大輔は生まれて初めて、風という自然現象の恐怖を逃れることができない最悪の状況下で、ほかならぬ運命共同体であるパートナーデジモンからまざまざと見せつけられている。
名前を教えてくれないからわからないこのデジモンが現れた時、砂埃はまっすぐに昇っていたし、太一たちとそばにいた大輔を見つめるこのデジモンの眼差しのように、穏やかな空気が流れていた。
背中に乗せられた時、振り落とされそうになって反射的に抱きついた大輔を確認してから、このデジモンは畏怖の咆哮をあげた。砂煙は明らかに風向きを変えてなびき始め、顔に風が感じられるほどの空気の塊の動きが顕著化する。
大輔の髪の毛とか、洋服とか、靴紐とか、いろんなものが揺れ始める。
訳が分からないまま混乱している大輔を乗せたデジモンを中心に、砂埃が舞い上がり、小さなゴミなどあらゆるものを吹き飛ばさんと宙に舞い始めた空気の動きは風となる。
砂漠の砂を固めてできたピラミッドの石壁が浸食されて、削られた黄砂が真っ黄色な風となる。びゅうびゅうびゅう、と風の声が聞こえる。
大輔、ってかき消されそうになる大声で手を伸ばそうとしてくれた太一たちがいたのだ。
はっとなって無我夢中で手を伸ばそうとした大輔を引き裂くように、風はもし傘をさしていたら一瞬で骨組をへし折り、吹き飛ばしてしまうほどの威力となって四方に襲い掛かった。太一たちはもう立っていられない。
もう風に向かって歩けない。大輔とデジモンの周囲だけは無風である。
ゆえに大輔は異常事態にいやでも気付いてしまうのだ。あれだけ頑丈なつくりをしているはずの、高圧電流が流れている鉄柵が揺れ始めたのだ。
太一たちが吹き飛ばされて、壁に叩きつけられて、ぐったりするところを大輔は見た。かろうじて意識はあるようだが、もう目すら開けていられないような強風である。
助けてくれようとしているところを、この漂流生活で初めて目撃した大輔は、即座に自分が一瞬でも思ってしまった
「みんないらない」がどれだけ愚かで稚拙な思考だったのかと思い知らされるのである。それを思ってしまった自分がとっても怖くなったのである。でも、もう遅い。ほかの選ばれし子供達と引き離された大輔は、
ただただ安全地帯からそれを傍観するしかできないのである。
よりによって、加害者側のすぐ上からという超至近距離の視点で。風はとうとう暴風となる。めったに起こらないはずの蹂躙が始まる。広範囲に甚大な被害をもたらし始めていた風が、一点に収縮する。そのデジモンの大きく裂けた口から吐き出される。
どごおん、という豪快な音すら置き去りにして、鉄柵は見るも無残な形でひしゃげ、大きな穴をあける。熱風を浴びた鉄柵はもうドロドロである。無理やり突破したその穴の先端は、こうこうと赤く、白く、光っている。
ぶっこわされた備品が奥へと飛んでいく。一瞬の出来事だった。ひい、と慄いてぎゅっとつかむ手が強くなる。
頼りにしてくれているのは自分だけだという途方もない勘違いを起こしている狂信者は、パートナーのために、悲鳴のするほうへと一目散に駆け出したのである。もう一直線である。
大輔は躍動する巨体に振り落とされないように精一杯で、ぼさぼさの緑色のたてがみとしっぽに必死でつかまりながら、恐怖と大パニックと大混乱でぐっちゃぐちゃになったまま、泣き始めたのである。もう視界は見えない。
もちろん、パートナーデジモンは、抱きついてくれているパートナーが頼りにしてくれているから、体をゆだねてくれているのだと信じてやまない、かつて背中に乗せた時のように。大空を飛んだように。
そして、泣いているのは空お姉ちゃんを連れ去ったナノモンのせいであると盲目で狭すぎる視界しか見えない大馬鹿は思い込むのだ。
よりにもよってパートナーの目の前で。なんにも考えないで平気で嘘をつくことが誰よりも嫌いな大輔の目の前で。
