「太一せんぱあああいっ!みんなあああっ!」
開かれた扉から真っ先に出迎えたのは、頭にかみついているチコモンを揺らしながら、飛び込んできた大輔である。太一に抱きついた大輔は、ごめんなさい、ごめんなさい、って言いながら大泣きである。
みんなピラミッドで何かあったかはもう知っているので、この可哀想な男の子をあやしてあげるだけである。ピラミッドエリアが崩壊したと知らされた大輔は、命の危機にさらしてしまったことを気に病んで、もうわんわん大泣きである。
太一は、いいんだよ、とくしゃくしゃに頭をなでてやる。そして、みんな驚くのだ。大輔の頭の上に寄生しているこの水色はなんだと。へにょりとした角をうつむかせて、大輔の頭の上に乗っかりなおし、チコモンと名乗った幼年期1は泣き始めた。
そして、ようやくその正体を明かすのである。古代種のこと。オーバーライトのこと。デジメンタルのこと。アグモン達とは違って、一人ぼっちでずーっと眠り続けていたこと、一人ぼっちで現代種に交じって遊びながらだいしけをまっていたこと。
だからこそ、だいしけが取られるのではないか、と怖くて怖くてたまらなかったこと。だからだいしけが一番頼りにしている太一がだいっきらいなこと。そして、だいしけとチコモンの運命共同体ともいうべき、特異な関係性について。
とりあえず、チコモンは、今までのうっぷんもかねて太一からぶんなぐられて飛んだ。
「なにやってんだああっ!なあにがデジメンタルだよ!大輔のことなんだとおもってんだ!こいつはオレたちとおんなじなんだぞ!デジメンタルがなんなのかしらねえけど、大輔はものじゃねーぞっ!ずーっと進化にかかっちまう負担を半分こしてんなら、ぶったおれてあたりまえじゃねーかあっ!大輔殺す気かあっ!」
それはかつて、光を殺しかけた時に、本気で怒った母親からおじいちゃん仕込みの張り手を食らったときに言われた言葉とまんま一緒である。もちろん太一は分かって言っている。びっくりするくらいチコモンがかつての自分と一緒だからイライラして言い放った。
ああ、そっか、こいつのこと嫌いなのは、暗黒進化させちまったオレと一緒だからか、とようやく同族嫌悪を自覚するに至る太一である。ってことはオレってこんなにみんなにいらいらさせちまってたのかよってちょっとへこみながら、我に返って優しくするのだ。
ごめんなさいって泣いているチコモンに。仲間は大事だって良く分かりました、反省してます、ゴメンナサイって反省している大バカに。みんな、チコモンのことを知って驚いて、そして認識を新たにするのだ。
ああ、この子は大輔君みたいな子なんだと。
「でも、もうわかったんだろ?なら、いいけどな。もう二度とこんなことすんなよ、パートナーデジモンなんだろ。でもなあ、はっきり言っとくぞ、チコモン、オレはお前が嫌いだ」
「ありがと、太一。でも、オレだって嫌いだよーだっ!」
あっかんべーしている水色は太一にサッカーボールにされた。酸の泡がしゅーって煙を放つ太一の足元の超至近距離に放たれて硬直する。
かちん、ときた太一はますますチコモンを捕まえて、むにいいっとやわらかい体をひっぱっていじめるのだ。大人げないからやめなさい、って空からどっちも拳骨を頂戴した。
え?なんでこいつらこんなに仲悪いの?ってみんな置いてきぼりである。
そんな中、たーって大輔のところに走ってきたタケルである。あ、タケルって仲直りしようと笑った本宮大輔はぶっとばされた。はったおされた上から、馬乗りにされ、容赦なく乾いた平手打ちが響き渡るのである。
「大輔君のわっからずやああああああっ!」
タケルの大絶叫が響いた。
「僕わかんないよ!子供っぽいからわかんないもん!なんでなんでいっつもいっつも大輔君はそんなふうになっちゃうのさあっ!そうじゃないでしょっ!そうじゃないだろっ!なんで、なんでわかんないんだよっ!
