「どうだった?」
「あいっかわらず、ぜーんぶ、一人でやってるわよ。ほーんと、ぜんっぜん可愛くないんだから!」
ホントに、可愛くないんだからああ!ってうわーんって泣き崩れるのは、お姉ちゃんをとられてしまった女の子である。お母さんに抱っこをせがむ子供返りに、よしよしって優しく背中をさすりながら、ぎゅーって抱っこしてあげる。お母さんはにっこりと笑った。
「だから嫌いなのよ!大輔はあっ!あんだけお姉ちゃんお姉ちゃんいってたくせにっ、あたしだってお姉ちゃん頑張ってたのにっ、いらなくなったらあっさりポイって捨てちゃうんだから!なーんにも言わないで勝手にお姉ちゃんお兄ちゃん作っちゃうんだから!
信じらんない!」
ぐずり始めたお姉ちゃんである。
「嫌な予感はしてたわよっ!お父さんとかお母さんと一緒に寝てた時だって、あんだけべったりだったのに、
あたしが1人部屋で寝るって言ったら、けろっとした顔でいきなりお母さんたちと寝なくなっちゃったんだから!
あっさりあたしと寝る―って言い始めるんだもん、あたしだってあたしだってわかってたもん!いつかはあたしもあっさり捨てられちゃうんだろうなーって思ってたもん!でもでもでも!あんなのってあんなのってえ!」
きらいきらいだいっきらい!大輔なんかだいっきらい!むかしっからそうなんだからあって、女の子は泣いている。
「大輔はちょーっと、大人びてる所があるからねえ」
「大人じゃないわよ、自己中でしょ、自分勝手にもほどがあるわよっ!いらないって思ったら、どんなに大事なのだってあっさり捨てちゃうじゃない!こっちがどんなに大事にしたって、離れてくじゃない!たーって離れてっちゃうじゃない!一人でぜーんぶやっちゃうじゃない!こっちのことなんか、ぜーんぜん、考えもしないんだから!」
「それでも案外うまくいっちゃったりするのよねえ。才能なのかしらねえ、一体誰に似たのやら」
そう言って頭をなでているお母さんの視線の先が自分だって気付いた女の子は、大いにむくれる。
「なんであたしを見るの?お母さん」
「やっぱり大輔とジュンは姉弟だなあって思っただけよ」
「なにそれえ。お母さんはどっちの味方なのよ、いっつもいっつもあたしだったり、大輔だったり」
「お母さんはジュンと大輔の味方に決まってるじゃないの。どっちもお母さんの子供なんだから」
納得いかないとむくれる長女を抱きしめながら、お母さんは笑うのだ。お母さんからすれば、ジュンも大輔もどっちもどっちである。だって大輔は昔からジュンお姉ちゃんの真似ばっかりして育ってきた男の子である。今だって何にも変わっていない。
お姉ちゃんが嫌いって言うから真似して嫌いって言ってるだけ。お姉ちゃんが悪口を言うから悪口を言うだけ。お姉ちゃんが喧嘩するから喧嘩するだけ。お姉ちゃんが弟を必要としていないから、弟もお姉ちゃんを必要としてないだけ。どっちも大好きだから真似っこしているだけである。
今まではそれでよかったのだが、この4年間で大輔の真似っこはジュンの鏡映しとなっている。ジュンはずーっと大輔を守るために、4年間もずーっと隠し続けている光が丘テロ事件のことがあるせいで、様変わりしてしまった。この事件については今だって彼女の精神に深く暗部を落としている、いわば忌まわしきトラウマなのである。
だからジュンは陰ながらの努力をちっとも分かってくれない大輔の愚痴や不満をみんなに吐き出すことで、何とか毎日毎日過ごしているのである。隠し続けるっていう、とんでもない重労働の責務を、小学校4年生から中学校1年生になる現在に至るまで。
だから流石にお母さんは数少ない彼女のはけ口を封じることは出来ないのだ。そんなことしたらまた、この子は鍵をかけて閉じこもって、ふさぎこんでしまう。今度こそどん底から這い上がれなくなる。
