それは大輔とブイモンのカウンセリングが終了した後のことである。大輔の異様なほどの怯え様に学んだのか、ピッコロモンは特別カリキュラムの意図を太一に明かしていた。
ブイモンが早く、早くって天敵との邂逅を阻止すべく先手を切るのを、いい加減にしろってピッコロモンはずるずると引きずってしまった。あははーと笑っているのはアグモンである。どこまでも正反対なパートナーデジモン達である。
「太一先輩」
「ん?どーした、大輔」
「太一先輩、怖く、ないんすか?」
「何が?」
「スカルグレイモンの時、グレイモン、殺しちゃったじゃないっすかあ……でも、全然、きにして、ない、し」
「え?だってあいつ、敵だろ?」
「でも、でもっ、あいつ……黒い紐みたいなの、巻かれてたし」
「あのなあ、大輔。そういうとこはお前のいいとこでもあるんだけど、悪いとこでもあるよな。一番大輔らしいから、ぜってー、無くしちゃダメだぞ?だからピッコロモンに呼ばれたんだろ?聞いたよ」
「はい」
「大輔には嫌われちまうかもしれないけど、あのグレイモン、敵だろ?それに、デジモンって殺しても生き返るんだろ?はじまりの街で。そんなこといちいち考えてたら、サッカーゴールにいたお前ら、死んじゃってたかもしれないだろ。だから焦ったんだよ。傷付けたのはごめん、でもオレはしたことは謝らない、だって間違ったことなんかしてないんだからな。じゃあな、大輔、ブイモンと一緒に修行頑張れよ」
「はい」
じゃあ、後で、と大輔は太一と別れて、ブイモンと一緒にタケル達の所に合流したのである。うつむいてしまう大輔の頭をくしゃくしゃになでながら、太一がからりと笑ったのを思い出すたびに、大輔は胸が締め付けられるのを思い出す。
ああ、どうしてこうも尊敬する太一先輩とオレはここまで見る世界が違うんだろう、と大輔は思うのである。でもだからこそ、大輔はなんで自分がゴーグルを太一先輩の真似をして付けるようになったのか、思い出してしまうのである。
やっぱりどこまでも八神太一先輩という人は、残酷なほど本宮大輔という少年に対して影響力がある人なのである。大輔はトレードマークのゴーグルを付けている太一に、なんで付けているんだと聞いたことがある。太一は言ったのである。ずーっと前に死んじゃったおじいちゃん、大好きなおじいちゃんの遺品なんだって。
太一が知っている中でも一番カッコよくて、一番強くて、一番あこがれていた、大好きなおじいちゃんの形見なんだって、これを付けているとなんだか強くなった気がするんだって、気持ちが大きくなるんだって、迷わないでいられるんだって、そう、嬉しそうに話してくれたのである。
ゴーグルを付ければ強くなれるのか、と聞いたことがある。少なくても俺はそうだって太一先輩は言ったのだ。だから大輔は、くれないってことはわかりきっているけれども、我慢できなくて、太一のゴーグルが欲しくなって、何度も何度もください!ってねだるのだ。
もちろん太一は後輩の可愛い戯れだって分かっているから、ダメに決まってんだろ、と却下して、むくれる後輩相手にちょっかいをかけるという押し問答を繰り広げてきたのだ。だから、大輔は似たようなゴーグルを家でたまたま見つけた時に、目を輝かせたのである。
きっと大輔の中では、憧れの太一先輩を真似する、というよりも、その気持ちがおっきくなれる、迷わないで済む、そうきらきらした笑顔で教えてくれた太一の言葉がうらやましくなって、ゴーグルが欲しかったのである。
だから、太一先輩が憧れの先輩から、尊敬する先輩に変わっても、大輔は太一の真似をしてゴーグルをかたくなに持ち続けているのだ。大輔の中では、PHSとゴーグルは同価値なのだ。同質なのだ。今の大輔の全ての始まりだから。
だからこそ、なおのこと、大輔と太一という二人の男の子が、ぜーんぜん違うことに気付いてしまうのだ。大輔は知っている。周りを見ることができる子だから知っている。はっきりと敵は敵、倒すべき敵と認識したら、躊躇なく、容赦なく粉砕する、残酷なほど守るべき優先順位が付けられる、ゴーグルの英雄の背中を見続けてきた大輔だからこそ、分かってしまうのである。
