お台場にある集合団地にある高層マンションの中でも、比較的裕福層が住んでいるマンションに本宮家はある。
その中でも2つある子供部屋のうち、西日が入らない、影が多くて日当たりが悪い悪条件の部屋が大輔に割り当てられた部屋である。もともと荷物置き場として使われていた経緯があるこの部屋は、言うまでもなく隣の部屋であるジュンお姉ちゃんの部屋よりも間取りは狭い。ちゃんと窓を開けたり、ドアを開けたりしないとすぐに湿気てしまい、カビが生えてしまう。
青色のカーペット、ベッドと勉強机、クローゼットなんて贅沢なもの弟部屋に割り当てられる訳もないので、洋服ダンス、本棚、と収納スペースで壁一つが埋まってしまう。
そして後は大好きなサッカーに関するアイテムがぜんぶ放り込まれているタンスとか、とりわけ気に入っているコレクションを自画自賛で飾っている棚、ポスターが置いてある。あとは、ちっちゃいビデオデッキの上にちっこいテレビが一つ。
横にはお母さんやお父さんがとってくれた沢山のサッカーの試合のビデオとか、大好きなサッカー選手がやったプレー、プレー集がある宝物が積まれている。
いつもはリビングに置いてあるゲーム機を今日だけは、ジュンお姉ちゃんがいない隙を見計らって、勝手に持ち込んだテレビゲームとゲームカセットの入った仕分けされたカゴを持ちこんである。これが本宮家における本宮大輔という少年の居場所である。
基本的に大輔は友達を家に呼ばない。不仲なジュンお姉ちゃんとの関係を学校の友達や先輩、近所に住む友達に知られて、お前はこういう奴なのかってみられるのが嫌だから、おかしいって思われるのが怖いから、いつだって大輔の部屋はすっからかんである。
ひとりぼっちの大輔が唯一安心していられる城である。ジュンお姉ちゃんの言葉を借りるとすれば、不可侵領域の城である。だからお姉ちゃんやお母さんがずかずか入って来られると不機嫌になる。
大輔にとっては侵入者と変わらない。パーソナルスペースを踏み荒らす不届き者である。だから、友達という第三者の目が入らない、大輔だけの領域は、いつだって汚いのである。気にする必要がないから。
もししょっちゅう友達が遊びに来るのなら、きっとこの子は自分からでもしっかりと掃除をするだろう。両親に言われなくったって、ちゃんと箒で掃いて、掃除機をかけて、コロコロで掃除をするようになる。
それをしないのは、必要がないからである。無意識のうちに周りを見る男の子は、たまには休憩したいのだ。それにもしやってしまったら、ただでさえ少ない両親からの構ってくれる機会が失われてしまう。
ある意味小学校2年生なのに、ちゃんと宿題が出来なかったり、時間割をやらなかったりするのは、サッカー部の過酷な毎日の練習や遊び呆ける楽しい時間にへとへとで返ってくる以外にも、理由としてあるのかもしれない。
いつだって大輔は家族の愛情に飢えている。それを発散するために、みんなに構ってもらえるやんちゃ坊主のどっか抜けてる大輔君をやっている訳だから、意外と大輔はしたたかである。
でもその日はちょっとだけ特別な日だった。大輔の部屋がきれいだった。その原因は、数少ない家にあげることが出来る友達が来たからである。
「ずっるーい!なんで大輔、もうこのゲームもってんの!?」
