんがお父さん嫌いだってことくらい!)

 

 

「ああ、楽しみにしてる」

 

 

(オレの気も知らないで、こっちがどんだけ、お母さんと会うの楽しみにしてるか、全然気付いてくれないくせに!)

 

 

「じゃあ、よろしくね」

 

 

(いかないでくれよ)

 

 

「いってらっしゃい」

 

 

(いかないでよ、お母さん)

 

 

「ええ、ごめんなさいね、ヤマト。タケルのこと、よろしくね」

 

 

(ごめんって言うくらいなら、いつも会えなくてごめんねって言うくらいなら、なでてくれればいいのに。いつも頑張って偉いねって言ってくれればいいのに。タケルにはしてるくせに)

 

 

「いいよ。いってらっしゃい」

 

 

ぱたん、と扉が閉じられるのだ。

 

 

「いってらっしゃーい!」

 

 

無邪気に手を振る弟である。きっと毎日のように一緒にご飯を食べて、会話をして、お風呂に入って、買い物をしてテレビを見て、宿題を見てもらって、えらいねって褒めてもらえて、叱ってもらえて、いろんなことをしてもらえるのだ。

 

なんにもいわなくったってしてもらえるという、優しい世界でこの弟は生きているのだ。ヤマトがどんだけがんばっても、弟が生まれた瞬間から奪われて、離婚したことでもう一生受けられない愛情と期待を、一身に受けているのだ、とヤマトはつくづく分かってしまうのである。

 

 

タケルの着てくる服はいつだってセンスがいいものばかりである。しかもアイロンがぱしっと充てられていて、汚れひとつない、綺麗で清潔で、しかもちゃんと畳んであるのである。見ればわかる。ヤマトは全部やっているから。いつだってそうである。3年前である。もうヤマトは思い出せない。

 

 

「ねーねー、お兄ちゃん、ゲームしようよ」

 

「ああ、いいぞ、なにするんだ?」

 

 

フジテレビ関係者である父親は、家のことを全部ヤマトにやらせてしまっているかわりに、罪滅ぼしに、わりかし何でも買ってくれる。一緒に出かけてくれる。買い物もしてくれる。どこだって連れてってくれる。おまえはいつでもよくやってるよって、がんばってるよって褒めてくれる。頭をなでてくれるのだ。

 

でもやっぱり寂しいのである。まだ石田ヤマトは、お台場小学校5年生、11歳である。まだ11歳の子供である。お母さんが恋しいのは当たり前である。でもタケルはお兄ちゃんからお母さんをとってしまったという負い目はあるが、じゃあヤマトが一体何を求めていて、そのためにはタケルはどうすればいいのか、なんて微塵も分かっていないのだ。

 

 

だって、開口一番にゲームである。この漂流生活で帰ったら一番何がしたいかって聞いたら、開口一番にゲームって言うような子である。お兄ちゃんと遊びたくて仕方ないのだろうが、玄関で伸ばしかけた手を降ろして、うつむいているお兄ちゃんを見ても、その手を取って、はやくって急かすのだ。残酷なほど無邪気である。タケルは母親の厳しいしつけ方針からの息抜きで、こっちに来ていることなんてヤマトはお見通しなのである。

 

 

ゲームが沢山あるってうらやましくてたまらないようである。なんという贅沢な。ちっともタケルはヤマトのことを分かっていないのである。だって、タケルは言うのだ。お兄ちゃんの部屋を見ていうのだ。

 

 

「あはは、お兄ちゃんの部屋、汚いねえ」

 

 

こんな言葉、ヤマトの気持ちをほんのちょっとでも分かれば絶対言わないだろう。大切な大切な弟は、いつだって、ヤマトを傷付けている。タケルはヤマトが一番欲しい、お兄ちゃん凄いねって言葉を言ってくれない。

 

 

 

 

「トさん、ヤマトさん」

 

「へ?あ、ああ、なんだ?」

 

「どうしたんですか?」

 

「え?あ、いや、なんでもない」

 

 

ふーん?そうですか。と光子郎はあっさり意見をひっこめた。紋章探しが先である。光子郎とヤマトはすっかり意気投合、仲良しである。弟であるタケルがいる関係で、下級生組である大輔、光子郎、ミミを何かと先導し、そして世話を焼いてきたヤマトは、すっかり下級生組の中では大人気である。