きっとオレは太一先輩みたいにはなれないんだって、思い出してしまったから、分かるのである。きっと太一先輩みたいになれるのは、オレじゃない。太一さん頑張って、偽物なんかにまけないで、って、大輔の隣で、はっきりとなんのためらいもなく、躊躇もなく、言い放った男の子を大輔は知っているのだ。タケルである。
きっとタケルのもってる紋章は、太一先輩みたいな紋章なんだろうって、本質を見極められる天才は気付いているのだ。だから、ブイモンと話している時には、オレは青い色がいいなっていったのである。どうせ違うんだから、好きな色の方がいいなあって。そしたら、ヤマト先輩が手に入れた紋章が青色だったのである。
太一先輩の大親友である、ヤマト先輩の紋章が青色だったから、悟ってしまったのである。この瞬間に大輔は全てを悟るのだ。周りを見ることが出来る少年は悟るのだ。ピッコロモンは言っていたのである。ブイモンから聞いたから、大輔は知っているのである。
「選ばれし子供たちの世界じゃあるまいし、デジタルワールドにおいて、物事に意味がないものなんて何一つないっぴよ。必ず意味があるんだっぴ。ここはそういう世界だっぴ。自分だけの都合で、視野で、考えられるほどこの世界は単純じゃないっぴよ」
だから、ヤマトとタケルが殴るけるの前代未聞とも言うべき大喧嘩している時に、大輔は一切手を差し伸べることはない。現在進行形の大喧嘩で、すさまじいブリザードが吹き荒れている中で、ヤマトとタケルがお互いに頑固者の似た者同士が、大喧嘩している中で、なんにもしないのである。ただずっと、空の隣で見ているだけなのである。
ぞっとするほど、冷静な目で。ちらちらって、助けを求めてくる、いつだって助けてくれた、アドバイスをくれたって信頼してくれている親友の視線があるのに気付いていながら、そんなことが出来るほど、大輔は大人ではなかった。だって、似ているのである。
ヤマトと太一の大喧嘩と、タケルとヤマトの大喧嘩が、似すぎているのである。太一と大喧嘩を2回もした大輔は分かっているのだ。今のタケルは、あまりにも、太一先輩と似すぎていた。まだ特別カリキュラムは終わらないのか、アグモンと太一は帰って来ない。
ただ今、選ばれし子供の八神太一とパートナーデジモンであるアグモンの、メンタルケアと言う名の修行が行われている最中である。
ピッコロモンの修行と称したメンタルケアで放り込まれたのは、見渡す限り、今の太一の心象風景を反映しているような、濃霧に包まれた海である。ゴンドラにはカンテラがあって、そこにアグモンと一緒に乗せられた。
ぐらぐらゆれるゴンドラがひっくり返って、元に戻って、なんとか捕まりながら、最初は遠慮し合っていた太一もアグモンも、いつの間にかスカルグレイモンの件について、お互いにたまっていた、蓄積していたことを、ぜーんぶ吐き出すような、軽口の応酬をするようになった。気付いたら、いつもの太一とアグモンがそこにいた。
そして、気付くのである。ゴンドラがどんどん流されているというとんでもない事実に。ピッコロモンは確か、ここから出るのがキミたちへの修行だって笑っていたから、きっとどっかに出口があるんだろう。でも、漂流する船は何にもないのだ。ただ波に乗って流されるだけ。
どうしよう、どうしようって、スカルグレイモンの件での心象が再現されていることになんて気付かないまま、太一とアグモンは途方に暮れて、いつの間にか喧嘩になってしまった。しかし、やがて風景が変わる。海はいつの間にか、川になっていた。
見覚えのある橋が通りかかり、ゴンドラは緩やかに岸辺に泊まる。太一達が濃霧の中を歩き続けていると、出会ったのは、かつて自転車に乗れなくて、何度も何度も練習していた自分だった。ああ、そういえば、買ってもらえた自転車が嬉しくて、補助輪付けるのがカッコ悪いって意地張って、いきなり自転車から練習して、何度もこけてしまったんだっけ?
