「ムーチョモン、どうしたっぴ?」
ピッコロモンの屋敷にて、200年ほど無期限休止状態のお仕事復帰をするべく、同僚にホーリーリングを返してもらったなっちゃんは、振り返った。ホーリーリングはデジモンに進化を与えると同時に、神聖なるデジモンの証明でもある。
これを受け取るということは、彼女の管轄である現実世界に逃げ出したデジモンのお迎えと、これから新たに加わった新しい選ばれし子供達の選定に必要になる情報あつめという多忙な日々が目前に迫っていることになる。
物憂げな様子で選ばれし子供達が去った後を見ていたなっちゃんである。気持ちは分かるけど仕方ないっぴ、とピッコロモンは肩をすくめた。うん、わかってるの、と彼女は悲しそうに笑う。
「分かってたとはいえ、選ばれし子供達も大変だっぴねえ」
「ころもん、ちゃんと、あぐもんになれててよかったね」
「ホントだっぴ。トイアグモン辺りになっちゃってたらどうしようかと、ハラハラしたっぴよ」
くすくす、となっちゃんは笑った。
デジタルモンスターは、デジタルワールドに生息する生命体であり、もともとコンピュータウイルスが人工知能を獲得して生まれたため、本来持っていた無生物のような自己増殖機能が失われてしまった。
デジコアと呼ばれる心臓の核の部分には、姿や形質などの情報が詰め込まれている。基本的にデータが力を持つこの世界では、データ上に存在するモチーフとなったものを本能としてデジタルモンスターは生息している。
そのため、人間が想像し得るものはすべてデジタルワールドにいるデジタルモンスターという形で存在しているといってもいい。
人の歴史が反映されてきた創造物が由来となっているものも多く、人間社会の歴史の模倣として、基本的に戦闘本能が強い生命体であるが、それを知能が押さえ込んでいる状態である。そこに至るまでには、いろんな歴史があった。そして、今のデジタルワールドがある。
もしそうでなければ、きっとデジタルワールドは今なお戦いに満ちた世界であり続けていただろう。その平和に至るまでの途方もない戦いの歴史が積み上げてきたのが、進化というものである。
デジモンは姿や性質を急激に進化させ、生体変化を発生させることで、成長するのだが、それを進化と呼ぶ。幼年期1は、生まれたばかりでありまっさらですっからかんの状態である。
少しだけ成長すると幼年期2に移行し、デジモンは話すというコミュニケーション能力を身に着け、はじまりの町で愛情というものを知る。
成長期になると戦う意欲が出てくるので、それぞれがふさわしいエリアへとどこかの誰かさんによって分散していく。
成熟期は力を蓄えた状態であり、一般的に強いデジモンに分類されるものが到達するのが完全体、さらにこの大きな力をもつものを究極体という。
このように変化していく進化は、初めからきめられているものではない。
たとえば、デジタルワールドで初めて確認されたデジタルモンスターであるボタモンから進化するコロモンは、もっとも進化岐路が多いデジモンの一体である。選ばれし子供である八神太一のパートナーはアグモンに進化する。
しかし、ユキアグモンやトイアグモン、クリアアグモン、ほかにも遥か未来で生まれるX抗体を持ってるやつとか、X進化できる赤いベルトを腕に巻いたやつとか、エクストラアグモンとかいう、途方もない力を秘めたアグモンかもしれないよくわからないやつもいるが、関係ないので省略する。
「まあ、こればっかりは選ばれし子供達だのみだっぴねえ。まー、だからあの方も、進化ツリー渡すなんてことしたんだっぴ」
「うん」
なっちゃんとピッコロモンは知っているのだ。デジヴァイスを託したことの相当な重大さを。幼年期2から成熟期になるだけでも、進化経路は分岐する。さらに成熟期から完全体へもさらに分岐があるため、理論上ではネズミ算方式で究極体までの経路は存在することになる。
まるで木のように。これがデジタルワールドでは、進化ツリーと呼ばれている進化システムである。ゆえにデジタルモンスターにとって進化は生きることと同義であり、可能性は無限大と言われていて、生態においてもっとも重要な位置づけになる。
この進化ツリーのシステムを丸ごと組み込んだのが、小さなデジタル時計であり、光子郎がパソコンであると定義したデジヴァイスといわれるものが持っている機能の一つである。このシステムによって、選ばれし子供たちのパートナーデジモン達は、急激な進化を遂げることが可能となっている。
このシステムのもととなったのは、遥か200年ほど前に出会った紋章を持つ選ばれし子供の開祖となった、今はまだ現実世界にいる9人目の選ばれし子供の異能の力である。そして、もう一つ、デジヴァイスには友情値という機能がある。
これが一般的なデジタルモンスターとパートナーデジモンが、違うデジモン足らしめているところである。
それはパートナーとパートナーデジモンがもつ心のつながりが、その進化ツリーシステムに甚大な影響をもたらすという事実から解析され、組み込まれた。
