(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第81話

本宮家のお父さんは、もともと地方の出版社から中央の出版社に移った地方人である。地方の出版社は、地域の人たちからの要望に応えての自費出版や企画出版を中心とする書籍系の仕事、求人雑誌や住宅情報誌などの、月刊●●ページのような月刊誌フリーペーパーを中心に発行する仕事。

 

クーポン付の店舗紹介広告で埋め尽くされた本を作る仕事に分かれていることが多いのだが、本宮家のお父さんが昔つとめていた地方の出版社は、すべてかねてやっているというとんでもない所だった。

 

 

 

地方の出版社なんて、ほとんどが、数人程度の小規模の会社であることが当たり前である。華型の編集職にあこがれて就職希望者は毎年すさまじい数の競争数になっているのだが、なかなか正規採用が無いのは仕方ない。なにせ、一人で編集者も広告取りも書店営業も配本も受け持つのが当たり前というすさまじい労働環境、仕事内容の激務なのである。

 

やりがいはあるのだが、給与と労働時間、仕事内容のつり合いやバランスが取れるわけがないから、夢と現実の落差に耐えきれなくなって、営業ばっかりやらされる不満が山積してやめていく人や体が資本の中で無理をしすぎて病気になり、去っていく人を、本宮家のお父さんは沢山見てきた。

 

 

人気がある職種であるため、就職希望者は後から後からくるから、人材の使い捨ての風潮があることも知っている。どんどん人がやめていく中で、プライベートで知り合った女性と結婚し、やがて子供をもうけることも視野に入り始めたころ。

 

このままでは、という意思が芽生えていくのは当然である。本宮家のお父さんがお父さんになろうと決めた時、誇りを持ってつとめあげた地方の出版社の経験を生かして、本宮家のお父さんが選んだ道は、大手出版社の中途採用である。

 

 

 

そして、本宮家のお父さんは一般的には華型と言われる編集の道ではなく、営業の道を選んだ。地方の出版社で編集も営業もやっていた本宮家のお父さんは、編集は営業あってこそという少々変わった考え方の持ち主だったのである。

 

 

 

大手出版社の出版取り次ぎ営業、書店営業、広告営業、と細分化された仕事内容に戸惑いながらも、本宮家のお父さんが一定の営業経験を積んで、勉強会や様々な専門知識や経験をある程度吸収し、資格も取り、人望もあるとされ、一定の将来を見込める人材であると大手出版社の中で頭角を現し始めたころ、任されたのは、出版取り次ぎ営業と呼ばれる仕事内容だった。

 

 

どういった読者へ向けて、どうやって売っていくのか、という売り上げがキーとなってくる仕事である。現在の出版業界や世間で旬となっているテーマ、求められるテーマを見つけて、どんな読者に向けて、どうやって売っていくのか、どんな本を提供していくのか。実売部数などの数字から見える世間への洞察力や商品を市場に投入する時に、自社の立ち地位を理解して、商品の長所、短所を客観的に見て、他のライバル会社の類似品とどう違うのかを研究し、取引先に「これは」を思わせる説得力がものをいう世界である。

 

 

 

売れなかった本があれば、編集者と情報を共有して、敗因を分析して、連携をとって対策を練ったり、売れた本があれば、勝因を分析して、後につなげたりして、本の実部数も返本数もシビアにみる営業の力が試される。財務営業戦略がしっかりしている大手出版社ならではの会社の特徴と、編集も営業もやったことがあるから、経験は少なからずあるし、

忍耐力も身体の資本もあるたたき上げの本宮家のお父さんは、相性がよかったのだろう。

 

 

 

そんな本宮家のお父さんは、大手出版社で同期で途中入社した縁から意気投合し、プライベートでも付き合いがあって、何かと気にかけてくれる編集部の同僚の人と一緒に、理科学系のルポライターの人と一緒に

出版予定の書籍についての最終的な打ち合わせのために、カフェテリアにいた。

 

 

ルポライターの人は同僚の人が編集の担当をしているので、何かと顔を合わせるビジネス上のお付き合いがある人である。ウエイトレスのアルバイターに紅茶とコーヒーと社内で話題になっていたケーキを注文する。