食べることや寝ることや遊ぶこと以外は何にも考えないでいつだって全力なところが大好きだって、大好きな人からそれが大輔のいいところだと褒められたから一生懸命頑張っていたパートナーの目の前で。
ほかならぬ大好きな人から、そこが大っ嫌いだって言われてしまったかわいそうな男の子の目の前で、あのナノモンはやったのだ。言い放ったのだ。「お前らの役目は終わった」って。いらないって言い放ったのである。
この子がどれだけその言葉で抉られるような悲しみを抱いているのか、だれも気付いていないのに!その時点でこのデジモンの中では明確なまでに殺意が芽生えていたのである。
それだけなら、まだ大輔がデジモンを殺すことに対して覚悟を決められていないから、スカルグレイモンの時のように進化ができなくなるほどエネルギーは奪われてしまうと分かっていたから何とか押し殺していたのだ。
そしたら、あのナノモンは禁忌に触れたのだ。今の大輔のすべての原点である、ジュンお姉ちゃんと同一視している空お姉ちゃんを大輔の目の前でさらうということをやってしまったのだ。
大輔が強くなったら、お姉ちゃんは泣かなくていい、つらい思いをしなくていい、だれも傷つかない、だから大輔がお姉ちゃんを守るんだって決意と覚悟を固めた、すべての原点を根本から全否定することをやってのけたのだ。
大輔が自分の無力を感じて絶望して、見る見るうちにきらきらとしていた眼差しが濁りきっていくのをこのデジモンは見ていた。泣き崩れるところを見ていた。空お姉ちゃんって必死で我慢して上級生たちが後を追いかけていくところを見ていた。
心配したグレイモン達から大輔を頼むよう言われて、追いかけた先でデジモンは見たのだ。何度も何度も大輔に対して守ってやるから心配するな、もっと頼れって言いながら、
何度となく裏切ってきた彼らがまた裏切るという最悪の光景を。そして確信するのだ。
結局大輔を守れるのは自分しかいないんだと。誰も信頼なんかできないんだと。デジモンが誰よりも大好きな人を踏みつぶそうとする敵でしかないのだと確信するのだ。
恐ろしいことにこの時点で大輔とこのデジモンの思考回路は経緯や思いは全く異なるとはいえ、寸分狂いなく一つの結論にたどり着くのである。そして、大輔の誰かを守りたい、助けたい、救いたい、という思いと寸分たがわぬ気持の昇華があって、心のつながりが顕著になり、
そして暗黒進化は起こった。
大輔は一瞬だったが、このデジモンは今なおそれにとらわれている。大切な空お姉ちゃん以外はみんな敵だ!みんないらない!みんなみんないなくなっちゃえ!みんな死んじゃええええ!
だからセトモンの額にある模様はどす黒くにじんで見えないのである。
大好きな空お姉ちゃんの紋章であるハートマークの真っ赤な紋章は、途方もない憎悪に代わってしまっているのだ。
これは大輔がオーバーライトを負担するデジメンタルの代わりをしているという、ブイモンと大輔のあり方が最悪の形で反映された。
デジメンタルのエネルギーに大きく依存する古代種は、デジメンタルである大輔の爆発した感情によって進化先が決定されるという、本来なら大輔の負担を考えて禁じ手とされている現象をやってのけてしまった。
予め選定された個体であり、進化ツリーを一本化している生まれながらの選ばれし現代種のデジモン達と違って、古代種の生き残りは一つの個体しかいないから代用がきかない。もともと進化ツリーは不確定。
本来のデジタルモンスターとしての在り方が残っていたがための悲劇だった。早く空お姉ちゃんを助けたい、という大輔の願いを反映して、エクスブイモンよりも早く移動できる風の力の使い手が選ばれた。
無機質にプログラムは実行された。
そこにいるのは、野生のセトモンでありながら、記憶が一貫しているという恐ろしいほどに狂った思考回路のおぞましい何かである。
暗黒進化の制裁は、連帯責任である デジモンだけでなく、大輔にまで及ぶ。
なんか、だるい。なんか、つらい。なんか、体が、力が入らない、なんだこれ。なんだこれ。あれ?あれ?あれ?