「なんでって、買ったんだよ。お母さんがお年玉預かっとくとかいって、勝手にどっかもってくだろ?隠してるとこしってるから、こっそり1こ持ってきたんだ」
「いーなー、いーなー、1こだけで買える大輔がうらやましいわ。なんでアタシだけダメなんだろ。こっちはいっつも千円札なのに」
「あー、京ん家ってお姉ちゃんもお兄ちゃんもいるもんな」
「4人もいるから、末っ子なんてもーどうでもいいんでしょ。ねえねえ、大輔、これ貸して!」
「はああ!?ばっかいうなよ、買ったばっかなんだぞ!」
「いーじゃないの、ちょっとくらいー。ねー、だめー?」
「あー?もー、仕方ねえなあ。じゃあ、オレに勝てたら貸してやるよ」
「おっけーい、まかしなさいよ。この京サマを敵に回したこと、後悔させてあげるわっ!」
「んだとっ!?その勝負、受けて立つ!」
「アタシに勝とうなんて10年早いってこと教えてあげるわ!」
「いったな、このやろ!」
大輔はかっちーんと来て、いつもの調子で軽口の応酬に興じることになる。人がせっかく、たぶん初めてするであろうゲームのやり方とか、コントローラの使い方とか、教えてやろうと思ったのに、無下にしやがったぞ、こいつ。まー空気読めないのはいつものことだけど、と丸眼鏡の幼馴染をにらみながら、ゲームを取り出して、テレビゲームにセットした。
ぎゃーぎゃー騒ぎながら1月に発売されたばかりの、某花札会社が誇るコンピュータゲームシリーズの人気キャラクターが、勢揃いする画面タイトルをすっとばし、いつものようにやってるゲーム画面に飛ぶ。
おー、とか、わー、とかいちいち反応が大げさで面白いので、大輔は得意になって、自慢のゲームを持っている優越感に浸りたいので、じーっと画面に釘づけになっていた彼女がもっとみたいと顔に書いてあるのを知っていながら、わざとムービーを飛ばした。
あーって大声を上げた彼女は、ちょっとちょっとちょっとーってこっちを見てくる。ざまーみろ。
なんとかモードって何、あとでゆっくりみせなさいよっていちいちうるさい幼馴染を無視して、いつもやりなれているルール、ステージ、細部にわたる環境まで思いっきり大輔有利になるように、こっそり意地悪をする。キャラを選ぶ場面までやってきたので、どーぞ、好きなものを選んでください、とばかりにコントローラを促した。
どうせ知らないだろうから、知ってるキャラクターとか、カッコいいキャラとか選ぶだろうなあ、こいつジュンお姉ちゃんと一緒で、なんかミーハー入ってるし、と思いながら、いつも使いなれているキャラを速攻で選んだ大輔である。
そしたら幼馴染が勝ち誇ったような顔をした。え?と思わず幼馴染を見る。てっきりうーんって悩みながらどれがつよいの?とか、聞いてくるとばかり思っていたので、思いっきり嘘をつくつもりだった大輔は肩透かしである。
なんでかいっつも嘘ついているとみんなにばれてしまうんだけど、こういう圧倒的不利な立場に置かれている幼馴染は、それが嘘なのか本当なのか悩む羽目になるから、十分駆け引き材料になると思ったんだけども。あれ?なんかちがう?
彼女はたくさんいるキャラの中でも、本来なら絶対に選ばないであろう、絶対に知らないであろうキャラクターを選んだのである。
そして大輔は全てを悟る。やられた!もってやがるな、こいつ!ちゃっかり決定の仕方とかなんか、ボタン押すの早いし!
