ファイル島からサーバ大陸に旅立つ航海の前夜に、ゲンナイから直接光子郎のノートパソコンにダウンロードされたのは、サーバ大陸とファイル島の地図である。
エテモンのネットワークであるダークケーブル拠点のパソコンにクラッキングを仕掛け、笑天門号のモニタに表示される情報には劣るものの、不正入手に成功したデータはすぐさま地図のデータに上書きされた。
これにより、毎日毎日奇襲される、いつもどこかで監視されている、いつもいつも追いかけられているという恐怖や緊迫感、押しつぶされそうな不安からは、少なくても選ばれし子供達とパートナーデジモン達は解放されるにいたった。
どこをどう通ればダークケーブルを避けて、エテモンからの奇襲に対しこちらから特攻するという暴挙にでなければ、確実にこの漂流生活は紋章探しに専念することが出来るようになった。
しかも、ナノモンによりもたらされたメールに添付されていた情報を解析して、さらにサーバ大陸の地図は強化されていく。今まで、どこにどのように紋章が散らばっていたのか、選ばれし子供達はどういった足取りで漂流してきたのか確認できるようになる。
なおかつ、これから探すナノモンの身分証明、少なくてもこれが正しい情報と分かれば子供達は完全にナノモンを信用できる確信である紋章を探すことに集中することが出来ることが確約された。
サーバ大陸に来て初めて、選ばれし子供達はピッコロモンの結界外で、安息の日を送ることが出来るようになる。
もう、明日に備えて紋章探しをしなければいけない。
英気を養うために早く寝る必要があるのだが、ずーっと押し殺していた好奇心を取り戻した、選ばれし子供たちのテンションの上がり方は尋常ではなかった。抑圧されてきた感情の発散はいい傾向である。
だから、ダークケーブルの見当たらない、なおかつ高い木から見下ろすことでエテモンの奇襲を真っ平らな砂漠から、確実に発見することが出来るという絶好の今夜の宿であるオアシスは、文字通り、心の安らげる場所であるに違いなかった。
もちろん、紋章を手に入れているという気休めの安心を得た、最年少組を除く男の子組による見張りと見周り役の交代制は、ずーっと継続中である。
もう慣れたものである。きっと今夜もすることになるだろう。地下水から湧き上がる泉が中心となっているオアシスは真水だったので、彼らの大歓声を持って迎えられた。
夕食を終え、水浴びという名の水遊びをして、着替えを終えたら、寝床の確保である。光子郎曰く、樹齢にして200年近くありそうな巨大な木々が、オアシスをエテモンから覆い隠してくれるうえに、見張り台の役目もしてくれるのがありがたい。
大輔はその木々を見上げた。大輔が生まれる前の途方もない昔から、小規模ながら過酷な環境にも関わらず生きている生命の営みは、このオアシスを見守り続けているのである。見上げるだけでも首が痛くなりそうである。
高さにして25Mとは、光子郎情報だ。単体もあるが、ほとんどは同じ根から数本の幹が生えて群生しており、その木々を中心に乾燥地帯の水辺に自生する植物の茂みがある。ナツメヤシである。
常夏のイメージでおなじみの緑色のまっすぐな葉がてっぺんからだけ生え、茶色くてがさがさした樹皮をしている木である。
常緑高木になる実は食べられるのだが、残念ながらこのオアシスにあるナツメヤシには、ひとつもなっていなかった。天辺からぎざぎざが沢山入っている、3メートルにも及ぶ葉が、ピヨモン、テントモンによって、落とされていく。
せっせとパートナーデジモン達がかき集めていく。選ばれし子供達総出でかき集めた、やわらかそうな葉っぱたちの上にどさっと乗せられた。
男の子組、女の子組、パートナーデジモン達の分が完成した。とはいえども、久々にゆっくりできるとあって、子供達はともかく、パートナーデジモン達は好き勝手な場所を寝床にすると宣言している。
もともと寒冷地帯に生息するゴマモンはこの激しすぎる寒暖の差が嬉しいらしく、日中の元気の無さは嘘のように、水辺でずーっと水遊びを続行中であり、はしゃぎ続けているので、多分そのうち気がすんだら水辺近くで寝るのだろう。もちろん、テントモンはナツメヤシを陣取っている。他のデジモン達は知らん顔で寝床にもぐりこんだ。
