(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第75話

タケルはまたひとつ勉強した。人の大好きに手を出されるっていうのは、こんなにも身を切るくらい辛いのか、と学ぶ。人の大好きを分かっているはずの大輔に、大好きなヤマトお兄ちゃんが構っているのを見るのは、手を出されるのは、こんなに泣きたくなるくらい辛いのか、と身を持って知る。そうか、大輔君に僕がやっちゃったのはこういうことなのか。すべては鏡映しである。

 

そして落ち込む。そりゃ、太一先輩が大好きな大輔君の目の前で、「お兄ちゃんになってよ」は暴言どころではない。最大級の裏切り行為である。タケルはわかってしまう。大輔の中では、タケルは絶交中の友達以下の赤の他人だから、容赦なくタケルのことなんて微塵も考えなくてすむから。こうやって辛辣な態度をとれるんだって、ヤマトお兄ちゃんの前で、無邪気にじゃれつけるんだって知る。

 

僕はあの時、なにをしたっけ?確か、「ねえ。だめ?」って首かしげて甘える体制で臨んでなかったか?タケルはぞっとした。今大輔がやっていることを、そのまんまタケルは無意識のうちにやっていたのである。何というおぞましい。親友になりたいんだって思っておきながら、やっていた行為は大輔に嫌われそうなことばっかりなのである。なんで気付かなかったんだろう。

 

でも、気付いたからこそ反省しているタケルがいる訳だから、これも確かな成長のあかし。でもそんなこと客観視できるほど、タケルは大人じゃないのでちょっと自信喪失に陥る。そんな大輔君がぶちぎれるまで気付かなかったとか、うわーとしか思えないタケルである。どうしよう、ちょっと自信無くなってきたぞ。本当に僕、大輔君と親友になれるかなあ?

 

 

「タケル、どうしたのー?だいすけにあやまるんじゃないの?」

 

「トコモン」

 

「タケル、ふぁいとー」

 

 

目が覚めるような感じがする。いつだって元気づけてくれるのはトコモンである。うん、そうだ、そうだよね、頑張るって決めたんだし。遅いかもしれないけどって僕言ったじゃないか、頑張ろう、とタケルはちょっとだけ勇気を出して、叫んだ。

 

思えば、いくらタケルが仕出かしたことを教えてくれているとはいえども、いくらなんでもこれってないんじゃないの?せっかく僕が謝ろうとしてるのに!我慢を覚えたばかりのだだっこには、これが限界なようである。

 

 

「大輔君!」

 

 

そして出てきたのは、本人すらびっくりするほどの大声である。ようやく硬直から立ち直ったタケルに大輔の無意識はあれ?と思うのだ。タケルの奴、なんか変わった?なんかさっきと違う?って。ヤマトが大輔の頭をなでていた時には、真っ先にヤマトお兄ちゃんの所に飛んで行って、なんでなんで?

 

なんで僕じゃなくて、親友である大輔君の頭なでてるの?いつもは絶対に頭なんてなでてくれないのに!ずるい!って大輔のことなんかそっちのけで、こっちを指差すくらいだったのに、ずーっとお兄ちゃんに猛抗するようなやつだったのにって。

 

ヤマトお兄ちゃんじゃなくて大輔君が先に出たぞ?もちろん全ては無意識の範囲。怒鳴られた大輔は口を真一文字である。なんだよ、いきなり大声出しやがって。

 

 

「なんだよ」

 

 

びっくりするほど冷たい声である。はっと我に返ったタケルは、あわてて大輔の所に駆け寄った。

 

 

「ごめんね、大輔君」

 

「なにが」

 

「太一さんとっちゃうようなこといっちゃってごめんね」

 

「さっき謝ってただろ、何でまた謝るんだよ」

 

「そうじゃないんだ。えーと、その、なんにもわかってないのに、ごめんねっていってごめんね」

 

「はあ?」

 

「僕、大輔君に甘えてた。でもね、僕、お兄ちゃんと太一さんみたいに、仲良くなりたいんだ」

 

「誰と?」

 

「大輔君と」

 

「………え?」

 

「大輔君と!」

 

「はああああ?!いきなり何言ってんだよ、わけわかんないやつだなあ!わざわざいうかそれ」

 

「だって大輔君、いわないとわかってくれないもん」

 

「あのなあ」

 

 