 

 

外に行くついでに買ってきてくれって同僚の女性社員から頼まれたついでに、家族サービスに買って帰る目論見の味見だ。世田谷区に住んでいるルポライターの人はなにかとこういった分野にはうるさいので、この人のお墨付きが得られればまず外れは無いだろう、という算段である。

もちろんルポライターの人もそのつもりだって知っているし、ただでおいしいお店にいけるのなら万々歳である。

 

 

 

そういう所があるから頭角を現してきた所を知っている同僚は、抜け目ねえなあお前、とけたけた笑うだけで何も言わない。みな家族を持つ身である。買って帰るのは暗黙の了解だ。

 

 

 

 

 

「聞いて下さいよ、高石さん。こいつ、またアメリカ行き蹴りやがったんですよ」

 

「あら、またですか」

 

「そうなんですよ。またふられちゃいました。おかげで一番の稼ぎ頭がいてくれるんなら安泰だって、営業部の奴ら大喜びですよ。こいつ、人がいい上に要領いいから、ついつい頼っちまうんすよね、あいつら。おかげで営業成績右肩上がりだって、くっそ、俺も楽してえのに」

 

「酷いなあ、俺をこき使いたいだけでしょう?」

 

「ったく、営業なんかいつまでもいないでさっさと編集こいよ。お前の鋭いところとか、数字をまんま生かせる力なんて、喉から手が出るほど欲しいんだから」

 

「本当に残念ですわ。営業上がりの本宮さんだったら、高橋さんみたいに女性の扱いがなってない人とお話しする苦痛も減るのに」

 

「あいかわらず、きっついこといいますねえ、高石さん。普通、編集部の連中なんて俺みたいに編集一本でやってる奴らの方が多いんすから。

レディーファーストとかそういうのを期待する方が間違ってるんすよ、そもそも。営業部たたき上げのこいつと一緒にされちゃ、誰も勝てませんて」

 

「はは、高橋さんには何かと目をかけていただいてるのに、申し訳ないです」

 

「ったく、その気があんなら、わざわざ編集の魅力ってやつを見せてやってんだから、ちっとは考えるそぶり見せやがれ」

 

「あはは」

 

「まあいいけどな。で、どうなんだ?4年も待たなきゃいけない。お前んとこの息子さんは。事情が事情だからなあ、そうでもなきゃ4年なんてもたもたしてたら首だぞ、お前」

 

「本当に上層部の人には申し訳ないんですけど、こればっかりはどうも。相変わらずですね、どうにも俺に似て昔から周りを見ることだけは得意みたいで、どうも、家族の仲間外れにされてるってことには気付いてるみたいです。それを聞いちゃいけないことも分かってるみたいで、いっつもお風呂に入ってるときには、俺に聞いていいかどうか迷って、結局泣いちゃうんですよ」

 

「あー、そりゃ可哀想になあ。お前みたいに精神図太くなれば大丈夫だろうに、優しいところはお母さん似か。こればっかりは仕方ないな。えーっと、いくつだっけ?」

 

「5月の11日でちょうど8歳になりました。小学校2年生ですね」

 

「ああ、もう8歳になられたんですか、本宮さんの所の息子さん。うちの下の子はまだ7歳ですよ」

 

「そういえば、高石さんとこの息子さんの下の子って本宮んとこと一緒で小学校2年生でしたっけ?」

 

「ええ。8月3日で8歳になるんです。あの子にはいつも苦労かけてばっかりで、何かしてあげなきゃな、とは思っているんですけど、なかなかうまくいかないものですわ。私もいつかは話さなきゃいけない、とは思っているんですけど、やっぱりまだまだ早いですわよね」

 

「そうですよね。やっぱり覚えていないってことは、きっとショックも大きかったんでしょうし」

 

「そうですよね。お医者さんにも時期はよく考えるよう言われましたものね。うちの子は上の子も下の子も覚えていないのはお話ししたと思うんですけど、あの人と別れた時期があれと連動してるものだから、なかなか話すタイミングが見つけられなくて。おかげで教えてくれないって上の子にはすっかり嫌われちゃってるみたいですわ」