「やっぱりむりだよう」
もう太一が「おれ」だったころの話。ずーっと昔の話。あれ?「ぼく」から「おれ」になったの、何時だっけ?ふさぎこんでいる自分が、今の自分と同じだって気付いた時、思わず太一はかつての自分に駆け出していた。
「一度や二度の失敗でめげてちゃダメだろ、諦めちゃだめだろ、元気出せって、な?」
ぽんぽんと肩を叩く。おじいちゃんのゴーグルをもらえたころの話。光もいたころの話。なんで周りは瓦礫なんだろう?ずーっと昔の話である。見ず知らずの青年に声をかけられてキョトンとしていたのだが、かつての自分は頷いた。
「弱気になっちゃだめだろ?出来るんだって、自分を信じてやんなきゃ、可哀想だろ?自分を自分が信じてやんなきゃ、誰が信じてくれるんだよ。な?」
かつての自分は自転車に乗る。
「今度こそ、出来るんだって。?出来るだろ、なんたって、お前は八神太一なんだから」
ぱっと笑った少年の自転車を押してやる。かつて、お父さんやお母さんがやってくれたみたいに。そうだ、オレは一人じゃないんだって。改めて、太一は気付いたのである。へこたれてもいいけど、弱気になってもいいけど、ずーっとはダメ。だってみんなを引っ張っていきたいって思ったのは、みんなを守りたいって思ったからなのだ。
なんで忘れてたんだろう。そう、アグモンに語りかけた太一である。太一もアグモンも気付きもしないけれども、太陽の紋章は確かに光り輝いていた。そして、岸辺にある適当な鉄パイプを手にとって、一人と一匹は大海原へと漕ぎ出した。気付いたら、魔法の海から脱出していた。
八神太一は考える。リーダー争いでは、丈とヤマトが敵である。丈は太一みたいに、みんなをぐいぐい引っ張っていくようなリーダータイプではないんだってことくらい、太一も何となく気付き始めているものの、そっちの方向性を諦めたわけじゃないってことくらいわかる。だって太一と同じ目をしているから。
太一は意外とみんなのことをよーく見ているのだ。じゃなかったら、サッカー部のキャプテンなんて重役、小学校5年生にコーチが任せるわけがない。太一は紋章を持っているという共通点から、今のところ、丈に割と相談とか、不安とか、結構吐露しているのだ。ずーっと抱え込んでいるととんでもないことになるんだって、スカルグレイモンの件で嫌ってほど分かったから。
呼び捨てにしているとはいえ、丈はお台場小学校6年生の最高学年であり、太一やヤマトより頭がよくて、しかも常識もあって、知識もあって、確実に現実世界だったら本来みんなのリーダーになっているはずの人なのだ。
実際、サマーキャンプでは丈はグループのリーダーを任されるはずの人だったし、太一もそのつもりで、木の上で昼寝なんて自由気ままなことをやっていた訳だし。でもなんというか、丈は天賦の才能でも持っているのか、と言うほど、致命的なまでに運がない。
要領が悪い訳でも、能率とか、効率とか、合理的とか、そういう難しい方面で意識して治せる所ではなく、絶望的なまでに運が悪い。タイミングとか、そういうのが恵まれていないのだ。可哀想に。
というわけで、これが治せなければ、多分ライバルにはならないし、本人も精神的なリーダーを目指してはいても、実質的なリーダーをしようと決意してるわけではなさそうだから、とりあえずは置いとこう。
そう考えた時に、確実に太一がリーダーをするうえで、最後まで障壁として立ちふさがってくるのは、大親友であるヤマトである。ヤマトは、太一みたいにぐいぐい人を引っ張れるタイプではないから、その面で突出している自覚がある太一は、誰にも負けない自信はある。サッカー部キャプテンのカリスマ性は、伊達じゃないのだ。