いつもは高いところまで飛んでいき、継続することができない飛ぶのがへたくそなピヨモンは言わずもがな、木の上である。ちなみにトコモンはパタモンだったら今頃は、とぐぎぎぎしている。
失踪の前科があるのでタケルが離そうとしないし、うがーっと威嚇した所で、ぽっちゃりな体格はいつも格好の枕の代わりになので、またもや押しつぶされてしまい、すっかり涙目である。それでじたばたしてタケルが頭を強く打ちつけ、喧嘩になっている。
上級生組は光子郎を巻き込んで何やら相談があるらしく、話しあっている。女の子組の水浴びはまだ終わらない。
だから大輔の隣にいるのはブイモンだけである。夕日が落ちて、緩やかに夜のとばりが下りていく。
あ、と何かを発見したらしいやんちゃ坊主の顔が輝いた。たいへんだ、たいへんだって大発見を相棒に伝える。それはもう、大げさなくらいまでに、全身で表現している。微笑ましくてブイモンがつられてなになにって身を乗り出すくらいまで。
「なあなあ、ブイモン、見ろよ!あれ!すっげー、星が丸い!点じゃない!」
指差した先に輝いているのは一番星である。太一に初めてジュンお姉ちゃんの問題について相談した夜や、おもちゃの街にある城でみた、ファイル島の夜空とは違うのだ、とようやく大輔は気が付いたらしい。
サーバ大陸の環境は限りなく南半球に近いため、乾燥地帯の気候と合わさって、雲や大気圧のような不純物が混じりにくく、地球と宇宙の部分に当たる空気の層が澄み切っており、透き通って見えるためにより星が近くはっきりと見える。だから、肉眼でもはっきりと丸く見えるのである。
自然にあるものは丸くなると安定するいう法則があるなんて知らない大輔は、いつも見える点が丸くなっただけでも大発見なのである。近くなったことは何となくわかるので、手を伸ばしてみるがやっぱり届かない。
「ほんとだ、ほんとだ、すっげー!大輔、大発見だな!」
「おう!」
ナノモンからのメールを見てから、ずいぶんと上機嫌なブイモンは、大輔の真似をして両手を広げて遊んでいる。
ブイモンが目に見えて大喜びしているのは明らかなので、大輔は聞いてみたのだが、大輔の紋章もらえるかもしれないだろ!って力説されて、それにつられて、そういえばそうだよな!と単純すぎる思考回路はさらりと流してしまった。
ブイモンが抱える懸念材料は、命より大事デジメンタルを太陽の紋章にとられたという屈辱。その持ち主が大輔の尊敬する先輩である。という八つ当たりにも似た嫉妬と大輔を危険な状態に追いやった前科者の太一に対する途方もない嫌悪感だけになったのである。これで天敵の大輔の中での地位の失墜の妨害工作に専念できるというものだ。
ブイモンの世界ではどこまでも大輔が一番であり、タケルがちょっとだけ上で、上級生組は大輔を助けてくれたから、まだまし、太一に+補正もあるのだが、上記の理由でマイナスまでは解消できていない。アグモンはノータッチを貫いてくれているので、パートナーデジモン達はみんな横並びである。仲間だけど、それ以上でもそれ以下でもない。信用と信頼は違う。
まあパートナーデジモン達はみんな口に出さないだけで、パートナーが一番で、他の選ばれし子供達とパートナーデジモン達は、仲間だけど、それ以上でもそれ以下でも無い。みんな横並びなのは一緒である。ブイモンが正直すぎるだけだ。アグモンでさえ、すぐ後ろに大輔がいるのに太一がやってきたら太一の名前をよんで、飛んで行ってしまうように。
ただブイモンは今までの旅の経験と古代種の力を存分に発揮できるようになったため、かなり自信過剰になっているのは事実である。だって、ナノモンは保障してくれたのである。
大輔の紋章を含めた、空、タケルの計3つの紋章の在処を知ってるし、そのうち1つを明日探しにいける地図まで渡してくれたのだ、デジメンタルの件で心配しなくてもいいはずの、大輔の紋章の存在自体を不安視していたブイモンからすれば朗報である。喜ぶのも無理はない。
肩の荷が下りたブイモンは純粋に紋章を楽しみに待つことが出来る大輔と同じ立場になることが出来るようになったので、こうやって大はしゃぎしているわけである。これをいったら大輔はまた傷つくからいわないのだ。心配ごともふくめて。