 

好感度は明らかに上級生組の中でもぐんを抜いていた。ちょっとだけ、ピッコロモンに連れて行かれる大輔の様子がおかしいことに気付いていたヤマトは、なんだかデジャヴを感じたのだ。どっかで見たことあるなあ、誰だっけ?と思案を巡らせている途中で、光子郎に呼びとめられたのである。思考回路の海はどっかに飛んで行ってしまった。

 

 

「なあ、光子郎はどうして紋章が欲しいんだ?」

 

「なんでって、決まってるじゃないですか!カブテリモンから、どんなデジモンに進化するのか、気になるんですよ!」

 

 

進化させるかどうか、は、とりあえずみんなの紋章が集まってからにしよう、が現段階における選ばれし子供達、パートナーデジモン達の総意である。やっぱり恐怖と興味は分けて考えたいらしかった。知識欲の塊はどうやら進化についても、割と前向きらしい。当事者以外は呑気なものである。

 

 

「そういうヤマトさんはどうしてなんです?なんで紋章が気になるんですか?」

 

「そうだなあ、オレは」

 

 

真っ先に浮かぶのはタケルである。雑巾がけ競争をしているのを見たヤマトは、ちょっとだけ安心していた。理屈詰めのお兄ちゃんを休憩したい。それに、いちいち横から図星な言葉をこぼしてくるガブモンが疎ましい。一人で出てきたのはこんな理由である。もちろん紋章は気になるが。少なくても光子郎のように、結界内部が安全だから、一人で出てきても大丈夫だろうなんていう優等生的な思考回路ではない。

 

言えるのか?光子郎という下級生の前で。上級生組は現在事実上のリーダー争いという熾烈な攻防を極めていて、紋章を手に入れたにも関わらず、進化を失敗した太一が一歩後れを取ったことで、一時休戦状態なんて言う、なまなましすぎる裏事情を。

 

そして、ヤマトは、太一という目下最大のライバルに早く追いつくアドバンテージとして、紋章を手にしたいだなんていう考えを。言っていいのか?と考えてしまうのがヤマトという少年である。これが、太一との最大の違いである。

 

 

「オレは……」

 

 

言えるわけもないので、言葉を探す。うーん、と頭をフル回転させて、それとなく視線を外して上を向く。そしてよぎるのは、何でか、大輔である。なんでだ?紋章を手に入れたと自慢する太一を見て、目をキラキラさせて、すっげー!と、みせてください!ってお願いしている大輔が浮かぶのである。大切な弟であるタケルではなく。

 

 

「ヤマトさん?」

 

「あー……オレも、かな。オレもガルルモンの進化の先がみたい」

 

「ですよね!」

 

 

上級生に肯定してもらえてうれしい光子郎は言及しない。それをいいことにヤマトは思考の海に沈んでいく。それはピッコロモンの管轄する領域を超えた井戸で紋章を回収し、帰路にまで及ぶ。修行という名の雑巾がけをしたくない彼らの足取りは、限りなく遅い。

 

 

「ああ、そうか」

 

「え?」

 

「あ、いや、なんでもない」

 

 

そうか、そういうことか。ヤマトは、目が覚めたような気がした。

 

 

「ヤマトさん、凄いっすねー」

 

 

すっげー、と純粋に驚いてくれた大輔の言葉がどんだけ嬉しかったか、きっと口にした大輔本人は絶対気付いてない。本宮大輔という少年は、タケルと同じ年であるはずの、お台場小学校2年生の男の子は、知っているのである。

 

普通の小学校5年生の男の子が、魚の下処理のやり方とか、たき火でやる魚の焼き方とか、マニュアル本なしで、テキパキとこなせるはずがないって言うこと。頭に叩き込むほどの努力をしなければ到底できないっていう、ごく普通の当たり前のことを知っているのである。だから驚いてくれたのだ。褒めてくれたのだ。

 

 

思わず手が震えるのを我慢したが、タケルには絶対言うなって口止めした。それはタケルが気付かなかったことに気付きたくなかったからでもあった。光子郎みたいに突出した所がないヤマトが出来たのは、ひとえに努力の成果である。

 

太一もさすがに驚いて、よくしってんなあ、お前、なんてはっきりと同じお台場小学校5年生の男の子が口にしている。観察眼に優れるタケルだったら、本来ならそうなんだって思って、凄いねお兄ちゃんって言うはずなのに、と淡い期待があったのは事実だ。いつもなら考えもしなかった。