大輔は困っている。これが今の大輔とタケルの距離である。かなしいけども現実である。これが限界の距離かなあとタケルの観察眼は判定する。気付けたから距離が分かる。距離が分かったから我慢する。すべては一連の意識の上で行われている行動である。ヤマトお兄ちゃんの弟である。努力すればどこまでも頑張れる才能はあるのだ。

 

大輔にはブイモンっていうもうひとりの自分がいて、タケルにもトコモンっているもうひとりの自分がいる。しかも大輔には生死の共同すら運命づけられた強烈な関係で結ばれているパートナーデジモンがいる。かつてなっちゃんがブイモンをないがしろにした時に、珍しく大輔が怒るくらいの関係せいである。

 

タケルがトコモンと同じような感覚で仲良くなろうとしても、ブイモンだけで結構しんどいのに、これ以上の負担は大輔にとってはごめんなのである。ましてや赤の他人であるはずのタケルから。それをなんとなくでも理解出来たタケルの行動は、素晴らしい一歩を踏み出していた。

 

 

「だから、僕、頑張るよ」

 

「はあ?」

 

「それまでは絶交でいいんだ。僕、頑張るから」

 

 

だから、ちゃんと距離を置いてくれたタケルに、大輔はほっとしてこぼすのだ。本音を。これが大きな第一歩。

 

 

「親友かあ。太一先輩とヤマト先輩みたいにっていわれても。タケルたよりねえもん、トコモンもまだ幼年期だし」

 

「じゃあ、僕が頼りになったら親友になってもいい?」

 

「えー?できるのかよ。いまのまんまでもいいだろ、それも親友だよ」

 

「やだ。できるよ!がんばるもん!」

 

「やだって」

 

「もっとこう、親友!って感じの親友になりたい!僕がもっともっとがんばったら、親友になってくれる?」

 

「だっから、なんでいちいちオレに聞くんだよ!もうなってるのに!」

 

 

タケルは大輔の本音が聞けてうれしくて、えへへと笑うのだ。大輔からすれば、喧嘩中なのに突然親友になりたいから頑張るよ宣言をされるとか意味不明である。いちばんとばっちりを食うのは、まさかの友達であるはずの大輔から、幼年期だから頼りない宣言されて、大ショックを受けて、がーんってなっているトコモンである。

 

すっかり涙目である。そんなあああああと落ち込んでいる。パタモンの時以来、頼りない、役に立たない、なんにもできない、はトラウマ三重奏なのである。一回進化失敗してるし。え?うそ?ほんと!?ってトコモンはブイモンに訊いてみる。ブイモンは、わかんない、というだけだ。そうだよねえ。

 

にんげんってわかんないよう、とトコモンは涙目だ。ブイモンからすれば、そもそもトコモンはタケルのパートナーデジモンであり、一番距離が近いから、何となく対応してあげているだけで、実は微塵も興味がなく、友達とか言う意味不明なくくりのなかにいるそうなので、それっぽく対応しているだけである。

 

そもそも大輔以外はぶっちゃけどうでもいいくらい極端である。そうじゃないと依存症のけがある大輔のパートナーデジモンは務まらない。簡単にいえば、他のデジモン達も似たような感じだ。大輔が対応しているから真似しているだけで、ブイモンはいつも、大輔を取られないかどうかシビアな目で換算している。

 

そんなことしらないトコモンは、くっそー、今度こそ、進化してやる!だって僕、一回生き返ったからなんか明らかに強くなってるし!と負の感情を溜めこまない方法を学んだトコモンは、こうして闘志に還元しているのだ。

 

いい傾向である。大輔からすれば、どこまでもいちいち口に出さないようなことを当たり前に訊いてくる恥ずかしい奴認定がタケルである。タケルは分からないから聞いているだけである。そして観察眼は頑張ればまあ考えてやるっていう大輔の傲慢さを受け取った。大輔からすれば親友は親友なのに違うとか言われても困惑しっぱなしなのだが。

 

 

「よーし、僕、がんばるよ!」

 

「………なにをだよ」

 

 

疲れた様子の大輔に、ガッツポーズするタケルである。ぜんぶをみていた、そのすべてが何となくではあるが分かっているお兄ちゃんは、もうニヤニヤが止まらない。絶賛悶絶中である。

 

なんなのこいつら、かわいすぎるだろ。かわいすぎるだろ、何この生き物。しまった、もっと正直に生きるべきだった、そしたらもっともっと全部がうまくいって、こういう光景が見れたかもしれないのだ、おしいことをした!