次第に熱に浮かされたようにぼーっとし始めた大輔である。力が入らなくて、ずるずると落ち始める。
それに気づいたセトモンは、ほんの少しだけスピードを緩めた。風邪の初期症状にも似た現象に襲われた大輔である。はっとした大輔である。もしかして、オレの声、届いてるのか?怯えきっていた大輔は少しだけ気力を取り戻した。
「ブイモン、ブイモン、戻ろう、早く戻ろうぜ、なあっ!」
大輔は必死で呼びかけるのだ。
「なんでしゃべってくれないんだよ!なんでこっちむいてくれないんだよ!なあ!ブイモン!ブイモンってば、なあっ!」
元気だと確認したらしいセトモンは、再び暴風とかす。どこいくんだよーっという絶叫がこだました。
大嵐の蹂躙は続く。大輔の目の前で、どんどんいろんなものが破壊されていく。
どこかで見たような光景に、大輔は戦慄するのだ。似てる。とんでもなく似てる。もしかして、これ、光が丘事件の時みたいだって大輔は思い出して一層抱きつくのだ。
セトモンの暴走を加速させるともしらないままで。ようやく大輔はジュンお姉ちゃんがあの日の夜、光が丘事件の夜の時、どうして泣いていたのか、こわい、こわい、こわいって泣いていたのか。
怯えていたのか、震えていたのか、崩れ落ちて、大輔の知らない普通の女の子であるジュンお姉ちゃんになったのか悟ったのだ。部屋に閉じこもるようになったのか、理解するのである。今の大輔と一緒だから。
全く同じだから、気付けたのである。大輔はジュンお姉ちゃんもデジモンが見えていると信じてやまないので、完璧に理解することはできないが、目の前でいろんなものをぶっこわされて、きっと大輔よりも50センチ以上高い世界で生きているジュンお姉ちゃんは。
きっと大輔よりもいろんな世界が見えていたのだろう。それらが一気に一夜にして吹き飛ぶのだ。なんておぞましい。でも大輔はなっちゃんのお仕事を知っている。かつてお母さんが大輔を幼稚園まで迎えに来たみたいに、グレイモンをなっちゃんは迎えに来ただけだって知っている。
どっちもわるくない。だから大輔は現実世界に帰ったら、なっちゃんのこと、お姉ちゃんには話そうって決めたのだ。それを思い出した大輔の眼は、少しだけ輝きを取り戻した。
そして、大輔は気付くのだ。
隠し通路を突き進んでいるらしいナノモンを追いかけているセトモンは、当然すさまじいスピードでどんどん階層を下って行くことに。大輔は混乱する。なんで?なんで?なんで?おかしいだろ、光子郎先輩いってたのにって。
さかさまピラミッドってやつの下はもう一個ピラミッドが埋まってるんだって。なのになんでこいつ、どんどん下にいってるんだ?なんでここが最下層、一番下のはずなのに、まだまだ下に行けるんだ?って。
大輔は知らない。ただナンモンを追いかけているセトモンも知らない。
ナノモンは用意周到なデジモンである。エテモンに復讐するためだったら、なんだってするデジモンなのである。
だから奥の手は奥の手として最後まで残しておくデジモンなのである。
さかさピラミッドは対となるピラミッドが埋まっているのだが、もうひとつ、さらにさかさまのピラミッドが存在するのである。
その最深部近くには、部屋がある。
かつてエテモンがナノモンを拉致し、スクラップにしたときに思考回路を破棄した部屋があるのだ。そんなこと知らないまま、大輔を乗せたセトモンは、ナノモンを追いかけている。
その間にも、オーバーライトを負担する大輔にのしかかるダメージは蓄積していく。呼吸が荒くなる。のどが渇く。体が熱を帯びて、体が火照ったようになる。妙なテンションになる。ろくな思考回路たどれなくなる。大輔は人間である。
デジメンタルのようにエネルギータンクではないから、次第に衰弱していく。デジヴァイスを介してもダメージは軽減されない。暗黒進化したせいで、負担がもろに大輔に飛んでくる。みるみるうちに衰弱し始めた大輔に仰天するのはセトモンである。
背中でぐったりし始めた大輔に、セトモンは止まったのである。
「なあ、ぶいもん、かえろ、なあ、たいちせんぱいたちの、とこ」