弱小野球部のエースになんか、負けてたまるか。日ごろ、一大勢力のサッカー部に対するお台場小学校の援助金とか、支援とか、待遇とか、備品というあらゆる優遇を、この野郎、という野球部代表としてくってかかってくるヤマトを見ている手前、じゃあ大会で勝ってみろよって、あっかんベーしている太一は負けたくないのだ。すっごい個人的な理由で。
でも、太一はスポーツは出来るが、勉強が出来ない。でもヤマトは、スポーツも勉強もできる上に、この漂流生活で知ったが、父子家庭のため家事まで出来るという超万能型なのである。突出している所は無いけど、ぜーんぶ確実に平均以上のことが出来るという、安定性とか、では確実に群を抜く。しかも努力型。
意識していろんなことが出来るという面では、天賦の才を持っている。意識するとおかしなことになっていくのは、もう嫌というほど学んだので、太一はもう諦めている。その上、タケルがいるということで、下級生組の世話係を自然と請け負うことになったヤマトは、持ち前の面倒見の良さをいかんなく発揮して、今のところ、上級生組の中では確実に一番人気なのである。不動の地位まで気付き上げつつある。好感度がすっごくある。ヤバい。ヤバすぎる。
サッカー部のキャプテンをやっている太一は分かるのだ。そーいうのって、グループの中ではリーダーやってるとすっごく安定するってこと。サッカー部にヤマトがいなくてよかったなんて、毎日思ってることなのだ。勘弁してくれ、敵に回したら一番きついのに。
まあ、一番の強敵は、丈とヤマトのいい所をぜーんぶ持ってる上に、実際、精神的なリーダーであり、上級生組をサポートすると宣言してから、一切ノータッチを貫き、ずーっと影で支え続けてくれている空なのだが、彼女はリーダーが決まったら、まとめ役は降りるってはっきり言ってるから安心していい。
リーダーが決まったら、誰かがサポート役に回ってくれって言われている。人手が足りないって、大変だって。できれば太一以外はって。うるせえ。まあ、それはともかく、太一に出来ることは、それほど実は多くない。
ただひたすら、みんなにぐいぐい引っ張っていく所を見せていくしかないのである。ヤマトに勝っている所はそこしかないから。がんばろう、今度は失敗しないように、自分なりのペースと余裕を守りながら。うん、と頷いたアグモンである。すると、大きな物音がするではないか。太一もアグモンも、勢いよく駆け出していた。もう迷いはない。いこう、みんなの所へ。
太一とアグモンを待っていたのは、無意識の案内人になっていたヤマトと光子郎の後をこっそりとついていたダークケーブルによって、エテモンに場所を特定され、生息域が近くだったせいで、哀れにも操り人形と化してしまったティラノモンである。ピッコロモンの結界を突破するために、目をそむけたくなるくらいがんじがらめのダークケーブルによって拘束され、無理やり暗黒の力によってパワーを増幅されている恐竜型デジモンの咆哮が響き渡る。
本来の成熟期とは比べ物にならない強敵である。でも、大丈夫である。太一のパートナーデジモンであるアグモンは、選ばれし子供達の開祖となった、太一が守りたいって思った大切な妹から進化したことがある。デジタルワールドでは途方もない昔に太一と出会っていた、アグモンの転生体なのだから。また大輔は傷つくんだろうなあってちょっと思いながらも、立ち止まる訳にはいかないので、太一はデジヴァイスを取り出す。
「いくぞ、アグモン!」
「うん、いくよ、太一!」