 

ばんばん太ももを叩いている拳を横目に、ガブモンはぼそりとつぶやいた。こういうときまで、すべてを見守るお兄ちゃんでいなくちゃいけないヤマトには、心の底から同情するしかない。

 

 

「おにいちゃんって大変だね、ヤマト」

 

「………だろう!」

 

 

本当にお兄ちゃんは大変である。

 

 

 

 

人類みな兄弟という言葉がある。宇宙船地球号と同一の意味である。宇宙という大きな海の中で、今のところ、膨大な宇宙に地球と同じ惑星は存在しないので、地球という閉鎖された世界に生きているので。この星の環境が破壊された場合、地球に存在する全ての生命体は〈ネットワークという異世界は現実世界とかがみ合わせなのでもちろんデジモンも〉生態系という大きな輪の中に住んでいるので。

 

食物連鎖以外でも、密接につながっているので、もし地球が滅亡したらみんな一緒に滅亡である。すさまじく、大規模な思想である。実はこれらの言葉と運命共同体は同じ意味である。運命共同体、という言葉は人の意思に関係なく、目に見えないものの意思の作用で生きているということを指す。まさしくデジモンのことである。

 

でも、端的にいえば、自分のことだけ考えて行動すると、巡り巡って自分の身に降りかかってくるというやつである。要するに、悪い意味でつかわれる因果応報と、いい意味でつかわれる情けは人のためにならずをぜーんぶまとめてごっちゃにしちゃった考え方である。

 

行動はかならず巡り巡って自分の所に帰ってくるんだから、なるべくいいことをした方がいいよ、という考え方である。人はそれを利害一致型という。だから、これら3つの言葉は、個々人が好き勝手なことをせずに、グループの利益のために、協力すべきなのだから。

 

 

自由奔放な行動はやめなさいという自己都合で使われることが多いから、胡散臭く感じる。でもだからこそ、運命共同体は、地球や国、地域、村、会社、学校、などいろんなところで成立する。最低2人でも成立する。でも、運命共同体は、困難や苦境、危機的状況の時に、共に苦労して、苦しみや辛さを乗り越える同士、共同体でもある。

 

自分たちではどうにもならない状況下で、困難に立ち向かったという事実は、同じ状況下に置かれる人々の存在に、励ましの言葉以上の一緒に頑張れる絆が生まれる。今の選ばれし子供達は、まさにそうなのかもしれない。集団規模の窮屈な生活の中で、その人の本性や人間性、それらを目辺りにして、連帯感が生まれる。

 

忘れてはいけないのは、あくまでもそれは異常事態だからこその世界であるという非常な現実だ。それを知ってから、利害一致型の世界である日常に戻った時、誰よりも深いつながりは、時として新しい関係構築の障壁となっていく。本来知らなくてもよかったことを知ってしまったことで、そのギャップが与える人間関係への影響なんて甚大である。

 

害悪でしかない。知らなかったらうまく言った関係もたくさんある。選ばれし子供達が特別な運命共同体から解放された時、一体どうなっていくのだろう。本当にどこかの誰かさんも残酷極まりないことをしてくれるものである。もちろんそれを強烈に意識するのは上級生組であり、下級生組、しかも最年少組には関係ないことである。

 

 

1990年代。それは、情報関連産業や関連技術が他の経済部門、技術部門と比べて急激な成長を遂げ、労働者、企業、国家の経済的繁栄のために情報技術の活用が重要な鍵となることに、全世界の人々が気付き始めた時代である。政治、文化、教育、日常生活など様々な場面に情報技術が浸透し、大きな変化をもたらすことが、公然の事実として一般の家庭にまで認知され始めた時代である。

 

情報が資源と同等の価値を持ち、それを中心として利益循環や利害関係という人間社会が機能する社会を情報化社会と言う。厳密には、そのような社会へと変化しつつある社会を情報化社会といい、その社会を情報社会と定義して区別する。

 

その情報社会が発展したものが、高度情報化社会であり、高度情報社会である。そして、情報を扱う全活動が顕著な社会については情報社会と呼び、そのような社会への移行の速度が顕著であるような社会を情報化社会と呼んだ。