セトモンは嫉妬の憎悪をたぎらせて、少しだけ遅くなった足取りで下って行くのだ。なんでよりによって出てくる名前が天敵の名前なんだっていう理由だけで、ますます大輔の容態は悪化する。
わけがわからないまま、大輔は必死でゆっくりになったことで安定し始めた背中を、力を振り絞って昇り始める。たてがみをはいつくばって、はいつくばって、よいしょって昇り始める。
鋼色の仮面のあたりまでたどり着いた大輔は、同じ視界を見るのだ。そして目を丸くする。
「ブイモン、止まってくれよ!なあ、このまんまじゃ危ないって!ぶつかるって!ガジモンたちケガするってばっ!」
進行方向には見回りをしているガジモン達がいた。大輔の中ではコロモンの村で遭遇したガジモン達は、弱虫で臆者だ。ブギーモンという成熟期の姿を見ただけで、逃げ出してしまうようなデジモンとしてガジモンは認知されている。
弱い奴には意地悪して、強い奴には逃げ出す奴だって思っている。だからこのデジモンはすっごく強いから、攻撃なんかしなくっても逃げていく。実際に大輔の目の前でガジモンたちは恐れおののいて逃げようとしているのだ。なのに、戦闘態勢に入っているデジモンである。
やっぱりおかしい。おかしくなっているって大輔は思うのだ。いつものブイモンだったら絶対にこんなことしない。傷つくようなこと、ひどいこといっぱい言われたけど、いつだってそれは大輔の1番になりたいのに気付いてくれない大輔を思っていったことである。
自信過剰だってピッコロモンはいったけど、大輔にとってはそれが何よりもうれしかったのだ。そんな大輔が傷つくことを誰よりも怖がってくれるパートナーデジモンがこんなことするわけがない。
高圧電流が流れている鉄線を突き破るのに使った、熱風の必殺技を執拗にぶつけようとするなんて!大輔は最後の気力を振り絞って、仮面の上によじ登るのだ。
その時、たまたまどす黒くなっている模様に触れて、うっすら光が帯びるが、だれも気付かない。大輔は無我夢中だった。止めなくちゃ。オレが止めなくちゃ。オレになんかあったら守ってくれる?ってブイモンは言ってたんだ。
結局オレはこいつに何にも出来てない!返せてない!オレがブイモンのこと守らなきゃ!パートナーデジモンはパートナーに嫌われたら、死んじゃうより怖いんだって言ってたんだ。
じゃあ、オレが大っ嫌いになりそうなことをしちゃう前に止めなくちゃ。オレはブイモンのこと、大好きなんだ。大嫌いになんか、なりたくねえよっ!それは、本宮大輔が、この漂流生活において初めて見せた「諦めたくない」である。
そして大輔は飛び降りた。かつて初めてこのデジタルワールドに来た時に、生命の危機にさらされたときに逃げ場がなくて、追い詰められて、行動した時とは違って。自ら危険の中に飛び込んだ。
自分から行動した。誰かを守りたい、誰かを助けたい、誰かを救いたい、って願った、だれよりも強かった本宮大輔のように、自分から、心の底から願って。このデジモンなら元に戻ってくれるって信じて。あきらめないで行動した。
大輔は飛び降りる。そして止めるために立ちふさがった。両手を大きく広げて立ちふさがった。ガジモンたちがかわいそうだったから。大輔がガジモンたちが熱風にのまれて死ぬところをみたくないから。
そして、大好きなパートナーデジモンにこんなこと、させたくないから!
「止まってくれよっ、ブイモンっ!」
大きく大きく響き渡った声である。セトモンの行動はどこまでも大輔ありきである。大輔が目の前に現れたら本能的に止まってしまう。放たれるはずの必殺技は散見する。
逃げても逃げても追いかけてくる真っ赤な魔獣を止めてくれた大輔に、
なんだ、なんだ、とガジモンたちはビックリ仰天するのだ。どいてくれ、とセトモンは唸る。
敵は殺さなくてはいけない、と尋常ではない殺気がガジモンたちに向けられる。ひい、と縮こまったガジモンたちを背に、大輔は首を振った。
「ぜってーやだっ!ぜってーどかねえぞ!今ここでどいたら、絶対後悔するんだ!オレ、もうやなんだよっ!