あの時と違って、お姉ちゃん大好きっ子の弟がいないから。でも、まだ大輔は小学校2年生なのだ。光が丘テロ事件と言う本宮家が世間の目にさらされて、マスメディアの餌食にされて、ジュンの私生活である学校や近所のごく普通の生活がぜーんぶぶっ壊された挙句に、興味本位の追及、無遠慮な質問に晒され続けたこの子の心労を、大輔が理解するのはまだまだ早い。せめてこの子くらいにならないと無理だ。まだ大輔は幼すぎる。
ジュンは大輔の行動力があり得ないというけれども、お母さんに言わせてみれば、ジュンだって人のこと言えない。大好きなアイドルのコンサートを見に行くために、自分でチケットをもぎ取るためだったら、幅広い女友達とか、ありとあらゆるコネクションを駆使して情報をゲットして、どういった日程で、どういった交通手段で、資金面とか、ぜーんぶ一人で工面して、友達とおしゃべりしながらこなしてしまうのだ。
しかも友達と一緒に出かけて、数日帰って来なくても安心できるくらい、この子はしっかりしている。まだ13歳なのに。お小遣い制にしたのは失敗だったかしら、って独り立ちが早すぎる我が子達には溜息が尽きない。親心としてはまだまだ甘えて欲しいんだけど。
なんて子供って成長が早いのかしら、それともうちの子だけかしら?ちょっと前までは、ジュンも大輔もお母さん、お母さんだったのにって、親の中ではいつだって子供は子供である。
「ごめんね、もうちょっとだけ、我慢して」
「うん」
「まだ大輔は8歳だから、あの夜のことを話すのは、ちょーっと早すぎるから。せめて、ジュンくらいになるまで待ってあげて?そしたら、ぜーんぶ、話しましょうね。そうじゃないと怖いから。きっと、あの子にとっても、あの夜のことは忘れちゃうくらい怖いことなのよ」
「うん。あたし、がんばる」
「がんばって、ジュンお姉ちゃん」
「ん」
涙をぬぐった彼女はきっと自分の部屋に閉じこもって好きなことに没頭するだろう。いろんなことから逃れるために。たーって走っていた長女を見届けて、お母さんは立ち上がるのだ。さてと。
よくわかんないけど、いっつもいっつもお母さんに甘えているお姉ちゃんに何にも言えなくて、ひとりぼっちでお風呂に入って泣いているであろう長男にかまってやんなくちゃいけないのだ。早すぎる恥じらいを覚えてしまった長男は、一人でなんでも出来るから、お母さんと入らなくってもいいんだ、入ってくんなって、生意気にもほどがある強がりをしている。
拒否されっぱなしでもう2年になる。致命的なまでにあの子は甘えることがへたくそだ。どうやら大輔の中ではお母さんはお姉ちゃんの味方認定されてしまっているようで、今の所目の仇である。食卓の会話すらちゃーんと会話にすら参加しようとしない、いや出来ない、喧嘩みたいな軽口の応酬じゃないと、ちゃーんと参加できないくらい、とっても不器用。
子供らしくない、大人びてしまった男の子。おかげで大輔が子供らしい姿を見せるのは、キャッチボールとか、サッカーとかしてくれるお父さん。懐いているお父さん。たまにしか帰って来ないお父さん。まあだから唯一きらきらするサッカー始めさせたんだけど。
子供達が心配で、編集者の方からお呼びが掛かっていて、海外経験がないと昇進に響くよって言われているのに、
ずーっと出版関係の仕事でも同じ内容を続けている旦那を知っているお母さんは、溜息である。いいんじゃないの?単身赴任。
アメリカっていう海外っていう新天地なら、積極的なこの子たちなら案外、夢中になるんじゃない?目を輝かせて、お父さんに会いに行くっていう目的そっちのけで、新しい友達とか作っちゃいそうじゃない?