僕たちが欲しい言葉はそうじゃないって、ずーっと僕よりずーっと、いろんなこと知ってるくせになんでわかってくれないのさあっ!」
大輔の上にぼろぼろと涙が零れ落ちていく。
「大輔君はひとりじゃないよ!ずっとずっと僕たち一緒にいるじゃないかあっ!ずーっと、ずっと、僕たちは、太一さんたちに守ってもらってるんだよおっ!なんでわかんないのさ!大輔君、今、どうなってる?」
わかるでしょ!とタケルは叫ぶ。
「クラブとか部活とかそういうの何にもやってないくらい、なんにもできない僕が、手をあげて、上から、こーやっちゃったら、もう動けなくなっちゃうじゃないかあっ!ぼくより、ずっと、ずっと、何にもできない大輔君になっちゃうじゃないかあっ!みんなみんな心配してるんだよ!だから大輔君を守ろうっていっぱいいっぱいかまってもらってるんだよ!頭撫でてもらったり、声かけてもらったり、いっぱいいっぱい守ってもらってるんだよ!大輔君!」
ここでようやく、本宮大輔という意固地な大バカ、はってなるのである。うらやましいくらいに!ってタケルの顔には書いてあるから。
「ごめんなさい、じゃ、ないでしょおっ!いーっすよ、きにしないでください、じゃないだろっ!みんな怒ってるよ!なんでなんでみんなにないしょにしちゃうのさあっ!大輔君嘘つくのへったくそなんだから、そういうのやっちゃだめなんだよおっ!大輔君、ひみつにしちゃうのつらいってずーっといってるじゃないかあっ!」
ぜいぜいいいながら、タケルはいうのだ。
「ぼくはいいよっ!子供っぽいもん。でもでもでも、古代種とか、オーバーライトとか、よくわかんないの、でも、大輔君とチコモンが死んじゃうかもしれないんだってことわかってるなら、なんでそんな大事なこといわないのさああっ!みんなのほうが、ずーっとずっといろんなこと知ってるの、大輔君のほうがずーっと知ってるくせにいっ!」
そして睨み付けるのである。
「なんだよう、大輔君だって子供っぽいじゃないかあっ!ぜーんぜん、わかってないじゃないかあっ!みんなみんな、大輔君とチコモンが危ないって気付いてたんだよ?でも、みーんな、優しいから、今みたいに何にもできない大輔君になっちゃって苦しんじゃうのがかわいそうだから、みんな、みんな、見守ることしかできてなかったんだよっ!それをひとりぼっちになっちゃったとか、ふざけるのもいい加減にしてよっ!」
ごめんなさい、と謝っている時点で全然分かっていないことを射抜かれた大輔は舌を巻く。こいついつの間にって、わがままな傲慢は驚くのだ。
「ぼくわかったよ、大輔君!僕はわからずやの大輔君にこーいうことを教えてあげなくっちゃいけないんだ!だって僕、子供っぽいから、みんなみたいに優しくないもん!どうすればいいのかなんてぜーんぜんわかんないもん!でも、今の大輔君なんて、僕、だいっきらいだよっ!僕の知ってる大輔君じゃないもん!」
タケルは続けた。
「太一さんがいってたよ!僕は大輔君のそばにいるだけで、大輔君がこういうことになるのを止められてるんだって!大輔君たちがこういうことになっちゃうのを、大輔君たちがやめちゃえるんだって!おもちゃの街のときだって、コカトリモンの船のときだって、僕何にも出来なかったけど、大輔君がこういうのになるのを止められてたんだ!僕が大輔君たちに教えてあげなくっちゃいけないんだ!大輔君は僕とおんなじ、小学校2年生なんだって!」
そして、ようやくタケルはいうのだ。穏やかな顔で。
「僕、勘違いしてた。大輔君ってなんでもできるよね。僕よりおっきいし、かけっこだって早いし、お友達作るのだってすっごく上手だし、いろんなことしってるし、いろんなことできるし、僕よりずっとずっとすごいよね。だからね、僕、大輔君みたいになりたいなって思ってたんだ。僕、なんにもできないもん。でも、大輔君もチコモンも、僕とトコモンと一緒なんだってわかったよ。
なんかよくわかんないけどすごいんだって思ってるから、大輔君と親友になれないんだなってわかったよ!」
浮かんでいるのは笑顔である。それはもう、とびっきりの。
「分からず屋の大輔君に教えてあげる!またこういうことが起こらないように、おこっちゃわないように、
こーやって止めてあげる!それが僕にできることなんだってわかったよ!」
だから喧嘩しようねってタケルは言う。それがどこまでもヤマトと太一の初対面時の大喧嘩のオマージュなのだとしても、トレースにしか過ぎないのだとしても、無意識を意識的に変えてくれる行動は、ずっとずっと大輔には響くのである。
だからといって殴りあいの一方的なふるぼっこタイムになるのはいかがなものかと思われるのだが、本人も言ってるように、今のタケルは体力も力も皆無な非力な小学校2年生のため、ジュンお姉ちゃんとの大喧嘩でなれっこな大輔にはちょうどいい冷やし水である。
呆然と見ていた子供達だったが、さすがに加減を知らないタケルの本気のド付き合いはとどまるところを知らないので、あわててヤマトが割って入ったのである。暗黒進化の兆候は啄まれたのだが、なんか別の方向で開花してしまっているのは気のせいか。
まあ、身をもって教えられたほうがどこまでもどこまでも自分のことが大切にできないこの大馬鹿にはちょうどいい。3年後も同じかどうかは分からないが。
げほげほ咳き込みながら、こんのやろう、ってぬぐった大輔はしばらくの休息を要した。
「どっちがわからずやだ、こんのにぶちん!うらやましいのはこっちのほうだっつーの!いっつもいっつもオレのことばっかり頼りやがって!