 

 

1990年代半ば以降、インターネットや携帯電話の前身となるポケベルやPHSの普及に伴い、情報社会や情報化社会の用語や概念は幅広く用いられた。しかし、その発想やネットワークいう概念だけに限定するならば、1960年代の全世界を巻き込んだ二度の世界大戦の後に世界がどういう方向性で行くかで、社会主義と資本主義が対立した冷戦下にまで、もう既にさかのぼるのが普通である。

 

陸上戦から空中戦に戦争の主軸が動き、それに伴って発達したネットワークが、やがて地球全体を巻き込んでいく。もともと仮想敵国の情報をいち早く入手することが勝利を握ることに気付き始めた人々が、こぞって地球に衛星をばらまき、上から監視して少しでも情報を得ようとした。情報戦争の始まりである。

 

 

それがやがて資本主義の大勝利でゆるやかに世界は安定に向かい、戦争の意義を失ったネットワークは産業に転化され、一般に普及した。だから、情報化社会という言葉は、基本的に批評家、未来学者、官僚、社会学者など、時代の変容や大規模な社会変動を考える人々によって多く用いられてきた。

 

情報社会のあり方を予測したものや、あるべき姿を提唱したものは、一般的に「情報社会論」と呼ばれる。情報化社会や情報社会の概念は、未来の社会像として予測、あるいは提案するには必要不可欠である。なぜなら、現代社会の特徴だから。

 

情報化社会を語ることは、未来を考えることと同価値なのである。世界が情報化社会から情報社会に緩やかに加速し始めた1990年代の最後の年である1999年の8月1日、9人の選ばれし子供達は、その中でもこれからの未来を担うであろう資質を備えている。

 

とどこかの誰かさんによって未来予知にも近い形で判定された子供達は、そう言った経緯を経て発展してきたネットワークの裏側でずーっと育ってきた異世界で、デジタルモンスターという、一生付き合っていくことになるであろう、付き合わなくてはいけないであろう、かけがえのない呪縛と出会った。

 

 

しかも、そのうちの一人の男の子は、その世界がまだ冷戦という戦争一色だった時代に生まれた古代デジタルワールド期という異世界で、ゆるやかにほろんでいった古代種という一人ぼっちのパートナーデジモンと出会った。これはもう、運命共同体と言わざるを得ない、邂逅である。

 

この子供はその選ばれし子供達の中でも、どこかの誰かさんの意図を離れて、デジタルワールドという異世界と世界をつなぐという使命を果たすべく将来を選んだ訳ではなく、デジタルワールド、そしてかけがえのないパートナーデジモンという呪縛なんてもろともせず、自分の夢にせーんぶ巻き込んでいくという、とんでもない少年となっていく。

 

もしかしたら、彼が奇跡の紋章に選ばれた理由は、そこにも理由があるのかもしれない。

 

そんな男の子に、タケルはであった。もう、この瞬間から、すべてはずれ始めているのである。やがてやってきた上級生にヤマトが秘密にしておけるか、と言えば無理である。正直に生きることを選んだこの少年に怖いものはない。

 

暴露したのは言うまでもなく、微笑ましい最年少組の親友になれるか道中記は、選ばれし子供達、パートナーデジモン達に知れ渡り、微笑ましく見守られることになってしまった。いつのまにか、わけのわからないことに巻き込まれてしまった少年は、溜息である。なんで喧嘩してるのに、こんなことになってんだろう?でも嬉しいのはなんでだろう?訳が分からない。

 

 

だからタケルを睨むだけである。タケルはニコニコしている。やがて、砂漠に黒いケーブルが横たわっているのを発見した先導組が、たどってみよう、ということで頷いた。身に覚えのある黒い紐。エテモンの奇襲でいつもいつも襲ってくるデジモン達の共通点、そして丈が思い出す、ケーブルが各地にあったこと。たどっていった彼らは、やがて、一台のパソコンとケーブルがクモの巣のようになっている場所を発見する。

 

いらっとした大輔がタケルを追いかけて、やがて追いかけっこが始まってしまう。これからが見えてきたタケルは笑っているが、まだまだ苦難の道ははじまったばかりであることをこの子はまだ知らない。なにせ、次は、希望の紋章の入手イベントが待っているのだ。タケルの苦難はまだまだ続く。

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