「京てっっめー、もってないんじゃねーのかよ!なんでやり方知ってんだ!っつーか、そのキャラ使うなよ、チートじゃねーか!」
「アタシの使いまわし人生なめないでよね!大輔と違ってこっちはお姉ちゃんもお兄ちゃんもいるから、アタシのゲームなんて1っつもないんだから!ゲーム機すら滅多に貸してもらえないのよ!暇な時だけ京もやる?って、あーもーむっかつくーっ!だ、か、ら、アタシは持ってないけど、お兄ちゃんもお姉ちゃんも持ってないなんて、アタシひとっことも言ってないわよ!」
屁理屈にもほどがある理論展開である。さりげなく、大家族6人のわいわいと賑やかで華やかな仲のいいやり取りを垣間見てしまい、家でいっつもひとりぼっちで、CPU対戦ばっかりで独り勝ちしている大輔は、ちょっとだけ冷めた目で幼馴染を見て、溜息である。
久々の対人戦でやる気にみなぎるんだけど、京のこういうとこが嫌いなんだよ、とこっそりつぶやきながら、嫉妬とか妬みなんて吹っ飛ばすべく、ちっくしょーと叫ぶのだ。やる気にみなぎっているのは構わないので、まーいっか。
「京ちゃん、いつも遊びに来てくれてありがとね。麦茶いる?」
「あ、はい、ありがとうございます!」
「わーっ、お母さん勝手に入ってくんなよ、ノックくらいしろってば!それに今はそれどころじゃないから後でっ!キッチンで置いといて!あとで持ってくから!」
「はーいはい」
もちろんノックしてから入れはジュンお姉ちゃんから身を持って教えられた礼儀作法である。お母さんも大変である。お母さんがいなくなってから、溜息一つ。京が遊びに来ると判明してから、こんな汚い部屋にお友達呼ぶとか、本宮家の威信にかかわることだから、大掃除するわよって強制代執行がひかれて、それはもう大騒ぎだったのである。
友達なんて呼ばないからいっつも大輔の部屋は汚い。友達を呼んでくれることが嬉しい親心なんて、子供はいつだって知らないのである。だから大輔の中ではお母さんは天敵認定なのである。お姉ちゃんに構ってばっかりのくせに、こっちには普通に対応するし、贔屓だ、ずるい。
きっと俺のこともあんまし好きじゃないんだって思い込んでいる。
そんなときに、空気読めないがゆえにつぶやく京の言葉は大輔の本心を抉るのだ。
「ねー、大輔。あいかわらず、アタシ以外は誰も家に呼んでない訳?」
「あー?そうだけど」
京は大輔とジュンの不仲を知っているから、大輔の中では数少ない例外の対象なのである。
「1人部屋なのにもったいない」
京のおうちでは、ベッドだって勉強机だってみーんな一緒の部屋である。京の周りはいつだってお姉ちゃんやお兄ちゃんの名前であふれた使いまわしばっかりである。京の、京だけのものなんて何一つない。
たまには一人になりたいおマセな末っ子からすれば、何という贅沢な悩みだ。だから京はどうしても大輔の心情が分からないのである。なんでこんだけ仲悪いの?ジュンさんも大輔もいい人なのにッて。
流石に本宮家の複雑怪奇な家庭事情なんて京に明かすほど大輔はバカじゃないので、京からすれば兄弟げんかにしか見えない。京なりの気遣いなのは分かっているんだけど、どうしても大輔にとっては辛い問答になる。
「うっせーな」
「ちょっとくらいジュンさんと仲良くしなさいよ」
「うっせーよ、京には関係ないだろ」
「関係あるわよ、ジュンさんも大輔もアタシの友達なんだから」
「だっから、うるせえなあっ!京に何が分かるんだよ!ほっといてくれっていってるだろ!」
乱暴に分投げられたコントローラがテレビに当たって落ちてしまう。一時停止していたのが、変な方向に当たったせいで、勝手に大乱闘が再開されてしまい、コンボを決めるつもりで空中にいた大輔の持ちキャラがそのまま画面外にまで落下してしまった。ゲームセットって画面に表示される。かっこいい男の声優の声が響く。しーん、となってしまった。