まあ、専業主婦のお母さんは確実に置いてきぼりになるだろうから、そろそろ英語くらい勉強しなきゃいけないんだけど。少なくても、4年ほどは先になりそうだけど。
「大輔―、明日のサマーキャンプだけど」
「うわああああっ!?何だよお母さん!いきなり入ってくんなっ!」
この時のお母さんは、まだ、もともと大人びていた大輔が、デジタルワールドという異世界で、悪い意味で大人びていることを知らない。
うーん、困ったわねえ、って思いながら、空は傍らで歩き続けている、さっきから始終無言で不機嫌なサッカー部の後輩を見る。親友から「僕のお兄ちゃんになって」と大好きな八神太一先輩をとられるような発言をされてから、ずーっとこの調子だ。この子は譲れないものがあった時には、みんなから孤立したって全然気にしないくらい、大事なものを守るためだったら。
いくらみんなに説得されようが、いくらみんなが頑張って諭そうが、絶対に譲ろうとしないとんでもない頑固者である。そして、実際にだーれも気付いてくれなかったことを、たったひとりで、パートナーデジモンと共に解決してしまった事例があるから困ったものである。
意地になってしまう。言葉が少なくなってしまう。もともと言葉で説明するのが苦手なこの子は、自分が説明しきれないことがあると、結構だんまりを決め込んでしまうちょっとこまった一面を持っている。
タケルが失言に気付いて、あわてて大輔の所に飛んで行って、ごめんねって謝ったのだが、いつもならあっさり水に流す筈のこの子が、謝ったことに対しては一定の評価を下す意味でうなづいても、「絶交」って言う言葉を一切翻そうとしなかった。きっと、タケルがやったことは、とんでもなくこの子にとっては、最大級の裏切り行為だったんだろうなあ、って空は思うのだ。
だから、今だって、いつもなら先発組のすぐ後ろで、太一やヤマトにぴったりくっついていくいつもの定位置から、親友とおしゃべりできる最良の場所から、わざわざ一番後方である空の側にまで歩く位置を変えるほど、徹底的にタケルを避けている。寂しそうな視線とかちあっても、その目はとんでもなく冷え切っている。
まあ、大輔君が怒るのも無理ないけどねえ、って空は思うのだ。
思えば、本宮大輔と八神太一の出会いは、そもそもがちょっとだけ変わっていたなあ、って空は回想する。大輔はグラウンドで遊んでいた八神太一少年を見て、サッカー部に入部したってはっきりと入部願いを出す時に、入部希望の欄にはっきりと宣言するような子だった。
もっとも、形容する表現は、「ごーぐるのひと」だったけど。もちろんお台場小学校サッカー部にいる、ごーぐるのひと、なんてゴーグルをトレードマークで付けている太一しかいない。
新入生部員を歓迎する時に、それを笑いながら話してくれた担当コーチから、つけてて良かったな、ゴーグルってからかい半分肩を叩きながら言われた太一が、可愛い後輩がお台場小学校サッカー部に入ってくれた段階で、大喜びするなんて当たり前なのである。
今でも思い出せる。その時の太一はものすごくうれしそうだったから、ツートップを組んでいた空はそれを実際に見たことがある。その日に、本宮大輔ってお前かって太一が歓迎会のおかしとジュースをクラスメイトの友達と取り合いしていた大輔に声をかけてから、彼らの交流ははじまったのである。
この本宮大輔の入部エピソードは、あっというまにお台場小学校サッカー部に知れ渡り、太一がいるからサッカー部に入ったんだって、大輔自身も全然包み隠すことなく、みんなに言うもんだから、あっという間に太一と大輔の仲は良くなった。公然の事実になった。
大輔を探したかったら、太一をさがせ、とまで言われるくらいになり、大輔が持っていたムードメーカーなキャラクターも合わさって、すっかりお台場小学校サッカー部では本宮大輔と言う少年は、可愛い後輩、ムードメーカー的な立ち位置でみんなに構われている。
そりゃあ、自分がいるから今までサッカーはおろかスポーツなんて全然やったことないけど、頑張ります、太一先輩みたいになりたいです、なんて可愛いこと言われて、しかも懐いてくれる下級生なんて、贔屓しない方が無理である。
空だってうらやましく思ったことが沢山あるのだ。しかも喜怒哀楽が激しくて、どっか抜けてるせいで、ちょっかい掛けたり、悪戯したりすると、面白いくらいにものの見事に引っ掛かって、なにするんすかーって、たーって一直線に走ってきて、猛抗議するような男の子なのである。全身で怒ってますって言うような子である。しかも謝ったらすぐにけろっとして終わりにしてくれるのである。みんなが構うのも当然だ。
そんな後輩に慕われる太一がうらやましくて、空も大輔に対して自己紹介するのは当然だし、ツートップを太一と組んでいるという共通項から、その尊敬のまなざしと無邪気に慕うのを太一だけでなく、向けられる居心地の良さったらもう最高である。
自分だけだったのがとられてしまった太一が空にこの野郎って怒るのも当然だし、すねるのも当たり前。でも、自分がやっていることがどんだけ上級生を喜ばせているのか、とんと無自覚なこの後輩はいつも首をかしげている。もー可愛くて仕方ないのだ。もうなんか、出会うべくして出会ったみたいな、そんな感じがしてしまうくらい。