かつて心を通わせた人間と呼ばれる存在とデジタルモンスターがそばにいて、何らかの仲介を果たすものがあれば、そのデジタルモンスターは、たとえ成熟期であろうとも完全体に打ち勝てるほどの爆発的な力を発揮する。
それは、ホイッスルを吹いたゴーグル少年が証明して見せたことであり、本来ありえないはずの現象、成熟期が完全体を打ち倒すというデジタルワールドの世界観を根幹から崩しかねない大事件と共に、どこかの誰かさんの前に現れた。
補足するなら、その完全体は、ネットワークセキュリティに属し、ホーリーリングというやがて古代種を復活させデジメンタル運用の動力源になるほどの生命の源である進化エネルギー。
チートアイテムを持った、まごうことなき、本来ならばなすすべなくお迎えの仕事を完遂させるはずだった、すさまじいデジモンである。かつ聖なる属性の証明を持った強大な敵である。
相打ち寸前まで持ち込むという驚愕の事実を持って、デジタマを回収して甚大なバグを抱えたまま帰還したパロットモンから解析された。友情メータは組み込まれ、これが満タンになった時、パートナーデジモン達は進化することができる。
そこにいるデジモンは、通常のデジモン達よりもはるかに強いパワーを秘めた個体である。主にパートナーデジモンの友情値と、パートナーの友情値がある。
ちなみにパタモンとブイモンの進化が遅いのは、古代種の因子が色濃く残っているパタモンと、進化に適合しておりなおかつ純正の古代種の末裔のブイモンでは、もともとこのメータがたまりにくいからである。すべては仕様だ。
そして。本来、デジタルモンスターは、進化前と進化後ではありえないはずの一貫性を伴う自我と記憶を保持して、自分は何者か、というアイデンティティを保つというありえないバグに見舞われるとパロットモンのようにデジコアを消費して、短命の転生を繰り返す。
その分強くなっていく因子は強化されるが、たいていは自傷行為を繰り返して、たとえネットワークセキュリティに属するホーリーリング保持者であっても、ワクチン種からウイルス種に進化先が固定されてしまうほどの致命的な病となってしまう。
進化ツリーが一本道に固定されてしまうという異常事態である。だが、本来のデジタルモンスターと、そのバグを抱えたデジタルモンスターでは、友情システムによって解析された。
もっとも相性がいいデジタルモンスターと出会った選ばれし子供の持つ親近感では、想定される心のつながりの深さでは、圧倒的に後者のほうに軍配が上がる。
それは進化ツリーを作り上げた子供と、バグをもたらした子供の、デジタルモンスターという生命体に対する初遭遇時点での印象、を比較して行った解析により明白である。
この事例により、デジコアを消費しないようにデジメンタルの機能を組み込んだのがデジヴァイスであり、
意図的に進化ツリーが幼年期で止まるように情報をデジコアと進化ツリーに組み込み。
進化ツリーがあるにも関わらず、デジヴァイスを介した進化経路が一本しか許されず、間違った進化、正しい進化が生まれることとなる。意図的に仕様となったバグを組み込まれることで、誕生したのが選ばれし子供達のための、選ばれしパートナーデジモン達である。
すべて決まっていたこと。とはいえども、いろんなことが想定がいの連続である。これが選ばれし子供達が選ばれた理由なのだろう。
「とはいえ、救世主になってもらうために、いろいろ小細工しなきゃいけないのも可哀想だっぴねえ」
「あとすこし。あとすこし、だけ、まってもらおう、ぴっころもん。わたし、ほめおすたしすさまからいわれてるの。ごめんなさい、するんだって。もう、してもいいよって、いわれたから」
「あー、やっぱりそうだっぴか。おかしいとおもったっぴよ」
「うん。あのとき、いえなかったこと、いっぱいいっぱい、ごめんなさい、しないといけないから」
だから、がんばって、としか遠くの空の果てから願うしかないなっちゃんである。大輔に時がきたら渡さなければいけないものがある。今はまだ、その時ではないから。
乗り越えて。頑張って。その先にきっと、奇跡は起こるから。かつて、一度エンジェモンが本来のエンジェモンになってしまったのは、おそらくタケルとパタモンの心のつながりが不十分であるにも関わらず。
パタモンの友情値だけが規定値に達してしまったために進化してしまい、なおかつ仕様のバグが進化したエンジェモンにうまく適応できなかったからだろう。
スカルグレイモンは、アグモンと太一の友情値がどちらも未満にも関わらず、心のつながりが離れたあげくに、紋章を使おうとしたことに対する制裁である。どちらも段階は違うが暗黒進化の一例である。
では、心のつながりは十分であり、パートナーデジモンとパートナーの友情値も十分であるにも関わらず、
紋章ありきの選ばれし子供であるがゆえに、本人らしくない行動によって引き起こされる暗黒進化は、いかなるものなのだろうか。
しかし、奇跡は諦めないものにこそ現われる。この冒険は選ばれし子供達が自分らしさを取り戻す冒険でもあるのだ。なっちゃんは待っている。お姉ちゃんを守るんだって叫んだ大輔と再び会えることだけを胸に秘めて。
ただ黒子は舞台裏でささやかな支援をすることしかできないのである。