「ごめん、大輔。そーよね、アタシちょっと言い過ぎちゃったよね、ごめん」
「いーって、京のそういうとこ、昔っからしってるし」
「うん」
「気にすんなよ。いっつも一人でゲームすんの、つまんねーから」
「ふっふー、まっかせなさいよ」
お前の気遣いぜーんぶわかってる。わかってるから、遊びに来るのをやめないで、と大輔は言うのである。もちろん、京は大輔とジュンの複雑な事情なんて知らないけれども、仲が悪いから大輔が寂しい思いをしていることくらい、長い付き合いなので分かっている。
ので、というか、みんなに愛されている京ちゃんは自分では絶対にしないであろう目をする、大輔のどうしようもない孤独くらい分かる。同じ妹、弟っていう立場だから、シンパシーってやつである。やっぱり女の子である。気付いた後のフォローはちゃんとする。
ただそれがほっとんど京が作った奴なので、まっ平らにしちゃうだけなんだけども。京のおうちは姉妹、兄妹の仲睦まじいやり取りや微笑ましい団らんであふれているのだ。大輔が絶対に遊びに来ないことくらい知っている。
きっとコンビニに使いっぱしりに来た時みたいに、あらー大輔君、ジュンのお使い?大変ねー、あーそうだ、京よぶ?って、言う感じでレジから奥の方に引っ込んでいくのを見てしまう羽目になるから。だからわざわざ京は遊びに来るのである。末っ子は弟分が欲しいのだ。
「じゃー、アタシ勝ったからこれ借りてくわね」
「ちょ、え、はあああっ!?なんでだよ、さっきの無しだろ!」
「この勝負で勝ったら貸してくれるっていったの大輔でしょ?」
「うっ……ちゃっかりしすぎなんだよ、このやろーちくしょーひきょうもの」
これが本宮大輔と井上京の関係である。
「つーか、いつまでだよ」
「んー、そうねー、1カ月くらい?」
「はあああっ!?京お前ふっざけんな、まだ全キャラ、ステージだしてねーんだぞ!」
「こっちがフルコンプしてあげるから、心配しないでよ」
「いーかげんにしろ、こんのハッカー!」
「ちっがーうっ!ハッカーじゃないわよ、クラッキング!何度言ったらわかんのよ、ハッカーはそういう意味じゃないわよ!たしかにアタシはスーパーハカーだけど、でっも、悪口で言うならクラッキングなの!ハッカーはそういう意味で使ったら怒られるわよ!」
しまった、地雷を踏んでしまった、と大輔は悟るがもう遅い。この状態になった京はもう誰にも止められないのである。唯一お兄ちゃんやお姉ちゃんには誰にも負けない自信があるこの分野は、どうやら幼馴染にとって、自分という数少ないテリトリーを開拓できる魅力的な分野らしい。
もともと、ミーハーで、ハマったらどっぷりの彼女はそれはもうびっくりするくらいすごい領域にまで技術力を拡大させているのである。
専門用語や難しい理論を得意げに話されても、全然分からないのだが、すごいことはすごいことなので、素直に驚いてくれる大輔は、京にとって格好の自慢相手となっている。なんかお姉ちゃんみたいだなあ、と思いながら、大輔は一応聞く。
「だれにだよ」
「世界中のハッカーの皆さんに怒られるわよ!もちろんアタシも含めて!だから謝って!」
なんでだよ、と思うがヘタに食い下がるとややこしくなるので大輔は謝る。ごめんなさい。機嫌を直した京に大輔は溜息をつくのだ。
そしたら神業的なタイミングで叩くノックがするので、助かったと大輔は思って、どーぞって言うのだ。おそらく、ずーっとドアの向こうで待っていたであろう、お母さんなんて気付きもしない。だから何でかにっこにこしているお母さんがなんか不気味。またゲームをやり始めた大輔と京はこうやっていつも遊んでいる。
2年後、ぜーんぜん学校とプライベートではキャラが違う彼女に、大輔がびっくり仰天することになるなんて、まだ知らない。甘え上手の末っ子どこいった。元気印のハイテンション誰お前、いつだって大輔にとっては乙女心は複雑怪奇なのである。わけわからん。