もう大好きな奴大っ嫌いになんかなりたくねえんだよ!させんなよ、させないでくれよっ!なあ、ブイモンっ!」
切実な想いが響いた。こだました。ぼろぼろに泣き始めた大輔に、セトモンは硬直するのだ。
なんで大輔が飛び出してきたのか、なんで大輔が必殺技を繰り出そうとする真ん前にやってきたのか、なんで敵をかばうのか分からなくて、本気で分からなくて唸っていた、怒っていたセトモンは、ぴたり、と止まるのだ。
大輔を泣かせているのは自分だと、はっきりとこの場でほかならぬ大輔から言い放たれたのである。大輔を思っての行動が、大輔を傷つけたのだ。泣かせたのだ。しかも大輔は大好きなブイモンを大っ嫌いになりかけている。
大っ嫌いになりたくないとパートナーが泣いている。泣かせたのは、誰だ?となけなしの理性が残酷な事実を突きつける。セトモンは自分だって気づいてしまった。
誰よりも守りたい相手を守れなかった。その絶望は奈落の底へと突き落す。
「ブイモン?」
苦しみ悶え始めたセトモンに、心配になった大輔は駆け寄る。真の意味で孤独になってしまった暴風雨は、とうとう大爆発を起こしてしまう。
どこまでも大輔を傷つけないように放たれた悲しみの咆哮はピラミッド全土を揺るがした。
もちろん、その必殺技を使用するのに使われたオーバーライトはもろに大輔に返ってくる。セトモンの目の前で、大輔はとうとう意識を失って倒れてしまう。目の前で崩れ落ちる。
そして、がっくりとなった体がセトモンの頭部を覆っている鋼色の仮面に倒れ掛かった時、セトモンはすべてを悟るのだ。大輔を苦しめているのは自分だってことに。すべての負担は大輔にかかっているんだってことに。
大輔はデジメンタルなんだってことに。取り上げられて引き離されて封印された命より大事なものを壊しかけているのが自分だって気づいたセトモンは、これ以上のオーバーライトの酷使は大輔に甚大な影響を及ぼすと悟って、停止したのである。
皮肉にもそれは気を失ったことで大輔がこれ以上セトモンの暴走に付き合いきれなくなったときと、ほぼ同時だった。ほぼ、共倒れである。
セトモンから涙が零れ落ちた時、退化の光に包まれたパートナーデジモンは、そのまま水色のデジモンへと戻ってしまった。ぐったりとしているパートナーのところに、ぴょん、ぴょん、とスライムみたいになってしまった身体を擦り寄らせる。
だいしけ、だいしけ、って呼びかけて見るが、返事が無い。こっちみてくれない。呼んでくれない。名前を呼んでくれない。怒ってくれない。泣いてくれない。元に戻ってよかったって喜んでくれない。ただうごかないパートナーがいる。
ぶわっとあふれだした涙は止まらない。やだ、やだ、やだ、一人にしないで、だいしけええって叫ぶのである。
このデジモンはかつて途方もない昔に始まりの街に生まれて、どこかの誰かさんによって同族と共に暮らしてきた。古代種が絶滅する時に、本来ならみんなと一緒に消えていく定めだった所を救い出された。
一人ぼっちで泣いているのをみかねて、渡された命より大事なデジメンタルと共にずっとずっと眠り続けることを定められたのである。いつか、一人ぼっちではなくなることを夢見て。
だから、始まりの街で生まれて、愛情を知って、野生の現代種に近い形で適応してきた他のパートナーデジモン達とは根本的に違うのだ。ひとりぼっちを知っているのだ。このデジモンは。
それがどれだけ残されたものにとって、残酷なものなのか。
「だいしけ、ごめん、ごめん、おれ、だいしけのこと、きずつけちゃったあああ!」
起きてよう、だいしけ、だいしけ、死んじゃやだああって泣いているちっこい水色に、おそるおそる出てきたのはガジモンたちである。殺されそうだったのを助けてくれた子供である。突然倒れたのだ、無理もない。
「お、おい、こいつ、どうなっちまったんだ?」
「わかんないいいっ!でも、でも、だいしけしんじゃうよおおっ!」
「はああああっ!?」
気絶しているだけなのだが、勘違いを起こした水色はパニック状態で要領を得ない。おいおい、どうするよ?こいつ選ばれし子供みたいだけど、あきらかに俺たちのこと助けてくれたよな?どうするよ?俺に言うなよ。
ってガジモンたちは秘密の相談である。途方に暮れる彼らに追い打ちをかけるように、突然ピラミッドが揺れ始めたのである。
「けて」
「あ?なんだ?」