大輔のため、が大前提のこの気遣いは、ブイモンがどういう態度をとるから周りがどう思うかという配慮が欠落しているので、結構矛盾なちぐはぐだらけである。もう少し周囲に回せたらいいのだが。ブイモンが周囲に全く無関心なのが頂けない。
「あーあ、結局、また後ろの方だよなあ、紋章」
はーあ、つっまんねー、と大輔は溜息である。ブイモンの裏事情なんて知るはずもない大輔は、能天気に紋章を早く欲しくて愚痴っている。うんうん、とブイモンはうなずいた。
結局また後ろから数えた方がいい。初めての進化は後ろから2番目。初勝利を考えるとどん欠である。でも一番最初だとスカルグレイモンの件が頭をよぎるので、進化進化っていきりたったのはきっと大輔もブイモンも同じだから、ちょっとだけぞっとするコンビである。もしああなっていたらきっとブイモンも大輔もヤバいことになっていたのは間違いない。
「なー、大輔、どんな色の紋章がいいんだ?」
現在判明しているのは、5つである。太一の、オレンジ色をした太陽みたいな紋章。ヤマトの、青色のぎざぎざの中に涙がつまった紋章。ミミの、黄緑色で二重丸の安定する丸が涙で包まれている紋章。光子郎の、紫色で安定する丸同士がケーブルみたいにつながっている紋章。そして、丈の、灰色で十字架に直角三角形4つの紋章。
まだ出てきてない色ってなんだろう、と大輔とブイモンは考えてみるのだ。
「赤色は?」
「赤色かあ、サッカー部のレギュラーの色だから結構好きなんだけど、レッドカードって言う、試合中にいろいろやっちゃうとでてけーって怒られるやつがあるんだよ。あ、でも太一先輩の紋章に似てるよな、色」
「………黄色は?」
「黄色かー、いいなあ、太一先輩の紋章と色近いし。なんか明るいし」
「……………水色は?」
「なんで怒ってんだよ?水色かー、光子郎先輩もヤマト先輩もいーひとだし、いいかもな。オレの好きな色に近いし。あ、でも、サッカーボールみたいに白黒だったらぜってー大事にするぜ、紋章!」
「えー、真っ白か、真っ黒?」
「ちがうちがう、白黒」
「みーんなひとつの色だよ、だいすけー」
「なんだよー。じゃあブイモンはどんな色がいいんだよ?」
「オレ?オレは大輔の紋章だったらなーんでもいいんだ。大輔だけの紋章なんだから、きっと好きになれるよ」
「えー、なんだよそれ。あいっかわらず、そーいうとこへんだよなあ、ブイモン」
「へんっていわないでよ、大輔」
「だってよー、なーんか、なんにも考えてない感じがしてやだな」
「なんにも考えてないわけじゃないけどさ、オレには今しかないんだよ、大輔。すっからかんだったんだもの。
だから、オレ、食べる時も、遊ぶ時も、寝る時も、いっつだって全力なんだよ。だからぜーんぶぜんぶ欲しくなるんだ。我慢できないんだ。今だってそうだよ。きっとこれからもね」
「そーいやいーじゃねーか。そっちのほうが、なんか、かっこいーぞ」
「え?そう?」
「そうそう。今しかないから、いっつも全力かー、いいなーそれ。なーんにも考えてないふりして、実はいっちばん考えてるってことだろ?いーなあ、ブイモンのそういうとこ、カッコいい」
ブイモンの性格がよくあらわれている言葉だと大輔は思った。食べる時も、遊ぶ時も、寝る時も、いつだって全力で、戦うときだって全力で、ほしいと思ったらずーっと頑張り続ける一途さは、大輔が身を持って知らされている面がひしひしとあるだけに、結構重いけど、確かに向けられる側としては最高だ。
ましてや、家族にはあんまり愛されてない、きっと嫌われてるんだろうなあ、と思っている大輔にとっては、ブイモンのまっすぐな気持ちは結構嬉しいのである。褒められたブイモンは嬉しそうである。
上級生から「おかしい」は「ごくふつうのあたりまえのこと」で、それに気付けるのは「すごいこと」と褒めてもらったこと、「正直に」「素直に」口にする方が「怒られない」「叱られない」「迷惑をかけない」「褒められる」「喜ばれる」「えらいって言われる」とたくさん学んだ大輔は、確実にジュンお姉ちゃんとの仲直りの糸口をつかめた気がして、ぽかぽかする。
もちろん、相手のことを考えないとヤマト先輩みたいに怒られるから、やっぱりちゃんと考えないといけないけど、と補足する。大輔は本音を吐露する回数が、結構増えてきていた。だから、こぼすことにしたのである。ちょっとだけ。自意識過剰な大輔の代わりに自信過剰になっているブイモンに、元気づけてもらいたくて。