そういう訳で、エテモンのネットワークを解析しているこのサッカー部の先輩は、スーパーハカーで、みんなのためにいいことをしているから、ハッキングしていることになるんだろうか、なんて、実は微塵も言葉の意味が分かっていないにも関わらず、大輔は考えてみるのである
ダークケーブルを発見した選ばれし子供達と、デジモン達が、ずーっとその後をたどっていって、砂漠のど真ん中に、ちょこんとパソコンが置いてあるというシュールな光景を発見したのは、すっかり世界が茜色に染まる夕暮れ時である。
四方からダークケーブルがいっぱいパソコンにのびている。一目散に駆け寄ったのは知的好奇心を刺激された光子郎である。さっそく持っているノートパソコンをタオルから解放して、大輔からすれば、訳のわからないひもみたいなのでつないだ。
なんか京がオレんちでやってんのとそっくりなのは気のせいか。つーか、京と光子郎先輩ってどっちがすごいんだろう、とこっそり考えながら。
光子郎の胸元で忙しなく揺れいている紋章も、そう言えば丸が二つつながってるなあ、このパソコンみたいだなあ、って大輔は思うのである。みんな覗き込んでいる。よくみえないーっとむくれていると、光子郎が苦笑いして横をどいてくれた。
解析された情報データが光子郎のパソコンに表示される。ずーっと光子郎の指先は淀みなくキーボードを叩いている。もうこの時の集中力は鬼気迫るもので、変なオーラを幻視する。
邪魔しちゃ悪いので、みんなだれも声をかけない。えーっと、これ、なんていったっけ?えーっと、えーっと、ブラインドタッチ?すげえ、光子郎先輩出来るんだ。感嘆する後輩を後ろに、光子郎はできましたと言ってみんなの前からどいた。なんか嬉しそうなのはきっと気のせいではない。
サーバ大陸の全体を映し出す大きな地図がある。ぴっと音を立てて、現在地である黒い四角が表示される。黒い紐がさーっとサーバ大陸に広がっていくに従って、黒い四角がたくさんその上に現われて、またそこから。
さーって黒い四角同士をつないでいく。あっという間にサーバ大陸は真っ黒になってしまった。昆虫採集でつかうアミの網目みたいだなあ、と大輔は思う。
みんなは意味するところが分かっているので、逃げましょ、とか、どうせここで逃げても無駄だ、とか、どうするんだ、逃げ場がないじゃないか、とか口々に言い合うのだが、さっぱりな大輔は助けを求めて光子郎を見た。
「どーいうことっすか?」
「黒い四角はこのパソコンで、この線はこの紐なんだよ。ケーブルって言うんだ」
「え、じゃあ、サーバ大陸には、けーぶる、がいっぱいあるってことっすか?」
「そうだよ」
「真っ黒になるくらいあるんすか」
「うん。しかもこのケーブル、僕たちを襲ってくるデジモン達に付けられてる奴と一緒なんだ」
「え?」
大輔は硬直する。この紐みたいな、ケーブル、が、可哀想なデジモン達を苦しめてる、無理やり言うことを聞かせられている、エテモンによって操られているあの黒い紐と一緒?まじまじと見つめる大輔の目は悲しげに歪んだ。この黒いケーブルは、黒い歯車と同じだと大輔はようやく気付いたのである。やさしい後輩を励ますために、ぽんぽんと光子郎は頭を叩いた。残酷な事実を告げなければならない。
「つまり、僕達がどこまで逃げても、エテモンが追いかけてくるのはこれが原因なんだ」
「えーっと?」
「きっとエテモンはこれを見てるんだよ。たぶん、僕達がいる所を特定する、もっとすごいやつを。だからピッコロモンの所以外は、すぐにばれて、デジモンが来ただろ?ぜーんぶ、敵なのかもしれない。もしかしたら、もう、誘導されているのかもしれないんだ。行くところ、行くところ、必ずデジモンが来たの、大輔君も覚えているだろ?」
ここでようやく、大輔は自分たちが置かれている絶望的なまでの状況に気付くのである。背筋がぞっとするのである。頭がまっしろになるくらい、怖くなるのである。そっか、だからみんな。