オレは便利屋さんでもなんでも屋さんでもねえんだよ!ちょっとは自分でいろんなことやろうとしろよ!
頑張ろうとしろよ!何にも考えずにずっとみんなに守られたいのはオレのほうだよっ!オレの気持ちも考えずに相談ばっかりしやがってえっ!
うぜえんだよ!うざったくてしかたねえんだよ!
頼りにされたいとか、対等になりたいとか、口ばっかりで、甘えたくないとか言ってるくせに、いっつもいっつもオレに頼ってばっかりじゃねーかあっ!なんにも考えないで嘘ついてばっかりじゃねーかあっ!
オレがそれが世界で一番、世界で一番嫌いなことだって、最初にオレがジュンお姉ちゃんのことヤマト先輩に打ち明けた時、聞いてたくせによおっ!だから親友になんかなれるかっていったんだよ!絶交だっていったんだよ!」
でも、と言葉を切る大輔は泣いていた。
「でも、嬉しかったんだよ。絶交ってまで言ったのに、親友になりたいから頑張るって言ってくれてうれしかったんだよ。ここまでひっでーこといったのに、頑張ってくれるの、タケルが初めてなんだよ。
嫌われたくないからずーっと我慢してたこと、もういやだって思っていっちゃったの、初めてなんだよ。生まれて初めてなんだよ。だから、怖くなったんだよ。ここまで、ひっでー喧嘩して仲直りしたことねえもん。みんなわかってくれねえからやったことないもん。
おんなじクラスのやつとか、マンションの友達とか、サッカー部の友達としたことなんか、ねえもん。ここまでの大喧嘩したことねえんだもん。だから、どうやって仲直りしていいんだかわかんなくて、引っ込みつかなくなって、うれしかったんだよ!
泣きそうだって言ってくれてうれしかったんだよ!みんなわかってくれないんだもん。いっつもいっつもオレばっかり悪いんだって、いっつも怒らないくせになんでこんな事で怒るんだって、先生とかコーチとかお父さんとかお母さんとかみんなにいわれるんだよ。
オレだって怒ることくらいあんのにさあっ!オレまだ8歳なのにさあっ!
いっつもいっつもオレばっかり死んじゃうくらいつらい思いしてんの、気付いてくれたの、タケルだけなんだよっ!」
こぼれおちたのは、ありがとう、の言葉である。タケルが大輔に親友になってほしいと思ったように、無意識の範囲であった気持ちを大輔はようやく自覚するにいたる。大喧嘩をして嫌いにならないでいてくれたのは大輔も初めてだったのである。
大輔らしくないって理由だけでたしなめてくる人とは違い、喧嘩両成敗してくれたのは、今まで空や太一といったサッカー部の上級生たちだけだった。だから大輔はサッカー部に居場所を求めたのである。等身大の自分を見てくれるから。
そして、この漂流生活において、鉄拳制裁でタケルとの大喧嘩を平等に止めてくれたヤマト、タケルとの喧嘩を釣りの邪魔という理由で平等に叱ってくれた光子郎、太一との喧嘩に対して大輔の非も太一の非も指摘してくれた丈。
タケルと大輔をどちらも遊び相手として一緒に扱ってくれるミミ達がどれだけうれしかったか、誰もわからないだろう。だから大輔は上ばっかり見るようになったのである。
そして、ようやく大輔は変わり始めようとしてくれるほど、がんばってくれるほど、友達になりたいって、
親友になりたいって言ってくれる人を見つけられたのである。甘えたがりの天邪鬼は、ようやく正直になることを学んだのである。・
「なあ、タケ」
「ちょっと待って、待って!僕から言わせてよう!いっつもいっつもちゃんとわかってから謝ってくれるの大輔君だけだったでしょ?僕からいわせてえっ!」
「はあ?」
「いいからっ!あのね、大輔君!親友になってください!」
「だっからもー、なんでいちいちんなこっぱずかしいこというんだよ」
「僕、大輔君と違うもん。いわれないとわかんないもん」
「ったくもー、しょーがねえなあ。オレも親友になってほしいって思ったんだよ。だから、親友になろうぜ」
「うん!」
そして交わされた握手である。ようやくタケルと大輔の大喧嘩は幕を下ろしたのだった。