「なー、ブイモン」
「どした?」
「ちょっと怖いんだ」
ぽつり、と呟かれた言葉に、ブイモンは思わず大輔を見上げる。じーっとみる。じーとみみをかたむける。じーっとたっている。こうすると大輔は安心すると知っているから。
「オレさ、デジタルワールドに来てから、変になってきてねえかな?」
「え?どういうこと?なんか、どっか、調子悪いの?病気!?だいじょうぶか、大輔!?」
過剰に反応してくれるということは、傍から見たらおかしいと思っているのは大輔だけのようだと安心する。少なくてもみんな優しいからいわないだけ、ではないらしい、と大輔は思って、口に出す。
「だってさ、デジタルワールドにきてからさ、オレにばっか変なこと起こるだろ?なっちゃんの声が聞こえたって、オレだけでさ、みんなにもブイモンにも聞こえなかったんだろ?同じデジモンなのにさ。だからデビモンにさらわれそうになったんだろ?だからだーれも気付いてくれなくて、みんないるのに一人ぼっちになったわけだし。
でも、そのおかげでなっちゃん助けられたし、タケルとトコモン仲良くなったし、エンジェモン元に戻ったみたいだし、いいんだけどさ、なんか、ちょっと、こえーんだよ」
「だいすけ」
「紋章の声が聞こえたのも、なんか、オレだけみたいだし。約束したから、見つけたいし、はやく会いたいんだけどさ、やっぱ、なんか、どんどんへんになってるきがするんだよ。おかしくなってる気がするんだよ。どうしよう。でもな、でもな、それってもーっとオレが早く来てれば、なっちゃんだってデジタマになるまでに記憶戻ったかもしれないし、ブイモンだってずーっと洞窟で寝てなくてよかったわけだし、なんで忘れてたんだろうってのもあるし、なんかわけわかんねえ。オレだけに出来ることなんだろうって思うんだけど、なんかいっぱいありすぎてわかんねえんだよ」
「大輔優しいもんなあ。あ、そーだ、そーいうときこそ、今できることだけ、考えればいいんだよ、大輔」
「今できること?」
「そうそう。じゃないと大輔、また迷子になってたゴメンナサイみたいに、つぶれちゃうよ?」
「あーそっか。そーだよな、ブイモンみたいにすればいいのか」
「うん!」
うなずいたブイモンと大輔の間を割って入るものがある。
「こーら、なにまた勝手にブイモンと一緒に内緒話してんだよ、大輔!」
「え?あ、太一先、ぱ、ぎゃああああ!」
「な、い、しょ、ば、な、し、は、や、め、と、け、って、いっ、た、よ、な?何かあったら、オレ達に相談しろって丈にも言われただろ!もう忘れたのかー?こんの野郎!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、だって太一先輩達なんか話してたからっ!後から言おうかなーって!」
「んなもん、後からでも出来るんだよ!ブイモンみたいに自信満々で突っ走ったらどーなるかわかってんのか!」
「僕達みたいになるよね」
「おいこらアグモンなーにいってんだよっ!」
「え?それどーいう意味っす、いでででででっ!」
「おまえは知らなくってもいいんだよ!ったくもー、まーたオレのけもんにしやがって。元の世界に帰ったら覚えてろよ。サッカーの合同練習しばき倒してやる」
「え゛……ってう゛わ゛ああああっ!ごめんなさい、ごめんなさい、マジですんません、オレばっかねらうのやめてくださいいいい!」
「わかればよし、先輩の言うことは聞くもんだ。オレの真似してればいいんだよ。オレだってちょっとくらい我慢できるようになったんだからな」
「は、はあ……」
「なんだよー、あんだけ、太一先輩みたいになりたいですって言ってたくせに」
「なりたいっすよ!」
「ならオレの真似してりゃいいんだよ」
「わかりました」
「うし、」
太一先輩の真似、かあ。と頭をぐりぐりされながら、ちょっとだけ泣きたくなる大輔である。一生懸命太一先輩の真似をしようとして、頑張った結果がスカルグレイモンの件での大混乱と大パニックと迷走を生んだ訳で、限りなく心中は複雑である。ブイモンから進化ができなかったことを聞かされていたのでなおのことだった。いえるわけがないのだが。