 

太一が思いっきりみんなに聞こえる声でいうから、みんな感心していたなか、タケルはいつもみたいにニコニコして何にも言わなかった。僕のお兄ちゃんすごいでしょって得意げでもあった。基本的に、タケルはお兄ちゃんは何でもできるんだって思い込んでいる。ヤマトがそんな面ばかり見せてきたのもあるのだが、子供心は矛盾する。どうしても献身的になれない。

 

同じ小学二年生の本宮大輔という比較対象ができたからこそ、ヤマトはタケルの無邪気さがいらついた。いつもなら大事な弟の態度がここまできになりはしなかった。なんで大輔が気づいて、タケルは気づかないんだろうと思ってしまった。ないものねだりというやつだ。

 

こうもあからさまに努力が垣間見れる場面に何度も遭遇していて、タケルはなんにも言わない。気付きもしない。知りもしない。そんな矛盾した不満を抱いてしまう。今までのヤマトなら、タケルに過保護になる理由になっていたはずなのにだ。

 

離婚という不運がタケルに観察眼を磨かせたが、それは家族には適応されない。ヤマトは甘えていいお兄ちゃんだからそこまで考えてないのだ。考えなくてもいいよと他ならぬヤマトがそういうスタンスだったから。だから時々かちんときてもスルーしていた。

 

 

鈍すぎる。鈍感過ぎる。人の心に鈍感過ぎる。言われないと分からないくらい幼い。小学校2年生はそんなもんだとは思うが、ああやっぱりオレがいないとこいつはなんにも出来ないんだって安心した。ため息交じりに優越心をもちながら、オレが守ってやらなきゃいけないんだって、ヤマトは思っていた。

 

この世界に来てからヤマトはタケルとの関係がどこか歪だと自覚しなければならない時が何回もあった。だからないものねだりでうらやましくなる。ヤマトは、ジュンという会ったこともない、大輔のお姉ちゃんがうらやましくてたまらない。

 

きっとオレは嫌いなんだろうなって思ってすらいる。こんないい奴に向かって、「二度とお姉ちゃんって呼ばないで」なんて無茶苦茶な暴言はいても、許されるのだ。お姉ちゃんが嫌いになれない俺が情けないんだって泣いているのだ。お姉ちゃんが嫌いになれないんだって泣いているのだ。タケルとの大喧嘩で初めて口にしたんだって言うくらい、ずーっと奥底で溜め込んでいる。

 

それだけ大好きなお姉ちゃんがいる、弟。はっきりとお姉ちゃんは大好きだって臆面もなく言える子。尊敬する太一に対して、目を輝かせて、すごいすごいってものすごく分かりやすい形で言ってくれるうえに、相手の努力とか、そう言うのを一発で見抜いてしまうほど、周りを見ることが出来る子。

 

 

ヤマトからすれば、とんでもなく太一がうらやましいのだ。誰も気付いてくれない努力を11年間も蓄積してきたヤマトゆえに。ヤマトが太一と違うのはなんとなく自分の置かれている状況が理解出来ていることだろうか。

 

タケルがいる関係上、ヤマトは下級生の世話をすることも多い。だからいつの間にか世話係の立ち位置になってしまった。タケルのように世話をされることに気付いた大輔が、タケルがいるからって遠慮して、無理ですって顔にだして、すんませんって目で謝って、いいっすよって断るのも、全部分かっているのだ。それはムゲンマウンテンの大岩で分かっているのだ。

 

その心情も分かっている分、ヤマトのいらつきとか、全部分かってしまう大輔に向かって、分かってくれる大輔に対して、あからさまなまでに、不機嫌そうな顔をして八つ当たりしてしまう。はたから見たら過保護なお兄ちゃんなんだけども、ヤマトでもコントロール不能すれすれだった。

 

 

 

 

 

そして、現在進行形で、ヤマトはむっすーとしている大輔に戸惑っていた。光子郎と一緒に、ピッコロモンの管轄外の領域にある井戸にある紋章を取りに行って、帰ってきたらこれである。光子郎の紋章は紫色をした紋章である。

 