ようやく大輔は他の選ばれし子供達とデジモン達が狼狽、困惑に染まっていて、上級生組、下級生組が意見を言い合っているのを理解する。光子郎が今まで大輔達が冒険してきた道のりをここ、ここって指でなぞってくれるから、大輔は気付かざるを得ないのである。
タグを探し当てた海底洞窟、パグモンに乗っ取られていたコロモンの村、ずーっと縦断した先にあった大きなサボテン、そして、ずーっと横切った所で通りがかった豪華客船、全部全部、ダークケーブルに隣接している所にあるのである。
選ばれし子供達とデジモン達は、サーバ大陸に上陸する前から、実はすでにエテモンによって誘導されていたのである。今だってそうなのかもしれない。ただでさえ、スカルグレイモンの件で進化というものに対して疑問と不安を抱えているせいで。
紋章を使うのはもちろん、デジヴァイスによる進化すら無意識のうちに回避しようとして、問題を先送りにするために紋章をみんなで集めようって、集めてから考えようって、疑心暗鬼に陥りつつある子供達には、すさまじくキツイ現実である。
それはもうすごい緊迫したストレス過剰になる心理状態である。あれだけ信用できないって思っていたゲンナイという爺さんを、タグと紋章の情報をくれた、という事実があるというだけで、エテモンの仲間かもしれないという疑いなんてそっちのけで、わけがわかんないのは変わらないんだけど、他にすがるものがないから、何度となくアドバイスをくれたという実績から、あの正直者のミミが「味方」と口走るくらい。
「でも、なんかエテモン、怒ってませんでしたっけ?」
2度もあちきをばっかにするのもいい加減にしなさいよ、といったのを大輔は覚えている。
「きっと、この岬にくると思って、待ちかまえていたんだよ。でも、僕達がここで降りたから、怒ったんだ。うーん、でも僕たちはここを通ったから、そうするとケーブルとすれ違うなあ。なんで来るのが遅かったんだろう?普通だったら、僕達もう捕まっているのにね。もしかしたら、エテモンは僕ほどパソコンが上手じゃないのかもしれないね。道具はあっても、使える技術がなきゃただのゴミだよ」
宝の持ち腐れならともかく、自分以下と決めるや否や、その持ち主も道具もただの粗大ごみとぬかしやがりますか、光子郎先輩。なんか目が怖い。うわあお、と大輔は冷や汗である。なんか得意分野、専門分野になると異様に強気になる光子郎は、なんかすっげーデジャヴである。
いやな予感しかしない。意外とこの人もミーハーっていう、大輔のまわりにいる、いつもいつも大輔を振り回してきた人たちと同じ人種なのか?
ようやく大輔は光子郎の地の部分が垣間見えて来て、ひいい、となるのである。道理で怒らせたら怖いはずだよ、と気付く。大輔にとって苦手意識が山積しているタイプの人間なのである。ぜったい喧嘩したくない相手である。
喧嘩したら勝てるだろうけど、相手にしたら一番めんどくさいことになるタイプだから、なるべく対立は避けるべきと学んできたタイプである。ビビられているなんてしらない光子郎は、いつもみたいにすごいっすねーと言ってくれない大輔に疑問符である。
「光子郎先輩、こわいっすよ」
「え?どうして?」
しかも無自覚かい!つっこみたくなるが、京との関係でいちいち口にしてたら容赦なく、いろんな騒動を起こしてきた手前、我慢することを知っている大輔は、なんでもないっす、と言った。
ましてや光子郎はサッカー部の先輩だ。運動部では上下関係は絶対なのである。これだけはほかならぬキャプテンから身を持って叩きこまされてきた大輔は、絶対に逆らえない下剋上不可の厳しい世界を知っている。どこまでもこの子は懸命である。だからうらやましいのである。
「光子郎さん、このマークなあに?」