 

「そうですか、なかなか大変ですね。うちの上の子はあのとき小学校4年生でしたから、もうその時からしっかりした子でしたよ。下の子を自転車に乗っけて、学校にヒヨコが生まれたんだって、小学校までつれてっちゃったって家内が話してましたから。でも、そのせいで今でも忘れられないみたいで。覚えていると周りが気付いてしまってから、いろいろとあったみたいです。なかなか難しいものですね」

 

「まあ、こればっかりはどうしようもないだろ。本宮んとこの子供達も、高石さんとこの子供達もいい子たちみたいだし、時間がくればちゃんと話せば分かってくれるって」

 

「そうだといいんですが」

 

「ええ」

 

「まあ、4年だな、4年。その時がきたら覚悟しろよ、本宮。こきつかってやっから」

 

「はは、お手柔らかにお願いします」

 

「あら、もし本宮さんが編集部に来たら、高橋さんじゃなくて本宮さんに担当やってもらおうかしら。お願いしたら出来ますよね?」

 

「冗談きついっすねえ、高石さん。まあ、4年もうだうだ営業やってるやつと肩並べちまったら示しがつかねえからなあ、俺もそろそろ本気だしますかねえ。こいつが来るまでにはこいつをこき使えるとこまであがっちゃわねーとやべーかな。ま、それまで家族サービスがんばれよ、本宮」

 

「ええ、ありがとうございます。高石さんのお眼鏡にかなったら、さっそくここのケーキ買って帰ります。

どうも、うちの子も家内も俺がセンスがいいと勘違いしている節がありますんで、気が抜けないんですよ」

 

「ったく、都会っ子の奥さん射止めるときからそうじゃねーか、自業自得だ、ボケ。意地張りたくて泣きついてきたのはどこのどいつだ」

 

「今さらですわ、本宮さん」

 

「あちゃー、これは一本取られたかな」

 

 

空気を読まないウエイトレスが珈琲と紅茶とケーキを運んでくる。どうやらお買い上げは定のようだ。デジモンアドベンチャー02では、理科系ルポライターである高石タケル、石田ヤマトの母親である高石奈津子の担当編集者が、本宮家のお父さんだったりするんだから、意外と世間は狭いものである。

 

 

 

 

 

 

 

オアシスで本宮大輔がブイモンと一緒に紋章について盛り上がっているころ、親友になりたい本宮大輔君について何にも知らないので、教えてください、と微笑ましい相談にやってきたタケルは太一から見た大輔君について知って、盛大に落ち込んでいた。そりゃもう、心がぽっきり折れそうである。

 

 

うわあん、と泣きそうになり、あわてた様子でなだめてくれる太一に尊敬のまなざしが向かっていく。タケルは知らない。太一は大切な妹であるヒカリがいるお兄ちゃんである手前、ヤマトがどれだけタケルを大切にしているのか痛烈なまでに分かる上に、ヤマトが下級生の世話係をするにいたったのはタケルがいるから、が大前提であること。

 

どこまでもヤマトという少年の行動は、タケルありきで一本の道筋になっていることを知っていた。もしこの世界にヒカリが漂流生活に巻き込まれていたら、きっと太一もそうしただろうから分かるのだ。そしたらきっと丈かヤマトがリーダーになるのは明白だった。

 

 

 

ヤマトと違って太一は意識して行動を分別付けられないから、ヒカリという命よりも大切な妹がいたらそっちに一直線になってしまい、きっとリーダーになりたいなんて想いはしても、きっとやらなかっただろう。ある意味大輔がいてくれてよかったとおもう太一である。

 

 

そのせいで大輔とヒカリを重ねてしまい、大輔には辛い目にあわせてしまったので、反省しきりではあるんだけども。しかもそのせいで、大輔の尊敬のまなざしが丈やヤマトや光子郎に分散されつつあるのは知っている。確実に漂流生活の前よりも、大輔の中では太一の地位はどんどん下がっている。