ぐるぐる眼鏡みたいな、ダンベルみたいな、形容するのが難しい、とりあえず丸が二つあって、右側の方が大きくて、左側が小さくて、小さいつなぎが二つを繋いでいる紋章。ヤマトの紋章は青色である。手裏剣の上と下を取っ払って、その中に陰陽道の涙の形をしたやつを組み合わせたような、へんてこりんな形をしたデザインの紋章。全く心当たりがないので、ヤマトは聞いたのだ。

 

 

「なんでそんな怒ってんだ」

 

「だって、オレも青色好きなんすよ。なんでとっちゃうんすかー」

 

 

どうやらヤマトや光子郎が紋章探しにいっているということをピッコロモンから聞いたらしい、大輔とブイモンは、ずーっとどんな色の紋章がいいのかって話しあっていたらしかった。ちなみにブイモンはピッコロモンに呼ばれてどっかいった。

 

そういえば、こいつ、青い服来てるなあってヤマトは思ったのである。なんか太一からの大輔情報が先行して、赤とか、オレンジとか、明るいイメージをしてしまうものの、こいつが今着ている服に、暖色系の色はものの見事にないのである。お気に入りらしい、しましまのアンダーは水色と青色だし、ジーパンの色も黒に近い。ジャケットだってジーパン素材の似たような色なのである。

 

 

……思えばすさまじくこいつに、暖色の色は似あわないかもしれない、いろんな意味で。ヤマトは、ほう、と思ったわけである。大輔はヤマトの紋章の色が好きなのだという。自然と笑ってしまうのも無理はなかった。ヤマトが大輔に対してお兄ちゃんぶりたい、と気付いている大輔は、なんすかー、と居心地悪そうにしている。

 

そりゃそうである。大輔からすれば、ヤマトはかつて大輔が太一を理想的なお兄ちゃんと見ていたことを知っているのだ。それなのにヤマトからそういうことをされて嫌だって思うのは、虫がよすぎるってどこかで気付いている。

 

でも光っていう太一の最愛の妹に重ねられた身としては、勘弁してくれレベルなのだ。ヤマトからすれば、空に対してまだ理想的なお姉ちゃん像を持ち続けている大輔は人のこと言えないのだが。

 

流石のヤマトも、大輔の依存レベルがどんだけすさまじいものなのかまで分かるほど、心理学者になった覚えはないので分からない。目をそらして、真っ先にタケルがどこにいるのか探しているあたり、案外似た者同士なのかもしれない。そう、思ったのである。

 

 

「何するんすか!?」

 

 

いきなり頭を後ろからぐっしゃぐしゃになでられた大輔はたまったもんじゃない。もともと癖っ毛の髪質は一度ぐしゃぐしゃにされると、いろいろと後が大変なのだ。でもまあ、嬉しいんだから仕方ない。ああ、そうか、オレもこいつから慕われたかったのか、とヤマトはようやく、自分の本心に気付いたらしかった。

 

 

「大輔」

 

「なんすか」

 

「今から、オレのことも先輩って呼べ」

 

「………はい?」

 

 

なんで先輩?野球部なのに?え?え?と混乱している大輔である。ヤマトはなおさらおかしくなって笑うのだ。

 

 

「ヤマト先輩な」

 

「はあ、ヤマト先輩?」

 

 

よし、と自己完結したヤマトは、なんかいきなり頭をなでてもらっている親友と上機嫌なお兄ちゃんに、え?え?って混乱しているタケルを見る。ヤマトはいつものようにフォローしようとしたが、言葉がつっかえてでてこない。大輔はなんだかオロオロしている。タケルはいつもと違うヤマトに戸惑っている。

 

もう、ここが潮時かもしれない、とヤマトはぼんやり考えた。完全無欠のお兄ちゃんでいるのも、いいかげんつかれ始めている。不慣れな過剰な期待は荷が重すぎた。

 

リーダーの主導権争いにいい加減本格的に参戦したいのも、事実なのである。そのためには、タケルのお兄ちゃんでいるのは、とんでもなく邪魔なのだ。案の定、タケルは、何で?何で?って怒る。大輔は仲裁するために、慌てて中に入ろうとするのだが、それを止めたのは空である。やっぱりどこまでも彼女の気遣いと配慮という抑止力には、到底かなわない。ヤマトは口を開く。

 

太一とアグモン達は、まだ特別カリキュラムから帰って来ない。

 

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