平気で溜めぐちを使える、ただ今大喧嘩中の、親友になりたい宣言をして大輔を巻き込んだ、訳のわからない男の子が。タケルの声に気づいた光子郎は、みんながどいてくれたノートパソコンをみて真剣な表情になる。
「メールです。でも、一体、誰から?」
上級生組から開けてみろ、と催促を受けとった光子郎はさっそくマウスでクリックする。表示されたメールに子供達は思わず顔を見合わせた。そこには「助けて」と文字サイズにして72mmの特大文字で書いてあるのだ。インパクトがある出だしである。
よほど切羽詰まっているのか、切実な言葉が詳細をずーっと下にまで書き出してある。呼んでいるだけで可哀想になってくるくらい、せつせつと書かれている文体である。まるで子供達の心情を理解しているかのように、信用してくれ!と文章全体から読み取れるような描写が網羅されている。内容をまとめると、こうなる。
このメールの差出人は、エテモンにつかまっているデジモンであり、ダークケーブルのネットワークを作成する手伝いをさせられていて、サーバ大陸にダークケーブルを設置するのを無理やり強要され、拒否したら閉じ込められてしまったというのである。
ダークケーブルが完成するまでの約束だったのに、エテモンは使い方がよく分からないので、選ばれし子供達が全滅するまで、その囚われの身から解放されないので、しぶしぶ付き合っていたらしい。
でもエテモンのことだから、用が無くなったら殺される。死にたくない。だから助けてくれと。メールの差出人は、選ばれし子供たちの帰路をすべていい当て、どこに紋章があったのか、すべて羅列して見せた。
これで信用してくれと。子供達とパートナーデジモン達は悟るのだ。エテモンによってサーバ大陸を誘導されていたのは事実なのだが、今までエテモンに直接遭遇することなく、間一髪逃れてきたのは、この名前も知らないデジモンの加護があってこそであると。
しかも、念押しにこのメールの差出人は、今の選ばれし子供たちの心情すら慮ってくれる心やさしいデジモンのようだ。きっと顔も会わせもしない自分のことなんて信用できないだろうから、信用できなくなっているのは自分の責任でもあるから。
残りの紋章の場所を全て教えるから、それを囚われの身であるがゆえに姿を現せられない自分の身分担保としてくれと。一気に見せても混乱するだけだろうから、ここから一日掛かるところに丁度、紋章があるから、その場所を提示するから、データをダウンロードしてくれとそう言ったのである。
信用できたら、またこのアドレスに返信をくれと。こっちも監視の目があるし、選ばれし子供達に援助していることがばれたら殺されるので、少しずつしか情報が出せないのはごめんと。こっちは命が掛かっているから、子供達が助けてくれるとわかったら、残り2つの紋章は教えると。そう綴られていた。
やがて時限式のウイルスが仕掛けられていたメールは、消えてしまった。今の選ばれし子供たちにとっては、願ってもない申し出である。言葉でこそ、罠ではないか?信用できるのか?
エテモンの味方では?そんな言葉がみんなの口からは出ているのだが、助けてくれって言われてるのに放っておけないだろ、という太一の言葉にはみんなうなづく。みんな心は同じである。
でも、今まで何度となくエテモンの奇襲に会ってきた選ばれし子供達とパートナーデジモン達は、慎重に行動することを覚えてきた。役割分担もますます鮮明化してきた。だから、結論が出る。紋章が本当に手に入ったら考えようって。
「やっぱり適材適所って大事だよ、大輔君」
「あはは」
大輔は苦笑いするしかない。もう夕暮れである。選ばれし子供達は、一旦、オアシスにまで引き返して、みんなで身体を寄せ合って眠ることになる。乾燥地帯は寒暖の差が激しいから寒いのだ。
そして、太陽が昇り切ったころ、子供達は差出人の言っていた場所をダウンロードした、光子郎を先頭に旅路を急ぐことになる。差出人の名前は、ナノモンというそうである