「たすけてーっ!だいしけが、だいしけが、おれじゃだめなんだ、おれだけじゃだめなんだよーっ!おねがい、なんでもする!なんでもするから、だいしけのこと、たすけてええ!」
わんわん泣き始めた幼年期にガジモンたちは顔を見合わせた。
「なんでもするのか?」
「うん」
「ほんとに、なんでもするのか?」
「うん!」
「「「………」」」
ガジモンたちは顔を見合せた。そして、うなずくのだ。
「じゃあ、たすけてやる」
「ほんとかっ!?ありがとう!なにすればいいんだ?」
「お前だけじゃだめだ。こいつにも手伝ってもらう」
「え?だいしけも?」
「ああ」
「なにするの?」
「ナノモン様を」
「え?」
「ナノモン様を元に戻してくれ」
「え?それってどういう?」
「説明は後だ。こっちこい!俺たちの休憩場所があるから、かくまってやる」
「う、うん!」
助けを求めることを知った古代種の末裔は、ガジモンに抱きかかえられて運ばれる。パートナーも運ばれる。そして、気付くのだ。
あれだけあれだけ待ちわびても現われなかった兆候が、ぴかぴか光らなかったタグが、ひきつけあう心の紋章の在処を知らせるために、瞬き始めるのを。
大輔のデジヴァイスの下で輝いているのを見るのだ。この瞬間から、大輔一色だったチコモンの世界は一気に広がりを見せるのである。
わああって喜ぶのである。みつけた!みつけた!だいしけの紋章!近くにあるんだって。きっとこのデジモンは一生忘れない。仲間がどれだけ大切なのか、助けを求めることができることが、どれだけ幸せなことなのか、分かったから。
空お姉ちゃんを助けるには、だいしけを助けて、紋章を見つけて、ガジモンの言う通りナノモンが元に戻るとかいうよくわかんないことを手伝えばいいんだってことが分かったので、きっと間違いは犯さない。
悲しみの咆哮はピラミッド内部の天辺から地下にまで貫かれている隠し通路にまで、大暴走の極致として到達した。
古代種の潜在能力を完璧に開放していたこのパートナーデジモンが放った必殺技は、オーバードライブを引き起こして崩落を呼ぶ。
地下に埋まっているエリアはともかくとして、さかさまで本来天辺であるべきところを持って、支えとしていたピラミッドはすさまじい勢いで崩落したのである。
その衝撃はとんでもないところまで及ぶ。大輔とセトモンを追いかけようとぶち抜かれた鎌鼬の後を懸命に追いかけていた太一たちを巻き込む。
幸い、エテモンとナノモンの大乱闘で生じたエネルギー体が出口を失って大爆発を起こし、発生していた大穴のおかげで間一髪、生き埋めになるのを免れることになるが。
そして、最初の大爆発が太一から借りていた望遠鏡で今か今かと待ちわびていたヤマトたちを不安にさせていた上、ピラミッドが突如大爆発を起こしてもろとも崩れ去るというとんでもない事態となってしまう。
不安になっていた彼らが太一達を発見して喜ぶも、そのメンバーの中に空と大輔がいないという異常事態となる。結局夜となってしまったため、一時退却せざるを得ないことになるなんて誰も知らない。
彼らは結局、打開策を考えられないまま、古代遺跡の中で一夜を明かすのだ。すべては光子郎のピラミッドの内部情報の解析待ちである。これがきっかけである。
今までくすぶっていた上級生組の亀裂が決定的になり、実質的なリーダーとムードメーカーの一人を失った彼らが、今まで懸命に隠し続けていた下級生達の前で、修復不可能になるギリギリ寸前までの大喧嘩に発展してしまうことになる。
そして下級生たちが上級生たちにすべてをまかせている現状に対して、このままでいいのだろうか、大丈夫なのだろうか、って今まで見て見ぬふりをし続けていた不安をはっきりと自覚することになる。
少なくても、これで選ばれし子供たちの疑心暗鬼の芽は大輔と空を除いて生えた。種はまかれた。これまでの冒険を支え続けていた仲間と進化とパートナーデジモン達という信頼関係が、緩やかに散見していく。ほぐれていく兆しとなる。
無意識のうちに、彼らが心の底から信頼できるのはパートナーデジモンだけしかのこされないことになる。でも、これはまだ一時的なものである。
空と大輔を助け出すという一致した目標がある以上、一致団結しなければならないのはみんなわかっているし、太一たちが空を救出できなかった状況も、大輔を止められなかったのも、みんな理解できるし、同情できるし、だれも悪くない。
だから自分を責めるのだ。限界はかなり近いんだけども。沈黙が、重苦しいまま、彼らは朝を迎える。