今でも空は太一がグラウンドでサッカーしている時に、私も交じればよかったって思うのである。後悔しきりである。そしたら、太一のポジションは空だったかもしれないのだ。入部届けの記述は、おんなのひとになってたかもしれないのだ。その日は日直だったから、朝は職員室に日誌とかの準備で忙しくて、太一からこいよって誘われたのにいけなかったのだ。
しまった。もしあの時いたなら、女の子の空の方が絶対に大輔の目にとまったはずなのである。だって、ごーぐるのひと、なんだし。お台場小学校サッカー部では語り草である。もし太一がゴーグルしてなかったら、今の大輔はいないだろうって。
サッカーをする時には、自然とサッカー部がみんなの輪の中心になるのは当たり前であり、ましてや4年生だったとはいえども、そのころから八神太一はみんなの中心だったし、ゴーグル付けてるし、すんごく目立って見えるのは仕方ないかもしれないんだけど、もー運命の歯車ってなんでこうも微妙にずれてしまうんだろうって考えてしまう。
ちなみに本宮大輔がお台場小学校5年生の場合、誰も信じてくれない素敵な夏のデジタルワールドの大冒険を、唯一冗談だと思わずに、デジモンの存在を信じてくれるという補正が付いてくる。
そういうわけで、無邪気に慕ってくれる可愛い可愛いサッカー部の後輩のために、空は今日も隣で見守ってあげるのである。大輔の歩調にあわせて、ピヨモンと手をつなぎながら歩くのである。
「なあ、なあ、大輔、大丈夫か?」
「………空さんに、許可、もらってこよーぜ」
「うん」
大丈夫だよ、オレがいるからね、側にいるからねってブイモンに手を握ってもらいながら、おうと大輔は頷いた。
「空さん、空さん」
「なあに?大輔君」
「泣いてもいいっすか?」
ぽつり、と呟かれた言葉に、あ、となる空である。
「いいわよ、さ、遠慮なんてしないで」
「待っててくれますか?」
「え?」
「すぐ終わるんで、置いてかないで下さい」
「大丈夫、置いてったりなんかしないわ、ちゃーんと、待っててあげる」
だから、ほら、と広げようとした手なんか全然気にしない。見向きもしない。迷うことなく、ほっとした様子で大輔はブイモンを見た。まさか、と空は顔が引きつるのを感じた。背筋が寒くなる。
「大輔君、どこいくの?」
「どこって……なあ?」
「何にも心配いらないって、空。オレがいるから」
「ちょっとまっててください。すぐ、戻るんで!」
ちがう、ちがう、ちがう、ちがうのよ、大輔君!大輔君とブイモンがどっか行く時に、必ず上級生組の誰かに言いなさいって言ったのは、そういう意味じゃないの!しかし、大輔とブイモンはたーっとどっかに行ってしまう。
「ねえ、そらー。何で大輔、ここで泣かないの?」
「………違うのよ、ピヨモン」
「なにがちがうの?」
「泣けないのよ、大輔君。私たちが気付いてあげられなかったから、きっと、ブイモンの前でしか泣けなくなっちゃってるんだわ」
どうしよう、しまった、忘れてた、全然そんなそぶりを見せないから安心しきってたわ。大輔君、一人ぼっちじゃない!空はあわてて、ピヨモンに新しい紋章を探している最中の先導組の所に大輔とブイモンを待つよう伝言を頼むと、そのまま踵を返して大輔とブイモンを追いかけて飛んでいくことになる。
大輔は知っている。とっくの昔に知っている。選ばれし子供達は、所詮みんな、ただの子供なんだって知っている。上級生組だって下級生組だって最年少組だって、所詮は子供にすぎないんだって知っている。だって、みーんな、もしショックを受けたり、ふさぎがちになったりした時とか、だーれも大輔のことなんか構ってくれない。
みんなが自分のことに精いっぱいになってしまった時なんて、結局みんなは自分のことに精いっぱいで、タケルみたいにヤマトお兄ちゃんがいない、本当の意味でこの漂流生活に巻き込まれてしまったひとりぼっちの小さな男の子、甘えることが結構へたくそなせいで、なかなか甘えられない大輔のことなんてみんな忘れちゃう。
ムゲンマウンテンの時だって、怪奇現象に巻き込まれた時だって、ヤマトとタケルがお母さんの取り合いなんて言う、とんでもない暴挙を仕出かしたときだって、だーれも大輔のことに気付いてなんかくれなかったのだ。いつだって隣にいてくれたのはパートナーデジモンであるブイモンである。大輔の目の前で、お姉ちゃんがいない大輔の目の前で、タケルとヤマトはお母さんの取り合いをするなんていう、ホームシックをさせるようなことを仕出かすのだ。
結局だーれも大輔のことなんか分かってくれないんだって、これっぽっちも気付いてくれないんだって、残酷なほど気付いてしまっている。ブイモンが1番になるのも無理はない。だから大輔はブイモン選ぶ。きっと、真っ先にブイモンを選ぶ。ずーっとこらえていた嗚咽を吐き出した大輔は、ブイモンに抱きつきながら、大泣きしていた。
「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなああ!こっちはお姉ちゃんいねえのにっ!ジュン姉ちゃんいねえのにっ!