 

 

真っ先に頼りにしてくれるだけでもありがたいのだが、これ以上の失態は避けたいところだ。だからもともと太一はヤマトの大切な弟であるタケルにはもともと遠慮気味である。

 

ましてやお兄ちゃんになってよなんてとんでもないこと言われたので、太一の背後には、じーっと腕を組んだまま、泣かしたら殺す、なんか変なことしたら殺す、っつーか死ね、という直立不動の殺気がびんびんなのである。

 

 

 

かんべんしてくれええ、が太一の本音である。冷や汗である。でも大輔からタケルは嘘を見抜くのが得意だから、すぐに隠し事がばれるのがやだ、と愚痴を聞いていた太一は、もう直球勝負でありのままのことを喋るしかなかったのである。

 

 

 

どうせよというのだ。太一は嘘をつくのがへたくそなのだ。太一からみた本宮大輔君はこんな感じである。

 

 

 

お台場小学校2年生のサッカー部の後輩であり、2年生チーム、1,2年生混合チームのレギュラーをしている小学生。2年A組で、さすがに出席番号まではしらないが、妹である八神ヒカリとは別のクラスに在籍している、男の子。

 

小学校1年生になるまでサッカーはおろかスポーツ経験が皆無なうえに、体格がかなり小さい大輔がレギュラーになれたのは、ただひたすらにサッカーボールに触れる時間帯が多くて、なおかつコーチや上級生たちの指導を良く聞いて一生懸命練習し、なおかつみんなに可愛がられる過程で構ってもらえることが多かったから、比例して上達が早かったのである。

 

 

 

なによりも、入部希望に八神太一がいるからなんて書くほど、動機である八神太一に追いつきたい、という目標とサッカーが大好きであるという何よりの原動力がそれを可能にしていたのだ。サッカー部の友達やクラスメイトの友達と一緒によくグラウンドでサッカーしているのを良く見かけるし。

 

昼休みも放課後も休日もずーっとサッカーばっかりしているか、よく友達の家に遊びに行ってゲームしたり、どっかに買い食いに行ったりしているという、積極的な男の子。じっとしていたらしんじゃうんじゃないか、ってくらい、いっつもいっつも小動物みたいに、忙しなく動いている男の子。

 

 

 

目まぐるしく表情が変わる姿は見ていてなかなか飽きないものである。だから太一はきらきらとした尊敬のまなざしを向けてくれる可愛い後輩に、よくちょっかいを掛けたり、悪戯をして怒らせて遊ぶのだ。グラウンドの砂はスポーツシューズのでこぼこであれども、引っかかったり、滑ったりしたら、こける時にはこけるのだ。

 

 

 

ずるべたーん、と何もない所でずっこける様子はよくみるのである。だから大輔はよくけがをするのだ。保健室行きなんて日常茶飯事である。

 

大輔、ってとんとんと肩を叩いたら、大好きなサッカー部の先輩にはなしかけられた!とテンションが上がって、なんすか?って振り返る時の大輔はすさまじく無防備である。だから、おもしろいくらいに、ほほに人差し指が突き刺さる。

 

だから太一はよく大輔にクイズを出したり、早口言葉の遊びを教えるのだ。必ず舌噛んで悶絶するのだ、この子。なにするんすかって怒ったり、すねたりして不機嫌になって猛抗議するのだが、大輔はもともと身体が小さいので、太一のところまで行っても見上げるしかないのである。顔を真っ赤にして涙目になりながら怒るのである。面白すぎるだろう。

 

 

だから、ついつい加減を忘れて構い過ぎてしまい、大輔からサッカーボールを取り上げて、ほら、ほら、取ってみろよって持ち上げたら、もう大輔には届かない。ああああもう、太一先輩いいっていじわるする先輩に、これまた大声で抗議するのである。

 

みんなみる。当然、ちょっとやりすぎだろうって思う上級生が現われて、ぐすん、ぐすん、と泣き虫な癖に我慢強い後輩の頭をなでながら、キャプテンのお調子者っぷりと可愛がりが故のイジメ寸前のからかいを注意するものが現われ、はってなって、太一はいつも謝るのである。