アグモンがグレイモンに進化する。そして、ティラノモンとの豪快な場外乱闘がはじまった。つーか、ピッコロモンの結界って安全じゃなかったのかよ。心配いらないって言ってただろって、修行の先生に愚痴れるくらいには、太一は回復していた。そして、それの原因がヤマトだって知って、こっそりガッツポーズしたりする。
実は太一がここに駆けつけることも、ぜーんぶお見通しだったらしいピッコロモンは、おそいっぴ、と苦言を呈するスパルタである。みんなが笑顔になる。あっという間の冒険活劇である。場外にお帰りいただいたティラノモンはダークケーブルごと吹っ飛ばされた。今度は突破されないようにって、めっちゃくちゃ詠唱しまくっているピッコロモンを走り抜ける。たちまち結界の亀裂は見えなくなった。
「太一!」
「よかった、進化できたんですね!」
「へへ、待たせてごめんな!」
みんなのリーダーになりたい、八神太一の復活である。みんな口々によかったって安心した眼差しを向けてくれる。さーて、目下最大の敵であり、ライバルでもあるヤマトはどこだ?と辺りを見渡した太一は、なんだかみんな、にやーって顔をしている。なんか変な雰囲気が出来ていることに気付く。もちろん太一やアグモンに対するものではない。あれ?っと思ってみれば、その中心はヤマトである。なんかやっちまったのか?親友よ。
にやにやってして太一は大輔に聞こうとして、空の隣にいるのを見つけて声をかけようとしたのだが、何でか不機嫌である。空に聞いても教えてくれないのと肩を竦められた。理想的なお姉ちゃんを続行中の空にまで言わないってことは、相当だ。
ピッコロモンからは空に対する理想的なお姉ちゃんまでぶっ壊すと、大輔が大変なことになるからやめてくれって言われているので、仕方ないけど様子見状態である。なんかあったのか?と心配になるが、ティラノモンの件についてはダメージ受けてないみたいなので、ちょっと安心した。
そうそう、そうやって、ちょっとずつ耐性付けてけ。なれてけとまでは言わないけど、この漂流生活でずーっと心を痛めていてはいつかまた壊れてしまうから。太一は空に聞いてみる。
「ヤマト君とタケル君が喧嘩したのよ」
「・・・・・・・・は、はああっ!?なんで!?」
「お母さんの取り合いで」
太一は大笑いする。笑うんじゃねええ!と珍しく、ヤマトは大声をあげた。タケルはヤマトとする初めての大喧嘩で、いろんなことを学んだ。
ヤマトお兄ちゃんは、完全無欠なスーパーお兄ちゃんじゃないんだってこととか、それには、全部血のにじむような努力があってこそで、それをことごとくタケルは無下にし続けてきたんだっていう、酷過ぎることをしてきたんだってことを知った。
ヤマトお兄ちゃんは、実はとっても恥ずかしがりやで、テレ屋さんで、人に褒めてもらいたいんだけどそれがなかなかできない、とっても不器用な人だって初めて知った。凄いことは凄いことなんだってことを驚かなくっちゃいけないんだってことを知った。ガブモンとよーく似てる、ぶあつーいネコをかぶっているお兄ちゃんだってことを知った。
でも、お母さんが大好きなのはタケルもヤマトも同じなので、喧嘩はいつしかお母さんの取り合いになっていた。お父さん涙目である。しばらく白熱していたまだ小学生の当たり前なんだけど、他の選ばれし子供たちやデジモン達の前でするには、かなーり恥ずかしい大喧嘩をしていることに、二人が気付いたのは、しばらくたってからである。もう、両者、いうまでもなく、ごめんなさいしたのは、言うまでもない。速攻である。握手もした。仲直りもした。
これでちょっとだけお互いに素直になれるだろう。