なんでお母さんのことで喧嘩すんだよ、おかしいだろっ!なんでよりによってお母さんなんだよっ!お兄ちゃんいるくせにっ!ヤマト先輩いるくせにっ!そんだけでずーっといいくせにいいっ!」
みんないらない。ブイモンがいるからいい。気付いてくれないみんなより、気付いてくれるブイモンがいればいい。だから大輔は紋章を探すのだ。大輔のことを一番わかってくれるのはブイモンだけって気付いているから探すのだ。結局みんな、子供なんだから。いくら大人ぶってたって、みんなが子供だって気付いてしまっている大輔の前では、所詮子供なのだ。
ぐっしゃぐしゃになりながら泣いている大輔を抱きしめながら、ますますブイモンは大輔にべったりになっていく。ピッコロモンは他の選ばれし子供達との交流が阻害されるって懸念してたし、大輔が成長するにはブイモンの自信過剰は良くないって言ってたが、違うのである。大輔が必要とするからブイモンはべったりなのである。パートナーデジモンはそんなもんである。パートナーがすべてだから。
放っておけるわけがないのである。一番ちっぽけな子供であるにも関わらず、だーれも頼るものがいない、一人ぼっちだから。上級生組は頼りになるし、守ってくれるし、叱ってくれるし、怒ってくれるし、褒めてくれるし、大輔は大好きである。下級生組は遊んでくれるし、おしゃべりしてくれるし、仲よしだから、大好きである。
でも一番はブイモンである。結局のところ、大輔が一番必要とした時に、真っ先に答えてくれるのはブイモンだけだったから。どんな時だって、真っ先に大輔を助けてくれたのは、ブイモンだけなのである。一番になりたいって言ってくれたブイモンだけなのである。
大輔が助けてって手を伸ばした時に、真っ先に反応してくれたのがブイモンだけだった時なんて、数え切れないほどあるのだ。だから大輔は自分から泣きたい時には、ブイモンだけしかいらない。気付いてくれないみんななんていらない。ただでさえ大人びていた少年は、孤独を知るにつれて、どんどん大人びていく。信用できる存在と信頼できる存在に過敏になっていく。ただでさえ泣けない少年は、もう可哀想なくらいに、泣けなくなっていたようである。
「大輔君!」
泣きじゃくっていたひとりぼっちは、ますます目頭が熱くなってうつむいてしまう。最悪だ。なんでよりにもよって、この人が来ちゃうんだよ、と大輔は心の中で叫ぶ。そんな小さな少年に気付いてくれたのは、空お姉ちゃんだったのである。理想的なお姉ちゃんを空に押し付けているっていう事実は、もうはっきりと大輔の中では自覚している。
太一先輩から、はっきりと、おかしいだろって言われたから、間違っているんだってことは自覚している。でも、いくらお姉ちゃんとの幸せな記憶を思い出したって、結局のところ、この世界にジュンお姉ちゃんはいないのである。だから、このデジタルワールドから現実世界に帰るまでは、どうしても大輔は理想的なお姉ちゃんとして、空を見るしかできないのだ。
「ごめんね、大輔君、気付いてあげられなくて、ごめんね」
「いいっすよ」
「よくないの、遠慮しないの、まだちっさいんだから」
その優しさが余計に辛いのである。ごめんなさい、ごめんなさいって心の中で言いながら、大輔は空の広げた手にすがって泣いた。そのうち、ごめんなさいって言い始めた大輔に驚いた空が訳を聞いても、まただんまりを決め込んでしまうのである。
それを知った太一とヤマトが顔を見合わせて、大輔が抱えている問題を話すことになる。空は怒った。なんでそんな大事なこと、今まで話してくれなかったのよ!って。可愛いサッカー部の後輩である。
お姉ちゃんって見てくれてるんなら、もっともっと可愛がってあげたのに。もっともっと、かまってあげたのにって。
だってこの可愛い後輩はまだ小学校2年生なのである。お姉ちゃんに嫌われるなんて、しかもそれを解決できないまま、この漂流生活に巻き込まれていたなんて、今まで我慢できた方が異常なのだ。よく頑張ったねって頭をなでたら、大泣きである。
空は一人っ子である。弟も妹もいない。お父さんは京都にある大学の先生だから、滅多に帰って来ない。しかもお母さんとは仲が悪い。だからサッカー部の試合に出れない。家に帰っても一人ぼっち。そんな空が、ひとりぼっちの大輔に気が付いた。
ほっておけるわけがないのだ。