 

そしたら、大輔はけろっとした顔で言うのだ。すぐにぐしぐしと涙を拭っていうのだ。いーっすよ、きにしないでくださいって。クラスメイトからの信頼も厚いらしく、よく微笑ましいハートマークのついた、キャラクターの便箋とか、一生懸命作ったので食べて下さいって言うメッセージカードと一緒に、ラブレターってやつを仲介してきて、どうぞって渡す。

 

 

もちろん、もらえるのはうれしい。でも、流石に妹と同じ年の女の子から好きですって告白されて、その先を太一がみるのかと言えば、断じて否である。流石に太一はいまのところ、年下に興味がわくような男の子ではない。妹の友達かも知れない子は、それだけでハードルが上がる。

 

もらえるものはもらうし、ありがとう、でもごめんって伝えといてくれって言えば、大輔も大輔でいつものことなので、はい、と二つ返事で頷いて、話をややこしくしたり、こじらせたりすること無く、ちゃんと話をきちんと終わらせてくれる。

 

 

 

いいっすねー、ってうらやましがっている大輔が太一は不思議で不思議で仕方ない。こいついいやつなのに、もてないのか?何でだ?もちろん、大輔の中では女の子と言うのは、ミーハーという所属でいつもいつも大輔を振り回していたジュンや京とかクラスメイトの中心のぎゃーぎゃーうるさい女の子たち。

 

そしてだいっきらいなのに何を勘違いしてるんだか知らないけど、やたらなれなれしいヒカリという子達に囲まれているので、訳が分からにもの認定されているので、言葉にあやってやつである。小学校2年生でおマセなのは女の子だけで十分だ。

 

 

しかも、よく忘れ物をしたり、持ってくる物を忘れて、コーチや先生に怒られて、補習行きになったり、宿題を終わらせましょう会の犠牲者になったりするので、やったらと太一と気が会うのである。やたらと太一と会う機会が多いのである。仲良くならない方が無理である。

 

だからこそ、家に遊びに来いって言っても、なにかと用事があるから、今日はちょっと、って何かと都合付けて呼ばないのはすさまじく不自然で、逆にお前んち遊びに行ってもいいか?家どこら辺?って言っても、いっつもいっつもそのやんちゃ坊主で鈍感な所で誤魔化されていた。

 

 

まさかそれがお姉ちゃんから嫌われていて、お母さんをとられて、たまにしか帰って来ないお父さんしか家庭に味方がいない、一人ぼっちだったから、が故の、やんちゃ坊主だったなんて知らなかった太一である。

改めて思う。大輔、意外としたたかだって。

 

 

びっくりするほど、シビアだって。だから、理想的なお兄ちゃんじゃ無くなった太一には、こうしていとも簡単に離れていくのである。ずーっと胡坐かいてた太一は、いらないって。

 

かつて大好きだったお姉ちゃんをいとも簡単に捨てて、空や太一に乗り換えたように。それでいて、案外うまく行っているのだ。だから太一は焦っているのである。なおのこと。リーダーがんばらなきゃなーって。

 

 

よりにもよって、かつて太一がいたポジションが、ヤマトになるかもしれない、とかいうあり得ない事態が緩やかに進行中なのだ。たまったもんじゃなかった。

 

 

 

 

 

だから太一はタケルに言ったのだ。気を付けろよって。お前が親友になりたい奴は、途方もなく強敵だぞって。親友らしい親友はいないけど、ずーっと親友でいる奴は多分いないだろうって。太一はみたことないから。

 

 

「がんばれよ、タケル。あいつ、ケンカしても本気でやべーからな」

 

「え?そうなの?」

 

「さすがはジュンさんと毎日ケンカしてるだけはあるよな。俺、妹いるのはさっき話したと思うけど、あんまりケンカしないんだよ。ヤマトとタケルくらい、仲いいからな。でもあいつ、仲悪いジュンさんとずーっと家で一緒なんだぞ。しかも夜だけとはいえ、顔合わせるんだ。そりゃ、毎日が戦争みたいなもんだろ、家の中敵しかいないんだから。2回くらいケンカしたけど、びびったなー。いってること無茶苦茶なんだけど、勢いだけはあるもんだから、気を抜いたらいい負けちまうんだよ。あぶなかったもんなあ。だっから、ちょっと言い過ぎちゃったんだけど」