ヤマトは自ら公開処刑していることに気付いて、恥ずかしがり屋のテレ屋はもう顔が真っ赤である。どうにかこうにか取り繕おうと頭を巡らせるが、もう普通に考えて無理である。もうなま暖かい視線はとどまることを知らないのだ。うわあああ、と悶絶する心はもう死にそうである。
一方でタケルは、生まれて初めて喧嘩できたこと、お兄ちゃんのことをしれたこと、なんとなく大輔君と仲良くなれる一歩がつかめた気がして、もうテンションがおかしなことになっていた。そこにやってきたのが、太一である。実は大輔の影響を受けて憧れ始めていた太一である。
みんなの危機にさっそうと登場して、それはもう神技的なタイミングで、見事敵をぶったおし、そして名誉挽回と汚名返上をやってのけた、八神太一という少年である。大輔が本音を言い合える、タケルがすっごくうらやましいって思っている関係を体現している人である。
それだけだったら、先生、先輩、って言葉が出てきたのかもしれないが、丁度、ヤマトお兄ちゃんと喧嘩したばかりで、過保護なお兄ちゃんはちょっとやめるよ、宣言をされたばかりである。いきなりそんなことを言われても、まだタケルは小学校2年生だ。やっぱり寂しいに決まっている。
はいそうですか、と言えるなら、そもそもタケルとヤマトの兄弟の問題が、ここまでややこしいことになるなんてありえないだろう。だから、その全部のタイミングがものの見事に調和した結果、新しい、途方もない、とんでもない爆弾発言が投下されるに至ってしまう。
「ねえ、太一さん!」
「ん?どーした?タケル」
「僕を太一さんの弟にしてよっ!」
ぴしりと空気が凍りつく。この瞬間にタケルとトコモン以外の空間は、氷河期に突入した。流血沙汰にならなかったのは、ひとえにヤマトが完全にクールぶっていた素の部分がみんなに知れ渡ってしまったという羞恥心と。そのおかげでますます他のメンバーの間に親近感が生まれたこと。
紋章も手にしたことでこれ以上ないくらいに、太一という、リーダー争いの最大のライバルに対して、圧倒的なアドバンテージが生まれたことを、冷静に勘定できるからである。その代わりに、すさまじい殺気がこれから太一に向けられることになる。ぜーんぶ分かってしまう太一は、もう冷や汗どころの話ではない。八神太一、11歳、リーダーへの道はまだまだ遠い。
「タッケル、てっめえ!お前なんか、きらいだっ!大っきらいだ!絶交だ!もうこっちくんなああ!」
大声で叫んだのは、もちろん、かつて太一のことを理想的なお兄ちゃんとして精神安定剤にしていた。心のよりどころにしてしまうほどにまで、心の底から憧れていた。お姉ちゃんの次に大好きで、今なお彼のゴーグルをまねて、かたくななまでに頭に付けているほど、憧れの先輩が大好きな本宮大輔である。
いくら空気を読むことは天才的なまでに上手で、人の心を読むことが致命的なまでにへたくそなタケルでも、その爆弾発言がとんでもないことだってことくらい分かる。ようやく気付く。もう遅すぎるけど。
人の大好きに中途半端な覚悟で手を出したら、罰が当たるのである。それを生まれて初めてタケルは知ることになる。タケルが親友になりたい大輔との関係性にまで、完璧なまでに亀裂が入ってしまうことに気付いたが、もう遅い。いくらとっても心が広くて、さっぱりと水に流してしまうほどとっても大人な大輔にだって、譲れないことくらいあるのだ。
タケルが大好きな太一先輩みたいになれる素質を秘めていて、自分はなれないかもしれないんだって、無意識のうちに気付いてしまっている可哀想な少年の心の悲鳴は、もう大爆発を起こしてしまった。
なにはともあれ、お昼御飯を食べた選ばれし子供達とパートナーデジモン達は、ありがとうございました!ってピッコロモンに頭を下げて、その先を急ぐことになる。