 

 

それは反省、反省、と太一は笑う。タケルは大ショックである。大輔とタケルは何度も意見のぶつかり合いと衝突で大喧嘩しているが、実は大輔にとっては全然大喧嘩じゃなかったのである。太一がいい負けそうになって、上級生のプライド投げ捨てて、ヤマトと同じくらいの大喧嘩をするってどんだけ歴戦の勇士だよ、という話である。

 

 

ヤマトから太一との大喧嘩を聞いていたタケルは、初対面のケンカはお互いがお互いのことを知らなかったが故の遠慮ありきと知る。しかも、大輔は今、首より上から向けられた暴力の象徴である手を上げられてしまうと、目の奥が暴力におびえて。

 

大変なことになってしまうというトラウマを抱えているため、上級生たちは本気で怒った彼を止めるには、大きなハンデを背負わされている。太一が結果的に大輔の大喧嘩の上をいったと大輔は思っているから、今でも太一には本気でぶつかり合える存在としてみているのだが、あれは訳のわからないものに押しつぶされた大輔の自爆である。

 

大輔の家庭事情を全部知っているタケルに、包み隠すことなく話した太一である。タケルは大輔の置かれている状況を知って、思わず訊いたのだ。上級生組が何故、やたらと大輔のことを気にかけているのか、ようやく分かったから。

 

 

「太一さん、大輔君、大丈夫なの?」

 

「大丈夫なわけねーだろ。もしなんかあったら大変なことになるんだよ。あいつ、ただでさえ、空に理想的なお姉ちゃんしてもらって、なんとか大丈夫な状態なんだよ。しかもタケルとケンカ中だから、あいつ、側に誰もないから、遠慮する気ゼロだろ。ブイモンはもともと大輔一色だし。……はっきり言ってヤバいんだよ」

 

 

だからたのむから早く仲直りしてくれ、お前がいるだけで大輔の抑止力になってんだよ、と太一は小声でつぶやいた。う、うん、とタケルは頷いた。どうやら知らないうちに大輔君はとんでもないことになっているらしいことに、気付いたのである。

 

 

「ねえ、太一さん。僕、大輔君と親友になりたいんだけど、どうすればいいかなあ?」

 

「さー……わかんねえなあ。あいつ、ミミちゃんみたいに、ムードメーカーだし、ヤマトみたいに周りみるし、丈みたいに大人だから、全然弱点ないだろ。あえて言うなら、グレイモン殺しちゃったことをみて、ショック受けるくらい、すっげー優しいとこなんだけど、あいつ、かってなったら一気に周り見えなくなっちまうの、タケルも見てるだろ?」

 

 

うん、と頷くタケルである。すくなくても、おもちゃの街とコカトリモンの豪華客船で二度見ているタケルである。

 

 

「こればっかりは、空に任せるしかないんだよなあ。ただの憧れのサッカー部の先輩になっちまった俺じゃなくて、あいつが一番頼りにしてるの、理想的なお姉ちゃんやってる空だから」

 

「あ、そっか」

 

「空に聞いたら何かわかるんじゃねーか?がんばれよ」

 

「うん。ありがとう、太一さん」

 

 

タケルは去ったので知らない。晒され続けていた殺気の癒しと大輔の中での地位の失墜を防ぐべく、太一が大輔の所に構ってやっているせいで、大輔の中ではますます自分と太一先輩の違いが明確化され。

 

大輔がどんどん傷ついて、ますますタケルを敵視している負の連鎖が、まるでスパイラルがごとく形成されているなんて、知るはずもないのである。どんどん大輔が追いつめられているなんて、知りもしないのである。

 

 

 

 

オアシスは地平線の向こう側に太陽が沈み、少しずつ夜が降りてきている。

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